夜は神秘に染まっていた。
湖畔を照らす優しい月光。澄み渡る透明な空気。
深く蒼い湖面には、黄金の真円が囁くように揺れ、天空を仰げば宝石箱を散らしたような星々が天蓋を満たしていた。
ここは秘境。存在が大地へと溶けそうな幻想郷。
一すじの風が吹き抜けた。
エメラルドに煌めく葉が揺れている。
その中に一つの影。
影は、派手なピンクの髪色を持ちながらも、存在が儚く、その気配はおぼろだった。
巨大な草に腰掛けながら、なにかを掲げ見つめている。
それは栞。
優し気に、愛し気に、指で遊ぶ。
声は唐突に水面から伝わってきた。
「恋する乙女の表情ってやつだ!」
無粋な、場違いな声音。影は、ハッと栞を懐へ隠すと、臨戦態勢を整えた。
「あーいやいや、そういうつもりじゃないんだよ~」
声の主は女。月光がその姿を映し出す。
桃色のツインテール。女子高生ほどの、あどけない顔立ち。桃色のブレザー。朱色のリボン。黒いチェックのミニスカート。グレーのソックス。
どこからどう見ても、ただの女子高生。それが水面に立っている。
「戦いなんて無粋な真似はよそうよ。こんなに月が綺麗な夜じゃない」
気持ちよさそうに伸びをしながら、波紋を広げ、歩を進める。
「ね、ね、恋バナしよ! 好きな人がいるんでしょ! 教えてよ!」
瞳が重なった。真紅と真紅。血のように混ざり合う。
影が呟いた。
「嘘つき……」
呟きと同時に跳ぶ。
一閃。今いた場所を斬撃が薙いだ。腰掛けていた葉が地に落ちる。
「バレちゃった」
女が笑う。嬉しそうに。
その手には、血が滴る様な真紅のハチェットが二振り握られていた。
「なんで……僕を殺すの? 任務? それとも……」
「愛してるから」
女は返した。とろけるような表情で、夢見る乙女のように。
「……嘘つき」
影が駆ける。
「バレちゃった」
女が笑う。嬉しそうに。嬉しそうに。
●闇が影を呑みこむ前に
「! 揃いましたね。このような夜半に駆け付けていただいたこと。感謝いたします」
アモーレ・ラブクラフト(深遠なる愛のヘリオライダー・en0261)は切迫した表情でケルベロス達を見つめた。声をかけながらも手は動き、慌ただしくホワイトボードに情報を列挙していく。
「また我々の善き友が襲撃されます。今回のターゲットは、碓氷・影乃(ー影ー・e19174)氏。僻地の巡回中に襲撃を受ける模様です。現時点で本人との連絡は取れず、このままでは、氏の生命は風前の灯火と消えることでしょう。こちらも全力をもってヘリオンを飛ばしておりますが、開戦に間に合うかどうかは紙一重です」
汗が雫となりアモーレの額から零れ落ちた。研ぎ澄ましているのだ、精神を。その様子を見て、ハニー・ホットミルク(縁の下の食いしん坊・en0253)は目の前にお茶を置き、ソッとハンカチで汗をぬぐった。アモーレの表情が少し和らぐ。
「敵は螺旋忍軍。現場は人里離れた秘境。人払いなどは必要ありません。発見も容易でしょう。この地で高速移動する影は氏と敵のみです。月が浮かぶ湖面の位置も先ほど特定を済ませました」
アモーレは敵の情報に赤いラインを引いていく。
「敵の戦闘データですが、まず、ポジションはジャマー。攻撃は全て遠列。主軸は石化とパラライズの行動阻害系です。厄介なことにこの敵はややダブルと相殺を発生させやすい個体のようです。行動阻害で固められ、身動きの取れない状況にされぬよう留意ください。キュアとDFは鍵となるでしょう。
さらにこの敵はブレイクとキュアを持ちます。BSは一瞬でかき消されるでしょうし、ENも一点集中ですと心もとないでしょう。うまく分散させるかDFを堅くするか……こちらも留意ください。一瞬効果の攻撃という選択肢もございます。
付け入る隙としましては、ともかく一撃の軽さ。すべて列しか持たぬ上、もともとの火力もやや低いようです」
ここでようやくアモーレは、お茶でクイと喉を湿らせた。視線は手に握られた資料に注がれている。ひと時のしじま。なにかをためらっている。
アモーレは目を瞑り。そして、なにかを覚悟したように目を開いた。
「最後に、この敵と影乃氏の関係ですが――」
瞬間。ヘリオンの外で水柱が上がった。
「アモーレ! 外!」
漆黒の瞳と、澄んだ瞳が交錯する。
「作戦開始です! 氏を、闇からすくい上げて下さるよう、お願いいたします!」
参加者 | |
---|---|
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093) |
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147) |
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707) |
ヒスイ・ペスカトール(邪をうつ・e17676) |
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121) |
碓氷・影乃(かげのん・e19174) |
穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475) |
綾瀬・彩音(騒音ー奇声どっとこむ・e41837) |
幻想的な湖畔。水と深緑と夜の匂いの中で、二人の女が月光を浴びて向かい合っていた。
一人は極めて影が薄く、一人は極めて影が濃い。
影の濃い方。色喰と呼ばれる敵は、紅いハチェットをクルクル回し、相手の出方を窺っているよう。
影の薄い方。碓氷・影乃(かげのん・e19174)は、そんな敵を哀しげに見つめながら静かに口を開いた。
「もう、止まろう……。ネネ様は……もういないんだから……」
「そうだね。止めようか」
色喰はニッカと微笑み。そして――、
真紅のハチェットが、影乃の首があった場所を通り過ぎた。
「……嘘つき」
「バレちゃった」
影乃は歯噛みした。どうあっても、僕の言葉は響かない。
「それならせめて……僕の手で止めてあげる……。同じ失敗作の僕が……」
言葉と同時に、影が湖面を滑る。一息で背面まで到達。膨れ上がった闇の塊が色喰を丸呑みにする。
ゴキンッ。
鈍い音がし――、
影乃の後方で水柱が上がった。
いつの間にか脱出した色喰が、悠然と月光を浴びている。
ペロリ。真紅の爪を舐めあげた。
「この血、鉄が強すぎてあまり好きな味じゃないんだけどね」
水面が揺れる。生き物のように水流が噴き上がった。そのまま細く、鋭く凍結していく。一本、二本、三本……ダース程の氷の槍。
「十二って数字、好きなんだ」
氷槍は空中で向きを整え――、
飛来する。ピンクの髪が宙に揺れ、影乃は紙一重で槍を逸らした。避けた槍が湖面に水柱を残していく。
避け切った。十二本。その瞬間――、
死角から現れた十三本目の氷槍が、影乃を捉えた。
着弾した右腕から、溶けるように浸透していく。冷気が影乃の五感を痺れさせた。
「……嘘つき」
「ううん。今のは嘘じゃないよ。十二って大好き。だって十三番目の裏切り者が隠れているから」
色喰は愉しそうにクスクス笑う。
「もう一本、あげちゃおう」
水流が音をたて氷結し、
槍が飛ぶ。かわしきれない。そう思った瞬間――、
大きな水柱が影乃の目の前で立ち上った。
飛沫が月光を浴び、金剛石のように輝く。その中から男の姿。赤茶けた短髪の男。シッカリと氷槍を握りしめ。
「大丈夫か?」
その背中は、世界で一番頼もしく見えた。影乃のヒーロー。峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)。
同時に、次々と湖面に水柱が立ち上る。
「影乃には、まだやらなきゃならないゲームが残ってるんだ! オレとな!」
青いバイオレンスギターをかき鳴らし、あさぎ髪の少女、綾瀬・彩音(騒音ー奇声どっとこむ・e41837)が月下に叫んだ。
「さぁー今宵、月の綺麗なこの夜に! 叫ぶ歌い手! 騒音奇声どっとこむ! 九門坂八兵衛たぁオレの事よ! 一晩ながらお付き合いくださいな!」
「お友達の登場? 素敵な展開」
色喰が笑う。
「みんな……ありがとう……」
影乃は仲間たちを見渡し礼を言い、
「僕が、彼女を止めないと……」
決意を示した。
「そういうことなら、力を貸すわよ」
優しい声。ファミリアロッドを正眼に構え、黒髪を纏めたお姉さん。五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)が微笑んだ。
その隣では、白いカイゼル髭の黒ウイングキャット『バロン』が、シュッシュッと猫パンチを繰り出している。今宵のバロンは武闘派だ。
「お姉さんにも、任せなさい」
ニホンカモシカの人型ウェアライダー、穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)が、白銀の髪を傾け、にこやかに手を振った。
「今日はサポート役に徹するとするか」
恋人達を横目に、翡翠色の頭髪を纏め上げたゴーグル男、ヒスイ・ペスカトール(邪をうつ・e17676)もクールにニヤリ。
「微力ながら全力で支援させていただきます」
くりっとした目が印象的な緑青髪のドワーフ、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)も、トポを握りしめ、フンッと力を入れている。
更に、
柔らかに笑う紅のシンガー、ヴィヴィアン・ローゼット。
もふもふの白いボクスドラゴン、アネリー。
自由気ままな赤眼のヴァルキュリア、白焔・永代。
感情表現が苦手な赤髪レプリカント、霧崎・天音。
音痴な黒髪の剣姫、立花・吹雪。
ハニー。チョコ。
この場にいる者みな、影乃の戦いに決着をつけるため集まっていた。
そして、いの一番に一つの影が疾駆する。
黒髪の簒奪者、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)。
「影ねぇをいじめたな!!」
水面を蹴りつけ波を切り、双鎌を振り上げ、栗毛の少女――篁・メノウ――の残霊と共に敵を薙ぐ。
その姿はあまりに暴力的で、
「エインヘリアルのお友達?」
「その子は……僕の大切な妹です……」
笑う色喰に、影乃は胸を張って答えた。カッツェの瞳が嬉しそうに揺れている。
その様子を見て、色喰がカッツェに問う。
「そんなに好きなの? この子のことが」
「そんなに好きだよ! 影ねぇはカッツェ達のものなんだから!」
チラッと後ろを一瞥。
「雅也は除く!」
「除かないでください!!」
色喰が笑った。
「アタシも好きよ。この目、この声。自信がなくて、自分がなくて。この子の言葉は、鳴き声といっしょ」
世界の温度がヒヤリと凍る。
「良い声だろ? 控えめで、繊細で。これでも言いたいことは、わりかしハッキリ言うんだぜ?」
雅也が、ニッコリ気さくに笑って見せる。そして――、
「馬鹿にされる謂れはねぇ!!」
高々と跳躍。怒りのままに敵を蹴り砕く。色喰が湖面を滑った。
「正義の味方がする表情じゃなくなってるわよ!」
「黙れよ『おばさん』!」
今度は色喰の時が止まった。
「歳いってて、そのカッコは無いだろ。おばさん。イタイって気付いてないの致命的だよな!」
挑発。
色喰の瞳から熱が消えていく。
同時に、雅也の視線が華乃子へと走った。一瞬で交差する。
華乃子が跳んだ。
「あなた、アタシと同じくらいの歳らしいじゃない」
天空からのカカト落とし。受け止める色喰の耳元で囁く。
「その格好、恥ずかしくないの?」
色喰の顔に、怒り。
土砂が空中に舞い上がる。
「なぶり殺しよ」
冷徹な声と共に、散弾が前衛を襲う。
計算通り。これでいい。
華乃子と雅也は不敵に笑う。
色喰の攻撃は麻痺に石化と厄介なもの。ばらけられたら致命的。攻撃はDFで受け止めるのが上策。
できることなら、もっと怒らせて、冷静さを削げればもっと良い。
「え、マジで図星!? オレらより年上なのか? デウスエクスってすげーのな」
彩音がギターで仲間を癒しながら、素っ頓狂な声を上げ、
――そういうことか。
「その格好でマジでそうなんだ……」
ヒスイもオーラで影乃の麻痺を弾き飛ばしながら、ゴーグル越しに生暖かい視線を送る。
そんな中、奈津美は、
「確か影乃の姉弟子だと聞いてたけど……嫌な攻撃ばかり仕掛けてくるあたり、戦闘のセンスは群を抜いてるわね」
感心の声を零した。バロンも悔しいけれど認めざるを得ないといった表情で頷いている。
「けど、ファッションセンスはイマイチね。あなたの格好、季節にも年齢にもそぐわないわよ」
ズビシッ! 上げて落とすコンボ。バロンも敵に対してアッカンベー。色喰の顔が引きつる。
愉しそうな笑い声が響く。
「どうせ外見より年増なんでしょ? 『ねね』と同じで」
纏わりつくような敵意を隠しもせず、カッツェが色喰の耳元で囁いた。
「えーと、ビリビリしちゃってください!」
対照的に、一人、岳だけが、剣呑な空気に汗をかき、トポから紫電を迸らせ、普通に戦っていた。
怒りに燃える色喰を翻弄しながら、戦いは進む。
怒り戦法は功を奏し、攻撃の大方は前衛が吸っている。後列にとんだ時のみ解除に手間取るが、幸い回復の手は充分。
ただし、受けた直後の行動は、やはり厳しいものがある。
「痺れて動けないでしょう?」
ダブルの氷槍。雅也の身体が凍り付く。が――、
その身体をオーロラが優しく包み込んだ。
同時に雅也の鋭い斬撃が色喰を弾き飛ばす。飛沫が上がった。
「休んでる暇は無いぞ。働け働け」
「とんだブラック企業だな」
飛び交う軽口。だがその瞳は信頼に染まっている。
「厄介な男」
色喰の目線の先で、翡翠の長髪が揺れている。
「行動阻害の阻害ってな。とことん邪魔してやるぜ?」
ゴーグルの下で、シュッとした双眼が敵を怜悧に見つめていた。
その横では、吹雪の歌声が奈津美たちに力を与えている。
「皆さんのサポートは任せてください!!」
「助かるわ!」
奈津美の瞳が精巧な光を湛え、振りかぶった杖から美しいラミアの幻が現れた。
痛烈な一撃が色喰に突き刺さる。
にゃーん! さらにバロンが飛んでいき、シュッシュッシュッシュッ! 追撃を浴びせてヒット&アウェイ。
「このコンビも厄介ッ」
気を取られた色喰の横っ腹を、鈍い衝撃が襲った。そのまま、螺旋の力で弾き飛ばされる。
視線の先には、双鎌の死神カッツェ。相変わらず煽る様な顔で嗤っている。色喰相手にプレッシャーとパラライズを中心に選ぶ辺り、その戦術眼は確かなものがある。
「アンタが一番ムカつくわ」
「アハハッ、おばさん! 怒るとシワが増えるよ!」
「調子に……乗るなッ!!」
土砂が千の針に姿を変え、虚空に生まれた。が――、
『百歩進めど音は無く……千歩進めど影も無し……』
色喰の背後から鋭い斬撃が放たれた。影乃の必殺技。しかし――、
ガキィッン!!
真紅のハチェットが、それを止めていた。
「え……?」
影乃の顔が驚愕に揺れる。気配を殺した必殺の一撃。よりによって、なぜこの攻撃が相殺されたのか。思考が一瞬、宙を舞った。
「見えてるよ。あんた。わかりやすいもん」
斧が、影乃の首を目掛けて、風を斬る。
しかし、紙一重のタイミングで光の矢が真紅の斧を弾いた。
飛んできた方を見れば、奈津美の黒髪が揺れ、バロンが嬉しそうにアッカンベーをしている。
気を取られたところに、さらに斬撃。
「……影乃さんはやらせない……絶対に護ってみせる」
天音の真紅の髪が勇壮に揺れた。
その隙に、彩音が影乃の身体を担いで跳び退る。
「どいつもこいつも鬱陶しい!」
千の針が、影乃たち目掛けて飛来する。
「させるかよ!」
雅也が影乃を庇い、華乃子が奈津美を庇う。
しかし、彩音は一身に針を浴びた。苦悶に顔を歪める。
間髪入れずに力強い光がその身体を照らした。温かい光。
「彩音ちゃん、頑張るんだ! こんなところで倒れたら、水着は! 水着は一体誰が着るっていうんだ!!」
永代の魂の叫びが光となって、彩音を包み込んでいた。
「なんの心配だ!!」
彩音のツッコミが湖畔に響き渡る。だが、傷は治り元気も湧いたようだった。
戦いが続く。
岳は考えていた。
どうにか、弟子同士の殺し合いを止められないかと。
怒るということは、心があるということではないか。無駄かもしれない。それでも――、
「貴方にも、“心”があるのでしょう。刃を引いていただけませんか?」
一縷の望みをかけて声をかける。
『「想い」の力、受け取って下さい!』
岳の拳が地脈を割り、橄欖石色の衝撃波を噴出させた。それは、優しさ・幸せの色。色喰が、弟子同士の日々を思い出すことを願って。
だが、岳は気づいてしまった。違和感に。
怒っている筈の色喰の瞳。だが、違う。あれは――。
色が無い。
「怒って……いないんですね」
仲間たちの視線が、驚きに集まった。
ただ一人、影乃だけが違う表情を浮かべていた。
「そうだと思った……。だって、貴方は……姿形を偽って……人の真似っこばかり……。自分を見せない……どこまでも嘘つき……」
ニィッ。最初に対峙した時のように、色喰は笑みを顔に貼り付けた。
「言葉はスキル。真実か嘘かに意味はない。その言葉がなにを引き出すかが重要。
怒りはブラフ。乗せられたふりをして、相手を乗せる甘い罠。
色が無ければ色に染まれる。技術を超えて本質から。それが究極の欺瞞。それがアタシ。
誰にだってなれる。だけれど誰でもない。無色透明。それがアタシ」
蔓を掴み、木を駆け上り、跳躍。月光を背に、十三の氷槍を豪雨のように振り下ろす。
「貴方は……本当は……空っぽ。誰かになりたいだけ。……気が付いてるんでしょ? 自分に何もないこと……」
色喰は天空で気持ち良さそうに笑った。
「本当に綺麗な月ね……気分がいいから、もう一丁♪」
槍は五月雨のように雅也たちを襲い、その身体を縛り付けた。
だが、そこまで。
色喰は、湯水のように浴びせられるパラライズを嫌い、朱を舐め過ぎた。結果、番犬達の自由を許し、形勢は既に覆しようがないほど番犬達に傾いている。
集中砲火を浴びながらも、土砂を巻き上げるが、
動かない。身体が。
それを見て、死神は愉悦の表情で嗤った。
「動けないなら、その二回攻撃も意味ないよね。自分の長所が潰されてどんな気分?」
色喰がフフッと笑う。
「嫌な奴」
カッツェは満足そうに微笑んだ。
今こそ戦いを決める時。
――決着は影乃の手で。
彩音の声が轟いた。
「やるぜ影乃! ビビッて腰ぬかすなよ!」
「え? 腰ぬかすって――」
声が終わらないうちに轟音が響き、落雷が影乃に直撃した。
「ひ、ひどい……」
ビリビリするが、力は漲る。
プスプス焦げ付く影乃を優し気に見つめながら、ヴィヴィアンも幻想的な唄を歌った。
それは影の歌。『影』である彼女を支えるための。
「こっちの方が、いい……」
心地よい歌声が、影乃に力を与えていく。
岳の雷鳴が色喰の脚に纏わりついた。カッツェが電光石火の一撃を重ねる。
ハニーの拳が装甲を削り、奈津美の斬撃とヒスイの銃撃が、その四肢を氷漬けにした。
そして、雅也、華乃子、吹雪の三人が、流れるように損傷を斬り開き、硬直したところに、呻りをあげてバロンの猫パンチと天音のパイルバンカーが痛烈に穿たれる。
影乃の気配が闇に溶ける。
その気配を殺すように、彩音は爆音をかき鳴らし、永代は全力で声援を送っていた。
「見えているわよ」
最後の意地とばかりに色喰は斧を死角へと走らせ――、
だが身体は流れる。相殺の一撃は、虚空を薙いだだけに終わった。
「見えるか見えないかではなく……見せるか見せないか。相手の視覚認識を掌握するのが……この技の極意……。忘れちゃった?」
今度こそ、影乃の必殺の一撃は色喰の身体を貫いた。
「命乞いなんてしないよね?」
真紅の瞳が、真紅の瞳を覗き込み。
影乃の問いに、色喰はただ微笑んだ。
「僕も貴方もいっしょ……命に意味を与えない。それが自分であっても……。それがあの人の教えだから……」
その瞳が霞んでいく。
「だから僕も……貴方の死に意味をあげないよ。さよなら……千梨姉さま」
差し込んだ黒刀を引き抜こうと力を込めた。その時――、
色喰は顔を持ち上げ、影乃にキスをした。
「……あなたは生を、意味あるものになさい……。さよなら……愛してるわ……」
悪魔のように甘い囁き。
一瞬心が持っていかれた。
静かに、予備動作なく、真紅の斧が首を求める。
だが、届かない。
その斧は、ヒーローが受け止めていた。
「……嘘つき」
「バレ……ちゃった……」
色喰いの手から、斧が零れる。
その顔は満足そうに笑っていた。
湖畔を静寂が支配した。
最後の一撃。あれは俺に――。
……本当に、嘘つきだったな。
雅也は哀しげに色喰を見つめるのだった。
●
暫し誰も動かなかった。風が草木を揺らす音だけが湖畔に響き、岳が静かに黙祷を捧げている。
「僕は平気……。倒さなきゃいけない敵を、一人倒した……。それだけだから……」
ようやく影乃が口を開いた。それを合図に皆が周りを囲みだす。
「影乃、怪我は無い? 皆も体が重かったり、痺れが残ってたら言ってね」
気配りお姉さん奈津美が、バロンと一緒に仲間を癒して回り、カッツェはゴロニャンと影乃に甘え始めた。
「ありがとうみんな……愛されてるなぁ……僕……」
天音に貰ったお菓子をポリポリ食べながら、影乃がちょっとふざけてみせた。その瞬間だった。
ピシャーンッ!!
落雷が影乃に落ちた。
イッシッシッシと笑う彩音。
「雷イヤー……彩音のアホー……!」
周りの仲間たちも声を上げて笑い、場はいつもの空気に戻っていた。
「帰るか!」
ヒスイの掛け声に、雑談をかわしながら歩き始める。が、
カッツェが、影乃の表情に気がついた。一瞬考え、少しだけ不満そうに華乃子の袖を引く。
華乃子も、フフンと頷いた。
「ハイハイ。後は若い二人にお任せして帰りましょー」
後には影乃と雅也の二人だけが残された。
「ん」
影乃の手に渡されたのは、真紅のハチェットだった。
最後に色喰が振るった斧。もう一本は地面に落ちている。
影乃は暫しその斧を見つめると――、
「ソーレ!」
拾い上げ、高々と放り投げた。
斧は、放物線を描くと静かに湖面に呑まれて消えた。
そして、もう一振りの斧は――。
ソッと優しく懐の中へ抱く。
雅也はなにも言わず、ただ黙ってそれを見つめていた。
「帰ろうぜ」
「……うん」
ただ優しく。力強く。その手を握る。
――温かい。
色喰。影乃。
二人は空っぽだった。
一人は空っぽのまま消え、一人は今満たされている。
結局、二人を分けたものは――。
影乃が雅也の腕に抱きついた。
「日があっての影……。貴方が入れば……僕は消えない」
作者:ハッピーエンド |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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