ミッション破壊作戦～殲滅の贄

■リプレイ

●熊本県八代市沿岸
「熱ぃ……」
　降下ハッチから流れ入る熱気を受け、ステイン・カツオ（ガバガバ男性レーダーおばさん・e04948）がうんざりした表情を浮かべる。
　幾ら平均気温35度越えの猛暑とは言え、散開する雲すら遥か下に見える高高度なのだ。それなのにこの熱気は可笑しいとの愚痴に、「だな」と神城・瑞樹（廻る辰星・e01250）が同意を示す。
「その理由を我らは知っている」
　文字通りこの地を火の国に変えた存在を。
　短い言葉と共に向けられるヴァルカン・ソル（龍侠・e22558）の視線は、その存在を射殺さんばかりに。
　轟炎竜母。海を割って現れた巨躯なるドラゴンの持つ名がそれだ。
「これを機に明け渡して貰いましょう」
　同じ方向を臨んでいるのだろう。サーヴァントのフレアを抱く夜陣・碧人（影灯篭・e05022）は闘志湛える柔らかな微笑を浮かべ。
「行こうか。ボウらの手で八代市を取り戻そう」
　ノーヴェ・アリキーノ（トリックスター・e32662）の掛け声の下、８人のケルベロス達はヘリオンを後にする。
　目指すは遥か眼下、八代市西部に広がる不知火海。そこに出現した魔空回廊を破壊すべく、彼らの手の内ではグラディウスが黄金色に輝やいていた。

「熊本は。戦った。生き残った。私達が、一縷の勝利を収めた」
　口火を切ったのは九十九折・かだん（スプリガン・e18614）だった。先の人類とドラゴンによる戦争――熊本滅竜戦の勝利は記憶に新しい。その勝利の要因は、ここに生きる人々が抱く愛だと、かだんは断ずる。
「この地の安寧を、勝者たる我々に返してもらおうか！」
「ケルベロス・ウォーによって熊本の征圧は免れた」
　ルルド・コルホル（廃教会に咲くイフェイオン・e20511）もまた、ケルベロス・ウォーを想起する。
　覇空竜アストライオス、大禍瑠璃、そして19体の魔竜と幾多のドラゴン達。熊本の地を進撃するそれらを退けたケルベロス達はしかし、それが終局で無い事を理解している。
　何故ならばまだこの八代市が残っている。ドラゴンに制され、轟炎竜母が闊歩するこの場所は、未だ、人類の生活圏とは言い難い。
　そう。今は、まだ。
「復興の足掛かりとしてこの地を解放させて貰う！」
「ボク達は危険なドラゴンオーブを破壊し、更には覇空竜アストライオスや大禍瑠璃など強力なドラゴンを倒せたんだ！」
　ノーヴェの叫びはケルベロス達の歩みそのものだった。
　如何にドラゴンが強力な個体でも、それらを撃破して来た。その歴史は否定出来ない。否定させない。
「キミ達がどんなに強くてもボク達は少しずつ、でも確実に勝利へと近付いている！　だからこの戦いで魔空回廊を破壊し、また一歩、人類の勝利へと近付けさせて貰うよ！」
「ああ。そうだ。それが人類の勝利だ」
　ステインは吠える。今や熊本はドラゴンの好き勝手にして良い土地ではない。
「熊本はこれから、立て直して元の生活を取り戻そうってなる筈だ」
　だが、それでもこの八代は異なっている。
　人間が帰れない故郷が未だに存在する。その事実は彼女にとって許容出来ないものであった。
「だから魔空回廊を破壊する！　てめぇの出番はもう終わってんだよ！！」
　全ての大地を人類の手に。それが彼女の願い――咆哮だった。
「熊本に再び明るい光を灯す為に、地獄の業火はここで封じさせて貰う！」
　碧人の想いはフレアの陽の属性と共に紡がれる。如何な時でもサーヴァントと共に歩むと決めた。ならば彼の叫びはフレアと共にあるべきものだ。
「美味しいご飯とお昼寝がある地球は守るんだ！」
　如何な想いであれ、それが真摯な物であれば、グラディウスの輝きは強き物と化す。必要なのは願いに対する強さ。そして、フレアに対する想い、フレアの喜びを願う碧人の想いはまさしく本物だった。
「ただでさえ猛暑で暑いんだ。その上、火山で熱いとかふざけんな」
　奇しくも火の国と呼ばれる熊本の上空で瑞樹の叫びが響く。
「名乗りを上げるほど偉いわけじゃない。でもそれでもこの国に住む者として譲れない物はあるんだよ！」
　それはドラゴンへの、否、デウスエクスへの嫌悪。己が国を好き勝手に侵略者が蹂躙する様を耐える理由など無かった。
「あの滅竜戦を経ても尚、この地に居座る貴様にとっては、人々も、我らケルベロスも等しく塵芥と言う訳だ」
　ヴァルカンの叫びは静かに紡がれる。否。それは平静なる怒り。そして、叫びは烈火の如く、強き声量へと化していく。
「だがな竜母よ、我らは覇空竜の首すらも獲った。そうとも、今やケルベロスの牙は貴様らに届く」
　個体最強を謳われる侵略者達。だが、ケルベロス達はそれらを凌駕しようとしている。否、凌駕出来る。少なくともヴァルカンはそう信じる。
「我が名はヴァルカン、勇者の種族、ドラゴニアンの末裔なり！　故郷を奪われた人々に代わって、その嘆き、怒りを知らしめよう。轟炎竜母、何するものぞ。――いざ、参る！」
　それは宣誓だった。己の名を告げ、破壊を誓う。如何に相手がドラゴンであれ、戦う事に躊躇いは無い。その誓いそのものだった。
「焼かれても、それ以上のものを作り直す。負けないものを！　人々の折れない心と支え合う力に誓おう。和の心、畳を織りなすい草の里、八代の地を取り戻す！」
　そして、豊田・姶玖亜（ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077）は八代市の人々を想う。
　ケルベロスはドラゴン如きに破れない。それはこの地に住まう人々も同じだ。
　彼らがいるからケルベロス達は戦える。彼らを護る番犬に成れる。そして、その喉笛に猟犬の牙を突き付ける事が出来るのだ。
「人々の、ボクの願いに応えろ！　グラディウス！！」
　姶玖亜の叫びに――否、8人の叫びに応える様、グラディウスが光を放つ。
　白金の輝きと共に想いの載ったグラビティは空気を裂き、燃える海を割り、そして魔空回廊に到達する。
　吹き上がる雷鳴と爆炎は、グラディウスによる破壊が行き渡った証左。
　熊本を取り戻すと言う強き想いは、グラディウスに増幅され、光の槍の如くドラゴンの砦を穿つ。
「――っ！」
　落胆に似た溜め息は誰の物だったか。
　乗せた想いはグラビティの力を十二分に発揮した。しかし、それでも魔空回廊の破壊に至らないケースが無い訳ではない。
「さすがはドラゴン。轟炎竜母の魔空回廊と言った処か」
　呵々と笑うヴァルカンの声は悔しさ半分、納得半分に響いていた。

●轟炎竜母
　八代の海を不知火海と呼ぶ。
　八月の頃合い、沖に見える火影を不知火と呼んだ事がその由来の様だ。
　ならば、今、グラディウスが起こした爆炎こそ、その不知火に相応しい。或いは――。
「ま。住処を攻撃されたんだ。怒りは当然か」
　目前に立ち塞がった轟炎竜母の一体を見上げながら、かだんがぽつりと零す。
　同時に薙がれた炎の息吹はしかし、彼女とステイン、そしてフレアに阻まれ、仲間達の一角を焦がすに留まった。
（「或いは、この炎もまた、不知火と扱われるのかもしれませんね」）
　流星の煌きを纏う蹴りを敢行した碧人はその文言を想起する。もっとも、八代市の避難が完了している今現在、遠目であろうとこの戦いを目撃する者は皆無だろうが。
　主に続くフレアのブレスは、轟炎竜母の太い足を焼き、主のつけた傷を押し広げていく。まずは機動力を削ぐ事が第一と言わんばかりの連撃に、轟炎竜母の口からくぐもった呻き声が零れた。
「突破するぞ！」
　黄金の輝きを碧人、姶玖亜、ノーヴェに付与するかだんは、宣言の如き言葉を発する。
　誰も傷つけない。その為には自身の犠牲をも厭わない。それは彼女にとっての誓いだった。
「みんなで、な」
　氷結の螺旋撃を放ちながらの瑞樹の台詞は淡々と響いていた。かだんの決意は尊重する。だが、無事に帰る事までが任務なのだ。無駄な犠牲を看過するつもりはなかった。
「こっちですよ」
　光の矢を紡ぐステインの声は、鋭く響く。痛みの為か、それとも魔力に捕らわれたか、轟炎竜母の睨眼が彼女に向けられ、へっと悪態じみた笑みで応じる。
「生憎、骨の髄まで焼かれるなんざこっちは慣れてんだ。楽に殺せると思うなよ！」
　過ごした凄惨な半世紀近くの生を思えば、轟炎竜母の炎など如何程か。
　ステインの鋭い眼光と轟炎竜母の視線が交わり、バチバチと火花を立てる様であった。
「やる事は簡単だ。衞れ」
　ドラゴンの気が逸れた暇、ルルドが狼の群れを模したブラックスライムを召喚する。降りかかる不幸から対象を護る彼らは業炎竜母と言う名の災禍からも仲間を守ってくれる筈だ。
「守りは任せたぞ」
　己は攻撃に専念するのみ、とヴァルカンの切っ先が轟炎竜母の胸を抉る。刀に纏わりつく紫電は彼の竜の表皮を焼き、ばりばりと鱗を剥ぎ取っていく。
「さあ、踊ってくれないかい？　と言っても、踊るのはキミだけだけどね！」
　そして、それに続くのは姶玖亜だった。彼女の撃ち出す無数の銃弾は轟炎竜母の脚を削り、破壊の跡を刻んでいく。
「――さすがにこの大きさだと躍るまではいかない、か」
　だが無傷と言う訳ではない。身悶えと共に、向けられた憎悪の感情はその証拠だった。
「回復は任せて！」
　ステイン、かだん、フレアの負った火傷を癒すべく、ノーヴェがカードを掲げ、歌を紡ぐ。生きる罪を肯定する歌はそのまま、彼らの活力へと変換されて行った。
「人間を、ケルベロスを舐めないで貰いたいね！」
　ノーヴェの咆哮が響く。

●殲滅の贄
　轟音が響き渡る。それは爆炎による蹂躙で、雷鳴による破壊だった。
　共に響き渡る咆哮は、轟炎竜母が零すもの。それは何処か、苛立ちの響きを帯びていた。
「そうだろうよ」
　オードラ――黒いククリナイフを振るうルルドは同意の様に頷く。ドラゴンにとって人類など、グラビティ・チェイン供給の獲物に過ぎない。幾ら熊本滅竜戦でケルベロス達がドラゴンを下したと言えど、それは局地的な物。ドラゴン全てが人類に敗北したわけではない。
　故にこの個体もそうなのだろう。有り体に言えば――。
「舐めていた相手が優勢なのは気に食わんじゃろうな」
　言葉を引き継ぐヴァルカンは空の霊力を繰りながら、ニヤリと笑む。
　しかし、そこに驕りは無い。自身の役目を果たす為、轟炎竜母の傷口を切り刻み、更に拡大していく。
「……上手く噛み合った、って事か」
　ほぅっと感嘆の溜め息を零すのはステインだった。炎を遮り、合間を縫って御業による炎撃を叩き込む。防ぐ轟炎竜母の攻撃は決して軽いものでは無かったが、つけられた傷は即座にノーヴェ、そしてフレアやかだん、ルルドの治癒が塞ぎに掛かってくれる。
　戦いはケルベロス達の優勢だった。
　碧人と姶玖亜が穿ち、瑞樹とヴァルカンが破壊する。守りはステインとかだん、そしてフレアによって行われ、ルルドとノーヴェの二者が補助と治癒に走る。
　彼らが導き出した役割分担は、この地に於いては最上の働きとなっていた。如何に轟炎竜母が強大な敵でも、それに抗うには充分過ぎる陣形が形成出来ていたのだ。
（「誰が欠けても、こうはならなかっただろうけど」）
　跳弾を轟炎竜母へ叩き付けながら、姶玖亜はふぅっと溜息を吐く。
　防御に偏り過ぎていれば、轟炎竜母を追い詰める事は叶わなかっただろう。しかし、攻撃に偏り過ぎていれば、彼女を追い詰める迄に、誰かが倒れていただろう。
　そして、攻撃の比重も絶妙なバランスを取れたからこそ、だった。
　命中のみならず、破壊のみならず。それが、10数合にも渡るケルベロス達と轟炎竜母との戦いの中、天秤の傾きを番犬達に傾けた理由であった。
「押し通らせて貰う。――潰えて、終え」
　そして絶対零度の拳が轟炎竜母の腹部を捉える。六花を散らせとの命に従うかの如く、血煙が辺りに舞った。
「冬の鎖、地と水を従える精。鍛冶師は氷刀を振るう」
　追撃と紡がれるのは、碧人による妖精魔法だった。召喚された冬妖精は氷の刃を遮二無二振り回し、轟炎竜母を切り裂き、その傍から傷口を凍結させていく。
「煉獄より昇りし龍の牙――その身に受けてみるがいい！」
　そして、己の地獄をヴァルカンが解放する。
　噴き出したそれは、巨大な炎龍であった。炎龍と化した地獄は轟炎竜母の竜体に牙を立てると、その傍から焼き尽くしていく。
　轟炎竜母の断末魔の悲鳴は己が肉体が焦げる臭気で掻き消されていく。
「――行くぞ」
　強敵の最期に目もくれず、瑞樹の号の下、ケルベロス達は駆け出す。
　轟炎竜母を下した感傷が無い訳ではない。だが、今はそれに浸る時で無い事は誰しもが理解していた。――今すべきことは、この海域からの脱出だった。

●希望を胸に
　遠目から見る不知火の海は、未だ、燃え盛っている。
「あの一つ一つが轟炎竜母かと思うと、げんなりしてしまいますね」
　手の中で轟炎竜母の鱗を弄びながらの碧人の軽口に、あはははと同意の笑みを零すのはノーヴァだった。
　街の灯の一つ一つに人々の営みがあるように、あの火柱一つ一つにドラゴンの営みがある――と考えるのは当然なようで、それでいて何処か不謹慎の様にも思える。
「だから駆逐しねぇといけねえんだよ」
　それが番犬の為すべき事。ルルドの視線の先にあるのは魔空回廊。此度の破壊は叶わなかったが、次こそは……との思いが強き視線として注がれていた。
「ま、悔しいよね」
　明るく紡がれる姶玖亜の台詞は、滲み出る感情を伺わせない。だが、そこに彼女の言う通り、悔悟の色は見え隠れしていた。
　理屈上では一度での破壊が可能と言えど、容易な事ではない。それは理解している。理解しているが……。
「悔しいって思う事は悪い事じゃねーさ」
　ステインは遠い目で、それを彼女に、否、自分達に言い聞かせるように告げる。
　それは諦めではなく、次を見ると言う事。今日が駄目でも明日なら、それが駄目でも明後日ならば。繰り返し噛みつく事で、破壊できるものもある。
「なんにせよ、グラディウスの回復を待って、だな」
　瑞樹達の手には8本の輝きを失ったグラディウスが眠っていた。何週間先か、それとも月をまたぐ程の時間が必要なのか。今は判らないが、その時が来れば再戦に臨むと、物言わない兵器に想いを託す。
「さて。帰ろうか。そろそろヘリオンが到着する頃合いだ」
　ヴァルカンが空を見上げると同時に。
　バラバラとヘリオンのローター音が、周囲に響き渡り始めていた。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年8月10日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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