甘い言葉に騙されて

作者:蘇我真

「ふっ、ふっ、ふっ」
 深夜、大阪の繁華街。
 酔いを醒ますようにランニングしている巨漢の男性がいた。
「お兄さん」
 男が交差点での信号待ちをしていると、不意に声を掛けられる。
 若い女の、猫なで声だ。
「はい?」
 男は声のした方へ振り向いて……。
「なっ――」
 思わず、絶句した。
 そこには確かに若い女がいた。
 しかし、その身にほとんど何も纏っていないのだ。
 局部をかろうじて植物の蔓や葉で隠している程度。しかしその豊満な胸は植物だけでは隠しきれるわけではなく……。
「……っ」
 ごくり、と男の喉が鳴った。視線はほぼ露わになっている胸へと釘づけだ。
「こっちへきて……?」
 女は男の太い手に自らの細腕を添え、路地裏へと誘導する。
 そこに強制力があるわけではない。力だけなら男の方が強そうですらあった。
「………」
 しかし、男は吸い寄せられるように女に従い、よりひと気のない路地裏へと入ってしまった。
「あ、あの、何を……」
「私と、一緒になりましょう?」
 男の質問を遮り、そう提案する女。
「え、で、でも、外でなんて……」
「どこでも一緒よ?」
 女は男へと抱き着いていく。贅肉の腹へと飛び込んで、上目遣いで唇を突き出す。
「さ、ほら……」
「う、うん……」
 男は最初、左右をきょろきょろと忙しなく見回していたが、ついに意を決して女へと唇を落とした。
 柔らかい感触。そして、ぬるりとしたものが口内へと侵入する。
 それは女の舌……ではない。口からはみ出したそれは深緑色で、彼女の身体を覆うものと同じ攻性植物だった……。

「爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出した」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロス達に向けてそう切り出した。
 攻性植物たちは、大阪市内への攻撃を重点的に行おうとしているようだ。
 おそらく、大阪市内で事件を多数発生させて一般人を避難させ、大阪市内を中心として、拠点を拡大させようという計画なのだろう。
「大規模な侵攻ではないが、このまま放置すればゲート破壊成功率も『じわじわと下がって』行くことが予想される」
 それを防ぐ為にも、敵の侵攻を完全に防ぎ、更に、隙を見つけて反攻に転じなければならない、と瞬は結ぶ。
「今回現れるのは、女性型の攻性植物。深夜の大阪の繁華街に現れて、酔っぱらった男性を誘惑して、攻性植物化させようとしている」
 ほぼ裸のような格好の女性型攻性植物。これに引っかかってしまうのは男が酔っていたのと、女性に縁がない暮らしをしていたからだ。
「被害者の男性は31歳、万倉玄田。体重3ケタ超えの巨漢で、好物はビール。酒のつまみも食べてしまうのでビール腹が進んでしまっている。健康診断で脂肪肝やらを指摘されたのを気にして、走って帰っている途中だったようだ。そもそも健康が気になるのなら飲まないほうがいいのだろうが……今回はそんな指摘をしてどうにかなる事態ではないな」
 この被害者を事前に避難させてしまうと、攻性植物は別の場所に現れてしまうため、被害を防ぐことができない。
 だが、直前に少しだけ接触して、攻性植物の誘惑を断るように仕向ける事ができれば、男性が攻性植物から離れていくので男性の安全が確保できると瞬は言う。
「誘惑に乗ってしまう理由は、女性と縁遠い事だ。そこを僅かな接触時間でフォローできれば、攻性植物と有利に戦えることだろう」
 肝心な攻性植物の能力はというと、局部を隠している蔦を伸ばして捕縛したり、硬質化した葉を飛ばして遠距離にまで攻撃を仕掛けてくる。
「世の中急に自分がモテることなど、そうないことだ。ある意味酷ではあるが、それを万倉氏へと教えてやってくれ」
 そう締めくくって、瞬は頭を下げた。


参加者
ウェンディ・ジェローム(輝盾の策者・e24549)
吉良・琴美(白衣の悪魔・e36537)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)
カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)
佐藤・しのぶ(スポーツ少女・e62849)
深々魅・未弥(みみみみ・e64683)

■リプレイ

●夜のブルマ少女
「ふっ、ふっ、ふっ」
 深夜、大阪の繁華街。
 酔いを醒ますようにランニングしている巨漢の男性がいた。
「お兄さん」
 万倉が交差点での信号待ちをしていると、不意に声を掛けられる。
 若い女の、元気な声だ。
「はい?」
 万倉は声のした方へ振り向いて……。
「なっ――」
 絶句した。体操服にブルマ姿の佐藤・しのぶ(スポーツ少女・e62849)がそこにいたからだ。
「お兄さんもランニング? ダイエット?」
「あ、ああ、そう、だけど……」
 万倉はその格好を訝しんだが、アルコールも入っているし、そもそも裸の女に誘惑されるような男なので深くは気にせず話に乗る。
「すごいね、頑張ってる人は好きだよ!」
 無邪気に好意を伝えるしのぶ。万倉はモテないので勘違いしかける。
「それと、最近この辺りで女の通り魔が出るみたいだから気を付けてね」
「女の通り魔?」
「うん。ほら、向こうの子も言ってるでしょ」
 しのぶは横にいる深々魅・未弥(みみみみ・e64683)へと視線を向けた。
「え? ほぼ全裸の女を見た? 普通じゃないよねソレー」
 未弥がスマホを耳に当て、通話している風に見せて注意を喚起していく。
「あっちでも……」
 次にしのぶは反対側へと顔を向ける。そこでは同様に仕事帰りのOL風にスーツを着込んだ人首・ツグミ(絶対正義・e37943)が通話を装って独り言を口にする。
「女性が色仕掛けで誘って来る、って……なら、狙われるのは男性だけじゃない?」
「ね、話題になってるでしょ?」
「そ、そうみたいだね……」
「……ああ、うん、分かった分かった! 寄り道せず帰るから。はーい、また後でね」
 信号が青になる。ツグミや未弥は交差点を渡った後、左右に分かれて消えていく。
「おっと。それじゃお先にっ! またねっ!!」
 しのぶは先に走って消えていった。万倉は揺れるブルマ越しのお尻を呆然と眺めるばかりだった。
 その様子を物陰から見ていたモノたちがいる。
「ひとまずは、効果アリってとこだな」
 吉良・琴美(白衣の悪魔・e36537)だ。隠密気流で身を隠している。
「まだだよ。もうちょっと我慢してね」
 上空から見下ろしているのは秦野・清嗣(白金之翼・e41590)。
 闇夜に紛れたカラスのような黒一色のいでたちで、すぐにでも助けに行きたそうなボクスドラゴンと共に事態の趨勢を見守っている。
 ノロノロとランニングを再開した万倉。次の信号待ちの交差点で、事件は起こった。

●届かない言葉
「お兄さん」
 また声が掛けられる。今度は女の甘い猫なで声だ。
「うわっ、本当にいた」
 万倉の反応は薄かった。ほぼ全裸の女性を前にしても、事前に聞いていたこともありそれほど驚きもしない。
「えっ、ちょっと」
「こわっ、近寄らんとこ……」
 万倉は進路を変え、交差点正面の赤信号を渡らずに横の青信号を選んで走り去ろうとする。
「待ちな、さいよっ!!」
 ほぼ全裸の女性が引き留めようと腕を伸ばす。その腕に絡みついていた植物の蔓が、男を捕縛しようと伸びていく。
「待てと言われて待つ人はあんまりいませんよー」
 蔓は、途中に割り込んできた竜に絡めとられた。
 ウェンディ・ジェローム(輝盾の策者・e24549)と彼女のボクスドラゴンだ。捕縛するための蔓を掴み、引っ張ることで逆に攻性植物の動きを止めた。
「クリスチーナ、そのままですよー」
 ボクスドラゴンへ指示を出しながら、ウェンディは蔦へと霊を這わせる。捕縛には捕縛、蔦を絡めるようにしながら霊が攻性植物の本体へと伸びていく。
「ッ!!」
 攻性植物はすかさず蔓を己の肉体から切り離す。バックステップで距離を取ろうとした。
「封縛鞭!」
 それを予測済みだとばかりに、伸びる鋼鞭がある。カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)だ。射出されたガジェットが攻性植物の足首に巻き付き、体勢を崩させる。
「つぅっ!!」
 尻持ちをつく攻性植物。上へ向いた視界に、清嗣のボクスドラゴンの姿が飛び込んできた。
「!!」
 ブレスだ、とっさに倒れたまま横に転がって吐息を回避する。
「ドラゴンの飼い主がいるはず……っ」
「それって僕の事かな?」
 清嗣は、万倉を保護していた。その広い肩に手を回して、保護しているとポーズを取る。
「君よく見たらいい顔してるね。痩せたらイケメンさんじゃない?」
「えっ、マジですか」
 清嗣に見つめられて妙にときめく万倉。
「ちょっとおじさんと頑張らない? 身体絞ると色々変わるよ?」
「そ、そうです、ね……」
 万倉の体型どころか人生観が変わりつつある。
「ちょっと、取っちゃ駄目よ。女の魅力に酔いしれなさい?」
 それを阻止しようと攻性植物は催眠効果のある硬質葉を四方八方へとまき散らす。
 針葉樹のような尖った葉が中衛へと飛ぶのを見送り、ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)は平然とした様子で呟く。
「僕の好みは、まず竜派ドラゴニアンという前提がですね」
 繁華街の灯りと同化して身を潜めていたロスティ。両腕にそれぞれ炎と水の力を纏わせる。
「そ、それはともかく、その手には乗りませんよっ!!」
 両腕から繰り出されるボディブローが攻性植物の腹へと突き刺さる。炎と水が交互に叩き込まれ、神経の伝達を阻害し、葉飛ばしを間接的に封じる。
「いたたたっ! よくもやったなーっ!!」
 しのぶは跳んでくる硬質葉をケルベロスチェインで撃ち落とす。カーラの放った鋼鞭と同様に鎖を攻性植物へ絡ませていく。
「響銅。守ってあげて」
 清嗣はボクスドラゴンに指示し、万倉を庇わせる。その分自らの身は危険にさらされる。同じく中列のカーラと共に催眠状態に陥ってしまう。胸の中、膨れ上がって張り裂けそうな気持ちを必死で抑える二人。
「気を強く持て! これも君に課せられた試練だ!」
「だ、大丈夫ですか!? あんな露出狂よりわたしとかのほうがいいですよっ!」
 後列から、メディック二人の回復が飛ぶ。
 琴美の荒々しい檄と共に行われる緊急オペ。
 未弥の若干あざとさを感じる溜めた気力のおすそ分け。催眠効果は迅速に除去されていく。
「あんこっ!」
「!!」
 呼ばれたテレビウムは、未弥の意図を汲み取り応援動画を流して回復をサポートした。流れる動画が未弥のものであるあたり、やはりあざとい。
「いやあ萌えますね……私は燃えてますけど」
 ロスティは攻性植物の攻撃を見て、武器をチェーンソー剣に変える。列攻撃で複数が催眠にかかる、その強度を見るにどうやら相手はジャマーのポジションを取っているようだ。
「これ以上、破る服はなさそうですが」
 行動をされる前に捕縛するか、ダメージを与えやすくして一気に倒すか。ロスティの選択は後者だった。振り切ったチェーンソー剣が、攻性植物の身を覆う僅かな植物の蔓や葉を破いていく。
「なら、俺もッ!」
 意図を理解したカーラも如意棒を操り、その肉体を激しく突く。打点を稼いで一気に倒す方向に舵を切った。
「ち、くしょう……!!」
 一矢報いろうと、攻性植物は大口を開けた。その美貌が台無しになる捕食体型、開いた口の中、毒を持つ犬歯がきらめく。
「あたしを食べても美味しくないですよー」
 狙われたウェンディはのんびりと構えていた。捕食される瞬間、展開させていた紙兵を滑りこませる。
 噛み付き。しかし毒の牙は紙兵に遮られウェンディの肉体にまでは届かない。
「ほら、美味しくないですよねー?」
「あなたは毒……文字通り毒婦ですねーぇ?」
 狙いをつけていたツグミが、断言する。
「そういう悪はぁ、滅びるといいですよーぅ♪」
 相手の意見や主張などは聞かない。一方的、決定的な断罪。
 ツグミが攻性植物を悪だと認識した瞬間、自己暗示によりその肉体能力が飛躍的に向上する。大鎌を形成すると、滑るように移動する。
「や、やめ……」
「命乞いも慈悲も結構ですよーぅ。そういうのは神様にでもしといてくださーぃ」
 一閃。攻性植物の胴が上下に物別れし、上体が滑り落ちていく。
 それが、攻性植物の最後だった。

●エピローグ
「あ、あの大丈夫ですか?」
 全てが終わり、未弥はへたり込んだままの万倉を見下ろした。
「な、なんとか……女性恐怖症になりそう」
 ツグミのトドメは刺激が強すぎたらしい。腰が抜けて立てない万倉へと未弥は手を差し伸べる。
「大丈夫ですよ。女の子は怖くないですから、ほらっ」
 被害者のアフターケアもメディックの役目とばかりに安心させ、万倉の手を取り引っ張り上げる。
「う、むむむ、重い……っ」
 万倉の体重は三桁有るので仕方がない。見かねたテレビウムも手伝ってやる。
「ありがとあんこ……よっし!」
 ふたり掛かりで何とか万倉を立たせた後、ハイタッチする。
「今回は災難だったねー」
 声をかけるしのぶに、万倉が反応する。
「あっ、さっきのブルマの人。もしかして、みんなケルベロスだったんですか」
「その覚えられ方はアレだけど……その通り!」
 とっさのことでまだ状況が把握できていなかった万倉だが、ようやく事態を飲み込めたようだ。
「これからは気を付けてダイエットしなよ? 食べ過ぎと飲みすぎも禁物!」
「は、はい。そうします、ありがとうございました」
 しのぶにハッパを掛けられて、万倉も気持ちを引き締め直したようだ。
「それはそうと……美味しい店、知りません?」
 夜の繁華街、何か食べようと万倉から情報収集を試みるのはロスティだ。
「なぜ彼に聞くんだ」
 戦闘が終わり、口調が戻った琴美がツッコミを入れる。
「いえ、なんとなく彼は美味しい店を知っていそうでしたから」
「確かにですねー。わたしも動いたらお腹減っちゃったし、紹介してほしいですー」
「は、はあ。でしたらこの辺りで唐揚げ食べ放題の……」
 ウェンディにも頼まれ、万倉は安くてそこそこ美味しく、量が食べられる店を教える。
「ああ、なんか思い出したら僕もお腹減ってきちゃった」
 万倉の腹の虫が鳴る。
「ふふっ、揚げ物は駄目だよ。低カロリー高たんぱく、減量、頑張ってね」
 道路のヒールをしていた清嗣は万倉の肩に手を置き、激励する。
「はい……がんばります」
 万倉は照れくさそうにはにかむのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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