暗羽は、溶けるように

作者:遠藤にんし


 ――何かに導かれるように、クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)は廃ビルの階段を上った。
 電気もない暗い中を歩みを進め、気付けば屋上まで辿り着く。
 そして――目の前には、顔面すらも黒い仮面で隠した、黒い姿があった。
「……」
 その者は何も言わず、右手に仕込んだ銃をクーゼへと向ける。
 一発目の発砲を大きく飛んで回避するクーゼの口から、その者の名が漏れる。
「螺旋忍軍……暗羽――!」
 ――呼応するように、ボクスドラゴン・シュバルツも鋭く声を上げた。


「螺旋忍軍が動き出したみたいだ」
 高田・冴が告げると、集まったケルベロスたちの間に緊張が走る。
 今回、宿敵である螺旋忍軍・暗羽と遭遇したのは、クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)。
 冴の予知によれば、今から急行すればクーゼと暗羽が邂逅した直後に合流できることだろう。
「あいにく、私は彼と連絡をつけることが出来なかった。どうか急いで行ってきてほしい」
 螺旋忍軍・暗羽はこまごまとして立ち回りを得意とし、武器は主に右手に忍ばせた銃を用いるようだ。
「配下などを連れていないのは好都合だね。ここで逃がしてしまえばどうなるか分かったものではないから、ここで撃破してしまいたいね」
 深夜の廃ビル、その屋上ということもあって、建物の中にも周囲にも人はいない――暗羽との戦いに十分注力できるはずだ、と冴は続けて。
「誰かが欠けることがないよう、気を付けて行ってきてね」
 そう言って、ケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
大神・凛(ちねり剣客・e01645)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)

■リプレイ


「久しいな」
 クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)が言うと、螺旋忍軍・暗羽は動きを止める。
「俺のことは、覚えているかい?」
「さて……弱いヒトなど、覚えるには値しないからな」
 返事に、クーゼは炎を想起する。
 ――燃え盛る集落は昏い。暗闇の中で燃え盛る炎に色は無く、そこに立つ者がクーゼ自身へとかけた言葉を、クーゼは忘れられなかった。
(「弱い奴が一番悪いなんて言葉、認められるわけがないから」)
 だから、クーゼは。
「今度は逃さない。絶対に、だ!」
 暗羽に言わせてみれば、クーゼ自身も『弱い』のかもしれない。
 ただ、それは引く理由になどなりはしない――そう告げた瞬間、ボクスドラゴンのシュバルツはブレスを吐き、暗羽は闇で夜を侵す。
 暗闇はクーゼを呑もうと流れ出るが、西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)がそれを阻む。
「悪縁は今日で断ち切ってしまいましょう。忍者なんて枕を高くして眠れなそうな相手、いつまでも相手にするのも……ねぇ?」
 柔らかい笑みを浮かべてクーゼへ呼びかけた正夫の手からこぼれるのは紙兵たち。大弓・言葉(花冠に棘・e00431)が爆破スイッチに指を掛けると同時に暗羽の体を爆発が襲う。
 大きな爆発音にボクスドラゴン・ぶーちゃんは身を震わせるが、そんなぶーちゃんへと言葉は声を掛ける。
「しっかり狙ってね! 特にボクスブレスの時!」
 ぶーちゃんは不安からかもぞもぞと体を動かし……思い切って、という風にブレスを暗羽へと吐き出した。
「アネリーも行ってきて!」
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)の言葉に羽ばたくボクスドラゴンのアネリーは属性を注ぎ、ヴィヴィアン自身は暗羽の顔にライトを当てる。
 ……顔面にライトを当てても、仮面に覆われた素顔を窺い知ることは出来ない。暗羽がどんな気持ちでここにいるのかは分からなかったが、それでもヴィヴィアンは告げる。
「これからあなたは、弱いと侮ってるあたしたちに倒されるの。一人でしか戦えないあなたに、本当の強さなんてわからないよ」
 次いでヴィヴィアンの唇からこぼれ出たのは、歌。
 郷愁を感じさせる茜色の道を示す牧歌はフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)へ宛てる。歌声響く中、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)はドラゴニックハンマーを構え。
「まったく、デウスエクスに良く狙われる男だ」
 そう呟いてから砲撃――シヴィル自身も、この敵には思うところがあるからか攻撃は苛烈。続くロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)の放った戦火もまた、暗羽の身を舐めた。
 立て続けに攻撃を受け、暗羽は黒い姿をゆらりと動かす。
「止まれ!」
 そんな暗羽へと叫んだのは大神・凛(ちねり剣客・e01645)。
 凛の発した声にはドラゴニアンとしての力が含まれている。咆哮は弾丸のように暗羽の体を叩き、凛はクーゼをかばうように彼に背を見せる。
「悪いが貴様に大事な仲間をやらせるわけにいかない。私とも相手をしてもらおう」
 刃を構えて告げる凛――凛はクーゼにはワイルドハントの時の借りがあった。今こそそれを返す時、と凛は紫色の双眸に力を籠めて暗羽を見据える。
「助太刀、感謝する」
 自分のために戦ってくれる仲間たちの姿に、クーゼは呟いて暗羽の方へ向き直り。
「暗羽、今度はお前が弱者になる番が来たようだぞ?」
 勢いよく二本の刃を振り下ろせば、発生する衝撃波が左右から暗羽を苛む。フェルディスはドラゴニックハンマーを砲撃の形へ変えて後に続いた。
「暗殺が仕事っぽいのにこんな状況でも戦うとは仕事人としても三流ですねぇ!」
 砲撃の名残に緑の髪を揺らしながら、フェルディスはニヤリと笑うのだった。


 凛の刃が闇を裂く――しかし、暗羽の体には届かない。
「外したか……」
 見切りが起こらないように注意していた凛だったが、攻撃そのものの精度は決して高いものではなく、ピンクの輝きを持つ刃は暗羽にはなかなか届かない。
 苦戦するのは凛だけではない。精度の低い攻撃であっても命中させようとロベリアは太陽の剣【獅子王】を構え、暗羽に迫るが。
「……っ!」
 肝心の薙ぎ払いの攻撃を回避されてしまえば、精度を下げることもままならない……竜の砲撃と脛斬り、繰り返される攻撃は見切りを生み、膠着状態とも呼べる事態を招いていた。
 そんな中であっても、暗羽は闇を滲ませ、あるいは銃でケルベロスたちを狙う。余裕さえあれば攻撃に回りたかったヴィヴィアンも、アネリーと共に癒しを与えることしかできない状態だった。
 ヴィヴィアンの作り出す柔らかな光は、あるいは実りの輝き、歌声は状況に応じて移ろう。仲間の受けた負荷に応じて癒しを変えると決めているヴィヴィアンがいたからこそ、戦列が急激に崩壊することは免れていた。
「なかなか、忙しくて困りますね」
 呟く正夫も癒しのために。
 どちらかといえばヒールを優先する正夫は時たま攻撃に転じては暗羽の体に重しをつけるように負荷を加える。とはいえ押されているている状況において攻撃に回る機会は乏しく、現状打破のための一手とはなりえていなかった。
「これは私からのプレゼントです。愛を沢山振り撒いてあげましょう!」
 暗羽の手数を減らそうとフェルディスが投擲したのは祝福のこもった弾丸。内部を襲う炸裂は確かに暗羽を苛むものだったが、暗羽の動きを止めさせるには至らずじまいとなった。
 命中の面で、作戦そのものをより練る必要があったのかもしれない――そんな想いを胸中に抱きながらも、ケルベロスたちは戦いを続ける。
 シュバルツは幾度となく暗羽に攻撃を受け消滅した。それでもクーゼは決してあきらめず、二本の斬霊刀を携えて幾度も暗羽に迫る。
 攻撃の優先順位は決め、確度が八割を切るなら別のものを使おうともクーゼは決めていた。とはいえ、八割を切るまでは同じものを使い続ける――毎回別のグラビティを用いるとハッキリとは決めていなかった――ことが仇となり、攻撃はしばしば空ぶった。
 もっとも、今回の戦いには熊本城での魔竜との戦いとは違い、時間に関する制約は一切ない。時間がどれだけかかってもそれ自体は問題ではなかったが、それが原因となって消耗は激しくなっていた。
「騎士団での特訓の成果を見せるぞ!」
 シヴィルが戦線を切り開き、少しでも暗羽の攻撃の勢いを減じさせようと挑む。連携を取る余裕こそ今はなかったが、その斬撃は確かに暗羽へと届くものだった。
「ちゃちゃっと倒したいとこだけど……!」
 むむ、と難しい顔の言葉。
 たくさんのフリルやお花による癒しをひとまず完了させ、オラトリオの翼を広げて弾丸を撃ち込むそばで、ぶーちゃんは言葉自身にも癒しを届ける。
 ……長引く戦いは、護り手である言葉や正夫への負荷が高い。正夫もくたびれた表情を覗かせ、言葉自身もたくさんのヒールは受けていても万全を取り戻すことは難しかった。
 だとしても。
「負けないからね……絶対に!」
 言葉は力強く暗羽を見据え、そう呟くのだった。


 ケルベロスたちの疲弊も消耗も否めないが、それは暗羽も同様。
 地道な攻撃が功を奏し、攻撃の精度も上がってきた……ケルベロスたちの攻撃は徐々に苛烈さを増し、これまでの分も取り戻すかのように戦いは進んだ。
 シヴィルは月華衆式機巧蝙蝠型脚甲による蹴りで暗羽に立ち向かい、流星の煌めきをその黒い体に注ぐ。
「貴様と私は相容れない存在だが、邪悪なるデウスエクスにならなければならなかった理由があることぐらいは私もわかっている。今日は死ぬには良い月夜だ。安らかに眠るが良い」
 告げた直後、シヴィルが大きく後退すると同時に暗羽へと投げつけられた瓶はフェルディスのものだ。
「敵も結構お疲れみたいですねぇ!」
「そうですね。今の内に、急ぎましょう」
 フェルディスの言葉に正夫はうなずき、爆発が収まった頃合いを見計らって暗羽へ肉薄。
「こんなものもありますよ」
 掌底に空間は破裂。けたたましい音を立てる中でもロベリアは冷静さを失わず、アームドフォート(太陽の騎士団改修型)を構える。
 力強く放たれる一撃――ようやく攻撃が命中したのを見て、よし、とロベリアは小さく快哉を叫んだ。
 次々に暗羽へと放たれる攻撃を見て、ヴィヴィアンはその頼もしさに思わず笑みをこぼす。
『強さ』が何なのか、ヴィヴィアンにはっきりしたことは分からない。それでも、共に戦う彼らのためにと、ヴィヴィアンは絶えず癒しを贈り続ける。
 結実した輝きは、アネリーの属性と共に言葉へ。ぶーちゃんも心配そうに言葉の周りを飛び回っては属性インストール、それがなんだか嬉しくて、言葉はぶーちゃんを撫でながらヴィヴィアンに笑顔を向ける。
「ヴィヴィアンちゃん、ありがとー!」
「もうちょっとだから、頑張ってねっ!」
 ヴィヴィアンの言う通り、暗羽が追い詰められつつあるのは事実。
 言葉自身、あとどれだけ耐えられるかは分からない。だからこそ言葉は簒奪者の鎌を振るい、暗羽の身を刻んだ。
 ――身を刻まれ、暗羽も耐えかねたように膝をつく。
「あの時お前は言ったな。弱い奴が悪いのだと」
 そうやって、暗羽へと言葉をかけるのはクーゼ。
「なら、今のお前は自分が悪いって割り切れるのか?」
「…………」
 暗羽の唇が、動いた。
「……そうかよ」
 クーゼの刃が暗羽を貫くと同時に、凛が手を掲げて駆ける。
 ハイタッチ――その後、凛が斬霊刀『黒楼丸』を持ち直すまでの間に、刹那の隙が。
「――クーゼくんっ!」
 暗羽が残る僅かな力で腕を持ち上げたのを見て、クーゼと暗羽の間に割って入ったのは、言葉。
 銃声――直後、凛の刀が最期の一撃を加えた。
 暗羽が倒れるのと時を同じくして、言葉は意識を失った。


「よし、お疲れ様だ」
 言ってから、クーゼはすぐに言葉を抱き起す。
「言葉、大丈夫か?」
 完全勝利とはいかない苦しい局面もあったが、それでも暗羽の撃破は出来た。
 誰かが死にそうになったら暴走も……そう考えていたクーゼにとっては、それだけでも上々だった。
「ん……大丈夫。クーゼ君は?」
 苦しそうに、それでも手を掲げる言葉の掌へ、クーゼは掌を重ねる。
 小さな小さなハイタッチ。無表情でシヴィル、次いでヴィヴィアンもハイタッチを受ける。
「クーゼちゃんが無事で本当によかった!」
 ヴィヴィアンはそう言ってから、言葉を気遣うように歌声でヒールを。
「この程度の敵、貴方なら問題無かったですね」
 ロベリアは言いつつ、周囲のヒールへと協力。
 フェルディスはそんな彼らの様子を見つつ、この後の予定について考える。
 せっかく集まったのだから、どこかで食事でも行きたいところ――以前は回らない寿司だったから、今回は回らない肉だろうかとまで考えてから、フェルディスは思う。
(「ん? 肉は最初から回らないのか」)
「帰って祝杯だな」
 凛も言い、正夫もうなずく。
 ――長かった戦いの疲れを癒そうと、ケルベロスたちは夜の中へ去るのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:大弓・言葉(花冠に棘・e00431) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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