ケルベロス大運動会~アマゾン川の密林を泳いで癒せ

作者:黄秦

 度重なる『全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)』の発動により、世界経済は大きく疲弊してしまっている。
 この経済状況を打破する為には、おもしろイベントで収益を上げるしかない!
 そうだ、やろう、ケルベロス大運動会!!
 ――そう言う訳で、今年も、世界中のプロモーター達が、普通なら危険過ぎる故に使用できなかった『ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション』の数々を持ち寄り、スポーツの祭典を行う事になったのである。

 『第3回ケルベロス大運動会の開催地は、南米・アマゾン!
 広大なアマゾン川と鬱蒼たるジャングルで、様々な種目に挑戦しましょう!』


「挑戦しましょう! ……というわけで、大運動会にご参加くださいなの」
 安月・更紗は、味わい深いイラストの描かれた宣伝チラシを、ケルベロスたちに広げて見せた。
「ケルベロス大運動会か。昨年までは、楽しく拝見させて頂いたものだが…………」
 参加する側になるとは思わなかった、としみじみ熱い茶を啜る鏡水・地比呂であった。

「でもね、ケルベロス大運動会の会場を提供してくれた、ブラジル政府からの『よーせい』があるんだって」
「うん?」
「アマゾン流域のヒールをしてほしいんだって」
 更紗はチラシをひっくり返して、裏に書き留めたメモを読み始めた。
 それによると、ケルベロス大運動会を記念して、ブラジル政府から希望のあった地域でヒールを行う事になったと言う。
 ケルベロスから有志を募ることになるが、アマゾンの豊かな自然を取り戻し、人々の生活を豊かにすることはとても有意義である。
 奮って参加して欲しい、ということであった。

「ふむ……それはわかったが、具体的に何をすればいいんだい?」
 この熱気の中、熱々の茶を啜りつつ尋ねる地比呂。更紗は、両手を大きく広げて見せた。
「アマゾン川は、とても、と―っても、広くて大きくて深いの」
 アマゾン川は南米を横断する巨大な川だ。それこそ、日本の川に見慣れた者からは海のように思えるだろう。
 雨季と乾季で水位の差が激しく、雨季ともなれば、林がまるごと水没するほど川の水が溢れる。
 ゆえに、アマゾン流域に住む人々は、水も来ないような高い崖の上に家を建てたり、高床式の家をつくったり、水に浮かべたりと、住まいに様々な工夫をしているのだ。
 ところが、最近、その工夫をもあざ笑うかのような大洪水が起き、いくつかの村が水没してしまったと言う。
 水没するのが常の林でさえ、深く沈み過ぎて呼吸できずに木々が枯れたり、水勢で倒れたりと、大きな被害を出しているようだ。
 このままだと、水が引いた後にも動物が住めず、また、川の流れが大きく変わって、また洪水が起こるかもしれない。
 だから、まずは水没林にヒールを施し、その環境を立て直してほしい。しかる後、村の建物にヒールを行い、復興に力を貸してほしい。
 ……というのが、ブラジル政府からの要請であった。
「ふむ。現地の人々が苦労している横で運動会と言うのも偲びないしな。了解だ」
 そうだ、行こうと意気上がるケルベロスたちを見て、更紗はにっこりと微笑み、金魚柄の傘をくるりと回した。


「じゃあ、もっと詳しいお話するの。皆にヒールをお願いしたいのは、アマゾン川の支流の一つ、『マナウス川』が流れてるあたりなの」
 巨大なアマゾン川は支流と言えどもやはり大きい。また、含まれる成分で色が違い、黒や、緑、赤い川などもあると言う。
 マナウス川は白茶色のため『白い川』と呼ばれており、滋養が豊富で、何百と言う種類の魚や生き物が生息している。
 ケルベロスらがヒールを行う水没林の付近にも無論のこと、中にはピラニアやワニなどの危険生物も含まれる。
 ケルベロスにとっては襲われても大したダメージにはならないが、用心に越したことはないだろう。
 潜水に必要なものは用意してもらえるが、水着など、各々で用意できるものはしておいてもいいだろう。
「アマゾン川……熱帯魚なんかもいるんだろうな」
 地比呂が想像するのは、ライトの当たる水槽で、華やかに泳ぐ熱帯魚たちだ。
「うん、エンゼルフィッシュみたいに綺麗なお魚も、とっても大きなお魚もいるの。他には、カメ、イルカ、エイ、フグ、サメ……」
「おや? 海の生き物が川にいるのか?」
「そうなの。不思議よね。特にイルカは、ピンク色をしてて人懐こいんだって!」
「へえ……。思った以上に不思議なことが多いのだな」
 深き水の中に鬱蒼と木々がそびえ、その隙間を美しい魚や、海の生き物たちが泳ぐ。
 なんと幻想的な光景だろう。


「それでね、水没林が終わったら、今度は村のヒールをお願いするの」
 村の住居は、水に沈むことを考慮し、長い柱で床を地面から離した、いわゆる高床式住居だ。
 それが、今回の洪水で倒壊し、沈んでしまった家屋が多いと言う。やはりかなりの規模の洪水だったようだ。
 今は、柱部分が全て水没し、家屋部分のみが水上に見えている状態だ。
 故に、ここでも水に潜り、倒れた建物にヒールを施す必要がある。
 家財道具なども出来るだけ回収すると喜ばれるだろう、と更紗は言う。

 全てが一段落した後なら、アマゾン川を探検するのも良いだろう。
 現地の人も、出来る範囲で力を貸してくれるかもしれない。
「川で泳いでもいいし、もちろん釣りもできるの。アマゾン川の自然を思う存分満喫して来てね!
 あ、運動会には遅れちゃダメなのよ? じゃあ……いってらっしゃい! 頑張ってね! なの」
 全て言い終えると、更紗は金魚柄の傘を高く掲げてふりふり、ケルベロスたちを見送った。

 未だ人の手が入らない場所も多い秘境・アマゾンで、どんな出来事が待つのか。
 冒険に心躍らせ、大運動会に闘志を燃やしつつ、ケルベロスたちはアマゾンへと旅立つのだった。


■リプレイ


「な、なんということでしょう! きっとわたしたちは間違えて海に来てしまったのです……!」
 アマゾン川を実際に見れば、リリウム・オルトレインのようにビックリするのも無理はないのだ。
「大丈夫、すごく広いけど川だよ。間違ってないよ……多分」
 と言う、ウォーレン・ホリィウッドも、水平線の見えるような川は初めてだ。
 案内のボートに揺られて数時間、問題の地域にたどり着く。
「水害については、日本も他人事ではございませんからね……。流域の村々の皆様が早く元の生活に戻れるよう、頑張りましょう」
 【フィニクス】のロジオン・ジュラフスキーはそう言うと、さっそく水中へと身を躍らせた。
 治癒の護符を、倒れた木や枯れかけた木に縫い留めれば、少しづつ生気を取り戻していく。
 思ったよりある水勢と水量に一瞬顔を引きつらせつつも、マクスウェル・ナカイはロジオンに頷き、濁流へと飛び込んだ。
 薬液を水流に乗せて散布し、広域をカバーする。
 【フィニクス】の、源・那岐、源・瑠璃の義姉弟も危なげなく活動している。むしろ、故郷に戻ったような気持ちで、やりやすい。
「他人事じゃないんだ。水害で苦しんでいる人は救ってあげないと」
「助け合うのは当然、ですよね。どんな苦労も厭いませんとも」
 いつどこであろうと、彼らは森の守護者。癒しの木の葉や紙兵が舞い散り、折れた木に話しかけてはヒールを施していく。

(「川の底……何だか切ない光景」)
 枯れ木に倒木がひっかかってトラップみたいだ、とウォーレンには思えた。
 移動に苦労する彼をしり目にリリウムは身軽に移動する。
 たまにつまづくのを助けつつ、花神の祝福で癒していけば元気も癒しも林に伝わっていくようだ。

 【白連】のゼルガディス・グレイヴォードは空を飛んで、ヒールをかけるべき場所を知らせている。
「わっ?」
 牧野・友枝が踏んだ、根の隙間から小魚の群れが飛び出して来た。鮮やかな緑色の魚群は、すぐ濁流に姿を消してしまう。
 せめて写真をと懐を探り、スマートフォンはゼルガディスに預けたことを思いだした。

 【エルフの森】から来たシフィル・アンダルシアが、金気のあるモノを身に着けていないのは、期待する遭遇があるからだ。
 勿論、ヒールをおろそかはしない。ただ、何かが揺れ動くたび、期待するのも仕方ない事。
 そんなシフィルの横に、ヒメ・シェナンドアーが並んだ。鮮やかな青いビキニ水着が映える。
(「見つかったかしら?」)
 小首をかしげて問うヒメに、まだと首を振った時。ヒメが展開したドローンを何かが突いた。
(「あ……っ!」)
 ピンク色のイルカだ。『これなあに?』と、ドローンを嘴で突っつこうとしていた。
 薬液を散布していた空木・樒のところへもイルカはやって来た。
「本当に名前通りのピンク色なのですね」
 恐れの無いイルカを撫でてやり、薬液を振りかけると、イルカは気持ちよさそうにくるりと一回転した。

「琴ちゃん、イルカさんがたくさん来たみたいだよ」
 シル・ウィンディアは、ピンク色の群れを差してはしゃぐ。
「ええ、可愛いですね」
 微笑んで答える幸・鳳琴だが、眩しいものを見る様なその視線は、シルへと向けられていた。

 ロゼ・アウランジェの歌声で生じた、揺蕩う泡が木々とイルカを優しくく撫でる。
「お家がなくなるのは悲しいことです、しっかりヒールしましょうね!」
 ロゼ自身もぷかぷか、ピンクイルカ浮輪で揺蕩う。
「……これで、みんなの気分も、上がるかなぁ……?」
 リィナ・アイリスは、ロゼにペースを合わせて移動。甘い香りで癒していく。

 アリス・ティアラハートが祈れば、水中庭園の様に花園が出した。それにつられて魚たちが近寄って来る。
「――ふふっ、くすぐったいです……♪」
「これこれ、アリス姫様のお邪魔をしては……」
 アリスが楽しんでいるのであれば、イルカや魚たちを追い散らすのも気が引けて、ミルフィ・ホワイトラヴィットは困惑しきりだ。

 ピジョン・ブラッドと、マヒナ・マオリのところにもイルカはやって来た。
 マヒナがイルカをそっと撫でると、身体を摺り寄せて来る。
「ハワイでもイルカ……ナイア、は幸運の象徴なの。特に恋愛の」
「そうなんだ、幸運の象徴かぁ。特に恋愛……」
 つい意識してしまい、赤くなるピジョン。誤魔化すように逸らした視線の先、なんか猛スピードで泳いでくるものがあった。
「うゎああああーー!?」
 完全に虚を突かれたピジョンの顔面に思いっきり覆いかぶさったものは……。
「わ、ナマケモノだぁ!」
 マヒナが声を上げた。陸ではちょうスローなナマケモノも、水中では意外と早く泳ぐのだ。何故泳いでいたのかは謎だが。
「早速、珍しい思い出ができたなぁ!」
 むしろイルカよりレアかもしれないと思いつつ、そっと逃がしてやるピジョンだった。

 鉄・千は、みんな元気になーれ! と熊猫応援団の術。
 影守・吾連はゆっくりと拳法の形を取りつつ、花弁を散らしてヒール。
「むむ、パンダ達と水中でフレー!フレー!するのむつかし……」
「やっぱり陸上でのヒールとは勝手が違うね……でも、いい修行になるかも!」
 そんな二人のところにもイルカは顔を出す。
 水中に舞う花弁に合わせるように泳いでいるのが嬉しくて、2人は疲れがふっとんでしまう。
 彼らのためにも、早く元に戻してあげたいと、ヒールにも一層の熱が入るのだった。

 兎塚・月子にとって、マナウスは訪れたいと熱望していた場所だったから、咲宮・春乃の誘いにも二つ返事だった。
 出来ればイルカも、と、キラキラ光りを放ってヒールする。
「だいすきな人と一緒に会えたら、しあわせになれそうでしょ?」
「いや、幸せはそうそう泳いでこな……」
 ……シニカルに首を振る月子の目に、ピンクな大群が飛び込んで来る。
「ハルちゃハルちゃ! ドピンク来た!」
「わっ、やった、会えたね、月子さん!」
 幸せは意外と近くにいるものなのかもしれない。

 ケルベロス達の尽力により、かなりの広範囲をヒールすることが出来た。
 力を取り戻した根が伸び、いくつもより合わさって強度を増しては、地に伸びていく。
 折れ曲がった木は傷口が徐々にふさがり、朽ちかけていた木は元気を取り戻していた。幹を起こし、酸素を求めて芽吹き、光を求めて枝を伸ばす。
 水中から木々がいくつもいくつも姿を現し、葉を生い茂らせ、なお天を目指すかのように、高く高く伸びていく。
 それにより、川の流れが少しづつ変わっていた。
 今すぐではなくとも、密林はやがて元どおりになるだろう。


「アマゾン流域のヒールって……かなり広くないか?」
 改めて実感するイヴリン・アッシュフォード。
 見渡す限りに川、所々家と言った風情で、どこまで陸地かもわからなくなりそうだ。
「まあ、ケルベロスの力の見せ所ってヤツか。頑張ろうな、ライラ」
「私ヒールって苦手なんだよな……」
 どっちかと言うと壊す専門だからなあと、ライラット・フェオニールは遠い眼になる。
 イヴリンはまた水害があっても沈むことが無いようにしっかりと強く大きく癒す。
  高く強く、屋根もしっかりした物に。なるべく元の雰囲気を残したまま、だけど安心して生活ができるような住まいをと心がけたつもりだ。
「なーなー見てみて! ジャジャーン! リオ! かわいいだろっ」
 20cmほどの人形を作り、誇らしげなライラが微笑ましかった。
「もし可能であればピンクのイルカに会えるところに連れていって欲しいのだが……?」
 イヴリンとしてはすぐにと言うつもりではなかったが、村人は川を指さした。
「わ……」
 ケルベロスのヒールに興味を示したイルカがここにも群れて、まるで二人を誘うように水面に跳ねているのだった。

  新城・恭平とアリアはヒールした建物の一つを休憩所に作り替える。
 冷たいものを用意して渡したり、怪我などの備えもしてみた。
「ヒールそのものも大切だが、携わる人たちを助けるのもまた重要だな」
 現地の方からも差し入れがあった。主に果物で中でもアサイーのジュースは好評だ。
「私の傍に居られる恭平は、いつも一番の役得だよ!」
 アリアは得意げだ。実際恭平にとってもその通りで、この場所はとても居心地がいい。

 イリス・フルーリアは事前に得た情報を頼りに、家財道具を探しては引き上げている。
(「こういった所を水着で泳ぐのはなんだか新鮮ですねー……」)
 岩や流木の間に挟まった家具を見つけた。なかなか抜けずに苦労しているのを、通りがかった天ヶ崎・芽依とレイス・フィールが手伝った。
 障害物をどけ、三人で引っ張り上げる。
「よいしょ……ありがとうございます」
「いえいえ。沈んでいる物は皆さんの大事な物や思い出が詰まった物ですからね」
 芽依が言えばレイスも頷く。
「うん。出来るだけ、人々に返したいです」
 持ち戻ったいろいろは、レリエル・ヒューゲットが修理や片付けを請け負った。
「プチもお願いね」
 羽猫が羽ばたいて、お手伝いしている。
 不意に、水面が盛り上がり、ざばーんと波しぶきを立てて、妙なJAPANテイストにヒールされた家屋が姿を現した。
 その屋根に乗って、印を結んでいるのは鏡水・地比呂だ。
「これが……零式忍者的ヒールっ!?」
「ええー?」
 感激する芽依。首をひねるイリス、レイス、レリエル。
 アマゾンの地に降り立つ男に芽依は駆け寄った。
「地比呂さんお久しぶりです。お元気でしたか?」
「ああ、君か。あの時は、本当に世話になった。ありがとう」
 恩人に気づいた地比呂は、深く首を垂れた。
「わわわ、そんなっ……あっ、零式忍者的ヒール、すごいですね! 疲れたらヒールしますので言ってくださいね?」
 焦ってぶんぶん手を振る芽依。
「ああ、ありがとう……大丈夫だよ」
 地比呂は、にこやかに笑いかける。

「よ、地比呂。リングの使い心地はどうだ?」
「ありがとう、助かった。また世話になってしまったな」
 水没林から移動して来た道弘と出会う。零式忍者的ヒールは、道弘に借りたリングあってのものらしい。
 休憩所で一息入れつつ、久しぶりに三人、顔を合わせる。
「俺達も今年から大運動会に参加する側だな、まだちょっと信じられねぇけど」
「私もです。先輩ケルベロスの皆さんは凄いな……って」
「ああ、みんな堂々としたものだ。見習わないとな」
 初参加三人は、休憩中の先輩たちを、尊敬の念で見つめていた。

 その先輩たち、恭平とアリアは冷たいジュースと共に諸々の不安を飲み下していた。
「それにしてもなぜだろう……運動会がどんなものになるのか、果てしなく不安だ」
「毎年、中々カオス、だからねー……」
 既に試練を受けてる人達もいるわけで、今年もきっといろんな無茶ぶりがあるのだろう。
 頑張れ負けるなケルベロス!


「ふぅ、大体ヒールは完了しましたかね?」
 山之内・涼子とバジル・ハーバルガーデンはアマゾン川の流れに身をゆだねていた。
 意外と水は冷たく、心地よい。
 水中から見上げる木々の隙間を、色鮮やかな魚たちが泳ぎ、ピンクのイルカが降り注ぐ太陽に映える。それは幻想的な光景だった。

 ロゼは夢の一つであったピラニア釣りに挑戦だ。
 嬉しくて、ボートの上でガッツポーズするくらいには夢だったようだ。
「……ピラニア、釣れると、いいねー」
 隣で釣り糸を垂らしているリィナ。
 生餌を針につけて、大河に放って待つこと数分。ピンと糸が張って、強く引かれる。
「き、来た!?」
「ロゼさん頑張ってー!」
 自分の竿そっちのけなリィナの声援にこたえて、気合と共に思い引っ張り上げた。
 網の中でぴちぴちと跳ねている、口から覗く鋭い歯、紛れもなくピラニアだ。
「やったぁ! 釣れた―」
「おめでとうー!」
 手を取り合って、2人大喜びであった。

 アリスはミルフィに釣りを教わっている。釣り糸を垂れて、待つこと暫し。
「――って、何かすごい力で引いてます――っ!?」
 突然の強い引きに、アリスの方が引っ張られている。
「ッ、姫様!」
 慌てて、竿を掴むミルフィ。折れそうにしなる竿を二人がかりで引き上げる。
「くっ、魚の分際で、姫様を襲おうなどと、許しませんよっ!」
 バシャバシャと水面に大きく波立てて、魚の背が見えた。黒い鱗が、太陽光に照り返る。
「すごく……大きいですぅ!?」
「もしや、アマゾン川の主が姫様を襲いに!? おのれぇ!」
 『ピラルクだヨー。おおきい方だけど、よくいるサイズだョ』
 ガイドさんが説明してくれるのも耳に入らず、2人は悪戦苦闘の末、アマゾン川の主(ピラルク)を釣り上げたのだった。

「……流石はアマゾンですわね、日本とは規模が違いますわ」
 カトレア・ベルローズも他者に負けじと、釣竿を構えてはみたが。
「ううー、少し気持ち悪いですわ」
 虫が掴めないのだ。
「流石にこういうのは、苦手だよな」
 ちょっと苦笑して、武田・克己がつけてやる。
「どんな魚が釣れるか楽しみですわね、目指すは巨大魚ですわ」
 わくわくと竿を握るカトレアは、ふ、と克己を見つめた。
「克己、今日の大運動会は思いっきり楽しみましょうね♪」
 カトレアの微笑みは南国に咲く花のようで。克己は自分の釣りも忘れて、暫く見とれたのだった。

「誰が一番大きいの釣れるかな?」
 【白連】は釣り大会の様相だ。
 ノーフィア・アステローペは水着もばっちり、張り切って釣り糸を投げ込んだ。
 ……。
 ……。
「電気ウナギ釣れたあああ! とりあえずイリス、写真お願い!」
 だが、その瞬間にウナギが放電したため、イリスはスマートフォンを引っ込めた。
「あうう~~」
 黒焦げのノーフィアの隣で、ペレ(ボクスドラゴン)がアメリカンに肩をすくめていた。
 一方、釣ったワニを遠くへ運んでリリースするゼルガディス。
 イリスは大物が釣り上げらるたびに、スマートフォンで記念撮影。
 初心者のレイスは、最初こそ危なっかしかったが、慣れてくると筋がよかった。
 徐々に釣果を上げ始めたレイスには負けていられないと、友枝はガイドにコツを聞いている。
 運動会より一足早く、熱い勝負が繰り広げられていた。

 鳳琴とシルは手を繋ぎ、水没林を歩く。
 とても、静かだ。見上げれば、黒くそびえる木々が、白い陽光に揺らめいている。
 美しい熱帯魚たちが木々の間を泳ぐ。
 不思議な光景に目を奪われても、お互いに、繋いだ手はけして離さない。
「……大好きですっ!」
 例え聞こえなくても構わないと、鳳琴は叫ぶ。
 シルが振り向いた。鳳琴を見る瞳が蒼く熱を帯びて、言葉よりも雄弁に語っている。
 ――聞こえた、と。
 鳳琴は思いのありったけを込めてシルを抱き寄せ、唇を合わせた。
 シルは少し驚いて見開いた瞳を、閉じる。
 力いっぱいに抱きしめて来る鳳琴の背に腕を回し、抱き合った。
 淡く白光の差す水森の底で、2人の思いは一つに溶けあっていくのだった。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月11日
難度:易しい
参加:37人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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