割られてたまるか!?

作者:土師三良

●夏畑のビジョン
 花粉に似た六つの小さな物体が大阪の空を舞っていた。
 風に運ばれて着いたところは農園の一角。収穫を控えた大玉のスイカの畑。
 六つの物体はそれぞれ違うスイカに付着すると、その内部に潜り込んだ。
 蔓が痙攣し、茎が脈打ち、通常の植物にはあり得ざる力を根に伝えていく。
 土の中で根が巨大化し、そして、異形化した。
 スイカ型攻性植物の誕生である。


●うずまき&ザイフリートかく語りき
「依然、大坂では攻性植物どもが猛威を振るっている。今日もまた攻性植物の新たな活動が予知された」
 真夏のヘリポート。ぎらぎらと照りつける太陽の下、ヘリオライダーのザイフリートがケルベロスたちに語っていた。
「住吉区のスイカ畑に胞子が舞い込み、スイカ型攻性植物が生まれるのだ。数は六体。どれも地中の根が異形化しているが、果実の形は普通のスイカと変わらない。しかし、その果実こそが本体であり、それ以外の部分は使い捨ての器官に過ぎないのだ。よって、蔓から切り離されても行動に支障をきたすことはないだろう」
 スイカ型攻性植物たちがいきなり行動を起こすことはない。畑にいる間はスイカになりきって身動き一つせず、収穫されて市場に出回った後で人間たちに襲いかかるつもりらしい。
「より多くのグラビティ・チェインを得るため、また自分たちの拠点を拡大するため、人間の手を利用して人口密度が高い場所に移動するという戦略だな。なかなか巧妙ではあるが、事前に予知してしまえば、恐るるに足らず。奴らがまだ畑にいる間に息の根を止めてやれ」
「息の根を止めるのはいいんだけど――」
 と、瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)が口を開いた。
「――その攻性植物の姿は普通のスイカと変わらないんでしょ? どうやって見分ければいいの?」
「見分ける必要はない。畑にあるスイカを片っ端からグラビティで叩き割ればいいのだ」
「……え?」
「グラビティで叩き割ればいいのだ」
 戸惑ううずまきに向かって、ザイフリートは同じ言葉を繰り返した。
「ドラゴニックハンマーで粉砕するもよし。ゾディアックソードで両断するもよし。ガトリングガンで掃射するもよし。爆破スイッチで爆破するもよし……とにかく、スイカたちを順に攻撃していけば、いずれ本物が見つかるはずだ。どんなに上手くスイカに擬態しても、グラビティで攻撃されれば、回避なり反撃なりの反応を示すはずだからな」
「つまり、スイカ畑一面を使って、目隠しを付けずにスイカ割りをするような感じ? なんだか楽しそうだけど、デウスエクスを倒すためとはいえ、食べ物を粗末にするのは抵抗があるなー」
「ならば、食べればいいではないか」
「……え?」
「食べればいいではないか」
 またもや戸惑ううずまきに向かって、ザイフリートは同じ言葉を繰り返した。
「食べて己の血肉にすれば、粗末にしたことにはならないはずだ。だから、割ったスイカはすべて食べればいい。割った端から食べればいい。食べて食べて食べまくればいい」
「王子って、時々ものすごい無茶振りをしてくるよね……」
 力なく呟くうずまき。目が死んでいる。
 だが、ザイフリートには彼女の声など聞こえていないらしく、夏の太陽よりも熱苦しい熱気を発して叫んだ。
「畑の持ち主は保険に入っているので、ケルベロスカードで弁償する必要はない! 存分に割り、存分に食らえ!」
「お腹がたぷんたぷんになりそう……」
 死んだ目のまま、うずまきは溜息をついた。


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
七宝・瑪璃瑠(ラビットソウルライオンハート・e15685)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
鍔鳴・奏(あさきゆめみし・e25076)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)
常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)

■リプレイ

●我らが割らねば誰が割る
「どりゃあーっ!」
 スイカ畑に響くはゴリラの雄叫び。
 もちろん、本物のゴリラではない。
 ゴリラの獣人型ウェアライダーの金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)だ。逞しい腕を振り上げては振り下ろし、次々とスイカと割っている。
「どりゃあーっ! ……あれ?」
 小唄は手を止めて、傍らに目を向けた。
 そこに座っているのはレプリカントの風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)。小唄が割ったスイカをむしゃむしゃと頬張っている。
「ちょっと、錆次郎さん。食べてばかりいないで、少しは手伝ってよ」
「んー……」
 錆次郎は口中のスイカを嚥下すると、『もえもえあっくす -痛さマシマシバージョン-』なるルーンアックスを持ち出し、大儀そうに立ち上がった。
「やっぱり、食べ専はダメか。しょうがないなぁ」
 見るからにイタそうな『もえもえあっくす』でスイカを割り始める錆次郎。
 小唄もまた作業を再開したが、幾度目かの『どりゃあーっ!』という雄叫びは――、
「がおおおーっ!」
 ――甲高い咆哮にかき消された。
 発声者はライオンラビットの人型ウェアライダーの七宝・瑪璃瑠(ラビットソウルライオンハート・e15685)。ハウリングを用いて、一度に複数のスイカを割っているのだ。
「聞いた話によると、フランベしたスイカも美味しいんだって!」
 瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)も複数のスイカを破壊していた。グラビティ『美味満腹♪ 爆裂調理』を発動させ、畝ごと吹き飛ばす形で。当人は『フランベ』と言っているが、『爆破』という表現のほうが相応しい。
「ほな、うちもパステックをフランベしてみマース」
 うずまきに続いて、ドワーフのジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)もパステック(スイカ)を『フランベ』した。こちらは更に荒っぽいやり方だ。アームドフォートのナパームミサイルである。
 彼女たちの攻撃でいくつものスイカが無惨に吹き飛ばされたが、無駄になったわけではない。ボクスドラゴンの小鉄丸が飛び回り、スイカの破片をたらいでキャッチしているのだから。
「……うん。美味い」
 と、満足げな声を漏らしたのは常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)。小鉄丸とは姉弟同然の関係である人派ドラゴニアンだ(小鉄丸のほうは兄妹のつもりらしいが)。彼女は血襖斬りをスイカに見舞い、返り血ならぬ果汁ジュースを堪能していた。
「それにしても――」
 赤く染まった口許を拭って、紗重はジジを見た。
「――なぜ、そんな格好をしているんだ?」
「ん? これのことかナー?」
 小さな体を包む白い上衣――割烹着の両裾をジジは摘んでみせた。
「お洋服がスイカの汁で汚れたらイヤやから、ジャポンの伝統的な衣装でギャルドしてみまシター。けっこう似合うでしょ?」
(「似合いすぎて、給食当番の小学生にしか見えない」)
 そんな感想をぐっと飲み込み、紗重は目をついと逸らした。
 新たに視界に入ったのはサキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)。もっとも、彼女の顔はフルフェイスの仮面に隠され、赤い角しか露出していない。
(「ある意味、これも似合ってるな……」)
 と、紗重が心中で評価した仮面は、スイカをくりぬいて作った代物だった。淡雪のお気に入り(?)の装備である。
「ソフトタッチで真贋を見極めますわー」
 そう言いながら、スイカ頭の淡雪は手加減攻撃をスイカに加えていく。彼女の横ではテレビウムのアップルが凶器攻撃でスイカを割っていた。全身で『このスイカ女とは他人です』と主張しながら。
 そのシュールな光景の後方に黒い影が現れた。
 玉榮・陣内だ。
「この畑に七体もの攻性植物が潜んでいるのか……」
「いえ、六体ですから!」
 と、淡雪が振り返ってツッコミを入れるや否や、陣内は妖精弓を構えた。
「この赤い角のスイカが怪しい!」
「怪しくありません! 角が突き出て、目と口の部分がくり抜かれていて、スイカの下に体があって、しかもこうして人語を喋ってるんですよ? どこからどう見ても攻性植物じゃないし、本物のスイカでもないじゃありませんか!」
 必死の形相(仮面で見えないが)で叫ぶ淡雪を無視して、陣内は『黒豹ノ瞳』を発動させた。命中率を上昇させるグラビティだ。
「この人、割る気……いえ、殺る気満々ですわー!」
 慌てて逃げ出した淡雪であったが、彼女を狙う刺客は陣内だけではなかった。
「ひゃっはー! スイカ割り放題だぁーっ!」
 奇声を発して行く手を塞いだのは、ヴァルキュリアの鍔鳴・奏(あさきゆめみし・e25076)。その頭上ではボクスドラゴンのモラが滞空していた。全身で『このひゃっはー男とは他人です』と主張しながら。
「割れろ! スイカガール!」
 奏は日本刀を振りかぶり、スイカガールこと淡雪に斬りかかろうとしたが――、
「攻性植物、見つけたんだよー!」
 ――瑪璃瑠の叫びが『わりこみヴォイス』によって届けられると、くるりと反転し、陣内とともに駆け出した。本物の攻性植物を倒すために。
 淡雪も二人に続き、戦いに加わった。もっとも、それは『戦い』と呼べるほど激しいものではなく、ケルベロス側の一方的な勝利に終わったが。
 そして、攻性植物の死を見届けると、陣内が静かに呟いた。
「残りは六体か……」
「いえ、五体ですから!」
「この赤い角のスイカが怪しい!」
「さっきと同じパターンじゃありませんかぁーっ!」
 またもや逃げ出そうとした淡雪であったが、その前に奏が立ち塞がった。
「ひゃっはー! 割ってやるぜ、スイカガール!」
 たちまち始まる大乱闘。今度のそれには『戦い』と呼ぶに相応しい激しさがあった。奏も陣内も本気で攻撃している。淡雪の回避力はキャスターのポジション効果によって上昇しているが、二対一ではあまりにも不利だ。
 しかし、頼れる仲間が加わることで二対二となった。
「淡雪さん、逃げてー!」
「うずまき様!」
「私が九尾九節鞭で牽制している間に逃げてー!」
「ちょ……ま、待って! 牽制というか、闇雲にぶんぶん振り回しているようにしか見えないんですけどぉ!」
 訂正。三対一だ。

●割って悪いか、この西瓜
「一度、スイカの丸かじりというのをやってみたかった」
 皮が削ぎ落とされて赤い球体と化したスイカに紗重がかぶりついた。小鉄丸も同じ球体の反対側をキツツキのようなアクションで啄んでいる。
 そんな仲睦まじい姉弟/兄妹の横で錆次郎が額の汗を拭った。
「それにしても、暑いよねぇ。皆、水分はスイカで補えるだろうけど、ちゃんと塩分補給もしなきゃダメだよ。塩飴をいっぱい持ってきたから、よかったらどうぞ」
 錆次郎は塩飴以外にも暑さ対策や衛生確保や調理のための道具を用意していた。
 そのうちの一つ――ノンアルコールの抗菌ウェットティッシュを紗重が受け取り、果汁まみれの小鉄丸の頭を拭いた。
「衛生関連のグッズを持ってきてくれたのはありがたい」
「衛生面についてはボクも考慮してるんだよー! 非衛生的な感じがする血染めの包帯の使用を控えたりとか!」
 元気に主張しながら、瑪璃瑠が愛用のアニミズムアンク『二律背反矛盾螺旋・夢』でスイカを叩き割っていく。
 畑の傍の防風林に身を潜めて、その様子を見守っている者がいた。
 瑪璃瑠の義兄の月杜・イサギだ。
「うんうん。よく頑張っているな。偉いぞ……さすがは私の妹だ」
 そっと目頭を押さえるイサギ。本当に泣いているのかただのジェスチャーなのかは判らないが、義妹に対する想いに偽りはないだろう。
 そうこうしているうちに新たな攻性植物が見つかった。
「フランベもいいけど、定番はやっぱりシャーベットかなー?」
 うずまきが淡雪を攻撃(本人は援護していたつもりなのだろうが)するのをやめて、九尾九節鞭で攻性植物に氷結の状態異常を付与した。
「そやネー。凍らしたパステックをガリガリ削って、グラス・ピレにしよかー!」
 ジジも敵を氷結させるべく、絶対零度手榴弾を投擲した。
 凍りついた本物のスイカの破片が飛び散る中(例によって、それらは小鉄丸がたらいでキャッチした)、錆次郎が攻性植物にルーンディバイドを叩き込み、紗重がブラッディダンシングで斬り刻み――、
「どりゃあーっ!」
 ――小唄が獣撃拳で粉々に打ち砕いた。
 残る敵は四体。
 これまでに割ったスイカは四十二個。
 そして、淡雪が攻撃された回数は十五回。
「いいかげんにしてくださいな! 一回や二回なら冗談で済みますけど、十回以上というのはいくらなんでもダメでしょう!」
 割る気も殺る気も衰えていない奏や陣内に向かって、淡雪が怒鳴った。度重なるフレンドリーファイアによって、スイカの仮面は亀裂だらけになっている。
「そうだ! おまえら、いいかげんにしろ! ともに死線をくぐり抜けてきた戦友の顔も見分けられないのか!」
 と、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)も奏たちも叱りつけた。彼にしては珍しく真剣な表情をしている。
 そして、その表情を頼りがいのある笑顔に変えて――、
「安心しろ、淡雪。俺はおまえを見誤ったりしないぜ」
 ――と、自信に満ちた声で語りかけた。
 足下のスイカに向かって。
「ヴァオ様、それはただのスイカですから! わたくしはこっちです!」
「うげっ!? 攻性植物が話しかけてきた!」
「攻性植物じゃありませーん!」
 奏たちは冗談半分でやっているのかもしれないが、ヴァオは本当に『死線をくぐり抜けてきた戦友』と攻性植物の区別がついていないようだ。
 しかし、淡雪が仲間に恵まれていないわけではない。
「淡……いえ、スイカーガール! 新しい顔よ!」
 と、同じようにスイカの仮面をつけたリーズレット・ヴィッセンシャフトが駆けつけ、新たなスイカの仮面を渡したのだから。
「ありがとうございます。リズ……いえ、スイカガール十四号!」
『何号までいるんだよ?』という疑問半分呆れ半分の眼差しで皆が見守る中、淡雪は半壊した仮面を脱ぎ捨て、新しい仮面を装着した。
 そして、彼女を狙っていた奏も――、
「はい。奏君の分も持ってきたから、被せて……あ・げ・る!」
「や、やめろ、リズ! ぐぁぁぁーっ!?」
 ――リーズレットによって、スイカの仮面を被らされた。

●割るも笑うも夏の興
 スイカガールを巡るコントじみた同士討ちを繰り広げながらも、ケルベロスたちは本来の目的を忘れることなく、攻性植物を狩り続けた。
 そして、ついに――、
「長かった戦いも!」
「これで終わりなんだよー!」
 ――瑪璃瑠が連携攻撃『夢現十字撃(ムゲン・クロス)』を六体目の攻性植物に浴びせて、とどめを刺した。声が二人分なのは、『夢現十字撃』によってメリーとリルという二人の少女に分身しているからだ。
 瑪璃瑠が一人に戻ると、防風林の辺りから盛大な拍手が聞こえてきた。言うまでもなく、イサギである。参観日で教室の空気を読まずに盛り上がる子煩悩なお父さん状態。
「いやいや」
 長い拍手が止むと、錆次郎がかぶりを振った。
「水を差すようだけどさ。戦いは終わりじゃないよ。むしろ、これから始まるんだよね。スイカを食べ尽くすという戦いが……」
 そう、まだ手付かずのスイカが大量に残っているのだ。
 瑪璃瑠と小鉄丸によって、それらは一箇所に集められていた。
「うわぁー。こんなにあるのか……」
 原型を留めていないスイカの群れを前にして圧倒される小唄であったが、自らの両頬を叩いて、気合いを入れた。
「でも、放置するわけにはいかないよね。ちゃんと責任を取って、ぜーんぶ食べましょう!」
 半球形になったスイカを小唄が手に取ると、ウイングキャットの点心が飛んできて、顔を突っ込むようにして食べ始めた。

 スイカを無心に食べている動物(?)は点心の他にもいた。
 赤い鶏冠を有した異形の白い鳥らしきもの。淡雪のファミリアロッドの彩雪だ。猛烈な勢いでスイカを啄んでいる。
「しかし、この子はどうしてこんなに食欲いっぱいになったのかしらね」
 球体に近い体の彩雪を見下ろし、黒住・舞彩が溜息をついた。
「元は真っ白な羽毛に赤い鶏冠が鮮やかな、綺麗で可愛い女の子だったのに……」
 そう、この異形の鳥の本来の形は鶏だった。知らぬ人にとっては衝撃的な(かつどうでもいい)事実であろう。
 一方、彩雪の主人の淡雪はというと――、
「さあ、うずまき様も遠慮なくどうぞ」
 ――と、うずまきにスイカの仮面を被せていた。
 にこにこと笑いながら、それを素直に受け入れるうずまき。ほのぼのとした光景に見えなくもない。
 だが、その光景は地獄絵図に変わった。
 うずまきが皆に死刑を宣告したことによって。
「ボクは小食だから、食べるほうでは協力できなけど……代わりに料理で貢献するね! ごちそうするのだーいすき!」
 この愛らしい発言が何故に死刑宣告なのかというと、彼女の料理の技能が悪い意味で常人離れしているからだ。スイカを割る際に使っていた『美味満腹♪ 爆裂調理』が料理の腕に基づくグラビティであるといえば、その恐ろしさの一端が理解できるだろう。
「にゃあーっ!?」
「ま、待て、うずまき。わざわざ料理なんかしなくても……」
 ウイングキャットのねこさんと奏(仮面はとっくの昔に脱ぎ捨てていた)が必死に止めたが、うずまきはそれを遠慮と受け取り、スイカの仮面をつけたままの状態で料理を始めた。いや、とても『料理』とは呼べない、おぞましい作業を……。

 遠之城・鞠緒もまたおぞましい作業に熱中していた。スイカを素材にしたカービングだ。最初のうちは決しておぞましいものではなく、大輪の牡丹を咲かせたり、仲間たちの名前を刻んだりしていたのだが、いつの間にか興に乗り――、
「できましたー!」
 ――ホラー映画のクリーチャーめいたものをリアルの世界に顕現させていた。血にまみれたその異形の体は今にも動き出しそうに見える。
「果肉の赤い色を活かしてみました」
「できれば、別の形で活かしてほしかった……」
 小声で感想を述べながら、紗重が自分の作品を地面に置いた。半分に割って中身をくり抜いたスイカ製のボウル。一口大のキューブ状にカットされた果肉が山盛りになっている。早速、小鉄丸とオルトロスのイヌマルがそれらを食べ始めた。前者はがつがつと、後者はもそもそと。
「どう考えても、これだけの量を一日で食べるのは無理だから――」
 奏も料理の準備を始めた。おぞましい作業に従事するうずまきを視界に入れないように気をつけながら。
「――少しでも長持ちするように寒天やゼリーにするか」
「ジュレ(ゼリー)はうちも作ろうと思っとったー!」
 と、ジジが言った。
「せやから、コンジェラトゥールやレショー・ア・ガーズやジェラティーヌも持ってきたヨ。ムッシュ・ヴァオが!」
「持ってこさすなぁーっ!」
 ヴァオがすかさず吠えた(声がくぐもっているのは、淡雪に言葉巧みに乗せられてスイカの仮面を被っているからだ)。その横に鎮座しているのは、ジジに頼まれて運んできたコンジェラトゥールやレショー・ア・ガーズ。言葉の意味が判らないために安請け合いした後、それらが『冷凍庫』や『ガスコンロ』であることを知らされたのである。

 比嘉・アガサも大きな道具を用意していた。
 一抱えはありそうな鍋だ。
「アガサさんの夏のお料理教室が開かれると聞いて……」
 エプロン姿の新条・あかりがスイカの果肉を鍋に投入していく。ヴァオと同様、彼女の声もくぐもっていた。これまたヴァオと同様、淡雪に乗せられて(恋人である陣内の写真と引き換えに)スイカの仮面を被っているからだ。
「いや、料理ってほどでもないよ」
 鍋の中身をかき混ぜる手を休めて、アガサは肩をすくめてみせた。
「煮詰めてジャムにするだけ。皮のほうは漬け物にしようか。そうすれば、無駄なく食べられる」
「スイカって、ジャムや漬け物にもできるんだね! 知らなかったんだよ! ボクはこうやって切ることしかできないけど――」
 アガサの『夏のお料理教室』に感動しつつ、瑪璃瑠がスイカを切り分けた。
「――兄様、召し上がれだよ!」
「ありがとう、ありがとう……」
 スイカを差し出され、イサギがまたもや目頭を押さえた。娘が作った拙い料理に涙するお父さん状態。
 そして、うずまきの『拙い』どころではない料理もできあがった。
 できあがってしまった。
「じゃーん! スイカと鯵のカルパッチョの煮込み昆布和え! アクセントに蜂蜜をかけてみたよ!」
 なんの悪意もなく、その独創的な料理(というよりも食材のバトルロイヤル)をうずまきは皆に配って回った。
「これって途中でギブは……許されないよね、やっぱり」
 今にも死にそうな顔をして、錆次郎が料理(というよりも食材のジェノサイド)の皿を手に取った。
「げふぅ……」
 と、小唄がおくびを漏らした。
「もう無理かも。いや、うずまきさんの料理がどうこうということじゃなくて、量的に……」
 先程まで旺盛な食欲を見せていた点心も地面にだらしなく横たわり、目を閉じている。寝息のような音を立てているが、狸寝入りであることは一目(一聞?)瞭然だ。
「ねえ、点心。もう少し頑張ってよぉ」
「……」
 主人の哀願を無視して、狸寝入りを続ける点心であった。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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