逢魔ヶ時、揺れし鬼灯

作者:黒塚婁

●逢魔
 鈴生りに橙の実をつけた鬼灯の鉢が居並ぶ。
 とある社の境内に開かれたほおずき市。
 夕暮れ、茜と黄金が混ざり合う頃――降り注ぐ日差しは和らげど、暑さは未だ残る。
 しかしそれでも多くの人々が集まり、屋台を前に、どれにしようか、じっくりと吟味している。
 そこに――招かれざる客が訪れる。
 巨大な牙の形をした、飛来物。凄まじい音と共に、地に突き刺さった――見る間に、鎧兜を身に纏う複数の竜牙兵へと姿を変じた。
 それらは、雄叫びを上げ。
 それらは、周囲の人々を斬り伏せていく。無論、抵抗も逃走も無意味であった。
 ――我らに憎悪と拒絶を。
 癖のある声で彼らは哮りながら、動く者がいなくなるまで虐殺を止めぬ。
 地に落ち、踏みにじられ。鬼灯は真っ赤に染まった――。

●使命
 竜牙兵が現れ、人々が虐殺される予知があった――雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達へ厳かに告げた。
「本来ならば避難勧告を行うべきなのだが、すれば竜牙兵は目標を変えてしまう。結果、甚大な被害を与える恐れがある……ゆえに貴様らには急ぎ、現場に向かって貰いたい」
 その場所は――辰砂が軽く視線を向けた先で、吉柳・泰明(青嵐・e01433)が応じ、口を開く。
「とある神社の境内……その日は、ほおずき市が行われているようだ」
 静かに薙いだ声音に、続き辰砂が説明を加える――。
 現場は彼の説明通り。この地域においてはこの催しそのものが小さな祭りのように扱われているらしく、鬼灯のみならず、いわゆる飲食や遊戯の屋台も出ており、夜まで続くらしい。
 予知によれば、竜牙兵による襲撃は夕暮れ時――暑さが和らぐこともあり、賑わいが一層増す時間帯でもある。
「わかっていながら人々を危険に晒すのは、心苦しいが」
 そう零したのは、泰明。
 首肯しつつも、辰砂は何も言わず。
 事前の避難は不可であるものの、現場にて竜牙兵と開戦する際には、警察に避難誘導を任せて戦闘に注力できるだろう――ただ、初撃には気をつけた方がよかろう、と付け加えた。
 現れる竜牙兵は全部で三体。備える武器はそれぞれ違い、連携して戦うだろう。
 奴らは撤退することはなく、最期まで戦い抜くだろう。
「とはいえ、難しい相手ではない。人々を守り、できるだけ市をそのまま継続できるよう――巧く立ち回って貰いたい」
 辰砂はそう告げ、説明を終える。軽く瞑目して泰明が引き継ぎ、一言。
「無辜の人々と、その楽しみを……守らねばな」
 ケルベロス達に向かい、告げるのだった。


参加者
烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
泉宮・千里(孤月・e12987)
王生・雪(天花・e15842)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
錆・ルーヒェン(青錆・e44396)

■リプレイ

●刻限前
 黄昏時――夏の夕映えは金色に輝き、未だ宵は遠く感じられた。
 途切れぬ人々の往来を見つめ、その活気に、烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709)は優しい視線を送る。
「こういう市は活気があって良いものですね」
 植物を愛する彼にとって、人々が植物に関心を持ってくれる催しは嬉しいものであった。
 賑わっているのは鬼灯の屋台ばかりではない――歓声をあげながら駆けていく子供達の背を見送りながら、宝来・凛(鳳蝶・e23534)も笑みを浮かべる。
「ほんに、お祭りって感じやね」
 肩口に浮かぶ相棒――椿の羽織を纏う瑶に向かい、声を掛けつつ。ゆらり、右目の炎が僅かに揺れる。
 こういう場に喧騒はつきものとはいえ――幽かに真剣味を含んだ声音で、続けた。
「やけど、竜牙までつきものなんて参るね」
 ええ、応じる同意の声は馴染み深いものであった。
「また酷く荒々しい夕立の予報が出たものですね……」
 憂いに表情を曇らせた王生・雪(天花・e15842)が頷く。
 彼女の隣、こちらはやや天を仰ぎ――吉柳・泰明(青嵐・e01433)は茜が差し始めた空を見つめ、
「逢魔時が真と成る、か」
 零した生真面目な声音に、泉宮・千里(孤月・e12987)は口元の笑みを深める。
「流石泰明、鼻が利く」
 言外の含みは何処までか、狐の諧謔はいつものことと、泰明は涼しい様子で受け流す。
 千里もまた気にはせず、屋台に居並ぶ鈴なりの実を見やり、
「茜と黄金に照り映える鬼灯――成る程、コイツは幽妙な事だ。魔が誘われても可笑しくは無い」
 金眼を細め嘯く。
 悠然と構えたその姿は、平素のものと変わらぬ。
 親しく頼もしい者達を前に、雪は、自身が無意識に微笑んでいることに気がつく。
「涙や血の雨まで降らぬよう、防いでみせましょう」
 改め決意を言葉に乗せた彼女のに寄り添う、主と似た装いの純白のウイングキャット――絹が同意を示すようにふわりと浮上する。
 彼女の言葉に深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)が深く頷く。
「人々が楽しみにしている催し、邪魔はさせません」
 また夕暮れ時か――でも明るいな、アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)は視線をぼんやりと投げながら、ひとりごつ。
 鎧兜……ほおずきと一緒に並べたら合いそう――だが。
「人を殺めるのであれば帰ってもらうしかない。俺も市を眺めたい故、早々にな」
 彼が確固とした意志を口にすると、周囲を興味深そうに眺めていた錆・ルーヒェン(青錆・e44396)は大きく頷き、
「行きはよいよい、帰りも悠々! まっかせといてェ!」
 揚々と謳い、請け負うのだった。

●衝突
 そんなケルベロス達の思いに挑むように――天より、牙が降る。
 地に深々と刺さったそれが、それぞれに武器を携えた三体の竜牙兵に変じる。気付いた人々が、悲鳴をあげる――同時、鱗粉代わりに火粉を散らす紅い胡蝶が、ひらりと一体の竜牙兵に止まる。
 途端、咲くは忽ち燃え盛る業火の花。
「喧嘩沙汰はご法度よ。風情乱す荒くれ者には早いとこ失せて貰おか」
 蝶を差し向けた凛は竜牙兵に鋭い視線を送ると、今度は背後の人々へ、声をかける。
「ココは番犬が護るから、慌てず避難してね!」
「どうか落ち着いて避難を、必ずや番犬がお護り致します」
 白刃を敵に向け、雪も重ねて告げる――凛が動き出した直後、すかさず遊行が起こした色鮮やかな爆風がはためかせる袖を優雅に捌き、
「凜冽の神気よ――」
 集中を高め、放たれた氷雪の霊力を帯びた一太刀。
 彼女の刃は真っ直ぐ美しい残影を描き――太刀風は吹雪となって竜牙兵を襲う。
 炎に苛まれる竜牙兵を、剣を持つ竜牙兵が庇うように前に出て、その吹雪へと剣を振るった。
 そこへ、音も無く詰めたのは、堂々たる一太刀。
 抜き、振り上げ、ただ振り下ろす――基本に乗っ取った無駄のない動作に迷いは無く。
「不吉招く手は払い除けてくれよう――その指一本足りとも、人々の元へ通しはすまい」
 黒い風が如く、斬りつけた泰明が低く告げる。
「鬼灯の色はこのままでこそ。血の紅を差そう等、認めはせぬ。鮮やかに照る色に翳りもたらす者は、払うのみ――暗雲は晴らしてみせよう」
 狙いは剣持つ竜牙兵の背後であったが、させじとそれが迎え撃ったため、剣戟の搗ち合う音が高らかに響く。
 きゃあ、と短い悲鳴が背後より聞こえた。
 それは一般人達に危険が迫ったのではなく――既に警官達が適切な距離を開け、避難誘導を開始している――戦いの様を見守っていた者が思わずあげてしまったもの。
 ケルベロス達を頼もしく思っていようとも、眼前で繰り広げられる本物の戦闘に、恐慌をきたすものもあろう。
 それ聞き付けた竜牙兵らは――より相手に恐怖を与えんと、カタカタと毀れた玩具のように笑って見せた。
「我ラに、増悪と拒絶ヲ」
 辿々しいその言葉に、ルティエの藍の瞳が獲物を見つけた獣の様に妖しく光る。
 獣化した四肢で地を蹴ると、彼女は一足で距離を詰めた。
「憎悪と拒絶……お前達はそればかりだな。望む物は与えない……奪うことも許しはしない――お前達が得るものは何も無い……失せろっ」
 重力を乗せた高速の乱撃。
 彼女が起こした風と、その相棒の紅蓮が放射した炎のブレスに紛れ、ゆらりと姿を現した千里は、無造作に刃を繰る。
「その口上も聞き飽きた……黙らせてくれよう」
 雷の霊力を乗せた刃はすっと相手の懐に滑り込む。鎧に刃が阻まれるが、その守りに深い刀創を残し、飄飄と幻のように距離を取る。
 ――なんかヤだな、と耳から離れぬ悲鳴にざわめく胸を無造作に掻き。しかしその理由を、ルーヒェンは自分でも掴めぬ儘。
「行くぞ、ルーヒェン」
 アラドファルの声に引っ張られるように、顔をあげ――曖昧な嫌悪を払うように、守護星座を地面に刻みつける。
「はいはーい、鬼さんコチラ! ヨソ見せずに俺らと遊ぼーねェ!」
 戯けるような彼の言葉に合わせ、駆ったアラドファルは掌に籠めた螺旋をそれの額へ思い切り叩きつける。
「此処から先は絶対に行かせない」
 ――その灰色に睡魔の色はなく。強く、敵を捉えていた。


 回転しながら飛来する鎌を、紅蓮が封印箱ごとの体当たりで迎え撃つ。
 重ね、放たれた星座のオーラが、ケルベロス達を襲う。星辰の力が持つ氷の呪縛は、ルーヒェンの守りによって阻まれたが、更に邪気を払うべく瑶が羽ばたき、遊行も再び爆風を起こす。
 彼らの厚い守りを崩そうと、徒手にて躍りかかってきた一体に、対峙するは泰明。
 繰り出された音速を超える拳に、黒き獣の拳で応じる。
「……任せた」
 その一言は誰へ向けたものか。衝突の瞬間、空を撃つ音が弾け――両者が互いに吹き飛ばされるように距離が空く――否、飛ばされたのは竜牙兵のみ。それを待ち構えていたのは、雪と絹。
 先に鋭く爪を尖らせた絹が、洞のような目を引っ掻き、宙へ離脱する。
「やっちゃえ雪ちゃん!」
 適当な陣を敷きながら、放たれたルーヒェンの声援に、雪は淡い微笑を浮かべる。しかしその漆黒の瞳が湛えるはどこまでも真摯な光。
 それの足元へ、ふわりと月をなぞるような斬撃を振り下ろす。
 一見緩やかに見えるのは、彼女の所作が優美であるゆえ。実際の剣閃は鋭く、重く。
(「――この地が哀しい声で満ちぬよう。再び人々の弾む声が響くよう、最善を」)
 誓いを乗せた刃で、的確に斬り伏せる。
「功徳と無縁の所業は、なりませぬ。人々に迫る禍は、此処で祓います」
 穢れを祓うよう横薙ぎに――風を斬った彼女の刃は、強く輝いた。

 次の目標へ、ルティエが駆けだした時だ。彼女の名を呼ぶ鋭い警告が、遊行より放たれる。
 彼女の首元へと、死の塗布された刃が迫る――寸前、その前へ泰明が身を滑り込ませた。彼も刃をぶつけ、直撃を避けたものの――着物は朱に塗れた。
 然れど、この程度の一撃ではこの首はとれぬと一笑し、相手の刃を撥ね除けながら、更に深く踏み込む。
「心血を、此処に」
 迷いの無い一閃で、対する敵を袈裟斬りに――刃に手応えはあれど、それは数歩後退って致命傷となるのを避ける――逃さないと、アラドファルがすかさず星を落とす。
「眠れる程度の痛みだから」
 光る点と線で描かれた軌跡は星空を写し取ったように。小さな痛みで、敵を拘束する――それを受け止めたのは、剣を繰る者。獣のようにしなやかな動きで跳躍したルティエが、流星の輝きを纏いながら、重い襲撃を重ねる。
 仲間達が攻め込んでいる間に、手帳の頁をまたひとつ破り、遊行が魔法を行使する。
「それではお手伝いをお願いします、白薄荷」
 泰明の前に召喚された廿日鼠型キャンディゴーレムが、彼に鬼灯に似せた飴細工を手渡すと、駆けて遊行の元へと戻っていった。
 破れた紙が変じ、散りゆく花弁は凌霄花。残された飴は蜂蜜味――優しいが何処か癖のある、そういう風味であった。
 ケルベロス達が怒濤に攻め込むも、守りを担う者は未だ耐えている。それが癒しの技を使う前に、ルーヒェンは錆びた金属の脚で駆け――途中でおっと、と不自然に軌道を変えつつ、彼は自身の胸に五指を突き立てた。
「悪い子はジゴクに落ちるんだってねェ」
 言って、妖美な笑みを浮かべた。
「―――……"お食べ"」
 腐食の呪いを纏う血が、黄昏に朱の珠となって弾ける。
 増した呪いはそれを縛り――それは剣を振り上げたものの、巧く身体を動かす事ができず、不自然に固まった所へ、瑶が藤色の数珠を放つ。
 体勢を崩した所へ、踏み込むのはその主。
「災いも魔の手も跳ね返してみせる――アンタ等には彼岸への片道切符だけくれたげるわ」
 啖呵と共に、凛は紅い胡蝶を解き放つ。
「血の色も地獄の炎も、ココには合わん。飛んで火に入る夏の骨――その身も目論見も、焼き尽くしたげる」
 後には鬼灯と夕陽の共演のみ残れば良い――。
 彼女の言葉通り――肩先で燃え盛る業火の花がもたらす苦痛に、それが反射的に振るった剣が、空を掻いた――と思えば、一筋の黒髪がはらりと舞った。
 偶然も侮れないな、と嗤う声音が、近くでささめく。
「三味線を弾くのは十八番でね――さて、何の話かって?」
 千里の唐突な戯言を、竜牙兵は如何に聴くか。
 意味を考える頃には時既に遅く、翳む視界で彼の姿は既に捉えられぬ。
「此処にゃ黄昏と鬼灯の色で十分だ。水だの血紅だの差す真似は認めねぇ」
 捉え所の無い気紛れな剣閃も、全ては確かな技倆に裏付けされたもの。
 研ぎ澄まされたそれは一刀のもとに竜牙兵を両断し――灯った儘の凛の炎が、灰燼まで燃やし尽くした。

「このまま一気に決めてしまいましょう」
 遊行が言うなり、新たな頁を破れば、彼岸花が火花のように散る――彼が繰る半透明の御業が、竜牙兵を鷲掴みにし、その場に留め置く。
 間髪をいれず、詰めたルティエが、黒鉄の刃を振り上げた。
「氷蔓を伸ばしてその身を縛り、氷華を咲かせて絞め殺さん…紅月牙狼・雪藤」
 唱え、氷塵を纏わせた刃を振るえば――その傷口から氷の藤蔓が幾重にも腕を伸ばす。見る間に成長したそれは、最後に藤の氷華を咲かせ――竜牙兵の全身を走る氷の蔦は、それを苛む凍傷と化す。
 御業と氷華に縛られ、身動きひとつとれぬそれへ――アラドファルが双のナイフを煌めかせた。
「鬼灯は亡くなった者が帰って来る時の目印……とも言われていたか」
 髪を踊らせ、軽やかに舞う。
「鬼灯に囲まれて眠れたのなら、きっと迷うことはない。そろそろ終わるといい」
 柔らかな剣舞は、極めて的確に――鮮やかに、竜牙兵を斬り刻んだ。

●灯火
 天を仰げば、宵色が空の半分を覆いつつある。すっとケルベロス達の間を抜けていった風が、残る熱気を取り去っていく。
 金属の脚をほんのり冷やす夜が心地好い――口元に笑みを湛え、ルーヒェンは先程戦場で見かけた鬼灯を拾う。
 潰されぬよう大切に守ったところで、用済みと片付けられてしまうモノだろうに――自身に渦巻く複雑な感情を、彼は未だ巧く消化できぬ儘。
「ンひひ、ちっちゃい灯りみたいだねェ。鬼の灯って甘いのかな、苦いのかな」
 摘んで、ゆらゆらと揺らしてみる。
 そこへ、ここぞとばかり遊行が囁く。
「鬼の灯の味はわかりませんが、鬼灯は食べられ……るものもあるんですよ。これは観賞用なので食べられませんが」
 少し言い淀んだのは――見知らぬ植物ならいざ知らず、鬼灯程度なら、彼は気にしないからだろう。
 鬼灯の実は子供の遊具として、いくつかの利用法があるのだと、彼は続ける。
「例えば中の実を破らないように巧く外すと、音が鳴るんですよ」
 その一言に、ルーヒェンは目を幾度か瞬かせ――そっかァ、と小さな実を見つめる目を細める。
 同じく拾い上げていた鬼灯を手に、彼の話に感心しつつ――取り敢えず今は、とアラドファルは残った戦場の跡を振り返り。
「皆が戻ってこれるように、帰って来れるように……ヒールを頑張るとしようか」

 修復が終わり――様々な植物で覆われた境内で、少々幻想的に彩られた市が再開する。
 その様子を見つめて、ルティエがほっと息を吐くと、
「せっかくですし、ほおずき市見ていきましょうか。いいのがあれば買って帰りましょう」
 優しい声音で紅蓮に語りかける。
 戻って来た人々の楽しげな声が聞こえてきた頃――さてと、千里が首に手をやりつつ、踵を返す。
(「夕闇に紛れて見物も悪くねぇか――」)
 その考えを実行に移すべく、気配を希薄に――ふらりと去ろうとすれば。
「猫達も鼻が利くからな、一人だけ逃げられると思わぬ事だ」
 背後より、それは巧くいかぬだろうと何処か笑みを含んだ声音が響く。
 泰明の指摘を一蹴するよりも先に、正面にどんと構える瑶に進路を塞がれ。
 振り返れば、背後には絹。
「折角ですし、是非息抜きに」
「折角やし皆で楽しんでこ、ほら!」
 白と黒の主達に、満面の笑みで左右を押さえられれば、最早退路は断たれている。腕組み、悠然と構える泰明の様子をじとりと見つめ、諦めたように嘆息を零す。
「……俺は宵ァ越の銭は残す主義だぞ」
 ぶっきらぼうに言い放ち、金眼を細めた。
 深い藍色に金と茜が混ざり合い、橙の仄かな屋台の灯火の下で揺れる鬼灯、人々がゆっくりとその前に列を成す景色を前に。
「人々の心もまた楽しく満ちますよう」
 凛が願いを口にすれば、雪もまたそっと祈るように瞼を閉じる。
「どうか誰もがまた、幸いな時を――」
 人々の心とこの地に、明るい活気を再び――その望みが果たされたことを確かに見届けた泰明もまた、穏やかな笑みを浮かべた。

「それひとつでいいのかい?」
 いよいよ我慢せず、大きな欠伸をひとつ披露して、アラドファルが問いかける。
 このお供で充分。ルーヒェンは人々の姿を眩しそうに見つめ、頷いた。
「魔物に遭っても、怖くないよ」
 この掌の中の灯火は、ちゃんと正しい道を照らしてくれるだろうから――。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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