雲上の決戦

作者:ほむらもやし

●虐殺の予知
 午前中までの晴天が夢だったかのように、山の尾根には雲が掛かっていた。
 南側を向いた斜面の麓で暖められた空気が谷風に乗って上昇し、山頂付近で凝結して雲を作る。
 果たして、尾根の部分だけが、雲の上に浮かび上がる幻想的な風景ができあがる。
「すごい、私たち今、雲の上にいるんだね」
「この世界にはもう、ボクたち2人しかいないみたいだね。愛しているよ……」
「ええ、私も愛してる」
 語り合う男女は互いを求め合うように、抱き合い、顔を近づける。
「目障り。失せるがいいわ!!」
 次の瞬間、どこからともなく怒号が轟き、声と共に飛来した何かが、鋭く飛び抜ける気配がした。生暖かい液体が顔に噴き掛けられる感覚を覚えた、女は反射的に目を開いた。
「?!」
 たった今まで愛を語っていた男の顔はそこに無く、ぶつ切りにした鯖の断面のような傷痕から血が噴き上がっていた。
「ぷ。あはっ、あはははははは!!」
 哄笑の主は大きな弓を手にした、重武装のエインヘリアルであった。
「うあ! あああああああ!! わああ、おおおお!!!」
「あは、ははは、すごいわぁ、泣いて、叫んで、狂い死ね、最高に楽しめそうじゃない?」
 正気を失ったように、殴りかかってくる女を指先で弾き飛ばすと、エインヘリアルは次のカップルに狙いを定めた。

●未来を守るために
 幻想的な風景が人気のデートスポットでカップルたちが虐殺される。
 恐るべき未来を予知してしまったと、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、険しい表情で言うと、虐殺事件の阻止と、エインヘリアルの殲滅を依頼する。
 今回のエインヘリアルも過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしい。
 これを見過ごすようなことがあれば、さらに多くの人々の命が奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪が拡がって地球で活動するエインヘリアルの定命化に、より多くの猶予を与えることに繋がる。
「今から向かえば、エインヘリアルが最初の矢を放つ前に到着できる」
 矢を放つ前に一撃を与えれば、予知にある殺害はひとまず食い止められる。
 それが出来ないなら、誰か一人、或いは数人がかりでも、矢を食い止めるのに有効な行動が出来なければ、男か女のどちらかが確実に殺される。
 現場は山の尾根で、かつての山城の跡である。事件が起こる頃は、尾根以外が雲に覆われていて、見通しは良くない。誰が最初に動くかなど、ある程度は調整しておかなければ、誰も救えない。
「現地にはヘリオンで向かう。上空からは尾根全体が見えるから、狙われるカップルの位置も直ぐにわかるから、速やかに降下して、作戦を開始して欲しい」
 カップルを狙う最初の一撃さえ阻めれば、エインヘリアルは敵であるケルベロスと戦わざるを得ない。
 戦いが始まれば、そこかしこの物陰に潜んでいるカップルたちも、危険な状況に気がついて避難を開始出来る。
「敵はただ一人だけだけど、攻撃の精密さと、スピードの速さに裏付けられた戦闘力は、圧倒的だから充分に用心して下さい」
 エインヘリアルの得物は妖精弓に似ている。遠距離から高威力の攻撃が得意だが、近接戦闘も出来る。
「こんなエインヘリアルに動かれたら、目も当てられないことになる」
 仲つむまじくなった者たちの幸せな時間は守られるべきだ。たまたま居合わせた、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は、全力の決意と共に立ち上がる。刹那、長い髪がふわりと金色の輪を描いた。


参加者
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)
天野・司(心骸・e11511)
プルミエ・ミセルコルディア(フォーマットバグ・e18010)
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)
兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)
ハンス・インフィリア(蒼焔の狼竜・e61526)
ヨハン・アウトレイジ(ドラゴニアンの零式忍者・e61642)

■リプレイ

●誰も殺させない
 誰かを護る為ならそれが最良かどうか考える暇など無い。
 閃きや経験に裏付けられた行動無しには何も為し得ない。
 移動のしやすい物陰など狙撃手が好む場所には傾向がある。敵を見いだすには、目を皿のようにして観察するでは無く、射撃点を想像しうる狙撃手としての造詣の深さと勘が必須だった。
 城跡は雲の上に浮かぶ島のようで、郭の輪郭が雲の白で際だって見える。
 ヘリオンは一番広い郭を目掛けて高度を下げる。そこに抱き合う男女の影を見いだした、ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)が扉から身を乗り出す。
「保護対象は確認した」
「無念だ。これだけケルベロスの精鋭が集まっても、敵の気配も見つけられないのか」
 伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)が零す。
 確認したカップルは既に敵の射撃範囲内に入っているだろう。
 ハイパーステルスがどこまで効いているかは分からない。此方から敵が見えないように、自分らも敵の視覚外にあると信じたい。ヘリオライダーも予知を変えないギリギリまだ協力をしてくれているはず。
 間に合え。
 間に合わなければ、誰かが死ぬ。予知が現実になる。
 次の瞬間、カップルの真上に姿を現したムスタファは、覆い被さる形で2人を押し倒した。
「何ですか、あなたは?!」
 湿りを帯びた地面に押しつけられた男と女が、抗議の眼差し向けようとした時、風切る低音と共に大根を切る様な鈍音がする。
 ムスタファを貫いた矢が胸から突き出て、女の鼻先でギリギリ止まっていた。
 一瞬の沈黙の後、嗚咽と共に繁吹した血が女の顔に噴き掛かる。
 そんな傷、直ぐに癒やしてやる。
 だが晶の発動するルナティックヒールではダメージを消し去るには心許ない。
 着弾と前後して、次々と着地するケルベロスたちの中の一人、ヨハン・アウトレイジ(ドラゴニアンの零式忍者・e61642)の繰り出す輝く蹴りが、何も無い地面を打ち据えた。次ぐナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)はヨハンの頼みに頷きはしたものの、死角という点に難儀しながら繰り出した蹴りを大きく外す。
 気持ちを奮い立たせる為に悪態をつくのは戦場の常、初めての依頼で在れば尚更。
 敵はそんなことを意に介さない。此方に都合の良い予測など踏みにじって戦場を支配する力を持っている。
 少し遅れて着地した、天原・俊輝(偽りの銀・e28879)は、攻撃失敗を知ると地を蹴って翔ける。
 前に伸ばした足先の煌めきは光の筋を引いて、三連続となる蹴撃は流星の輝きとなって激突した。対デウスエクス戦用機構を備えた、インラインスケート型の靴先から装甲を粉砕する程の衝撃が走った。
 後ろに押し下げられたエインヘリアルの足下に砲撃の跡の如き窪みが出来て白煙が上がっている。
「数多の未来の為に、あんたの未来を絶つ。許しは乞わないよ」
 布陣の把握を大まかにすると、天野・司(心骸・e11511)は、身体を覆う装甲から銀色に輝くオウガ粒子を放出する。霧となって漂う気配は自身と同じ烈に立つ者らに超感覚の覚醒を促す。それを無言の合図として、プルミエ・ミセルコルディア(フォーマットバグ・e18010)は後衛に向けて、オウガ粒子の輝きを送る。
 エインヘリアルの身長は3メートルほど、中性的な雰囲気は女性の様に見えた。それでも不思議と性別は判然としない。
「あなた、オカマなんですか? 名前は何て言うのでしょうか?」
「フランシーヌよ。男か女かなんて、あなた方も、そういうの拘るのね」
 プルミエの好奇心から呼びかけに、意外にも敵は応じた。全力で突っ込んでくる、ハンス・インフィリア(蒼焔の狼竜・e61526)の蹴りを軽々と躱 した。
「俺はハンスだ。フランシーヌ、てめえが男でも女でもかまわない。ただ、虐殺は止めさせてもらう」
 ハンスが熱い決意をぶつける刹那に、プルミエの脳裏に漠然とした記憶が過る。嘗てシャイターンに勇者としてエインヘリアルにされた者は男性ばかりの様な気がする。
「あらあら、勇ましいのね。あなたみたいな子、大好きよ」
「俺は子どもじゃねえ!」
 並行して進められていた、避難の首尾は順調。
「任せる。無事に帰してやってくれ」
 ムスタファに肩を叩かれた、木嶋・徹也(あなたの街の便利屋さん・e62493)は帽子を被り直しながら、頭を低くするように促す。素直に従うカップルの2人。突然の流血沙汰だったが、2人がパニックにならなかったのは、矢を止めたムスタファが成人男子であったことも寄与している。
「安心しな、あんたら運が良かったぜ。こいつらみんなケルベロスだ」
「……ここは、もう戦場、です、から、早く、逃げて、ね」
 兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)は、離れて行く徹也たちに向かって声だけを向け、強敵に立ち向かわんと、怨霊溢れる妖刀『月喰み』を抜き放った。

●苦しい時間
「……その首、じゅーぞーが、もらう、ね?」
 誰も死なせないという目標は達成した。決意を込めた呟きはハンスらと言葉を交わす敵の耳には入ってない。
 ……『月喰み』……いく、よ。
 眼中に無いなら好都合。落ち着いてやれば上手く出来る。強く足を踏み込んだ十三は殺意と共に研ぎ澄ました呪怨の刃を向ける。命脈を刎ね切るが如き新月の一刀は、気配を察知して避けようとした、フランシーヌに一筋の傷を刻みつけた。
 一人で戦わなければならない者にとって被弾は脅威だ。
 間合いを広げ、息吐く刹那にフランシーヌは矢を放つ。直撃なら戦闘不能になっていた強力な攻撃を、ビハインド『美雨』の援護で救われるナオミ。
 ディフェンダーはムスタファとサーヴァント2体が担当する。耐えられる猶予は短いだろうが、敵の動きを鈍らせるまでは耐えてみせる心構えだ。
 ディフェンダーの中で唯一有効なダメージ耐性を持つムスタファは自らを癒やす。成果が不確かな攻撃に手数を費やすより、仲間を護る盾であろうとする為に。
「数多の未来の為に、あんたの未来を絶つ。許しは乞わないよ」
 記憶の儚さという虚無を胸に抱き、司はフェイントの機を伺う。自分の一手は無為になるだろが、上手くいけば、敵の回避を破る手助けになるはず。
 手にした得物を掌中に握り直して距離を測る刹那、後方で巨大な砲口の開く気配がした。
 砲撃形態に変形させたドラゴニックハンマーから、俊輝が竜砲弾を撃ち放てば、司も仕掛けようと飛び出す。
 高い放物線を描いて飛翔する砲弾は、重力の加速を加えながら、頭上から敵に迫った。
 前に出た、司の目の前で爆炎が爆ぜる。破壊の衝撃から逃れようと、フランシーヌは後ろに跳んだ。
「やれやれやりにくいな」
 この依頼では癒やし武器に戦うと決めていた晶だったが、一撃が重い敵と対するメディックとして共鳴が無いのは辛かった。
「犯罪者を侵略の尖兵にして、敵国の非戦闘員を面白半分で狙うとか……エインヘリアルは、まだ封建時代に生きているのか?」
 兵種から推測すれば敵は専業の戦士だ。鎧だけみても、普通の兵士が身につける品で無いことは想像できる。
 なんとなく違和感を覚えたものの、プルミエは深くは考えずに仕掛ける。
「召喚機構同期開始。No99。【プラミュール】召喚します。『カルディ・バイアス』実行命令」
 指先に挟んだシャーマンズカードから、召喚したのは丸底のフラスコを手にした薬剤師か研究家のような幻影。次の瞬間、投げつけたフラスコが地面の上で砕け散り、怪しげな白煙が噴き上がった。
 ――何入れたか忘れたけど、症状は悪化すると思う。
 意味深な声を残して幻影が消え去る刹那、己の脚を断頭台の刃の如くに繰り出すヨハン。
 踵を垂直に落下させようとした瞬間、フランシーヌの巨大な腕の一振りが横から飛来する。直後、衝撃に弾かれた身体は受け身も取れないままに地面に激突した。
「これ以上、好きにはさせないぜ!」
 圧倒的に負けているのにハンスの心は沸き立った。怖さよりも、少しでも長い間拳を交えていたい気持ちが先に立つ。当たる見込みが薄くとも、食らいつく。攻め立て続ければどんな強敵であっても必ずぼろを出す。
「誰も殺させやしない、俺の命に代えてもだ!」
 対するフランシーヌの心の内は複雑だった。
 何故誰も倒せない。
 ひとりひとりなら取るに足らないちっぽけな存在が、自身よりもさらに弱き者の為に命を張り続けている。
「死すべき運命を背負った者どもが、なぜそこまでするのよ」
「俺がお人好しだからだ!」
「……ぷ、あははははは!!」
 迷い無きハンスの即答に笑い出すフランシーヌ。
 それを千載一遇の好機とみた司とプルミエが一気呵成に攻めかかる。
 美しい鎧に触れた色の無い炎が、愛しい人との別れを思い起こさせる様に、ゆっくりと過去の記憶に忍び寄る。
 次の瞬間、利き腕を潰そうと放たれたフラスコの腕の一振りで打ち払うと、フランシーヌは眉を顰める。
 ――全く興が削がれるわね。
 爆ぜたフラスコは黒い霧の如くに霧散した。凜とした表情となったフランシーヌは最小の動きから輝く拳の連打を繰り出す。輝く拳の気配が暴風の如くに吹き抜け、一瞬遅れて脳を揺さぶる衝撃が熱波となって襲いかかってくる。
 倒れ果てるビハインドを一瞬だけ見遣り、俊輝は強く踏み込んで跳び上がった。
 高みより催眠に囚われた前衛を認め、足先をフランシーヌに向ける。直後、流星の煌めきを帯びた蹴りは、空を覆う金色の気配を破り美しい鎧を打ち据えた。

●反転する攻守
「……いく、よ」
 頭の中を掻き回される様な頭痛に十三は自身が催眠状態に陥ったと知る。『月喰み』――それでも使い慣れた得物の柄を握る感触に確りと意識を保ち、異常な熱を帯びた眸で敵を見据え、呪怨の刃を振るう。
 命中させる為に重ねた思いつく限りの努力に応じるように、刃は吸い込まれるように美しい鎧に突き刺さり、そのまま振り抜く腕の動きに沿って深い傷を刻みつけた。
「こんな莫迦な、ことが!」
 晶が踊るような動きで描いた守護星座の輝きが青白い光を噴き上げる。
「まあ、ある意味一番気をつけたからな」
 催眠に陥った仲間が敵を助けようものなら目も当てられない。ただ1回の攻勢の効果ひとつで仲間を混乱させる訳には行かない。自身への守りの浅さという不安を抱えながらも、晶の作り出した清らかな光は広く癒力を撒き広げて催眠を消し去った。
「危なかった」
 敵の術中に落ちかけていたムスタファは、頭痛が消失する刹那に肘先を回転させると最少の動作で威力を強めた拳を突き出した。正面からの小細工無しの一撃が敵の鎧を砕く。
「地に這い蹲れ!!」
 フランシーヌの動きが次第に精彩を失って行くのが分かった。言い放つと同時、ヨハンは己の脚を断頭台の刃に見立てた前宙踵落としを繰り出す。跳躍した高みより落とす踵を衝突の瞬間に硬化させる。
 この流れで一挙に決める。
「限界突破だ!俺の魂を燃やし尽くせ!!」
 赤の眸をぎらぎらと輝かせ、ハンスは、ヨハンが仕掛ける刹那に力を発し、原初を思わせる焔を纏い疾駆する。
 甲高い衝突音と共に重ねられたバッドステータスが花開く。機を逃さず肉薄したハンスのパンチが鎧を穿ち、周囲を巻き込む巨大な焔を燃え上がらせる。紛うこと無き会心の手応えを確信した。
「やったか?」
「いいえ、弱ってはきていますが、まだですわね」
 熱すぎるハンスの冷やすようにナオミは言い置いて、高速の突きを繰り出した。
「このあたりが潮時かな」
 足止めも狙アップにも重ねて得られる恩恵には上限がある。故に司は横に構えた惨殺ナイフの刃を鮫刃の如きギザギザに変形させて駆け出した。精彩を欠きつつあるとは言え、敵の攻撃力が減少した訳では無い。
「過去にあんたが何をしてきたかは問わないが、何が面白くてカップルを狙うのか?」
 死線を越えてフランシーヌの前に出たものの、仕掛ける機を失った司は咄嗟に問いかける。――やかましいわ。声に応じて拳を振りかぶるフランシーヌの前に、ボクスドラゴン『カマル』が立ち塞がった。
 プルミエの正面に回ったムスタファも攻撃を受け止める。直後そうするのが当然であるかのように、晶はスターサンクチュアリを発動し刻まれた催眠を消し去った。
 攻撃も当たり始め、敵のダメージも積み重なっている。同時に癒力不足が危機的な状況にある。
 攻勢に転じたい葛藤を押しとどめ、ムスタファはディフェンダーとして立ち続ける為に自分の傷を癒やした。
 一方プルミエは役割を果たす為、敵の間合いに踏み込む。濁った様な銀の瞳に映るエインヘリアルの巨体は間近では一層大きく見えた。
 名前だけは分かったが、結局男性なのか女性なのか、どちらでも無いのかは分からないまま。心を残したまま繰り出した電光石火の蹴りは急所を貫いた。
 ローラーダッシュの摩擦から噴き上がる炎を纏った、俊輝の蹴りが深く傷ついたフランシーヌに炎を重ねた。
 はじめはカップルが羨ましいだけの、性格の歪んだエインヘリアルの罪人としか見ていなかったが、精鋭に相応しい実力と装備を持つ者が、どうして捨て駒とされるほどの、罪人に転落したのかは分からなかった。
 もはや会話を投げ合う余裕も無くなった敵を目掛けて、十三は駆けて行く。
「……『月喰み』……いく、よ」
 何度目かの呼びかけと同時、殺気は鋭さを増し、続く刃の一閃に斬られたフランシーヌは膝を着いた。
 今度こそ終わらせたい。ヨハンは胸の内にある怒りを激しい雷に変えて撃ち放った。
 大樹が枝を伸ばす様に煌めいた雷は吸い寄せられるように、衝突して大爆発を起こした。爆風が吹き抜けて、山火事の後の様な焼け焦げた匂いが立ちこめた。
 戦闘が終わりを間近に迎えようとしていることはハンスにも分かった。
 もう捨て身で突っ込む必要も無い。落ち着いて攻撃を掛ければ、この敵は死ぬ。
 ハンスは、止めを刺したい衝動を胸の中に抑え込むと、腕の先にオーラの輝きを集めて、投げ放った。
 フランシーヌは弓で地面を突いて立ち上がると、ボロボロの見た目からは想像出来ない回避の動きを見せる。だがオーラの弾丸は動きに合わせて軌道を変えて追いすがり背中に脇腹に食らいついた。
「一撃必倒。数を撃ってばかりのお前には、わからんだろうがな」
 次の瞬間、ひと跳びで距離を詰めたムスタファはさらに踏み込んで高速回転する突き上げた拳を叩き込む。鎧が砕け散り、拳は勢いを残したまま下顎を砕く。拳を振り抜こうとムスタファが力を込めればフランシーヌの薄い青の眸が間近に見えた。
 次の瞬間、フランシーヌは重い音を立てて地に落ちた。
 命を削り取られた巨体は散り果てて、長かった戦いに静かな終わりを告げた。

●戦い終わって
 空は青く見えるのに、雲の下の方はモノクロームの世界の様に見えた。
 流れる雲の間から、赤色灯の煌めきが見えるのは、徹也が呼んでくれた警察が到着したのだろう。
 恐らく警察への引き継ぎを終えれば、徹也もこちらに戻って来る。
「こんな不思議な風景も面白いですよね」
 幻想的な美しさを持つこの場所が、殺戮の舞台にならなくて良かったと、プルミエは微笑んで、石垣の端の方まで歩いて行く。
「結局、フランシーヌさんって、何だったのでしょうね」
「罪人のエインヘリアルだよ。それ以上でもそれ以下でもないぜ」
 石垣の直ぐ先を流れる白い雲の固まりを目で追いながら、プルミエは呟くと後ろから晶の声がした。
「サーヴァントには悪いことをしたかもだが……、味方に怪我人も出さずに、強敵を封殺出来たんだぜ?」
 これ以上の戦果を望むのは贅沢なんじゃないかなと、晶は頭を掻いた。
「そうかも知れません。始めは、全然当たらないからどうなるかと思いました」
 もし闇雲に仕掛けて、攻撃の当たらない状況がもう少し長く続いていれば、悲惨な結果にもなったかも知れないと背筋が冷たくなる気がした。
 上を見れば空はどこまでも青い。
 夕方になって、夜に星が煌めくようになったら、ここはどんな風景になるのだろう?
 星の光に照らされた雲だけが闇の中に見えるのだろうか。
 人は誰しも見た物の大部分を忘れ果てながら、忘れ果てた事実を意識せずに生きている。
 でも、忘れてはいけない記憶もあるはずだ。
 めまぐるしく変わる風景を見つめながら、司は複雑な気持ちになる。
「疲れたな。でも、ここの景色ってホント変わってるよな!」
 ひと息の間にも、ひんやりと肌に触れるところで、雲が形を変えながら流れて行く。
 戦いの間は気にもとめなかったが、見ていて飽きないと、ハンスは地面の上で大ではなく木の字に広がって寝そべる。
「ところで、どうして上半身だけ脱いでいるのですか?」
「今日は暑いからだよ、バァーカ!」
 遠慮がちにつっこみを入れるナオミに向かって、目を剥いて言い放つと、ハンスは清々しく笑った。
「やれやれ、やっと終わったよ。もう全部終わっているようだな」
 避難や警察への引き継ぎを終えてやってきた、徹也がばつが悪そうにうなじに手を当てる。
「おかげで助かったよ。ありがとう」
 その姿を認めた、ムスタファが丁寧に頭を下げる。
 山の上に雲が流れてくると明るかった風景はたちまち白黒の世界に変わる。
 その豹変は、戦いの流れにも似ている気がした。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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