ペパーミントと夏空の庭

作者:犬塚ひなこ

●ミントの誘惑
 爽やかな蒼緑色の扉の向こう、仄かに薫るのはペパーミントの香り。
 喧騒を離れた静かな街の片隅にその店はあった。鮮やかな緑の葉が絡まるグリーンカーテンとミントめいた彩の扉が目印の其処は、ハーブを専門に扱うちいさなカフェ『ペパーミント・タイム』だ。
 落ち着いた様相の店内からは硝子で仕切られた裏庭が見え、テラス席から続いている其処では様々なハーブや花が育てられている。
「さてと、今日も開店準備だ!」
 早朝、ひとりでカフェを切り盛りする青年はミントグリーンカラーのエプロンをつけて裏庭に向かう。テラス席から臨める庭を手入れするのも仕事のひとつ。ハーブの様子を見ながら丁寧に世話をしていく青年はとても生き生きしていた。
 しかし、其処に魔の手が迫る。
 庭の片隅に置かれていたミントの植木鉢が不意に、ことりと音を立てて倒れた。
「あれ。あの植木鉢、何も植えてなかったっけ……?」
 それが空になっていることに青年は首を傾げたが、それが攻性植物と化す花粉を受けたミント達が動いた音だとは気付かず、手にした如雨露で庭に水を撒いた。
 夏の庭に散った水はきらきらと輝いて眩しい程だった。だが――。

●緑の庭と夏の時間
 その直後、動き出した五体の攻性植物達によって彼は死を迎える。
 予知された未来の光景を語り、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は仲間に告げた。
「そういうわけで皆さま、カフェの危機を救ってきてくださいませ!」
 爆殖核爆砕戦の結果、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が動き出している。攻性植物たちは市内への攻撃を重点的に行っているらしく、おそらく事件を多数発生させることで拠点を拡大しようとしている。
 大規模な侵攻ではないが、このまま放置すればゲート破壊成功率もじわじわと下がっていく。それを防ぐ為にも敵の侵攻を完全に防ぎ、隙を見つけて反攻に転じなければならない。
 今回の敵は、謎の花粉によって巨大化した攻性植物が五体。
 元はミントだったらしきそれらは葉が折り重なった二足歩行の化け物のような外見になっており、人間を襲うものへと変貌している。
「今からすぐに向かえば店主さんが庭に出る前に止めに行けます。事情を話せば分かってくれますので、皆さまはカフェの裏庭で攻性植物を倒してください」
 敵は五体と多いが、一体ずつの力はそれほど強くはない。
 相手は連携して互いの回復を行うと予想される。しかし、それを上回る攻撃で押せば倒せるはずだ。頑張ってください、とリルリカが仲間達に応援の言葉を送ると、話を聞いていた彩羽・アヤ(絢色・en0276)が勿論だと頷く。
「ねえねえ、ちゃんとお仕事できたらこのカフェでのんびりしてきていいかな?」
「はい、リカも皆さまにそうすることをおすすめしようと思っていました」
 アヤの期待を予想していたらしく、リルリカもふわりと微笑んだ。
 そうして、少女は事前にしっかりと調べていたカフェの情報を皆に伝えてゆく。

 ペパーミントやレモングラス、カモミール、ローズマリー。マジョラム、ダンデリオンにマシュマロウ。
 オーソドックスなものから少し変わったものまで様々なハーブを取り揃えていることが此処の自慢。また、青年店主がつくる手作りの菓子や料理は絶品だと評判らしい。
 ふわふわのワッフルや、ミントアイスを乗せたパンケーキ。ハーブチキンのサラダやハーブたっぷりの特製ハンバーグプレート。特に今のように暑い時期はペパーミントのソルベやチョコミントシェイクが人気らしい。
 もちろんハーブティーも様々なものが試せるのでお茶を楽しむのもいい。
 店の調度品は店名に合わせてミント色で統一されており涼しげで爽やかな雰囲気だ。
 静かで落ち着いた店内でゆっくりと過ごすのも良し。夏の陽射しと緑が眩い庭を眺められるテラス席で過ごすも良し。どのような時間を過ごすかは其々だ。
「それじゃあまずは悪いミント退治から! みんな、がんばろーね!」
 そうしてアヤは気合いを入れ、仲間達に笑顔を向ける。
 きらきらと輝く夏の日、鮮やかな緑の庭に死の未来なんて似合わない。絶対に楽しい時間にしようね、と告げる少女の瞳には番犬としての使命感が宿っていた。


参加者
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
周防・碧生(ハーミット・e02227)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)

■リプレイ

●狂える緑
 夏の陽射しが緑の庭を照らす。
 丁寧に育て上げられたことが分かる瑞々しい生命力にあふれた場所を前にして、エレオス・ヴェレッド(無垢なるカデンツァ・e21925)は口許を綻ばせた。
「わぁ、素敵なお庭です……!」
 でも、と首を振ったエレオスは見惚れている場合ではないと己を律し、仲間と共にカフェの裏庭に足を踏み入れる。翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)が周囲を見渡すと、攻性植物は動きはじめていた。
「何だか不気味ね」
「ミント……繁殖力が凄いって聞いたよ、放っておいたら凄く増えそうだね」
 ロビンが小さく呟くと、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が頷く。既にプラン達の呼び掛けによって店主は避難していた。後は戦うだけだと気を引き締めた周防・碧生(ハーミット・e02227)は蠢く攻性植物達を見据える。
「大切に育まれた存在を、こうも狂わせるなんて」
「ここ最近天気荒れすぎたからな、気持ちはわかるが暴れるのはよくないぞ」
 ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)が青く蒼い藍の瞳に敵を映し、星の剣を構えた。ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)も吐き捨てるように言う。
「恩知らずな雑草ダ」
「こうなってしまった以上、俺達がするべき事は一つしか無いな」
 ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)も寄生されたミントには悪いが、と頭を振った後、仲間達に目配せを送る。それを受けた彩羽・アヤ(絢色・en0276)はしっかりとブキを握り締め、頑張ろう、と皆に告げた。
 妖しく動く攻性植物達も臨戦態勢を取っているように見え、空気が張り詰める。
 救うならカフェより酒場派なのだが、と独り言ちたルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)は双眸を鋭く細め、銀の髪を軽く掻き上げた。
「……ハーブと聞いては黙っておれまい」
 アレは西洋の漢方みたいなものだと口にしたルースが地面を蹴った次の瞬間、呪詛を乗せた斬撃が緑の葉を斬り裂いた。
 始まりが告げられた戦いの中でエレオスとヴェルトゥは頷きあい、匣竜のモリオンも黒水晶めいた色の尾をぴんと立てて警戒を強める。
 同じく匣竜のリアンと共に碧生も身構え、ミミックのルービィを布陣させたルチルも敵の出方を窺う。続けて、攻性植物達の動きを見定めたロビンが黒の戰舞を放った。
 血塗れの月を薙ぐが如く、冱てし小鳥の羽搏きは死を乎ぶ暴虐の王となる。
「さあ、雑草刈りといきましょうか」
 そして、大鎌による横薙ぎの一閃は陽射しを反射し、戦場に煌めいた。

●憂える庭
 五体の攻性植物は元の姿からは想像できないほど異様な動きをする。
 来る、と感じたルチルはルービィを守りに付かせ、自らも仲間を守りに駆けた。狙われたプランの前に立った彼女が飛葉を受け止め、ミミックは別の個体から放たれた攻撃を肩代わりする。
 碧生はリアンに合図を送り、反撃の意思を見せた。
「元の姿に戻せないのは心苦しいですが……これ以上の悲劇を招く前に、災いの芽は摘み取りましょう」
 碧生が紡いだ古代語の詠唱と共に光の筋が迸り、ミントの化け物の動きを止める。すかさずリアンが体当たりに向かい、続けてルースが墓標の名を冠する得物を振るった。
「此れも所謂、非合法ハーブか」
「怪しい言い方をするんだな。でも、それもそうか」
 彼の言う通り、確かに目の前のハーブ達は合法などとは言えない。
 真正面から葉を貫く勢いで見舞われたルースの一撃の後、ルチルは星の加護を与える守護陣を描いてゆく。
 其処にアヤが援護に入り、ルービィも愚者の黄金をばらいて敵を惑わせた。
 更にモリオンが竜の吐息で攻性植物を穿ち、ヴェルトゥとエレオスも其々の役目を果たすべく動く。
「大事に育てられたハーブだったのだろうけど……庭を荒らすなら仕方ないね」
「可哀想ですが、悪さをする子は摘み取らせて貰います」
 ヴェルトゥが宙に手をかざせば、攻性植物の足元から鎖が現れた。忍び寄るように這う鎖はそのまま敵に絡み付き、葉を散らした。
 だが、他のミントが碧生を狙って毒を散らす。させません、と口にしたエレオスは雷壁を張り巡らせると同時に仲間に巡った毒を癒した。
 その間にヴェルセアが五体全ての敵に狙いを定め、鋭い氷撃を放つ。
「知らぬが花ダ、さっさと除草しちまおウ」
「――ギュッとだきしめて、やさしく口付けて」
 ヴェルセアに続いてプランが蕩けるような誘惑の力を用いて敵の怒りを誘った。冷たい一撃と甘やかな感情を刺激された攻性植物達はプランを狙いはじめる。
 ロビンはその隙に敵の背後に回り込み、戦槍を大きく掲げた。
「育ての親に逆らうときは、小さなワガママ程度がかわいいものよ」
 思いあがるもんじゃないわ、と冷ややかに告げたロビンの槍は瞬く間にミントの葉を刈り取る。容赦のない一閃に目を細め、碧生は腕に絡み付かせたブラックスライムを鋭い槍のかたちへと変えた。
「……花言葉の一つは、かけがえのない時間」
 それを壊す事のないように、と一瞬で解き放たれた貫通撃は一体目の攻性植物を地に伏せさせる。碧生は敵がもう動かぬことを確認し、ヴェルトゥも頷く。エレオスは更なる援護を続けることを心に決め、ルースは新たな標的に目を向けた。
「あと四体か」
 短く呟いたルースは竜槌を握り直し、襲い来る敵を薙ぎ倒す勢いで迎え撃つ。加速させた槌で葉を叩き潰したルース。しかし、勢いよく飛ばされた鋭い葉が彼の髪を掠め、僅かに銀糸が散らされた。
 大丈夫? とアヤが問うとルースは何でもないことだと首を振る。そのまま癒しの力を振るうアヤの前に立ち、ルチルは凛と告げた。
「アヤも気を付けろ」
「うんっ。ありがとね、ルチルちゃん!」
 ケルベロス歴は自分のが上だから、と守る意思を見せてくれたルチルにアヤは満面の笑みを返す。そして、ルチルは藍の眸を細めた。
 その瞬間、彼女が秘めた強烈な破壊衝動が破剣の力となって仲間に巡る。
 加護を受けたロビンは襲い掛かってくる攻性植物達を槍で薙ぎ払いながら、隣で戦う仲間の名を呼んだ。
「ああもう、こいつらほんと鬱陶しい。ベルセア、あんたもっと働きなさいよ」
「やってられねぇヨ。ただでさえ暑いってのニ」
 悪態を吐くヴェルセアが鎌を振り下ろして虚無の力を振るえば、跳躍したロビンが追撃の蹴りを見舞う。
 じりじりと照り付けはじめた陽射しは暑いが、プランは何故だか身体に別の意味の熱を感じていた。
「ミントって繁殖力が凄い……つまりそういう力も強いのかな?」
 そんなことを考えたプランは更に敵を引き付ける為に熱情の怒りを振り撒いていく。エレオスは狙われ続けるプランの身を案じ、無理をなさらず、と視線を送った。
 毒に捕縛、様々な不利益が齎されてはいたが、ルチルやルービィ、モリオンが仲間を守っているので戦線は保たれている。
 そして、エレオス自身も癒しに専念することでしっかりと仲間を支えていた。攻防の中では、アヤの補助に訪れていたゼー、そして泰地も果敢に闘っている。
 攻性植物の事件は多い。だが、ここで押されてしまえば勢力拡大を許すことになってしまう。確実、かつ迅速に刈り取っておかなければ、という思いが仲間達に巡った。
 激しい戦いの中、エレオスはふと一体の敵が弱り始めていることに気付く。
「ヴェルトゥさん、今です」
「ああ。回復される前に……これで決めてみせる」
 エレオスからの呼び掛けに応え、ヴェルトゥはしかと狙いを定めた。攻性植物は互いを癒そうとミントの香りを漂わせていたが、それよりも一瞬だけヴェルトゥが速い。
 音速を超える拳は真正面から敵を貫き、其処で二体目の敵が倒れた。

●悪夢の終わり
 これで残る攻性植物は三体。
 まだ敵は此方に対抗して毒を放ってきていたが、ケルベロス達も負けてはいない。徐々にではあるが相手の力が削れてきていることを確かに感じているからだ。
「――刈れ、レギナガルナ」
 ロビンが嵐の如き黒き斬撃を放ち、敵を一気に引き裂く。
 攻性植物は攻撃の手を止め、三体全てが癒しの力を紡ぎはじめた。すぐさま衝撃が回復されていくが、番犬達はこれこそが好機だと読む。
 敵の背後を取ったルースが斬月の一撃を見舞い、その間にエレオスは仲間が受けた痛みを取り払っていく。
 相手から攻撃が来ないのならば、此方はただ全力で攻勢に入るだけ。
「最近暑いよね、涼しくしてあげる」
「固めて斬って燃やして終わりダ」
 プランとヴェルセアは気を合わせて吹雪の形をした氷河期の精霊を召喚し、ひといきに敵を穿った。それによって一体の攻性植物が大きく揺らいだことに気が付いた碧生はリアンに攻撃を願う。
「狂える植物にこそ、鎮静を」
 リアンが与えた一撃のすぐ後、碧生は英明なる猫の王を召喚した。
 黒の王は剣と術とを巧みに操り、対する緑葉の化け物軽やかに翻弄する。そして一瞬後、三体目の攻性植物が崩れ落ちた。
 ルチルがすぐに新たな標的に視線を向けると、ルービィが敵に喰らい付く。ヴェルトゥもモリオンに追撃を願い、自らも力を紡いだ。
「残念だけど、此処で散ると良い」
 ヴェルトゥが示した先に鎖が現れ、無数の桔梗が咲き誇る。敵に絡み付いたそれは緑を覆い尽くし、星屑のように散っていった。永遠に美しく咲く花は無いのだと告げるが如きその一閃は敵の力を大きく削いだ。
「命の花を散らす前に、終わらせるぞ」
 次で決めると誓ったルチルは、とん、と軽やかに地面を蹴った。星の欠片を纏ったかのような華麗な蹴撃は真っ直ぐに敵を貫き、其処で四体目の葉が散りゆく。
「あと少し、気を抜かずにいきましょ」
 ロビンは残り一体となった敵を見据え、幾度か瞼を瞬かせた。レギナガルナを振るい、敵の力を奪い取ったロビンに合わせて、碧生も魔鎖を解放する。
「お休みなさい……悪夢は終わりです」
 猟犬めいた動きで標的を絡め取った鎖は最後の攻性植物の動きを阻んだ。更にはヴェルセア、ヴェルトゥ、そしてプランが次々と連携攻撃を叩き込んでゆく。
 エレオスはヴェルトゥ達の勇姿をしっかりと見つめながら、間もなく勝利の時が訪れることを確信していた。
 自分に出来るのは最後まで皆を支えること。
「せめて一瞬で終わるように……どーんとやっちゃって下さい……!」
 雷杖を構えたエレオスは意識を集中させ、賦活の雷撃を迸らせた。その加護はルースに巡り、確かな力へと変わっていく。
 僅かな視線だけで仲間の援護に応えたルースは、静かに呼吸を整えた。
 元はかの植物たちも慈しまれて育てられていたのだろう。しかし、害をなすものへと変貌させられてしまったのならば治療という名のもとに滅しなければならない。
「お大事に」
 ただ一言、弱り切った攻性植物にそう告げたルースは墓標を突き立てる。
 緑の葉はこの痛みをどう受け取るのだろうか。愛か、恐怖か。だが、そんなことは聞くまでもないというかのように、ルースは攻性植物に終わりを齎す。
 そして、すべての葉が散り――夏空の庭に元あった平穏が戻って来た。

●ミントの彩と夏の日
 戦いの後、散ったミントに手を合わせた碧生は庭を見渡す。
 ケルベロス達が気を配って戦ったからだろう、庭はそれほど荒れた様子は見えない。ロビンとルースは武器を下ろし、エレオスとヴェルトゥもほっと息を吐いた。
 プランは店主を呼びに行き、ルチルはこれで役目を果たしたのだと実感する。
「さて、それではカフェを楽しむ時間のはじまりですね」
「そうだね、どこの席に座ろうかな」
 碧生がミント色に彩られた店内を見遣ると、プランは涼しげな席を見つけて愛らしく駆けていく。他の仲間達も其々にテーブルに付き、カフェのひとときがはじまる。
 碧生はリアンと一緒にテラス席に腰かけ、ソルベとシェイクを頼んだ。
「折角ですから、噂のものをね」
 リアンにスプーンですくったソルベを分け与え、碧生は緑でいっぱいの庭の方にふたたび眼差しを向ける。キャットニップもあるのかな、密かに興味を巡らせた彼は居心地の良さを感じていた。
「彩羽、そのパンケーキを交換して貰っていいかな?」
「もっちろん、はいどーぞ!」
 店内の席ではプランとアヤがそれぞれに頼んだものをシェアして楽しんでいた。
 プランが頼んだパフェはクリームとミントアイス、そしてミントゼリーがグラスの中で調和した彩りも美しいものだ。おいしー、とアヤが貰ったパフェに舌鼓を打つ中、プランもそっと爽やかな味を確かめる。
 きっとこれが、ちいさな幸せと呼べる時間だ。何故だかそう思えた。
 そして、同じく店内席。
「ティータイムのことなら任せておケ。無粋なアメリカンに英国紳士が正しい作法ってやつを教えてやろウ」
 そういってヴェルセアは注文したハーブティーを皆に振る舞う。だが、その途中でロビンがカップに手を伸ばす。
「オイッ、ロビン。俺が丁寧に淹れたのを勝手に飲むナ!」
「なによ、ケチくさい男ね」
 じゃあ代わりにわたしが淹れてあげる、とティーポットを手に取ったロビンはルースのカップにハーブティーを注いでいく。
「淹れ方なんてよく知らないけど、……適当でいいよね」
 お茶が零れないよう気を付けながら、ロビンはテーブルの下でヴェルセアの脛を蹴った。今にもそのお返しの蹴りが返ってきそうだったが、それを察したロビンはさっと足を引っ込めて見事に避ける。
 二人の様子を一瞥した後、ルースは透明なポットの中で泳ぐ茶葉を見下ろした。
「……合法だ」
 非合法ハーブではないものを何処か物珍しそうに眺めるルースは、神妙な顔でカップを口許に運び、そっと傾ける。
 その間も二人の小競り合いは続いており、ルースは小さく息を吐いた。
「ベルセアのくせにお茶がおいしいとか、なんかむかつく」
「この跳ねっ返りはもっと雑に扱えばいいんだゼ。人馴れしない猫みたいなもんダ」
「そうか」
 不愛想気味に返された言葉は素っ気ないが、悪くはない、とルースは頷く。それがハーブティーに向けられたものなのか、この雰囲気を指してのことなのかは窺えなかったが、ロビンもまた悪くはないものだと感じて双眸を静かに細めた。
 隣のテーブルを見遣った後、メルカダンテは向かいに座るルチルに手を伸ばした。
「綺麗な爪ですね。どれ、……ああ、割れてなくてよかった」
 少女の手を取ったメルカダンテが見つめたのはミント色が基調となったネイルアート。爪が戦いで傷付かなかったことに安堵めいた表情を浮かべた彼女の様子に、ルチルもこくりと頷いた。
 ルチルはアイスを乗せたパンケーキにチョコミントシェイク。メルカダンテはチョコミントのパフェとミントティー。さすがにミントすぎるかとルチルは首を傾げるが、テーブルの上は涼しげな彩でいっぱいだ。
「お前は友達とこういうところに来るのか?」
「……ともだち、ですか? いえ、そういうのはあまり」
 ルチルがふと問えば、メルカダンテは幼い頃は齢の近いものが傍にあまりいなかったのだと話す。するとルチルがそっと告げた。
「なら、まず今日を楽しもう。わたし、友達になりたくてお誘いしたんだ」
 たくさん話をして、甘いものを食べて、もっと仲良くなりたい。少女達の視線が重なったとき、不思議と爽やかな心地が巡った。
 夏の庭を眺めて、ハーブの涼やかな香りを楽しむ。
 ヴェルトゥは隣の席で丸まったモリオンを撫で、向かい席に座るエレオスに視線を向けた。微笑みを交わした後、テーブルに運ばれてきたミントアイス乗せパンケーキに目を向ければ口許が綻ぶ。
 爽やかなミント味にふわふわ甘い生地のコラボレーション。どんな味かと想像しただけで楽しく、エレオスもチョコミントアイスのパフェに目を輝かせている。
「ヴェルトゥさんのパンケーキも美味しそうです! ひと口、頂いても良いですか?」
「ひと口? 勿論良いよ。ふふ、分け合いっこ賛成だ」
 エレオスからの申し出に快く頷いたヴェルトゥはパンケーキを切り分けてやった。此方もどうぞと器を近付けたエレオスはとても嬉しそうにミントの爽やかな風味を味わう。
「えへへ、とっても美味しいです」
 幸せの味にほわりと顔を綻ばせたエレオスは、また来ましょうね、と告げてから夏の庭を瞳に映した。
「うん、また来ようね」
 ヴェルトゥもまたそれぞれを美味しく頂き、幸せな笑みを零す。
 瞳に映した夏空と緑の庭はきらきらと輝いて見えた。共に過ごす時間までもが煌めいているかのように思えて心も弾む。
 そうして――或る夏のひとときは穏やかに過ぎてゆく。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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