木槌の先に

作者:遠藤にんし


「ん……?」
 不意に何かが視界の端で引っ掛かって、陶・流石(撃鉄歯・e00001)はその方向へと足を向ける。
 途中、路地で視界の端の誰かを見失ったが、その時目の前には古びた建物があった。もう使われていない何かの施設へと足を踏み入れると――。
 ――ヒュン、と風を切って何かが迫った。
「ッ、何だ?」
 とっさのものとはいえ回避し、流石がそちらへと向くと。
「チィ――外したか」
 木槌を手に、上村次次郎は不機嫌そうに唸るのだった。


「宿敵のデウスエクス……その襲撃がまた起こったようだ」
 高田・冴が告げるのは、ドリームイーター・上村次次郎の出現。
 とある廃施設にて、陶・流石(撃鉄歯・e00001)へと戦いを挑んだようだ。
「彼女とは連絡がつかない。急いで向かって、彼女を助けてほしい」
 木槌や腰の工具を得物として、上村次次郎は戦うようだ。
「周囲に人はいない。ここで接触する分には、仲間を呼んでくるような厄介なことは起こらないだろう」
 だが、放っておけば何をするかは分からない――上村次次郎は荒事に長けた雰囲気があると告げたうえで、冴はケルベロスたちへ言う。
「どうか、宿敵撃破のために力を貸してほしい」


参加者
陶・流石(撃鉄歯・e00001)
生明・穣(月草之青・e00256)
望月・巌(昼之月・e00281)
朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107)
クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)

■リプレイ


 壁の裏へと陶・流石(撃鉄歯・e00001)が姿を消した瞬間、木槌が壁を打つ重い衝撃が背中越しに伝わった。
「チッ……」
 因縁のことを思えば接近戦を挑みたいところだったが、一人で相手をするにはあまりにも荷が重い。攻撃のための準備を整えながら、流石は息を潜める。
 ――壁越しに衝撃。先ほどよりも衝撃が強くなっているのは上村次次郎の攻撃の精度が増したからというよりは、距離が近づいているからだろうか。
 ということは、流石がここでじっとしていることも安全策ではなくなっているということ。リスクは承知の上だが、移動する必要があるということだ。
 息を潜め、移動のためにと流石が身を屈めた時――、
「ドーモ。初めまして。次次郎=サン。クリュティア・ドロウエントにござる」
 そんな声と共にどこからともなく巻き上がる魔法の木の葉――次の瞬間、流石と次次郎の間に立っていたのは、クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)。
「お主に流石殿をやらせはしないのでござる!」
「――あの女のお仲間か。運の良い奴だな」
 舌打ちと共に木槌を振るう次次郎――腰に下げたいくつもの工具がぶつかり合う金属音は不吉な音を立てながら、クリュティアへと迫るが。
 その一撃をクリュティアの代わりに受け止めたのは、朝倉・ほのか(フォーリングレイン・e01107)だった。
「貴方の相手はこちらです」
 身を屈めて組み付くほのかに動きを阻まれ、次次郎は不機嫌そうな唸りを上げる。
「テメェ、邪魔しやがって……」
 次次郎の注意がほのかに向けられた一瞬の隙に、ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)は日本刀を閃かせる。
「こんなのはどうだい?」
 刃を通して、呪詛は背中に刻まれた。ルージュは刃を引くと、軽やかな足取りで次次郎との距離を空ける。
「ウゼェ女共め、まとめてブッ殺してやる」
「悪いがアンタが求めてるモンをくれてやるわけにはいかないってな」
 次次郎の言葉に答えるのは嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)。
 陽治によって展開されるケルベロス・チェインが組むのは護りの陣。眼前に立ちはだかる次次郎の姿に陽治は目を細め、流石の因縁の相手へ視線を注ぐ。
 ――ここしばらく、ケルベロスたちの因縁の相手による襲撃は後を絶たない。
(「ならこの機にケリつけられるよう手助けをするまでよ」)
 そうだろう、と問いかけるように緑の双眸を動かせば、望月・巌(昼之月・e00281)がにっと笑って得物を掲げる。
 巌は素早く流石の様子を検分するが、ケルベロスとの合流までの間は逃げに徹していたお陰で、ダメージは受けずに済んでいるようだった。
「無事で何より……流石だな」
 名前の通りの様子にこぼした言葉は意識していつも通りに。
 巌は次いで陽治の方を向いて、声をかけた。
「陽治、一杯飲みに行こうぜ。戦いが終わったら、なっ!」
 言葉と共に生成されるのは魔法の雷。急所へ届く攻撃は閃光を伴い、眩さが次次郎の意識を埋めた合間に生明・穣(月草之青・e00256)は動き出していた。
「消えぬ炎は怨嗟の色」
 青い炎は海を思わせるように美しく、次次郎を離すまいとその巨躯を呑む。ウイングキャットの藍華が吹かせる風のお陰で、その熱はケルベロスたちにまでは伝わらなかった。
 仲間たちによる連撃の合間に、流石も戦いの準備は整った。そんな流石の隣に立つ西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)は、ピンヒール型エアシューズ『叛逆ノ顎』の踵で地面を打ち。
「一つ貸って事でよろしく?」
「ったく、仕方ねぇな」
 助けに来た、ありがとうとは互いに言わない。
 駆け出す玉緒がヒールの踵を次次郎へ突き刺せば、そこから炎が溢れ出る。
 燃える己に次次郎は低く叫んだ――その声を聞く玉緒は、実に実に愉快そうなのだった。


「大工は道具が命。――と聞くわ」
 足払いで玉緒が炎を振り払えば、巨大な乳房はぶるんと揺れる。
「それを、そんな風に扱うなんて……ね」
 玉緒が口に上らせたのは、次次郎の得物、木槌の在り方だ。
 容赦なく振るわれる木槌、あるいは腰から下げた工具。それは本来は力任せに人を害するためのものではないはず……そう思うのは、穣も同じ。
 武器の携え方すら誤っており、道具を得物とすることは職人としてあるまじきこと。
 そんな思いと共に、穣は言葉を漏らす。
「その性根許すべからずです」
 サキュバスの力を秘めた黒球が浮かび上がり、迷うことなく次次郎へ――こちらに攻撃が飛んでこなかったことに密かに安堵して、巌は次次郎へと叫ぶ。
「道具が、工具が泣いてるぜ!」
「誰かさんに似ちゃいるが根っこは似ても似つかないな」
 わざとらしく陽治は混ぜっ返し、前に立つ巌のために集中治療。
 戦いが始まっていくらかの時間が経っていた。見た目に似合わぬ小回りと見た目通りに威力の高い攻撃は気を抜けば取り返しのつかないところまでケルベロスたちを追い込む恐れがあったが、陽治はそのたびに癒しを用い、仲間の支援に力を使った。
 陽治一人で厳しい面では藍華の協力もあった。その甲斐あってか、大なり小なりダメージは受けていても、倒れそうな仲間はいなかった。
 一方で、時を経るにつれて、次次郎の纏う負荷は増している。攻撃の手も油断ならないことは事実とはいえ、受け止めた初撃に比べると避けることは容易になっていた。
 ならば、今やるべきことは次次郎の体力を削り、一刻も早い撃破を狙うこと……そう判断して、巌はドラゴニックハンマーを全力で振りかぶった。
 ハンマーが次次郎を捉える寸前、次次郎は身を引くことでダメージの軽減を図っていた。それでも巌はハンマー越しに確かな手ごたえを覚え、何度目かも分からない次次郎の舌打ちが、それが効果的な一撃であったことを伝えていた。
「回復は十分ですね」
 ほのかは戦況を見て呟くと、バスターソード『天神』を手にルージュへ声をかける。
「合わせます。一気に畳みかけましょう!」
「ああ、一緒に行こう!」
 言うが早いか、爆発的な速度で次次郎へ肉薄するほのか――ほのかの突撃の瞬間、無数の演算の果てに望むものを見つけたルージュは、垣間見たものの通りに攻撃を合わせる。
 神速とすら呼べる二人の挟撃は回避困難。くぐもった声を上げるほかない次次郎は辺りへと工具を飛ばし、そのひとつが足元スレスレに突き立ったのを見て、クリュティアは大きく走る軌道を変えてほかの工具を避ける。
「見た目は実際ゴツイでござるがハヤイでござるな」
 クリュティアの豊満な肉体は見せつけるまでもなく揺れ、強調していたが、クリュティア自身も次次郎もそれを気に掛ける様子はない。それだけの余裕がないのか元より興味がないのかは、モザイクのせいでよく分からなかった。
 胡蝶幻夢陣において次次郎の幻惑を担っていたクリュティアも、その役目は十分と判断してケルベロスチェイン『ヤクトブリッツ』を投擲。
 秘めた雷の力は火花を立てつつ次次郎へと巻き付き、自由を奪った。
 爆ぜる雷の戒めを受け、次次郎は荒っぽく己の体を揺する。どうにかして鎖から逃れようとする次次郎を玉緒は見上げる恰好だったが、視線は見下ろす……見下すかのようなものだった。
「……して欲しいの? 良いわよ」
 眼鏡を押し上げながら玉緒は言い。
「ぶち込んで、あ・げ・る」
 言葉と共に、幾度もの苛烈な攻撃を叩き込む玉緒。
 攻撃を終えた玉緒が次次郎を蹴りつけると、次次郎の体は傾ぐ。よろめくようにして次次郎は、流石の前へと。
 それ以上の追撃はしない、とでも言うかのように玉緒は次次郎から顔を背ける。そのままで、玉緒は流石へと言った。
「父親の仇なんでしょう? なら、あなたの手でやるべきだと思うのよ」
 見れば、次次郎はまだ息がある――荒い呼吸の端々に、なおも激情を滲ませている。このまま捨て置けば、また何かの事件を引き起こし、誰かを殺めることだってあるのだろう。
 流石は次次郎を見る。
 ――恨みはある。聞きたいこともある。
 でも、口に出したのはひとつだけ。
「あたしはとっくに、ガキの頃のままじゃねぇんだ」
 それを思い知らせるかのように、流石の拳は魂のすべてを食い尽くした。


「戦闘終了。……皆さん、無事で何よりです」
 上村次次郎の消滅を確認して、ほのかは安堵の息を漏らす。
 次次郎の撃破はもちろん、その上で全員が無事だったということは得難いこと。ほのかの言葉にルージュもうなずいて、微笑を浮かべる。
「ああ、頼もしかったよ。それに、ほのかと戦えて良かった」
「私こそ、とても力強かったです」
 互いに感謝を述べ合うほのかとルージュの横、クリュティアは辺りにヒールを施す。
「拙者の友を襲うなど実際赦されぬでござるからな」
 廃ビルとはいえ、次次郎が工具と木槌を振り回したせいでヒビや大穴は無視できないほど。それらを塞ぎつつの言葉に、流石は軽い調子で答える。
「ああ、助かったぜ。何か美味いモンでも食いに行くか」
「打ち上げでござるか、良いでござるな」
「折角だからな。良けりゃ奢るぜ」
「いやいや、俺がおごるぜ」
 流石の言葉にかぶりを振って申し出たのは巌だ。
「そうか? ……だったら、そうさせて貰うぜ」
「任せておけ」
 流石にそんな風に応える巌を見て、玉緒はニヤリと笑みを浮かべる。
「羽振りが良いわね? それじゃあ……遠慮なくいかせて貰いましょうか」
「お手柔らかに」
 仲間たちのやり取りを横目に穣はスマートフォンを操り、場所の手配へ。
「自宅のクルーズ船で良いよね。花火も準備させようか」
 言いつつ穣は巌に寄りかかり、視線だけは思わせぶりに陽治へと。
「……場所が決まったなら、行くとしようぜ」
 焦りを胸に歩き出す陽治。
 動き出したケルベロスたちと共にぶらりと歩きながら、流石は思う。
(「奴等に足りなかったモンは何だったんだろうな」)
 ――それは、今となっては知るすべのないことだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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