夏の祭りに風の音

作者:雨音瑛

●神社にて
 地面から立ち上る熱を孕んだ風が、吊された風鈴を次々と鳴らしてゆく。
 出店で林檎飴を買おうとしていた少女は耳を澄ませ、思わず小さな笑みを漏らす。
 木陰に佇む巨躯は、涼やかに響く音に舌打ち一つ。
「……ただでさえクソ暑いのに、アホみたいに集まりやがって……しかも何だ、このクソ五月蠅ェ音は?」
 巨躯の男は前身から赤いオーラを立ち上らせ、人混みの中へと身を投じた。
 次いで聞こえるは悲鳴、硝子の割れる音。
 血しぶきに、男は口元を歪めて笑う。
 和やかな祭りの場は、鮮血に汚された。

●襲撃者
 懸念を元に予知をしてもらったのですが、と、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)が口を開いた。
「エインヘリアルによる、人々の虐殺事件が起きるようなのです」
 しかもこのエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者。万が一放置したならば、多くの人々の命が無残に奪われてしまう。
「そればかりではありません。彼の行動が人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられるんです」
 ですから、としずくは続ける。
「速やかに、エインヘリアルを撃破しなければなりません」
 予知によれば、現れるエインヘリアルは1体。名を「ダヴィ」といい、粗野で暴力的。赤色のバトルオーラを纏っており、力任せの攻撃を得意とするという。
 また、ダヴィは使い捨ての戦力として送り込まれているため、戦闘で不利な状況となっても撤退することはないようだ。
「戦いの場は、夏祭りが開催されている神社の境内です。お祭りに訪れた人々がいらっしゃいますから、避難誘導も必要になりそうですね」
 介入できるタイミングは、ダヴィが人々に襲い掛かる直前。分担し、それぞれの役割を手早くこなす必要があるだろう。
「そうそう、エインヘリアルを倒すことができれば、お祭りを楽しむ時間くらいはあるみたいです。神社に吊されている風鈴は一部購入もできるようですし……出店で美味しいものを買って食べるのも良いですよね!」
 そのためには、確実にエインヘリアルの撃破を。どうかご助力を、と、しずくは頭を下げた。


参加者
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
英・揺漓(花絲游・e08789)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
咲宮・春乃(星芒・e22063)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)

■リプレイ

●りん、と鳴って
 参道に足を踏み入れると、遠くに涼やかな音が聞こえる。ケルベロスたちは急ぐ、熱気に汗を拭う時間すら勿体ない。
「いたっすよ!」
 ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)の声が合図となったかのように、ケルベロスたちは二手に分かれる。
 すなわち、避難誘導と抑え。
 避難誘導にあたるのは、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)、スウ・ティー(爆弾魔・e01099)の二人だ。
 しずくはダイナマイトモードを使って派手な花魁衣装へと変じ、人々を促してゆく。
「さ、わちきに付いてきておくんなまし……うふふ、一度こういうの言ってみたかったのです」
 笑みを人々に向け、励ましを与えて。沢山の人の「大好き」を守るために動くしずくは、既にやる気充分だ。
 帽子を目深に被ったスウも、割り込みヴォイスで呼びかけつつ隣人力で混乱を避けるように動く。
「ここはケルベロスに任せて、避難してね――と。うんうん、この調子ならすぐに終えられそうだね」
「ですね。でも、最後まで油断せずにいきましょう」
「仲間も敵を抑えてくれてるみたいだしね」
 スウの視線の先には、苛立ちを隠そうともしないエインヘリアル、そして彼の者と対峙するケルベロスの姿があった。
「ンだァ、お前らはァ! クソ暑い中にクソ五月蠅ェ音、そんでもってクソ邪魔な奴らたァ……手加減しねェぞ、あア!?」
 オーラを纏って殴りつけようとするエインヘリアル「ダヴィ」の前に、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が軽やかに割り込んだ。
「一番暑苦しいのはテメェの面だろうよ」
「なんだ、てめェは」
 答えず、キソラは人々の方へと向き直り、割り込みヴォイスを使用しながら声を張り上げる。
「落ち着いて誘導に従うンだ、此処は羽虫一匹通しゃしねえよ」
「オレが質問し――」
「たわけたわけたわけーッ!」
 ダヴィが言い終えるのを待たず、服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)は重力と流星の蹴りを叩き込んだ。
「不心得者がっ! その闘気は飾りか! 何のための鎧ぞ! 鍛えた技ぞ!」
 傾いだダヴィは顔面をおさえ、無明丸をぎょろりと睨む。
「名を名乗れ! わしらと勝負せい! それでこその戦士であろうがよ!」
「名だァ? いいぜ、オレはダヴィ。戦士……かどうかはわからん、何せ重罪を犯した犯罪者だからな」
「そう……それじゃ、遠慮無く戦えるね……」
 琉金をモチーフとした浴衣の袖をなびかせ、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)がオウガメタル「胡蝶“黒鉄”」の光を降り注がせる。千里の瞳の色は、戦闘開始と同時に緋色へと変じていた。
 続いて英・揺漓(花絲游・e08789)とザンニの描く魔法陣が、前衛と後衛それぞれに加護を与える。
「そんなに暴れたいのならば俺達が相手になろう……」
「そうっす! 自分たちが相手になるっすよ!」
 まるで揺漓の弟分であるかのように、ザンニは何度もうなずく。
「ほら、こっちだよ。あたしたちが相手になってあげる!」
 咲宮・春乃(星芒・e22063)も、ダヴィを挑発するようにエアシューズ「星舞」で肩口を蹴りつけ、向こう側へと抜ける。続けざまに飛んでくるリンクが、主に続いて動いたウイングキャット「みーちゃん」の尻尾についていたものだ。
 全ての攻撃を受けたダヴィは、
「……へッ、いいぜ。お前ら全員倒してから、ゆーっくりと楽しもうじゃねェか」
 下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりをした。

●勝負の行方
 指輪から光の剣を生成した無明丸は、ダヴィの真正面へと回り込む。
「どうあれ! その外道ここより先へは一歩たりとも進ませぬ! 一歩たりとも退かせもせぬ! ここが終点と心得い!!」
 にかっと笑って思い切り斬りかかり、
「さぁ! いざ尋常に勝負いたせ!!」
 高らかに宣言する。
「勝負ゥ? 6人と1匹ぽっちで、オレに勝つ気でいんのか?」
「……涼しげな風鈴の音に耳障りな音を混ぜようとしている……邪魔なエインへリアルはとっとと斬ってしまうに限るからね……」
 千里は、緋色のエネルギー盾をキソラの前へと現出させた。
「五月蠅ェんだよ……お前らも、この音も!」
 揺漓は千里の言葉にうなずき、静かに進み出る。
「此の涼やかな音色の良さが分からぬとは……なんて勿体無い。残念だが、此の場から今すぐに去っていただこう」
「はッ、どっちが先に去ることになるだろうな?」
 応えず、揺漓は右の拳に真白きオーラを纏わせた。
「打ち砕け―俺に咲きたる、白き花」
 肉薄は一瞬。渾身の一撃が、ダヴィの体勢を崩す。仲間が揃っていれば畳みかけるところであるが、ここは敢えて慎重に。
「せっかくのお祭りを台無しにするなんて! みんなを守って、あとでお祭り楽しもうねっ、みーちゃん!」
 みーちゃんと視線を交わした春乃は、指の先で輝く星にゆっくりと息を吹きかける。
「もう、だいじょうぶだよ、あたしが全部癒してあげる!」
 天高くまで昇った星が再び輝き、流星群のように降り始める。光の道は、春乃とともに仲間を庇い立てるキソラの元へ。みーちゃんの翼が起こす風も、前衛の傷を消してゆく。
 ザンニの描く魔法陣も、前衛へ。
「まだまだ、サポートさせてもらうっすよ!」
「うぜェ、うぜェ、うぜェ!! 全部うぜェし、邪魔くせェ!」
 ダヴィはやにわに、オーラを飛ばした。その線上にいるのは、キソラ。
「もらったァ!」
「どうだろうな」
 腕を通った斬撃に怯みもせず、キソラはチェーンソーの剣、その刃をダヴィへと突き立てた。
「がッ……!」
「もう一撃、です!」
 少女の声に続き、同じくチェーンソーの刃がダヴィに傷を与え、状態異常を増やす。
「雅楽方、スウ――避難は完了か」
 キソラが二人を一瞥する。
「お待たせしました! はい、完了しています!」
「全員無事だよ、怪我人は無し――さて、祭はまだまだ始まったばかりさね、派手にいこう」
 楽しげに笑い、スウは爆破スイッチ「Happy」をポンと手の内で遊ばせた。スイッチが指の位置に来るのを指の感覚だけで認識した後は、ためらいなく押し込んで。
 すかさず起きた爆発は、さながら反撃の狼煙か。

●祭りを邪魔する者は
 ダヴィの方がやや優勢であった戦況は、徐々にケルベロス優勢となる。
 とはいえ、ダヴィの攻撃力は侮りがたいものだ。千里は仲間の負傷状況を確認し、緋色のエネルギー盾を春乃へと纏わせる。
「……まだ、勝つつもりでいるの……?」
 盾と同じ緋色の瞳で、ダヴィを見る。
「当たり、前、だ……!」
「こっちも負けるわけにはいかないんだよ!」
 春乃が放つのは、時空を凍結させる弾丸。ダヴィの足を穿ち、体力を奪う氷を付与する。
「みーちゃん、続いて!」
 わかってる、と言わんばかりに尻尾のリングを飛ばすみーちゃん。
 ザンニは揺漓へと霧を放ち、笑顔を向ける。
「これで体力はばっちりっす、ユラさん! 遠慮無く行って欲しいっす!」
 無言でうなずいた揺漓は弾かれたように駆け出し、ダヴィへと一瞬の蹴りを見舞った。
「ぐ、ゥ……こンの……クソどもがァ――ッ!」
 咆吼してオーラを溜め、ダヴィは自身を癒やす。
「焼け石に水、って知ってるか」
 ライフルの銃口をダヴィへと向け、キソラがつぶやいた。返答を聞くつもりはないのは、次いで放たれた極太のビームが示している。
「そろそろ終わりも近そうだね……となれば、花火の用意は御任せあれ。賑やかしは得意分野よ」
 透明化した機雷を浮かべ、スウは帽子をさらに深く被る。
「惑乱の世界へようこそ」
 スイッチを押し込む音が、風鈴の音に重なる。爆音と爆風がダヴィの体勢を崩したのを、無明丸は見逃さない。いや、見逃していたとしても無明丸のやるべきことは一つだ。
「さあ! いざと覚悟し往生せい!」
 拳に力を込め、全力で駆け、可能な限り近付いて。拳を振りかぶるのも全力ならば、当然、叩き込む力も全力で。
「ぬぅあああああああーーーッッ!!」
「がッ、ア――」
 グラビティ・チェインを込めた無明丸の拳はおびただしい光を放ち、ダヴィの顔面ど真ん中へと叩き込まれた。
 無明丸の叫びとダヴィのうめき声の後ろで、風鈴はなおも静かに鳴っている。
 綺麗な音色。しずくはしばし目を閉じて聞き入り、すぐに目を開く。
 エインヘリアルには、風流がわからないのだろうか。
 そんな問いは無駄だと、理解している。だから。
「楽しい時間に水を差すのなら――わたし達がこてんぱんにするまでです!」
 しずくは空中の水分を凝縮させ、一振りの剣を生み出す。
「この一撃で、あなたを」
 よろめくダヴィに、最後の一撃を。透き通った刀身を、迷いのない太刀筋で振り下ろす。ダヴィの目が、見開かれる。
「――ア、オレ、が……負け……」
 巨躯が、倒れ伏す。ダヴィの体の端が砂のようになり、崩れてゆく。それはまるで、幾重にも重なる風鈴の音が彼の存在を消していくようだった。
「みんな、お疲れさま!」
 屈託のない笑みを浮かべ、春乃が仲間に告げる。そう、戦闘は終わりだ。千里の瞳の色が、普段の茶色に戻る。
「……お疲れさま。無事に撃破できたみたいで一安心……」
「わははははっ! この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ! 鬨を上げい!」
 拳を突き上げた無明丸が、朗々と勝利宣言をするのだった。

●風の通る場所
 破損した箇所をヒールで修復し、人々を呼び戻して。
 安堵した人々の賑わいは、風鈴の鳴らす音と同等か、それ以上か。
 風に揺れる風鈴を一つ一つ眺めて静かに佇むのは、スウ。ふと視線を移動すれば、付近に千里がいた。スウはふっと笑みを浮かべ、声をかける。
「折角だし、また二人で何か見て回りますか?」
「うん、いいよ……」
 それぞれの意匠を確かめるように、二人でゆっくりと歩いてゆく。
「この音色だけで涼しくなれるね……」
 どれか一つ買おうかなと、千里は涼しげに揺れる硝子に手をかざした。
 不意に強く吹いた風が、風鈴を大きく鳴らす。
 頭の上にみーちゃんを載せた春乃が、その音に耳を傾ける。
 思い出すのは、彼氏と行ったお出かけ先。そこで買った、風鈴。
「やっぱり音がキレイだよね――ん?」
 ふわり、春乃の鼻先をくすぐる甘い香り。辺りを見れば、かりかり、しゃりしゃりと林檎飴を囓るしずくの姿が。
「あー、美味しそう! あたしも買おうかな。みーちゃんも食べる?」
 なんて話しかければ、軽くぺしんとおでこを叩く、肉球の感触。
「おっけー! 雅楽方さん、どのへんで売ってたか教えてもらっていい?」
「はい、結構入り口に近いところでした。わたしが買った時は少し並んでましたので、もしかしたらちょっと待つことになるかもしれません」
「それもお祭りの楽しみ! それじゃ行こっか、みーちゃん!」
 春乃とみーちゃんを見送り、しずくは風鈴の音を聞きながら風鈴を見てゆく。
「……あ、あの風鈴とってもかわいい」
 そっと手に取った風鈴は、可愛らしい金魚たちが泳ぐ、透き通ったブルーのガラス製のもの。
「涼しい音をよろしくですよ。あつーい夏をまだまだ楽しむ為にも、バテてしまわないように」
 しずくは微笑み、金魚のおでこに指先で触れた。
 たくさんあるうちから好みの一点を探すのは、とても楽しい作業だ。
 青い目をした鴉――名をドットーレという――を一羽載せたザンニは、揺漓とともに風鈴を見て回っている。
「今日みたいな祭の喧騒も良いですが、あの涼しげな音色を聴くのも夏だなぁ……て感じで自分は好きっすよ!」
 はしゃぐザンニに、揺漓は静かにうなずく。心地よい音色に、涼しげな硝子の透明感。それらを眺めながら過ごす祭りも、なかなかに良いものだ。
 とはいえ、自身は優雅にはほど遠い性質だと、揺漓はわずかに笑みを零す。
 花柄や花火模様など、様々な図案の風鈴が並ぶ中、ザンニはひとつの風鈴を指差した。
「あ、コレとかぽくないですか」
 金魚が描かれている、風鈴だ。空を泳ぐ金魚をふたり眺めて、楽しむ。
「色合いもそうですが、水中で優雅な感じが似てないっすかね? さっきの戦闘でもスゴかったっすよ」
「ふむ、確かに色は一緒だな」
 笑顔と賞賛を向けられ、照れを隠すようにゆるりと風鈴を見回す。
「ではザンニはあれだな」
 こちらは黄色いヒヨコ。
「顔の辺り……そっくりじゃないか? 激似」
「ふむ、自分はヒヨコっすか。格好良い鶏になれるよう精進しないとっすね!」
 そう言って、肩に載ったドットーレと視線を交わすザンニであった。
 涼しげな音が辺りに満ちてはいるが、そこはやはり夏、暑いものは暑い。
 額から流れる汗を拭いながら、キソラは写真を撮影してゆく。
 対象は、神社の景色や揺れる風鈴。
 音こそ閉じ込められないが、夏の色を、賑わいを、思い返せる一枚になるように。
「……お、チャンス」
 ちょうど音の鳴った瞬間の風鈴を一枚、収めた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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