ミッション破壊作戦~8月の熱波

作者:ほむらもやし

●時間は巡る
「グラディウスがグラビティ・チェインを吸収して再使用できるまでに時間がかかるよね。で、今月も、使える個体が揃ったから、ミッション破壊作戦を進めよう」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、攻撃の準備が整ったと告げた。
「まずはちゃんと情報を共有しよう。これが諸君に預けるグラディウス。見ての通り小さな剣だけど、『強襲型魔空回廊』を攻撃できる兵器だ。料理や戦闘には使えないけれど、魔空回廊を守るバリアに刃を接触させるだけで、破壊力を発揮する特別な兵器だ。敵はこのグラディウスによる魔空回廊への攻撃を防ぐ手立てを持たない。そして回廊を護る敵はこの攻撃の余波である雷光や爆炎の攻撃に晒される。この余波によって敵は大混乱に陥るから、機を逃さずに、速やかに離脱する」
 作戦は魔空回廊への降下攻撃と、撤退戦の二つの段階からなる。
 前者は思いの強さ。後者は素早い行動と仲間との連携が、作戦を進める上で重要になる。
「今から僕らが、向かうのは、攻性植物のミッション地域のいずれか。目標は集まった者で決定してほしい」
 命に関わることだから、意気込みだけではなく、パーティとしての戦力も熟考する必要があるだろう。
 遭遇する敵に個体差やポジションの違いはあるかも知れないが、繰り返した攻撃の回数によって、作戦の難易度が下がるということはない。
 この依頼は、通常の依頼と違って、途中で戦いを投げ出して逃げることができない。
 たとえ勝てる相手であったとしても、敵の増援を許すほどに状況が悪化すれば、撤退できないままに全滅する。
 敵地への奇襲には違いないが、君たちはグラディウスの攻撃の余波である爆炎や雷光、同時に発生する爆煙(スモーク)に支援されている。
 この雷光と爆炎は、グラディウスを所持している者以外に無差別に襲いかかり、魔空回廊の防衛を担っている精鋭部隊に大きな打撃を与える。
 スモークは敵の視界を遮り、スモークが消え去るまでの間の、敵の組織的連携を阻む。
 勿論、大声で叫んで攻撃を仕掛けるなどという、ド派手なことをしておいて、ただの一度も戦わずに撤退できるほど虫のよい話は無い。
「でも、たった1回だ。通行料と思えば高くは無いよね。だからスモークが効果を失う前に、立ちはだかる強敵を1体倒して、上手いこと逃げ切って欲しい」
 状況が味方をしているのだから、多少の大胆な行動も、まかり通る。……はず。
 それが少人数の奇襲でも、1回の遭遇戦、普通程度の難易度で、撤退可能と見込める根拠である。
「ただし、スモークが有効な時間はそう長くはない。向かった場所やその日の状況で違いはあるようだけど、何十分も持つものでは無い腹づもりで」
 時間制限がシビアであるが、現時点でミッション破壊作戦におけるケルベロスの死亡事例は無い。
「グラディウスは攻撃時に気持ちを高めて叫ぶと威力が上がると言われる。これは『魂の叫び』と俗称されている。君の叫びがミッション地域を人類の手に取り戻す力になるのだから、恥ずかしがらずに叫んで欲しい。――本当頼みます」
 現在の所、ミッション地域の中枢にあたる、強襲型魔空回廊への攻撃は、グラディウス喪失のリスク等を配慮すれば、高高度に侵入したヘリオンからの降下攻撃が、最も適切とされている。
「あと、叫びはあくまでもグラビティを高める為の手段だ。効果的に威力を高める方法論は解明されていない。従って叫びの内容や思い入れの強弱によってグラディウスが制御不能に陥る様なエビデンスは無い」
 もしその様なことがあったとしても、気に病む必要は無い。特殊な個体に当たる不運は防ぎようが無い。
 つまり、使い手やグラディウスの個体差、コンディションによる挙動の違いはあるかも知れないが、自分から手放そうとしない限り、基本的に喪失することはない。
 ミッション破壊作戦は攻撃を繰り返しによるダメージの蓄積で、強襲型魔空回廊の破壊を目指す。小規模な作戦だ。
 過去に1回とか2回の、攻撃で破壊に至った事例もあるが、あくまでも幸運なケースだ。
 1回の攻撃で大きな戦果は要求していない。
 それよりも無事の帰還を最重視して欲しい。
 ミッション地域は、日本の中にあっても、人類の手が及ばない敵の占領地。
 日々ミッション地域へ攻撃を掛ける有志旅団の力を持ってしても、防備の固い中枢近くまでは、手が届かない。
 しかしそこで得られ既に公示されている、敵の知見は撤退行動の助けになるはず。
「ある日、見知らぬデウスエクスが侵攻してくる。見慣れた風景が為す術もなく壊されて行く。立ち向かえるのは、僅かな人数のケルベロスだけ」
 君らに向けられる人々の目を見れば、感じる所はあるはず。
 次に同じことが起こるのは君の身近な土地かも知れないし、見知らぬ町かも知れない。
 但し目の前に見える景色が平和であっても、侵略を受けている日常は危機だ。
 知らない場所で起こった悲惨なニュースを、飯を食べながら眺めて、大変だ、運が悪い、可哀想だなあ。などと思うだけで良いのだろうか?
 君は悲劇の当事者に、ならないで済んでいるのは、幸運なだけかも知れない。
 だからお願いする。手の空いているケルベロスの皆さんは力を貸して下さい。


参加者
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)
クリームヒルデ・ビスマルク(停職明け戦犯・e01397)
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
ククロイ・ファー(ドクターデストロイ・e06955)
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)
凍月宮・花梨(魔剣使い・e39540)
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)

■リプレイ

●栃木県足利市上空
「Etre impatient(もう我慢なりませんわ)……、一刻も早くお引き取り頂かないと」
 シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)は思う。
 今、シエナの頭の中で燃え上がるのは極度に愛を傾ける攻性植物への思いだった。それがケルベロスとしての常識からはかけ離れていようが彼女を思いとどまらせることは出来ない。そしてケルベロスの役割を果たす限り、許される考えだ。
 時間は午前6時を回ろうしている。
 1時間ほど前、朝と夜の境目が瞬きをする間にヘリオン前方へと抜けて行った。
「Iquieter(胸騒ぎがする)……あの森から声に、心がふるえるのです」
 前に来たときよりも夜の明ける時間はかなり遅くなっていた。それに気づかぬほどにシエナは焦燥している。
 クルウルクの落とし子――今日こそあの正気を削り取る唸り声を終わらせたい。
 グラディウスの効果は、人智を超えた悪魔の所業そのものだ。
 自分は傷つかず、相手だけを徹底的に損ねる。
 果たして、そんなに都合の良いものが、何の制約も無く何度でも使えるなんて上手い話があるものか? あるはずが無いと考えるべきかも知れない。
 空は青く朝の澄んだ光は風景の輪郭を明朗にする。北に続く濃緑の山並みはどこまでも続いている様だ。
 だがその美しさを讃える者は居ない。
 今何が起きているのか? 今、目の前にあるものが現実だ。
 やろうとしていることは攻城戦と同じ。
 陸路で堀が越えられないから、ヘリオンで直接城内にグラディウスという破壊槌を持ち込み、城壁を破壊しようと目論んでいるのだ。
 比喩は様々あるが舞台の構造を見誤らなければやるべきことはすぐに分かる。但し机上での思考だけで万事が上手く行くわけも無い。
 ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)は端末に表示させた地図を見遣る。
 足利市の商店街は蛇行する渡良瀬川の周囲に集中している。
 ちゃんと地図を見た者なら北関東自動車道と渡良瀬川が、足利市街を把握するのに都合の良いランドマークであるとに気づくだろう。
 現在、楔形に伸びる異界の森の南端は大型ホームセンターに隣接する山辺小学校の付近。北側は肉眼だけでは分かりづらいが、北関東自動車道の線は破られていない様だ。
 日々ミッション地域への攻撃を掛け、森の侵食を食い止めてくれている、有志の旅団や個人からは樹海が拡大したという報告は無い。彼ら彼女の力があればこそミッション地域の平衡は保たれている。
「三方を山に囲まれ南に川がある地形が敵の侵食を食い止めるのにも一役買ってくれたのでしょうか?」
 クリームヒルデ・ビスマルク(停職明け戦犯・e01397)は、此処を追われた人たちに思いを馳せる。本来であれば今は、子どもたちにとって夏休みの最中だろう。住む家を追われ、学校を追われ、見知らぬ土地での避難所暮らしを余儀なくされ、子どもたちは、仕事を失ったお父さんが昼間から酒を飲み、咎めるお母さんと争う様子を目にしてしまう。時間の経過というものは、数えるのが嫌になるほどの悲劇が引き起こす。
 だからクリームヒルデは悲劇の連鎖を断ち切るため、心の中で覚悟を決める。
(「今、すべてを捨てるときがきた。この地の解放が成せぬなら……猟犬の名を返上する!」)
 冷静に考えれば、それをしても、死んだ人間が生き返ることも、壊れ去った家族が結びつくことも、借金が消えることも無いのだが、そう思わずには居られなかった。
 目標上空への到着を告げるブザー音がして、ドアのロックの外れる音が響く。
「覚悟は、ある。あとは……往くのみ」
 儚げな笑みで言い置いて、クリームヒルデは外に飛び出す。
 数十秒後、太陽が爆発したかの如き高熱の白光を放って、叫びと共に衝突したクリームヒルデは爆発した。
「炎よ、燎原の劫火となりて我が敵を討て! グラディウス!!」
 悪魔の咆吼の如き響きと共に、巨大な炎を孕んだ雲が空高く立ち上って行く。
 宙に弾き飛ばされたクリームヒルデの目にぺしゃんこに薙ぎ倒された異界の如き森が見える。攻撃の余波である爆炎と雷光がグラディウスを所持しないありとあらゆるものに襲いかかって行く。
 だが被害を受けているのは、周囲に広がった森と、上昇気流に巻き上げられる異形の敵ばかりに見える。
「憎いです。憎いです。このバリアが、回廊が、この森が……」
 頼みます。今度こそ壊して下さい。
 数秒後、着地したクリームヒルデが願いと共に天を見上げると、昇る爆煙によって暗くなりつつある上空から、速度を上げて突っ込んでくる、今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)の光の羽の輝きが見えた。
(「こんなに早くリベンジの機会が来るなんてね」)
 大規模作戦でも無いのに、短期間に同じミッション地域への攻撃が繰り返されるのはとても不思議だったが、日和は奇貨と思うことにした。
(「2回参加しているし、クルウルクの行動も大体把握できているよ。これで終わりに出来るなら本当にラッキーだよね♪」)
 日和にとって一番の目的は足利の街を取り戻すこと。コレでオシマイにするんだ! と気持ちを高め、深呼吸と共にグラディウスを突き出した。
「足利は人類が築いた街。キミ達侵略的外来種が好き勝手してイイ場所じゃないんだ!」
 間近では炎の赤と爆煙の黒を映して溶岩の壁の如きバリアにグラディウスが突き刺さる。
「ボクたちの手で、元通りの街並みを戻してみせる! グラディウスにボクの怒りを乗せて。この一撃を受けてみろ!」
 次の瞬間、突き上がるような衝撃が手先から足先に向かって突き抜けて、膨れ上がる爆炎の圧力に日和の小さな身体は吹き飛ばされた。
 生きたまま空に舞い上げられた植物の固まりの様な物が雷光を受けて次々と塵と消える。
「意外にしぶといよね。……でもいつまで我慢できるかな?」
「命と! 心と! それらが重なり合い響き合って紡ぐ未来へのハーモニーを! 途切れさせやしねぇ!」
 日和の叫びを継ぐかの如くに、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)はグラディウスを叩き付け、さらに力を込める。
「俺達地獄の番犬の牙を! 喰らいやがれ!」
 地球に生きる命は全て環状に繋がっている。ウタがそう考える。いまこうしている瞬間にも新たな命が誕生し、また死んで行く。ケルベロスである自身の命もそのなかの一つ。壊されれば元通りに出来ないのは全く同じ。ただその命が続く時間でできることに違いがあるだけだ。
(「死んでも終わりじゃねえ。夢も命は次の時代に繋いで行けるんだ」)
 一切衆生ということなのだろう。だからこそ地球の森羅万象に畏敬の念を抱くのだ。
「クルウルクの落とし子ォ! ここはテメエらの溜まり場じゃねえッ!! とっとと消え失せろォッ!!!」
 ククロイ・ファー(ドクターデストロイ・e06955)の空気を裂くような怒号が響き、炎が爆ぜる。
「轟け、グラディウスゥッ!! 俺たちの魂の咆哮と共に! これまでの仲間達が熱き想いで刻んだ傷をォ!! 穿てエェェェッッッ!!!!」
 心の中にある限りの憎悪を込めて押しつけたグラディウスがバリアの表面で火花を散らしながら、抉った傷を刻んで行く。
「何だよこれ、こんなんじゃキリがねえじゃないか」
 ククロイが目の当たりにしたのは、傷つけたばかりのバリアの表面が、氷に掛けた水が直ぐに凍るが如くに修復されてゆく様だった。
 背中の翼で落下速度を緩めながら、ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)は確りとグラディウスを構え、感情を高めて行く。
 森の支配者たちは知らない。
 大切な誰かを失う痛みを、
 目の前で傷つく人の苦しみを、悲しみを、
 自分には何もできない辛さを、
 どうしようもない焦りを、
 痛くて。怖くて。叫んで。震えて。涙を流して、
 それは、今も続いていて――。
「だからこんな形で終わらせはしない。心を縛る重たい衝撃の全てを捧げる。支配者たちに反撃の轟雷を届けろ、グラディウス! 取り戻すんだ、故郷を、未来をっ!」
 稲妻の轟きの如き叫びは風景を揺るがして、生み出された青白い雷光は大樹のように無数の枝を空いっぱいに広げた。雷光の枝は瞬きの間に光の雨となって降り注ぎ、地表を小爆発の炎で覆い尽くした。
 回廊攻撃の余波がもたらす破壊を目の当たりにして、凍月宮・花梨(魔剣使い・e39540)の胸に複雑な感情が溢れた。こんなに滅茶苦茶に破壊したら、もはや足利市は消え去ってしまったも同然だ。
 否、消え去る筈が無い。戻りたい人が居れば、必ず街は蘇る筈だ。
「ここは、栃木の人たちが長年かけて築き上げてきた、大事な商店街だよ。沢山の人たちが此処で生きていた、だからもう、これ以上、危害を加えさせない。樹獣なんかに、人々の尊い命を蝕ませる訳にはいかないよ!」
 救うために破壊を行使する矛盾をも叫び乗せて、花梨はバリアにグラディウス突き立てた。
 攻撃開始から3分ほどで炎と煤を孕んだ爆煙は雲となって、高度3万3千フィートの成層圏に達した。雲に覆われた足利市の全域は夜の様に暗くなっていた。
「時間が逆戻りして夜になったみたいだな」
「太陽はまだ東にありますよ」
 ウタの何気ない呟きに、焦燥した表情で上を見上げていたクリームヒルデが赤黒い雲の中に透ける太陽の輪郭を指さす。
「ダメだったら、まだ次があるよ」
 ミッション破壊作戦は初めてだと言う、花梨の言葉に自分もだとラギアが頷く。回廊の破壊は果たしたい目標であるが、それは足利市を追い出されて、今も苦しみ悲しんでいる人たちのためだ。
 繰返しの攻撃でダメージは充分に重ねた筈。
「クルウルクの落とし子……今度こそ終止符を打ちますわ……! これまで好き勝手に蝕んできた報い、受けて頂きますわ!」
 ミルフィは確かに満身の力を込めて叩き付けた。しかし傷はついても罅が入らない。
「この地球は……穢させませんわ!!」
 溢れ出す爆炎、そんなはずは無いと、もう一度グラディウスを叩き付けるもそれは軽い衝撃を返すだけ。
「Fureur(我慢の限界ですわ)! いい加減、壊れるですの!」
 直後、悲鳴にも似たシエナの叫びと共にグラディウスは莫大な破壊の力を解放するも、遂に防壁を破ることは叶わず、魔空回廊の機能を損なうことも出来なかった。

●心残して脱出
 落ち込む暇も嘆く暇も無い。
 撤退の合い言葉は「余計なことをするな」である。
 弱い相手でも増援を許すほどに撤退が遅れれば全滅する。良かれと思ってすることでも仲間を危機に陥れることがある。
 破壊し尽くされてなお、道筋は健在で、足利の歴史が一行を撤退路に導いてくれるようだった。
 通ったことのある南方への道を駆けて暫し、樹獣『クルウルクの落とし子』が立ちはだかる。
 予測される耐久力の高さと、ドレインを含む高威力の攻撃への対応に気をつけておけば、実質的な攻撃は単体のみであり難しい敵にはならない。
 先手を取ったのは敵だった。
 まずは蔦に囚われたシエナに向け、ウタは青き地球のグラビティを乗せた勇気をもたらす歌を送った。
 続けて、クリームヒルデが何かを映したスマートフォンを前方に掲げながら、敵に仕掛ける様を好機とみた、日和は刹那に光の翼を暴走させ、ヴァルキュリアブラストの輝きとなって衝突する。
 強烈なダメージに耳障りな悲鳴をまき散らす樹獣だが、感じるのは不快感だけで戦いに影響は無い。
「この力に終わりはない。人の自由と未来をつかみ取るんだ!」
 ラギアの叫びと共に撃ち放たれた竜砲弾が炸裂し、足止めの効果を重ねる。
 年々戦闘力を増すケルベロスであっても、1対1の実力で言えば、デウスエクスには遠く及ばない。だから足止めは非常に重要だ。直後、花梨の跳び樹獣の巨体を掠って地面を打ち付ける。
「時間がないのに、なんで!」
「超力刃! 二刀一閃!!」
 続けてククロイが放った、卓越した技量からなる斬撃が大きく外れるに至って嫌な空気が流れ始める。
「どういう……ことですの?」
 立て続けに外れる攻撃にミルフィは思わず唇を噛みしめる。
 誰かが味方の命中率を上げる一手を、持っていただけでも変わっていたかも知れない。
 ミッション地域中枢にいるのは、個体差に差異があっても基本的に強敵であるというのは元より注意喚起されていること。『クルウルクの落とし子』のしぶとさも分かっていたはず。
 真っ黒な煤を含んだ雨が降り始めても、空は黒い雲に覆われたままだったが、濃霧の様に風景を埋め尽くしていたスモークはじわじわ薄れて行くのだけは分かった。
 戦いを始めてから10分ほど、唯一、最悪の事態に備えていた、シエナが樹獣に命を吸い取られて倒れ伏した。
「この力に終わりはない。人の自由と未来をつかみ取るんだ!」
 保険は無くなった。戦って勝つ以外に生還の見込みが無くなったと知った、ラギアの満身の打撃に続いて炎を吐きかける。強烈なダメージに敵は奇声を上げ続けるが、倒しきるにはまだ足りない。
 幾ら癒やしても新手の来援を許せば全滅する。もはや一刻の猶予も無いと気づいたウタは瞼を閉じた。そして一呼吸の刹那に敵との間合いを詰めると、己の技量の全てを込めた一閃で緑の巨体を切り裂く。
「植物はチェーンソーで伐採だァ!!」
 ククロイは唸りを上げるチェーンソー剣を何度も振り上げ、振り下ろす動作を繰り返す。積み重ねられたバッドステータスが花開くと同時、細切れになった緑の植物片が枯れ葉の様に舞い散り始める。
「さぁ、その傷口を更に広げてあげるねー!」
 花梨の叫びと共に刻まれた斬撃が再びバッドステータスを開花させ、敵を追い詰める。
「ボクをこれ以上、怒らせるなよ!」
 日和が左眼を閉じ、右眼で睨み据えた瞬間、樹獣の身体の中で何かが暴れ出したかの様に巨体が収縮を繰り返す。
「相も変わらず意味不明な唸り声など上げて……耳障りですわ、吹き飛びなさいまし……!」
 果たして、機を逃さずにミルフィは主砲を向け、生還の決意を込めて砲弾を撃ち込んだ。
 直後、緑の壁の如くに立ち塞がっていた樹獣は呆気なく爆散して、ミルフィたち前に道が開けた。
「よーし、間一髪、大成功だ。みんな逃げるよ!」

 日和は明るく言い放つと、身長の近いクリームヒルデを呼び止めて、共にシエナの方を担いで駆け出す。
「なにしけた顔してるんだよ。帰ろう。ボクたちの大勝利だ!」
 魔空回廊の破壊は出来た方が良いに決まっているが、これは皆でやり遂げる仕事だ。
 ミッション破壊作戦に日々のミッション攻略、関わった者は皆、それぞれに貢献している。
 時間が掛かることもあれば少ない回数で早く成し遂げられる時もある。
 無言で駆け続けた一行が、渡良瀬川に架かる橋を渡りきり、ミッション攻略に来ていたケルベロスたちと合流したのは、それから間も無くであった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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