丸坊主は嫌だ

作者:蘇我真

「本当に、しなきゃいけないんスか」
 むさくるしい野球部の部室。その1年生の前には、電動バリカンが置かれていた。
「たりめーだろ。負けちまったのは俺らの気合が足りねえからだ。なら頭丸めて気合入れ直すんだよ」
 先輩はそう言いながら、バリカンを握る。その先輩は、丸坊主だった。
「その髪型のほうが恥ずかし――」
「あぁん?」
「な、なんでもないっス……」
「っし、いくぞ」
 バリカンのスイッチが入る。部室に、刈られる音が響いた。

「……はぁ」
 先輩も去り、部室にひとり残された1年生。後頭部へと手を伸ばすと、ジョリジョリという音がする。すっかり丸坊主にされていた。
「坊主になんかしたくなかったなぁ……」
「だったら、そう言えば良いじゃねェか」
 いつの間にか、部室に別の人物がいた。スケバン姿の不良少女だ。その肩に大きな鍵を担いでいる。
「だ、誰だよ、なんで部室に――」
「んなことどうでもいいだろ? てめえの本当の心はどこにあるんだよ。丸坊主が嫌なら嫌って言えばいいんだよ」
「でも、先輩が丸刈りだって……」
「そんな我慢するなんておかしいだろ、てめえのやりたいようにやりやがれ、一回きりの人生だろうが」
 スケバンの言葉は、1年生の心を打つ。
「そ、そうだよな……俺は、俺は……丸坊主になんか、なりたくない……!」
 結局のところ流されているのだが、そのことに1年生は気づいていない。スケバンはその答えを聞き、満足そうに笑った。
「よし、じゃあその強い思い、貰っていくぜ」
 大きな鍵を構え直し、1年生の心臓を貫く。瞬間、1年生は倒れて、彼の立っていた場所に1体のドリームイーターが出現する。
 背丈は1年生に似ている。だが、一番の違いは髪型だった。モザイクまみれなのではっきりとは確認できないが、足首までは伸びている、ストレートの黒髪だ。
「さァ、教えてやんな。あいつらにてめえの気持ちをよ」
 スケバンに促されるように、ドリームイーターは部室のドアを開ける。
 目指す先は野球のグラウンド、練習している野球部員たちの元だった。


「高校生の夢の力を狙う、ドリームイーターが出現した」
 説明する星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)の横、ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)は瞬の髪の毛を弄っていた。
「瞬さん、白髪発見なのです!」
「まあ、苦労させられているからな。説明を聞かない誰かのおかげで」
「なんと、それはお疲れ様なのですよ」
 瞬の皮肉はホンフェイには通用しなかった。
「……今回の被害者は中沢中(なかざわ・あたる)。高校1年生で野球部に所属、夏の県予選で敗退したことを機に丸坊主にさせられた」
「敗退? 出場じゃないのですか?」
「ああ。早々に2回戦敗退だ。そのふがいない成績に生徒達が自発的に全員丸刈りにしたのだが……」
「実際は、丸刈りにしたくない部員もいたけど周りに合わせて渋々丸刈りになったのですね」
「ああ。被害者もそんなところを、ドリームイーターに付け込まれたんだ。大鍵でドリームイーターを生み出されてしまった」
 このドリームイーターは『空気を読むことへの疑問』を弱めるような説得ができれば、弱体化させる事が可能となる。
「丸坊主にすることへの妥当性を示すか、空気を読む、場の雰囲気に合わせることの大切さを説くことができれば弱体化させることができるだろう」
「うーん、妥当性……丸坊主だと夏暑くても蒸れなくて気持ちいいから、とかですか?」
「そのあたりの説得は各自の判断に任せる。説得しすぎても、相手の意見に流されるだけの主体性のない人間が出来上がるだけだからな……」
 空気を読むことに疑問を持つことは悪いことではない。時と場合と考える必要があるだけなのだ。
「相手はこの吉沢青年から生まれた長髪ドリームイーター1体。持っている大鍵がバットになっているのも特徴の一つだな。彼の好きな野球を活かした攻撃をしてくるようだ」
 瞬は戦う場所は学校内、野球部グラウンド付近になるだろうと説明する。遮蔽物もない開けた場所だ。
「すまないが、俺の白髪を減らすためにも……よろしく頼む」
 そう言って下げられた瞬の頭には幾筋か白いモノが混じっているのだった。


参加者
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)
葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)
栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)
陽月・空(陽はまた昇る・e45009)
カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)

■リプレイ

●会話のデッドボール
「俺さあ、中の気持ちわからなくもねエんだよな」
 事件が起きる高校。野球部のグラウンドへと向かう途中、カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)はいきなりぶっちゃけた。
「あ、いやもちろんドリームイーターになって襲うのは違うと思う。でもよ……連帯責任で丸坊主にしたって、意味があるのかわからねエ」
 唇を尖らせるカーラを、陽月・空(陽はまた昇る・e45009)は肯定した。
「いいと思うよ。そういう意見があっても。自主的といっても逆らえない雰囲気ってあるよね。大変」
 空も今回の被害者であり、加害者でもある吉沢中へは同情的な意見を持っているようだ。
「そんなことしてる暇あるなら、その分練習したほうが勝率も上がると思うのですが」
 葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)の言葉に、ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)も同意した。
「アレですよ、KYなのですよ、ケーワイ!」
 一昔前の流行語を口にする。
「勝負に勝つためのジンクス、ゲン担ぎなら良いと思うんだけどね。他人に強制しなきゃの話だけど」
「まあ、坊主にするのには疑問ありますが、それこそKYにならないように空気読んで説得しますよ」
 大人な対応を見せる風流に対して、カーラは自らの気持ちを上手く説明できないようで、歯がゆそうに自らの頭を掻きむしった。
「うーん……やっぱなんかモヤモヤする!」
「まあ、無理に説得することもないよ。やりすぎても弱体化しすぎちゃうからね、人として」
 そう言う空も説得はしないつもりだった。今回の事件の場合、あまり説得が功を奏しすぎても被害者は流されるタイプの人間になってしまうことが危惧されている。説得役とそうでない役に分かれてバランスを取る必要がある。
「そうですね。相反することではありますが、他人の意見を聞きつつも自分の意見を貫き通す、そのような強く柔軟な……柳のような意思を抱いて欲しいです」
 皇・晴(猩々緋の華・e36083)がそうまとめたところで、野球部に到着する。
 そこでは、今まさに中から生じたドリームイーターが先輩部員へと襲い掛かろうとしているところだった。
「丸坊主なんて、クソっくらえだあッ!」
 先輩部員目がけて振り上げられた、心を抉るバット。それを割り込んだ晴が素手で受け止める。身体に衝撃と痛みが走る。
「なっ……んだよ、オマエ!!」
 痛みを押し殺し、涼しい顔で晴はドリームイーターへと説いた。
「バットは人を殴るためにあるのではありません。正しい使い方を、一番良く知っているのはあなたのはずです」
「っ……!」
 ドリームイーターが力を入れる。しかしバットはピクリとも動かない。晴は、彼へ説いた。
「髪を切ったという自身の選択を否定するよりも、肯定する方がかっこいいと思います。誰かの意思ではない、自分でやった事だと胸を張るべきだ」
 気圧されたドリームイーター。その間に他の面々も到着し、部員を避難させつつ取り囲む。
「ほらほら、今のウチに避難して!」
 先輩部員を避難させる穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)。
「あと、無事に終わったらその頭ジョリジョリさせてね!」
 ついでに、妙な約束を取り付けていた。
「華乃子、あまり一般人を怯えさせるなよ」
 ストッパーとして釘を刺す月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)。頭上で日陰を作ろうと舞っていたナノナノに、攻撃と回復の指示を出す。
「なっ? 意外と坊主頭って女子受けいいんだぜ?」
 坊主頭はむしろイケてる路線で説得する栗山・理弥(見た目は子供中身はお年頃・e35298)。坊主頭に萌えている華乃子がいる分、説得力が上がった。
「で、でもガキに言われたくは……」
「俺はこう見えて高3! 中沢くんより先輩な!!」
 背伸びし、学生証をドリームイーターの眼前に突きつける理弥。
 更に体育会系特有の『先輩は上位存在である』理論も組み合わせていく。
「人を見た目で判断してはいけないのですよ」
 その後ろで、鬼の首を取ったかのようにドヤ顔しているホンフェイ(ついに成人済)。
「ま、年取ってりゃ偉いってわけないけどよ。君より長く生きてるやつの経験談だ、聞いとくと人生得かもしんないぜ?」
「そ、そういう考え方もあるのか……」
 理弥の説得はかなり効果があるようだった。
「それに、今回は丸坊主になって良かったと思いますよ」
 好機と見て、風流が畳みかける。
「丸坊主を拒否していたら、悪目立ちしていましたからね。翌日、整列した時に他の全員が頭を丸めている中に一人だけ丸めていない自分を思い浮かべてみてください」
 人は、異質なモノを排除したがる。
「周囲から奇異の目で見られる状況にあなたは耐えられますか?」
「それは……」
 想像したのだろう、ドリームイーターの顔が曇る。モザイクまみれの長髪も、心なしかしんなりしたような気がした。
 トドメ、とばかりにノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)がぼそりと呟いた。
「KYも過ぎると友達なくす。辛いぞな」
 毒は量はいらない。適量を、適宜なタイミングで投与するだけで済む。
「くそおっ……くそおおぉっ!!」
 反論もできず、逆上するしかなくなったドリームイーター。その力は一見強まったように見えて、その実は行動が読みやすく対処しやすくなっているのだった。

●教訓
「そんなんじゃあ来年は初戦敗退ぞなっ!」
 ノーザンライトの殺人スライディング。すれ違いざまに放たれた獣撃拳がプレッシャーとなりドリームイーターの動きを鈍らせる。
「何を……このっ!!」
 ドリームイーターも長髪を覆うモザイクを飛ばして反撃する。ノーザンライトを狙って炸裂するモザイク。命中、グラウンドに土埃が舞う。
「髪の毛にコンプレックスがあるみたいだけど、そんな無茶な使い方してたら余計に髪を傷めちゃうわよ? お姉さんからの忠告」
 もうもうと立ち込める埃の向こう、ノーザンライトをかばった華乃子が一揃えのバトルガントレットを十字に組み、攻撃を正面から受け止めていた。
 更にモザイクを飛ばそうと長髪がうねる。
「あとね、長い物には巻かれろっていうけど、髪の毛で物理的に拘束するとか、そういう意味でもないの」
「空気は読めずとも、そのことわざは知っていたみたいですね」
 後衛、狙撃手のポジションについた風流は狙いをつける。ドリームイーターのステップから次の行動を予測し、偏差斬撃を放つ。
「あなたの動きは見切っています」
 傍から見れば、まるでドリームイーターが自ら振るわれた刃へ吸い込まれたかにも思える一撃。
「このっ……ならっ!!」
 倒れ込みながらもドリームイーターは生み出した硬球を投げつける。
「うおっ!?」
 頭部危険球、デッドボールがカーラを直撃した。てんてんと、付近を転がっていく硬球。
 こめかみ付近、側頭部をぶつけられてカーラの頬に一筋の血が垂れていく。
「痛ぅ……ボールだって、こんな風に使うもんじゃねエだろ……!」
 傷は浅い。ドリームイーターが弱体化していることも原因のひとつだが、もうひとつの理由は宝によるサークリットチェインだ。
 鎖が盾のように空中で絡み合い、デッドボールの衝撃を抑えていた。
「白いの!」
 すかさずナノナノがカーラの傷を癒しに入る。
「よくもやってくれたな……お返しだ!」
 すかさずカーラは愛用のガジェット、鋼鞭を射出。
「野球部員相手にあえてサッカー技で行くぜ! いっっけー!!」
 同時に、理弥も助走をつけて転がった硬球を蹴り抜いた。
「なっ……!」
 息の合ったコンビネーションに、ドリームイーターはどう対応すればいいか迷い、一瞬の隙が生まれる。
「そこだっ!」
 そしてつける隙が一瞬もあれば、彼らは充分だった。
「っ!!」
 鋼鞭がドリームイーターの足首に絡み付き、足を掬う。バランスを失い、よろめいたところに理弥の放ったシュートが直撃した。
「ぐ、うっ……!」
 土手っぱらに突き刺さる硬球。
 ドリームイーターは身体をくの字に折り、両膝から地面へと倒れる。
「接近戦はまだまだだけど……このチャンスを逃す訳にはいかないよね」
 畳みかけるように仕掛けたのは空だ。ナイフを携え、突っ伏したドリームイーターの背をジグザグに斬りつける。
 伸ばしたかったはずの長髪が、切断されて宙を舞う。同時に、長髪に宿っていたモザイクも霧散していく。
 そこに、紺青色の花弁が舞う。晴の振るう得物がドリームイーターを斬りつける度に、その攻撃の残滓が鮮やかな花となって舞い散っていく。
「ほら、中沢ー野球しようぜー」
 ノーザンライトはどこからか取り出したボールを投げる。
 山なりの、キャッチボールのようなゆるい送球。
 満身創痍の中、投げられたボールをキャッチしようとしたのは偶然か、はたまたドリームイーターの元となった中沢の本能だったのか。
 どちらなのかはともかく、ノーザンライトは爆破スイッチのボタンを押した。
「最後は空気を読めたみたいだが、人を疑うことも覚えておかねばならん」
 キャッチと同時に爆破が巻き起こり、ドリームイーターは消滅したのだった。

●期待
「一人で坊主は嫌だの恥ずかしいの言ってるだけだとタダの文句になりかねないからさ、言うなら他の不満持ってる部員も巻き込んでちゃんと話し合った方がいいと思うぜ?」
 戦闘後、部室で倒れていた中沢を助けたケルベロス一行。事情を説明した後に理弥はそうアドバイスした。
 鼻の下を人差し指でこすり、照れくさそうに笑う理弥。カーラもうんうんと頷いていた。
「そうだぜ。やっぱ丸坊主は嫌だったやつ、他にもいると思うんだよな」
 カーラの言葉にギクリと硬直する部員もいたりする。
 それを淡々と眺めつつ、空は荒れたグラウンドにトンボをかけていた。
「ケルベロスさんにそんなことやらせたら……俺、やりますよ」
 慌ててトンボかけを変わろうとする部員に、空はボソリと告げる。
「後片付けは僕がやるよ。それより、被害者さんのアフターフォローをしてあげて」
 性格上そんなに口出しをしないほうだし、自分より適した相手がいる。適材適所だと考える空。
「それと……」
 でも、一言くらいは口を出そうと思ったようだった。
「丸坊主とかしなくても、何時でも気合が入るように練習しなよ。そうしないと次も負けるよ」
 空の言葉は部員に重く突き刺さったようだった。
「は、はいッ! ありがとうございますッ!!」
 ビシッと指先まで伸ばして気を付けをし、深く頭を垂れる。
「……ふふっ」
 そのジョリジョリの頭に、ペットボトルが触れた。
「ひゃっ!?」
 思わず声と頭を上げる部員。そこには冷えたスポーツドリンクを手にした華乃子がいた。
「そんな頑張ってる君達に、差し入れよ。宝君、ホンフェイちゃん」
「ああ」
「こっちの冷えてないのは部室の方に置いとくのですよ」
 宝とホンフェイが、ケース購入されたスポーツドリンクを抱えて運んでいた。
「さ、差し入れまで、こんな……」
 困惑する部員へ、華乃子はにっこりと微笑みかける。
「これも何かの縁よ。応援してるから来年こそ甲子園、頑張ってね?」
「来年はテレビ中継されるくらいの活躍を頼むぞ」
 宝からも声が飛ぶ。
「う、ウスッ!! ありがとうございますッ!!」
 直立不動の部員。そこへ華乃子の腕が伸びる。
「それにあの約束、覚えてるわよね?」
「え?」
 華乃子は、ジョリジョリの坊主頭を満足いくまで堪能するのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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