海煌

作者:皆川皐月

 ざあぁぁ―――、白波が寄せては引く。
 みゃう、と天高く鳴くウミネコの白翼は青空に美しい。
 しかし。
 岩の隙間で錆びたトースター。海水含んだ洗濯乾燥機に藤壺塗れの炊飯器。
 家電にとって一種の地獄絵図。
 ここは海辺の片隅、山の如く乱立する岩の裏。
 本来あり得ない形で投棄された不法投棄の中を、カチカチ小さな音が移動する。
 真紅の宝石抱いた蜘蛛。
 赤く点灯する六つ目の頭を右へ左へ。と、突如弾かれたように走り出す。
 向かう先は旧きブラウン管テレビ。
『―――チッ』
 拉げた隙間へ蜘蛛が身捻じ込んだ直後、ブゥンと低い音をたて液晶に光り。
『ザーッ、ザ、本日――ザ、お天気 はザザッ、』
『あーーーー、ッ、ザ、夏は  やっぱ、リ』
『行楽   しーズン、トウライーー 、で』
 目まぐるしく変わる映像。
 途切れ途切れの音声。
 ずるりと、引き摺る朽ちた同胞。
『ホン、日は! 快ィせいでっーーーす!!』

 目指すは、楽しげな声の聞こえる方。

●うみだぜ!
 ざざーん。
 部屋を満たす海っぽい音。机に並ぶ貝殻。妙に目を輝かせた漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)。
「海で、事件です!」
「海か……いいな!」
 似たような瞳でそわそわしたネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)も同じようなテンション。
「……夏ですね」
 少女達に気圧されているおじさんことドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)の顔がちょっと疲れている気がしたのは、気のせいではないだろう。
 しかし楽しそうに海の家特集雑誌やスパ特集が開かれたまま。
 きゃいきゃいしちゃってる少女にはおじさんの疲れた顔なんて数に入っていないのだ。
 と。
「事件は、この海岸北西部の岩場に不法投棄されたテレビがダモクレス化してしまいました。迅速な撃破をお願い致します」
 皆が席に着いたのを確認するや、流れる様に資料を手に取ると同時に二人はヘリオライダーとケルベロスの顔をしているのだから、女の子って凄いとドルデンザが密かに学んだ瞬間だった。
 説明は淡々と簡潔に。資料を通して潤の言葉は続く。
 資料が捲られ二ページ目。
 ごくごく普通のブラウン管テレビの写真――に、描き足された下手なマッチョ。
 ざわつく室内。資料を二度見するネロ。深く頷く潤。
 何となく空気を変えようとしたドルデンザの咳払いから一拍置いて、ネロが問う。
「これは、もしかして……」
「はい。そうです」
 ダモクレスです。
 どういう化学変化が起きたらこうなるのか小一時間問い詰めるべき、と言ったのは誰か。
 起こってしまったことは起こってしまった事。
 向かった先に待つのはマッチョ。
「ダモクレスが扱うのは、マッスル固め、胸筋抱擁……」
 もう全然テレビ関係ないじゃないか、と誰もが思った時だった。
「あっ、大丈夫です!ちゃんとテレビらしく……画面によるフラッシュもします!」
 わぁ!と室内が湧いたのはお察しである。
「あ、そうです!海辺で遊ぶのも良いですが、近くのホテルでスパも……」
「もしかしてこのオーシャンビューのかい?」
 頷く潤が出したスパチケット。
 ネロが開いた旅行系雑誌の見開きで特集されたスパは最新鋭の新店舗。
「倒し終わったらゆったりと羽を伸ばしてくださいね」
 気を付けてと送り出す背。深紫の尻尾がゆるりと揺れていた。


参加者
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
幸・公明(廃鐵・e20260)
楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)
クラリス・レミントン(黎明の銃声・e35454)
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)
エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)

■リプレイ

●夏だからってそんな
 燦々と太陽。
 みゃう――と鳴く、遠いウミネコの声。
「えへへ、お日様も元気に超快晴だね♪」
 真白のワンピースを翻すイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)が微笑み振り返れば青い春の如き夏。
 しかし。
『ホン、日は! 快ィせいでっーーーす!!』
 その背後、離れた岩場から向かってくる奴さえいなければ。
 陽光を激しく照り返す鋼鉄製筋肉が視界の端に入っただけで、イズナの齎した夏の爽やかさが心情的に殴り飛ばされる。
「最近のダモクレスはまっちょにもなれるのか……」
 ふっ、と笑うネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)の目は遠い。
 そんなネロの姿にあわあわしたエトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)が、迫りくるマッスルティービーの方を見る。
 ネロを見る。
 マッスルティービーを見て……――きゅっ指を握り。
「き、機械はすきなんだけど、ど……どうして、あぁなっちゃったのかな」
 フォローは無理だった。
 同じく奴を見ては髪を混ぜるクラリス・レミントン(黎明の銃声・e35454)の目もネロに負けず劣らずやや死んでいる。
「本当にどうして……ううー、毅然とした態度で臨まないとっ」
 気温より遥かに視界が暑苦しい。
 しかしマッスルティービーを越えた向こうには海とスパが!と葛藤するクラリスの姿につい笑みを零した草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)も、艶やかな黒髪をかき上げる。
「まぁ、デウスエクスの考えは理解できないってことかな?」
「まったく、ダモクレスは分かっていません。機械はコンパクトなのがベストなんです!」
 容赦無い陽光と反射光を白麻の鍔広帽で防ぎながら、楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)が拳を握れば、隣でぴょこぴょこするテレビウムもきりりとした顔に。
 何物も小型化が進む昨今、厚いデカい幅広いなど三重苦を通り越し化石並み。
 というか暑苦しいです!と続けたここのかの言葉に誰もが力強く頷いた。
 本当にあの音声を捏ね回した音も暑苦しいことは勿論、テカテカと厚みのある金属板が人の筋肉と同じように組まれている所為で暑苦しさ千倍。
 苦情に次ぐ苦情どころか大ブーイングもいいところ。
 そんな中、顎を撫でては首を捻り唸る男が一人。
 マッスルティービーの首から下部分を、珍しくアロハシャツ姿の幸・公明(廃鐵・e20260)が手でそっと隠す。
「首から下だけならビーチの主役としてもてもてだった、か……?」
 乙女たちが聴いていれば、そんなまさかと否定したことだろう。
 しかし隣に立っていたのは。
「あんたも海は初めてかい、ガラリエグス殿?」
「ええ。写真や映像で見たことはありますが、実際目にしたの初めてです」
 泳ぐのも良いが釣りも良いぞ! 釣りですか!と、のんきなおっさん二人こと柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)とドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)。
 ツッコミには秀でない。
 鬼太郎の相棒 ウイングキャットの虎が砂に足跡を付けてにゃあと喜べば、男達は「可愛い跡ですね」と微笑むばかり。
 その男達の姿を、冷たい心の目で見ている小さな影。
 戦いへの意気込み熱い少女達の横、公明の相棒なはずのミミック ハコがつーんとしていたことは誰も知らない。

 なんやかんやとうとうケルベロス達の前に滑り込んだマッスルティービーが叫ぶ。
『元ッ、元気 デェっすかーーー!!』
「……やっぱり、あつくるしい! こっちこないで!」
 クラリスの思いは夏の天高く。

●のー、さーびす
 ぐわりと広げられた腕、照り輝く上腕二頭筋。
 ウッ眩し。
『砂浜にはっ、沢サンのパッパ ラ、ソル  が!』
「壊れたテレビは叩いて直せと言うだろう?」
「へえ、初めて聞いたかも」
 “叩けば直る”の妙に不穏な気配にここのかのテレビウムがぷるぷる。
 一方、口角を上げて呟いたネロへ爽やかに笑ったひかりが、ネロと同時に砂を蹴り。
「知らなかったか?まぁ……ネロは言うんだ」
「なるほど。じゃあとりあえずやっつけるものやっつけてってことね!」
 次の瞬間。
 マッスルティービー頭頂部へひかりの踵落とし。側頭部へネロの一蹴が決まる。
 ぐらり傾く巨体。
 その隙をここのかは逃さない。
「皆さんのことをお願いします、私は削ぎ落しちゃいますよっ!」
 頷いたテレビウムを横目に爪先に生んだのは水の星。
 艶やかな逸れを蹴り出す足はしなやかに、見目と裏腹な威力でマッスルティービーの脇腹が弾け飛ぶ。
『んんンん、うまーーーい!』
 バチリと切り替わるマッスルティービーの画面は古いドリンクのCM。
 だが画面が2揺れの後に燃えるスポーティーな映像が。
『モえて来た!!』
「ありゃ本当にダモクレスなんだよな?」
「えぇ、たぶん」
「そうですね、あれは間違いなくダモクレスですね」
 太い指先を鳴らし後衛へオウガ粒子を降らせた鬼太郎が顎髭を撫でた。
 あまりに見事な体型ゆえに不思議に思うのも無理はない。
 が、ドルデンザが感じる動きの違和感と、公明が気付いた端々に錆びの見える体がダモクレスであることを物語っている。
「ま、倒さねぇと海は楽しめないからな!虎、前は頼んだぞ」
「み゛……?ぶみゃ?」
 えっほんとに?とちらちら主を窺う虎。
 武士だって猫だってオスとして戸惑いは分からなくはない。だが主従。主の言葉に、虎は涙を呑んで従った。
「み゛あ……!」
 ふわり舞う白羽の中、微かに涙が混ざっていたかもしれない。
 目の前で舞う健気なウイングキャットの姿にクラリスは拳を握り、イズナが深く頷く。
 あんなに小さな猫も頑張っているのだ、毅然と負けるわけにはいかないと……!
「楽しく……あとで楽しく、うみうみしようね!」
「うんっ!ちゃんと倒してうみうみしようね!」
「みぅ……!」
 高速の抜き撃ちに混じる小さな猫の同意。
 そして、鈴を転がすイズナの声。
「――緋の花開く。光りの蝶」
 白く細いイズナの手から飛び立った蝶は華やかに。
 弾ける輝きは夏の花火より鮮やかで、ひらふわり軽やかな姿からは想像が付かぬほどの熱持った光がマッスルティービーの鋼を溶かしゆく。
 でも世の中って無情だった。
『なんト!ハグと い、いうっ ストレス解ショうが検証されてぇ!』
「ぶにゃ!」
「虎?!」
 手近なネロへ向け、覆い被さるように長い手を伸ばすマッスルティービー。
 猫だけど、眠そうな目だけど、ぽっちゃりだけど、虎はオスで武士だった。
 女の子であるネロを守る為に身を挺したのはほぼ反射。
 しかし、体当たりで突き飛ばし離脱しようとした虎の身を、左右からの鉄板筋肉がっちりホールド。
 伸ばした鬼太郎の手は届かず。ぷにぷにもがく虎。
「虎ぁーーーっ!!」
「み゛ぁぁぁぁああ!!!」
 やにゃぁぁぁ!!!という渾身の咆哮は、三度頬擦りをキメたマッスルティービーの腕の中で消えた。
 どさりと落ちた虎が、わずかに痙攣した後かくりと沈む。
『か、かワいーい ねコちゃ!』
「お前っ虎に何てことを!」
 当然ながら悪びれないダモクレス。ギリリと歯を食いしばる鬼太郎。
 一瞬に凄惨なる有様に、誰もが息を呑んだ時。
「大丈夫、傷は浅いですから……」
「ま、負けないでね!お花のシャワーで、流しちゃおっ」
 こそりと耳打つ男と、憂う瞳で軽やかにステップ刻む少女が一人。
 エトワールの細い足が軽やかに砂を蹴って、さくさくと鳴らしたステップから舞うのはスターフラワー。
 白く小さく降る星屑の花は、僅かばかりでも虎の傷を物理的にも心理的にも癒す。
 同時、公明の指が空中を滑れば浮かんだライムグリーンのタップ画面。
 ピコン!と光った注射器のマークをタップすれば、ピィ――と虎へ真っ直ぐ伸びた線が、魘される虎の表情安らかに。更に熱で焼け爛れた傷跡も綺麗にして。
「ね、大丈夫です。ハコさんもお願い……あれ?」
 公明が足元を見た時既に、ハコさんは虎の前で数度頷いていた。
 小さい者同士、何かシンパシーを感じるのか仇討か、ぴょんと砂を飛ん……否、エクストプラズムで高さ増ししたハコさんが織り成したのは大きな手。
 シッ―――!
 あの風切り音は本気だなと分かったのは公明だけ。
 古式ゆかしい斜め45度のチョップが、マッスルティービーの頭部を殴りつけた。

 ぐるりとマッスルティービーの頭部が一回転してからの戦いは、視覚的に割と苛烈であった。はず。
『アナタ、が、好きだっカラァアッァ!!』
「テレビウムー!」
 物理的に熱く逞しすぎる抱擁により、ここのかのテレビウムの目が遠く。
『一番にん、き!長  毛種、でぇす!』
「みぁぁぁあああ!!」
「虎さーんっ!」
「虎ぁーっ!」
 二度目の物理的にも心理的にも熱すぎる抱擁により、虎は心が重傷。
 公明が腕に絡めたハイビスカスが着けた黄金の実は輝きを惜しまず、小さな足で飛び跳ねるハコさんは深く食いつく。
 また、鬼太郎が飛ばす癒しの拳も鋭く、精一杯羽を舞わせる虎も頑張った。
 だが塵積、もとい心の傷は根深いもので。
「ドルデンザ、癒しの……いや、スカイクリーパーを一曲頼めるかな?」
「お任せください」
 前後入り乱れる戦場。
 最前線を張るネロの指示に頷いたドルデンザが伸ばす低音の支えは僅か。
「っ、やっぱりこうやってタイマンしかないってことね」
『今宵のマッチッ、は、 王者とぉ』
「ええ、アンタのご期待に沿えるかしら!」
 短い呼気。
 鋭く繰り出されたひかりの拳をマッスルティービーは受ける。
 空いた左、は人体ならば死角たりえる右腕の影から。しかし、これも。
『おおぉっと、おぉーーーここ、 デぇ!』
 捻られるか。
 思った、その時。
「ええ、ここが使い時ね」
 スターゲイザー……否、ただの膝蹴り。
 手首部分を下から蹴られれば如何にダモクレスと言えど人型をなぞったからこそ、拘束が緩む。
 この時、ダモクレスは追い縋ってでも止めるべきだった。
「天から降りた女神の“断罪の斧”に、断ち切れないもの、打ち砕けないものなんて――」
 ニッと笑ったひかりの瞳は燃えている。
 常ならばマット上でのみ魅せる剛腕には、本日特別なオウガ粒子の煌めきが三重。
 一点集中。狙うは緩そうな体とテレビの接続部――首。
「存在しないよっ!!」
 撓る筋肉はただ美しく。
 魅せる一振りがマッスルティービーを砂へ叩き付ける、直前。
「お星さまとの鬼ごっこ。キミは逃げ切れるかな?」
「第三曲 毒の黒湖へ、ようこそ」
 エトワールが翡翠の杖で描いた星は空に。
 深々としたここのかの黒影は地に。
 弾けて追ってエトワールが奏でる星のステップ。
 星の降る場所を知るように舞うここのかの黒鳥は全てが洗練され。
 つぅ―――、とここのかの指先が影を引く。爪先を染める、黒。
「黒鳥の涙を、一滴」
「いつまで続くかは、ナイショだよ」
 弾けた一滴は鋼を腐食するほどの強毒。
 降り止まぬ星々のアソビ。
 夏の熱風の中、いたずらに微笑む少女達は妖精のよう。
『アァ、あ  あ、ァ――晴天ノ』
「あぁ、とても晴れている。スクラップには良すぎる日和、――なんてね」
 全て全ては魔女の為。
 マッスルティービーの足下、滴ったオイルがネロの意のままに描いた魔法陣。
 輝く。
「永久の朝を、」
 南中で笑う太陽の下。
 あり得ぬ角度に捩られた金属が、砂に沈む。

●ウミスパ!
 かいさーん!と明るく足を向けた先は好き好き。
 海の家で借りたパラソルの下、公明の指が端末を滑る。
 スマートフォンで撮った不法投棄の写真を確認しながら、アイズフォンで役所に連絡を取る姿は日々染み付いたもの。
「あっ、はい。はい。お願い致します」
 電話をしながら頷いては慣れた雰囲気でぺこぺこと。
 隣、エクストプラズムシャベルで砂山を作るハコは知らんぷり。
「こちら古いスクラップテレビが1台。冷蔵庫、トースターと……うぶっ」
 勢いよく掛けられた砂は右、ハコさんの方から。
「は、ハコさん……!」
 つーん。しーらない。
 溜息一つ。すみませんと電話越しに謝罪を入れて暫し、不法投棄の撤去も料金も役所の「ありがとうございます、こちらで引き受けます!」の一点張りで話が纏まった。
 顔を上げれば青い海。
 染められてしまいそうな色の洪水に、ぐうっと体を伸ばして。
「はぁ……夏ですねぇ」
 公明の視線の先、虎を背に乗せ器用に泳ぐ鬼太郎と初めてな浮くのも必死なドルデンザ。
「ドルデンザ殿は泳ぎも初めて……みたいだな?」
 返事は頷くので精一杯。
「み゛」
「水中とは、なんだか変ですね……!」
「ハッハッハ!初めてってのはそんなもんさ!」
 鬼太郎の背で座る虎に突かれればドルデンザは慌てるだけ。
 戦中と全く違う姿に鬼太郎は豪快に笑ってしまうも、泳ぎ知る先達として「こうすると良い」と背の虎を飛ばし立ち泳ぎを教えてやる。
「なぁ、ドルデンザ殿」
「はい」
 泳ぎ慣れた頃、鬼太郎が視線を向けた先には水平線。
 太い眉を下がりふと表情が緩んだ。
「俺には未だ戦いしかねえが、あんたは地球で何か見つけたかい?」
 何気ない問いには朗らかな笑顔を。
 他愛ない話はただゆったり。
 るん、るん、るん♪と砂浜歩く足取りも鼻歌も明るく。
 黄金林檎の浮輪をくるり。サイドアップで揺れるイズナの髪はふわふわ尻尾のよう。
 きょろりと見回せば、後ろへ伸びる目当ての角。
「クラリスさん、そちらは……」
「うん、これがウミウシ」
 ほう、と興味深げに頷くドルデンザとクラリスは二人、砂山を作る。
 双方先程まで海ではしゃいでいたものの、想定よりも疲れたところで目が合ったのだ。
 山を作ることに大した理由は無く、城を作る予定も――。
「ね、それお城にしない?」
 無かったのは、覗き込むイズナが訪れるまで。
「後でネイルしてもらいに行こうかなって」
「わぁ、わたしも行きたいっ」
 どんなデザインが良いかな?夏らしいのが良いかも!と微笑む姿は年相応。
 会話になんとなく混ざりつつ、頷いたり傾げたりと男の首は忙しい。
 あれこれと出ては咲く少女の悩みは尽きなかったものの、二人の視線が密かに砂城を作る男に集う。
「ドルデンザはどう?」
「そうだよね、どう思う?」
「えっあ、えっと……お、お城には窓かと!」
 夏の日差しより眩い二対の瞳にあわあわ。
 出た答えは的外れだがゴツい指が残像を残す速度で城を突けば、突如生まれた綺麗な窓。
「わぁ……!もう一回!もう一回やって!」
「えっわたしもできる?」
 わいわいきゃあきゃあ。
 完成したのは、妙に窓の多いお城でした。

 頭皮を解す手腕に首をもたげる眠気。
 スパを訪れた瞬間に囲まれ沢山のサインや写真、握手等を求められたひかりが欠伸を零す。
「こちらの香りはいかがでしょうか。当店オリジナルのリラックス配合です」
「良い香り……温泉も良かったけど、これも中々……」
 徐々に下がる瞼は番犬や自身が創設したプロレス団体の仕事で溜まった疲労ゆえか。
 潮風で傷んだ髪も全て艶やかな香油が心ごと癒して。
 常は撓る筋肉も張りつめた豊満な肢体も、柔らかな白に包んだ今一時ゆるりと伸ばす。
 薄いレースのカーテンを幾重も越えて。
 白い肌の上、温められた香油を馴染ませる手に確かな経験。
(「ネロを見慣れた男相手でも、思わず視線を釘付けにしてしまえるような……そんな美女に、仕上げて頂けて?」)。
 唇の前に人差し指を立て悪戯に笑った乙女に返す、本職の心意気。
 ヘッドスパを終えマッサージも兼ねた全身エステはフェイシャルから爪先まで。
 香り立つ彼女が求めるのは、誰か。

 潮風がここのかの髪を攫う。
「やあ、ここのか。お待たせしてしまったね」
「ぜ、全然!待ってなんかない、です……よ?」
 翡翠の瞳には、自身を見て緩く下がる橙の瞳は刺激が強い。
 遠くを見る姿は海の妖精もかくやという透明さであったが、ルークの前に来ればここのかはただ一人の少女になる。
「……似合っている。とても、綺麗だ」
 真白い頬を果実のように染められるのは自分だけど知りながら、ルークは鳴りかけた喉を言葉と共に下す。
 震える唇で“ありがとうございます”と紡ぐここのかは甘い。
 彼女の翡翠が、今の己を見たらどうするか。閉じ込めたい欲望に蓋をして、大切にしたい彼女の手をつい強く引いてしまう。
 空高く。
 二人包む海風も日差しも、この場所だけは二人のもの。
 砂を掻く少年と少女は賑やか。
「あー、こんなんだっけ?」
「こうじゃない?」
 ざばっ、ずさー。
「あー……って待て、それじゃっ」
「ん?」
 盛られ、崩れるー。
 既に三度経験した音の流れに、紘の目が据わる。
「エト、なんか崩れない魔法とかないの」
「え、紘くんボク……あっ!そうだ、そんな紘くんにとっておきを教えてあげる!」
 んふふ、と笑って走り出したエトワールが持ってきたのは――海水。
 水魔法が発動してからの作業は、紘の思いに反しひどく順調。
 エトワールのおねだりに折れた紘が掘ったトンネルも開通すれば、ほら。
「完成っ!えへへ、ボク達の頑張った証だね!」
「ん、そうだな……」
 向かいの満足気な笑顔が見られれば紘にとっては十分。
 ただ……後に猛暑に上着を脱いだことを後悔するのはまた別の話。

 雲高く、抜ける青鮮やか。
 夏海の思い出は思い思いに伸びやかに。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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