誘われし者たち

作者:黄昏やちよ


 真夜中、不気味なほど静まり返った廃墟となった教会。
 ふらふらと吸い込まれるように、ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)はその場所へと誘われた。
「ここは……? みどもはどうしてここに?」
 はっとジークリンデが正気に戻った時には、人気のない教会にいた。
 その時。何処からか投げられた何か。すんでのところでそれをかわすが、頬につうっと血が一筋流れだす。じんわりと傷口が熱を帯びる。
 一瞬見えた鋭い刃が、ジークリンデの頬を傷つけたのだ。
「……ッ!」
 ジークリンデは、ナイフが投げられた方角を見つめる。暗がりでよく見えなかったが、『何か』がそこに立っている。そいつは、ぶつぶつと何かを呟いている。
「……聖女様……聖女様に……捧げる……」
 再び投げられるナイフ。ジークリンデは教会の椅子の後ろに隠れ、それを何とかやり過ごす。
(「あれは、死神……!」)
 ほんの数秒間ではあったが、月の光に照らされた姿。フードに隠れた顔までは見ることは叶わなかったが、男の姿をしているようにも見えた。
 ドクドクと心臓が脈打つのを全身で感じる。それは恐怖からか、高揚からなのか。
 コツン、コツンと足音が近づいてくる。息を潜めていても、見つかるのは時間の問題だろう。


「ジークリンデさんが、死神に襲われるという事件が予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが、現在一切の連絡が取れない状態となっています」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がやや憔悴した顔でケルベロスたちに緊急事態の発生を告げる。
「事態は一刻を争います。なんとか救援に向かってください」
 深々と頭を下げてセリカがケルベロスたちに言う。
 今回ジークリンデを襲った敵は死神。フードを被っているため顔が見えないが、体格などから判断するに男の姿をしているようだ。
 武器は拳銃、ナイフを装備している。
「ジークリンデさんを襲撃している死神は一体のみです。場所は廃墟となってしまった教会で、周囲に人はいません」
 資料に目を通しながら、セリカは死神についての情報を共有する。
「皆さんにはどうか、ジークリンデさんを救い宿敵を撃破していただきたいのです。どうぞよろしくお願いします」
 再び深々と頭を下げるセリカ。そして彼女は大急ぎでヘリオンの準備に向かうのであった。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
土岐・枢(フラガラッハ・e12824)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
リン・イストー(わかめの狂戦士・e63980)

■リプレイ

●真夜中の教会にて
 辺りは不気味なほどに静まり返っており、そこに足を踏み入れるのは常人であれば躊躇うほどのものであった。
 手入れの行き届いていないその教会に、ケルベロスたちはヘリオンで急行した。ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)が、ここで信者に襲われるということが予知されたためだ。
 月明りを頼りに戦うよりはマシであろうと、何人かのケルベロスが光源を用意していた。
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は「雨宿のランプ」を尻尾の先に括りつけており、動くたびにゆらゆらと光が揺れている。
 樒・レン(夜鳴鶯・e05621)と葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)、土岐・枢(フラガラッハ・e12824)も光源となるものをそれぞれ持参してきており、よく見えるという程ではないがそれなりに周囲が明るく照らされている。
 ジークリンデを救うべく、教会の中へと入ってゆく。どうか無事であってくれ、と心の中で祈りながら。
 一方、ジークリンデは予知された通り、この教会へと誘われ信者に襲われていた。
(「いいわ。新しい脅威ならここで殺しつくしてやる……!」)
 心の中で呟き、ジークリンデは覚悟を決める。息を潜めて隠れていた椅子の裏から飛び出し、地獄の炎弾を放つ。
 暗闇のせいだろうか、はたまた突然襲われたことによる緊張からだろうか、その炎弾は信者の頬を掠めていく。
「あら、運が良かったようね……!」
 次の攻撃を行うため、ジークリンデは体勢を整えようとする。信者はその隙をつくように、素早く動いた。一瞬で詰め寄られる。
「あっ……!」
 ジークリンデの口から、思わず声が漏れる。信者が手に持った武器でジークリンデに斬りかかろうと、それを振り下ろす。
 ジークリンデに振り下ろされるはずだったナイフは、彼女を傷つけることはなかった。それは、信者との間に別のケルベロスが割って入りその攻撃を代わりに受けたからであった。
「ジークさん大丈夫かなぁん?若輩ながら手助けするなぁん!」
 ジークリンデの代わりに、その攻撃を受けたリン・イストー(わかめの狂戦士・e63980)が言う。
 信者がばっと後ろに下がり、距離をとった。
「間に合ったようだな」
 その後ろから、同じく駆け付けた鋼・柳司(雷華戴天・e19340)が声をかける。
 ステンドグラスを割り、戸を破壊し、とにかく派手に突入してくる仲間たち。
「夜鳴鶯、只今推参」
 レンが静かに暗闇から現れ、自らを名乗る。
 現れたケルベロスたちの様子を見ながら、信者は警戒するような仕草をしているようにも感じられた。
「ジークさん程のケルベロスであれど誘われるー」
 おっとりとした口調で喋るフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)もまたジークリンデを救うために駆け付けた仲間の一人であった。
「こういう状況で戦うのは初めてですが、なんとか乗り切りましょう」
 枢の言葉に、集ったケルベロスたちは頷いた。
「あなたたち……! ありがとう」
「いいえ、お礼は不要です。今は、この敵を倒すことに集中しましょう」
 お礼を言うジークリンデに対し、優しい口調でかごめが返す。
 信者が再び動きだす前に、ケルベロスたちは戦闘態勢を整えていく。
 目の前に立ちはだかるその信者を、斃すために。

●這い寄るような闇と
 フードを深く被り、顔を隠した信者は無言のままこちらの様子を伺っているようにも見えた。
「……」
 カチャリと、信者は武器を構える。そして、拳銃で一人のケルベロスに狙いを定めた。
 ズガン!弾丸が命中する。
「……ッ!」
 狙われたのはフラッタリーであった。当たった箇所から血がじんわりとにじむ。痛いというよりかは、傷口が熱い。撃たれた箇所を押さえるフラッタリー。
 ディフェンダーというポジションに立っていることもあり、受けるダメージは半減しているものの、全くダメージを受けていないというわけではない。
 歯を食いしばり痛みに堪えながら、フラッタリーが霊力を帯びた紙兵を大量散布し、前衛に立つ仲間たちを守護する。
「苦戦しているようですな? 近所のよしみで手を貸しますぞ」
 赤煙が光輝くオウガ粒子を放出し、前衛の仲間の超感覚を覚醒させていく。
「ジークリンデを呼び寄せた理由は、語るつもりはないのだろうな」
 レンが信者に向かって語り掛ける。信者の表情は全く読むことが出来ない。
 口を真一文字に結んでおり、一切語ろうとしない。
「……フッ」
 信者と呼ばれるそれは、笑ったのだろうか。わからない。
「光盾よ金剛力士を映せ。梵字輝く守護の盾」
 レンはマインドリングから浮遊する光の盾を具現化すると、前衛の番犬たちを防護させる。
(「この戦いの時代、本人が知らぬ場合も含めて因縁が折り重なっていくのだろう。そんな因縁を断ち切る手伝いもケルベロス仲間の役割の一つだろうさ」)
 心の中で柳司が独り言ちる。
 廃教会の椅子などを使って勢いをつけると、電光石火の蹴りで信者を貫いてゆく。
「ぐっ……!」
 貫かれた箇所を押さえるように、二、三歩後ろにさがる信者。
 祈りを捧げるような仕草をし、自身を回復していく。
 ジークリンデが視認困難な斬撃を繰り出し、信者を切り刻んでゆく。
 ザン!と武器を振り下ろした時に音がした。
 切り刻まれながらも、信者と呼ばれるそれは笑っているようにも見えた。余裕があるとでもいうのだろうか。
 その笑みは何処か不気味で、月明りと光源で照らされ、さらに恐ろしさを増している。
 かごめも前衛にメタリックバーストを使用し、狙アップを付与していく。
「使うしかないか、この力を――!」
 枢が詠唱する。地獄化した右腕による格闘攻撃……拳に高重力を生み出して、信者を殴り潰す。グシャリと、何かが潰れたような嫌な音が聞こえる。
「グァ……ッ! ……ッ、クククッ」
 笑い声。何を笑っているのだろうか。この状況の何処に、笑える要素があるのだろうか。
 フードで隠れた瞳が、じっとりとこちらを見ている。まるで何かを選定するかのような瞳で。
「―――♪」
 リンが奇蹟を請願する外典の禁歌を歌い始める。優しい歌声。その歌声は信者を呪縛する。
「廃教会とはいえ、荒事はよくないなぁん。神は神でも、これはちゃんとお仕置きせんとね!」
 リンがびしっと指をさして言う。
「聖女様……! 罰を……! この者たちに……!」
 信者がうわ言のように何かをブツブツと呟いている。それはまるで呪いの言葉のように聞こえる。
 中衛に立つかごめに、毒を付与させる攻撃を行う信者。
「うっ……!」
 苦しそうな声を漏らすかごめ。じわじわと苦しめてくるような攻撃に眉を顰める。
 廃教会という場を活かすようにケルベロスたちは戦う。暗闇を利用し強襲するなど、その環境を目一杯活かしていた。
 信者は自身を回復するグラビティを使用しているが、集った精鋭のケルベロス8人から受けたダメージの全てを回復することはかなわない。
 じわりじわりと体力を奪うように、攻撃を行っていく。そうして、どれほどの時間が経過したのだろうか。
 信者の表情から余裕が消えている。おそらくもう少しで、この信者を斃すことが出来るだろうとケルベロスたちは感じた。

●月明りに照らされて
 ギッ、ギッと教会の床が軋む音がする。ところどころ抜けた床があり、光源を用意していなければきっと落ちてしまう者もいたかもしれない。
「サア、吾之カイナノ染mIト化シマセ!!」
 フラッタリーが金色の瞳を見開きながら、獣のように動いている。信者に飛びかかり、拳で装甲を砕いてゆく。
 暗闇から飛び出したフラッタリーに気付くことが出来なかったのか、信者はその攻撃をまともに受ける。
「ごふっ……!」
「気脈の流れはグラビティチェインの流れ……」
 赤煙が詠唱する。オーラを鍼の形に凝縮して、信者に向かって飛ばした。鍼は経絡を遮断する秘孔を突き、抵抗力を奪ってゆく。
「如意輪観音の真言。闇の如き漆黒の手裏剣。軌跡に漂うは樒の花の香」
 影の弾丸を放つレン。影の弾丸はじわりじわりと信者を侵食していく。毒と共に、少しずつ永遠の眠りへと誘っていく。
「雷華戴天流、絶招が一つ……紫電一閃!!」
 柳司が手刀より放つ紫の雷刃をもって、信者を斬断する。外部破壊と同時に、内部から気を歪める。
「ぐ……が、あ」
 低い呻き声。苦しそうな息遣いが廃教会に響く。
「負けるわけには、いきません……!」
 かごめの振り下ろしたチェーンソー剣の刃が信者を斬り裂き、傷口を広げる。飛び散る液体。ビシャビシャと床にその液体が撒き散らされる。
 枢が地獄の炎を武器に纏わせる。その武器を信者に叩きつけるべく走り出したその姿が、月明りに照らされる。
 地獄化し、炭のように黒く変色した右腕。その手は無骨でささくれだっており、左手と比べややアンバランスな大きさに発達している。
「……はぁっ!」
 勢いをつけ高く飛ぶと、地獄の炎を纏わせた武器を信者へと振り下ろした。
「無限の幻想曲、第二楽章……しっかりとその耳に!体に!刻み込むなぁん!!」
 常夏の野生の力を感じる、大地の鼓動を死神に叩き込む。リンのその歌声に、信者はもがき苦しむ。
 聞くものによっては、懐かしい雰囲気がするという楽曲であるが、信者にとってはそうでないのだろう。
「往け」
 とどめを刺そうとするジークリンデを見て、柳司が声をあげる。
「私は私のコトバで語る。憎い(好きよ)殺す(愛す)わ。獣と姫は貴方の命をご所望よ。甘く苦い愛憎の溶熱で、貴方を美味しく頂くわ!」
 本来であれば王子に向けられていた愛も、その対象を失った暴走状態となっている。憎悪と混ざり合い、信者を溶かし喰らう炎となったそれが信者を包む。
 業火に包み込まれた信者は、暫くすると地面に膝をつき、まるで祈るような仕草で前のめりに倒れていく。
 永遠のようにも感じられる沈黙の後、ケルベロスたちは信者を斃したのだと確信する。
 武器をしまい、抑えていた息を大きく吐く。
 穴の開いた天井から、月明りが漏れている。廃教会には再び、静寂が訪れた。

●死人に口なし
 戦いによって荒れた現場にヒールを施すケルベロスたち。
「これでようやく眠れるな。魂の安らぎと重力の祝福を願う。安らかに」
 レンが瞑目して片合掌する。
 かごめは、無事に信者を斃したことを確認すると邪魔にならないようにとそっと踵を返し教会を後にした。
「廃教会っていっても、このままにしとくと罰当たりそうやなぁん……?」
 リンはそう言いながら、廃教会の内部を片付けている。
 勿論、12歳の彼女だけでなく、他のケルベロスたちの手を借りながら。
「そうですわねーお手伝いしましょうー」
 戦闘時の獣のような姿は何処へやら。再びおっとりとした口調でフラッタリーはリンと片づけをしている。
「ジークリンデが無事で何よりだ」
「そうだな」
 信者の傍に立っているジークリンデを視野に入れながら枢が呟くと、その隣にいた柳司が頷き同意する。
「あなた、聖女だとか何とか言っていたけれど……何か知らないのかしら?」
 ジークリンデが斃れた信者に向けて言葉を放つ。
 それは何も語らない。ただそこに斃れているだけだった。
 信者を見下ろしているジークリンデの肩を叩くものが一人。
「どうやら、厄介な相手と因縁ができたようですね」
 赤煙が言うと、ジークリンデは長く息を吐いた。
「そうね」
 長い息を吐いた後に放たれた言葉には、様々な思いが込められていた。

作者:黄昏やちよ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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