夜は華終に踊る

作者:絲上ゆいこ

●夜の踊り子
 踊り子とは、その名の通り。踊る事を生業とする職業である。
 リリィエル・クロノワール(夜纏う宝刃・e00028)は、剣舞を得意とする踊り子だ。
 母から教わった舞に、父から教えを受けた剣術。
 彼女の舞は、夜の華とも宝刃とも例えられる。
 陽の落ちた空。
 劇場からの帰り道、本日の公演も概ね好評と言えただろう。
 そう言えば、今日はどこか不思議な雰囲気の客がいたような気がした。
「……ま、色んなお客さんがいるわよね」
 リリィエルが独り言ちると、どこかで舞装束の装飾がしゃらしゃらと音を立てた。
「あら?」
 はた、と彼女は気がつく。
 この道は彼女の家に向かう道では無い。
 どうしてこのような人気の無い場所に迷い込んでしまったのであろうか。
「疲れているのかしら……?」
 肩を竦めたリリィエルは、気配に顔を上げる。
 しゃら、しゃら、舞装束の装飾が音を立てた。
 しゃなり、しゃなり、演舞の足取り。
 魅力的な体つき、美しい装飾。
 タールのような黒い羽根、金色の瞳。
 赤髪の女が笑み、抜き身の刃を手にステップを踏む。
 艶やかに、勇ましく。咲き誇る華のように。
 まるで先程舞ってきたばかりのリリィエルの舞のように、見るものを惹き付ける魅力的な踊り。
「……!」
 その魅力的な踊りに一瞬見惚れ、そして一瞬で冷静になるリリィエル。
 この女は――。
 警戒したリリィエルが得物に手をかけようとした、その瞬間。
 月明かりの元。その女は一気に地を踏み込み、踊りに誘うような自然な動作でリリィエルに刃の切っ先を向けた。
「こんばんは、良い夜ね」
 女――シャイターンの踊り手、ニハーヤはひどく魅力的な顔つきで微笑んだ。

●深夜のヘリポート
「おう、こんな時間に急いで呼びつけてすまねェな。とりあえずヘリオンに乗ってくれるか?」
 ケルベロス達に会釈をしたレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は、ヘリオンの扉を開け。
 ヘリオンに繋いでいたケーブルを引っこ抜くと、ケーブルごと髪を一つにまとめ直しながら、言葉を次ぐ。
「リリィエルクンが襲われるっつー嫌な予知が出ちまってな。ンで、さっきから何度もリリィエルクンに連絡を取ってるンだが連絡がつかねェんだ」
 以前より時々見られる、デウスエクスによるケルベロス襲撃事件。
 今回の予知ではリリィエルがその標的になっている、とレプスは言う。
「敵はシャイターンの女。終の踊り手と呼ばれ、――ニハーヤと名乗っているようだ。今回配下はいないようだが。人を虜にするような――、どこかリリィエルクンと似た戦い方をすると予知には出ていたぞ」
 レプスの言葉に遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が考え込んだ様子で、顎に掌を寄せて呟く。
「虜って……、催眠状態みたいなモノかしら……?」
「かもしれねェな。幸い奴サンはリリィエルクンと何かあるのか、二人きりになりたかった様で人払いまでしてくれているが、……同士討ちにはくれぐれも気をつけてくれよ」
 ニハーヤは命中も回避も優れた戦い方をするようだ。
 と付け足したレプスは、ヘリオンに皆が乗り込んだ事を確認すると前を向いた。
「ちっと飛ばすぜ。リリィエルクンに奴サンが手を触れる前には着けるようにな。お前達は、飛び出した瞬間から戦えるよう準備を頼んだぞ!」


参加者
リリィエル・クロノワール(夜纏う宝刃・e00028)
リスティ・アクアボトル(ファニーロジャー・e00938)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
ルクレッツィア・ソーラ(絢爛の一筆・e18139)
夢浮橋・密(シュガーシルクモス・e20580)
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)

■リプレイ

●夜纏う宝刃
 剣柄を握ったリリィエル・クロノワール(夜纏う宝刃・e00028)の喉元へと突きつけられた金刃が、月明かりを照り返す。
「アタシはニハーヤ。――終の踊り手のニハーヤ」
 名乗り、伸ばされた靱やかな白い指先が褐色の頬をなぞる。
 夜を彩る装飾が、しゃらと微かな音を立てた。
「踊り子さん、アナタの『踊り』もっと見せてくれるかしら?」
 喉元に刃は突きつけたまま。
 黒紅に彩られた唇を艶かしく笑みに歪み、金と藍の視線が交わされる。
「私は、リリィエル。――夜纏う宝刃のリリィエル・クロノワール」
 刀柄を握ったまま、名乗りを返すリリィエル。
 その刃を抜いた瞬間、金刃が喉を裂くであろう事を知りながら。なお、薄紅が彩る唇が、壇上と同じ勝ち気な笑みを浮かべる。
 鼓膜を震わせる、夜風に混じる『音』。
 それは聞き覚えの在る、自らがいつも身を任せている上空からの『音』だ。
「お客様、ちょーっと、お行儀が悪いのではなくて?」
「はァッ」
 リリィエルが戯言めかして囁くと、二人の間を裂くように巨大な盾が振りかざされ。
 踊り手達は、同時に後方に退いて距離を取った。
 上空からカッ飛び落ち、地を強く踏みしめて。
「させませんっ!」
「そこまでだぜシャイターン」
 二人のちょうど中央に降り立ったクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)が、壁の如き盾を仲間を背に構え直し。
 続いて上空よりクリームヒルトの真横に降り立った、トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)が龍槌を構えた。
「ふふ、観客が増えたのね」
 艶やかな足捌き。
 しなやかな手足が魔力を宿し、夜の蝶は舞う。
 ニハーヤの背後に、円を描いて回る金刃が生まれ――。
「さあ、幕を上げて頂戴!」
 星屑が溢れるように。
 魔力の刃が、リリィエルへと殺到する。
 一気に足場を蹴って後方へ。その狂刃の全てを自らの盾へと収めようと、クリームヒルトが歩を下げ。
 ――小さき隣人たち、その矢尻の秘蹟を此処に。
「ああ、キミにとっては最後の舞台だ」
 大樹の精霊の加護を皆に与えたジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)が、胡桃色の眼眸に冴え冴えとした色を宿して囁いた。
「ステップが拙く恐縮だが……、付き合わせてもらうとするよ」
「リリィエル様には、手を触れさせないであります!」
 ジゼルに合わせて響く、クリームヒルトの寂寞の調べが、皆へと加護を重ねる。
 そんな主にテレビウムのフリズスキャールヴは、応援動画に合わせてぴょこぴょこと跳ね。
「踊り子さんへ手を触れるだなんて、マナーがなっていないのね」
 夢浮橋・密(シュガーシルクモス・e20580)がスマートフォンを唇に寄せて、赤い瞳を細めて言う。
「ええ。壇上の踊り子に、パートナー以外はお触りは厳禁。……デウスエクスには、無いルールだった?」
 窘めるように言葉を次ぐ、リリィエルの真横に立ったリスティ・アクアボトル(ファニーロジャー・e00938)がパートナーを引き寄せた。
 ルクレッツィア・ソーラ(絢爛の一筆・e18139)は拳を握りしめ、内心憤慨だ。
 うちの船長の大事な人、そして、なにより、なにより。私の、私の!
「大切な――大切なリリィエル姉さんを狙ってくるとは、大層なタマですね!」
「は! 全く。アタシのモノに手ぇ出そうたあ、いい度胸だ」
 その得物たるリボルバー銃でコルセアハットのブリムを正すと、ニハーヤに向って突き出すリスティ。
「見せつけてやんな、リエル。アンタの価値を」
「ええ、リスティ。――海賊の宝たる価値を魅せましょう!」
 リスティの放つ一発の魔力が、その舞いの始まりを告げる。
 彼女達の周りに展開された魔法陣が、光を灯し。
 ニハーヤの生み出した金刃とは、対照的な水刃が乱れ舞う。
 その中心はリリィエル。
 夜を纏う刃を手に、ステップを踏みながら打ち込まれる斬撃。
「ふふ、綺麗なステップね、よく鍛えてるようね」
「そらそら、見とれてて良いのかい?」
 ニハーヤの装飾がしゃらしゃらと音を立て。
 リスティの放った水の刃を、ニハーヤは捻転した上体を切り返す。
 振り下ろされた斬撃を逆手でいなし、滑るように剣の鍔で弾き。
 水平斬りに繋げられた夜刃は、一秒前までその場にあった白い細腰の残像を切り裂く。
 二人の猛攻を刃をいなすニハーヤとの攻防は、剣舞の如く。
「わぁ、綺麗な踊り子さん同士の大人な戦い……」
 ほう、と息をついたピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)の声にハッ、とした表情を浮かべるルクレッツィア。
 ボクスドラゴンのセイがクリームヒルトへ癒やしと加護を与え、トライリゥトも慌てて踏み込んだ。
 そう、見惚れている場合じゃない。
「邪悪な舞いはノーサンキューだ!」
「誰のモンに手ぇ出したのかっつーのを体に教えてやりましょう!」
 そう。狙われたのは、ルクレッツィアの大切な大切なおねーちゃんなのだ。
 先行して踏み込んだトライリゥトが竜砲を振り下ろし。
 側面から回り込んだルクレッツィアが、空中で捻転すると流星を纏う蹴りを打ち込んだ。
「まぁ、教えて頂けるなんて嬉しいわねェ。楽しみだわ」
 ガードに上げた刃で受けたとは言え、砲と蹴りをまともに喰らったと言うのに、ニハーヤは微笑み。
 魔力が泳ぎ、踊る。再び蠢く金刃。
 その間を割り込んで、生まれたのは雷の壁だ。
「海水がばしゃーっで、その中を舞うリリィエルさんっ! それをいなしながら舞いながら剣で砲を受け止めた敵さんの動きも鮮やかーっ! これは……、厳しい戦い!」
 それはピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)が何故か実況しながら。どこかマッサージに向いていそうな先端の丸い不思議な杖を振るって与えた、耐性の加護!
 桃色のふわふわボクスドラゴンのプリムも、ピョコピョコしながら属性を合わせて加護と化し。
 重ねて、破裂するのはカラフルな爆炎だ。
「でも、どちらも踊りは本当に素敵ね!」
 爆破スイッチを片手に、冥加がうんうんとピリカの実況に頷く。
「ふふ、褒めてくれるなんて嬉しいわ、お嬢さん達。オネーサンもっと頑張っちゃおうかしら」
 戯けてニヤーハは余裕の投げキッス。
 タールのような黒い翼に赤い髪。
 金の刃が白肌に映え――。
 そのステップは、本当にリリィエルの舞う様によく似ていた。
「そう、あなたも見たのね。リリィエルさんの舞いを」
 密は確信に近い思いを持って言葉を口にする。
 彼女の舞いであれば、触れたくもなるであろう、手に入れたくなるであろう。
「――今宵、『魅せられる』のは」
 密のその身が、自由への願いを秘めたオーラに覆われる。
「いいえ、『魅せられた』のは誰なのかしらね?」
 亜麻色の髪をオーラに遊ばせ小首をかしげる密は、サキュバスの飛べない翼を大きく広げて、首を傾いだ。

●夜の舞い
「ふふ、魅せられるのは、アナタ達の方よ、きっとね」
 ニハーヤの蜂蜜のような甘い声。
 丸い月を背に。
 赤髪を揺らして、滑らかにしなやかに、艶やかに妖しく。
 彼女の舞いは、脳の奥を甘く痲れさせる毒のように。
「皆、魅了だ。気をつけて」
 後衛を魅了せんと舞い踊る、甘い甘い気配。
 注意深く敵の動向を睨めながら、声をかけたジゼルは後衛へと雷壁の加護を放つ。
 トライリゥトに舞いをみせまいと、セイが彼の顔にべったりと抱きつき。
 クリームヒルトも光の羽根を大きく広げて駆け、仲間を護る。
「皆様、大丈夫でありますかっ!?」
「私は、大丈夫です」
 脳に直接砂糖を流し込まれるような、舌の奥が痺れる感覚。
 口を押さえながらも応えたルクレッツィアの返答に、クリームヒルトが寂寞の調べを更に重ねるが――。
「あ、……ぅ?」
 しかし、庇いきれないモノもいる。
 ぐらぐら揺れる世界、甘い声、冥加はその加護を眼の前にいる『大好きな』人に――。
「すとーーっぷ! 冥加ちゃん! てーれってれー♪」
「ひゃっ?」
 ピリカから放たれた赤青に点滅する強烈な光!
 冥加の神経がヤバい感じに刺激され、耳をぴょいと冥加は立てて、前髪に隠れた瞳を見開いた。
「あっ……、私、ご、ごめんなさいっ」
 自らが行おうとしていた事に気がついて、冥加が慌てて構え直す。
「へーきへーきっ、まだまだ頑張ろうねーっ!」
 ピリカはなんだかまだまだピカピカしながら、大きく頷いた。
「素敵な舞はいいもんだが、惑わされるほど、腑抜けてねぇぜ!」
 セイがくらくらしているようだが、たしかにトライリゥトは平気だ。
 雷めいた一撃をトライリゥトが放ち。
 慌てて冥加はセイの状態異常を癒やすが為に、螺旋の力を練り上げた。
 リリィエルは密の憧れだ。
 快楽なんて、卑しい、穢いと。
 自らの生まれに悩んでいた密に、アドバイスをくれたとても、とても大切な人だ。
 両腕を伸ばし、愛おしいものを抱き寄せるように誘うは明晰夢。
「さあさ、ご覧遊ばせ。糸引き意図を組む、愛おしきグラン・ギニョールを!」
 終の踊り手が最も望む像が、もし、彼女なのだとすれば。
 小さな小さな声音で、密は囁く。
「惑わせちゃいましょ? リリィエルさん。――今度はわたし達で、虜にするの」
 彼女のおかげで、密は『大好き』を明確に。心から感じ取れるこの力を、憎まずに済むようになったのだ。
 『敵の最も望む姿に自らを変貌させる幻』。
 あまいあまい、捧げられる感情は全て、快楽エネルギーとして徴収するこの力。
 糸し、糸しと。
 自然とステップを踏むように、密は駆ける。
 合わせて刃を振るうリリィエルが、肩を竦めて笑った。
「あら。――ふふ、私がもう一人いるわね?」
 きっと、ニハーヤの目には『リリィエル』が二人に見えているのだろうと。
 その横を跳ねるように。駆け込んできたのは、ルクレッツィアの姿だ。
 低く構えたその姿は、舞うように、踊るように。
「……あら、私はまだもう一人いるかもしれないわね」
 自らの教えた動きを忠実に守る、ルクレッツィアの軽やかな身のこなしに。
 瞳を細めて更に笑みを深めるリリィエル。
 同時に3つの撃が叩き込まれ――。
 一つは剣でいなし、一つは避け。
 避けきれぬ最後の一撃を貰ったニハーヤは、舞いの足取りを地面を削るように踏みしめて掛けた制動によって押し止められる。
「あらあら、思ったより……やるのね」
「――悪いね、こちとら目が肥えてんだ」
 笑み吠えるリスティが、放つは黒き槍。
「最ッ高の踊り子が、いつでもアタシのためだけに踊ってくれるもんでねぇ!」
「アタシ、のろけ話って嫌いじゃないけれど。アタシが相手じゃない話って本当に不快ね」
 溢れた黒い血をニハーヤは拭って、瞳を細めて笑う。
「ああ。不快か。そんな事言うものじゃあない、キミの最後の舞台なのだから」
 肩を竦めたジゼルが窘めるように。
「どうか、最後まで楽しんで」
 杖を構え直し、淡々とジゼルは言う。

●終の踊り子
 幾度も重ねられた剣戟が響く。
 始まりがあれば、終わりも在るもの。
 自らの得意とするバッドステータスを人数の差で増やすこともできず、体力を削られはじめたニハーヤ。
「随分と舞いの切れが悪くなってきたようだね」
 夕刻色のコートが、夜風に揺れる。
 ジゼルが問を口に首を傾ぐと、ニハーヤは吐息を漏らして髪をかきあげ。かんばせを左右に振った。
「ふふ、飽きちゃった。――そろそろ、幕を引きましょうよ」
 疲れの滲んだニハーヤの声音。
 豊かな胸に手を引き寄せると、大きく腕を広げ。
 細い吐息。魔力を形成すると、一気にケルベロス達へと殺到させる金刃は月明かりにも似ている。
「は、ぁあああっ、光よ!」
 率先してその刃を身体に受けて仲間を庇うクリームヒルトは、血に濡れ。
 耐性によって軽減されてるとはいえ、痛いモノは痛い。
「クリームヒルトさんっ!」
 青い光がクリームヒルトを飲み込み、フリズスキャールヴがと冥加が癒やしを重ねる。
 月の泪が紫電を灯す。
 まっすぐに雷撃を放ったジゼルは、桜色の髪を揺らしていくつも爆ぜ飛んでくる金刃を叩き落とした。
「キミが最後まで踊ろうというのならば、幕引きまで付きあおう」
 憎々しげに細められたタール色の眸と、ジゼルの胡桃色の視線が絡みあう。
「そう、そうね。……踊ってあげるわ」
「えーいっ、わたしもお姉さんの踊りはわりと覚えてきましたよーっ」
 プリムとぴょーんと跳ねたピリカがウィルスカプセルを、謎の閃光と共に打ち込み。
 セイが癒やしの加護を与え、ギリギリまで刃を惹きつけたトライリゥトが金刃を叩き落としながら駆け抜る。
「おーい、ルクレッツィア、行けるか?」
「ええ、行けます!」
 声掛けに地を踏み込んで蹴ったルクレッツィアは、靱やかに跳ねて、拳を握りしめ。
 ガードをあげたニハーヤのガードの上から、螺旋状にグラビティを炸裂させてそのガードを無理やりこじ開け叩き込む。
「――消えて下さい」
「8人揃ったケルベロスは無敵……ってな! ――この一撃! 受けてみやがれッ!」
 ルクレッツィアと逆に踏み込んだトライリゥトが、自らの魔力を限界まで籠めた竜槌を、ニハーヤに目掛けて打ち上げた!
「ぐ、……ッ、――さぁ、今だぜリリィエル! ばっちり決めてくれよ!」
「どうか今宵も魅せて欲しいな。あなた以上に夜の似合う踊り子を、わたしは知らないもの!」
 密が続けて、身体の浮いたニハーヤの背中を目掛けて。飛び膝蹴りから肩に足をかけて、頭を横薙ぎに蹴り上げ。
 ほとんど転がりながらも体勢をなんとか持ち直したニハーヤは、眼の前で進路を塞いでいたトライリゥトへ体当たりを。
 全力の魔力を籠めたばかりの彼は、軽くまろび。
「あは、……また、遊びに来てあげるから」
 間を縫って駆けようとした彼女を――、黒槍が縫い止める様に幾つも打ち込まれる。
「次なんざァ、無えよ。アタシのモノに手ェ出そうとして、タダで帰れると思ったかい?」
「海賊っていうのは強欲なの」
 リスティの構えるリボルバー銃が、いくつも魔力を吐き出しニハーヤの行く先を繋ぎ止め。
 流麗に躍動する褐色の肌。
 艶かしく跳ねる黒い髪。
 リスティの援護を受け、舞い踊る狙った得物を確実に仕留める刃が、ニハーヤの眉間を貫いた。
「――貴女の終はここ」
 貫かれた眉間よりタールのような黒い液体が、ごぼと音を立てて吐き出される。
「あぁ、……つまらない終わり、ハッピーエンドなんて。でも、楽し、……」
 最後まで紡ぐ事のできなかった言葉。
 膝から崩れ落ち、重たげな睫毛が揺れ、地へと倒れ伏す。
 それが、――終の踊り手の最後であった。

●海賊の宝
「……ところで、お二人とも」
 密がおずおずとリスティとリリィエルを見やり、頬を赤く染め。
「その距離感だともしかして!」
 両頬を覆って尋ねた密の唇を、リリィエルのサキュバスの尾が内緒、と塞いだ。
「ふふっ、なーいしょっ」
 どきどき。
 瞳を丸くした密がコクコクと頷いた。
「さあっ、皆夜が明けちゃう前に帰りましょう! るんたったー♪」
 上機嫌のピリカはその場でくるくると回って、覚えたばかりの舞いを披露しながら跳ねる、飛ぶ。
「はあい、もう夜も遅いものね」
 ゆっくりとピリカの後ろをついて歩みだす冥加。
 ピリカの軽やかなステップ。合わせて跳ねるプリム。
「……」
 一度だけ。
 ピリカにつられて軽くステップを踏んで、冥加はつんのめり。
 その様子を目撃してしまい、腕を伸ばして彼女の肩を引き止めるジゼル。
「転ばないように気をつけて」
「ミャッ、そ、そうねっ、ありがとうっ」
 肩に触れるジゼルの手に、冥加はうさぎの耳をぴゃっと跳ねた。
 ちょっと恥ずかしい。
「姉さんの舞いなら、もっとこう指先を伸ばして流れるようにこう……、こうじゃないかな?」
「こうですかーっ!?」
 ルクレッツィアもピリカに少し真剣な表情で、演技指導。
 何故か光るピリカ。無駄に眩しい。
 フリズスキャールヴも、応援動画で一緒にくるくるぴょん。
「はは、こうやって戯けられるのもリリィエルが無事だったからだな!」
 セイがポテポテ歩く横。トライリゥトが白い歯を見せて笑う。
「はいっ、リリィエル様は以前にボクが宿敵に襲われた際に助けていただいたので、無事に済んでなによりであります!」
 クリームヒルトも強く頷き、金髪を揺らして微笑んだ。
 リスティの赤い海賊装束が揺れ。密と話していたリリィエルを引き寄せると、反対の腕でルクレッツィアの肩を抱いた。
「さぁ、さぁ、帰るよぉ、野郎共! リエル、ルック、ついてきな!」
「はぁい、はい」
「はいっ、船長っ!」
 船長はカラカラと笑うと、夜道を船員達と歩みだす。
 もう、自らの宝が惑わされぬように、迷わぬように。
「……」
 頭の上には、道標のまあるい月。
「――せめて、貴女という糧を、私の舞の中に刻みましょう」
 小さな小さなリリィエルの言葉を、リスティだけが聞いていた。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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