陽炎揺らめく赤銅鎧

作者:そらばる

●古書店街の怪
 ふと、没頭していた文字の海から顔を上げ、ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)は周囲に人の姿が絶えていることに気づいた。
「どうしたのかしら……」
 ほの暗い隠れ家の情緒ある喫茶店の店内には、客はおろか、従業員の姿さえ一人も見当たらない。
 ルベウスは読んでいた書籍を閉じ、席を立った。バックヤードに呼びかけてもいっかな返事もなければ、気配もしない。仕方なしにレジに伝票と代金を置いて、店を後にする。
 空調の効いた店内から、息苦しくなるような真夏の炎天下へ。
 数多の古書店が立ち並ぶ大通りは、異常に静謐だった。
 人一人見当たらない。虫の声さえ聞こえない無音。
 まるで無声映画の世界に放り込まれたような、強烈な違和感がルベウスを襲う。
「……これは……」
 警戒の眼差しを馳せたルベウスの視界の先で、赤銅色の影が揺らめいた。
 陽炎に炙られ揺れる大通りの中心に佇むのは、赤銅鎧の戦士。
 その長身と恵まれた体躯は、彼がエインヘリアルであることを示していた。
「……我は銅の四騎士が一人、赤銅のギーラハ」
 戦士は静かに、ひどく端的に、名乗りを上げた。
「お命、頂戴仕る」
 両手に携えた双剣を華麗に翻し、赤銅のギーラハの肉体は音も聞こえぬ速さでルベウスへと迫った。

●赤銅のギーラハ
「エインヘリアルによるルベウス・アルマンド様の襲撃が予知されました」
 緊急にケルベロス達を呼び出した戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は、真剣な声音で単刀直入に告げた。
 ルベウス本人との連絡はつかず、所在も掴めない。襲撃の現場に直接駆け付けるしかないだろう。
「一刻の猶予もございません。ルベウス様が無事でいらっしゃるうちに、救援をお願い致します」
 襲撃の現場は市街地。多くの書店が軒を連ねる古書店街だ。敵による人払いがなされているらしく、一帯に一般人はいない。
「敵エインヘリアルの名を赤銅のギーラハと申します。赤銅色の鎧に身を包んだ、双剣の戦士でございます」
 寡黙にして華麗な剣術の使い手で、腱や急所を断ち切る正確な斬撃、激しくも無駄のない乱舞、静かにして強力な剣気による牽制といったグラビティで攻撃してくる。
「騎士の名に恥じず、義烈にしてその本性は紳士そのもの。表面的な言葉による挑発には乗ってこず、正々堂々正面きっての戦いを好む武人でございます」
 なぜルベウスを襲うのか、背後に何か企みや因縁があるや否や、そういった諸々は現状不明である。
 唯一確かなのは、敵がルベウスに死をもたらさんとしていることのみ。
「このまま手をこまねいておれば、敵の目的は瞬く間に果たされましょう。皆様、早急にルベウス様を救い出し、力を合わせて敵打倒をお願い致します」


参加者
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
維天・乃恵美(奉雅駆の戦巫女・e02168)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)
ラヴェルナ・フェリトール(真っ白ぽや竜・e33557)
ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)
瑠璃堂・寧々花(甲冑乙女・e44607)

■リプレイ

●赤銅の騎士
 陽炎に歪む無音の景色の中、二剣を手に佇む赤銅鎧の戦士は言った。
「……我は銅の四騎士が一人、赤銅のギーラハ」
 ……銅。ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)が返せた呟きはその一語だけだった。
「お命、頂戴仕る」
 赤銅色が走った。音を置き去りに、気づけば目前に振りかぶられている刃。時が止まったような、刹那。
「――青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳……やらせはしません!」
 突如割り込んだ凛々しい声が、無音の世界に音を取り戻させた。
 ルベウスの体が輝き二重にぶれたのと、赤銅色が剣を止めて退くのは同時だった。
 分身の術をルベウスに施しながら全力疾走で駆け込んできたのは、エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)だった。
「ご無事ですね、ルーさん」
「あなた……」
 虚をつかれて呻くルベウスの背後に、複数の足音が集結していく。
「……間に合った、みたい……?」
 無警戒に見える足取りで戦場に滑り込んだラヴェルナ・フェリトール(真っ白ぽや竜・e33557)は、旅団仲間の無事な姿にゆらりと嬉しげに尾をゆらしながら、ぽやぽやと呟いた。
「間に合ってよかったです……」
 維天・乃恵美(奉雅駆の戦巫女・e02168)は愛らしい胸を撫でおろすと、キッ、と敵へと厳しい視線を向けた。
「ルーちゃんを……戦友を護る『友軍』として参上しましたっ!」
 巨人のエインヘリアルは、いわば『単騎の軍隊』。故に乃恵美は、終天の奉旗を軍旗の如く振りかざし、正々堂々宣誓するのだ。
「お、同じく、友人の危機に馳せ参じました」
 全身を黒い甲冑に鎧われた武骨な姿に似合わず、内気な性格を窺わせるおどおどとした態度ながら、瑠璃堂・寧々花(甲冑乙女・e44607)も盾の如きアリアデバイスを構えて、しっかりと敵を見据える。
「どれだけ汝が一対一に持ち込もうとしても……番犬の嗅覚は鋭いのだ。それから逃れる事は適わぬ」
 ダンドロ・バルバリーゴ(冷厳なる鉄鎚・e44180)は重々しく得物を引き抜き敵へと差し向けながら、老練な声音で決然と断じる。
「堂々と勝負を挑む……その騎士道精神はいいけれど……選んでる相手と……状況がまずかったね……」
 フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)もまた、とつとつと言葉を紡ぎながら敵を見据えた。
 敵――赤銅のギーラハは、反論を返すこともなく、あたかも見守るようにしてケルベロス達の動向を静観している。この場の誰よりも寡黙な男のようだ。
 その佇まい、武人としての立ち居振る舞いを、コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)は、見事、と称賛する。
「だが、如何に敬意を払うに足り得る武人であろうとも、戦場で相対すれば戦の掟に従いてただ討つのみ。せめて武人として死力には死力を以て応えん」
 ――命果てるまで戦い、そして散り逝け。
 敵意の集中砲火を浴びながら、ギーラハは応えない。兜の下に隠された瞳は、しかしはっきりと、ルベウス一人の姿を捉え続けている。
 自身のための救援に集まった仲間たちの姿を見渡し、ほう、と小さく吐息を零すと、ルベウスは改めて赤銅の騎士を正面に見つめ返した。
「銅の四騎士……と、言ったわね」
 騎士は語らない。けれど見覚えのないその姿が、ルベウスにはなぜか懐かしい。胸に埋め込まれた石がいつもより熱く感じて、自然、胸元に手が伸びる。
「銅の……そう、あの銀色があなたを寄越したの、ね……こんなモノが、そんなに欲しいのかしら……」
 真夏の日差しを弾いて閃いたそれは、さまざまな魔術を注ぎ込んだ宝石状の回路。
 ギーラハは静かに動いた。赤銅の一振りが、天に向けて顔の前に立てられる。
「主より賜りし我が使命――果たさせて頂く」
 赤銅鎧の周囲に立ちのぼる陽炎が大きく揺らぐ。
 波状の剣気が古書店街を駆け抜け、静かにして強烈に、ケルベロス達を戦慄させた。

●戦いの喧騒
 磨きぬかれた騎士の剣気は、しかしルベウスには届かなかった。
 白い翼の後ろにルベウスを庇って、立ちはだかっていたのはラヴェルナだった。
「……ルベウスは、後ろ。……騎士は……守るの、仕事。引けない時、ある」
「ええ……でも、無理は禁物、よ」
「……善処……する」
 ケルベロス達は、ルベウスを後衛に置くことで対処した。敵の主力である近接攻撃を、体力に不安のあるルベウスに届かせるわけにはいかないのだ。
「赤銅に四騎士か。いかにも後に続く者が居る呼び名だな。……だが」
 今は思索に現を抜かしている時ではない、とダンドロは身に纏うオウガメタルを変じさせていく。
「敵が高潔であろうが狡猾であろうが、そんな事は些事に過ぎぬ。同胞の命が目的なら何の感情も抱かず汝を屠れる」
 鋼の鬼と化した拳は、強烈な火力をもって赤銅鎧を深々と抉り込んだ。
「ルーは以前……フローラを今回と似た状況で……助けてくれた……」
 偽翼による加速を得ながら、フローライトのローラーシューズが滑走する。
「だからフローラも……それに応える……誰一人……あなたに殺させはしない……」
 勢いをつけたサマーソルトが、流星煌めく弧を描きながら重力の力で敵を打ち据える。
「人々の命運を慮れば、多数で相対する恥よりもまず勝利に重きを置くのは当然の理」
 あたかも神将然としたコロッサスの言葉が、低く重く臓腑に響く。
「齎される悪しき終焉は我らが武と意地を以て打ち砕く。それがケルベロスとしての責務也」
 極限まで高めた精神の集中を解き放つと同時、離れた場所に佇む赤銅鎧の肩口を爆発がかすめた。
「維天・乃恵美、参りま――へぶぁっ!?」
 元気有り余る乃恵美の大地をも断ち割らんばかりの一撃は、ギーラハの体捌きに躱され灼熱するアスファルトを大きく穿った。勢い余って乃恵美本体も顔面から熱々のアスファルトに突っ込んでしまう。
 流麗な身のこなしで無駄なく動くギーラハを、横合いから伸び迫った鎖が絡めとった。
「貴方のパトロンは、この石を手に入れてどうするつもりなのかしら? これは魔術回路としても使えるけれど、所詮はただの記憶装置に過ぎないわ」
 混世魔王によってギーラハの腕を拘束しながら、問いかけるルベウス。しかしやはり語らぬ騎士に、ルベウスは小さくかぶりを振った。
「いずれにしろ、今は私の命を繋ぐ役目を担っているから、渡してあげることはできないの……ごめんなさい、ね」
 ギーラハは返答の代わりに、鎖の拘束をすげなく振りほどくと、二剣を鮮やかに翻した。
 と同時に、その姿がケルベロスの視界から掻き消える。音を置き去りに肉薄し、音もなく振り下ろされる刃。
「――させぬ」
 割り込んだのは鎧の偉丈夫。コロッサスの頑健な肉体が二剣を弾く。
 庇われたエステルは小さく目礼を返すと、ケルベロスチェインを巧みに操った。
「うまく陥穽に落としたつもりだろうが、そうはいかない。ルーさんは私達が守ります」
 描き出される魔法陣が前衛の傷を癒し、守護を施していく。
 グラビティの衝突音、激しい剣戟。
 ギーラハは無言を貫いた。激しい動きにも息遣いすら聞こえてこない、達人の立ち振る舞い。ただ一心に、己の使命を果たすために剣を振るい、隙あらば剣気で後衛を蹂躙せんとする。
 真っ向から剣気を浴びて、ルベウスが小さく呻く。
「くっ……」
「大丈夫ですか?!」
 慌てる乃恵美に、大丈夫、と頷き返すルベウス。
「維天さん、手伝います」
 名乗り出る寧々花の声音は、普段よりも落ち着いて響いた。
「お願いします! ヒダリギさんも手筈通りに!」
「ああ。フォローはまかせてくれ」
「では――この戦場に、建雷命の御加護を!」
 寧々花の愛しい想いを秘めた歌が戦場に響き渡る。乃恵美は皆を鼓舞するようにダイナミックな神楽舞を舞いながら治癒を響かせる。近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は攻性植物に実らせた果実の輝きで耐性を行き渡らせる。
 無音の街に、生き生きとした戦いの音が満ちていった。

●武人は舞う
 己の傷にも命にも頓着せず、主とやらの情報をひとかけらも漏らしはせず……ギーラハの行動は献身的にさえ見えた。
 その姿に、好感を抱くケルベロスも少なくなかった。が、ケルベロス達はデウスエクスと交流しに来たわけではないのだ。
「……その……性格とかは……嫌いじゃ、ない……。でも、友達傷付けるから……嫌い」
 敵の動きを注視し、隙を突いてエクスカリバールをぶん投げるラヴェルナ。バールは正確な軌道を描き、芯を捉えてギーラハを打ち据えた。
 このように群れて戦うのは弱き犬らしい戦い方かもしれぬ、とダンドロは自嘲する。
「然り、我らは弱き犬の群れ。ただ……鋭く砕けぬ牙を持つ犬の群れよ」
 鎧の手元を狙い澄まして振るわれたバスタードソードは、反射的に刃で受け止めたギーラハの片方の剣に、小さな罅を入れた。
「シンセ……あなたの力……使わせて貰うよ……」
 フローライトは左手に持つペネトレイターから刺突を繰り出した。流し込んだ魔力に反応し、刃が敵を斬り裂き傷口を広げていく。
 増殖する弱体化に動きを鈍らせたその瞬間、寧々花は低い体勢から敵に組み付いた。
「アルマンドさんに手を出すなら、先ずは私を倒してからにしてもらいます」
 腰元にまとわりつく寧々花を、間髪入れずに振り払うギーラハの仕草には、わずかな苛立ちが入り混じって見えた。
 エステルはバスターライフルの銃口を敵に差し向けながら、少し離れたところに佇むルベウスを盗み見る。端正で、ゴシックな清楚さを感じさせながら、多くの戦果をあげてきた、憧れの女性。
(「ルーさんのために……!」)
 想いを込めたエネルギー光弾が鋭く的中し、敵のグラビティを中和していく。
 ……しかしエステルの角度からは見えていなかった。ルベウス自身が、どのような表情で敵を見据えているかまでは。
 ルベウスの脳裏にはずっと銀色が煌めいていた。銀の鐘を模した髪飾り。鈴の音のような、少女の気配。旧いルベウスの記憶が呼び起こされる。
(「そう……私も彼女と同じ。彼ら四騎士のような取り巻きとして、あの子達を作ったのよ……」)
 その口の端が老獪な魔女の如く歪んでいることに、仲間たちは気づかない。
 『怒り』にまとわりつかれたギーラハの剣気は、いよいよルベウスに届く目が薄くなった。
「…………」
 ギーラハは無言のまま両手の剣を握りなおし、構えを変えた。
 赤銅の刃が、美しい残像を描きながら舞う。激しく、鋭く、それでいて悠然と。全ての動作に無駄はなく、寧々花の鎧を斬り刻む。過度の負荷に、痛めつけられた部分の甲冑が自ら弾け、黒いボディスーツが覗けて見える。
「この身に消して消えぬ魂の鎧を」
 魂の鎧。それは瑠璃堂家に伝わる、主の生存を至上とする甲冑。自身の消耗を肩代わりした鎧は、治癒の力によって即座に修復されていく。
 その後も執拗に寧々花へと集中的に振るわれる刃。負担を一挙に被りながらも、寧々花自身の防護と治癒の力、皆の施した強化、敵に増殖していく弱体化が、戦線を堅実に維持していく。
 激戦のさなか、フローライトの脳裏に一瞬、槍を構えた巨躯の男の姿がよぎった。かつてフローライトが『負けた』のだというエインヘリアル。
(「だったら尚更……『負け』を増やす訳にはいかない……」)
「いくよ……葉っさん」
 連接棍形態。右肩の定位置に鎮座していた小型攻性植物が、触手を伸ばしながら硬化し、鋼鉄の鞭の如く敵に叩きつけられた。
「この戦いには負けない。おまえ達は横暴すぎる!」
 エステルは姿勢を低く落とし、斜め上に掌底打ちを突き上げた。弦月のためのアダージョ。体内に浸透した螺旋の力が、『ゆっくりと』死を敵の内部に広げていく……。
「我、神魂気魄の斬撃を以て獣心を断つ――」
 コロッサスの手の内に顕現せしは、闇を纏う雷の神剣。破邪の神雷と八雷の輝きを宿せし刀身、其が抜き放たれるさまは正に終末が如く、故にその名を【黄昏】と呼ぶ。放たれた斬撃は、正確無比にして敵の動きを縛りつける。
「命を賭けた戦いの結末は、勝利か敗北かではない。勝利か、死か。いずれかだ」
 それが戦場に向かう戦士の心よ。呟くと、ダンドロは大きく踏み込んだ。【断金・参式】。得物による単純明快かつ強力な一撃。戦士の眼力が選び抜いた最適解の斬撃が、敵を的確かつ強烈に打ち据えた。
 赤銅鎧を傷だらけにして、数多の不浄にまみれ、しかしギーラハは決して戦意を失わない。剣気が『怒り』を凌駕し、後衛へと打ち付ける。
 だが、寧々花はそこにも割って入る。甲冑鎧の全てを弾けさせながらも、献身的に仲間を護る。
「八百万の神は此処に在りて、遍く衆生には浄福の光を。そして凶星を祓う猛き兵には神風の護を……! さぁ皆さん、御旗は用意しましたよっ!」
 雅流神宮儀・終天の奉旗。『清らかな光と風』で満たされた乃恵美の結界がすかさず不浄を祓っていく。
「手が、ダメなら……足。足も……ダメなら……口。諦め、ない……から。いただき、ます……」
 ラヴェルナが創り出すのは、不可視の魔法の顎。黒喰。赤銅鎧に喰らいつき、小さな歯型を残して、咀嚼したものを己の糧と化す。
 癒えきれぬ傷も痛みも、ルベウスをいっそう冷静にさせていく。
「私の石を狙う者は、誰であろうとも、倒すわ……」
 胸の宝石を触媒に紡ぎ出された魔法生物は、黄金の巨大槍の如き姿で飛翔し、赤銅鎧の胸を貫いた。
 声もなくのけぞるギーラハ。
 胸を穿つ魔法生物が光の粒子となって消え果てると、赤銅鎧は重力に屈したように、アスファルトに膝をついた。
「……死力を尽くしての手合わせ、感謝する」
 武人としての一言を絞り出し、赤銅の鎧は朽ちていった。

●陽炎の向こう側
 風化したような残骸となった鎧に、『中身』の痕跡はない。赤銅のギーラハの人となりは、剣を交えて知れたものが全てだった。
 敵の撃破と仲間の無事を見届け、ダンドロは早々に踵を返す。
(「我が生は短く それこそ陽炎のように儚き物。だが生きる道程はこの暑さなど生温いほどの苛烈な日々となろう」)
 何れまた会うだろう敵を屠る為に 炎天より厳しく我が身を鍛えねば。冷厳なる鉄鎚はそうひとりごちた。
「よ、鎧、鎧、拾わなきゃ……ああ、ここにも……あ、あんなとこまで飛んでる……」
 すっかり内気な雰囲気に戻った寧々花は、パージしてしまった甲冑の残骸を拾って回っている。
「最期まで、武人であったな……」
 赤銅の残骸を見やり、コロッサスが感慨深げに呟いた。
「ええ……」
 頷くルベウスの顔色はあまり芳しくない。
 気づいた乃恵美は、キンキンに冷えた飲み物を皆へ振る舞いつつ、ルベウスを労う。
「ルーちゃん、大丈夫です? バテてないですか?」
「ありがとう……大丈夫、よ」
「ルーさん……」
 隣に並び、なおも心配そうな声を出すエステルに、ルベウスは大丈夫、と繰り返す。
「折角ですし、皆さんに夕食でもご用意しましょう♪」
「……賛成……ごちになるわ……」
 乃恵美の提案に、ラヴェルナが尾を揺らしながら真っ先に食いついた。
「少なくともあと三人……いや……さらに上にもう一人……か……」
 連れ立って帰途につきながら、フローライトがぽつぽつと呟いた。
「ルーの石……そこまでのモノなんだね……。今後も……気を付けて……」
 ルベウスは頷き返し、もう一度だけ、朽ちる赤銅を見やった。
 いつもより熱を持つ魔術回路に手を添え、茫漠たる記憶が心を侵食する不快感を覚える。
(「相変わらず、あの子は知りたがりなのね。まさかここまで探しに来るなんてね……」)
 赤銅色の残骸は、まるで陽炎の中に溶けるように、微塵も残さず掻き消えていった……。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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