タッジー・マッジー

作者:藍鳶カナン

●ハーブ・ガーデン
 夏の高原に爽やかな風が遊ぶ。
 戯れのように吹き渡る高原の風は涼やかで、けれど白い入園ゲート前でハーブ園の開園を待つひとびとは、その園内ではひときわ爽やかな風が吹くと知っていた。
 皆が広げるハーブ園のリーフレットを飾る文字は『夏のミントフェア』。
 夏の花盛りを迎えたハーブ園では瑞々しい緑を茂らせたミントも花盛り、スタンダードなペパーミントやスペアミントからアップルミントにパイナップルミントと、様々なミントが薄桃や淡紫、白といった可憐な小花を咲かせ、爽やかに香るその身を高原の風に揺らす。
 朝の涼しさを楽しみながら歩いてくるひとびと、少し離れた駐車場に車を停めてゲートへやってくるひとびと、そして、駅から来たシャトルバスが入園ゲート前に大勢のひとびとを降ろし、再び駅へひとびとを迎えにいく。
 白い入園ゲート前の広場に大勢のひとびとがつどって、間もなく迎えるハーブ園の開園に期待を膨らませていた、そのとき。
 夏の朝空から突如飛来した牙が、煉瓦敷きの広場を割った。
 巨大な牙はたちまち三体の竜牙兵へと変じ、
『オマエたちにフサワしいのは、チの、ニオいダ!』
『サア、ワレらをゾウオするがイイ、キョゼツするがイイ!』
『ソウシテ、チのウミに、シズむがイイ!!』
 星辰の剣を揮い、気の弾丸を放って、地獄絵図を描き出す。
 夏の高原に、生臭い血の風が躍った。

●タッジー・マッジー
 夏のミントフェアと綴られたリーフレット。
 それをテーブルに置き、クラリス・レミントン(春と修羅・e35454)は愛銃に触れた。
「……やっぱり、来るんだね」
「来るね。だけど、クラリスさんが警戒してくれてたおかげで事前の予知が叶ったからね、即刻ヘリオンを飛ばすよ。あなた達に竜牙兵達の凶行阻止と撃破をお願いしたいんだ」
 頷いた天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)がケルベロス達へそう告げる。
 事前の避難勧告は竜牙兵の襲撃目標を予知にない場所に変えてしまうため行われない。
「だけど警察にはもう協力要請済み。あなた達は竜牙兵が現れた瞬間にヘリオンから降下、そして即座に全員で攻撃を仕掛けて。彼らが一般人のことなんか眼に入らなくなるくらいに意識を惹きつけてやって」
 一般人の避難誘導は全部まるっと警察に任せて、と遥夏は続けた。
 現場にケルベロスが到着次第即座に警察の避難誘導は開始される。
 全力で戦いを挑んで敵の気を惹き、撃破することに集中するのがケルベロスの役目だ。
 自己強化などは後回しにすべきだろう。何を護るのか、はき違えてはならない。
 敵の数は三体。二体がゾディアックソード、一体がバトルオーラを装備している。
「星剣使いがスナイパーで、バトルオーラ使いがメディックだね。あなた達ケルベロスとの交戦となれば相手は撤退なんて考えない。死にもの狂いで向かってくるはずだから、全力で撃破してやって」
 但し、油断は禁物。
 遥夏はそう念を押し、再びリーフレットを開いて見せた。
「早々にあなた達が勝利してくれればハーブ園も無事に開園できると思うよ。折角だしね、夏のミントフェアを楽しんでくるのもいいんじゃない?」
 夏の花盛りを迎えたハーブ園のミントフェア。
 園内に点在するスタンドではミントを使ったスイーツやドリンクも花盛り。
 夏の陽射し色の生搾りレモンスカッシュにはミントの葉が飾られ、エメラルド色のミントシロップが落とされて、ワッフルコーンに涼やかな色合いのミントクリームが渦巻くミントソフトには、カラフルなチョコチップがぱらりと踊る。
 中でも意外に人気なのが熱いモロッコ風ミントティー。
「夏なのに……熱いのが人気、なの?」
「ふふふ~。熱くて苦くて甘くて、だからこそ飲んだあと熱引く時にね、ミントの清涼感がすーっと合わさって、涼やか爽快感倍増! って感じなの~♪」
 クラリスが瞬けば、真白・桃花(めざめ・en0142)が尻尾ぴこぴこそう語る。
 中国緑茶にたっぷりのフレッシュミントとたっぷりの砂糖を使って淹れるミントティー。丸めた茶葉の形状が火薬弾を思わせることから中国緑茶の名はガンパウダー、そのあたりもガンスリンガーの胸きゅんポイントらしい。
 美味な幸せを手に清涼な風に誘われハーブ園をめぐり、ミントのシロップにバスソルト、何を買って帰ろうか考えるのもきっと楽しいけれど、来園客が最も楽しみにしているのは、頁を捲ったところに見えた、タッジー・マッジー。
 タッジー・マッジー。
 それは芳香のある草花を束ねた小さな花束のこと。
 摘み放題のミントをメインにして、初夏からこの時期まで咲くラベンダーやカモミール、今が花盛りのセージやナスタチウムなどを少量ずつ摘んで、好みの小さな花束を作るのだ。
 自分のために作るのも、誰かのために作るのも、
「……素敵だね」
 眦を緩めてクラリスはそう紡ぎ、行こうか、と仲間達を促した。


参加者
千世・哭(睚眦・e05429)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
鈴森・姫菊(クーガー・e34735)
クラリス・レミントン(黎明の銃声・e35454)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ

●ミント・ガーデン
 爽やかな朝だった。巨大な牙が飛来するまでは。
 朝の光と一緒に空から見下ろす高原には花と緑に彩られたハーブ園、だがケルベロス達がまっすぐ目指すはその入園ゲート前、広場に突き立った牙から変じた竜牙兵達のもと。
 悪さするならお仕置きなんだから、と気合満点の空野・紀美(ソラノキミ・e35685)が、
「今日の空の色はねぇ……ミントフェアのミント色っ!!」
「君達にはもったいないくらい綺麗な手向けだろう?」
 降り立った途端に放つスプラッシュは明るく清涼なミントカラー。舞い散る色彩の煌きに瞳を細めて、瞬時に距離を殺した紗神・炯介(白き獣・e09948)も青白い地獄が奔るバトルガントレット纏った拳を揮う。
 敵勢に炸裂したのは激烈な重力震動波。色彩の飛沫と震動波の余韻が消えるよりも速く、朝の光に煌く無数の剣が鋭い驟雨となって降り注ぐ。
「さあて。ハーブじゃ払えない害虫退治の時間、っすよ!」
「ん。タチが悪すぎる害虫達には消えてもらう、よ」
 逸る鼓動と高揚のままに千世・哭(睚眦・e05429)が死天剣戟陣を叩き込めば、続け様に朝風を貫いた虹が敵の肩口を蹴り砕いた。虹よりも鮮やかにクラリス・レミントン(黎明の銃声・e35454)の双眸に煌くのは皆を護るための意志、
『オノレ、けるべろすカ!?』
『ムシケラとイッショに――』
「しちゃいますよ! わははーい! ミッントッフェア~♪ の為にもガツガツ虫退治!」
 一緒にするな、と相手に言わせる間もなく、リティア・エルフィウム(白花・e00971)が嵐の如き槍撃で躍り込めば、『虫ども』を薙ぐ嵐の中を極小の星が翔けた。
「全く、清涼感とかには程遠い連中だね。わめく声も害虫の羽音みたいに鬱陶しいぞ」
「ああ。聞くに堪えねえしな、とっとと終わりにさせてもらうぜ!」
 敵に弾けた星はナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)が撃ち込んだウイルスカプセル、幾重にも神殺しのウイルスに冒されたバトルオーラ使いをめがけて、不敵に笑んだ鷹野・慶(蝙蝠・e08354)が完璧に狙い澄ました恐鳥の戦鎚を轟かす。
 敵の胸を派手に粉砕する竜砲弾、骨の欠片が爆ぜ散った刹那、それより白い数多の紙兵が舞い吹雪いた。
「ゾウオだのキョゼツだの、ワンパターンでほんと虫並みのおつむよね、あなた達!」
 前衛に自浄の加護を齎しつつ、鈴森・姫菊(クーガー・e34735)は挑発的な笑みと言葉を敵へ向ける。――だが事前に要請されていたのは、まず『全員で攻撃を仕掛け』敵の意識を惹きつけること。自己強化などは後回しに、とも言われていた。
 けれど生じた隙を埋めるよう、思わぬ方向からの攻撃が竜牙兵達へ襲いかかる。雪の如き煌きで敵を刺し貫くのは銀の髪靡かす青年の、絶対零度の闘気とともに敵勢を翻弄するのは金の髪踊らす青年の技。
「ありがと! ノル、グレッグ!!」
 加勢してくれた顔ぶれにクラリスが笑みを咲かせた瞬間、
『ナラバ、まずはオマエからダ!』
 虹の怒りを刻まれた星剣使いが彼女へ斬りかかった。
 加護をも砕く斬撃に続くのは星座の輝きが齎す凍気、けれども、完全にケルベロスのみへ向いた殺意の外、警察に誘導された一般人が危なげなく避難していく様が、番犬達に更なる力を燈す。
「桃花ちゃんはクラリスちゃんをお願い!」
「合点承知! 受けとってくださいなのクラリスちゃんー!」
 重い斬撃を喰らった少女が前衛陣を呑む凍気を仲間の分まで引き受けたと見れば、紙兵を舞わせながら姫菊が声を張った。真白・桃花(めざめ・en0142)の自由なる光を感じれば、贈られた癒しごとクラリスは、高原の朝風を胸へと満たす。
 黒きガスマスクを通すことなく素のまま胸に送りこんだ涼やかな風から織り上げるのは、内緒話みたいに口遊むナーサリー・ライム。己でなく、誰かを喜ばせるための唄。
 ――ほら、お月さんが見ているよ。
 初めてマスクなしで立つ戦場、ひそやかに、けれど遮るものなくそこへと満ちる歌が朝の世界に降らせる月光めく輝きは、仲間達へ破魔の力を優しく授けた。
 たとえ敵陣に星の聖域が描かれようとも即座にその加護を砕ける態勢、そして各個撃破の最優先目標とされた敵メディック、即ちバトルオーラ使いを深く苛むウイルスが、たちまち『虫ども』を劣勢に追い込んでいく。
 星剣を揮う竜牙兵が放つ凍気の波濤へ小さな影ふたつが盾として跳び込んだなら、
「っしゃ! そのまま行け、ユキ!!」
「エルレも一緒に畳みかけていきましょう! そいや! そいや!!」
 彼らの主達が気勢を上げた。星剣使いでなくバトルオーラ使いへ襲いかかる雪色ウイングキャットの爪と慶の戦鎚、白きボクスドラゴンの吶喊と同時にリティアが両の手で繰り出す苛烈な突きが、傷だらけの骨の躯を更に派手な罅で彩って。
 焦る標的が己が気を還元すれど、修復される端から骨はボロボロ崩れ、回復効果の激減は誰の眼にも明らかだ。
「お膳立ては完璧だね。それなら」
 ――爆ぜろ。
 箱竜に護られた炯介が端的に紡いだ刹那、悪魔の翼と山羊の角が顕現した。全身を覆うは左目から溢るる地獄、青白き炎の刃で幾重にも斬りつければ、骨の躯の傷と裡から圧倒的な輝きが爆ぜ、
「うん! そのまま砕け散っちゃってねー!!」
 彼の絶大なる痛撃に続け、翼猫に護られた紀美が明るい声とともに無邪気に翻した指先で射手座のモチーフネイルが煌いた途端、一直線に翔けた魔力の矢が標的の頭蓋を貫通。その命すへてを打ち砕いた。
 粉微塵の骸が風に浚われるより速く戦場に奔ったのはクラリスの銃声と眩い輝き。彼女の全方位射撃が竜牙兵達に炎を齎せば、
「いいね。この国には飛んで火に入る夏の虫って言葉があるんだっけ?」
 鋭い眼差しでより深手を負った『虫』を見定めたナザクの戦闘衣で蛍火のごとくラインが光る。次なる標的へ即座に叩き込むのは『歪み』のビート、始まりと終わりがめまぐるしく逆転する呪いの音色が更なる炎を噴きあげ自陣への追い風を加速する。
 星座の重力を宿す斬撃に輝く凍気の波濤、高命中で襲いくる敵の攻撃も合間に星の癒しが挟まれるなら脅威は薄れ、
「一般人に危険がなくなった今なら遊んでやるのも悪くねえが、今日は予定があってな」
「そーいうこと! 俺らの本番イベントはこの先っすからね!!」
 機を掴んだ慶が召喚した大きな絵筆が相手の星の剣技を写しとり、いっそう彩り鮮やかな星座の輝きを叩き込んだなら、その華やぎと威力に破顔した哭が馳せた。
 澄んだミントの香りに癒されるひとときに想い馳せつつも、踏み出したなら戦いの熱さに無我夢中。一心に揮った黒き焔纏う鉄塊剣の一閃が黒の颶風となって敵を蹂躙し、命すべて止められた『害虫』が砂塵の如く崩れ去る。
「あと一体ね! 癒しはこっちに任せて、攻めはよろしく!!」
「もー! ばっちりですね姫菊さん、姫菊さんの分までぶちかましますよー!!」
 普段は見せぬピューマの耳と尻尾を気侭に揺らし、ばぁんと悪戯めかして指鉄砲を作って見せながら、姫菊が踏むステップは凍気の影響が残る仲間のために癒しの花を舞い降らす。初めてだというメディックの務めを的確に果たす彼女の姿に奮起して、リティアが蹴り込む幸運の星が骨の躯を大きく砕けば、煉瓦敷きに亀裂奔る広場に星の聖域が燈った。
 だが、
「悪あがきだぜ! そろそろ御退場願おうか!!」
「同感だね。もう幕引きの頃合だよ」
 絵筆ですかさず描き出した空中に浮かぶ道を慶が滑走突撃、薄紅の花散るようなオーラを凝らせた炯介も超音速の拳を叩き込む。星の加護を砕かれ派手に吹き飛ばされた標的を間髪容れずに追う輝きは、ナザクが構えたバスターライフルから迸った凍結光線。
「ミントアイスより清涼感あるかもな」
「そんなら俺も氷を追加! できるといいな!!」
 一撃で幾重にも氷を生むのはジャマーたるナザクの攻撃ならでは。氷片とともに鉄塊剣で骨の躯を喰らいつつ、哭が刃に乗せた空の霊力が新たな氷を奔らせて、皆の猛攻がひときわ勢いを増した。
 甘いストロベリーブラウンの髪をふわりと踊らせながら、華奢な腕で揮った超重の一撃で過激な凍結と衝撃を齎して、紀美が友を振り返る。
「準備おっけー! キメちゃって、クラリスさん!」
「今の紀美の一撃が強烈だったから、ね。確り決めるよ」
 熊本の惨劇からずっと感じていた怒りの衝動。
 けれど今日のクラリスを衝き動かすのは怒りではなく、
 ――ただ、皆を守りたいの。
 胸に清涼な光を燈すようなその気持ち。
 想いごと凝らせる心地で解き放った気咬弾が、見事に戦いの終幕を飾った。

●タッジー・マッジー
 爽やかな風が渡る。
 瑞々しい緑と可憐な花々に軽やかな波が躍れば、戦いの勝利とミントフェアの無事開催に溢れんばかりの笑顔で哭が、
「お疲れ様! こっから御褒美タイムっすよー!」
 流れるように皆とのハイタッチを決めて駆けだした。
「いやっふぅーミントフェアー! いってきまーす!!」
 羽ばたく箱竜と一緒にリティアが飛びだした世界は花盛りのミントだけでも数十種以上、爽やかなラベンダーにタイムにアニスなど様々な花にも彩られ、涼しげな木陰をつくるのも月桂樹やエルダーフラワーの樹というこだわりぶり。そこにスタンドを見つければ、華麗なミントティーグラスに注がれる熱いミントティーがお出迎え!
 掲げたリティアのミントティーグラスに軽く触れたのは、お目当て同じな桃花のグラス。乾杯して飲めば苦さも甘さもたっぷり濃厚、燈った熱が引くのにすうっと涼やかなミントの清々しさが重なれば、
「わあ……こう、染み渡るぅ~って感じですねぇ!」
「ふふふ~。モロッコのミントティーってね、別名モロカンウイスキーって言うの~♪」
「なんと! これはやみつきになりそうですねぇ、エルレ!」
 成程、虜になりそうな快感。
 箱竜と頷き合う仲間の様子に笑みを咲かせた紀美はミントティーグラスに眼を奪われる。鮮やかでクリアな色に煌き踊る金彩。
「ひゃああ、きれいすぎるー! 写真! みんなで乾杯するとこ写真撮らせてー!!」
「熱さの後に涼運ぶミントティー……夏の贅沢って感じ、だね」
「この生搾りレモンスカッシュもね! 戦いも広場のヒールもお疲れ様!!」
 柔く瞳を緩めるクラリスの眼前で、スバルが夏陽色をミントの緑が彩るグラスを揺らす。とっちも素敵だねと満面笑顔なノルも、ほんのりそわそわなグレッグも、其々スカッシュを手にすれば、
 ――乾杯! の幸せを、紀美お気に入りのアプリが確りと!
 喉も体も心も潤して、
「次はチョコミントソフト! やっぱ夏はアイスだよねー!」
「あっ、わたしもわたしもー!」
「私も、気になってた」
 大盛りの夢めがけて駆けだすスバルに紀美とクラリスが続く。
「……チョコ、ミント……」
「チョコミントソフト、俺もだいすき!」
 実はチョコミントが苦手なグレッグが、ノルの愛情たっぷり『あーん』に見舞われるのももうすぐのこと。
 乳白にほんのり溶けこむ涼やかミントブルー。
 軽快にくるくる渦巻くソフトクリームの頂にぴんとツノが立ったなら、カラフルなチョコチップがぱらりと踊って、クィルのお勧めでヒノトはチョコミントに初挑戦。小さな緊張と大きな期待とともに味わえば。
 蕩ける冷たさ涼しさ甘さに爽やかさ、パリパリ弾けるチョコチップ。
「んんん、すっきり爽やか甘くてすごく美味しい。ヒノトくんはどう?」
「ああ、美味い! 夏にぴったりの爽やかな味――っと、ほらあそこ!」
 ぱっと笑みを輝かせたヒノトが視界に捉えたのはクィルの探し人。チョコミントアイスに頬が蕩けそうな彼が桃花に訊きたかったのはその作り方。
「ああんクィル大将お手製に期待なの、勿論ミントシロップ使うみたいなの~♪」
 ミルクに卵黄にお砂糖、ゆるく泡立てた生クリーム。
 刻みチョコを混ぜるのは、アイスが確り冷えてから。
 瑞々しいミントの葉に彩られるのは夏の陽射し色の生搾りレモンスカッシュ。キラキラな夏陽色にミントシロップが注がれれば、夏の光にエメラルド色の陽炎が踊るよう。
「きょーすけ、かってかってー!」
「勿論おごらせてもらうよ、あの日の労いにね。良ければ、ナザク君にも」
 眼前のスカッシュに劣らず瞳をキラキラさせるヴィルフレッドのおねだり、それを炯介が叶えるのは決定事項だ。なら俺からはミントスイーツをと頷くナザクと己の友が、
「炯介も大活躍だったみたいだな。ヴィルフレッドには本当、世話になったよ」
「ナザクさんも元気そうで何より。僕もチャリをこげるくらいには元気になったよ!」
 和やかに語らう様に改めて安堵の光が炯介の胸に燈る。
 魔竜王の遺産、ドラゴンオーブのもとへ突入した炯介、魔竜アストラ・ワイズを命がけで食い止めたナザクとヴィルフレッド。熱いミントティーとひんやりミントソフトのコラボに惹かれるナザクがそれらを手にしたなら、あの日の互いの活躍に――乾杯!!
「やっぱりハーブ園で味わうものは格別な気がするね。他のも片っ端から制覇したい」
 何なら二周目も、とナザクが口許を綻ばせれば。
「折角だからね。気が済むまで楽しもう」
 あの日の熱まで癒してくれそうなスカッシュを味わった炯介の眦も、自然と緩んだ。
 生搾りレモンの酸味と炭酸が冷たく弾け、ミントシロップが芳醇な甘さと清涼を咲かせる幸福を堪能したなら、次に哭とレクトが向かうのは、香る緑と花を重ねる幸せ。
 星めく斑入りのパイナップルミントに友の瞳思わすラベンダーの花を合わせ、
「清涼感がレクトさんに似てると思うんすよね!」
 星を見上げるときの虫除けに、と花束を差し出す哭の笑みがとびっきりで、
「じゃあ俺も、無邪気で明るくて、優しい哭さんに合うとっておきを」
 笑みを零したレクトがまず選んだ緑は花めいて香るラベンダーミント、ここに赤いものも混ぜたいですねと瞳めぐらせ、輝くような赤咲くゼラニウムを摘みとった。この花を選んだ理由はそっと秘め。
 林檎みたいな香りと丸い緑の葉で環を描くのはアップルミント、その内側では真紅の花が柑橘めいて香るベルガモットも環になって、芯にはバーベナが可憐なピンクの彩とレモンを思わす清涼な香りで咲き溢れる。
「凄くいい出来じゃないかしら……!」
 格別なタッジー・マッジーの仕上がりに破顔し、姫菊は抱いた花束の香りを胸に満たす。
 恋の魔法薬に使われたという花、その御利益にもひっそり期待。
 艶やかなバジルミントの緑に、白く柔らかなラムズイヤー。ラベンダーとローズマリーを立ち上げ、輝く純白が八重に咲く梔子を。
 魔法をかければずっと瑞々しいかもしれないけれど、
「今は、いつか朽ちる花をあげたかった」
 ――今生きてる花を、お前に。
 微笑む慶に贈られたタッジー・マッジー。それを大切に受け取って、
「これで、これがいい。花は、いつか朽ちるものだから」
 嬉しげに目元を和ませた真介は、そっとラベンダーに触れた。花言葉は『沈黙』、あまり話すのは巧くない自覚はあるけれど。それでも、伝える。
 ――ずっと、傍にいるから。
 迷わず選んだキャンディミントに縁取られ、夏空色のスカイブルーセージが咲きあがる。
「桃花、ここに加えるなら何が……っと」
「ああんそれはもう『海の雫』一択! だと思うの~♪」
 君に贈る花束を君に訊いてどうする――とスプーキーが我に返ったのには気づかず桃花が挙げたのは、露めく小花咲き零れるローズマリー。
「夏咲きもあるんですねぇ、私にもお願いできますか?」
「お店の花ならこれとか楽しいかも~!」
 名前も可愛いキャットミントにレモンバームやラベンダーを抱くルリには、可憐な薄桃の撫子みたいに咲くソープワート。キッチンでソープ代わりにもできちゃう素敵なハーブ。
 摘みとるのはオーデコロンミント。
 けれど夜の唇が紡ぐのはその別名、ベルガモットミント。淡紫の花咲き柑橘香るそれに、貴方が淹れてくれる紅茶の匂い、とアイヴォリーの瞳に幸せが燈る。
 冴える青の矢車菊に清々しいラベンダー。深い青と紫をショコラリボンで抱きしめれば、ベルガモットミントに包まれたシナモンクリーム色咲くナスタチウムを藍色リボンが抱く。お互いに、独り占め。
「ふふ。考えることはおんなじですね」
 ――すき。
「……ねぇ、俺がいちばん食べたい花は何か、知っている?」
 甘い色のエディブルフラワーを愛しく撫ぜる夜が、彼女の耳元へ囁きを落とす。微笑んだアイヴォリーは、シナモンクリームの髪をふわり揺らして。
 ――ハーブの香る、キスひとつ。
 古来より娘達の爪を彩ってきた紅花。
 これは見逃せないー! と駆けていく紀美。安らぐ香りの花に手を伸ばすクラリス。俺も作ろうかなぁと笑うスバルに作りなよとチョコレートミントをノルが摘む。
 皆を見ればグレッグの胸に燈る温もりと、
 ――今の幸福を教えてくれた大切な人への、感謝を込めて。
 爽やかなスペアミントと白い小花が星みたいに咲き溢れるキャラウェイを彼が束ねれば、ラベンダーとカモミールに魔除けのセージ、そして今日を象徴するような明るい緑のペパーミントを結ったクラリスも皆を見渡した。胸の蕾が綻ぶ心地。
 気づいたノルが柔く笑む。
「大丈夫、俺たちが一緒だよ」
「……ん。そうだよ、ね」
 ――この幸せを守る為にやれること、見つけたかもしれない。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 1
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