闇夜に揺らぐ怪魚

作者:猫々ののみ

 郊外の公園。
 通常であれば散歩や語らいを楽しむ憩いの場は、宵闇のとばりに閉ざされ、静寂に満たされていた。ところどころにしかない園内の外灯が寂しげに一部を照らす。
 その外灯さえ届かぬ一角に、大きな影がゆらりと動いた。
 体長2mはありそうな怪魚だ。通常ではありえないが、空中を泳ぐように浮遊している。燐光を思わせる青白い光が、泳ぐ怪魚の軌跡から魔法陣のようなものを浮かび上がらせた。
 その中心に、デウスエクスが召喚される。見た目にはビルシャナに近いが、より狂気がやどる目を、さらに鋭いくちばしを……獰猛な獣を思わせる姿していた。そこに知性のカケラを見出すことはできない。
 バサリと大きく翼をはばたかせる。
 怪魚の口元がカチカチと笑うような音をあげた。
 
「東京寄りの千葉県で、死神の活動が確認されたっす!」
 オラトリオのヘリオライダー、黒瀬・ダンテがこぶしを握りしめながら言った。
「……とはいっても、かなり下級の死神で、浮遊する怪魚みたいで、知性を持たないタイプっすね」
 腕を広げ、ダンテはその怪魚が大きいことを表現する。
「死神は地球で死亡したデウスエクスを、変異強化した上で戦力として持ち帰ろうとしているみたいっす」
 デウスエクスをサルベージすることで戦力を増やそうとしているのかもしれないが、それを見逃すことは出来ない。
「奴らの出現ポイントに急いで向かって欲しいっす!」
 ダンテはぐっとこぶしを握った。
「召喚されたビルシャナは、知性を失った状態っす」
 軽く羽ばたくようなそぶりをして、ダンテは「妙な祈りで閃光、氷、炎を放ってくるらしいっす」と眉間にしわを寄せる。
「死神は……単純にというか、噛みついてくるっす」
 それと周囲の怨念をかき集めた黒い弾丸を放ち、敵群の中央で爆発させてくる。
 公園は遊具のある一角と散歩などを楽しむ遊歩道で構成されている。ある程度広く、芝生などの広場も多い公園だ。
「周囲の人にはもう避難勧告が出てるっす。つまり、周囲を気にせず戦うことができるっす!」
 一度ゆるめたこぶしを再度握りしめ、ダンテは集ったケルベロス達を見回した。
「デウスエクスを復活させ、更なる悪事を働かせようとする死神の策略は阻止してほしいっす……!」
 願いを込めた呟きは、心からあふれたモノだった。


参加者
ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)
癒伽・ゆゆこ(湯治杜の人形巫女・e00730)
四之宮・徹(救われた炎の刀剣士・e02660)
エンデ・シェーネヴェルト(飼い猫・e02668)
白・常葉(執事式中年プロデューサー・e09563)
トゥル・リメイン(降り注げ心象・e12316)
鬼塚・水陰(ドラゴニアンの巫術士・e17398)

■リプレイ

●理から外れたモノ
 宵闇の公園に夜風が吹き抜けていく。
 夜とは言え静かすぎる街。避難勧告で、本来であれば人々が生活する場は沈黙のとばりに覆われていた。そんな中、いくつかの影が移動していく。
「静かだな」
 ヘリオンから降り立った四之宮・徹(救われた炎の刀剣士・e02660)は細く息を吐いて空を見上げた。晩秋の空に細い月と遠い星が散らばっている。
 遊具のある一角を通り過ぎ、遊歩道を進みつつトゥル・リメイン(降り注げ心象・e12316)もまた、その言葉に続くように空を見上げた。空に浮かぶ月と似ている目を細めると、そうですね、と夜を乱さぬ密やかさで同意を示す。
「魚はどこにおるんかなー?」
 そんな静けさを割って、白・常葉(執事式中年プロデューサー・e09563)はのほほんと言った。額に手をかざしながら見回すのに合わせて、こげ茶の癖っ毛が左右にハネる。きょろきょろと周囲を見る目は彼自身の気持ちをありのままに表した。
「ボク達がデウスエクスを倒せば倒すほど、死神が付け入って勢力を伸ばそうとする。……死神の因子といい、これってよく考えたら物凄く厄介な特性だよね」
 ティクリコティク・キロ(リトルガンメイジ・e00128)はポツリと呟いた。
(「ヴァルキュリアよりも面倒かも」)
 ひっそりそんなことも思い、その目に陰りを落とした。
「狙いはわからないけど、とにかくサルベージは阻止しないとドラゴンやエインヘリアル、ドリームイーター、世間を騒がせてる奴らよりずっと恐ろしい連中になるかもしれない……」
「二度目のサルベージってのはまだ聞いた事ねーし、取り敢えず蘇った奴を一度仕留めりゃ次はないと思いたい所だな」
 指を折り、そのまま拳を作ったティクリコティクに、エンデ・シェーネヴェルト(飼い猫・e02668)が首の後ろだけ長い、結わいた髪を揺らしながら応じる。黒から青へグラデーションするその髪は猫の尻尾の様にも見えた。
「――不粋なものだと言わせて頂きましょう」
 鬼塚・水陰(ドラゴニアンの巫術士・e17398)は死神に対する評価として、ばさりと一言で断ち切る。
(「敵の戦力を増やすわけにいかないという事もありますが……それ以上に、気に入りませんな」)
 そんな思いのまま、意識しないまま口元を引き結ぶ。
「死者の安穏を破るとは、死神の風上にも置けないやり方だね」
 水陰の言葉での一刀両断に頷きつつ、アルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)はくるりと指先を回した。
「デウスエクスをさらに恐ろしい物にしちゃう死神さん……大変なことになる前になんとかしないとですね……」
 色白の小さな手をぎゅっと握りしめ、癒伽・ゆゆこ(湯治杜の人形巫女・e00730)は決意を口にする。
「死体の数だけ死神勢力が増えるっつーのもぞっとする話だし、見付け次第で仕留めてくしかねーだろ」
 エンデは仕留めることを示すように、揃えた指先から腕を横へと真っ直ぐ空気を切るように動かした。
(「俺としちゃ、死は万人に等しく平等であって欲しいもんなんだけど、ね」)
 細い月がエンデの鮮やかで真っ青な瞳を映す。そこには明るく懐っこい口調とは裏腹な、冷静沈着の光を宿していた。

●蘇えるモノ
 風が吹いた。今までの夜風とは何か違う、と思われた。
 それは、ケルベロスだからこそ感じた『何か』だったのかもしれない。
 園内の所々にしかない外灯の光源が届かない場所で揺らぐ影。闇に慣れた目だから、それをとらえることができた。
 大きな影が動くと共に、燐光を思わせる青白い光が魔法陣のようなものを浮かび上がらせる。
「魚か、あれは焼いても不味そうだな」
 影が空中を浮遊する死神である怪魚だと認めた徹はぼやいた。
「食うんか?!」
 常葉の突っ込む声音に反応して死神がケルベロス達へと体を向けた。ほぼ同時に、魔法陣のようなものからもう一つの影が出現する。出現した影は鳥の姿を成した。
「ゾンビなビルシャナさん……なんだかいつも見かけるのより怖い雰囲気なのです……」
 狂気が宿る目と鋭いくちばし……普段見るビルシャナよりもさらに獰猛な獣を思わせる姿にゆゆこは思わず声を上げた。そこに現れたビルシャナに、自ら光の使徒を名乗る知性のカケラを見出すことはできない。
「いつもはあないに元気なビルシャナちゃんも静かになるもんなんやなぁ。これはこれで敵としてのオーラが増してええ感じ」
 軽口をたたいた常葉だったが、ビルシャナが大きく口を開くのと共に翼をはばたかせた姿に思わず「やないですね! こわ!!」と自分を抱きしめるようにして前言撤回した。
 万が一にもこの場に人が紛れ込まないよう、エンデが殺界を形成する。
「死者は死者へ、塵は塵へ。……大人しくもう一回眠っとけ」
 低く宣しブラックスライムを死神へと向かわせる。
「さてはて、死者の魂。――しかとこの目に焼き付けましょう。そして死者を呼び起こす死神、あなたの魂も」
 皆の盾となるようにトゥルとサーヴァントが前に出ると、一番近い死神が大きく口を開き、噛み付いてきた。トゥルはそれを肩を引いて避けると、子供のように目を輝かせる。
「――来なよ」
 死神の魂を喰らうような一撃を放った。
「まぁ、食うかどうかは、冗談だ。――さて、死体も残らないよう、灰にしてやろう」
 徹は一度死神とビルシャナを見定めると死神へと踏み込み、一瞬にして抜刀すると狙いを定めた一体を斬りつける。続けてバルムンクは弧を描き、急所を的確に裂いた。
 水陰は前へ進み出た仲間達を認め、ゾディアックソードで地面に素早く星座の並びを描いた。
「護りとなりなさい」
 水陰の囁きと共に光りが溢れ、仲間の守護となる。
「流石は魚類、臥死の情感も理解できないような知性の低さであれば、存在している価値なんてないよ」
 アルシェールは死神とビルシャナの様子に目を細めた。
「執事はディフェンダーだ。しっかりと皆の盾となるように。……大いなる僕の命令だよ」
 己のビハインドである執事へと命じ、自身は拳を作る。
「僕が骨まで残さず消してやるよ。――この拳でね」
 アルシェールの握った拳に腐食をもたらす拒絶の炎が宿った。
「これが、大いなる業だ」
 自分もろとも死神の一体の一部を墨のようにさせる。
(「どんな小さなサルベージも逃さない。ここで、絶対に叩き潰す」)
 ティクリコティクは金の瞳にその思いをたぎらせる。
「我が杖に集いし雷よ、鬨の声となりて轟け!」
 自分よりも大きな杖を、全身を使って勢いよく振り回し雷の壁を張り巡らせる。前衛の仲間のために活力を増進させる場を構築した。
「魚のせいで腹減るし、始めよか。……体力の減っとる奴から畳み掛けてくで」
 それぞれの活躍に軽く手を鳴らし、常葉もまた動き出す。ケルベロスチェインを操り、一番弱っていそうな死神を締め上げた。

●倒されゆくモノ
 トゥルが流星を思わせる煌めきと重さを宿した飛び蹴りを炸裂させ、死神を足止めする。
 水陰のチカラが半透明の鎧に変形し、守護となった。短く礼を述べるトゥルに頷くだけで応じて、星座の重力を剣に宿すと、短い気合いの声と共に重い斬撃を放つ。
(「可能ならば死神の情報を集めたいところですが」)
 水陰の中でチラリとそんな思考も掠めるが、どこか楽しげにも見えるトゥルの様や仲間達の様子に、今はひとまず自分自身の使命を果たさんと勤める。
「じっとしててくださいなのです!」
 ゆゆこは数の多い死神から集中的に攻撃する仲間達の邪魔をビルシャナからされないために、足止めとしてライトニングボルトを放つ。ばっとその場に閃光が広がった。その光に、ビルシャナが耳触りな声をあげて不快の思いを露わにする。
「癒伽さん! その調子!」
 ティクリコティクはそう言いつつも、自らもブラックスライムを放つ。放たれたスライムはまるで薔薇のように広がり、死神を包み込んだ。さらにアルシェールの振るう大鎌が死神の生命力を削る。
「シェル! おもいっきりやっちゃえー!」
 ティクリコティクの声援での後押しにアルシェールは視線だけで応じ、口の端に笑みを作った。握った拳に信じて信じられる心が宿り、それは魔法へと変わり、渾身の一撃として叩きつける。
 徹は地獄の炎を武器に纏わせ、敵へと放つ。死神はその勢いに押されるように退いた。
「血潮は鉄で心は炎、幾たびの後悔を越えて、先は見えず。しかし、大切な者ために、戦い続ける。そして、この身体は、炎の剣でできていた――」
 宣した徹の背中から噴出した炎がまるで翼のようになった。飛び上がりながら作り出した炎を周囲に漂わせると、己が思い描いたものと現実と繋げ、無数の剣や槍を心象世界と繋がった炎から少し離れた死神へ射出する。
「逃がさん」
 自分自身の回復なども味方に任せ、エンデは冷静に積極的に斬り込んで行く。レゾナンスグリードでどっぷりとブラックスライムに死神を呑みこませ、足止めした。
 がぶりと噛み付いて応戦してくる死神に痛みや恐怖をあまり感じない質のエンデは表情を変えず、持ちこたえる。
「――さようなら、美しい世界にお別れを」
 一体の死神に世界との永遠の決別を与えた。
「みんなを倒れさせないのです!」
 ゆゆこは病魔祓の御幣を振るい、死神に噛み付かれた仲間達のために雷の壁を構築する。
 ティクリコティクもまた霹靂の杖を振るい、そこからほとばしる雷を死神に放った。
 ケルベロス達から集中的に攻撃を受け、もう少しで最後の息となる残り一体の死神が苛立ちを示すようにカチカチと歯を鳴らす。
「おー、魚でも邪魔すんなって顔すんのな!」
 仲間達に干渉された死神の様に常葉は茶々を入れる。
「あの見た目、胃に来るわー。――俺……帰ったら幻の高級魚、クエ鍋食うんや……」
 へらへらしながらも常葉の目は、特に後衛が狙われないように油断なく敵の動作を気にしていた。

●消えゆくモノ
 仲間達の協力の元、見事死神三体を討ち果したケルベロス達は、残ったビルシャナへの集中攻撃を開始する。ゆゆこは仲間達にライトニングウォールを今一度構築した。
「暗雲齎すは頽廃、辿る道は必滅。命の灯火、呑まれて消えろ!!!」
 ティクリコティクは対デウスエクス用のウイルスが入ったフラスコを投げつけ、暗雲めいたガスを散布する。
 ビルシャナの上げる声は言葉ではなく、獣の咆哮でしかない。
「ビルシャナちゃんが喋られへんようになるとつまらん! 覚えたで!」
 常葉はふと口元に笑みを刻んだ。
「まだ遊び足りんやろ?」
 そう言うと翠光の尾を持つ魔術弾を撃った。ビルシャナを捉え、爆ぜ、光の魚が生まれる。生まれた魚はビルシャナの体内を目指して肉を裂いた。
「安らかに眠ってくださいなのです!」
 ゆゆこは自身の杖から生み出した雷をビルシャナへと放つ。
 アルシェールは大鎌を振るい、徹が日本刀を振るい、エンデは蹴りで急所を貫く。
「逃がさぬよ」
 水陰は雷の霊力を帯びたゾディアックソードで、神速の突きを繰り出した。
 少しずつ削られていた体力を8人から一斉に攻撃され、ビルシャナが翼をばたつかせ苛立ちと焦りを表す。
「――撃ち抜け」
 トゥルの一言と共にガトリングガンを模る禍々しい呪紋の塊が虚空より発現する。強引に圧縮された空気の弾丸は、鋼にも劣らない破壊力でビルシャナを貫いた。
 ビルシャナが場を砕きそうな声を上げる。ケルベロス達の鼓膜に破りそうなそれが、ビルシャナの最後の声となった。
 ビルシャナがその場に崩れ落ち、地につく……と思えた瞬間に、その姿が消滅する。
 まるで、もともとそこに存在がなかったように。
「……消えた」
 その現象を徹はあえて口にしてみた。言葉として発して、現実をより実感するように。
 それまでもきっと風はあったが、今になって空気の冷たさを感じ、自分自身の体温の高さを自覚する。
「お疲れさーん!」
 常葉が明るい声音と共にぱんっと手を叩いて戦闘で張り詰めていた空気を解放する。
 張り詰めていた空気から解放されたのと、思いの外大きな音にゆゆこが「ほわっ!」と妙な声を上げつつピョンッと跳ねた。ひっそり、水陰もビクッと肩を震わせる。
(「驚きました……」)
 思わず胸の前に拳をつくり、水陰は意味もなく辺りを見渡した。
 自分の声と行動にゆゆこは眉尻を下げ、少しばかり頬を赤くして視線を落とす。
(「変な声が出ちゃったよう……」)
 ややうつむきがちなゆゆこにティクリコティクが「大丈夫?」と声をかけた。
 トゥルは仲間に負傷者がいないか目視で確認したのち、今回得たものを心の中で反芻する。
「お兄さんが鍋奢ったろか?」
 常葉が両手を広げつつ提案すれば、エンデが「そりゃあいい」と笑顔で乗じた。そこに、戦闘中の冷淡さはない。
「豪勢なものを用意してくれたまえ」
 自宅貴族を称するアルシェールが頷く。
「さっき言ってたクエ鍋ですか?」
 ティクリコティクが問いかけ、「というか、クエってどんな魚ですか……?」と首を傾げた。
「……全員分となると結構な値段だな……」
 呟き、続けて「楽しみにしている」と徹は常葉に目を向ける。
「クエ鍋限定?!」
 そんな叫びが、平穏を取り戻した園内に響いた。

作者:猫々ののみ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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