火焔魔人

作者:ふじもりみきや

 暑い暑い、陽炎が立つように。景色も歪む暑い日のことであった。
 まるで窒息するようなその暑さ。溺れるような空の中。
 黒い死体が蟻のように。その世界に散乱しているのであった。
 焼けている。斬り伏されたものもあるようだが、どの死体も炎に呑まれた跡がある。酷いものなら顔の判別が付かぬものもあった。
 子供も老人も。男性も女性もない。
 ただ、そこにいるだけで襲撃された町の人たち。
 なんてことのない街角の、なんてことのない日常のが廻るはずの場所の惨劇であった。
 ……そして。
 死体の向こう側で影が揺らめいた。
 見失うはずもない巨体。巨大で禍々しいその得物。けれどもその姿は暑さの所為か、蜃気楼のように歪んでいる。
 それは声を発しない。逆境で表情はよく見えないが、どこか笑っているように見えた。
 ……窒息するようなその世界。
 街角のテレビが溺れるようにクラッシック音楽を奏でていた。


「凶悪犯罪者の放火魔エインヘリアルだって?」
 ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)の言葉に浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)は頷いた。
「この暑い中、ご苦労なことだ」
 軽く。そう言って手団扇で己の顔を仰ぐ。対するロストークは穏やかに。少し困ったように頷いた。
「確かに、暑そうだったね……できれば、何かの間違いならよかったのだけど」
「まあ、何かの間違いになるかどうかは、諸君らしだいだな」
 一呼吸。月子は置く。
「ともあれ、だ。エインヘリアルによる虐殺事件が予知された。これは過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者で、看過することはできない。……理由は二つ」
 知っているものもいるだろうが。と、月子は前置きをして、
「ひとつは、彼らが愛すべき市民たちを襲い殺してしまうこと。そしてもうひとつは、それにより人々に恐怖と憎悪をもたらし、地上で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせてしまうこと……」
「一つ目の理由だけで充分、見過ごすことはできないと思うけれども、ね」
「うん。それもそうだ。……と、言うわけで。急いで現場に向かってこのたくらみを阻止してほしい」
 人差し指を立てて、まるで夕飯にでも誘うような口調で月子は言う。それで、と続けた。
「出現するエインヘリアルは一体。放火魔というだけあって、炎を使う。また、巨大な刃物のような武器を持っていたので、それにも注意してほしい」
 それと……。と、月子は少し考え込む。
「場所は街角だ。少々人が多い。犠牲を少なくしたいのであれば、わき目も振らずに一目散に駆けつけて、そして問答無用で斬り付け給え」
「それで……被害は抑えられますか?」
 話に入ったのは、萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)だった。その言葉に、ロストークがしばし考え込む。
「どうだろう……。確かに、戦闘が始まれば、普通の相手なら僕たちの迎撃をするだろうし、ほかの人にかまっている余裕はないはずだけれど……」
 そうでないものもいることも、二人は充分に知っている。故に警戒するような問いかけに、月子は頷いた。
「今回の敵においては、一般人のことは考えなくていい。……勿論、あくまで」
 月子が顔を上げる。確認するようなその目に、
「わき目も振らずに一目散に駆けつけて、戦闘を仕掛ける、だね」
「そういうこと」
 ロストークの言葉に、よくできました。なんて頷く月子。
「……まあ、特に炎には気を付け給え」
「……頑張りましょう。俺も、少しでも手伝いたいと思います」
 雪継が神妙な顔で言う。
「俺も、家族を火事でなくしたので。そういう人が絶対に無いように」
 少しだけ、その声音がいつもと違っていて。ロストークは微笑む。
「うん。そうだね。がんばろう。……守れるように」
 彼はただ優しく。そしていつものようにしっかりとそう返すのであった。
 ……暑い暑い。溺れるような夏の空が続く日のことであった。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
パウル・グリューネヴァルト(森に焦がれる・e10017)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)

■リプレイ


 その日の気温は今年の最高気温を更新した。
 陽炎がにじむような暑さ。ビルの大型テレビはしきりに窒息するようなクラシック音楽を流している。
 その傍らに、陽炎が揺らめいて。
 巨大な鉄の塊を持った何かがいつの間にか佇んでいた。
 滲むような炎が周囲にうつる。ショーウィンドウが破れて建物に火の手が上がる。火事だ、と誰かが叫んで悲鳴が上がった。それは腕を振り上げる。ただ無言で昔の人斬りを思わせるような仕草でその腕を凪いで……、
「……、させ、ない……!」
 ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)が走った。機会は一瞬しかないことを理解していた。
 鼻先の炎が視える気がする。鉄塊が如き炎をまとう得物の下を潜り抜ける。今まさに始まろうとしている殺戮の宴。それが始まる一瞬前に……、
「その未来は覆す。守りたいものを、守ってみせるんだ……っ」
 流星の如き蹴りと共にロストークは突っ込む。巨体への攻撃と同時に、
「余所見は許さない。キミが見るのはこっちだよ……!」
 熱気を裂くような凍える弾丸がシエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)から撃ち出された。武器持つ腕を狙ってその熱気をかき消すように氷を叩き付ける。
 それで、敵もまた彼らを見た。逆光でその顔も、表情も、よく見えない。……ただ、
「今日も、旧き勇者がまた一人。……相も変わらず、凡そ適格でない者ばかりね。まぁ……その後始末をするのが選定者であった者達の務めなのでしょう」
 窒息するような暑さ。陽炎のような現実のなさ。それすらも淡々と受け止めて、セリア・ディヴィニティ(蒼誓・e24288)は光翼を大きく広げ光の軌跡を描きながら飛び込む。そして戦乙女の槍を突き出した。冷気を纏った武器は敵の腹に沈み込む。……それに、
「……!」
 炎の鉄塊が叩きつけられる。セリアが当たるその寸前、キース・クレイノア(送り屋・e01393)がその腕を引っつかんで投げるようにしてその場から遠ざけた。
「……っ、あー……暑い、あつい、あつい、あつくるしい。間一髪で俺も避けるつもりだったけど、さすがにそううまくはいかないか」
 避けきれずに裂くというより潰された右腕。焼け付く痛みと腕を包むように燃える炎。まるでどうでもいいことのようにキースは目をやってシャーマンズゴーストの魚さんに声をかける。
「魚さんは、あつさには弱いだろうが大丈夫だろうか」
 魚さんは応えない。ただ祈りをささげる魚さんに、うんまあいいんだけど、とキースも地を蹴った。
「初撃……。大丈夫です。守れました。まずは、援護します」
 リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)が守護星座を描き出す。控えめに。はかなげに。そっと顔を伏せるようにして援護を行う。初手で鼻っ柱を叩き込む。予想通りに相手はこちらに釘付けになっていた。
「今のうちに避難してください。東側は火災が発生しています。駅のほうに向かってください!」
 萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)が声を上げる。視線に気付いたのか、ですよね。って、笑顔を向けた。リコリスは小さく頷く。その笑顔はいつもと少し違う気もしたのだけれど、
 そんな彼女や逃げる人々に一度視線をやって、ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)は周囲の熱量を操作する。
「幻惑の薔薇吹雪、舞い散りなさい! 災厄の白薔薇!」
 空気中の水分が一瞬で凍り付くほどの超低温空間の中、敵を光で惑わせながら髪を掻きあげた。
「ふふ。戦う力のない者を一方的に蹂躙する……その行為、美しくないわ」
「そうだね。怪物といっても差し支えはないのかな。……怪物殺しも悪くない」
 挑発するようなベルベットの物言い。続いて御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)が夜に溶ける鋼を持った斬霊刀を翻した。行動の自由を奪うその一撃で、敵の動きを牽制する。
「……」
 パウル・グリューネヴァルト(森に焦がれる・e10017)は静かに敵を見る。問いたいことがあって。けれども今はまだその時ではないと口を噤み。
「……地は混沌の海より生じ、命は水と土より生ず。水は去りて涸れ渇き、乾び燥きし土こそ在れ」
 かわりに魔術を吐き出した。水分を奪って衰弱させる祈りは強い憎しみの色を持っていて、
 一瞬、気遣わしそうにロストークはそれに目をやる。彼が感情的になる可能性があることは、前もって聞いていたから。敵が応えることはなく。ただ、
 咆哮と共に周囲の世界に炎が満ちた。


 炎が奔る。鞭のように撓るような曲線を描きなのに弾丸のように撃ちこんでくる。
「火は時として人々に温もりをもたらし、灯りを以って人を導き、降りかかる魔を祓うもの。だけれど……お前の炎は暴力を以って破滅を齎すものだわ」
 それをセリアは縫うように潜り抜ける。的確に繰り出される電光石火の如き蹴りはしかし、巨大な鉄塊によって阻まれた。
「――!」
 背後に炎の弾が回りこむ。かまわず。鋭く冷たくセリアは敵を見据える。そこに、
「……間に合った」
 深紅の髪と美しいドレスが翻る。セリアの背中に駆けつけて、着弾した炎に包まれベルベットはいっそ美しく微笑んだ。
「クラシックに陽炎なんて、美しい戦いにはうってつけの舞台じゃないかしら? ならば私が美しいものを守るために戦うのも、また美しいわね」
「難しいことを言ってないで。手を出してください、治療しますから」
「あらごめんなさい。でも待って頂戴。その前に仕返ししなきゃいけないのよ」
 雪継の言葉に構わずベルベッドも炎に包まれたまま敵へと肉薄する。炎を纏った蹴りと同時に、
「こっちだ!」
 パウルがその背後に廻りこんでいた。ベルベットの美しい足を払う隙を付いて敵へと迫る。顔を上げてその顔を見る。
「貴様は22年前のドイツで、部下を率いて森に囲まれた町を焼いたことがあるか」
 それは必要な確認だった。地獄化した腕が。その攻性植物が、敵へと絡みつく。
 ロストークがパウルの隣に廻っている。ルーンアックスで斬りつけながらも、邪魔にならぬよう。何かあったときにはすぐ助けられるよう備えて。無言で。見守るように。
 敵は応えない。ただその顔は……、
「……ちょ、答えてあげなよ! そうでも違ってても!」
 鉄塊が動こうとする。その瞬間に、シエラシセロが物怖じせず叫んでその手元に蹴りを叩き付けた。
「辛くて、苦しくて、自分が情けなくて、悲しくて。そんな気持ち……。そりゃ、他人の気持ちなんて完璧にはわからないけど、それでも解るから。だから」
 シエラシセロは叫ぶ。それは自分にも覚えがある感情だから。せめてそこの答えははっきりしてあげてほしかったと、無駄とわかっていながらも声を上げる。けれども今度はうるさそうに、敵はシエラシセロの前に手をかざした。現れた炎が、まっすぐに彼女の顔を焼く。その前に、
「……駄目だよ。そこまでは勝手にさせてあげられない」
 きっぱりと。言ってロストークが割って入った。炎を受けながらも、それを切り開くように斧を振るう。それに、
「……ありがとう。みんな。……貴様も違う。これは、あの日の炎はではない。あのような惨劇を生み出そうという外道が、よくも次々と……!」
 パウルも首を振って断じた。この顔は違う。この炎は違う。ならば……。
「似たような者が何度も現れる。似たような事件が何度も起こる……」
 その言葉を引き継ぐように、淡々と雪継が呟いた。
「どうして、こんなに、この世界は」
「……それは」
 冷たい声を、リコリスが思わず遮った。一面の赤と廃墟になった世界。
 積み重なった骸はここにない。けれどもリコリスには思い至る光景がある。
 デウスエクスと関わったが為に全てをなくしたあの日。……そして己の罪。
「似たような事件があったとしても、同じにさせないようにすることはできるはず。あのような光景は、二度と繰り返させないと誓ったのです。――例え」
 例えそれで、罪が消えることはなかったとしても。だから。といいかけてリコリスは言葉をとめた。パウルを。雪継を心配していてもなんと声をかけていいのか。
 亡くなった大切な者の前以外で歌う事に慣れておらず、戦闘の時以外は基本的に歌えない。そんな自分が、人を労わる言葉なんて……、
「星の歌……星の加護を、皆様に。その炎、全て消し去りましょう……」
 だからせめて。……せめてと、リコリスは守護星座を描きあげる。雪継も睨むように目の前の敵を見据えていて、
「……」
 ただ、いい子はどこまでいってもいい子にしかなれないんですよね。なんて。冗談めかして呟いた。
「ゆっきー落ち着いて。美人さんが怖い顔してる!」
 思わず避難誘導手伝って、ついでにちゃっかり美男美女の間に紛れ込んで楽しんでいたイストテーブルが雪継の手を引いた。
「全体を観て落ち着いて行こうよ。ね?」
「……そうですね。せめてできることを、しっかりとしましょう」
 様々なことを飲み込んで、雪継が笑った。オーラを溜めて渡すのを見届ける前に、
「……そう」
 白陽がふわりと動いた。仲間たちの葛藤の傍らいつもの足取りで、構えすら取らぬ飄々とした足取りで敵の前まで迫った。
 語るべきことはない。血の気は多いがそれは己の殺人への衝動の話で。そこまでの情熱を白陽は持たない。……だから、
「だったら、誰もお前を裁かない。……ただ、倒す。死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ」
 感情も軌跡すら見せぬ達人の一閃が、敵の体をただ切り裂いた。一呼吸、置いて。敵の胴から血が噴出す。
 じわり。と、陽炎が揺らめく。攻撃を受けて、わずかに弱っているそぶりを見せるけれども相変わらず言葉すら浮かばない。鉄の塊が振り回される。それをキースが飛び込んで、
「俺もこの場所が灰となってしまう前に、何としても守り抜く」
 ドラゴニックハンマーが大きく振られる。はたから見ているとまるで体を持っていかれそうに見えるがそうではない。それは生命の「進化可能性」を奪う事で凍結させる、超重の一撃であった。
 でも彼はもっとあつい炎を知っている。
 身を焦がすなんて優しい物ではない。
 溶けだすなんて生暖かいものでもない。
 そんな炎を……。知っている。だから。たとえやる気がないように見えたとしても。
「……それだけでいい。今は。皆もいるゆえ、大丈夫だよな」
 怯まない。例えささやかな炎だとしても、見逃すわけにはいかないのだ。
 敵の鉄塊にキースは叩き付ける。炎を纏ったその刃に、かすかにひびが入った気がした。威力は少しだけ相殺されてキースへと叩き付けられる。
 炎の匂い。痛み。魚さんが急いでそれを癒す。
「勿論、大丈夫です。……雪継様」
「はい。力足りずすみません。一緒に、お願いします」
 リコリスが頷く。せめてできることをと、オーロラのような光を作り出す。雪継も頷く。内心を抑え役割に徹する。
「……ああ。町を焼くような真似を許すものか。……地は混沌の海……」
 再びパウルは改変魔術『枯死・改』の詠唱を開始する。対象の水分を奪い死を早めるそれを、感情を抑えながら語りかけるように続ける。
「大丈夫だよ、すっごい効いてるから、このまま押し切っちゃえるって。いこう!」
 励ますようシエラシセロが指をさすので、セリアは再び光の翼と共にかけた。美しい軌跡がまるでやりのようにその巨体の前へと沈み込む。
「その邪悪な炎、ここで消し止めさせて貰う。……此処に宿るは、氷精の吐息」
 幾度目かの。槍に凍てつく冷気のオーラを纏わせその体の中へともぐりこませた。炎と氷が拮抗して、セリアは渾身の力を篭めてそれを凪ぐ。傷口から凍傷が広がって、ぐるりとセリアは槍を旋回させた。
「動きが鈍った……。好機よね。私はこれを選定した記憶はないけれど……、過去、選定者であったものとして。どうかその身に終焉を。お願いよ」
「うん、おっけー」
 セリアの言葉にキースが頷いた。トン、とつま先で地を蹴る。水平線で空を探すようなしぐさで。
(「この身を燃やし尽くそうと機会を伺っている奴をしっている。内で踊り、飛び跳ね、時に揺らぎ、お前の炎なんかよりずっと厄介であつい……」)
 ただどうでもいいような。つまらなさそうなやる気のなさそうな口調で、表情で。
(「皆がそうならないためにも……ここで食い止めねばな」)
 内心をおくびにも出さずにキースは走った。鋭い蹴りは敵の巨大な足元へ。重い。折ってしまうまでにはいたらない。……けど、
「おさえるから。やってしまうと、いいだろう」
「そうね。今のうち。今のうちだわ……ええ」
 その言葉に、ベルベットは頷く。
「素敵ね。とても美しいわ……。人という生き物は。その思いは」
 囁くような言葉で軽く唇を舐める。苦しみ、憎みを乗り越える強さ。そしてそれを支えようとする思い。仲間に、信念。そのどれもがベルベットにとっては美しく、そして愛すべきものである。
「だからこそ、あなたは美しくないわ。言葉もない、蜃気楼のような幻の怪物よ。美しさの前にひれ伏しなさい。……私の肌を傷つけた罪は重いわよ」
 自らの正義を以って、その敵を打ち倒そう。……なんて、言ってしまえば大げさだけれど。ベルベッドは美貌の呪いを開放する。動きを鈍らせるその傍に、
 白陽がが立っていた。
「真昼の月と夜の月、どちらを見ていても、人は絡め取られ立ち止まるものだ」
 自身の存在を一時的に開放し、死を誘う刃でその身を切り裂いた。陽炎から血が噴出す。既に数多の攻撃を受けて満身創痍のその姿は、漸く、
「ああ。ようやっと生き物のようになったよね」
 白陽が小さく呟いた。踊るように炎が空中へ舞い散っていく。それを真正面から受けて、ためらうことなくリコリスは顔を上げた。
「――貴方に、葬送曲を」
 母親から受け継いだ、氷のように冷たく静謐な旋律は深い悲しみに満ちていた。
 おそらく敵はその歌を理解せぬだろう。理解せぬままにその歌の魔力は慟哭と共に敵の以上を増幅させた。それでも構わないと。氷哀の葬送曲をリコリスは奏でる。
 本当にそれを向ける相手は……、
「……、うん、じゃあ、やっちゃおう!」
 その歌を、なんとも悲しそうだと。まるで自分が攻撃を受けたようにシエラシセロは受け止めて。それで改めて明るい声を出す。
「大丈夫だよ、行こう! この町の悲劇は、ボクたちが食い止めた。そしてこれからもきっと、ボクたちが何度でも、悲しいことをとめてみせる。それが、きっと」
 ……弔いってものなんだろう。
「染めてあげるよ」
 シエラシセロは2羽の小さな光鳥を召喚する。それぞれが彼女の暗殺靴となる。それを敵が気付いたか気付いていないかの間に、シエラシセロは駆けて。鋭い回し蹴りをその体に叩き込んだ。
 靴に仕込まれた刃が肉を霧咲き真っ赤に染まる。それと同時に取りは光に帰った。敵もさすがに体勢を崩す。
 幻はもはや形を持った怪物に戻ってていた。
 ロストークは一歩踏み出す。
 今日は、いろんなことがあった。いろんな人の心を見た。
 ロストークは自分自身、そう語るほうではない。家でもそうだ。彼は穏やかにきょうだい達を見守る役目。
 けれど……、
「とびきり綺麗で強い炎、見せてあげなよ」
 プラーミァに声をかけると、うっとおしそうに竜の尾を振るがどこかまんざらでもなさそうだった。その炎のブレスと共に、
「凍傷(やけど)で済んだら褒めてあげるよ。――炎ごと、芯まで凍れ。謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 ロストークは詠唱によって槍斧に刻まれたルーンを開放する。氷霧をまとう武器を、星が瞬くかのような氷塵と共にその炎へと叩き付けた。
 鉄塊がカラン、と落ちる。
 炎が凍りに解かされて、その後。
 やはり陽炎のように、その姿は消失したのであった。

 クラシック音楽が流れてきている。
 ヒールの合間。それを口ずさみ歌っていることに、リコリスは気付かない。
「……ふふ、なんだか、そうやって聞くと素敵なうただね」
「え!?」
 無邪気にシエラシセロが声をかけ、リコリスがびっくりする。
 白陽は瓦礫の山を、物理で片付けて撤収準備を始めている。
「魚さんおつかれさま。暑いの大丈夫……」
 キースが声をかける。魚さんはというと、そ知らぬ顔でキースの傍らにたたずむのであった。
 パウルは静かに、敵の消えた場所を眺める。雪継もなんともいえない顔で、肩を竦めた。
「全く。こんな狼藉者、誰が選定したのかしらね」
 セリアがかわりに毒づくと、ベルベットが優雅に微笑んだ。怪我人の治療をしながらも、
「人が美しくあるために、美しくないものも必要なのかしらね。美しいものだけであれば、世界はさぞ素晴らしいのに」
 ままならないわねえ。なんて、割と本気で彼女は言った。
 そんな彼らの話をのんびりロストークは聞いていて、その後で友人に声をかける。目立たぬようにちょくちょく手助けをしてくれていたエリオットだ。
「リョーシャもありがとう。助かったよ。もう少しで終わるから、涼しいところでアイスでも食べようね」
 炎の辛い経験のある彼が、それでも助けに来てくれたのがロストークには嬉しい。
「おー。アイスか、良いねぇ。その提案乗った」
 エリオットも何でもないことのようにけらりと笑う。それはいつもの彼の顔で、
 窒息するような暑さの中。
 陽炎のような音が夏空に溶けていった。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。