蠢く魔蔓

作者:零風堂

 大阪市の市街地に舞う、謎の胞子。
 ふわふわと舞い上がったそれはビルの屋上緑化で栽培されていたヘチマに取り付き、攻性植物へと変形していく。
 ちょうど実っていた4つのヘチマを核にして人型のように変形・巨大化し、腕からは緑の葉が生い茂る蔓を鞭のようにぶら下げている。
 ヘチマの攻性植物は人間を襲おうと動き出し、屋上からわしゃわしゃと壁伝いに蔓を伸ばしていくのだった。

「大阪の攻性植物たちが動き出したようっすね」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はそう言って、集まったケルベロスたちへの話を切り出した。
「攻性植物たちは、大阪市内への攻撃を重点的に行っているっす。それで一般人を避難させて、大阪市を攻性植物たちの拠点にしようって計画みたいにみえるっす」
 そこから徐々に、攻性植物の生息範囲を広げようというのだろうか。
「一気に攻めてくるような侵攻じゃあないっすけど、大阪市に住む人たちに被害が出たり、住む場所が失われてしまうっす。それにこのままじゃあゲート破壊の成功率も『じわじわと下がって』いってしまうっす」
 大阪で生活する人々の身を案じてか、ダンテは僅かに焦燥を声音に感じさせながら言葉を続ける。
「それを防ぐ為にも、敵の侵攻を完全に食い止めて欲しいっすよ」
 ダンテの呼びかけに、ケルベロスたちも真剣な表情で頷いた。
「今回は、大阪市の都市部にあるビルの屋上で……。屋上の緑化運動って言うんすか? そんな感じで栽培されていたヘチマが、攻性植物になってしまうみたいっす。ちょうど屋上で攻性植物に変化したんで近くに人は居なかったんすけど、すぐに人を襲おうと、ビルの壁を降り始めちゃうみたいっすね。ですんでその前に、屋上で倒してしまえば被害を防ぐことができるっすよ!」
 それからダンテは、敵の能力についても説明を始めた。
「ヘチマの攻性植物は全部で4体。大人の身長くらいまで巨大化したヘチマの実に、蔓で出来た手足がついてる……、って感じの見た目っす。こいつは毒の水を噴射してきたり、蔓を鞭のように振るって攻撃してくるみたいっすね。この4体にはリーダーみたいな奴は居なくって、だいたい全部同じくらいの強さみたいっす。一応、同じ種類だから……ってことなのか、だいたい固まって行動して、戦闘中もある程度は連携を取った動きをするみたいっす。と言っても、戦い始めれば逃走することもないみたいなんで、屋上から移動する前に倒してやりたい所っすね」
 それならば被害が広がる前に素早く対応しようと、ケルベロスたちも頷いた。
「攻性植物がいくら連携しようと、ケルベロスの皆さんのコンビネーションには敵うワケないっすよ。ぜひそれを、証明してみせて欲しいっす」
 ダンテはそう言って笑みを浮かべ、ケルベロスたちを激励するのだった。


参加者
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
ロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
終夜・帷(忍天狗・e46162)

■リプレイ

 熱い風が頬を撫で、耳元を駆け抜けて唸りを上げる。
 雑然と立ち並ぶビルの群れが、燦々と輝く太陽の光を受けて、オーブントースターに入れられた食パンのようにジリジリと灼かれていくような――。そんな風景を見下ろしながら、四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)は二本の指を揃えて立てた。
 高さにも風にも、暑さにも心揺さぶられることなく、静かな湖畔に溢れる空気のような穏やかさで、天の名を持つ霊剣をなぞる。
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪。参ります」
 空へと身を躍らせて、沙雪らケルベロスはとあるビルの屋上へと降り立つ。
 そこでは既に攻性植物に変じたヘチマたちが、ゆっくりと動き出したところだった。
「早々に駆除と行こうか」
 沙雪がもう一方の刀に手を掛け、駆け抜ける。空を思わせる青白い刃の煌めきと共に幻影の桜が舞い、ヘチマの脇腹あたりを切り裂いた。
「……!」
 敵の身体が僅かに揺らぐが、どれほど効いたかはいまいち測れない。更に一体は沙雪の敵意に反応するように蠢き、毒液を激しく噴出させてきていた。
 沙雪は直撃を受けぬように身を捻って横に跳び、紫色の護符を指で掴み、気を練りながら構える。
「咲き誇れ、ユーダリルに咲く花の威よ」
 アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)の言葉を鍵にして、青い薔薇の光が広がっていく。その只中にビハインドの『リトヴァ』を向かわせて、仲間を守るようにと告げた。
「頼りにしているわ、わたしの『いとし子』」
 その声援に応えるように、リトヴァは力を指先に集め、仲間に向きかけたヘチマの鞭を弾くようにして振り払う。同時にリトヴァの放った力によって、ぱしんと木片が爆ぜるような音が響き、ヘチマが僅かに押されて下がった。
「被害を出さないためにも、ここで確実に撃破しましょう……!」
 戦鬼の衣を靡かせて、玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)が屋上に降り立つ。無骨な鉄塊剣を肩に担ぎ、降下の反動を活かすように跳び出した。
 ぐん、と鉄塊剣を振り出すようにして敵の腿を薙ぎ、勢いのまま回転して二撃、三撃と続ける。四撃目は刃を返して床面を踏み締め、重量を利用した打ち下ろしを叩き込んでやった。
「ここでしっかり被害を食い止めないとねぇ」
 口端を歪めるような笑みを浮かべながら、葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が弓を引く。心を揺さぶるエネルギーを先端に集め、解き放つように射ち出してヘチマを貫く。
 ヘチマに心があるのかは分からないけれど。とでも言いたげな微笑みの中で、咲耶は懐から怪しい御札を一枚、二枚と取り出しつつ、敵の放つ毒水を避けながら構えていた。
「ひゃうっ!?」
 ロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)は飛来する毒水を避け切れず、びしゃっと顔面から胸元にかけてを濡らされてしまう。
「くっ……。この攻性植物を、まずは倒すことからですよね」
 顔を顰めて目元を拭い、ロージーは涙目ながらもライフルの照準を合わせ、凍結光線を射出する。毒水を放ったヘチマの先端にフロストレーザーが命中し、パキパキと氷を広げていった。
「全く、暑くなっても植物は元気なもんだな」
 グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)はちらりとだけ降り注ぐ太陽を仰ぎ見て、土の力を抱く鞘から剣を抜き放つ。星の輝きを床面へと伝え、守護の力として仲間たちへと展開する。
「ヘチマ料理は好きだが、これは硬くて苦そうだ」
 ゼルガディス・グレイヴォード(白馬師団平団員・e02880)は攻性植物の姿を見据えながら、両手の剣に凍気を纏わせる。
「……どちらかというとタワシ向きか」
 皮肉っぽく呟きながら、敵の蔓を掻い潜って間合いへと踏み込む。その時ゼルガディスは、剣の切っ先を、相手の葉で隠すようにして見極められないようにしていた。一瞬の隙に過ぎないが、ゼルガディスにとってはそれで充分。葉ごと貫き切っ先を敵の胴に突き入れ、氷の魔力を刻み付けた。
「……」
 援護のつもりなのか、そこに別のヘチマが蔓を振り回しながら向かってくる。立ち塞がるのは、刀を構えた終夜・帷(忍天狗・e46162)だ。
 びしびしと打ち付けられる蔓のムチから、立てた刀の背で急所だけは庇うようにしつつ横に跳び、逃れる帷。追い立てるようにヘチマがムチを振り上げるが、そこでびくんと動きが止まる。
 見ればヘチマの足元で、その影が手裏剣によって床面に縫い止められていた。
 帷は自身の動きで敵の注意を引きつつも、逆の手で密かに手裏剣を放っていたのだ。多少のダメージは受けたものの、敵の足は止めた。仲間と共に攻撃に転じるかと、帷は武器を構えて床を蹴る。

 アリッサが身に纏う銀の煌めきを、光に変えて刃に描く。星の力を宿したそれは守護の力となり、仲間たちの抵抗力を高めていった。
「なるほど、植物……」
 沙雪が蔓の軌跡を目で追いながら、小さく呟く。たまたま人の形に似ていても、それは人では無い。二本のムチを両手で振り回している人と比べていては、数の多さと意外な軌道に翻弄されてしまうだろう。
 一瞬の『期』を見極めて、沙雪は真っ直ぐに踏み込んでいた。
 無数の蔓が動く周期を見極めて、最も受ける数が少なく、かつ身体に当たる面積が最小になるようにして攻め込んだのである。
 刃に宿すは雷の霊力。ばちんと敵の体表で爆ぜて、全身の皮を黒コゲにして打ち砕く。
「ここは通しません……!」
 沙雪を狙って噴き出された毒水は、ユウマは割り込み背中で受ける。
 じゅうじゅうと肌に染み込む毒が、灼け付くような痛みを擦り込んでくるが、そこはぐっと奥歯を噛んで耐え忍ぶ。
「くっ……。そこだっ!」
 振り向きざまに剣を振り出し、ユウマの一撃がヘチマの顔面にあたる部分に突き刺さった。亀裂から毒水が噴き出すも、受けたユウマの身体が煙のように歪んで消える。
 ティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)の分身の術が施されており、敵はどうやら誤認してくれたらしい。
「そうそう毒や蔓にやられてられるかってんだ」
 グレインが横から踏み込んで、そいつの胴に鋭い蹴りを叩き込む。びくびくと身体を揺らしながら、そいつは一歩、二歩とよろめいて……。
「さぁさぁ、もうどこにも行けないよぉ」
 咲耶が護符を手に握り込んで槍を掴む。迸る稲妻が一瞬だけ全身に広がったかと思えば、超高速の突きがヘチマのど真ん中に突き刺さっていた。
 素早く身を引くと同時に咲耶は次の護符を懐から抜き取り、霊力を込めていく。
「ふむ、まだ抵抗するか」
 ゼルガディスは振り上げられた蔓を左の剣で受け払い、その間に地獄の炎を右の剣に這わせる。
「大人しくしておれ」
 打ち下ろすように斬撃と炎を叩き込み、そのままぐっと敵を押し出す。
 ――仲間に今だ。と知らせるように。
「撃ち負けはしません、当たるのであればっ!」
 ロージーが応え、ぶるるんっとその豊かな胸――、じゃない。両脇に抱えるように揃えたアームドフォートと、バスターライフルの砲口を敵の背に向けていた。
 包囲して追い込み、声を掛け合い標的を絞る連携が、見事に取れていたということだろう。
 どどどどどどどどっ!
 ロージーの一斉放火が轟いて、爆炎と衝撃を散らしていく。
「……」
 帷は巻き起こる煙と炎の中に、敵の影があることを目を細めて捉え――。
 ただ静かに、氷の螺旋を撃ち出していた。
 螺旋氷縛波は燃え盛る炎の中を細く細く突き進み……、敵の中心を貫いて、ばきんとその身体を四散させるのだった。

「破邪、聖剣……!」
 沙雪が呪符に念を込め、空の刀で突き刺して床に縫い止める。
 空いた手で印を結び、真言を紡ぎながら天の刀でヘチマに斬りかかった。
(「……左へ下がる」)
 無数の蔓を捌き、更に踏み込む。刀の間合いより鞭の間合いをキープしようと、同じ分だけヘチマが下がる。その競り合いの最中で、沙雪は指先に形成した光の刀を繰り出した。
「……!」
 避けようとしたヘチマの動きが、びくんと跳ねて止まる。見れば先ほど床に突き刺した、空の刀がある。沙雪は敵との鍔迫り合いを続けながら、この位置まで追い込んでいたのである。
「破邪、建御雷!」
 光の刀で敵を斬り伏せ、沙雪は空の刀を回収しつつ駆け抜ける。
 それでも敵は蔓のムチを振り上げ、攻撃を仕掛けてきた。そこにリトヴァが割り込んできて、腕で蔓を巻き取るように搦め取り、ぐっと引っ張る。
 勢い余って前のめりになった攻性植物の背後に回り込むと、リトヴァは魔力の衝撃波を叩き込んだ。
「こっちは俺に任せな」
 たたらを踏んだヘチマの前に、グレインが踏み込む。身を低くし、下から伸び上がるように踏み込んで、螺旋を込めた掌を突き出す。
 どんっ! と腹部にあたる部分へ一発、胸にダメ押しの二発をぶち込んでヘチマの表皮を抉り、グレインは横に跳ぶ。
「こうなっちまうとタワシにもできそうにねえな」
 その無残な姿を眺めながら呟くグレインの横を、炎が突っ切った。
「――わたし、攻性植物はきらいだわ」
 呟くアリッサの銀糸の如き髪が、炎の輝きを受けて朱に染まっていく。ただ、その眼に映る炎の色だけは、アリッサの胸中にて燃ゆる地獄の色に似ていた。
「だから、誰かの命を奪う前に、すべて、灰にしてしまいましょう」
 ひとつ、ふたつ。炎弾がヘチマの腹を、脚を焼く。がくりと膝をついた体勢になると同時に、肩にも炎が着弾した。
「…………」
 別れの言葉も、手向けも不要。命を喰らう地獄の炎は、ヘチマの頭部に牙を立て、その身を全て消し炭に変えていった。

「願うは結氷……。緩やかに侵蝕せよ」
 ゼルガディスが剣先に冷気を集中させ、刺突と共に敵に突き入れる。相手が身を震わせながらも毒水を噴き出してくるが、ギリギリで身をかわし、凍気の結晶を更に身深くへと突き入れる。
「少しは援護になったかねぇ」
 咲耶が口端の笑みを深くする。先ほどの敵が攻撃する直前に、心震わす光の矢を放っていたのだ。
「私が、行きますっ!」
 ロージーがチェーンソー剣を駆動させ、その振動で胸がぷるぷる揺れる。
 ヘチマに正面から突っ込んでいくが、敵は怪しく蔓を構えている。このままではロージーが蔓に絡まって柔らかなお肉がむにゅっとなってアハンな展開になりそうな気がして仕方がない。お約束的に。
「…………」
 帷が敵の背後に回って、影にざくざく手裏剣を突き刺していく。そうして敵の動きを一瞬縛り、お約束展開を断固阻止した。
「てやーっ」
 そのお陰もあってロージーの斬撃が、ヘチマの身体を縦に引き裂く。勢い余ってすっ転び、ティニの顔面にむにゅっと突っ込んで行ったが、それはまぁ大したことではないだろう。
「畳みかけましょう……!」
 間髪入れずにユウマが踏み込み、鉄塊剣『エリミネーター』を振りかぶっていた。裂かれたヘチマの身体を潰し、叩き、割って砕いていく。大剣の重量を利用して反動を生じさせ、腕だけでなく脚と腰を使って斬撃を打ち込んだ。
 微塵に砕かれた攻性植物に最早力は残されておらず、バラバラとその場に崩れ落ちていった。

「屋上緑化計画が台無しになってしまったな……」
 やれやれと息を吐きながら、ゼルガディスは屋上の畑部分に視線を送る。不幸中の幸いにも、あまり土に損傷は出ていない。
「せっかくなので、新しく種を撒いておくとしよう。今度はゴーヤーやスイカズラ等いかがだろうか?」
 土の質を確かめるように、屈んで指先で触れながら、ゼルガディスはふむふむと思案する。
 その光景を眺めながら、沙雪は不浄払いの意味を込めて弾指を施す。
「階下の人たちにも、もう大丈夫ですよぉ、って声をかけて安心させたげよぉ」
 咲耶はそう言ってへらへらと揺れながら、仲間たちと共に屋上の扉を開くのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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