夜風に吹かれて

作者:黄昏やちよ


 小さな町で夏祭りが開かれている。普段はあまり人の多くない場所だが、夏祭りが開催されているこの日は別である。
 たくさんの出店が並び、多くの人々が楽しそうに歩いている。
「俺、射的得意だから何かとってやるよ」
「えー、本当にー?」
 一組の男女が仲睦まじげに出店の前で話している。その時だ。
 突然、たくさんの人が行き交う通路の真ん中に巨大な牙が突き刺さる。その牙が、鎧兜をまとった竜牙兵へと姿を変えた。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
「オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル」
 竜牙兵は、そう言うと、周囲の人々を無差別に殺戮し始めた。
 血と臓物が溢れ、会場は地獄絵図となってしまうのであった。


「夏祭りの会場に、竜牙兵が現れ人々を殺戮することが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が予知された事件について告げる。
「竜牙兵が出現する前に周囲に避難勧告をしてしまうと、竜牙兵は他の場所に出現し、被害が大きくなってしまいます。そこでヘリオンで急行し、事件を阻止していただきたいのです」
 ケルベロスたちが戦場に到着した後は、避難誘導は警察などに任せることができる。
「避難誘導については警察などにお任せして、皆さんは竜牙兵を撃破することに集中してください」
 続いてセリカは竜牙兵についての情報を伝える。
「出現する竜牙兵の数は3体です。3体のうち1体が『ゾディアックソード』を装備しており、2体が『簒奪者の鎌』を装備しています」
 ケルベロスとの戦闘が始まった後は竜牙兵が撤退することはない。
「数は少ないですが、1体1体はケルベロスと同等の強さです。油断せず、挑んでください」
 セリカはケルベロスたちに一度深々と頭を下げる。
「無事に撃破出来れば、皆さんも人々と共に夏祭りを楽しむことが出来ると思います。どうか討伐をお願いします」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
シオン・プリム(惑花・e02964)
タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)
大三上・まひる(ホームレスホームガード・e11882)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
ブレイズ・オブジェクト(レプリカントのブレイズキャリバー・e39915)
ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)

■リプレイ

●風情のない連中
 小さな町で夏祭りが開かれている。
 普段それほど人がいる地域とは言えないが、年に一度の夏祭りが開催されるこの日は別だ。
 屋台で作られている食べ物の香り。欲しい玩具を前に興奮する子供たち。楽しそうな家族連れ。仲睦まじげな恋人たち。さまざまな人間が行き交っている。
 時刻が夕方に近づくにつれて、人々が増えてくる。そんな時だ。
 たくさんの人が行き交う通路のド真ん中に、巨大な牙が突き刺さる。その牙が、鎧兜をまとった竜牙兵へと姿を変えた。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
「オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル」
 あちこちから悲鳴があがる。逃げ遅れた子供に竜牙兵が武器を振りかざす。子供がぎゅっと目を瞑った瞬間。
 ガキィィィン!
 刃と刃がぶつかり合う音。
「彼らは私達が止める、早く避難を!」
 シオン・プリム(惑花・e02964)が飛び出し、竜牙兵の振り下ろした刃を己の剣で食い止める。
 その様子を見て慌ててやってきた母親と思しき女性に、守った子供を受け渡す。
「ありがとうございます!」
 女性は子供を抱えて礼を言うと、急ぎその場を離れていく。
「皆さん、私たちはケルベロスですわ。無事は保証しますので、落ち着いて逃げて下さいませ」
 カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が隣人力を使用し、急ぎ現場に到着した警察官たちに避難誘導を任せる。
 泣き喚き、助けを求めていた人々はケルベロスたちの登場と、警察官たちの避難誘導により落ち着きを取り戻す。
 ケルベロスたちの的確な行動により、その場にいた人々は怪我をすることなく避難してゆく。
 ケルベロスたちは、竜牙兵を取り囲むようにして立ちふさがる。
「この野郎おれ達が相手だァ!」
 大三上・まひる(ホームレスホームガード・e11882)が竜牙兵の周囲を動き回り、逃げていく一般人にターゲットが向かないように仕向ける。
「おやおや、3体揃って至極物騒。夏祭りには、似つかわしくないですねぇ……」
 交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)が竜牙兵に向かっていう。
「ケルベロスのブンザイで……」
 竜牙兵が不快感をあらわにしているようなセリフを口にする。
(「来週は熊本。敵は強大なドラゴン。しかし『人的被害』で言えばこちらの方が上。なんとも奇妙な戦いなのです」)
 タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)が心の中で独り言ちる。
(「いえ、今は目の前の相手に集中しましょう。今日を生き延びなければ、戦争も何もない」)
 タンザナイトは、頭の中で浮かんでは消えていたものを振り払うかのように頭を振って気合を入れる。
「こんな綺麗な夕闇で行われる、折角の夏祭りだもの。邪魔するなんて野暮ってものだわ。ねえ、そうでしょチャロ」
 アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)が傍でふよふよと浮いているウイングキャット『チャロ』に話しかける。同意するようにチャロはくるりと円を描いた。
(「竜牙兵と言えばドラゴンの部下……本隊は熊本に詰めているはずだが。兵か或いは景気付けの略奪か。何れにせよ殲滅だ」)
 ブレイズ・オブジェクト(レプリカントのブレイズキャリバー・e39915)が武器を構えながら、心の中で呟いた。目の前の竜牙兵を倒さねば、多くの尊い命が犠牲になってしまうのだから。
「目的は竜牙兵3体の迅速な撃破!楽しい夏祭りを人々に取り戻そう!」
 ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)が声を上げる。
 ケルベロスたちは頷き、それぞれ戦闘態勢に入る。
 夏祭りを台無しにするような、風情のない連中をこの手で叩き潰さねば、人々に未来はないのだ。

●灯る明かりと
 それぞれの想いを抱いて、ケルベロスたちは戦いに臨む。
「その身に刻め、葬送の薔薇!バーテクルローズ!」
 カトレアが詠唱する。薔薇の模様にあいて竜牙兵を斬り裂き、最後の一突きで薔薇の花弁を散らすかの如く爆発が起きた。
「ガァッ!」
 ターゲットとなった竜牙兵に見事命中すると、竜牙兵が吹き飛ばされる。
「キサマ! ヨクモ!」
 攻撃された竜牙兵とは別の個体が飛び出した。最前列に立つタンザナイトを斬りつけようと、その大きな鎌を振り上げた。
「ソスピタの名にかけて守って見せる!」
 ユノ―がタンザナイトを庇うように飛び出し、その攻撃を代わりに受ける。すさまじい金属音。
「ぐぅっ!」
 肩のあたりがざっくりと斬られてしまっており、そこから血が滲みだす。じわりじわりと広がる赤。痛いというよりも傷口が熱い。
(「しまった……本来であれば、ここで『アレ』を使用したいところでしたが……」)
 タンザナイトは心の中で呟きながら、次の手をどうするか考えている。考えた末に、選んだ。
 超加速による突撃で、一列に並ぶ竜牙兵たちを一気に蹴散らしてゆく。同時に『兵』の隊列を乱してゆく。
「なるべく出店を荒らさないように、動きましょうね」
 チャロに語り掛けるように、仲間たちに提言するようにアミルが言う。そして、扇の羽を多節鞭の如く伸ばしてみせると、それを使って竜牙兵たちを打ち据えていく。
 くるくると回ってチャロが、怪我をしているユノ―を確認するとすぐさま回復していく。
「喰ラウガ良イ」
 先ほど攻撃をしてきた個体とは別の個体が動き出す。そいつも最前列に狙いを定め、飛びかかる。
「おやおや、それはいけませんね……」
 今度は麗威がタンザナイトを庇うように前に出る。大きく振り上げられた大鎌。重さも加わり勢いよく振り下ろされたそれが、麗威を傷つける。
「……っ!」
 麗威は傷口を押さえながら、ぎろりと竜牙兵を睨みつける。洒落た上着が、シャツが、赤く染まってゆく。
「ふふっ……これはこれで、オシャレじゃないですか……!」
 麗威が言う。彼はまだ冗談を言える余裕があるらしい。
「交久瀬、無理はしないでくれ」
 内向的なシオンが声を絞り出すようにして言うと、美しく舞い踊り、麗威を含めた前衛に立つ仲間たちを癒していく。
 ユノーが構えた剣を大上段に構える。全身に力を溜め、竜牙兵に一撃を食らわせる。
「グハッ」
 先ほどから集中的に攻撃されている竜牙兵が苦しげに呻く。もうすぐこの個体は崩れ落ちるだろうとケルベロスたちは確信する。
「ヌオリャアアアアーーーーー!!!」
 まひるが物理で2回殴りに行く。鈍い音が2度聞こえる。
「どおおおおおだ!」
 ドタバタと竜牙兵の周りを走り回るまひる。どう見ても美しさのないその動きではあるが、何故かまともに戦えているのが不思議なところだ。
 まひるのミミック『暗黒女装伝トモエ壱』……トモエは、偽物の財宝をばらまいて竜牙兵たちを惑わせる。財宝に目が暮れるのは、デウスエクスたちも同じなのであろうか。
 そこに、間髪入れずブレイズが竜牙兵に喰らいつくオーラの弾丸を放った。
 ドン!と低く大きな音がして、竜牙兵に命中したかと思うと、その個体はゆっくりと崩れ落ちていく。
「対象の排除を確認。任務完了――次の任務を要求する」
 竜牙兵を見やりながら、ブレイズは言う。竜牙兵が消えていくのが見えた。
 残る竜牙兵はあと2体。ケルベロスたちの各個撃破の作戦を前に、竜牙兵は脆く崩れ去るしかないのだろうか。
 辺りはすっかり暗くなっており、順番に街灯の明かりが灯り出す。

●夜風に吹かれて
 消えていった同志を見た竜牙兵は騒ぎ出す。
「ユルサンゾ!」
 竜牙兵が大鎌を振り回しながら走り出す。狙うは、麗威。
 大鎌が凄まじい勢いで振り下ろされ、回避する間もなく攻撃を受ける麗威。
「……ッ! 珍しく勘が外れる時もあるようですね……ですが!」
 銃を模したペイントブキを構える。肉を切らせて骨を断つ、とでもいうのだろうか。すぐ傍にいる竜牙兵にそれをつきつけた。
「しっかり狙うか、敢えて外すか……全ては僕の、気分次第」
 【水鞠】に雷を纏わせ、塗料で形成された漆黒の弾丸を放った。ズガン!と銃さながらの音をたてて竜牙兵に命中する。
「グアアァ!」
 ほぼ零距離で放たれたその弾丸を食らった竜牙兵は、悲痛な叫びをあげてよろよろとよろめいている。
 何度も繰り返される攻防。ケルベロスたちの中には傷を負う者もいたが、すぐにシオンやブレイズが回復していく。
 片や竜牙兵たちは集中砲火されるため、ドレインをしたとて回復が追い付かない。
「コ、コシャクナ……」
 よろめく竜牙兵。
「貴方達相手に、遅れを取るわけには、いかないんですよっと!」
 ふらつく竜牙兵に飛びかかるタンザナイト。剣に宿した星座のオーラを飛ばす。
 弱った竜牙兵には、それを避けきる余裕もなかったようでまともにそれを食らってしまう。
「ガアアアッ!」
 苦しみもがきながら、竜牙兵は崩れ落ちていく。先ほど散っていった個体と同じように、そいつは消えていった。
「悪いが消えてもらうぞ」
 ユノーが竜牙兵の持つ大鎌を狙い攻撃する。金属音がして、命中したことを確認すると大鎌にひびが入っていた。
「全く、品性のない竜牙兵たちですわね……」
 呆れているかのような、見下しているかのようなそんな声でカトレアが言う。
 そして、卓越した技量からなる達人の一撃を竜牙兵に放つ。
「ア……アア……」
 最後の1体が崩れ落ちていった。ズシャッと音をたてて、地面に倒れこみ消えていった。
 その瞬間、ケルベロスたちの勝利を祝うように一陣の風が吹いた。
 夜風に吹かれながら、ケルベロスたちは武器をしまう。
 ようやく静けさを取り戻した祭りの会場。荒らしてしまったところにヒールをかけていくケルベロスたち。
 平穏を取り戻した町。すぐにでも祭は再開されるだろう。

●夏祭りの夜に
 数十分程度の時間が経っただろうか。屋台は再び営業を開始し始め、祭りは再び盛り上がりを見せる。
 そうなったのも、ケルベロスたちの活躍のおかげである。
「すまないが、私は先に帰らせてもらうよ」
 祭りに参加して帰るという仲間たちに対して、シオンが一言伝えて帰っていく。
「日本の風情、素敵です」
 大人ぶっていた麗威ではあるが、お面屋を見た途端にキラキラとした少年のような瞳になる。その中のお面を一つ手に取ると、ユノーが声をかける。
「うん、麗威によく似合うと思うぞ」
「そ、そうですか? ソスピタさんにはこちらなんか似合いそうですね」
 麗威はユノーに似合いそうなお面を手に取って言う。楽しげに話す2人。
 そのお面屋の周りには、2人を遠巻きに見ている人だかりができていた。
「これは何だ?」
 タンザナイトと共に露店巡りをしていたブレイズが、一つの店の前に立ち止まって言う。その店で作られていたのは、お好み焼き。
 ジュウジュウと鉄板で焼けているお好み焼きからは、とてもいい香りが漂っている。
「それはお好み焼きですね、一緒に食べてみますか?」
 タンザナイトが提案すると、ブレイズがこくりと頷いた。
 お好み焼きを購入したあと、タンザナイトは熊本の方へと視線を向ける。露店を楽しみながらも、何処かそのことが頭を離れないのだった。
「たこ焼きに焼き鳥。フランクフルトにお好み焼き」
「こうやってのんびりと夏祭りを楽しむのも、風情がありますわね」
 アミルとカトレアが出店を見て回っている。
「……チャロ、カトレアちゃん、よく見て。たこ焼きとお好み焼きには野菜が入ってるわ。つまり肉以外も食べてるの、セーフよ」
 何がセーフなのかという意見もありそうなわがままボディ理論ではあるが、いくら食べても太らない体質なのであろう。
 アミルは両手に食べ物を抱え、幸せそうにしている。
「私、少しお土産を買って帰ろうかしら」
 出店に並ぶ物を見てカトレアは呟いた。刀と鞘の関係のような、彼のために。
 まひるは椅子に座りながらスマホをいじっている。特に祭りを楽しむわけでもなく、スマホゲームをしているらしい。まひるの側にはトモエが寄り添うようにしている。
「ねえ、ケルベロスのおねーさん何してるの?」
 小さな子どもがまひるの側へと走ってきて、じっと見つめていたかと思うと声をかけた。
「またさっきのようなデウスエクスが出てこないとも限らねえ。おれはここに留まり警備を続ける」
 まひるが答えると、子供は目を輝かせた。
「おねーさんカッコイイんだね!」
 キャッキャと喜ぶ子どもを尻目に、まひるは再びスマホゲームを始めるのであった。

作者:黄昏やちよ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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