花火星咲く宵の空

作者:小鳥遊彩羽

 すっかり日も暮れかけた頃。駅前の広場はたくさんの人で賑わっていた。
 家族、友人、あるいは恋人と歩く人々の中には浴衣を着ている者も少なくはなく、賑やかな人の列は駅から海岸へと続いていた。
 この日は、花火大会。夜空に咲く大輪の花達の宴を楽しむために、多くの人々が集まっていたのだが――。
 その時、信号待ちの交差点の中央に、突如として現れた巨大な牙が突き刺さった。
 驚きと混乱で辺りが騒然とする中、牙はゆっくりと、鎧兜を纏った竜牙兵へと姿を変えたのである。
「ドラゴンサマの、タメに!」
「グラビティ・チェインを、ヨコセ!」
「ソシテ、ゾウオとキョゼツを、ワレらに!」
 竜牙兵はそう宣言すると、周囲の人々へ無差別に襲い掛かったのだった。

●花火星咲く宵の空
 花火大会の会場に近い交差点に竜牙兵が現れ、人々を襲撃することがクィル・リカ(星願・e00189)の情報収集によって予知された。
「これから急いでヘリオンで現場に向かうから、竜牙兵達の凶行が現実のものになってしまう前に阻止してほしいんだ」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はそう言って、更に続ける。
 今回の件では、竜牙兵が出現する前に避難勧告を行うと、竜牙兵は予知された場所とは違う場所に出現してしまうため、事件に介入することが困難になる。よって、事前の避難勧告等が行えず、竜牙兵が出現した直後でなければケルベロスの介入が行えない。
「けど、警察の人達には先に連絡をしておくから、避難誘導は彼らに任せて、皆は竜牙兵と戦うことだけに集中出来るはずだよ」
 このままでは人々が虐殺され、花火大会どころではなくなってしまう。
「皆さんと、皆さんの平和で穏やかな夜を、守らないといけませんねっ」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が真剣な表情で告げるのに、トキサは確りと頷いた。
 竜牙兵は三体。いずれも簒奪者の鎌を持っているとのことだ。油断せず臨めば決して苦戦するような相手ではないだろうとトキサは続け、それから、戦いが終わった後の話へと繋ぐ。
「あの、僕達も……花火を見たい、です……!」
 クィルが控えめにそう述べれば、トキサは勿論、と頷いて。
「無事に戦いが終われば、花火大会が始まるまでには十分に時間があると思うよ。だから、心置きなく楽しんでおいで」
 それを聞いたクィルはほっとしたように息をつき、同じく隣でほっとした様子のフィエルテと顔を合わせて微笑んだ。
「頑張りましょうね、クィルさん」
 はい、と頷き、クィルは改めて同胞達へと振り返る。
「罪のない人達の未来と、花火大会を守るためにも。――皆さん、頑張りましょう……!」


参加者
クィル・リカ(星願・e00189)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)
蓮村・紅太郎(紅蓮・e46612)
エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)

■リプレイ

 蹂躙の牙が穿たれ、躯の兵へと变化する。
 予知された脅威を知らぬ人々が、惨劇の気配に慄き、竦み上がる。
 過ぎる夏風を裂くように、振り上げられた鋭利な大鎌。それがか弱き民の命を刈り取るより先に、アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が飛び出していた。
「落ち着いて退避してほしい! アラタ達ケルベロスが、絶対に守るぞ!」
「ケルベロス!」
「そうだ、アラタ達はケルベロスだ!」
 アラタは身体を張って大鎌を受け止めながらも、庇った少女に力強く笑いかけて。震えていた少女はアラタの言葉にはいと大きく頷くと、小さく頭を下げてからサイレンの聞こえる方へ掛けていった。
「大丈夫、連中には即刻ご退場頂くからさ。花火が上がる瞬間を楽しみに待ってて」
 警察の誘導に従い避難していく花火大会の見物客達。その中に不安げな顔を見つけた真柴・隼(アッパーチューン・e01296)は黒鎖で守護の魔法陣を描きながらも明るく笑ってみせて。テレビウムの地デジも力強い笑顔を画面に映し、安全な場所へ背を押すように送り出すと、顔から閃光を放って敵群を怒らせた。
「先生はフィエルテを助けてやってくれ。頼む!」
 先生と呼ぶ翼猫にそう言って、アラタは敵へと向き直る。その間に散開した同胞達もまた、それぞれの想いと得物を手に、竜牙兵達を取り囲んだ。
「キレイハキタナイ――キタナイハキレイ」
 アラタの声に応えるように辺りに満ちる、紫の薬草と花を砂糖に漬けたシロップの香り。それは前衛に配した者達に癒しと同時に精神の安定を与えた。
 集中力が研ぎ澄まされ、切っ先を導く確かな力となる。
 翼猫の先生は翼を羽ばたかせて風を呼び、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が守りの雷壁を巡らせる。
 花火大会を楽しみにしている人がたくさんいるのは、避難していく人々を見るだけでも明らかだった。そして、自分もその一人だ。
「絶対に、無事に開催出来るようにしましょう。ですので速やかに、ご退場頂きます……!」
 クィル・リカ(星願・e00189)は決意と揺るぎない意志を新たに踏み込み、太い竜の尾を振るう。敵は全て前衛。ならば、ポジションの見極めは容易かった。
 同胞への攻撃を受け止めた一体。それこそが、最初に倒すと定めた盾役だ。
「クィルさん、イブも続くわ!」
 クィルへとそう呼び掛けてから、神乃・息吹(虹雪・e02070)は大きく息を吸い込み、咆哮に変えて吐き出した。
 魔力を込めた音の波が、周囲の空気ごと竜牙兵達を震わせる。
「折角の花火を邪魔するなんて、無粋なことはさせないわ。早々にお帰り願って、花火を堪能したい気持ち!」
 あぁ勿論、皆さんの華やかな浴衣姿にも期待してるのよ。そう仲間達へと期待の眼差しを向けるのも忘れずに、息吹は微笑む。
 応援動画を流すテレビウムを傍らに、楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)は想いを巡らせる。
 ここのかにとっては初めての花火大会。心なしかドキドキしてしまうのは、避難していく人々の中にもカップルが多く見受けられたから。
(「私もいつかは……なんて。――いけませんいけません、戦いに専念しなくちゃ!」)
 ふるふると首を横に振ると、ここのかはオウガメタルから黒色の太陽を具現化させて、黒き絶望の光を照射した。
 藍鼠色の浴衣を着用してきた蓮村・紅太郎(紅蓮・e46612)にしてみれば、久しぶりに花火見物にでも来ようかと思った矢先にこの騒ぎである。
「お祭りに浮かれて出てきたのはどうやら『ぱりぴ』だけではないようです。いやはや、全く嘆かわしい」
「ぱりぴ?」
 エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)が首を傾げるのに、紅太郎の目が瞬く。
「え? 最近はこのような場に沸いて出てくるお祭り男をぱりぴと呼ぶのでしょう?」
「うーん、ボク、その『ぱりぴ』っていうのはわからないけど、お祭りも花火もみんなで楽しみたいよね! だから、ボク、手加減はしないよ」
 エトワールはそう言うと敵に向き直り、やればできると信じる心を魔法に変え、将来性を感じる一撃を叩きつけた。紅太郎も、既に戦闘は始まっていると意識を切り替え、自らを中心とした周囲全てを灼き尽くす火炎を顕現させた。
「罪を、裁きます」
 燃え盛る紅の焔は煉獄に咲く蓮花の如く、竜牙兵達を包み込む。
 見上げる空から災いが、絶望が降るなど、あってはならないこと。
 空の闇に見つけるならば、星や花火などの光でなければならない――。
 エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)はバスターライフルを構え、凍結光線を発射する。
「貴方達自身が花火になりに来たのですね。でも残念。このまま誰にも見られずに散っていただきます」
 盾の竜牙兵を取り巻く氷に手応えを感じ、エルモアはさらなる攻撃に移るべく機械の身体を動かした。

 ケルベロス達は作戦通り、支援の同胞達の援護を受けながら順調に戦いを進めていた。
 戦いが始まり、程なくして盾の竜牙兵が沈む。ケルベロス達が現れること自体が想定外だったのだろう。残る二体は動じることこそなかったものの、劣勢を察しているようだった。
 だが、竜牙兵達は最後の瞬間まで抗うことを止めず、果敢に攻め込んできた。
 刃に『虚』の力を纏わせ、生命力を奪う一撃を放ってくる竜牙兵達。斬りつけられた紅太郎は痛みを顔に出さず、笑みを浮かべたまま反撃に転じる。
「はぐれた連れを探さないといけませんので、さっさと片付けさせていただきますよ」
 紅太郎は鏡の如く一点の曇りもない刃で緩やかな弧を描き、竜牙兵の急所を的確に斬り裂く。回復はフィエルテに任せ、隼は理力を籠めた星型のオーラを蹴り込んだ。
「俺、この後デートなんだ、悪いね。悪いのはそっちだけど、な!」
 隼の言葉に同意するように、手にした凶器で殴りかかる地デジ。
「アラタもメイとデートだぞ! 浴衣だ!」
 その動きに合わせ、アラタが釘を生やしたエクスカリバールを敵の頭蓋目掛けて振り抜いた。
「――死ぬまで踊りなさい」
 ここのかの口から音が溢れた刹那、焼けた靴を履かせるが如く、竜牙兵達の足元に灯った炎が一気に全身へと燃え広がった。
 踊り狂うほどの熱に、竜牙兵達が悶え、ついには集中して攻撃を受けていた一体が焼き尽くされて灰となった。
「醜い花火ですわね。更に灰にして差し上げますわ! ――カレイド、散布! 目を閉じなさい……わたくしの輝きが、増しますから!」
 エルモアは『カレイド』と呼ばれる鏡のような六機の特殊兵装を展開させ、そこにレーザーを放って反射させる。跳弾狙撃のように死角から襲い掛かるレーザーに灼かれ、竜牙兵がよろめく。
「ボクだってやればできる子なんだからね!」
 エトワールはガジェットを拳銃形態へと変形させ、残る一体へ向けて魔導石化弾を発射する。
「そろそろおしまいの時間よ。花火のように潔く散って頂戴な」
 囁くように息吹は紡ぎ、クィルと視線を交わして頷き合う。
「アナタの悪夢は、どんなに甘い味かしら」
 目が眩むような甘い芳香を放つ紫林檎を齧ったならば、それが開幕のベル代わり。振り向けば悪夢が形を成して、己自身に罰を科す。
 幕は上がり、そして下ろされる。そのための一撃を、息吹はクィルに託した。
「――影に咲き、血に沈め」
 地に一雫、垂らした水は敵に這い寄り、足元に黒き華を咲かせる。華は天へと向けて花弁を広げ、咲いて、――裂いた。
 声なき悲鳴を上げて、斬り裂かれた竜牙兵が崩れ落ちる。黒き華は紅華へと変化して、文字通りの躯となった竜牙兵と共に、在るべき場所へと還っていった。

「皆様の浴衣もお似合いですわよ」
 金や赤、薔薇色などを着ることが多いエルモアであったが、今日は紫紺の地に梅の小花柄と上品な印象に纏めていた。
 髪型はそのままだが、それはエルモアのアイデンティティ。だからこそ、派手な浴衣で花火以上に目立ってはいけない――そう思うがゆえのチョイスだ。
 そうして水ヨーヨーを優雅に釣り上げるエルモアの姿が見られるのは、もう少しだけ先の話。

「うん、いいぞ! 日本の夏ーって感じだ! 皆で浴衣が着れて嬉しい♪」
「日本の夏はやっぱり浴衣って思うよ。見るのも着るのも楽しいもの」
 カラフルな色と模様が散りばめられたパッチワーク柄の浴衣を着たアラタに、鮮やかな黄色の地とチョコレートのフリルが目を引く、可愛いドレスタイプの浴衣を纏うメイ。そしてフィエルテは、薄い青緑に淡い朝顔の柄が咲いた浴衣に黄色の帯を締めて。
「フィエルテ、良かったらくるっとしてみせてくれ♪」
「フィエルテさんの浴衣も可愛い! 後ろ姿も見せてね。帯も素敵なの」
 二人に呼ばれほんの少し照れつつも、フィエルテはその場でくるっと回ってみせた。

 ――太鼓みたいに大気が震える。見上げれば、光の華が次から次へと咲き綻ぶ。
 鮮烈な輪郭を網膜に刻み、カラフルに燃え落ちる。
 温かいけど儚く。
 哀しいけど美しく。
「……でもね、寂しくないよ。だって覚えているもの」
 綺麗に咲いた光の花も、一緒に過ごした時間も、思い出の中にずっと咲いているのとメイは微笑む。
「心の中のキラキラは色褪せないよね」
「……そうだな」
 アラタは頬を緩め頷いて、胸に刻まれた星の花束を想う。
 とても、心が満たされた。

 アリシスフェイルは薄緑に山吹の帯の浴衣で、フィエルテと逸れぬように手を繋ぎ、花火の見える特等席まで。
 空に咲く大輪の花々。空を見上げて見るのだから、何回だって一緒に見たいとアリシスフェイルは屈託なく笑いながら、再び上がった花火を指さして。
 願いを運んだ天燈のように、花火達も届かぬ所へ声を届けてくれるだろうか。
「ね、フィエルテ。とても嬉しいのだわ」
 一緒に見れて、今日もあなたの笑顔が見れたから。
「私も、とても嬉しいです。アリシスさんの素敵な笑顔が、見れたから」

「えへへ、似合う?」
 メルナーゼに着付けてもらった初めての浴衣にエトワールはくるりとご機嫌。
「ええ、とてもお似合いですよ。ほらエトさん、リンゴ飴です」
 メルナーゼも自身の手で浴衣を着付け、手を繋いで花火が見える場所へ。
「花火は初めてなんだ。……わぁっ」
 すると空に咲く鮮やかな華に、エトワールは素直に感嘆を音にして、メルナーゼはほうと息を零し。
「本当に空に花が咲いてるみたいで綺麗だねっ、……、――あれ、花火より綺麗……」
 エトワールが無意識に、傍らのメルナーゼを見て落とした音。その意味を彼女はきっと知らないままだろう。ゆえにそれは答えるべきではないと、メルナーゼは知っていた。
 だから、伝うぬくもりだけはそのままに、花火の光と音と笑顔で誤魔化した。

 もしも、世のあらゆる憂いを飲み下せたら、皆の幸福に満ちた更なる笑顔が見れるだろうか。
 言葉にせぬ想いごと麦酒を飲み干す夜の姿は、幸せを境界線の外から眺めているようで。
(「……でも、わたくしは」)
 世界中の人に間違っていると言われても、貴方にだけは笑っていて欲しい。
 温かな手を取り想いを込めて、アイヴォリーは愛おしむようにそっと重ねる。
 伝う熱に振り向けば天使の微笑。夜はアイヴォリーの細い項に唇を寄せ、似合っているよと熱を吹き込んだ。
 生成地に藍縞、白花咲く浴衣。硝子玉の簪も、貴方の選んでくれたもの。
「――わたくしは貴方のために咲く花です」
 今宵、誰の元にも幸せの花が咲きますように。そう願うあなたを、幸せにするために。

 あかりは翠のよろけ縞に金魚が泳ぐ浴衣を着て、陣内と二人、特等席から離れた場所で。
 ラムネのビー玉が揺れる音がからんと響く。上がる花火に照らされて、陣内の揺れる尻尾や弾けるビールの泡や、陣内の背に隠れながらも時折顔を出す猫の髭まで鮮やかに見える。
「大きな音が苦手、――なんてことはないよ? 本当はね、君の声が、ちゃんと聞こえる方が好きだからだよ」
 だから敢えて喧騒から離れたのだと。光の花が弾ける音より近く、甘く響く言葉に揺れるあかりの耳。
「――僕は、」
 陣が横に居てくれるなら、どこだって特等席なんだけどね。
 なんて、花火の魔法にかけられて、偶には素直になってみようか。

 ここのかは白地に涼しげな青の撫子柄の浴衣を纏い、藍色の生地に白い蝶々の柄の浴衣を纏ったエリザベスと合流する。
「浴衣、綺麗だね。お洋服姿も素敵だなって思ってるけど和服も似合うね」
「嬉しいです。エリザベスさんもすっごく美人さんっ」
 互いに微笑み合い、それから花火咲く空を見上げていると、エリザベスがふと呟いた。
「そういえば、少女漫画とかで出てくる花火大会であるよね、仲間内で来て二人で抜け出すとかそういうの」
 ここのかが想像したのは少女漫画の一頁。抜け出した後はきっと人目に隠れて――そこで、ここのかは顔を赤くし、ふるりと首を横に振った。
「お、女の子同士で良かったです! 安全です! ……でも、」
 ――好きな人とだったらどうなっちゃうんでしょうね。
 何気なく零れたここのかの疑問に、今度はエリザベスが考える。
「……好きな人と、だったら。手を繋いだり……、……浴衣を褒めて貰ったり」
 エリザベスは頬を染めて俯き、それ以上続けることが出来なかった。

「私ね、べっこう飴が食べたいな。中にいちご入っとるやつ。あとわたあめ欲しいな、家に持って帰るのー」
 人の多さと暑さに帰りたいと葛藤しつつ、かき氷を手に入れた紅太郎。一方、湖満も買い物を満喫して、然程混雑していない場所に腰を落ち着ける。
「花火職人さんは、苦労して作り上げたんやろな。それが一瞬で消えてまうのは、儚いものね。でも……儚いものほど美しい、それがこの世界……か」
 どこか悲しげな微笑みを浮かべる湖満。感傷的な雰囲気の中、空に咲いた大玉の花火に紅太郎が気を取られた一瞬、
「……ふふ、すきありっ」
 掬われたかき氷を見て、紅太郎はぼそりと。
「今のムード、返してください」
「油断大敵、よ。ほら、花火綺麗やねー、大人しく見ようよ」
 こうしている間にも、空は次々と新たな花で彩られ。
 やがて一夏の儚さと寂しさを抱いて、最後の花火の余韻が空に溶けて消えた頃、湖満は静かに囁いた。
「……ね、また連れていってね」

 浴衣を着ていったら、去年のようにまた花火がそっちのけになってしまうから。
 今年は浴衣封印なのよと告げる息吹に、ベルノルトはそうですか、と残念そうにするけれど、同時に何を着ていても可愛らしいと気を取り直し。
 空を見上げれば咲く花火。その美しさを堪能していると、ふと感じる視線。
「おや、今年はイブさんが余所見ですか?」
「……っ、ふふ。今年はイブの方が、花火そっちのけになっちゃってたわね」
 彼がしっかり花火を見ているか気になってつい横を見ていたら、投げかけられた言葉と微笑みに、息吹も笑みを綻ばせる。
「……ね。今年も一緒に花火を見てくれて、有難う」
 去年よりもずっと、だいすきよ。息吹はそっとベルノルトの耳元に囁いて、頬にキスを贈る。
 頬に受けた不意打ちにベルノルトが覚えたのは、驚きの感情と熱。
「……僕も貴方が大好きですよ。来年もまた、一緒に見に来ましょう」
 息吹は微笑んで、うんと頷く。
「来年も、一緒に。約束、ね!」

「――お、そろそろ始まりそ?」
 立ちっ放しも何だからと、隼は藍地に白雨と紫陽花柄を纏うジョゼの手を引いて堤防に上がる。腰を下ろすと同時、空へ伸びた光の筋。
 不思議そうに仰いだジョゼの頭上に咲く、見たことのない綺麗な花。
「……!」
 歓声と共に打ち上がる花火。全てがただ一度きりの花となって、夜空に咲いては散っていく。
 その光景に声もなく、瞬きすら惜しむように見惚れるジョゼの横顔があまりにも可愛いから、隼は掛けようとした声を引っ込めて、約得だなあと想いを噛み締める。
 やがて終演を飾るスターマインの余韻が緩やかに風に溶ければ、隼は終わっちゃったか、と寂しげに落とし。
 花火は好きだけどこの瞬間はいつも寂しい――そんな独白に応えるように、隼の手の甲にジョゼの手が重なった。
 目を瞠る隼に、寂しくないとばかりに興奮冷めやらぬ表情でジョゼは笑いかける。
「――アタシ、今とっても幸せだもの」
 そう言って笑うジョゼの姿は、空に咲いた刹那の華、そのどれよりも眩く隼の瞳に焼き付いた。

 海沿いに重なる影二つ。お互いにとびきりの浴衣を用意し、いつものように手を繋いでぬくもりを分かち合う。
 空いた手には何を持とうか、そわそわと出店を見遣るクィルが見つけたのは、星型の砂糖が散りばめられたふわふわの綿飴。
「ここにも星空があるみたい」
「もうひとつの星空は、ふわふわだねえ」
 一方、ジエロは手持ち無沙汰に片手を空けたまま。きっと君がくれるからと言わずして思っていた通り、クィルはひとくちどうぞと微笑みながらも、口元には近づけず、彼が屈んで食べてくれるのを待ち受けて。
 そう、屈んだジエロの食べる姿が間近で見られる――それこそがクィルの狙い。
 満足げなその顔に、ジエロも彼の策略に嵌ったらしいことまでは気づいたが、敢えて尋ねることはせず、二人、並んで花火を見上げ。
 空に咲く星。空に咲く花。
 その彩りと光を瞳いっぱいに燈して、二人で重ねた想い出の一頁。
 いつまでも色褪せず思い出せますようにと、クィルは華やかな空に祈りを託した。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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