闇を縫う牙と翼

作者:影流くろね

●廃墟を泳ぐ魚
 ここは鳥取県鳥取市。草木も眠る深夜。
 郊外にてひっそりと佇む廃墟の中にゆらゆらと4つの影が泳ぐ。窓から入り込む月明かりに照らされたそれは、ピラニアを大きくしたような怪魚。象の牙のように鋭く伸びた下顎の歯が悍ましい。
 怪魚たちの泳いだ軌跡が魔方陣のように浮かび上がると、その中心に現れたのは、闇よりも真っ黒な翼を携えたビルシャナだった。下半身がライオンのように獣化しており、禍々しい黄色い瞳が光る。
 死の世界から無理矢理引きずり出され、知性と共に威厳を無くしたビルシャナは、ただ獣のように咆哮し、夜空を仰いだ。

●怪魚の予兆
「鳥取県の鳥取市で、死神の活動が確認されました。デウスエクスをサルベージし、更なる悪事を働かせるつもりのようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が真剣な表情で告げると、火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)が拳をぐっと握りしめる。
「警戒していた通りの事件が起きるみたい……でも、とにかくぶっとばすんだよ!」
 やる気満々! と言った様子で、握った拳を思い切り振り上げたひなみく。怪魚型死神は、第二次侵略期以前に地球で死亡したデウスエクスを変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰ろうとしているようだ。
「死神といってもかなり下級の死神らしくて、魚のような姿をした知性を持たないタイプみたいだよ!」
 ひなみくが元気な声を上げる。セリカは真剣な表情のままケルベロス達を見つめた。
「死神はデウスエクスをサルベージすることで戦力を増やそうとしています。それを防ぐため、出現ポイントに急いで向かって下さい」
「敵の数は全部で5体だね! 大きなピラニアのような死神が4体と、変異強化されたビルシャナが1体みたいだよ! 変異強化されたビルシャナは知性がほとんど無くて、身体も獣っぽく変化してるみたいだよー」
 ひなみくが資料をめくりながら言った。死神や、サルベージされたビルシャナは知性が低く、説得などで言葉を交わす事は難しいようだ。
「死神は怨霊の弾を飛ばしたり、泳ぎ回って回復するみたいだけど、特に多用してくるのが大きな牙での噛みつき攻撃みたいだよ!」
 ひなみくが説明を続けると、セリカが補足する。
「それと、死神が出現するのは鳥取市郊外の廃墟です。1階建てで、もともとは飲食店だったのでしょうか……厨房とホールのエリアに分かれているようです。机や椅子などお店が開店していた頃から存在する物もいくつかありますが、酷く劣化しています」
 セリカによると、現場となる廃墟は近日中に取り壊す予定になっているようで、周辺には立ち入り禁止の看板が置かれているらしい。また、深夜のため人が寄りつく可能性も低そうだ。避難等の心配は無いだろう。
「しかし……死した者を蘇らせて駒のように使おうとするなんて許せませんね。皆さん、どうか死神を撃破してください」
 セリカの言葉にひなみくはやる気を迸らせながら頷いた。
「蘇らされたビルシャナも、死神も、ぶっとばすんだよー! オラー!」


参加者
フィーベ・トゥキヤ(地球人のガンスリンガー・e00035)
東雲・海月(デイドリーマー・e00544)
ホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりなナイフ持ち・e02709)
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)
アリサ・クラリッサ(ガンスモークウィッチ・e03365)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)
望月・護国(偽りの月が照らす宵闇の落し子・e13182)

■リプレイ

●闇に紛れて
 深夜、肌寒い風が吹く。
「やれやれ、最近寝た子をおこすっちゅー輩が多いな。困ったもんやで」
 フィーベ・トゥキヤ(地球人のガンスリンガー・e00035)が飄々とした口調で言うと、横に居た火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)もこくこくと頷く。
「そんな死神にはドカンと1発食らわせるんだよ! みんな、がんばろ☆がんばろ☆なんだよー!」
「はい、頑張りましょう。あ、裏口班への連絡は私が行いますので改めてよろしくお願いしますね」
 ひなみくの言葉にソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)がニコリと頷き、アリサ・クラリッサ(ガンスモークウィッチ・e03365)と望月・護国(偽りの月が照らす宵闇の落し子・e13182)にペコッと会釈した。今回の作戦は『正面から突入して敵を引き付ける班』と、裏口から侵入し『敵の背後から挟撃する裏口班』の二手に分かれる作戦なのだ。
「油断は大敵であるが、緊張のし過ぎも良くないのである」
 そう言った護国が小さな袋を取り出して配ると、甘い香りが漂う。仲間の緊張をほぐそうと、お手製のココアクッキーを持参していたのだ。
「謝謝。いただくしておくね」
「おっ、ココアの良い香りだね! ありがとー!」
 受け取った袋を静かに懐に入れたジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)と東雲・海月(デイドリーマー・e00544)に続き、他のケルベロス達も護国にお礼を言った。
「ん……そろそろ着いたんじゃないの?」
 ホワイト・ダイヤモンド(面倒臭がりなナイフ持ち・e02709)が面倒臭そうに呟いた。足を止めたケルベロス達の目の前には、廃墟と化したレストランが不気味にそびえ立っている。周囲には『危険! 立入禁止』と書かれた工事用の看板が複数置かれていた。
「ほんなら、正面と裏に分かれて行こか」
 フィーベの言葉を皮切りに、ケルベロス達は2つの班に分かれる。
「では、連絡をお待ちしております」
「任せてください♪」
 アリサが丁寧にお辞儀をすると、ソラネが笑顔で返事を返した。
「タカラバコちゃん! ちゃんと裏口でみんなと一緒に頑張るんだよー!」
 ひなみくが屈んでミミックのタカラバコに声を掛ける。タカラバコはひなみくをじっと見上げた後、ぴょこぴょこと跳ねながら護国達の方に向かって行った。

●牙と翼
 正面班がホールに入ると、待ち構えていたのは黄色く光る瞳。暗闇に殺気を帯びて光るそれがケルベロス達を見つけると、唸り声をあげて襲い掛かってくる。
「廃墟ですが元はレストラン! 焼き鳥にしてあげます!」
 ソラネが放ったレーザーが、ボロボロの床に線を描きながらビルシャナの翼を焼く。
「焼き鳥めッ! ぐるぐるぐる~~……喰らいやがれッ!」
 焼け焦げた臭いが漂う中、ひなみくの『まっはぱんち』が炸裂し、ビルシャナはテーブルや椅子を粉砕しながら壁に叩きつけられた。そして、仲間を援護する海月のスターサンクチュアリがキラキラと光り、闇を彩る。
「はやいとこ終わるように頑張っちゃおう!」
 気合い入れなきゃね、と付け加えた海月の表情は戦闘前よりも活き活きとしていた。お気に入りの魔導書をめくり、仲間の動きを見ながら支援を続ける。
 後方から銃を構えたフィーベがビルシャナに向けて狙いを定めたが、その目線が何かを感じ取ったように鋭く光る。途端、ビルシャナを狙うのを止め、真後ろへ振り返って撃った。
 レジカウンターの影に弾丸がばら撒かれると、耳を裂くような叫び声と共に死神が現れる。死神はフィーベと撃ち合うつもりなのか、怨霊の弾を次々に発射する。黒い塊がフィーベの目元を掠った。
「随分活きの良い魚やなぁ。ちゃっちゃと捌いて地獄に直送したるで!」
 ニヤリと緩んだ表情から繰り出される、えげつない弾丸が死神の牙やヒレを貫き、足止めを食らわせる。死神は激昂したようにガチガチと歯を鳴らしてフィーベに噛みつくが、ひゅんと避けられてその歯は空しく風を噛む。
「さっさと死ねば?」
 すかさずホワイトが死神に張り付き、降魔の力を込めた拳で殴りつける。続いて、ナイフでの斬撃。纏わりつくような攻撃に死神が反撃するが、ホワイトは怯まない。痛みを感じていないのだろうか。そして、繰り返される猛攻の隙間に放たれるのはフィーベの弾丸。
 舞うように斬りつけたホワイトのナイフが死神の脳天に突き刺さると、怪魚は引き裂くような断末魔と共に息絶えた。
「――――――疾ッ!」
 厨房の方から訪れた新たな死神達に、突如間合いを詰めたジンが疾風の如く斬りつける。刃を薙いだ後は影に隠れ、死角から死角へ、ゆらりと移動する。ジンの姿を視認出来ないのか、死神達は暗闇に向けて無鉄砲に怨霊弾を撃ちだした。
 ホールに集まった敵の数を確認したソラネは、距離を取りつつアイズフォンを使う。
「準備は整いましたね。では、送信っと」
 事前に用意していた可愛らしいスタンプメールを送信すると、ソラネはギルティラに意識を集中させて、戦闘へと舞い戻った。

●地獄へ還す者
 微かに漏れる戦闘音以外は、ほとんど静かな廃墟の外。突然、携帯電話が鳴った。
 護国とアリサは顔を見合わせて頷くと、ソラネから届いた内容を確認する。タカラバコも気になるのか、2人の後ろでぴょんぴょんと跳ねてアピールしていたが、それに気付いた護国がタカラバコを抱きかかえる。
「あら、可愛らしい絵ですね……では、参りましょう」
「うむ。お陰様で良い感じに力が抜けたのである」
 ソラネが連絡用に使った『柴犬がOKサインを出しているイラスト』に少し和やかな雰囲気になりながら、裏口班は廃墟の中へと突入した。

 裏口から入ってすぐの厨房に敵はおらず、ホールの方角から鮮烈な音が鳴り響いている。アリサは辺りを警戒しながらホールへと歩みを進めた。
 刹那――ド派手な音を立ててドアが突き破られた。同時に舞い込んできたのは、仲間がブッ飛ばした死神の1匹だ。
 牙を剥いてホールに戻ろうとした死神の背後から、アリサが放ったドラゴニックミラージュの炎が巻きついた。苦しむ死神を見据えたまま、アリサは腕時計型端末に触れる。
「死神……出会ったばかりですが、お別れです」
 次にアリサは氷の妖精を放つ。妖精が激しい吹雪を巻き起こすと、霜にまみれた死神は凍ったまま息絶えた。アリサの美しい瞳には死神の骸を覆い隠す白い冷気だけが映っていた。
 護国はホールへ向かい、高速でビルシャナへ向けて突き進む。
「さぁ、我輩がお相手するである! 望月を包む宵闇の如く……!」
 ビルシャナの脇をすれ違う瞬間、振り向き様に放った拳と、圧縮された空気がビルシャナの顔面を挟み込んだ。重く、暴力的な圧力がのしかかり――押し潰されそうになったビルシャナは咆哮を上げて倒れる。が、ライオンのような身のこなしで素早く跳び起きると、氷の刃を飛ばして反撃した。そこにひなみくが駆けつけ、指天殺で急所を狙う。
 ひなみくの後ろから死神が近付いてくるが、彼女はそれに気づいていない。はっとして振り向くと、鋭い牙が直ぐそこまで迫っていた。攻撃から身を守ろうと両腕を顔の前でクロスさせたところで、タカラバコが勢い良く飛び出し、その攻撃を庇った。
「タカラバコちゃん! ちゃんと突入できたんだね、えらいえらい!」
 ひなみくが嬉しそうな顔でタカラバコを褒めたが、すぐに死神に向き直り、鎌を振り下ろした。連携するようにソラネが主砲を一斉発射し、光の筋を飛ばしながら弾幕が降り注ぐ。ひなみくがギロチンのように鋭い斬撃で首を斬り落とした後、雨のように降り注いだ弾幕が死神を粉々にした。
「敵の数が減ってきたね。メインディッシュが残ってるから、無理せず頑張ろう!」
 海月が仲間に声を掛けながら、メディカルレインを繰り出した。ひんやりとした薬液が優しく仲間を包み込み、傷を癒していく。と、ビルシャナが撃った炎が鳥のような姿になり、海月を襲った。
「おっと、危ないなぁ……! 無理矢理起こされて機嫌悪いのは分かるけどさっ!」
 炎を手で払い除け、海月は好戦的な顔で魔導書をめくる。ページが定まると同時に手のひらを前面に向けると、目の前に大きなドラゴンの幻影が浮かび上がった。ドラゴンは火の鳥を飲みこみ、炎弾となってビルシャナへと突進する。漆黒の羽毛から煙が上がり、ビルシャナは苦しそうに低い声で唸った。その声に反応したのか、ビルシャナの後ろから飛び出した死神が、牙を鳴らしながら襲い掛かってくる。
「夜も更けて来たことやし、そろそろオヤスミの時間やで!」
 乾いた発砲音を響かせながら、死神のエラに食い込む弾丸。フィーベの軽い口調とは裏腹に、弾丸は次々に死神の身体へ撃ち込まれてゆく。フィーベの横に並んだアリサが腕時計型の端末に触れると、ブラックスライムが蠢いた。
「ただ前に向かって――貫いてゆく!」
 動きが鈍る死神に、アリサのケイオスランサーが突き刺さる。黒い槍が胴体に貫通し、死神の動きが止まったように見えた……が、その暗い瞳は僅かに生気を帯びていた。金切声を上げて怨霊の弾を纏おうとするが、フィーベの銃口がそれを許さない。
「地獄で素敵な夢でも見ぃや!」
 両目に弾丸が撃ち込まれると、死神は床に落ちて無惨に朽ち果てた。

●夜に朽ちる翼
 ビルシャナが氷を飛ばしながらフィーベ達に接近すると、いくつもの短剣が獣の下半身へと突き刺さる。短剣の柄尻から伸びる糸の先には、ジンが居た。
「アナタはこっちよ。ちゃんと相手してあげるね」
 冷たい声色で言った後、糸を引っ張る。怒り狂ったビルシャナはジンに向けて炎を放つが、今度はホワイトが踊るようなナイフの動きで斬りつける。
「早く朽ちなよ……面倒臭いから」
 イラついた口調で言ったホワイトに向けて、鋭利な氷の塊が飛んでくる。ホワイトはそれを、ひょいと跳んで回避した。
 敵の隙を見抜いたジンが暗闇から影の弾丸を撃ち込むと、傷口から侵食した毒がビルシャナの身体を蝕む。続いて護国が飛翔しながら詰め寄り『望月流対話術その八・月影』で連携を図る。ジンは護国と目を合わせると、静かに頷いた。
 ホワイトはナイフを頭上に放り投げ、体術の構えに切り替える。
「ビルシャナ、だっけ? あなたの命なんてどうでもいいけどさ……耐えてみれば?」
 ホワイトが繰り出す連撃。彼女の得意とする体術技を最大限に活かした『ザ・スタンビード』がビルシャナの身体の至る所にめり込んだ。何度も殴りつけられてボロボロになりながらも、反撃を狙って瞳を光らせるビルシャナ。その背後からジンが忍び寄る。
「――、晩安」
 冷淡に見下したジンはビルシャナの喉元を掻っ切り、確実に息の根を止めた。鮮血と言うにはドス黒い液体が飛び散り、ビルシャナは煙となって消え失せた。

「ふぅ~……無事に終わりましたねぇ。お疲れ様です」
 ふんわりと柔らかな口調で言いながら、ソラネが思い切り伸びをした。
「ほんと、お疲れさま! 皆に大きな怪我が無くて良かったよー!」
 海月は魔導者を閉じ、ホッとした表情で言った。
「……死神の都合で引き摺り出されたビルシャナ、知能失うしたとしても少し憐れだたね」
「そうだねー。でも、今度は誰にも起こされずに眠れるんじゃないかな」
 ナイフを仕舞ったジンが表情ひとつ変えずに言うと、海月がうんうんと頷く。
「みんな、お疲れ様なんだよ☆ あっ、タカラバコちゃんもお疲れ様! これは頑張ったご褒美なんだよー」
 ひなみくが懐からココアクッキーの入った袋を取り出すと、タカラバコにクッキーを1枚あげようとした。
「えっ、もっと欲しいって? ダメだよー! あとはわたしが食べるんだから!」
 クッキーの入った袋ごと食べようとするタカラバコに、ひなみくがピシャッと言い放つ。すると、護国が新たにクッキーの袋を差し出した。
「こんなこともあろうかと、実は多めに持ってきていたのである。良かったら、タカラバコ殿と仲良く食べて欲しいのである」
 満面の笑顔でお礼を言ったひなみく。その声色に負けないくらい嬉しそうに、タカラバコもぴょんぴょんと跳ねていた。
「んじゃ、終わったから帰る。疲れたし」
「ほい、お疲れ。みんな、また縁があればよろしゅう頼むで」
 時間が時間なだけに少し眠いのか、ぶっきらぼうに言ったホワイトに続いて、フィーベも手をひらひらと振って夜闇の中に消えていく。
「私たちも……帰りましょうか」
 アリサが切り出した言葉に続き、ケルベロス達は廃墟の外に出た。月が大分傾いてはいるが、まだ日が出るには早いようで、濃紺の空が広がっている。
「暗いから足元には気を付けないとね!」
「暗闇……ワタシの得意分野ね、明るい場所なるまで先導するよ。ここ廃材みたいなもの落ちてるだから、注意ね」
 海月が足元をキョロキョロと見回しながら言うと、ジンが率先して前へ進み、手招いた。
 ケルベロス達の背中は、夜の闇に消えていく。彼らが向かう先は夜明けであり、辿り着く先にあるのは、明日の訪れである。

作者:影流くろね 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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