ココナッツ・パニック!

作者:そらばる

●リバービーチの大混乱
 青い空、青い海、燦々と照りつける太陽。
 都会のど真ん中にある公園内には、川を海に見立てた人工浜がある。遊泳はできないが、都会で気軽に海水浴気分が味わえるとあって、日光浴やバーベキュー、ビーチバレーなどを楽しむ人々でなかなかに盛況な様子だ。
 ……楽しげな喧騒の傍らで、ささやかな木陰を提供していたヤシの木々の周囲に、不意に何かの花粉らしき霞が取り付いた。
 異変に気付かぬ学生たちのビーチバレーは、白熱の一途を辿る。
「オーライ、オーラ――ごがっ」
 高々と上がったボールに合わせて後ずさった青年の頭頂部を、ゴッ、と鈍い音と衝撃が襲った。
 前のめり転倒した青年の血まみれの頭にめり込んでいたのは、特大のヤシの実。
 響き渡る悲鳴の中、惨劇の元凶であるヤシの木たちが一斉に動き出した。地面から引き抜かれた根が二本の短足に変形する。硬く丈夫な葉をサラサラ鳴らして、その生え際には次々と新たな果実が実っていく。
 川辺の人工浜は、ヤシの実が豪速で飛び交う地獄と化した。

●危険なヤシたち
「ヤシの実って、ココナッツだよな……大阪じゃ越冬できないだろうから、ヤシはヤシでもこれはココヤシじゃないとおもうんだけど」
 予知の内容を聞いた近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)の第一声がそれだった。
 が、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は小さな胸を張り、立てた人差し指を横に振ってみせた。
「そういう細かい常識はっ、デウスエクスには通用しないのですっ」
 爆殖核爆砕戦により、大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物の侵攻。
 その一環として、少し前に市街地を襲った巨大攻性植物サキュレント・エンブリオが、ケルベロスに撃退され爆散した事例があった。その際に飛散した胞子が、今回の事件を引き起こしたのだろうと、ねむは推測する。
「攻性植物たちは大阪市内で事件を多発させて、拠点を拡大しようとしています。このままだとゲート成功率も『じわじわと下がって』いってしまうのです! それを防ぐため、大阪市民の命を守るため、敵の侵攻を完全に防ぎましょう!」
 今回現れるのはヤシの木の攻性植物。謎の胞子によって複数一度に誕生し、市街地で暴れだそうとしている。
「一般人を見つけるや否や殺そうとする危険なヤツらです! 固まって行動するし逃走もしないので対処は難しくありませんが、数の多さと連携は厄介なので、油断しないでください!」

 倒すべき敵は、ヤシの攻性植物5体。
 ヒダリギの見識通り品種はココヤシではないが、ココナッツっぽい実を山ほど生らせてでたらめに投げつけてくる。他にも鋭い葉っぱの先を切り離して無数に飛ばしてきたり、長い全身をしならせて頭部を勢いよくぶつけてきたりして攻撃してくる。
 また、ヤシの実を黄金に光らせたり中身の果汁をぶちまけたりといったヒールを持つ個体もあるようだ。
「5体はヤシの実の色によって役割が違います。茶色が攻撃役、黄色が防御役、緑が回復役です」
 同種の植物から誕生したからか、連携のとれた動きをしてくる。
 また、特定の個体がリーダーとして突出しているということもなく、5体すべてが同等の戦闘力を有しているようだ。
「周辺の人たちは、ねむから警察にお願いして事前に避難してもらいます。皆さんは戦いに集中して、ヤシの攻性植物をこてんぱんに倒しちゃってくださいっ!」


参加者
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
鳳・火鈴(暴走爆走すちゃらか娘・e40571)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)

■リプレイ

●ヤシらがやってくる
 潮風ならぬ川風吹き抜ける、真夏のリバービーチ。
「おー夏って感じだね! でもでも、アタシはやっぱり海が好きー」
 おでこに手を当ててひさしを作り、白い砂浜を見渡すと、名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)は最後に問題の木陰に視線を転じ、ケラケラと笑い始めた。
「つーかナニあの敵。海ステージに出てくる雑魚キャラみたいでウケる」
 ケルベロスが注目する先には、のっしのっしとこちらへと歩いてくるヤシの木が五本。長身に反して短すぎる二本足が、シュールというかマヌケというか。
「ヒールの幻想化も大概だけれど、デウスエクスも何でもありね……」
 ヒールの副産物として婚家の屋根に生えた巨大フルーツを思い出し、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)はなんとも言えない溜息を零した。
「やれやれ、あの胞子は結局別の植物に作用したのか。芸のねぇ、ありきたりな結末だったな」
 ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)は女性らしさ皆無の口ぶりで肩をすくめる。
「……敵を倒せばそれで済む。不幸中の幸いですね」
 霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)の穏やかな呟きには、心置きなく目の前の敵に集中することができるという、安堵感が滲んでいる。
 真面目な会話を交わす面々がいる一方。
(「……ココナッツってたしか食い物だったよな。あれも砕けば食えんのか?」)
 男だけど甘いもの上等の脳筋、長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)の脳内は、目の前で鈴生りに増殖し始めたヤシの実への興味一色であった。
 ケルベロス達の前に居並んだヤシ達は、胸ならぬ幹を反らすと、黄色の実をつけた個体は涼やかに葉を鳴らし、茶色い実をつけた個体は実をはち切れんばかりに膨張させ始めた。
 戦闘の兆候にケルベロス達が身構えた、その時。
 全てのヤシがわっさわっさと上下するや否や、ヤシの葉とヤシの実が弾けんばかりに一斉に散った。
 葉は横殴りの雨の如く前衛に打ち付け、鋭い刃となってその防護を斬り裂く。そこにすかさず硬くて重い茶色いヤシの実が打ち付ける。リバービーチは瞬く間に修羅場と化した。
「よっ、と。『ヤシの実が豪速で飛び交う』……ってこういう感じね……。ドッジボールみたいだけど殺傷度が高過ぎるわー」
 ヤシの実の軌道に割り込み、ビーチバレーよろしくアンダーハンドレシーブで攻撃を防ぎながらぼやく熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)。リア充のマネと称してキャップ、タンクトップ、ビーチサーフパンツ、マリンシューズ型フェアリーブーツで固めた姿は、まさにビーチバレー選手そのものである。
「ただ、同じ場所に……生えていただけの、植物が。連携という、高次行動を。取るとは……サキュレント・エンブリオの、置き土産。侮り難いですね……」
 早速の連携の取れた猛攻に、素直に舌を巻く櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)。
「――大阪でヤシの木なんて、まったく南国関係ないじゃない!!!!」
 葉とヤシの実の嵐と化した前衛をすり抜け、鳳・火鈴(暴走爆走すちゃらか娘・e40571)は炎を燃やす。
「場違いなヤシの木さんには退場願うから!!!!」
 テンションの高い啖呵と共に、小さな太陽の如き巨大な火炎球が、白い砂浜に現出しようとしていた。

●緑ヤシめった打ち
 ケルベロスと真っ向から対峙する四本のヤシの木たち。厄介極まるのは、その後方に守られる形でこっそり治癒を振りまいている、緑色の実の一体だ。
「どいつもこいつも厄介な能力持ってるけど、まずは回復役から潰してココナツサブレにしてしまうよー」
 愛用の改造スマートフォンをなんやかんや操作しだすまりる。謎の手順において放たれた電波が緑のヤシを襲う。
 思考をかき乱す電波を浴びながら金色の光を収束させていく緑のヤシの実を、千翠は銃口を差し向けながらじいっと見つめる。
(「割れば食えるのか? 色の違いで味に差はあるのか? 金色に光ったら美味くなったりするのか……?」)
「終わったら、試してみるしかないな」
 オウガらしく腕力行使を心に誓いながら、そのためにもまずは倒さねばと竜砲弾をぶっ放す千翠であった。
 続けて緑のヤシを捉えた銃口は、殲滅者を意味するバスターライフル、アナイアレイター。
 和希は感情を面に出すことなく無言で引き金を引いた。照射された凍結光線は、命中した場所から熱を奪い、ヤシの樹皮に霜を下ろしていく。
 後衛ヤシが狙われていることにざわめき始める前衛ヤシ達。しかしそこには、ハンナの縛霊手が差し向けられる。
「おっと。好き勝手動いてもらっちゃ困るな」
 前衛ヤシ達を捉えた掌から急激に収斂された巨大光弾が撃ち出され、前衛をまんべんなく焼き払った。
「燃えろ真夏の太陽! ヤシの木でも、この熱さには耐えられないよ!」
 続けざま、火鈴の両手が創り出した火炎球が、いよいよ爆発した。陽炎灼焼華。あまりの熱量に揺らめく景色。超高温の熱波が敵陣を襲う。
 痺れと高熱に押し込まれて後ずさる前衛ヤシ達。それを尻目に、ケルベロス達の攻撃は後衛ヤシへと殺到していく。
「フルで、メタルな……外伝小説の様に。魔法使いの、格好と……対戦車ロケット。用意すべきだった……でしょうか?」
 ウイング状のエネルギー放出フィンを広げ、叔牙は真面目に思案しながら、ブーツから星形のオーラを敵に緑ヤシに蹴り込んだ。
 砂浜の戦いに備えて滑り止め対策を施したフェアリーブーツで踏み込み、同じく星形のオーラで緑ヤシの防護を破りつつ、アウレリアは首を傾げる。
「元は棕櫚なのかしら。こんな大きな実が生る種ではないように思うけれど」
「シュロ……うん、まあ、たぶん……?」
 自信がなさそうに返す近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)。ココナッツらしき実はついているわ足は生えているわ、定形外すぎて確信が持てないらしい。
 じゃららとケルベロスチェインを鳴らし魔法陣を描き出しながら、玲衣亜はうじゃうじゃと動き回る敵を見回す。
「てか敵の数多いなー。アタシは回復量重視にすっかな。てわけでヒダリン、状態異常のほーはよろしく~」
「…………。ヒダリ……あっおれか」
「もーボケちゃって。頼りにしてまーす!」
「わ、わかった」
 ものすごく慣れない上に馴れ馴れしいあだ名に戸惑いつつも、ヒダリギは生真面目に、腕に巻き付いた攻性植物を黄金色に輝かせた。
 前衛ヤシの動きを中衛ケルベロスの二人が牽制している隙に、他の攻撃手は後衛ヤシを狙い撃ちにする――あらかじめ取り決めていたケルベロス達の作戦は、滑り出しから絶好調だった。
 黄色ヤシ達も後衛を護るべく必死にケルベロスの射線に割り込まんとするが、手数に勝るケルベロスに対応しきれない。
「その短い足でどうしてバランスが取れるのか不思議だわ」
 淡々と突っ込みつつ、アウレリアは変形させたドラゴニックハンマーで緑ヤシを砲撃する。狙うは一点、二本の短足。
 砲弾の直撃に片足が浮き上がり、緑ヤシはわたわたと体を揺すって必死にバランスを取っている。
「殴る蹴るの方が性にあってるんだが……行ってくれるか?」
 ぼやきながらも千翠はファミリアロッドを小動物の姿に戻した。涼やかな翡翠色の小鳥は美しい声でピィと鳴くと、魔力を乗せて緑ヤシへと突撃した。
 すでに数多付与されていた弱体化が、緑ヤシの体内で夥しく増殖する手応え。分厚く頑丈な樹皮は早くもボロボロで、短い二本足はなんだか千鳥足っぽく落ち着かない。
 今ならば。好機を捉えた和希の眼差しに、デウスエクスへの狂気が滲む。
「来たれ、来たれ、来たれ……」
 闇と光が和希を取り巻く。蠢く異形の術式が産み落とすは、儚げに揺らめく小さな、黒白の精霊たち。緑ヤシへと飛翔し力を解き放つ。破滅の力を。
 これを機に、黄ヤシのディフェンスを潜り抜けた攻撃が次々に殺到する。緑ヤシ黄ヤシ総出でのヒール祭が開催されるが、回復も浄化も間に合わない。
 叔牙の肩や背中、前腕から、だしぬけに宝石の如き光学攻撃用励起体が露出した。
「敵機動解析・照準多重捕捉(マルチロック)。光条嵐舞……撃ち貫く!」
 RayCrisis。連射される誘導レーザーが無数の光条となってただ一点に降り注ぐ。樹皮を剥がれ、ボロボロになった緑ヤシの幹の芯部へと。
 緑ヤシの姿は膨大な光の中に消えた。
 視界を焼く輝きが去った砂浜には、ごろん、と緑色のヤシの実が一つだけ転がった。
「Shoot One Down……次!」
 すぐさま身を翻した叔牙の眼差しが、残る四体を鋭く射抜いた。

●ヤシの実の嵐を掻い潜って
 緑ヤシ、撃破。残すは一列四体となり、さらに勢いづくケルベロス達。
「思ったより早かったな。ま、この調子で削っていこうか、火鈴」
「うん!!!! 一体減ってもやることはおんなじ!!!! みんなの攻撃を楽にするよ!!!!!」
 ハンナは弾丸をありったけばら撒き、火鈴は二刀の大鎌『執着狩り』の怨念を解放し、ひたすら茶・黄四体の牽制に努める。
 グラビティによる殴り合いが始まった。双方の陣営、取るべき行動はそう変わらない。ケルベロスは全体に牽制をかけつつ黄ヤシから一体一体削っていく。
「しかし実に夏らしい攻性植物だぜ。これが敵の侵略手段ってんなら、出て来た所を確実かつ迅速に叩いていかねえとな」
 敵の勢力拡大を許すわけにはいかない。泰地の繰り出す旋風斬鉄脚によるまばゆい光の弧も、キレキレだ。
 敵も必死に抗戦してくる。黄ヤシは列攻撃と治癒でサポートに徹し、茶ヤシはひたすら攻撃に従事。手痛いヤシの実の嵐がやむ隙もない。
「苦しくたって、悲しくたって……大事な大事な、アタックチャーンス!」
 フライングレシーブの要領で地面に飛び込むまりる。見事茶色いヤシの実をレシーブしてみせると、すぐさま身軽に体勢を立て直して、一番弱っている黄ヤシに星形のオーラを蹴り込んだ。
「うっわ、すんごいカオス。んじゃ、このなんか回復するやつ使っちゃお。身体への悪影響はないからだいじょーぶ! たぶん!!」
 適当なことを言いつつ、玲衣亜は祖父の蔵で発見した高濃度の回復グラビティが圧縮された小瓶……つまるところ謎の薬をぶん投げた。原理不明の力が傷ついた前衛を大きく癒していく。
 攻守ともに盤石の運びを見せるケルベロス陣営。一方のヤシ陣営は、回復の要を失ってダメージをしのぎきれずに、徐々に、しかし確実に追い詰められていく。
「……イクス」
 黙々と戦っていた和希が、短くオウガメタルの名を呼んだ。沸騰するように蠢く流体金属は鋼の鬼と化し、その鉄拳をもって黄ヤシの頑健な樹皮を一片の容赦もなく全力で穿つ。
 樹皮の剥げた幹にすかさず狙いをつけるまりる。
「駆けろ羽撃け 展望を想起せよ 中枢を志せ」
 疾駆企鵞。撃ち出されたのは、切り拓く可能性と自分を信じるチカラそのもの。動かなければ、始まらないのだ。
 グラビティの猛攻に打ち据えられた黄ヤシは、雷に打たれたように激しく痙攣させたのち、木っ端微塵に爆散した。ごとりと一つ、黄色のヤシ実を残して。
 戦力を欠くばかりのヤシどもはさらに浮足立つ。残った黄ヤシはもはや治癒に専念するほかない。
「アルベルト、任せるわ。……霧の夜に惑いなさい……」
 アウレリアは目くらましの煙幕榴弾を擲弾銃から発射した。味方を覆いもうもうと立ち込める治癒の煙幕。ヤシどもがケルベロスの姿を見失った次の瞬間、銀髪長身の若者のビハインドが黄ヤシの背後に突如現れ、白金の銃で幹の根本を撃ち抜いた。
「3、2、1……そこ……っ!」
 治癒は仲間に全て任せ、攻撃に注力する叔牙。繰り出す全てのグラビティが強烈な威力でもって敵の生命をえぐり取っていく。
 次なる集中砲火を浴びた最後の黄ヤシもまた、ヤシの実を一つ残して木っ端微塵に散った。
「残り二体!!!!! みんな、ちょっと熱いかもしれないけれども、我慢してね!!!!!」
 ノリとテンションで声を張り上げる火鈴。陽炎灼焼華の灼熱が、砂浜を熱し、茶ヤシの二体を焼き焦がす。
 治癒を失い、盾を失い、丸裸にされた茶ヤシ二体。ヤシの実をぶん投げ、体をしならせヘドバンをかまし、士気は変わらず高いまま。が、もはや癒される余地なく上乗せされるばかりの痺れが、プレッシャーが、その動きを明らかに鈍らせている。
 そこを逃さず畳みかけるケルベロス達。防御を破り、足を縫い留め、氷結を重ね……戦いの終着は急速に迫りくる。
「歪め。蝕め」
 千翠が小さく呟いた瞬間、茶ヤシの一体を忌まわしいグラビティが渦巻いた。破滅への呼び声。それは千翠自身を蝕む呪詛に似た呪い。頭の中に響く声が、まとわりつく幻影が、心を蝕み破滅へと誘う……。
 茶ヤシはぴたりと動きを止めると、ぴんとまっすぐ伸びていた幹をしおしおと前かがみに曲げて、たちまち水気を失い干からびて消えていった。
 すかさず最後の一体に攻撃が殺到する。もはや中衛の攻撃を嫌でもかと浴びた茶ヤシの体力が溶けるのは瞬く間だった。
 ファミリアを射出して動きを徹底的に鈍らせながら、玲衣亜がハンナを囃し立てる。
「ボス、いま! いま!」
「わかってる。やかましい女だなまったく」
 ぼやきつつ、ハンナはみしりと音を立てて拳をきつく握りしめる。
「悪いな……あたしは素手の方が強い」
 鉄の拳。それは、重く鋭い、銃弾の威力をも凌駕する、鍛え抜かれた拳の一撃。
 ドゴォ……。
 シンプルな拳と轟音が、最後のヤシの幹を真っ二つに降り砕いた。

●ビーチは今日も平和です
「……すごい!!!! 完!全!勝!利!!!!!」
 平和を取り戻した砂浜で、火鈴がハイテンションの歓声を上げた。
「なんとか収めることができましたね。あとはここを片付けましょう」
 和希はすっかり穏やかな性格に戻り、黒白の精霊の力を反転させて、戦いの痕跡をヒールで消していく。
 修復も一区切りつくと、ハンナは懐を探って一服ついた。そこに玲衣亜が歩み寄る。
「いやー良い汗かいたなー。ボスー、このままビーチに連れてってよ」
「ビーチか。生憎なことに仕事が立て込んでてね。来週とかに連れてってやるよ」
「……。絶対嘘だソレ!」
 ハンナはニヤリと笑って返し、帰るぞ、と一言。二人は連れ立って帰途につくのであった。
 他方、攻性植物が残していったヤシの実に、興味津々の面々もいた。
「この果実、持ち帰れるかしら?」
 三色並んだ実を前に、首を傾げるアウレリア。
 そこに無言で歩み出たのは千翠。オウガの膂力に物言わせようと拳を振り上げた――瞬間。
 ポン、ポポポンッ。
 ポップな発破音を立てて、ヤシの実は弾けて消えた。たまたま消え損ねていただけらしい。
「な……に……」
「ああ、やっぱり」
 デウスエクスの残し物は、なかなか手元に残らないものだ。慰めるようにアウレリアに肩を叩かれた千翠は、衝撃をいなしながら、ビーチの片隅で営業再開しようとしている出店へふらふらと向かった。傷心はジューシーなフランクフルトが癒してくれるだろう。
 人々が戻ったリバービーチの中心で、叔牙は戦鬼の衣を羽織り直して演出過剰に翻しながら、やたらと衆目を集めていた。
「デウスエクスが……如何なる手で、侵略を図ろうと。ケルベロスが、必ず。その野望……撃ち砕いて、みせます……!」
 ケルベロスの気合いの入った見得切りに、わっと沸く観衆。
 沸き立つ人々から少し離れたところで、まりるはパラソルの下でカキ氷をつつき、すっかりビーチの風景に溶け込んでいた。
「いやーこういう景色もいいもんだねー」
 言いつつも、目線は手元のスマホをガン見である。
 かくて平和を取り戻したリバービーチに、人々の笑い声と憩いのひと時が満ちるのであった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。