孤高の窓辺

作者:犬塚ひなこ

●孤独の教室
 夕刻、教室の窓辺から外を見下ろす。
 校庭からはサッカーの練習を行う生徒たちの声が響いてきていた。少年は溜息を吐き、すぐに窓に向けていた視線を机に戻す。
「まったく、どれだけ頑張ってもプロになれやしないのに馬鹿馬鹿しい」
 外の生徒達を見下す呟きを落とした後、少年は机上に広げていたノートに数式の答えを書き出してゆく。
 毎日、塾が始まるまでの時間を潰す目的で彼は空き教室で勉強をしている。
 少年は部活には入っておらず、ずっと大学受験に向けての対策をしているのだが、勉強をしない者は馬鹿だと断じていた。
 ゆえに共に放課後を過ごす友人もいないが、慣れ合いも下らないと考えている。
 今日は何故だかサッカー部達が大きな声を上げて練習に励んでおり、少年は否応なしに聞こえてくる声にうんざりした様子で頭を抱える。
「あいつらは将来のことなんて考えてないんだろうな。クズばかりだ……」
 心底呆れたような言葉を彼が口にしたとき、普段は誰も訪れないはずの教室に人影が現れた。誰だ、と驚いた少年が振り向くと、其処には愛らしい少女が立っていた。
「あなたの向上心はとても良いと思いますよぉ。自分勝手で良い夢ですぅ」
「え? はは、そうかな……」
 褒められたのか貶されたのか分からないが彼女の声は好意的だ。愛想笑いをしながら眼鏡をかけ直した少年に対し少女――ドリームイーター・サクセスはこくりと頷く。
 そして、サクセスが目を細めた瞬間、少年の胸に鍵が差し込まれる。
 意識を奪われた彼が倒れ、その傍には少年そっくりの夢喰いが生み出された。サクセスは新たなドリームイーターを一瞥すると、窓辺から見える校庭を示す。
「それじゃあ……あなたの向上心で、ダメな人達なんてやっつけてやってくださいねぇ」

●向上心は果てしなく
 高校生が持つ強い夢が奪われ、強力なドリームイーターが生み出されている。
 今回も同様の事件が起きたのだと話し、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は集ったケルベロス達に解決を願った。
「夢を奪われたのは新藤・亨くんという高校一年生の男の子です。勉強をたくさんして良い大学に入ることだけがすべてだと思って、部活に興じる周りの方はみんなクズだって思い込んでるようなのです……」
 いわゆる意識が高い系なのだが、その歪んだ向上心が狙われてしまった。
 顕現した夢喰いは強力な力を持つが、源泉である『向上心』を弱めるような説得ができれば弱体化が可能となる。今回は突っ込みどころの多い主張なので、正面から打ち砕いてやれば説得は難しくないだろう。

 現在、ドリームイーターは空き教室を飛び出して校庭に向かおうとしている。
「亨くんは人があまり来ない教室を選んで使っていたので、皆さま以外の人が其処に来ることはないです。ご安心ください!」
 今すぐに向かえば教室前の廊下で敵と対面できるので、そのまま戦いを挑みながら説得を行うのがスムーズだ。
 放課後なのでほとんどの生徒は帰宅しているか部活に勤しんでいる。避難誘導をしてしまうと敵の意識が生徒に向かってしまうので無理に行わない方が良い。
「敵は一撃ずつがとっても強いので耐えたり攻撃先を分散させる戦法が必要になります。でもでも、説得が成功すれば一気に弱くなっちゃうのでがんばってくださいませ!」
 万が一にでも敵に敗北すると校庭のサッカー部達が皆殺しにされてしまう。
 それだけは阻止しなければならないと話し、リルリカはケルベロス達に微笑みかけた。
「確かにお勉強は大切なのでございます。でもでも、それだけじゃいけないってことを皆さまが教えてあげてくださいです!」
 向上心を持つのは良いが、誰かを貶めるのではなく自分を高めるようにするのが良いだろう。皆ならば少年の未来をより良いものに変えてくれる。
 そう信じた少女は戦いに向かう者達の背を見送り、応援の眼差しを向けた。


参加者
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
角行・刹助(モータル・e04304)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
カペル・カネレ(山羊・e14691)
ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)
月井・未明(彼誰時・e30287)
寿々賀・初(春光・e30492)

■リプレイ

●放課後の窓辺
 人気のない廊下の先、教室の扉が開く音がした。
 あれが今回の敵――少年から生み出された夢喰いなのだろう。窓から降りそそぐ斜陽が少年の影を作り出す中、ニケ・セン(六花ノ空・e02547)は静かに目を細める。
「こんにちは、かな?」
「退けよ、屑共」
 ニケが軽く首を傾げると夢喰いは吐き捨てるように言った。その言葉は鋭く、角行・刹助(モータル・e04304)は肩を竦める。
「負けん気は買う。だが、その貶め方は頂けないな」
 刹助は相手の出方の強さから、この程度なら言い返しても構わないだろうと判断した。セリア・ディヴィニティ(蒼誓・e24288)も頷き、発せられる敵意を受け止める。
(「それは憧憬か羨望か……或いは、嫉妬か」)
 そう考えるセリアが身構える最中、佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)は、テレ坊、と隣のテレビウムの名を呼んだ。
 此方は退けと言われても一歩も動いていない。邪魔だというようにケルベロス達を見る少年は今にも襲い掛かってきそうだ。
「勉強めっちゃ出来るんやって? 凄いやん! 将来何なんの?」
「お前らには関係ない」
 照彦の明るい問いかけに少年は静かな怒りを見せた。ナノナノのニーカがその気迫にびくっと身体を震わせたことに対し、翼猫の梅太郎は尻尾を左右に振る。
 其々の相棒達の様子を気にかけつつ、月井・未明(彼誰時・e30287)とナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)は目配せを交わしあい、少年に問いを投げ掛ける。
「きみが勉強をする理由は憶えているか」
「サッカー部ってどう思う? 何で嫌いなんだ?」
「……答える気はない」
 すると夢喰いは苛立ちながら未明とナクラを睨み付けた。
 今にも戦いが始まると感じたニケはミミックを前に布陣させる。寿々賀・初(春光・e30492)もシャーマンズゴーストに呼び掛け、戦いの準備を整えた。
「さあ、スミレさん。お仕事ですよっ」
「ステラ、みんなも気をつけてね」
 カペル・カネレ(山羊・e14691)もオルトロスのステラと共に真っ直ぐに前を見据える。しかし胸の奥が痛むような感覚をおぼえ、カペルは掌を握り締めた。すると初が苺色の瞳を緩め、夢喰いに声を掛けた。
「亨さんはきっと、すごく頑張りやさんなんですね」
 でも――ひとりぼっちで頑張るのはとっても辛そうに見える。
 だから自分達が救いに来たのだと告げるが如く、初が微笑む。その瞳は嘘偽りなく、より良い未来を見つめているように見えた。

●否定と肯定
 戦いが始まった刹那、黒い星のような魔力が解き放たれる。
 おっと、と口にして前に飛び出した照彦が狙われた刹助を庇い、星屑を受け止めた。
「僕の邪魔をするならお前らから殺す!」
「さっきは答えてくれへんかったけど、まさか大学がゴールとか言えへんよな?」
 照彦は少年を真正面から見据え、更に問い掛ける。そっから先の人生のが長いねんで、と諭す彼は衝撃に耐え、テレ坊に合図を送る。
 癒しの応援動画が流される中で照彦は床を蹴り、虹を纏う一閃で敵の気を引いた。ニケのミミックが追撃に走り、ニケ自身も更なる一撃を与える為に距離を縮める。
「勉強だけが全てじゃないよ、教科書で学べるのは『誰かの経験』であって『貴方の経験』じゃない。部活動はその経験を学ぶものなんだ」
 蹴撃で以て相手を貫き様、ニケは少年に思いをぶつけた。
 ナクラも紙兵を散布し、ニーカにばりあを巡らせるよう願う。駆けた未明は照彦だけに狙いが向かぬよう自らも身を翻して虹の蹴撃を放った。
「なぁ、亨。本当に目指していたものは何だった?」
 未明の紡いだ声に合わせて動いたセリアが銃口を向け、凍結光線を見舞ってゆく。
「貴方が思い焦がれ、信じて辿る最良の道と他者の抱くそれは果たして同じなの?」
 頭の良い相手故に、とセリアは偽りない疑問を投げた。しかし敵は舌打ちをしてセリアとニケを睨んだだけ。
 初にはその視線が痛いほどに鋭いと感じていた。しかし、怯むわけにはいかないと己を律した少女はスミレと共に攻勢に入る。
 その間にカペルが手にした鎖に魔力を籠め、仲間を守る防壁陣を形作った。刹助も癒し手として皆を支えるべく賦活の力を照彦に施す。
「サッカー部が集中を妨げる煩わしい喧騒に憤ったのかもしれない。だが、とても長い人生の中で、誰にでも平等に今という一瞬を過ごす権利が在る」
 そうだろう、と答えを求めた刹助に少年は首を振った。
「煩いな、その口を塞いでやろうか」
 これまでのやりとりで自分を否定されたと感じたのだろうか、夢喰いは激昂する様子を見せた。ナクラは違うんだ、と口にして少年を叱りたいのではないと伝える。
「そうだよな。お前独りで頑張ってるもんな、凄いよ」
「な……」
 ナクラの言葉に夢喰いが一瞬だけ戸惑う。
 初は彼の心が少し動いたと気付いて床を蹴りあげた。栗色の髪を揺らし、手にした斬霊刀で放った一閃は敵を深く斬り裂く。
「周りを見下したまま勉強ばかりして、いい大学に入って、その先はどうなるのでしょうか? このままじゃ、亨さんは……」
 ひとりぼっちになってしまいます、と告げた初は心配気な眸を向けた。
 対する夢喰いは戸惑いを振り払うように怒りの波動を放つ。咄嗟にナクラがそれを受け止めに駆け、初を守った。
「これは拙いな」
 その衝撃が激しいものだと察した刹助が癒しの力を紡ぐと、梅太郎も翼を広げる。それでも回復が足りないと感じたカペルが煌めく星屑を顕現させた。
「だめだよ、亨おにいさん。日々を懸命にいきることそのもの、だれかの『生きる為の道標』を否定してしまったら……」
 蒼きひかりを散らし、カペルはこのままじゃいけないと告げる。ステラは主に寄り添うように付き、夢喰いを見据えている。
 敵の力は強く、癒しの手を緩めれば誰かが倒れてしまう。
 未明は揺らぎ始めているであろう少年に向け、もう一度問いを投げかける。
「君が、本当に目指していたものは何だった?」
 真剣な言葉が落とされたと同意に、未明と少年の視線が交差した。
「僕は医者になるんだ。その為に勉強をしてるんだから、何も間違ってない!」
「そうか、それなら――」
 やっと返ってきた答えに未明が微かに頷く。そして、その言葉を次ぐ形で照彦と刹助が少年に其々の思いを告げた。
「せやったら、助けてやらんとな」
「案ずるな、夢を叶えるための君の努力を誰も否定はしていない」
 照彦が笑みを浮かべ、刹助も双眸を緩やかに細める。対応は違えど未明を含めて誰もが皆、彼の未来を明るい方へ導きたいと思っていた。
「都合のいいことばかり並べ立てやがって!」
 対する少年は鋭い魔力を紡ぎ返してくる。
 照彦は衝撃を受け止め続け、高濃度圧縮したナノマシンで己を癒した。ニケはミミックと共に夢喰いの力を削り、心を揺さぶりにかかる。
「気づいているんじゃないかな。だって君はずっとずっと頭が良いんだから」
「このままだと、とても悲しい未来が待っているだけです」
 ね、スミレさん、と初も思いを少年に向けた。其処から初が蹴撃を見舞った機に合わせ、セリアも肯定の意思を混ぜた意見を伝えてゆく。
「一つの価値観に縛られていれば、それは何れ貴方を破滅に導くでしょう。だけれどその貪欲な向上心、それ自体は悪くないわ」
 セリアの放つ超鋼拳が敵を貫く中、ナクラも少年に思いを届け続けた。
「俺は亨の頑張りを認めてるよ。でもそれじゃ駄目なんだ。誰よりも亨を、ありのままをお前自身が認めてやらないと」
 きっと、誰かを見下して安心するのは自信が無いから。
 反面羨ましくて、寂しさに堪えて、傷付いてるから頑なになって自分を追い込んでいくのだ、と。ナクラの感じたことをカペルも感じ取っていた。
 いつか彼は自分自身のことでさえも肯定できなくなってしまうのではないか。カペルは夜空めいた藍の眸を向け、語り掛ける。
「今から続く未来は、……亨おにいさんにとって、さみしいことでは、ない?」
 その瞬間。
「そうか。僕は――」
 少年の動きが止まり、張り詰めていた空気が緩んだ。
 敵の様子が変わったと気付いたニケは今が好機だと皆に伝える。
「後は倒すだけだね。抜かりなく行こう」
 それまでの驚異的な力が消えたと感じたニケは構えた銃から光弾を放っていく。ミミックも口をあけて敵に噛み付きにかかり、その後にスミレによる原初の炎が放たれ、梅太郎の引っ掻き、ニーカのちっくんとテレ坊の凶器攻撃、更にはステラの刃が敵を貫く。未明はサーヴァント達の猛攻を見届け、双眸を静かに細めた。
 歪んだ向上心から生まれた夢。その始まりが悪だったとは思えない。だからこそ、刹助は呼び掛け続ける。
「夢や目的に優劣は無い。君の勤勉さが、存在しない筈の敵を作っているだけで彼等もまた。君と同じ今を共に過ごしている学友だよ」
 瞬刻、善意と殺意の寄せ集めめいた銀線が夢喰いに絡み付き、肉を裂く。
 敵の力は弱まったが、夢喰い自身は未だ攻撃を繰り出そうとしていた。初は負けはしないと心に決め、縛霊の一撃をひといきに叩き込んだ。
「きちんと向上心を保てれば、誰かと仲良くしても、お勉強の邪魔にはなりません!」
「う、ぐ……でも……」
 対する敵は何事かを呻いている。すると照彦が口の端を緩め、よしよし、と彼を宥めるように笑った。
「分からんでもないなぁ、この頑なさも。ほんでも、そこから一歩抜けた時のレベルアップて凄いと思うねん。行くで、少年!」
 頭はいいに越したことはない。だからこそ今の君は勿体ない。
 照彦は新たな未来を彼に与えるべく、渾身の稲妻突きで以て敵を穿った。ナクラも其処に続いたが、夢喰いが放った屑星がその身を貫き返す。
「……!」
「だいじょうぶ、任せてね」
 ナクラが倒れそうになったそのとき、カペルが青き星屑で黒い星を包み込む。
 ――かれはきっと、ぼくとおなじだ。
 見えない先に縋ってがむしゃらに走り続けることしかできない、迷い子なんだ。けれど顔を上げれば、手を伸ばせば奥底で焦がれたものに手が届くのだとカペルは知っていた。
「ぼくたちは、ぜったいに……亨おにいさんの手を、掴んでみせる!」
「同じ道を目指すなら尚更、放っておけない」
 カペルが思いを言葉に変え、未明も手を伸ばす。其処から放たれたのは空明から成る癒しの力。だが、真っ直ぐに伸ばされた腕はしかと亨に向けられている。
 よろめいた夢喰いは後一撃で倒せるだろうと察したセリアは思う。
 自らは嘗ての魂の選定者。魂の形を視る者であり、人の在り方を肯定する者だ。ならば、とセリアは少年に告げる。
「他者の在り方も受け止めて、その上で自らの道を慢心すれば良いの」
 それだけのことよ、とセリアが思いを落とした瞬間、背の翼が眩く輝く。
 そして――光は希望の一矢となって夢喰いを貫いた。

●夕暮れの窓辺
 決着は一瞬で付いた。
 それまで実態を保っていた夢喰いは瞬く前に掻き消え、存在ごと消失する。
 未明が戦闘態勢を解くと、梅太郎も一歩離れた所にちょこんと座った。戦いに勝ったのだと感じたカペルはほっとした表情を見せ、初もスミレと一緒に勝利を喜ぶ。
「亨おにいさんはだいじょうぶかな?」
「見に行こうか」
 カペルが教室の方を見遣ると、ニケが開いたままの扉に向かって歩き出す。テレ坊もはたとした様子で急いで走っていき、その後に照彦が続いた。
 其処に見えたのは窓辺の席に伏している少年の姿。ニケが近付くと、亨少年がゆっくりと体を起こした。
「あれ……僕は寝てたのか?」
「大丈夫か、亨」
「妙な所や違和感を覚える所はないか?」
 ナクラと刹助が少年の様子を窺いながら問うと、隣のニーカもこてりと首を傾げる。そして、大事がないと判断したナクラ達は彼に起こった出来事を説明してやった。
「夢を見ていたと思ってたんだけど……」
 亨は肩を落とし、ケルベロス達からかけられた言葉を覚えていると語る。初は最初に見たような高慢さが彼から消えていると感じ、ぐっと両手を握って告げた。
「高みを目指す……! わたしも剣士として、その極みに辿り着ければと日々精進ですが、やはり一人では苦しいのです」
 たまにはスミレさんやお友だちと遊んで笑って遊ばないと、と微笑んだ初の表情はやさしくてやわらかい。ごめん、と返した亨は何処となく落ち込んでいるようだ。
「別に、何を恥じる必要は無いわ。貴方には貴方の道があるもの」
 その偽りの殻を捨ててひたむきに走り続ければ良い。彼の心境を察したセリアは静かに告げ、思うままの言葉を送った。
 カペルはステラをそっと撫でながら、そのとおりだと亨を励ました。
 照彦は俯き加減の亨の肩を叩き、視野の広さを持って欲しいと伝える。
「賢いだけでもアカンやなんて、難しいけどな。一個認めるのを、難しい問題解くのと同じくらい、頑張ってほしい」
 そういって照彦が示したのは机上のノート。数式で埋め尽くされたそれには少年の努力の跡が見える。刹助もノートに刻まれた証を見遣り、小さく呟く。
「取り返しが付かなくなった時、君は後悔すら認識できなくなってしまう」
 それでは哀しい、と口にした刹助の声を聞き、未明もそうなって欲しくはないと願った。未明も今は同僚の居ない身であり、孤独は十分に理解できる。
「……ひとりで学ぶのは、やっぱり、ちょっとだけ、寂しいよ」
「そうか。僕は……独りが寂しかったんだな……」
 未明が窓辺から校庭を見下ろすと、亨少年も倣って窓の外を眺めた。
 きっとそれは先程、戦いの中で紡ぎかけた言葉の続きだったのだろう。自分を認めた少年の顔は何処か晴々としている。ニケが務めは果たしたと実感する最中、照彦は景気付けに少年の背を叩いた。
「どこで何が役立つか人生は分からんもんやで~。あと、横の繋がりてめっちゃ大事やで。すごい人の友人もすごい人、これはガチ!」
 そんな遣り取りをしていると、不意に校庭の方から声があがった。
「おーい! 新藤、俺達の練習みてくれてたのかー?」
「え……あ、ああ! 少し興味があって!」
 窓辺の様子に気付いたサッカー部の一人から掛かった声に、亨少年は窓越しに返答した。たった一言ではあったがそれは良い兆しに見える。
「おともだち、できそうだね」
「良かったですね、亨さん」
「ええ、もう大丈夫そうね」
 その様子にカペルと初は微笑みを交わし、セリアも彼が変わったのだと実感する。
 これから彼がどうなっていくかは本人次第だ。しかし、最悪の事態は防げた。自分達はきっと少年を救えたのだと感じ、ナクラは紅に染まった空に目を向ける。
「……綺麗だな」
 いつか少年にも、この鮮やかな夕陽を一緒に眺める友人が出来ると良い。
 言葉にしなかった思いは夏の空に交じってゆく。そうして暫し、番犬達は賑わう校庭と快い夕焼け空を眺めていた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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