ライフ・ライト

作者:東間

●流れる
 虫の声と流れる水の音だけだったそこに、揺れる草の音が混じった。
 だが風は吹いていない。鳥や獣や来た訳でもない。
 音の正体は宝石を背負った蜘蛛を思わす小型ダモクレスだった。暫く周囲を伺っていたが、月に照らされ浮かび上がったシルエットへと飛び出していく。
 誰かの落とし物か。
 鳥や獣の悪戯で連れてこられたのか。
 それとも棄てられたのか。
 どうしてそこにあったのかわからない携帯音楽プレーヤーは、中に入り込んだダモクレスによって大きく変化する。
 一気に伸びた銀の体躯は叩けば折れそうな程。しかし目覚めたてのダモクレスは己の体型など気にしない。周囲にピアノの音色を響かせながら、グラビティ・チェインを得るべく歩き出す。
 その傍らで、ふわりとエメラルドが舞った。

●ライフ・ライト
 闇の中に浮かんでは消え、翔けては留まり、揺蕩うエメラルド。
 そこに重なるピアノの音色。
 瞼の裏に思い描いた光景にゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)は柔らかな笑みを浮かべ、それから困ったように溜息をついた。蛍舞う水辺で携帯音楽プレーヤーがダモクレス化してしまうのだ。
「形が違えば、とびきり素敵な共演が見られたかもしれないのに……残念ね」
 その隣、キュッと目を瞑った『表情』を浮かべ、頬を押さえていたテレビウム・あるふれっどがコクコク頷く。
 しかし、音を奏でるのがダモクレスでは、月下のコンサートが紡ぐのは殺戮のみ。
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、きりり決意顔へと変わった2人から集まったケルベロス達に向き直ると、撃破を依頼した。
「敵は体長2メートル。とてもスリムな銀色の指揮者といった姿をしているから、見ればすぐにわかる。範囲攻撃、一点集中の一撃、自己ヒールとバランスの取れたグラビティ構成の持ち主だから、気を付けて」
 ダモクレスは『そう』なってすぐに移動を始めているが、なぜか森の中を流れる川沿いに移動しているらしく、常にピアノの音を響かせている為、見つけるのは容易だ。発見したら即その場で仕掛けるのがいいだろう。
「注意点は灯りが必要そうな事くらいかな」
「ラシードさん、そこも、蛍達の集会所なのかしら?」
「いやそれが、彼らが集まるのは指揮者がダモクレス化した水辺らしくてね。戦場になるだろう川沿いにはいないんだ」
 良かったと零すゼルダと一緒に、あるふれっども『顔』にパアアッと笑顔を浮かべる。
 そんな2人に花房・光(戦花・en0150)も笑顔で尾を揺らし──浮かんだ懸念、周囲に一般人の姿はあるのかと訊ねれば、ラシードは笑顔で大丈夫と言った。
「周りには蛍も、誰もいない。彼を見付けたら、そのメロディを止めてあげてくれ」
 保存されていた音楽ファイルは全てピアノ曲だった。恐らくは誰かを楽しませていた筈の音色に人々の悲鳴や蛍達の命が重なれば、ダモクレス化する前の『彼』も悲しむだろう。
「……そうね。流れているのはきっと、とびきりきれいな音の予感がするけれど」
 『彼』の舞台は一度きりにしましょう。
 ゼルダはふんわりと微笑み、月下に舞うエメラルドに想いを馳せた。


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)

■リプレイ

●開演
 零れて踊るような水の音。その向こうに別の音を探していたゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)は、閉じていた瞼をゆるりと開く。
 ──ピアノの音だ。
 幽かだった音は確かなメロディに変わっていき、共に灯りを手にしていたテレビウム・あるふれっども見つめる先。穏やかだった水流の音に、シャン、カシャン、と細い金属音を重ねながら『彼』は現れた。
 どこもかしこも細い銀の姿に、ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)は表情に常以上の陰を浮かべる。軽やかな独奏をBGMに舞う蛍という、素晴らしいものが見られたかもしれないのに。
「……このようなことでは残念と言う外ないな」
 指揮者となった彼が人へ害成す前に芽を早々に摘まねば。
 用意した技はやや違っていたが、指揮者を眼力で捉えれば精度威力共に問題は無い。
 一仕事の始めに紡がれる詠唱。ゼルダはディディエの声を耳に、月光を集めたような姿へと微笑みかける。
「貴方にとても逢いたかった。貴方を止めるために」
 真っ直ぐ迸った竜炎に神殺しのウイルスが重なり、毒がじわり侵したそこへあるふれっどが飛びかかった。
 身の丈はある鈍器と指揮者、二つの銀が激突して火花散らす様にサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は楽しげに目を見張る。その間も、ぽろん、ぽろ、ろん、と聞こえていたが。
「音楽にゃ疎いモンでな。最後の披露先としちゃ残念かもだが。ま、付き合えよ」
 肩を竦めて笑みひとつ。
 足元に広がった守護星座に照らされながら、グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)は竜槌を素早く変形させる。今聞こえる音色のように、綺麗な音楽にまた違う形で関われたら──いや。
「既に役割を終えた物を歪な形で永らえさせるより、潔く止めてやる事も俺達の役割なのだろうな」
 轟音と共に痩躯から繊細な音が響き、指揮者が後退した勢いで地面が抉れる。細い爪痕に似たものを残した指揮者は姿勢を正すと静かに両手を広げ、踊らせた。
 瞬間、静かに零れていたメロディが明るく昇るものへと変わり、前衛へと向かう。
 音の波の前へ翼猫・ルネッタと共に飛び出したグレッグは、響いた曲が軽快なメロディとは違う性質を孕んだそれだと悟った。
「朝の目覚めには似合わない曲だ」
「──成る程な」
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は、広く響いた曲の性質と先程の仕草を結びつけながら己の魔力を練り上げる。
(「さあ。今宵、共に旋律を奏でよう」)
 ピアノの音に重なるのは自分達の技と心だけだが、一夜限りの舞台に花を添えるという想いは金剛石より固い。ルネッタの羽ばたきに髪を揺らして銃弾を放てば、銀の痩躯に白星の軌跡が幾度も踊り、前衛を呑んだメロディが先程の調子へと変わっていく。
 美しいが何処か空虚だと斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)は思った。音に宿るべき心、魂が欠けているからか。この音色を止めなければ、やがては人々に向かうだろう。
「疾く憂いを晴らし、安寧の宵を取り戻しましょう」

●戦律
 偽りの愛も仮初の目覚めも、泡沫の夢へ。
 放たれた神殺しのウイルスは何重にも染み込み、指揮者の動きが一瞬ぎこちなくなる。
 それを見て旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)はくすり笑み、優雅に礼をした。
「ごきげんよう……さぁ、一時の逢瀬、楽しみましょう♪」
 一気に翔た黒鎖が指揮者の全身を締め付け、銀の体がピアノの音だけでなく歪な金属音も響かせる。
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は少しだけ顔をしかめ、『紳士』の心に満ちた髭を付けた。
(「ここも、蛍達がいる場所も、大事に残されているのじゃろうな」)
 仲間達が各々用意した照明が照らし出す豊かな自然と、まだ見ぬ水辺。自然豊かなこの地を極力荒らさぬよう戦いたい。
「光、俺ぁこいつ使うわ」
「じゃあ私はこれね」
 サイガが掌から宙へと木の葉を放てば、花房・光(戦花・en0150)が九尾扇を軽く踊らせる。溢れた破魔は前衛を癒し、魔法の木の葉がグレッグにぴたり。
 同時、ディディエは細身の日本刀をくるりと揮った。撃ち出した弾丸は指揮者の腕を後ろへ弾き、火花が咲く。
 そこへ飛び込んだ峻烈な煌めきが戦場を強く照らし出した。グレッグの『怒り』に満ちた雷撃は指揮者の全身を駆け、バチバチ弾ける音でメロディは途切れ途切れ。
 ばくん、とウィゼが『黒』で丸呑みにすれば、聞こえていたメロディがぷつんと閉じ──『黒』が縦に裂けた。
 痩躯のあちこちに炎の熱や張り付いた氷、細かな傷やひび。鋭い銀剣片手に現れた指揮者は何も語らず、ただ音だけを流し続けるその手前。鋭く跳んだラウルの脚に宿った圧が、流星という煌めく華を添える。
 とんっ、と地を蹴り、間合いを取る時も指揮者の動きを注視するラウルと同様、朝樹もルネッタの起こしたそよ風に髪を踊らせながら、煌めく雷光で前衛を包み込んだ。
 雷壁越しに煌々と輝く月にピアノのメロディが乗る。瞳に映る夜と旋律の共演に、ゼルダはほのかに目を細め──。
「月下の光と音の共演はとても魅力的だけれど……」
 そ、と縛霊手纏う手を差し伸べ、笑む。
「蛍さん達ではなく私達の光との共演で、最後にしましょう?」
 言葉の終わりと共に撃った弾丸は銀を撃ち、僅かに仰け反った痩躯を照らすように、あるふれっどの顔がぴかりと光る。
 全身を照らされた指揮者は彼自身が灯りかと思える程に輝き──ぽーん、とメロディを変えた。そこに軽快さは無い。目立った動きも無い。成る程、と再び呟いたラウルの口が笑みを形作る。
「そいつが、お前の愛か」
 踊る旋律はささやかで、どこまでも優しい。
 だが指揮者から溢れるのは混じりけのない殺意ばかり。
 足に刻まれていたひびと共に薄れていく旋律に、竜華はああ、と吐息混じりの微笑を零した。
「折角の音楽です……貴方様の音に合わせて、舞わせて頂くと致しましょう♪」
 舞いを彩る得物は地獄の炎を纏った鉄塊剣。ごう、と溢れた炎が竜華の微笑を照らし、
「私の炎からは逃げられません……!」
 凄まじい勢いで指揮者の脳天に叩き付けられた。
 ピアノの音が流れ、硝子が割れるのと似た音がそれを覆った。

●最初で最後の
 指揮者から聞こえる音色は、ケルベロス達の攻撃に合わせるようにして時に軽快に、時に愛満ちた旋律へと変わる。そして指揮棒と見るには鋭過ぎる銀剣が閃けば、誰かから鮮やかな赤が踊る──が。
「精々サポートさしてもらいますよっと」
 ほらよとサイガが癒しを飛ばし、ラウルと朝樹、グレッグが指揮者の動きを注視し仲間達に声を掛けていた事で、響く音に体が侵されても、雷壁や守護星の加護が禍を祓っていく。
 攻撃を見越しての先手は、ケルベロス達をしっかりと支えていた。
 癒しの旋律を誘うべく見舞った攻撃もまた同じ。その時に聞こえる曲がどこまでも優しかったから、聞く度に痛みを感じなかった訳ではないが、聴く人の心を癒すのが彼の音色ならば。
「誰の命も奪わせはしない」
 空舞ったルネッタが放った花のリング。ラウルはそれを追うようにして駆けた。
 突き出された銀剣を躱すついでに押し退け、がら空きの胴へと一瞬で拳を叩き込むと、銀の破片が弾け飛んできらきら舞い散る。
 元々は携帯音楽プレーヤーだったとは思えない痩躯へと、ディディエが喚び出した恐怖の塊『ジェヴォーダンの獣』が食らい付けば、割れる音と共に弾ける銀の量は更に増え──最初は淀みなく流れていたメロディも、それと比例するように乱れていった。
「ふむ、終わりは近そうじゃ」
「そのようですわね。でしたら、ほら。もう一度、私の炎を差し上げますわ」
 地獄焔で無骨な剣を一気に染め上げ笑う、竜華の瞳。
 爛々と輝くそれを見たのは指揮者だけ。
「炎の華と散りなさい……!」
 横殴りに叩き付けた一撃は痩躯を粉微塵にしそうな程。
 ガシャガシャ、ガシャンと転がった指揮者が立ち上が──ろうとして、がくんと膝を突く。それでも尚、ひびだらけの両足で立ち上がり両手を広げた。その行き先は。
「前衛。来ます」
 朝樹が素早く声を掛けたのと同時、広がった軽快なメロディには音のズレが生じていたが、薄れぬ殺意と共に押し寄せてきた。
「……そろそろ、止めないか」
 我が身を盾としたグレッグは、頭を軽く振って地面を踏みしめる。
 指揮者から聞こえる音は、そのどれもが人に安らぎを与え癒すものだった筈。
 ──それが誰かを、何かを破壊し、奪う前に終わらせたい。
 その一心で撃ち出した光線は真っ直ぐ指揮者に向かった。両足に刻まれたひびがバキッと広がり、バランスを崩した銀の体全てを呑み込んでいく。
 地面に銀剣を突き立てる、ただそれだけも、指揮者の体はぐらついていた。流れるメロディにはどんどん穴が空き、増えていく雑音にウィゼは小さく唸る。
「せっかくの愛のメロディもノイズ交じりになってしまい心苦しいが、仕方ないのじゃ」
 止めようという意志と同じく、蛍への想いも止められない。
 投射した力は指揮者の癒しをより一層阻む壁となり、揺らぐ指揮者の周りで薄紅の霧が揺らぎ出す。
「――どうぞお眠りなさい」
 朝樹が柔らかに笑むと共に纏い付くそれは、逃れえぬ混沌の柵。
 死出の餞、黄泉路を彩る花霞は機械の体の奥深くへと染み込んで。ゼルダが放つと同時、影に紛れて翔た白銀の矢が指揮者の胸を貫いた。
「舞台はもうお終いよ。指揮者さん」
 そのまま空へと消えていった矢が白い軌跡を残す。
 そして──指揮者の初舞台に、幕が下ろされた。

●命火
 戦いの痕をヒールで癒した後、水辺へと向かったケルベロス達の前にひとつ、ふたつとエメラルドが舞い始める。
「おお、これが……!」
 楽しみにしていたウィゼが見たのは、月夜の下で舞う無数の命。その煌めき。

 水辺に佇む竜華は、先程までの戦闘狂ぶりが嘘のように静かだった。目の前を流れゆくエメラルドを見つめる眼差しは優雅で──ふいにくすり、と微笑む。
 そういえば、幼少期に今は亡き故郷で義兄達と眺めた蛍も、こんな感じだった。
「蛍、ですか……懐かしいですね……。一曲付き合ってくださいます?」
 とん、と踏み出しステップを刻めば、旋律を描くように蛍も舞った。

 浮かんで。消えて。瞬いて。闇の中を緩やかに舞う蛍の姿は、ディディエが知る他の儚い命の持ち主と同様、不思議と美しい。
(「……否、儚いからこそ美しいのか」)
 この国にはそういう美的感覚があると聞いた。
 目の前を舞うエメラルドは、ひと夏のみを生きる儚い命。
 されどひとつひとつの輝きに満ちるのは、生命を繋ぐ逞しさだ。

 ノルと手を繋いだグレッグの目の前を蛍が過ぎる。それを追いかけ、ぱちりと視線が合った。静かな微笑みにノルも笑顔を返し、幻想的に揺れる光にピアノの音を重ね見る。
「蛍って、亡くなった人の魂が帰ってきたものだってお話を聞いたことがある。おれの、もう会えない人も、今こうして見守ってくれているのかな」
 そうだとしたら、幸せだから大丈夫だと伝えたい。
 告げられた思いにグレッグは僅かに瞬き、微笑んだ。
 同じ気持ちだという事が、ただ嬉しい。
「魂の依代か……なら、俺もだ」
 大切な人と過ごす幸せな今と未来を、もう会えない人に見守っていてほしい。

「すげえコト教えたろうか。アレ実はムシなんだぜ」
「アー、よくご存じで。そう、だから捕まえンじゃねぇぞ」
 キソラは、サイガの蛍情報源がいつかの自分だとは言わず、拳で漏れかけた笑いを押さえ込む。
 過去の事がすっぽ抜けている事に気付かぬまま、サイガは流れるように舞う緑を目で追う。目の前の煌めきは短命だと聞いた。先程散らした銀の旋律は、さしずめ葬送曲か。
「死に際にゃあどんな音聴きてえ? 俺ぁデウスの断末魔」
「お前のソレはお相手の死に際じゃねぇですかね」
 ほぼ無意識ツッコミの後、何もナイ方がいいやとキソラは蛍舞う空を見る。今際の際に聴きたいモノなんか聴いてしまったら、死ぬのが惜しくなりそうだ。けど、そう──どうせなら。
「旋律が誰かを慰めるように、誰かの目を愉しませる側がイイわ」
 ほー、とサイガは蛍舞う空からキソラを見て──火の粉のように舞う様に、自分達が光るなら獄炎の青かと笑う。だがそれだけでは退屈だ。
「その髪みたく七色に移り変わってほしいもんだな。そしたら終まで飽きねぇわ」
「一色でも我慢すんだな。そンときゃその一つが何より、キレーに見えるだろうよ」
 ──いや青はともかく人の頭をクリスマスの電飾みたく言うなし。
 ──ンだとケチ。
 楽しげな声は、いつまでも続きそうな蛍火の中。

 皆と少し離れた沢沿いに流れるのは、指揮者の置き土産が如き調べと朝樹が小さく口遊むメロディだけ。そこに重なり明滅する蛍は夢現の境界に似て、踏み出す向こうがどちらか朧なまま、夜は先を行く片割れの後を歩く。
(「何故二人に分かれたのか」)
 人の霊魂にも例えられる緑の煌めきが誠に魂であるのならば、此処で身と魂が交差出来たなら──二つではなく一つであれば、死ねば互いが抱く願いは叶うのに。だが、何方が身で何方が魂なのだろう。
「──ねぇ、夜都」
 朝樹は振り向き、双眸を細める。やっと見えてきた血の終わりが叶ったとして、この蛍のように死後も彷徨い続けるのは。現であれ夢であれ、それは、きっと。
「私達には何て苦しいことでしょう」
 蛍の彩を灯した朝日色は、夜天の星に似た目には儚く映った。朝樹の指先に止まった緑石のような燈火がそっと放たれる。上へ上へと向かい、瞬いた後、他の緑と混じった。
 魂の解放が誠の自由かは分からない。
 だが二人の目に映った命のともしびが紡ぐ情景は、儚くて──美しい。

 揺らいでは夏の夜に灯る緑彩。その様は優しく儚げで、だがそこに命の力強さを秘めた軌跡を、ラウルは惹かれるまま視線で追う。
 その隣。今だけの蛍達のささやかな宴と、それを追う薄縹の視線はシズネを癒していた。寄り添うように飛ぶ2つの光はまるで自分達のよう。
「……宵闇を燈す蛍のように、君の心を優しく照らしていきたい」
 灯った笑顔は、それを見たラウルから自然と想いを零させて。
 ふと紡がれたそれが誓いのように聞こえ、シズネはまた笑った。
「おめぇが照らしてくれるならオレが迷うこともなさそうだ。けれど」
 もし光を無くしてしまったら、真っ暗道でひとりぼっちになってしまうのだから。
「ちゃんとずっと、照らしててくれよな」
 向けられた笑顔と言葉がどれだけ届いたか示すように、ラウルはしっかり頷いた。大切なシズネの心が迷い路に呑まれないよう、優しく照らして、辿る先を彩る標になると。
「だから君も……俺の心を照らして、前に進む為の標になってね」
「もちろん。けど覚悟しとけよ。オレの光は蛍やおめぇみたいに優しくない。太陽みたいに、眩しくて、ぴかぴかだ!」
 照らすどころか溶かしてしまうかも。
 楽しげな声に、蛍の色が映る。

「光さん、蛍を見るのは初めて?」
「ええ、テレビや動画でしか……凄い。本当に、あの……」
「とてもきれいね」
 上手く言葉にならない分か、弾むように尻尾を動かす少女にゼルダは微笑み、目映い緑達を見つめる。夜空の星が目の前に降りてきたように、そこかしこで舞う鮮やかな緑。ここの水が綺麗だからこそ見られる風景が、視界いっぱいに広がっていた。
「今を精いっぱい生きて、あなたが大好きって、体いっぱいで伝えているのよね、素敵ね。だからこそ宝石のようにきれいなのかしら」
 蛍の光は死者の魂の光とも聞いた。なら、もう会えない大切な先生の魂を運んできてはくれないか。もし叶ったら、自分も蛍のように大好きの想いで瞬けるような気がする。
 ふいに、きゅ、と手を握られてそちらを見れば。
「あら、あるふれっど、貴方も瞬くの?」
 ふわふわ瞬く鮮やかな緑に、光がふふ、と笑う。
「じゃあ、あるふれっどさんはローゼマインさんだけの蛍ね」
「そうね、あるふれっどがいてくれるものね。私は独りではないから頑張れるわ」
 大好きよ。笑顔を綻ばせ、ぎゅうっと抱き締める。
 月光。水の音。瞬くエメラルド。
 そこにピアノの音が重なった気がして──。
 ああ、とてもきれい。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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