夏夜の祭りと花火空

作者:真魚

●夏祭りの闖入者
 夏の熱を孕んだ空気は、日暮れの時間になっても冷め切ってはいなかった。
 しかしそんな暑さの中でも、その駅にはたくさんの人が集まっている。
 カップル、友人グループ、家族連れ。浴衣姿もちらほら見える彼らは、夏祭りを目当てにこの町へやってきていた。駅から続く商店街を、真っすぐ歩いた先の神社。毎年この時期に催される祭りはたくさんの屋台が軒を連ね、小規模ながら花火だって打ち上がる。
 皆の顔に、溢れるのは笑顔。しかしその賑やかな光景は、突然の悲劇で崩される。
 祭りの見物客でごった返す、駅前交差点。そこに突如空より飛来したのは、三つの巨大な牙で。驚く人々の視線が集中する中で、牙は鎧兜をまとった竜牙兵へと姿を変えた。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ!」
 言葉と共に揮われる鎌。刈り取られる命を前に、辺りには混乱が広がっていく。
 楽しいはずだった、夏祭り。それは竜牙兵達の手によって、恐ろしい殺戮へと塗り替えられてしまったのだった。

●夏夜の平和を守るため
「というわけで、夏祭りを襲撃する竜牙兵を撃破するのが、今回の依頼だ」
「夏祭り! 私、ちょうど買ったばかりの浴衣があるの!」
 『視得た』事件を語り終えるや否や、上がる声は弾んでいて。いや仕事だからな、と思わずつっこんだ高比良・怜也(饗宴のヘリオライダー・en0116)は、愛月・かのん(夢歌・en0237)に苦笑い浮かべた。
 そして悪いな、とその視線を紫の少女へ向けて――その目で促せば、輝島・華(夢見花・e11960)はこくり頷き、集ったケルベロス達へ唇開いた。
「私が予想した通り、夏祭りに集まった方々が狙われてしまうようです。ですので、それを阻止すべく戦って……それから」
 お祭りも、皆様と楽しめたら。紡ぐ言葉は小さく、けれど期待に満ちていて。そんな少女の様子にへらり笑って、赤髪のヘリオライダーが話を続ける。
「遊ぶのはもちろん構わないが、先に手早く事件を解決してくれよ? 竜牙兵が現れ人々を殺戮するのは、少し先の話。俺がヘリオンを飛ばして辿り着くのは襲撃の直前になるから、お前達はまず竜牙兵達に攻撃を仕掛けてくれ」
 突き立った牙から竜牙兵が現れるのと、ケルベロス達が現地へ到着するのはほぼ同時。周囲には一般人が多くいるが、ケルベロス達が攻撃を仕掛ければ敵の狙いはこちらに絞られる。そのうちに、一般人達は警察の誘導で避難してもらうことになると、怜也は語って現場の地図を広げた。
「場所は駅前の交差点。祭りの客が多いんで、車は通行止めになってる。避難が完了すれば周囲に障害となるものは何もなくなるから、思い切り戦ってくれ」
 竜牙兵の数は、三体。全員が簒奪者の鎌を持っており、手当たり次第に攻撃してくる。連携をとることはなさそうだし、目の前の敵を狙うことが多いようだ。
 ケルベロス達との戦闘が始まれば、竜牙兵は撤退することなく戦い続ける。彼らを止めるには撃破以外にないから確実に倒してくれと、語った男はそこでへらり笑顔を浮かべた。
「で、だ。首尾よく敵を倒すことができれば、終わる頃にはちょうど祭りが始まる。せっかくだから、お前達も楽しんでくるといい」
 駅から真っすぐ伸びる商店街、その先に見える小高い山。その中にある神社が祭りのメイン会場となる。屋台は神社の敷地内だけはでなく、その外にもたくさん並んでいる。目当ての屋台がある者も、きっと見つけ出すことができるだろう。
「屋台、いいわよね! かき氷も食べたいけど、金魚すくいや射的やヨーヨー釣りなんかもしたいし……」
「かのん姉様、ここのお祭りは花火も上がるようですよ」
 地域を挙げての大規模なものではないけれど、それでも見晴らしのいい神社の階段から見る風景は格別なのだと。事件を調べている時聞いたのだと語って華がふわり微笑めば、怜也も楽しそうに頷いた。
「祭りに花火、日本の夏を満喫って感じだよな。しっかり戦って人々を守って、それからがっつり楽しんでこい」
 激しい戦いの日々でも、季節を感じることは大切だ。戦いにも、遊びにも全力で――それがケルベロス達の強さだと、赤髪のヘリオライダーは知っているから。
 どうか、いい一日を。笑顔浮かべて言葉紡ぐ怜也に、任せてと張り切るかのん。
 そんな二人の横で華も微笑んで、集ったケルベロス達へぺこりと頭を下げたのだった。


参加者
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
輝島・華(夢見花・e11960)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
暁・万里(迷猫・e15680)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)

■リプレイ

●戦い
 現れた三体の竜牙兵は、手にした大鎌を振り上げる。
 しかしその刃が揮われるより先に、モノトーンの浴衣纏う少女が静かに戦場へと降り立った。
 敵の前へと立ちはだかり、動揺する一般人へ一方向を指し示し――。
「……ここは危険と判断。避難はあちらへ」
 款冬・冰(冬の兵士・e42446)の呼びかけは、シンプルでわかりやすい。おかげで人々が混乱も最小限に、慌てて戦場を離れていく。
 竜牙兵達の視線が彼らを追うが、そこに割り込む鮮やかな紅。周囲を舞うのは折紙型ドローン、椿模したそれらが、空に咲く。
「……では、一足先に。射撃開始」
 冰の声に応え、一斉に放たれる光線。それは網目のように広がって、一体の竜牙兵の体を灼いた。
 衝撃に敵が揺らげば、他の二体も動きを止める。ケルベロス達を敵と定める彼らの脇をすり抜けて、翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)は冰と同じ敵を狙う。風に躍る浴衣の袖、そこに描かれたのは柑橘モチーフのモダンな柄。緑と黄色が夏らしい衣装に身を包みながら、彼女はその翡翠色の瞳に敵をしっかり捉えて。
「同じ鎌使いね、……おもしろい。頸を刈るのはどちらかしら」
 唇から言葉零れる瞬間、空中に煌めくは翠色の硝子片。わたしの血潮、わたしの命。
「……つるぎよ、砕けて」
 ぽつりと、けれど確かに空気震わせる彼女の声に応え動く氷翠石。それらは冷たい輝き放ちながら、骨の体へ突き刺さった。
 よろめく敵に狙い定め、姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)は『シェリンフォード改』を構える。薄桃色の地に朝顔柄の浴衣、着付けてもらった姿に心が弾む。
「この格好だと、お客さんが返り討ちにするみたいだね」
 言葉紡ぎながら、続けざまに弾丸を放つ。足元へばら撒くように撃たれた攻撃に狼狽える敵見れば、彼女は手応えを感じて。
「やった、命中! 今日は調子いいかも~♪」
 上機嫌に声上げると、竜牙兵達はカチカチと骨鳴らしてロビネッタを威嚇した。しかし振り上げられる鎌の前には、守り手が飛び出す。
 夜明け空色の地に可憐な花が咲き乱れる浴衣は、桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)。彼女は敵の一薙ぎを受け止めて、腰を低くし構えを取る。
「お祭りをぶち壊しになんてさせないし、邪魔者はさっさと消えてくれる?」
 言葉紡ぎ終わると同時、大地離れた脚が敵の体へ叩き込まれる。骨を打つ乾いた音、その横ではライドキャリバーがもう一体の攻撃を受けていた。
「ブルーム、ありがとう」
 主の声に、花咲く箒のような姿のサーヴァントは嬉しそうに体を揺らす。その姿を頼もしく思いながら、輝島・華(夢見花・e11960)は鎖を展開し癒しの魔法陣を描き出した。竜牙兵、彼らはドラゴンの配下。そう思えばこの凶行は決して許せないと、青紫色の瞳に決意が滲む。
「ドラゴン達の良いようにさせない為、竜牙兵にも好きにさせる訳にはいきません」
 ぎゅうっと、強く杖を握りしめる。少女の声に頷いて、ケルベロス達は次々とグラビティを繰り出していく。
 攻撃を集中させ、一体ずつ確実に撃破する。ケルベロス達の作戦はシンプルで、それを為すための連携もしっかりとれたものだった。敵の火力に対して前衛の防具に少々不安な点はあったものの、このスピードならばやられる前に押し切れる。彼らの前のめりな姿勢は、たちまち竜牙兵達を圧倒していった。
 最初の一体が、鎌を引きずりよろめく。次で決まると直感して、篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)は高く跳躍した。敵の頭上をとり、宙を蹴り加速。手にした大剣が地獄の炎を噴き出して、さらに速度を増していく。
「天より降り来る天ツ狗――万物喰らい万象呑まん」
 言葉と共に、叩きつける刃が爆風を生む。その衝撃は一撃受けた竜牙兵を圧し潰し、骨を砕き――バキン、と大きな音立て崩れた体が、空へ消えた。
 まずは一体。次の狙いを素早く定めたロビンが、『レギナガルナ』を振り上げる。愛用の鎌、揮う動きは竜牙兵達よりも素早く、鋭く。首筋狙った一撃は、骨の体を容易く削り取っていく。
 震える敵の体、その背後には蓮水・志苑(六出花・e14436)が接近していた。髪を纏めた簪が風に揺れ、青磁に芙蓉柄の浴衣姿で敵の懐へ飛び込む。その手には『雪月華氷刀』、氷の如き青白い刃が静かに閃く。
「今宵は夜空に大輪の花が咲く日、血染めにさせる訳には参りません。どうかお引き取り願います」
 凛と響く彼女の声、同時に舞い落ちるは氷雪の花。
 散り行く命の花、刹那の終焉へお連れします――。言葉と共に揮われた斬撃は軌跡を描き、竜牙兵の体を鮮やかに切り裂いた。
 攻撃手二人の攻撃に、敵の動きが鈍る。しかし、相手もおとなしくやられてばかりではない。乱暴に投げられる大鎌は萌花を狙い、浴衣を切り裂く。
 そのダメージ見て、華が傍らの愛月・かのん(夢歌・en0237)へ声かける。
「かのん姉様」
「任せて! 華はガツンとやっちゃって!」
 同じ癒し手からの連携に、紡ぐは癒しの歌。癒しきれぬ傷には重ねてかのんのナノナノ、なっちゃんがばりあを張っていって。
 回復が過剰にならぬよう、適切な声掛け。今は攻撃に転じる時と、華は掌に力篭め竜牙兵へと近付いた。
「さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
 手の中には花弁。風に舞う色とりどりのそれらは、華の意のままに敵を襲う。一片一片の小さなダメージが重なり、大きなものになっていき――のけぞる骨の体に、暁・万里(迷猫・e15680)が肉薄し畳み掛ける。
「可愛い子を待たせてるんだ。無粋な輩にはさっさとご退場願おうか。……遊んでおいで『矜羯羅』」
 唇に乗せたのは、幼妖狐の名。短くひと鳴き、現れた狐は楽しそうに跳ねて命火を灯す。敵に燃え移れば赤々と、燃える炎が包み込んで――その炎が消える頃には、竜牙兵の形は消えていた。
 これで、残りは一体のみ。もはや結果は見えたものだが、ケルベロス達は油断しない。少しでも早く戦いを終えるため、彼らは一気に攻撃を重ねていく。
 地獄纏う二振りの鉄塊剣が叩き込まれ、アームドフォートの主砲が敵を灼く。氷翠石降り注ぐ中で銃弾が撃たれ、氷雪の刃が閃く。如意棒が纏う炎で焼き払えば、敵はもう立っているのがやっとで。
 これが最後と、グラビティ操るのは萌花。彼女の生んだ幻想の白茨は、竜牙兵に足元から纏わりついて絡みついて、魂引き裂いてもなお逃がさない。
「至上にして最高の絶望を」
 言葉紡げば茨はいっそう絡みつき、ついに竜牙兵は崩れ落ちて――そしてそのまま、静かに消滅していった。
 訪れる静寂に、安堵するケルベロス達。そんな仲間の顔を順に見つめて、華はふわりと微笑んだ。
「皆様無事で何よりです。では……かのん姉様、皆様、夏祭りに行きましょう!」

●祭りの賑わい
 ヒールでの修復も手早く終えた頃、夜の帳下りた商店街は祭りの喧噪を取り戻していた。
 浴衣姿の親子連れ、仲間とはしゃぐ学生達――そんな日常の姿を目の当たりにして、志苑はほっとため息零す。
「無事にお守りする事が出来良かったですね。お祭り楽しみましょう」
 彼女の言葉に、周囲のケルベロス達からうなずきが返る。華もまた同意しながら、くるり背を向けてみせた。
「あの、志苑姉様、着付けチェックをしていただけますか?」
「あら、少し直しますね」
 微笑む彼女は、慣れた手付きで兵児帯を整えていく。やわらかな帯はふわり広げてボリューム出して、赤い花柄の浴衣の裾を直せば着崩れは瞬く間に解消されていく。身を任せる華は、その間にも仲間の浴衣姿を楽しそうに見つめていた。
「ヘアアレンジとかはあたしにぜひ任せてね?」
「わあっ、お願いしてもいい?」
 用意してきた道具見せながら萌花が語れば、手を挙げたのはかのん。浴衣に似合うアップスタイルに、きらり光る髪飾り刺して。仕上がりに感動してカメラアプリで撮影しようとすれば自撮りの方法までアドバイスくれるから、かのんは勉強になるわと言いながら夢中でシャッターボタンを押した。
 賑やかな面々の中、ロビンは頃合い見計らって口を開く。
「わたし、ちょっと約束があるから。華たちも、楽しんできて」
「それじゃ、僕もここで失礼しようかな」
 言葉続けたのは万里、そして佐久弥もここで解散。手を振り別れて、六人の少女達はさっそく屋台へ歩き出す。
「夏はやっぱりかき氷だよね」
 笑顔浮かべるロビネッタが、皆を誘って近付いたのはかき氷の店。選ぶのは、定番の赤いシロップ。
 同じく苺シロップを注文する華は、かのんにそっと話しかける。
「かのん姉様、何味にします?」
「私はそうね、今日はブルーハワイの気分なの!」
 そうして買い求めた、爽やかな涼。瞳輝かせたロビネッタは、ざくっとひと掬い氷菓を口に運んで。
「冷たくて美味しいー。けど、頭がキーンって!」
 きゅうっと瞳閉じて声上げれば、仲間達に笑い声が広がる。
 そんな中、冰は華のじっとかき氷を見つめていて。
「冰姉様、どうされました?」
「……いや、なんでもない」
 おいしそう、と思って見ていたのは秘密。問いに視線逸らせばその先にはヨーヨー釣りがあって、誘えば皆が興味示し屋台へ近付いていく。
「かわいい柄がいっぱいだわ!」
 どれを狙うか目移りする、そんなかのんの横で萌花は釣り針を水面へと近付ける。狙うヨーヨーが決まったら、できる限り水につけないように釣り針を使うのが成功のコツ。一瞬の動きで針を上げて、彼女が釣り上げたのは狙い通りの紫のヨーヨーだった。
「とったどー」
 隣で上がる声、冰が手に入れたのはスモーキーなグレーのヨーヨー。その横で華も真剣に釣り針操るが、こちらは引き上げる途中でこよりが切れてしまった。
「難しいけど楽しいです」
 楽しい、けれど残念そうに言葉紡げば、屋台の主人がおまけでひとつ赤いものをプレゼント。同じく失敗したかのんは三つ釣ったロビネッタに桃色をわけてもらい、二人で遊んで笑い合う。
 青いヨーヨー手にした志苑は、側のリンゴ飴屋にふらり立ち寄りとびきり綺麗なひとつを購入。フルーツ飴、チョコバナナ、各自が気になるお菓子を買い求めながら進めば、射的に人が集まっているのを見つけた。
「ガンスリンガーとして射的には挑戦しなきゃ!」
 張り切るロビネッタは、荷物を志苑に託していざ挑戦。狙いは大きく、真ん中上段にあるライオンのぬいぐるみ――けれど軌道はわずかに外れ、耳をかすめた弾は標的を落とすにはいたらなかった。
「すごい、いけそう! 頑張って!」
 興奮気味にかのんが声援送れば、ロビネッタは真剣な表情で照準を合わせる。二発目、今度は胸に当たるがわずかに位置がずれただけ。どうやら結構な重さがある様子、中心を狙っても落とせそうにない。
「それなら……これで!」
 三発目、狙ったのは額の部分だった。弾は真っすぐに飛んでいき、ついにライオンが落下する。
「やった!」
 歓声あげるロビネッタに、華が笑顔で拍手を送る。すると周囲の人々にもそれが広がって、彼女は祝福の中景品を手にした。
 次の瞬間、再び射的場に声が広がる。萌花の放った弾が、ピラミッド状に積まれていた小さなお菓子の箱達をまとめて吹き飛ばしたからだ。
 大物ではないけれど、確かな収穫。たくさんあるからと仲間へおすそわけすれば、皆に笑顔が広がっていった。
 場所は離れて、商店街の入り口。待ち人探してやってきたロビンは、紺の浴衣姿の令人を見つけて近付いていく。
「お待たせ」
「やあ。お疲れ、ロビン。本当にその浴衣、よく似合っているね」
「はいはい、着付けの時に散々聞いたわ」
 にこり笑顔浮かべて感想述べる養父に、さらり言葉を返すロビン。夜空の下で一層映えているからと続けた令人は、ロビンの細い手を優しく掬い取った。
「親子でお祭りなんて年でもないのに。……付き合ってあげるんだから、感謝してちょうだい」
「そうだね。父親とのデートに付き合ってくれる、優しい娘で嬉しいよ」
 微笑みながら組んだ手は、小さな養女と離れぬよう力篭めて。さあ、何がしたい? そう尋ねればロビンは屋台に視線移して令人の手を引く。金魚すくい、射的。わたあめに焼きそばにフランクフルト。大切な娘が望むなら、何だって付き合おう。
 浴衣姿で屋台巡る二人の姿は、周囲の目にも親子に映るだろう。そうして、夏の夜に思い出がひとつ増えていく。

●夏の華
 作務衣と草履に着替えた佐久弥が向かうは、待ち合わせの場所。近付く彼に気付き顔向ける相手――シェスティンの姿見て、佐久弥はぱっと顔を綻ばせる。
「わ、シェスさん可愛い」
 金魚柄の浴衣は、薄桃と赤で描かれた模様が愛らしい。よく似合っていると褒めれば、少女は照れながらはにかんで。
「花火、見れると聞きました。楽しみ」
「そっすね、屋台で買い込んで花火を見に行くっす」
 笑顔で差し出せば、繋がれる手。そして二人は仲良く並んで、屋台の通りへ消えていく。
 そうして、思い思いの時を楽しんで。
 ケルベロス達が神社の石段へやってきた頃には、周囲にも人が集まり始めていた。
 屋台を満喫した女子組の萌花はここで如月の姿見つけ、仲間と別れる。
「お待たせ。やっぱ浴衣、よく似合ってんね」
 白地にカラフルな水玉が踊り、その中を縫うように泳ぐ金魚柄。コスプレ衣装とはまた違う趣に微笑みながら、取り出すは苺飴と綿菓子。綿菓子の袋に描かれた魔法少女アニメの絵を見て、その作品がお気に入りな如月は瞳を輝かせた。
 二人並んで、石段に座って。前を向けばそのタイミングを待っていたかのように、ドンと花火が打ち上がる。
 ぱっと広がる光の花は、赤に、青に、緑にと。その眩しさに照らされる萌花の横顔をそっと見て、如月は幸せそうに笑った。
「ありがとうね、もなちゃん」
 竜牙兵の手から、お祭りと皆を守ってくれた。そして――この素敵な時間へ誘ってくれた。その、両方への感謝を篭めて。
 伸ばした手が、妹分の頭を優しく撫でる。すると萌花は小さく首傾げ、それから如月へ顔向けた。
「こちらこそ?」
 言葉と共に顔近付けて、贈るは頬への口付け。仲良し二人の楽しい時は、まだまだ続いていく。
 万里もまた、買い込んだ食べ物を持ち込んで花火を楽しんでいた。傍らにいるのは、彼の大好きな女性、一華だ。
 二人で見つけた一番の特等席、石段を登りきったところの鳥居の下で一華は綿あめを袋から取り出す。
「今年はすっごいです! なんと、レインボー。しかもお花型にしていただけました!」
 得意げに披露するのは、淡い七色したふわふわ。万里のように可愛い色――そう思うのは、秘密にして。
 にこにこ笑顔で雲のような甘味を楽しめば、見守る彼の視線に気付いて。
「万里くんもふわふわします?」
 差し出せば、応える一口。不思議な感触だと口動かす彼に笑いかける一華は、そこでひと際大きく響く打ち上げ音に体を震わせた。
「花火の音に落ち着かないのは相変わらずか」
 笑いながら万里が抱き寄せれば、一華は体の芯に響くような感じが慣れないのだと語る。
 しかし次の瞬間夜空へ花開いた光見て、彼女の顔はぱあっと晴れた。
「あっ、あれ綿あめみたいな花火です!」
「……えっ、わたあめ? 花火が?」
 不思議な感性も相変わらず。そして、そんな彼女を愛しく想うのも。
 たこ焼きを二人で頬張った次は、焼き鳥にしようかチョコバナナにしようか。
 見上げる空に咲き誇る花火、魅入れば次第に音も忘れ、ふわふわした心地に包まれていく。
 石段にアイテムポケットで持ち込んだビニールシート敷いて、花火鑑賞するのは佐久弥とシェスティン。
 広島焼きやフライドポテト、仕事後で空腹の佐久弥は買い込んだ料理を次々平らげていくが、隣のシェスティンは玉こんにゃく一本。
 これでご飯は足りるのだと彼女は言うが、佐久弥としては心配な気持ちがあって。
(「帰りに、綿あめを買うっす」)
 そっと、心の中で固めた決意。きっとシェスティンは受け取って、幸せそうに笑ってくれるだろう。ふわふわ、優しい味を分け合えば、今日の祭りはもう少し続くはず。
 想い抱きながら佐久弥が再び空へ視線移せば、周囲からわっと歓声が上がった。
 見れば地上より伸びる光の筋が、今までより高い場所を目指している。
 そして――ドン、ドン、パララと、次々上がる花火達が、今宵のクライマックスを彩っていく。
 その光景に女子組は、屋台巡りの賑やかさとは打って変わって静かに見惚れていた。
「すごい……すごい、綺麗……」
 かのんの口から自然と零れた感嘆。それに頷くロビネッタの腕の中では、ライオンのぬいぐるみも花火を見つめていた。この花火を一緒に見た、その出来事さえもお土産にすればあの子もきっと喜ぶだろう。
「戦闘に、お祭りに。忙しいが……充実した一日だったと判断」
 りんご飴を齧りながら冰が語れば、仲間達に笑顔が広がる。
「楽しい夏の想い出ですね」
 ため息のように志苑が紡げば、かき氷の最後の一口楽しんだ華もふわり笑って空を仰ぐ。
「はい、夏の良い思い出になりました」
 戦いも、祭りも、花火空も。この夏を思い出す時、それらはきっと笑顔に溢れている。
 最後は、特大の一輪がドォンと大気震わせ花開いて。ケルベロス達を、そして彼らが守った人々を照らす光の花は、皆の記憶の中にずっと咲き続けるに違いないのだった。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。