理想の貴方へ

作者:廉内球

 とある都市の一角、人気のない場所。村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)は壊れた家屋を一通りヒールすると、よし、と小さくつぶやいた。人を集めるほどではない程度の家屋損壊はこの国にいくらでもある。気ままな旅の途中、少しの寄り道を柚月は厭わない。
 小さな事件、小さな困りごとにも真摯に向き合う彼の姿を、物陰から見つめる目が一つ。
 そう、その目は一つだった。なぜなら、片目はモザイクに覆われているから。
「見つけたわ、素敵な人。きっときららの未来にふさわしい人ね!」
「誰だ?」
 反射的に警戒する柚月に、少女は物陰から出てその姿を見せる。髪飾りも、フリルのついたピンクの服もかわいらしいが、右目のモザイクと手に持った大きな鍵は、ドリームイーターである証だ。
「きららは夢見きららというの。あなたのドリームエナジー、いただきます!」
 敵だ。柚月は反射的に周囲を見回す。この場所には一人で来た。一般人はいないが、ケルベロスもまたいない。
 一人で、戦うしかないのだろうか。

 緊急事態だ、とアレス・ランディス(照柿色のヘリオライダー・en0088)はバインダーの資料をめくる。
「単独行動中の村雨・柚月がドリームイーターに襲撃される未来を予知した。急ぎ現場に向かい、彼を助けてもらいたい」
 柚月への連絡は既に試みられたが、今だ取れずにいる。こうなっては一刻の猶予もない。柚月に万が一のことが起きる前に現場にたどり着かなくてはならないだろう。
「すぐの出発になる。準備しながら聞いてくれ」
 アレスは心なしか早口に説明を始めた。
「敵はドリームイーター、夢見きららと名乗っている。見た目は少女だがデウスエクス、油断は禁物だ」
 彼女がその大きな鍵を振り回せば、心を抉るトラウマを呼び起こす。また、モザイクを飛ばす攻撃は遠距離まで届く。受けてしまうときららを守ったり、きららの理想的な姿として振る舞いたくなってしまうことがある。
「奴は見目の良い男や大人っぽい女性に憧れているようでな、そういった者がいれば優先して狙ってくるようだ」
 上手くアピールすることで敵の狙いを変えるとが出来るかもしれないと、アレスは言う。
 また、彼女がモザイクを広げ始めると、その下にあった傷は消えてしまう。ケルベロス側が決め手に欠ければ、戦闘が長引くことになるかもしれない。
「幸い、周辺に人はいない。廃墟だが大きな障害物も無いから、安心して戦ってくれ」
 人払いなどは必要なく、戦闘に専念できる。もっとも、周りに誰もいなかったがゆえに柚月は今危機に陥っている。
「行こう。可能な限り急ぐが、着いてからはお前たちにかかっている。……全員無事で帰ってきてくれ」
 アレスは祈るように言った。


参加者
星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)
ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)
尾守・夜野(虚構に生きる・e02885)
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
柚野・霞(瑠璃燕・e21406)
齋藤・光闇(リリティア様の仮執事・e28622)

■リプレイ

●きららにふさわしい人
「よくわからんが、ドリームイーターの「ふさわしい人」になんかなりたくねーっての」 ドリームイーターの鍵を間一髪で避けた村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)のぼやきは、夢見きららには届かない。
「そんなこと言ったって無駄よ。そろそろ観念……あら?」
 音と、衝撃は同時だった。天よりの砲弾がアスファルトを穿ち、道の破片を撒き散らす。次いで矢の雨が降り、思わず空を見上げた夢見きららの片目に、瑠璃色の翼持つ天使が映った。
「よかった。まだ無事ですね、村雨さん。お助けに参りました」
 柚野・霞(瑠璃燕・e21406)は【Virga Orichalci】を構えたまま、ゆっくりと舞い降りた。
「ああ、来てくれたのか……ありがとう」
 柚月は上空、そして背後から複数の気配を感じて安堵する。ばたばたと近づく足音に振り向けば、見知った顔がいくつも見える。その先頭、銀髪の少年は顔を赤くして全力で駆けてきていた。
「間に合っ……た、助けにきたのでげほっげほっ」
 到達するやいなや、尾守・夜野(虚構に生きる・e02885)は咳き込みながら倒れ込む。まるでゴール直後のマラソンランナーだが、救援に来て真っ先に倒れるのもかっこ悪いと、夜野は口元をぬぐい自身を叱咤、すぐさま立ち上がった。
「あなたたちケルベロスね! きららの邪魔をするつもり?」
「その通り。見初めた方に危害を加えるなど、到底受け入れられない所業だ」
 駆けつけたビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は相棒のボクスドラゴン、ボクスを伴い守備に就く。
 やや遅れて現れたミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)は夢見きららと柚月を見比べて首をかしげる。
「村雨さん……こんな幼女の未来に選ばれるなんて、ほんと性別迷子ですね……」
 あのドリームイーターが成長か何かして、柚月のようになる……のだろうか。しかしながらドリームイーターが女性であり柚月が男性である以上、それはちょっと違うのではないかとミリアは思う。
「もしかしてお婿さんに欲しいとか……?」
 一緒に首をかしげるイピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)の方がやや正解に近いだろう。
「婿探しならもうちょい穏便に来てもらいたいものだがね」
 柚月が苦笑すると、銀髪の執事が同意する。
「確かに。おいたはいけませんよ、お嬢様」
 齋藤・光闇(リリティア様の仮執事・e28622)は、この時期に礼服を着込みながら汗ばむ様子もなく涼しげだ。敵であれ礼節を欠かさぬその言動はまさしく執事そのものだった。
 最後に、からんころんと下駄を鳴らすは星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)。和傘を携えた狐のウェアライダーは、柚月の無事を知っていたかのようにゆるりと進む。
「どれ、わしも力になろう」
 敵を見定めるや、和傘を閉じて構えを取った。
「何よ、何人来たってきららは逃げたりしないんだから。覚悟しなさい!」
 八人の地獄の番犬が相対すれども、ドリームイーターに退く気はなく。戦いは避けられない。

●素敵なあなた
「たくさんケルベロスが来たけど、やっぱりきららはあなたがいいわ!」
「断る」
 鍵の一撃をパイルバンカーで受け流し、柚月は宙へ跳ぶ。その軌跡は虹を帯びてきららへと落ちた。
「痛いけど綺麗ね、ますますきららに相応しいわ!」
「ええ……」
 その反応に引きながらも、柚月は作戦の成就を確信した。敵の攻撃は単調、見切りやすい。そのうえで防具も全員で万全に固め、さらに囮を立てて厄介なバッドステータスを一人に集める。
 それとは逆に、きららの目を引かない工夫をしたのが夜野だ。白磁の肌に今にも倒れそうな表情を作り、できるだけかっこ悪く見せる。しかし抜け目なく足下に這わせる鎖は守護の魔法陣を描いていた。
(「……よし、いい感じだねぇ」)
 よく見ていないと途中で絡まってしまうので、手元をチラチラ見ながらグラビティを放つ。視線を下げがちなところが更に病人らしく見えるが、彼自身にダメージはまだ無い。
「あの……柚月さんを未来に選んでも、成長したらどうしても目標からかけ離れますよ……?」
 ライトニングロッドを操り障壁を作りながら、ミリアは心底心配そうに、夢見きららに助言する。たとえ本人がいかに望もうと、男女の身体特徴は如何ともしがたい部分がある。……のだが。
「……もしかして、女の子に見える男の子?」
 その真相は、モザイクの向こうである。
「じっとして! あなたたちの未来を集めれば、きっときららのモザイクは晴れるんだから!」
「その口ぶり……未来が欠落しているんですか」
 イピナが番えた矢はぴたりときららを狙い、放つ矢は何処までも敵を追う。このドリームイーターを見過ごすことは出来ない。まして同じ旅団の友人を狙うというのなら、モザイクを晴れさせるわけにはいかない。
「ときに、人ではなく竜なら如何だろうか」
 ビーツーはボクスを胸の高さに抱えて見せる。紅玉色の瞳で不思議そうにきららを見つめ、足をぱたぱたと動かしては首をかしげるボクス。
「ペットにするならアリだけど、きららの未来とはちょっと違うかなー」
 軽い調子できららが鍵を振り回すので、ビーツーは慌てて避ける。
「……ふむ、やはりサーヴァントではダメか」
 ボクスは褒めても自分は容姿に拘らない。ビーツーは光の粒子を周辺に撒き、ケルベロス達の感覚を研ぎ澄まさせる。
「……困ったお嬢様ですね!」
 隙を突いての降魔の拳がきららを捉える。受ける傷をデウスエクスの魂を喰らうことで補いながら、光闇は戦い続ける。
「……あなたもなかなか素敵な人ね」
 夢見きららの動きを一つ一つ、つぶさに観察する光闇。主への気遣いの為の観察眼は、戦いにおいては味方を守るために用いられる。今のところはケルベロス達の作戦通りに攻撃を引きつけられている。しかしその目論見が外れることがあれば、光闇は即座に盾となる覚悟をしている。
「あこがれから攻撃するとは、相変わらずドリームイーターの思考は理解できませんね」
 そうすることで、きららのモザイクが晴れることがあるのだろうか。霞には分からない。ハンマーを砲撃形態にして、構える。武器につけた銀の十字架の飾りが煌めき、砲弾が勢いよく発射された。反動をその身で制御しながら、霞は命中を悟った。
「通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ」
 砲弾とほぼ時を同じくして、デウスエクスの懐に飛び込むは九尾だ。彼女が地脈を縮めれば、いかなる距離も一歩の間合い。星喰流”縮地”はかわしようもなく、九尾の日本刀がドリームイーターを切り裂いた。

●移り気モザイク
「もっと素敵な人にしてあげる!」
 柚月を集中攻撃するきららは、モザイクの一部を飛ばす。その前に割って入ったのは光闇だった。まとわりつくモザイクはしかし、オーラによってはじかれる。その色は、鮮血の赤。その身に下ろすは魔人、すなわちもう1人の光闇(魔人卸し)。
「おいガキ」
 今までの柔らかな物腰から一転。凄む声は確かに光闇のものだ。きららの片目が不思議そうに見開かれる。
「おいたはいけねぇぞ、て言ったよな?」
 着衣に残るモザイクを払いのけ、光闇はドリームイーターを睨む。
「そういうのも良いかも……」
 などとのたまう夢見きららに、ミリアは眉根を寄せる。
「ますます分からなくなってきました……」
 念のためと気力を注ぎ、光闇の傷を癒やすミリア。あのドリームイーターが、たとえば猫の姿をしていたら今すぐ撫でに行くのにと、一つため息をつく。
 同時に、ビーツーが動く。ボクスと目を合わせ、頷いてみせる。敵が前衛を狙うならば、ボクスに守らせる。それによって、主が攻撃する余裕を作り出す。攻防一体の連携。暖かな炎の属性を感じながら、ビーツーはドラゴニックハンマーによる砲撃を行った。
「ふむ、困った小娘じゃの」
 砲撃で立ち上った土煙の中から、九尾が姿を現す。懐に入り込み、狙うはただ一点のみ。その一点を突けば、たちまち夢見きららの動きが止まる。
「チャンスだねぇ……さて、ばらばらになりなよ!」
 夜野が投げつけたフラスコは、きららにぶつかり砕け散る。ガラスの破片の傷は出来るが、この薬……名前の無い毒(アインザムカーツ)の真の恐ろしさはそこではない。液体を直接浴びたきららの腕が、顔が、薬毒に浸食されていく。悲鳴を上げながら回復に掛かるきららに、しかしケルベロス達は容赦しない。
「生憎ですが、あなたの未来はここで絶ちます!」
 隙も、慈悲もなく振り抜かれたハンマー。その手応えを感じながら、イピナはハンマーを後方へ投げ、自身も後ろへ跳ぶ。手を伸ばした先の弓矢は、次の攻撃への布石。
「Crystalli in terram, qui lamina clara et acuta!」
 霞が唱える古代語魔法。生まれた次元の狭間から、水晶のかけらが寄り集まって憲を形作る。その剣で迷わずドリームイーターの足を縫い止め、霞は最後の一撃への橋頭堡を築く。
「嫌、嫌よ! まだきららのモザイクは晴れてないの! きららには未来が要るの!」
「悪いけど、お前の未来を砕くのが今の俺の仕事なんでな! 天より落ちよ星の閃き! 顕現せよ! シューティングスター!」
 柚月の周囲に光球が現れる。それらは空へと高く登り……やがてデウスエクスへと降り注ぐ。その光景はまさしく流星群。圧倒的な光の奔流の中、夢見きららはモザイクを撒き散らしながら消滅した。

●任務は最後まで
 デウスエクスの脅威が去ったことを確認したイピナは、周辺の状況を確認する。この旧市街地には、古い戦いの傷跡はまだいくらか残っている。そして、今新たに生まれた傷跡も。
「……皆さんは、大丈夫ですか?」
「ふむ、深手を負った者はいないようだの」
 イピナに答えた九尾はからりと笑い、和傘を開く。ヒールが出来るケルベロスは、このまますぐに帰還する気がない。それは九尾らも分かっているがゆえに、待つ。
「さて、折角の寄り道だ、目的は完遂させねばな」
 ドリームイーターを撃退したケルベロス達だが、もう一つ、行うべきことが残っていた。ビーツーは廃墟となった建物に向かって電流を走らせる。その雷撃が生むのは破壊ではなく癒やしだ。光が奔った後には、亀裂を埋めるように水晶が生まれる。
「ええ、しっかりヒールしましょう」
 霞が【Spata Orichalci】に秘められた魂を解放し癒やしに変える。夢見きららとの戦いで生まれた新たな損傷が、それで癒やされていった。
「ボクもヒールするよぉ」
 夜野自身にヒールが必要そうにも見えるが、グラビティによる外傷ではないがゆえに夜野は自身を後回しにする。かっこ悪いアピールが功を奏し狙われることがなかった彼なら、少し休めば元通りに戻れるだろう。
 ヒールを続けながら、ミリアはこっそりと裏路地をのぞき込んだ。あわよくば猫の楽園にでもなっていないかという期待は残念ながら外れ、ただただ無人の廃墟が静かに佇んでいるのみ。しかし裏を返せば猫が戦いに巻き込まれなかったと言うことだ。それはそれで、よかったのかもしれない。
「これで、一件落着でございますかね」
 元通り、丁寧な物腰に戻る光闇の赤い瞳には、すっかりヒールされた市街地が映る。
「皆、来てくれてありがとう。助かった」
 謝意を述べる柚月に、ケルベロス達は笑顔を返す。八人、全員無事にこの危機を乗り越えた。やがて幻想がちりばめられた街に、迎えのヘリオンの影が落ちた。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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