強襲、殺人ヒマワリ! パン屋さん危機一髪

作者:坂本ピエロギ

 大阪市のとある自然公園の一角では、若いヒマワリ達が今を盛りと咲き誇っていた。
 太陽が花開いたような眩しい黄色は生命の輝きそのもの。それは訪れた人々の心を癒し、元気と活力を与えてくれることだろう。
 しかし――。
 一般開放を間近に控えた、よく晴れた日の昼にそれは起こった。ひと際強い風に乗って、どこからか花粉のようなものが舞い降りてきたのだ。
 ヒマワリ畑の片隅にぱらぱらと降り注ぐ、花粉のような『何か』。それを浴びたヒマワリ達は次々に攻性植物へと姿を変え、緑の体を蠢かせて畑から這い出してきたのである。
「ヒマワリ……?」
「ヒマワリ!」
 巨大な体を曲げて挨拶らしきものを交わし、獲物となる人間を探し始める攻性植物達。
 そこで彼らはふと、公園の外から漂ってくる匂いに気づく。人間が嗅いだなら思わず涎を垂らしそうな、焼きあがったばかりのパンの匂いに。
 攻性植物は顔を見合わせ頷き合う。まずはこの匂いの主を血祭りにあげるとしよう。
『ヒマワリイイイイイイイイイイイイイ!!』
 こうして攻性植物たちは、獲物を求めてパン屋へと走っていった。

「夏だぞ! ヒマワリの季節だぞ!!」
 ヘリポートを元気に駆け回る鬼飼・ラグナ(探偵の立派な助手・e36078)。そんな彼女の傍らで、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が依頼の説明を始めた。
「皆さんお疲れ様っす。先日、鬼飼さんから頼まれた調査結果が出たっす」
 母の日に大阪市で発生したカーネーションの攻性植物化事件。今回予知に成功したのも、爆殖核爆砕戦によって発生した攻性植物が市内全域で起こしている事件の一つだという。
 このまま市内で事件が頻発すれば大阪から人の姿は消え、ゲートの破壊成功率もじわじわと下がっていってしまう。それを防ぐためにも、敵の侵攻は確実に防がねばならない。
「今回現れるのは、ヒマワリ型の攻性植物が5体っす。大阪市内の自然公園に出現した後、そのまま公園を出て無差別に人を襲おうとしてるみたいっすね」
 攻性植物達は一般人を見境なく襲って殺害する非常に危険な敵だ。頭数が多く、常に集団で行動し、連携も取れている。ただし一旦戦闘に入ってしまえば、ケルベロスの排除を最優先するため、逃走したり市民を狙ったりはしないという。
「敵は手始めに、公園正門を抜けた向かいにあるベーカリーを襲撃するみたいっす。皆さんは正門前で待機して、やって来た攻性植物を撃破して欲しいっす!」
 事件発生の時刻は正午。公園内に人はおらず、付近一帯の避難もダンテが警察を手配するので対応は不要だ。正門を突破しようとやって来た5体のヒマワリ達を全て撃破すること、これが達成目標となる。
「次に敵の能力っすけど……まず、顔面から放つヒマワリビームっすね。炎を付与するんで要注意っす。それと、葉っぱで相手を叩いて目を回させる葉っぱアタック。これは捕縛と同じ効果があるみたいっす。あとはヒマワリの種を食べてパワー回復。この3つっす!」
 敵の説明をあらかた終えると、ダンテは小さく咳払いした。
「正門向かいにあるベーカリーっすけど、ここで焼きたてのパンが食べていけるっす。戦いが始まるのが昼前っすから、ちょうど終わる頃には店のサービスタイムっすかね」
 サービスタイムで供されるメニューは、ヒマワリの種を練りこんだ厚切りトーストとお茶のセットだ。辞書のように分厚いトーストに、ハチミツとバターをたっぷり塗ってかぶりついた時の感動は例えようもないとはダンテの言。
 トーストは厚さを好きに調整でき、ハチミツ以外に各種ジャムも取り揃えてある。お茶も紅茶から緑茶、ソフトドリンクからコーヒーまで一通り注文可能。無論、どちらもおかわり自由なのは言うまでもない。
 仕事の後は息抜きがてら羽を伸ばして来て下さいっす――ダンテはそう言ってケルベロスにウインクを送ると、ヘリオンの発進準備に取り掛かった。
「攻性植物がいくら連携したって、皆さんの敵じゃないっす。それじゃ、発進っすよ!」


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
鬼飼・ラグナ(探偵の立派な助手・e36078)
モニ・ブランデッド(おばあちゃんを尋ねて三千里・e47974)

■リプレイ


 ヘリオンから降下したケルベロスたちを、焼きたてパンの香りが出迎えた。
「いい香りだね……地デジ……」
 オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)はそう言って、もこもこの毛に覆われたテレビウムを抱きしめた。
 時刻は正午前、周辺の避難はすでに完了し、現場に人の気配はない。
 もうじき、この香りに誘われてヒマワリの攻性植物たちがやって来るはず――。
 そこまで考えて、オリヴンはふと首を傾げた。
「ヒマワリ……って……どこで、匂い、かいでるの、かな……?」
「……?」
 主人を真似るように、地デジも小さく首を傾げる地デジ。
 いっぽう北国生まれのモニ・ブランデッド(おばあちゃんを尋ねて三千里・e47974)は、容赦なく照り付ける太陽の光にすっかり参っているようだった。
「うう。暑いのよ……こんな日に殺人ヒマワリとは穏やかじゃないのよ……」
 銀狐のウェアライダーは、小さな体を日陰で涼ませながら、
「でも平気なのよ。モニが殺ヒマワリ人になって皆を助けるのよ!」
 と、物騒なセリフをさらりと言う。
 そんな彼女の傍では、鬼飼・ラグナ(探偵の立派な助手・e36078)が胸を張っていた。
「ふふふ……また俺の探偵助手の勘が冴え渡ってしまったな!」
 暑さよりも新しいものを見た感動が上回るのか、ラグナは隣で一緒に胸を張るボクスドラゴンの『ロク』を肩に乗せて、公園の花を眺めている。
「サンフラワー、『太陽の花』か。皆にぴっかぴかの笑顔を届けてくれるはずだった花達に命を奪わせたりなんてさせないんだ!」
「もう向日葵の時期か。季節の移り変わりを敵との戦で知るのは、何ともなあ……」
 ロクと一緒に、目に入ったものを片っ端から珍しそうに見て回るラグナ。
 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は遠目でふたりを見守りつつ、小声で嘆息する。
(「護り手は不慣れだが、ラグナに怪我でも残したら祖父殿に殺されかねないからな」)
 そんな千梨の隣で、葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)の狐耳が異形の足音を拾った。
「……来たようだな」
 影二の言葉に応えるように、正門の向こうから走ってくる5体のヒマワリの姿が見えた。
「咲き誇る花達を攻性植物にするとは、極悪非道の所業。害を為す前に散らすのが情けか」
「ヒマワリは素敵な花よね。それを悪用するなんて許し難いわ」
 セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)はそう悲しげに呟いて、バスターライフル『ヘカーテ・アラベクス』を構えた。照準越しにヒマワリを見る青い瞳に、暗い影を混じらせながら。
「じわりじわりとその命、いただくわ……ふふふ」
「鳴いて歩くヒマワリだなんて……正に悪夢ですね」
 呆気にとられた面持ちの源・那岐(疾風の舞姫・e01215)嘆息した。
「ヒマワリは夏の日の輝き。人の血で汚すわけにはいきません――行きましょう、瑠璃」
「ああ。絶対に止めようね、那岐姉さん」
 那岐の義弟である源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が、力強く頷く。
 二人は霊地の森を守護する一族の出身で、那岐はその次期族長。瑠璃は那岐の補佐役だ。
 那岐の右腕という立場ゆえか、16の歳には不相応の大人びた雰囲気が瑠璃にはある。
「皆もよろしくね。さっさと勝って、お昼ご飯といこう!」
 瑠璃はドラゴニックハンマー『機龍槌アイゼンドラッヘ』を構えると、殺気を漲らせて向かってくる敵の一団と対峙した。
 襲い来る殺人ヒマワリ。迎え撃つケルベロス。
 かくして戦闘は開始された。


 先手を取ったのは影二だった。
「影となりて、闇に裁いて仕置する……」
 影二は日本刀『天舞』を構え、弓から放たれた矢のように跳躍。
 銀色の曲線を描いて敵の間合いに飛び込み、雷刃突を一閃した。
「ヒマワリイイイイ!」
 被弾した前衛のヒマワリが、雷の衝撃ではらはらと花弁を舞い散らせる。
 それに怒った攻性植物たちは、咆哮をあげて一斉攻撃を浴びせてきた。
 丸い花から発射されたビームが飛び交い、分厚い葉っぱのビンタが前衛を襲う。
「ふふっ、活きがいいのね――でもいいの。私、ヒマワリが大好きだから」
 負傷をバレットタイムで回復し、セレスティンは暗い影のよぎる目で敵を凝視した。
「ええ、ええ、本当に大好き。好きすぎて壊したくなるくらい……ふふっ……」
 病的なものを色濃く含んだ彼女の視線は、まるで這い寄る百足を連想させる。
「ヒマワリビームとは面白いな。お返しのビームといこうか」
「私からもいいものをやろう。食らうがいい」
 いっぽう千梨も炎を振り払い、九尾扇を手に取った。
 続くように、縛霊手『虎魄礼装【颱牙】』を天高く掲げる那岐。
 千梨は団扇でも扱うような仕草で迅雷破界光を乱射した。
 レーザーライトのごとき光の束を潜り抜けて着弾する、御霊殲滅砲の光弾。衝撃で土煙が立ち上り、後列のヒマワリが吹き飛ばされる。
「ヒマワリイイィィ!」
「その動き、封じてやる――くらえ!」
 瑠璃は砲撃形態のアイゼンドラッヘを構え、守りを剥がれた個体に砲弾発射。すかさず前衛のヒマワリが、盾となってそれを弾を庇う。
 それを見たラグナとモニは敵の守りを突き崩さんと、さらなる猛攻を浴びせた。
 狙うは庇われた方のヒマワリだ。
「可哀そうだけど、容赦はしないんだ!」
「しないのよ~! 覚悟するのよ~!」
 白い流星の蹴りが銀狐の咆哮に乗って降り注いだ。
 防御を突き破られたヒマワリが派手に吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「ロク! 属性インストールだ!」
「出だしは順調だね……地デジ……」
 心得たとばかり翼を広げ、バッドステータス保護を前衛に施していくロク。
 いっぽうオリヴンも百戦百識陣で前衛に破剣を付与しながら、地デジの応援動画で千梨の炎を吹き消していった。
 対するヒマワリも種を飛ばしあって回復を図り、態勢の立て直しに必死だ。
 そこへ襲い掛かる、影二の絶空斬とセレスティンの黒影弾。火力を担うメンバーの集中砲火を浴びて、瀕死の傷を負ったヒマワリが消滅する。
「まずは1体、だな。油断せずに行くぞ」
「こんなに穢れてしまって……可哀そうだから残らず刈り取ってあげるわ……」
 病的な笑みをますます深め、残る前衛の1体に砲口を向けるセレスティン。
 その後方では、千梨の禁縄禁縛呪と那岐の気咬弾を浴びた3体のヒマワリ達が防戦に追い込まれていた。
「これで……敵の守りを……砕いてやって……」
「ありがとう! 援護感謝なんだ!」
「殺人ヒマワリさんたち、観念するのよ!」
 オリヴンの百戦百識陣を浴びたラグナとモニが、前衛のヒマワリに狙いを定める。
 唸りをあげて振り下ろされるラグナのドラゴニックスマッシュをガードするヒマワリ。
 と、そこへ新たな猟犬が加勢に現れた。相馬・泰地だ。
「もらった、隙ありだぜ!」
 泰地はヒマワリに旋風斬鉄脚を叩き込み、刃のような鋭い蹴りで敵を切り裂いてゆく。
「攻性植物の勢力拡大を許すわけにはいかねえ。確実かつ迅速に叩いていかねえとな!」
「さあ、とどめだ!」
 泰地のラッシュで体勢を崩したヒマワリに、瑠璃のフロストレーザーが直撃。
 凍結した体にモニのスターゲイザーを叩き込まれて、悲鳴をあげながら転げまわった。


 敵は劣勢を悟ったのか、死に物狂いの反撃に出てきた。
「ヒマワリ!」
「ヒマワリイイイ!!」
 4つの頭花がサーチライトのように光り、ビームの群れとなって前衛に襲い掛かった。
 標的となった影二は光を浴びて、その体を真っ赤に燃え盛らせる。
「む……!」
 影二は炎を振り払い、戦闘に支障がない事を把握すると、即座に反撃に移った。
 簒奪者の鎌『猟鬼守』を振りかぶり、跳ぶ。狙うは前衛のヒマワリだ。
 ヒュッ。
 トン。
 二回の跳躍で懐に潜り込む影二。螺旋の気流に包まれて姿を消すのと、ヒマワリの葉っぱビンタが空をかすめるのは同時だった。
「実は虚であり、虚は実……我が刃は影を舞う」
 背後から放たれる、必殺の一撃。
 斬撃に切断された黄色い花が、人の首のように宙を舞い、道路に転がった。
「今……回復するね……」
「ふむ。このペースならば、さほど苦戦はせずに済みそうだ」
 オリヴンが影二たち前衛を、黄金の果実の聖なる光で照らす。ビームに付与された炎は、光の効果でじきに収まるだろう。
 防戦に追い込まれ種を飛ばしあうヒマワリたち。勝機とみた那岐が瑠璃を振り返った。
「攻勢に出ます。準備はいいですか」
「もちろん。いつでも行けるよ、姉さん」
 縛霊手を掲げ、特大の光弾を生成する那岐。
 アイゼンドラッヘに弾を込め、照準をセットする瑠璃。
 同時に発射された二発の弾が轟音とともに地を揺るがし、ヒマワリ達を吹き飛ばす。
「あなたのすべてを奪ってしまいたいわ――邪魔な肉などそぎ落としてくれよう」
 陽光すら塗り潰しそうな暗い笑みで『粉骨乱舞』を発動するセレスティン。
 召還した粉骨状のスケルトンゴーストが付着した標的めがけ、砲弾発射。命中したヒマワリの生命力を奪い取っていく。
「ヒ……ヒマワリイィィィ!!」
「終わりだぞ! 観念するんだ!」
「とどめなのよ!」
 ヒマワリは断末魔の絶叫をあげてのたうち回るも、ラグナのスターゲイザーとモニのハウリングを撃ち込まれて動かなくなった。
 残る2体は必死に反撃を試みるも、パラライズで満足に動くことすらままならない。辛うじて1体が放ったビームは、すぐさまオリヴンの黄金の果実で無為に終わった。
「油断禁物……だからね……」
「終わりだ――眠れ」
 影二の絶空斬とセレスティンのシャドウリッパーに傷口を切り広げられ、緑色の体液を撒き散らして悶絶するヒマワリ。
 そこへ那岐がトドメの一撃を加えにかかった。
「ヒマワリは夏の希望、夏の輝き。兵器として暴れるのはそこまでです!!」
 焼け付く夏風の如き那岐の戦舞が、無数の刃と化して襲いかかる。
 花が飛び散り、葉が舞い落ち、幹は細切れとなり、ヒマワリは細切れとなって絶命した。
 最後の1体めがけ叩きつけられる、ラグナのドラゴニックスマッシュ。ヒマワリは防御を試みるも、麻痺した体が言うことを聞かないのか、直撃を受けて転倒。
 と、必死に立ち上がるヒマワリの周りが、ふいに影で暗くなった。
「ヒ……ヒマワリ……?」
「ろう ろう もに りむがんと いるかるら なうぐりふ!」
 天から降り落ちるのは、モニの詠唱で呼び出された『雪の妖精さん』。正六角形の中心についた巨大な目で見下ろしながら、ヒマワリを押し潰して消えていく。
「さて、そろそろ仕舞かな。焼けるのはトーストだけで十分だ」
「真夏の悪夢はここで終わり。さよならだ!!」
 千梨のキュアウインドで炎から回復した瑠璃が、最後の1体に照準を定める。
「ちょっと重いけど、いくよ!」
 女神の力を剣に変え、満身創痍のヒマワリめがけて『太古の月』を叩きつける瑠璃。
 それがとどめとなって、ヒマワリは断末魔さえあげずに消滅した。
「……討伐完了」
 影二は武器を収め、静かな声で戦いの終わりを告げる。
 避難警報が解除された現場を、ヒールで修復していくケルベロス。
 ベーカリーカフェが営業を再開したのは、それから間もなくのことだった。


 冷房の効いた店内は、かぐわしいパンの匂いに満ちていた。
 案内された窓辺の席に着くと、ラグナとオリヴンはメニューに目を通すのもそこそこに、水を運んできた店員へとオーダーを出す。
「はいはい! 俺は辞書のように分厚いトーストと、100%オレンジジュースで!」
「お昼ご飯、楽しみにしてました……! ぶあついトースト、ください……!」
 トーストとくれば蜂蜜。蜂蜜といえば甘い。そしてオリヴンにとって甘いものは生命線。目を輝かせ、待ちきれないと言った様子である。
「表面を薄く焼いた厚切りトーストが好きですっ! あ、ほんのり苦いカフェオーレも!」
 傍で注文を出すセレスティンも、すっかり明るい笑顔だ。戦いの後で胃袋が美味しい食事を欲しているのか、猟犬たちは口々に分厚いトーストと好みのドリンクを注文していく。
 そんななか、
「ラグナ殿、千梨殿、ロク殿……お疲れ様でシタ」
「ありがとうエトヴァ。しかし、トーストか……どうするかな」
 千梨はメニューを広げると、隣に座るエトヴァ・ヒンメルブラウエに聞いた。
「エトヴァはどうする? 俺は齧りやすい薄さに切ってもらおうかな」
「では俺も、それなりの厚さでお願いしマス。ドリンクはコーヒーを二人分で」
「ご注文ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」
 オーダーを確認した女性店員が、爽やかな笑みを浮かべて厨房へと下がっていった。
 そして数分後――。
 テーブルの上には、白い皿に鎮座したトーストがドンと並んでいた。
「いただきます!」
 挨拶ののち、猟犬たちはバターナイフやコップへと手を伸ばす。
 バター、ジャム、マーマレード、蜂蜜……好みの味を塗ったパンをひと思いに頬張れば、彩り豊かな味わいにしばし言葉を忘れてしまう。
「美味しいわね、瑠璃」
「うん、とても美味しい」
 仲間達と同じバターと蜂蜜のトーストを堪能する那岐と瑠璃。
 然るべき立場で育ったためか、二人とも食事の所作には気品が漂っている。
 いっぽう影二とモニも、蜂蜜バターのトーストに舌鼓を打っていた。
「ふむ。まさに辞書のごとき厚さだ」
「もぐもぐ……美味しいのよ……もぐもぐ」
 緑茶をすすり、一口一口噛みしめるようにトーストを味わう影二。銀毛の狐尾を少しだけ揺らしながら、じんわりと体が温まっていくのを感じた。
(「このような休息も……悪くないな」)
「最高なのよ……天国なのよ……」
 モニはバターの染みたトーストを千切っては蜂蜜に浸し、食欲旺盛に平らげていく。
 普段こそ小食の彼女だが、飢えに近い空腹を抱えていたとあっては事情が違う。何しろ店へ向かう足取りもおぼつかず、ホゥのライドキャリバーで移動したほどなのだ。
 モニはヒマワリの種をついばむように食べながら、ふと、昔食べたパンを思い出した。
(「おばあちゃんのパン……ゾンネンブルーメ……また食べたくなったのよ」)
 ドリンクを飲み干し、幸福の溜息を吐くモニ。
 いっぽう、オリヴンは。
「んん、外かりかり、中ふわふわ……!!」
 蜂蜜を塗ったトーストを頬張りながら、至福の心地に頬を緩める。
 彼は注文の後、こっそり店員にこう尋ねてみたのだ。
 ――ジャムもいいけど……ヒマワリのはちみつとか、あります、か……?
 ヒマワリの種が入ったパンである。合わない訳がない、そう思った。
 店員はニッコリ微笑んで、
 ――はい、お持ちいたしますね。
 それからというもの、オリヴンの頬は緩みっぱなしである。
 湯気の立つトーストに、金のように輝く蜂蜜を垂らして一口。
「おいしい……地デジも食べる?」
 トーストの切れ端をそっと地デジに差し出して、もう一口。
 一方セレスティンは、バターと苺ジャムのトーストを楽しんでいた。
 青い瞳に映るのは、舌鼓を打つラグナとモニ。
 妹達の姿が二人に重なり、セレスティンはそっと微笑む。
「ふふっ。沢山の人達と食卓を囲むと、益々美味しいわね」
「凄いな! 本当に辞書みたいだ!」
 当のラグナはバターと蜂蜜を塗りたくったトーストを手でちぎり、一思いに頬張った。
 生地に散りばめられたヒマワリの種が、オレンジのフレッシュな味わいと共に、心地よいアクセントとなって舌を楽しませてくれる。
 笑みが、自然とこぼれた。
「うん、美味しいぞ! ちゃんとロクにも分けてやるぞ!」
 ラグナは口元に蜂蜜を付けたまま、相棒のロクにトーストを差し出した。
 そんな元気いっぱいの助手を、マドラーを手に黙って見つめる千梨。
 エトヴァもまた、そんなラグナと千梨を微笑みながら見守っている。
「ああ……そういえば」
 ふと千梨は、トーストを齧るホゥに視線を送った。
「ホゥ。味つけは蜂蜜派かな?」
「はい。動くと、甘い物が恋しくて……」
 そう言ってホゥは、照れくさそうに笑う。
「では、俺はジャムを試してみようかな。まずはブルーベリーを……ん?」
 手を伸ばしたトーストを見て、千梨は思わず言葉を失う。
 ブルーベリー、アプリコット、苺ジャム。
 きつね色に焼けた表面が、綺麗なトリコロールに塗られていたからだ。
「……む、千梨のトースト、可愛いぞ! エトヴァはお絵描きが上手だなあ!」
「い……いつの間に」
 バター蜂蜜トーストを食べながら、悪戯っぽい笑みを浮かべるエトヴァ。
「千梨殿。見とれていると、せっかくのトーストが冷めますよ」
「……おほん、参ったな。このコーヒーは少し熱い」
 千梨は小さく咳払いすると、三色トーストを口にした。
 豪華に美味い味だ――そう思いながら、レプリカントの友達に小さく微笑む。
「されたままというのも悪い。今度、礼に上品な日の丸弁当を作ってやろう」
「日の丸弁当、ですカ……? 楽しみにしておりマス」
 そう言ってエトヴァが口を拭っていると、ふとラグナの視線を感じた。
「……?」
 首を傾げるエトヴァ。
 するとラグナは恥ずかしそうに、いそいそと口元を拭いはじめる。
(「ああ、成る程」)
「ロクも、お淑やかにしないとだぞ!」
 陽気な笑い声に、焼き立てパンの香り。
 こうして昼のひと時は穏やかに過ぎてゆき――。
「ごちそうさまでした!」
 ケルベロスたちは静かに満足の息を吐いて、依頼を終えたのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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