病魔根絶計画~南米の病魔

作者:okina

●南米の病魔
 南米ブラジル、熱帯雨林に近い貧困地域の一角に、つぎはぎだらけの古びた一軒家があった。
「ただいま。具合……どぉ?」
 薄暗い室内に向かって小声で話しかけなら、水桶を抱えた少女が少女が入ってくる。
「あぁ……おかえり、ジュリア。ペドロは眠っているよ」
 寝台に横たわる壮年の男性――父親が首だけ動かして、帰宅した少女を迎え入れた。室内に立ち込めるのは、寝具に染み付いた、汗と吐しゃ物のすえた匂い。ひび割れた戸板の隙間から差し込む陽光に照らされた父親は、肌も眼も薄っすらと黄みを帯びている。黄疸と呼ばれる、黄熱病の症状だ。父親が横たわる寝台の奥にはもう一つ寝台があり、そこには二十歳前後の青年――兄のペドロが玉の汗を浮かべて寝込んでいる。
 まず初めに熱帯雨林の伐採場で働いていた兄が病に倒れた。兄の代わりに父親が伐採場に出るようになったが、程なくして父親まで同じ病に侵されてしまった。村に医師はおらず、家に財貨はなく、食事は近所からの差し入れ頼み。母は既に亡く、二人きりの働き手を両方とも病に捕らわれた今、一家は完全に詰んでいた。
(「神様……どうか、お父さんと兄さんを……っ」)
 寝込む兄の汗を拭きながら、少女は祈る。他になす術も無いが故に。

●黄熱病根絶作戦
「まずはお集まり頂き、ありがとうございます」
 そう言って、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロス達に頭を下げた。
「この度、病院の医師やウィッチドクターの努力で、『黄熱病』という病気を根絶する準備が整いました」
 一同に資料を配りながら、セリカが説明を続ける。
「黄熱病はネッタイシマカという蚊によって媒介される、ウイルス性の感染症です。幸い、人から人への直接感染はありません。今回の作戦の舞台となるブラジルの貧困地域では、経済的な理由により適切な治療を受けられず、重症化するケースが報告されています」
 現在、黄熱病には特効薬が存在せず、既に重症化してしまった患者を治療することは、通常の医療手段では難しいと彼女は言う。
「そこで、皆さんには重病患者の病魔を倒して頂きたいのです」
 ウィッチドクターは患者を蝕む病気そのものを病魔として具現化する力を持つ。病魔の強さは難病であるほど強くなるが、具現化された病魔を討てれば、どんな難病・重病患者でも、全快させることが可能なのだ。
「ここで重病患者の病魔をを一体残らず倒す事ができれば、この病気は根絶され、新たな患者が現れる事も無くなります」
 一同を見渡し、彼女は願う。その為に力を貸してください、と。
「今回、皆様に担当してもらう病魔は2体です。患者は親子で、先に感染した息子さんの方が重症化……強力な病魔となっています。攻撃手段は【アンチヒール】を伴う範囲攻撃と【毒】を与える単体攻撃です。更に自分を強化・回復する能力も持っているので、注意してください」
 デウスエクスほどの脅威は無いが、油断はしないで下さい、と真剣な表情で一同に告げる。
「また、今回のケースでは、実際に看病したり、患者を元気づけたりすることで、一時的にこの病魔への『個別耐性』を得られる可能性があります」
 黄熱病の特効薬こそないが、元々、感染初期に適切な対処を受けれなかったが故の重症化だ。対症療法で苦痛を和らげ体力を回復させたり、傍に寄り添って心を支えたりと、今から出来る事も少なくない。それが病魔に抗う力を得る事に繋がるとセリカが説明する。
「『個別耐性』を獲得できれば、『この病魔から受けるダメージが減少』しますので、戦闘を有利に進められるでしょう」
 黄熱病を確実に根絶させるためにも、この状況を上手く利用して欲しい、と彼女は言う。
「この病魔は以前から南米地域の人々を苦しめてきました。南米は来月に予定されている大運動会の開催地でもあるので、その前に根絶させる事が望まれています」
 一般人にとっては、デウスエクスも病気も、等しく脅威だ。
「この病気に苦しむ人をなくすため、また、世界中の人々に8月の『ケルベロス大運動会』を安心して楽しんでもらうためにも……どうかよろしくお願いします!」
 そう告げて再び頭を下げるセリカに、集まった一同は力強く頷き、応えを返した。


参加者
桜庭・果乃(キューティボール・e00673)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
アルバート・ロス(蒼枯れの森の闇医者・e14569)
瀬部・燐太郎(マクロファージマン・e23218)
アルクァード・ドラクロワ(爬虫類大嫌いな血晶銀龍伯爵・e34722)
アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)
イーシャ・ナオシアーノ(超実践派独学医療術師・e41404)
夢見星・璃音(彼岸のゼノスケーパー・e45228)

■リプレイ

●救いの手
 その日、8人ケルベロスがブラジルのとある村に降り立った。
「ここがアマゾンか。現地に来るのは初めてだな」
 鋭く黒い瞳で地平線の先に広がる熱帯雨林を見渡し、瀬部・燐太郎(マクロファージマン・e23218)が呟いた。遠い異国の景色に好奇心が湧かないと言えば嘘になる。だが、全てはこの任務を成しえてから。広大な熱帯雨林に背を向け、彼は仲間と共に少女の家へと歩き出す。
「黄熱病、調べたけど相当厄介らしいし、ここで根絶するに越したことはないよね」
 青い髪のオラトリオの少女、夢見星・璃音(彼岸のゼノスケーパー・e45228)が、道すがら黄熱病について調べた事を話し始めた。黄熱病には特効薬が無い。これまでに黄熱病と闘い続けてきた医師達を想い、今日ここで終止符を打つことを心に誓う。
「過酷な環境を耐えきった少女に、僕はとても勇気づけられたよ。これは何としても、彼女の笑顔を取り戻さないとね」
 愛用の仮面と奇抜な服装に身を包んだオラトリオ、アルバート・ロス(蒼枯れの森の闇医者・e14569)が少女を称え、決意の言葉を口にする。視線の先にはつぎはぎだらけの古びた家屋、そこに救いを求める人達がいる。彼は深呼吸と共に、この機会を与えてくれた人々に、胸中で静かに感謝を捧げた。
「こんにちは、私達はケルベロスです。こちらに黄熱病患者が居ると聞き、治療に伺いました」
 オラトリオのアニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)が来訪を告げながら家の奥を覗くと、驚いた表情を浮かべながら出迎えに出てくる一人の少女――ジュリアの姿があった。
「今まで頑張ったですね……もう、大丈夫なのです。助けに来たですよ」
 赤い瞳のレプリカントの少女、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)がジュリアに優しく声を掛ける。もう安心して良いよ、と想いを込めて。
「大丈夫? わたしたちが黄熱病を直してあげるから。だから、安心して、ね?」
 続けてそう話しかけるのは、ジュリアよりも幼いレプリカントの少女、桜庭・果乃(キューティボール・e00673)だ。自分より小柄な少女の言葉にジュリアの表情がわずかにほころぶ。
「今までよく頑張った、後は任せたまえ! お父さんとお兄さんは私達が絶対に助けるからね?」
 そして、ドラゴニアンのアルクァード・ドラクロワ(爬虫類大嫌いな血晶銀龍伯爵・e34722)が片膝をついて目線を合わせ、自信に溢れた笑顔で勇気づけると、驚きに見開かれていたジュリアの瞳がにわかに潤む。
「ウソ……本当に? ……神様に、呼ばれたの?」
 涙ぐみながら、驚くジュリア。ケルベロスやヘリオンの予知に慣れていない異郷の少女にとっては、まさにそうとしか言えないようなタイミングだった。
「神様……? いいえ、私はただの医者。ですが家族を救いたいと願う貴方の心は、決して無駄には致しません」
 灰色の特徴的な髪型のウィッチドクター、イーシャ・ナオシアーノ(超実践派独学医療術師・e41404)が丁寧に礼を取る。医師として、病魔を根絶し、病に伏せる二人を必ず救いたい。強い使命感を胸に抱き、彼は首から下げたダイヤのアクセサリを握った。

●救護活動
「あー、なんだ。すまない。ブラ、ポルトガル語はさっぱりなんだ……今の、伝わってるか?」
 そう言って、不安気に頭を掻く、燐太郎。事前に予習はしてきたが、それでも上手く伝わるか不安があった。
「大丈夫、ちゃんと伝わっているよ。もし伝わらなくても、僕と璃音さんが『ハイパーリンガル』を持ってるから、通訳は任せておくれ」
 そういって、彼の背中を押すのはアルバートだ。
「調べたいことがあったら、いつでも検索するよ。何でも聞いてね?」
 続けてレプリカントの果乃も支援を約束する。いつでもどこでも、電話とインターネットが使えるのが、レプリカントの能力だ。
「あぁ、助かるよ。こっちは俺が用意した物資だ。使ってくれ」
 燐太郎が差出した荷物には、『経口補水液』や『素敵な処方薬』、更には『蚊取り線香』や照明器具まであった。
「これはこれは……よくここまで揃えましたね。ありがたく使わせて貰いましょう」
 中身を確認したイーシャが笑みを浮かべる。どれも現状で必要なものだ。
「そうだ、病人の2人にはコレが必要だろう!」
 アルクァードが笑顔で取り出したのは、『ドリンクバー』で作り出した栄養ドリンクだ。
「そうね。ありがとう、アルクァード。……ねぇ、味とか、普通よね?」
 受け取りながら、つい尋ねてしまう、璃音。
「問題ないさ。きっと、あまりの素晴らしさに、元気が溢れてくるに違いない!」
「そこは普通って言ってよっ!?」
 溢れる自信のままに力説するアルクァードに、璃音が突っ込む。そんな2人の掛け合いに、傍で見ていたジュリアの表情に笑みが浮かぶ。
「さぁ、まずは環境を整える所からね。三人の服と体は私が『クリーニング』をかけるわ」
 そう言って、アニーネがジュリアの服を2~3度叩いた。すると、たちまち服と体の汚れが消えて行き、ジュリアは驚いて目を丸くする。
「なら、俺は家屋の補修からだ。力仕事は引き受けるから、『怪力無双』が必要なら言ってくれ」
『ジャンク屋特製大工セット』を担いで、燐太郎が言う。
「では、私達は掃除や洗濯を行うです」
「わたし、お掃除、がんばるねー」
 真理と果乃のレプリカント組を筆頭に、大掃除を開始するケルベロス達。さして広くない室内は、瞬く間にきれいになって行く。
「本当に……なんとお礼を言っていいか……」
 アニーネが持ち込んだ新しいシーツが掛けられた寝台に横になり、ジュリアの父親が感謝の言葉を口にする。
「今治してあげますからね」
「大丈夫、必ず助けるわ」
 少しでも勇気づけられればと、璃音とアニーネは身の回りの世話をしながら声を掛ける。
「この手で病を根絶する事は、医者としての私の本懐でもあります。必ず、成功させましょう」
 隣の寝台では、イーシャが『赤いカンナの救急箱』から医療道具を取り出し、ジュリアの兄――ペドロの回復に努めている。
「残りの『ブイヨン』は保存容器にいれて、キッチンに置いてあるです。栄養があるので、食事の際に使って欲しいです」
 調理道具の片づけを終え、寝台の傍までやってくる、真理。栄養のある料理を食べて貰おうと、彼女は料理道具持参でやって来ていた。
「ジュリアのベッドは……ここか?」
「起こさないよーに、そーっとね」
 そこへジュリアを抱き抱えた燐太郎と果乃が現れる。差し入れのおにぎりや果物を食べ終えたジュリアは、疲れが溜まっていたのか、今はすやすやと寝入っていた。
「ただいまだよ」
「全員いるな? 広場を使う話、通してきたぞ」
 更に外へ出ていたアルバートとアルクァードが帰って来た。室内に8人のケルベロスが再び揃う。
「……もう準備は良さそうだね」
 仲間達の様子を見て、アルバートはぽつりと告げた。
「多くのものが失われたけど、貴方たち家族にとって、本当に大切なものは失っていない」
 横たわるジュリアの父親の手を取って、彼は語る。
「病に勝たなくていい。もう少しだけ耐えて欲しい」
 真っ直ぐに目を合わせ、信じて欲しいと、その手をしっかりと握りしめる。
「勝つのは僕たちの仕事だ……そうだろう、皆?」
 明るく仲間達に問いかけるその言葉に、一同は力一杯、応えを返した。

●病魔根絶
「皆さん、準備はいいですか? ………さささァ! 病魔殲滅の時間でェすねェェーッ!」
 イーシャの暴走する想いが叫びとなって、村の広場に響く。イーシャの『病魔召喚』に導かれ、ペドロ親子の身体から招き出された2体の病魔が、広場の中央に姿を現した。草植物のような胴体から炎をまとう人の腕のようなものが生えている――それが黄熱病の病魔の姿だった。
「出たね……黄熱病!」
 果乃がウイングキャットのたまと共に牙をむく。
「ぶえなすたるです、ぷらーは(災いよ、こんにちは)。異国の地でもやるこたぁ一緒よォ」
 雄々しく吠え、武器を手に走り出す、燐太郎。そこに続くのは、真理、アルバート、アルクァードの3人だ。
「病魔、覚悟するです」
「そのまま患者から離れてもらうよ、永遠にね」
「私は弱い子の味方だ、泣く事しか出来ない一番弱い子のね……貴様等、楽に逝けると思うな。無価値に逝くがいい」
 しかし、駆け寄る4人を迎え撃つかのように、破壊の力が叩きつけられ、全身の血管が悲鳴を上げた。
「くぅっっ……ま、まだまだ、です!」
 真理は即座に後方からライドキャリバー『プライド・ワン』を突撃させ、自らは黄金の果実を投げる。傷を癒し、同時に確率で妨害への抵抗力を得られる、グラビティだ。
「護ってみせる――例えこの躰が朽ち果てようとも。形を為せ、《炎》の、壁よ……!!」
 武器を構え、炎の膜をまとい、燐太郎が走り出す。
「どの子が欲しい、クチナワさん」
 アルバートが呼びかけると、影から苔緑色の大蛇が這い出して来た。そのまま敵後方の強力な病魔に絡みつき、行動の自由を奪って行く。
「アルクァード、平気!?」
「問題無い」
 虚無の球体を放ちながら声を掛ける璃音に、アルクァードも星の光を宿しながら応えを返し。
「吹雪と雷、渦巻けぇーっ!」
 更に果乃が冷気と高圧電流を両腕に宿し、くるくると独楽の様に回転しながら、前衛の病魔を激しく切り刻み、痺れさせた。
 反撃とばかりに、強化された漆黒の毒液が、敵後方より飛来する。
「きゃぁあぁぁっっ!?」
 大質量の毒液を叩きつけられ、激しい衝撃がアニーネを襲った。強化された毒が侵食を開始し、幾重にも彼女を蝕みはじめる。
 けれど、それでも。彼女たちは倒れない。病魔の攻撃に合わせた防具を着込み、患者に寄り添う事で抗う力も手に入れた。
「あァーーーッハァッ! 私はもうッ! 誰一人として死なせなァァァーッイ!」
 叫びながら高らかに宣言する、イーシャ。彼やアニーネのシャーマンズゴースト『ユッケ』の活躍で、次第に毒やアンチヒールから仲間たちを守る力が増えて行く。それを破る力は病魔達にはなく、天秤は次第にケルベロス達へと傾いてゆく。
「オ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛――――ッッッ」
 そして遂に盾となっていた前衛の病魔が崩れ去り、戦況が大きく動いた。
「多くの人を苦しめてきた病、ここで根絶する!」
 アニーネの放つ飛び蹴りが病魔の機動力を奪い、
「病魔はァァァ殲滅でェすねェェーッ!」
 イーシャのバスターライフルから光弾が放たれ、メディックの能力が病魔が蓄えた強化の力を打ち砕く。
「スパイラルアーム、つらぬけぇーっ!」
 ドリルの様に回転する貫き手で、果乃が病魔の身体をえぐり、
「―――この光は、あなたを打ち破るための光なのです」
 真理の攻性植物『白の純潔』から放たれた光線が、病魔のツタや葉を焼き払った。
「さい、みにゃ、ふれんちぇ(俺の前から消え失せろ) 」
 怒り狂う病魔によって、何度も毒液に晒されながらも、耐え抜き、振り切り、燐太郎は鉄塊剣を叩きつけ、
「最後の最後まで、病巣は確実に焼き切らせて貰うよ」
 戦う勇気をくれた少女に報いるために、アルバートは『誕生の翼宿【ヴィーグル】』から雷を放つ。
「私たちは――病魔なんかに負けないよ!」
 蓄積する傷と疲労に耐えながら、璃音が放つのはオラトリオ特有の『物質の時間を凍結する』弾丸。その衝撃が、病魔を蝕む氷を刺激し、更なる傷を与えて行く。
「夜天が告ぐ! 貴様等に安らげる夜は無い! 輝け金星! 今こそ、必殺の!ドラクリウム光ォォォ線!!」
 桃色のスカーフをなびかせ、アルクァードが叫んだ。星の力を宿した逆十字が病魔に深く突き刺さり、ついにはその姿形が崩れ、跡形もなく消えて行く。
「やったのー!」
 広場に響く果乃の歓声。仲間たちの表情にも安堵の色が浮かぶ。視線を向ければ、少し離れた場所では意識を取り戻したペドロが、父親に支えられて立ち上がるところだった。
 8人は互いに笑みを浮かべると、誰からともなく彼らの下へと歩み始める。このあと見れるであろう、家族を守り通した少女の笑顔を思い浮かべながら。

作者:okina 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月25日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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