●
ブラジルの貧困地域にて。
「う、うう……っ!」
手入れの行き届いていないボロボロの家で、若い男性がうずくまり嘔吐している。
苦しそうに肩で呼吸をしており、重症であるということが素人目にもわかる。
「ああ! 駄目よ、あなた! 寝ていてちょうだい!」
若い男性の妻らしき女性が目に涙をためて、うずくまり嘔吐する男性に駆け寄り背中をさする。
「お、俺が働かないとお前たちを食わせていけないだろ……医者に行ける金もない……俺が働くしか……ウッ!」
再び嘔吐する男性。鼻からはぽたぽたと血が垂れだした。
●
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が集まったケルベロスたちを確認する。
「今回は、皆さんに病魔を倒してもらいたいのです。……というのも、病院の医師やウィッチドクターの努力で、『黄熱病』という病気を根絶する準備が整ったからです」
そこまで説明すると、セリカは事前に準備していた資料に目を通す。
「皆さんには、この中で特に強い『重病患者の病魔』を倒してもらいたいのです。今、重病患者の病魔を一体残らず倒す事ができれば、この病気は根絶され、もう新たな患者が現れる事も無くなるそうなのです。勿論、敗北してしまえば病気は根絶されず、今後も新たな患者が現れてしまいます」
セリカが資料から視線をケルベロスたちに向ける。
「この病気に苦しむ人をなくすため、また世界中の人々に8月の『ケルベロス大運動会』を安心して楽しんでもらうため、ぜひ作戦を成功させていただきたいのです」
再度セリカは資料に目を通す。
「今回はこの病魔への『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運ぶことができます」
個別耐性とは、この病気の患者の看病をしたり話し相手になってあげたり、慰問などで元気づけてあげたりする事で、一時的に得られるようだ。
個別耐性を得ると「この病魔から受けるダメージが減少する」ので、戦闘を有利に進める事が出来るだろう。
黄熱病には特効薬がないため、発熱や呼吸不全、脱水に対する対症療法がメインとなる。
貧困で治療を受けられなかった重症患者に対して、少しでも苦痛を和らげるような治療を施すことができると良い。
また、重症患者に対してケルベロスの良さや頼もしさを見せて安心させてあげることができれば、それも有効となるだろう。
病魔についての説明を終えると、セリカはぐっと手を握りしめる。
「今回のケルベロス大運動会の舞台となる、南米地域の人々を苦しめている病魔です。お祭り前に、根絶やしにしてしまいましょう!」
参加者 | |
---|---|
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009) |
クィル・リカ(星願・e00189) |
シュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356) |
ジエロ・アクアリオ(星導・e03190) |
アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634) |
ルリ・エトマーシュ(フランボワーズ・e38012) |
クラン・ベリー(赤の魂喰・e42584) |
村正・千鳥(剣華鏡乱・e44080) |
●黄熱病根絶のために
日差しが強い。じりじりと肌を焼くような太陽の光。日本とはまた違った暑さを肌身に感じるケルベロスたち。
ブラジルの貧困地域の中に、足を踏み入れる。子供たちが不思議そうにケルベロスたちを見つめている。
「ひゃっほー! 小さい子! なんて可愛らしいのでしょうか!」
小さな子が好きな村正・千鳥(剣華鏡乱・e44080)は、子供たちを見てテンションが上がっている。
「千鳥殿は子供が好きなのね」
ふんわりと笑ってシュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)が言う。
暫く歩いていくと、目的の家が見えてくる。『掘っ建て小屋』という言葉がよく似合う、粗末な家がそこにはあった。
「ここが、患者のいる家だね」
「そうみたいですね、ジエロ」
家と呼ぶにはあまりに粗末なそれを前にして、ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)とクィル・リカ(星願・e00189)が呟く。特別な仲の2人の間には、何とも言えぬ信頼関係を感じることが出来る。
「ここ、開けた場所が、ある、よ」
家から少し歩いた所に、ある程度の広さがある空き地を見つけたクラン・ベリー(赤の魂喰・e42584)が仲間たちに情報を共有する。
「あら、本当ね。ここなら、病魔と戦えますね」
クランに言われ、場所を確認するとルリ・エトマーシュ(フランボワーズ・e38012)がおっとりと柔らかな口調で言う。
「病魔を召喚する際は、認識を共有しよう」
「私たちの働きで病気を根絶できるのです。しっかりとやり切りたいです」
アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)と天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)も頷いた。
黄熱病を根絶できるかどうかは、ケルベロスたちの働きにかかっているのである。
集まった8人がお互いに顔を見合わせ、深く頷く。言葉にせずとも皆が考えていることは同じだ。
ケルベロスたちは黄熱病を根絶するべく、ゆっくりと患者の待つ家へと歩みを進めていった。
●救いの手
突然の訪問者に、女性は驚き目を見開いていた。ポルトガル語であろうか、少し訛っているようにも聞こえる。
「Boa tarde(ボア タルヂ)、こんにちは」
ある程度、現地の言葉を事前に勉強してきたジエロが女性に向かって挨拶する。不安そうにしていた女性が少しだけ表情から固さが抜けたように見える。
家の中からは病人特有の臭いや吐しゃ物の臭い、血の臭い……何とも表現しがたい臭いがする。物などは片付けられているが、お世辞にも清潔とは言えない。
「ここは私にお任せくださいね」
シュゼットが仲間たちの前に出る。ハイパーリンガルを使用し、彼らと対話を試みる。
自分たちがケルベロスであること、男性を助けに来たことなどを簡潔に伝える。同時に、仲間たちの通訳もこなしていく。
患者の男性はルーカス、妻はジュリアという名前なのだという。そして、ジュリアのお中には子供がいるのだということも知る。
「よかった……ルーカスは助かるのね!」
目に一杯の涙をためながら、ジュリアは言う。ここ暫くまともに睡眠をとれていないのだろう。目の下には隈が出来ている。
ジュリアは家の中へとケルベロスたちを招き入れる。ボロボロの布の上に、ルーカスは時々苦しそうに喘いでいる。起きてはいるのだろうが、視点が定まらない。
「よっしゃー! この千鳥ちゃんが来たからにはもう安心安全、一家団欒! ですよ!! 黄熱病なんて迅速! マッハに! どっかーんです! 今日の夕飯のことでも考えながらゆっくり待っちゃっててください!」
テンション高めな千鳥がスタイリッシュモードを発動して、夫婦を励ましてみせる。この暗い雰囲気を吹き飛ばすには、千鳥のひたすら元気な様子は必要なものだったのかもしれない。
「清潔な身なりは良い気を招くだろう。差支えなければクリーニングをさせてもらってもいいか?」
アルスフェインが提案する。妻の許可を得て、ルーカスの身なりを綺麗にする。それまで汗などで薄汚れてしまっていた衣服も体も清潔になっていく。
「お部屋のお掃除もしましょうか」
シュゼットは言う。妻の許可をもらった上で、仲間たちは手分けをして部屋の掃除を行う。不潔な場所で処置するよりも、清潔な場所で処置をする方がいいだろう。
ケルベロスたちが訪れたばかりの時と比べると遥かに綺麗になった部屋がそこにはあった。
「ルーカスさん、こちらで休んでください」
ケルベロスたちが掃除をしている間、別室で休んでもらっていたルーカスを清潔な場所で休ませる。
「クィル、そちらを頼むよ」
「わかりました。こう、ですねジエロ」
ジエロとクィルが、ルーカスを右に向かせ、頭を少し上げた体勢に寝かせる。
高熱が出ているらしくルーカスの呼吸は荒く、吐く物など何も残っていないのに嘔吐を続ける。
「さあさ、ルーカスさん。お腹が空っぽでは、お薬も飲めませんよ。まずはこれをどうぞ」
優しく朗らかに、安心させるような声色でルリが言う。ドリンクバーを使用した栄養ドリンク、事前に準備してきていた経口補水液と両方を取り出した。
「すまねえ……恩に着る」
焦点の定まらぬ瞳でルーカスは言う。クランの手を借りて、その体をゆっくりと起こすとルリから受け取った経口補水液から飲み干し、次に栄養ドリンクを飲む。
栄養ドリンクまで飲み干しそうな勢いであったが、様々なことを考慮し、ある程度飲んだところでストップがかかる。
「今まで、よくがんばったね」
クランが言う。たった一言だけであったが、彼のその言葉の中にはたくさんの思いが込められていた。心優しい性格のクランのことだ。患者への感情移入は並大抵のものではない。
「ジュリアさん、お台所を借りますね。クィルさん、クランさん、行きましょう」
カノンが2人に声をかける。食事をとることもままならなかったであろう2人に、何か栄養価の高いものを食べてもらいたいとカノン、クィル、クランは台所と思しき場所に立つ。
家と同じく簡素で粗雑なつくりの台所ではあったが、彼らが調理を行うには十分なものであった。
「お腹にやさしいスープを作りましょうね」
「そうですね、食べやすく裏ごししたスープと……あとは……」
「ん。アイテムポケットで、食材持ってきた、よ」
3人が台所で持ち込んだ食材、現地調達を行った素材と睨めっこをしながら、献立を考える。料理が得意な3人ということもあり、献立が決まるまでそれほど時間はかからなかった。
ぐつぐつと、煮込まれていく食材たち。ふんわりと香る良い匂い。ひとたび嗅げば、お腹の虫が鳴くこと間違いなしだ。
「奥様がいらしたから、ルーカス殿は頑張って来られたのでしょう。だから今日お会い出来たのね」
「良く支えてきたね。これからは元気なご主人と共に暮らせるようになる」
シュゼットとアルスフェインがジュリアに声をかける。彼らの温かい言葉と、ケルベロスという一条の光が夫を救うのだという安心感からか、彼女は堰を切ったように泣き出した。
「あらあら、不安だったでしょうね。もう大丈夫ですよ、心配いりませんからね」
ルリが優しくジュリアの背中をさする。
「ジュリア殿のお腹には、子供がいるのでしょう?」
いち早く、ルーカスとジュリア以外の『誰か』がいることに気付いていたシュゼットが語り掛けると、ジュリアはこくりと頷いた。
そう、守られるべき『小さな幸せ』はここにあったのだ。
「お待たせしました。栄養のあるお食事をお作りいたしましたよ」
にっこりと優しく笑ってカノンが言う。カノン、クィル、クランがそれぞれ料理を持ってルーカスの傍まで持ってくる。作り立ての料理からはほかほかと湯気が立ち、美味しそうな匂い。
ぐうぅ。誰のものかわからぬ腹の虫が、鳴きだした。
「……俺だけ、食うのもしのびない……ジュリアやケルベロスの皆さんも……食べてほしい」
病と闘い疲れ切った顔色ながら、ルーカスは微笑む。いつも大人数で飯を食うことがないもんだから、と照れたように付け加えて。
水分と食事とをしっかりと摂ったルーカスは、会った時よりもずっと顔色がよくなったようにも見える。
「クィル、コップ一杯の水を」
ジエロがクィルに言うと、クィルはこくりと頷いてコップ一杯の水を用意する。
「発熱があるようだから解熱剤があると良いかな」
出血リスクを高める薬は避け、薬同士の組み合わせも考えながら、ルーカスの症状にあった薬を選ぶ。選んだ数種類の薬をルーカスに飲ませ、再び休ませる。
「準備が整ったら始めようか。君を、全てを病から救う戦いだ」
ジエロの言葉を聞き、ケルベロスたちは頷く。
いよいよ、ルーカスの中に巣食う病魔から彼を救う時がきたのだ。
●病魔との闘い
事前にクランが発見していた開けた場所に、一時的にルーカスを移動させる。
「準備はいいかい? 癒すのは任せておくれ、頼りにしている」
ジエロが言う。こくりと頷く仲間たち。
意識を集中させ、ルーカスの中に巣食う病魔を召喚する。その瞬間、勢いよく『何か』が現れた。炎だろうか、燃え盛っているようにも見える『それ』が姿を現した。
「オオォォ……オォオ」
「やーやー! 我こそは天才美っ少女妖剣士、村正・千鳥ちゃん!! 千鳥ちゃんが来たからには病魔なんて三枚おろしですよ!!」
千鳥が勢いよく腕を振り回す。病魔が現れようが、彼女のハイテンションは変わりない。
黄熱病……何の耐性もないまま戦えば、おそらく脅威であっただろう。しかし、ケルベロスたちには、ルーカスの慰問をしたことによる『個別耐性』がある。
それだけではない。ケルベロスたちの勝利を願うジュリアの信頼もあるのだ。この病を根絶するためにも、彼らは決して負けられない。
病魔が動き出す。前衛に立つ者たちに向かって、禍々しいオーラを放つ。出血を誘発させるそれに、何とか耐えられているのは『個別耐性』のおかげだろうか。
「カノンさん!」
クィルがカノンへと生命を賦活する電気ショックを飛ばした。クィルの援護を得たカノンが、『物質の時間を凍結する弾丸』を精製し、病魔に向かって射撃する。病魔に命中しバシュという音が聞こえる。
「ルーカスさんは、俺が」
アルスフェインが飛び出した。ルーカスを抱え、安全な位置へと移動させる。そこにジュリアが駆け寄り、2人で屋内へと避難させる。
アルスフェインのボクスドラゴン『メロ』は、封印箱に入ると箱のまま病魔へタックルする。軽く当たったのだろうか、衝突音のようなものが聞こえた。
「万人を救い、全てを癒す――私は、諦めないよ」
ジエロが薬液の雨を降らせ、傷ついた前衛の仲間たちを癒す。ジエロのボクスドラゴン『クリュスタルス』もまた、前衛に立つカノンに自分の属性を注入する。
ルリが同じく前衛に立つシュゼットに、癒しの時間を提供し、BS耐性を付与していく。ウイングキャット『みるく』は、前衛の仲間たちの邪気を羽ばたきで祓った。
流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りをクランが炸裂させ、ミミック『カジュ』が病魔に喰らいつく。
「遅い遅い、おそーい! さながら休憩中の亀さんのように!!」
千鳥もまた、足にぐっと力を入れると病魔に飛び蹴りを食らわせる。
そこに間髪入れずに、シュゼットが神速の突きを炸裂させた。
ケルベロスたちは攻撃の手を休めない。少しでも早く病魔を打ち倒すために。
そんな状態が5分程度続いたのだろうか。病魔が弱ってきたように感じるケルベロスたち。
「どうか、そのまま、――眠って」
クィルが詠唱すると、蒼く鋭い氷が形成されていく。その悲しくも美しい氷が病魔を切り裂いた。
「カノンさん、もう少しです」
クィルが言う。頷くカノン。
「神の小羊、世の罪を除き賜う主よ、彼らに安寧を与え賜え」
カノンが誉れ高き天上の神に祈りを捧げ、聖なる力を開放する。病魔を裁く強力無比な雷撃が降り注ぐ。
「オ、オォォ」
まるで獣の咆哮だ。苦しげに聞こえるが、何処かぞっとする恐ろしさを感じる声をあげて病魔は崩れ去っていく。ぼろぼろと。
全てが砕け散ると、病魔だったものは跡形もなく消え去った。
●守られるべき小さな幸せ
「手作りの木苺タルトも持って来たんですよ」
「奇遇ね、ルリ殿。実は私もアッサムのティーバッグを一箱持ってきたの」
ふんわりと笑うルリがお店自慢のタルトを取り出してみせると、同じように考えていたシュゼットもアッサムティー取り出した。
病魔を打ち倒したことにより体調がすっかり回復したルーカス、ジュリアとケルベロスたちとで開かれるお茶会。
「ジエロ、はいどうぞ」
「あ」
クィルがタルトをフォークで切り分け、ジエロの開いた口へと運ぶ。
「クィルくんとジエロさんは仲が良いんだな」
アルスフェインがにっこりと笑って言う。
「このタルト、とっても美味しい、ね」
「そうですね、クランさん。アッサムティーにもよく合いますね」
クランとカノンがじっくりとタルトとアッサムティーを味わう。
「んんー! 美味しいですね! これには千鳥ちゃんもにっこり!」
どんな時も変わらない千鳥のテンション。その様子を見て、ルーカスとジュリアは微笑むのであった。
ケルベロスたちによって、2人の『小さな幸せ』は守られたのである。
作者:黄昏やちよ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月25日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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