病魔根絶計画~巷に鳥の舞うごとく

作者:銀條彦

●鳥の巷
 連日の入れ替わり立ち代わり。
 その粗末な小屋には何人もの子ども達が看病だと押しかけ、お見舞いだと話しかけ、時に大騒ぎになって当の病人に宥められるが繰り返されていた。
 彼らはいずれも、下は10歳にも満たず上は10代後半ほどの、貧困地域の住民たちだ。
「大丈夫なのかなハカセ」
「……ハカセ……死、……死んじゃわないん、だよ、ね……?」
「や、やめろよっ、んなわけねーだろ! あー見えて機械なんだろ、百までだって生きるってあのじーさんならっ!!」

 いかにもな冒険家ルックの上から何故か必ず白衣を羽織るスタイルで森をうろつくのがもっぱらな白人の老『変人』鳥類研究家は、最初、奇異の眼で遠巻きにされた。
 無邪気に大自然を賛美し環境保護を訴える彼を疎んだ大人達によって暴力に見舞われる事も度々だったが彼は決して折れなかったし、自説を地元住民に押し付けるような真似は1度もなかった。
 彼はただ、フィールドワークの合間、子ども達を相手に無償教育を施すようになった。
 生物学、地理学、歴史学、文学、数学……『科学』の徒として様々な角度から、一つ一つ精力的かつ丁寧に教え説いた。
 自分達の住むこの熱帯雨林の森は決して端から喰い尽くしもよい只の『資源』ではなく、誇るべき――そして次代へと残し伝えてゆくべき、何物にも換えがたい宝なのだと。
 遂に彼の若き教え子の1人……貧しい日雇いのダム工事夫の家の末っ娘が、『ハカセ』との出会いなくしては決して見出されること無かったであろう才能によって、海外名門校から請われる形での進学を飛び級で果たした。
 大学卒業の暁にはきっと故郷に戻って来て自分も『ハカセ』のように故郷の為にその学問を役立てるのだと眼を輝かせながら娘は旅立っていったという。
 そんな風に『ハカセ』の地道な活動は少しずつ実を結び、若い青年層の中からも彼を支援する動きが出始めた。
 ――しかし老研究者は突然の病にと倒れる。黄熱病である。急速に重症化した病状はみるみると悪化の一途を辿った。
 私費を投じて地元住民の予防接種徹底を優先させた為に彼自身は充分な治療も受けられず、今回の病魔根絶計画が無ければ程なく死を迎えていたに違いない。

「なんで……、なんでハカセは注射してなかったのさ……」
「鳥の卵がダメだと予防ワクチンもダメなんだっていってた」
「……あんなに鳥好きなのに卵アレルギーだったもんなハカセ」
 下がらぬ高熱の疲れから朦朧と眠りにつく時間が日に日に長くなって来た『ハカセ』の傍らで水桶を抱えた教え子達が声を潜め、拙い手つきでの看病にと励む。
 枕元には――お見舞いの花の代わりのルリコンゴウインコの羽根。

 ――幸せな人生だった。まだまだ、と、未練が少しも無い訳でもないが、それでも。
 ――この自由に極彩色の鳥たちにはもはや古ぼけて窮屈なだけの巣箱など必要ないのだ。
 ――だから恐れることも悲しむ必要も無い。

 鳥達がより大きな森へと巣立ち、己が翼で、己が巣を作る。その季節がやって来た。
 きっとそれだけの話なのだ……。

●極彩色の夏へ
「ご足労どうもっす。病魔根絶計画の発令っす。今回ケルベロスの皆さんに倒して来てもらいたい病魔は『黄熱病』っす!」
 計画に協力する病院の医師やウィッチドクターから準備が整ったとの報告が届いたのだと黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はケルベロスを呼び集めた。
 ケルベロスの力が必要とされるのは、例によって、重症患者に憑く病魔の一斉討伐だ。
 今これらを1体残らず倒す事が出来ればこの病は根絶され、もう新たな患者が現れる事も無くなるのだ。
「黄熱病に苦しめられる人をこの世界から失くす為に……そして来たる8月の『ケルベロス大運動会』を世界中の人々に安心して楽しんでもらう為に、ケルベロスの皆さんのそのお力貸してほしいんっす!」

 オラトリオの青年は、まず重症患者アンリルイ・リアンに関してをおおまかに紹介した後、病魔の外見や能力の特徴についてもケルベロス達に対してひととおり説明し終えた。
「それで……皆さんに足を運んでいただくのは病院の隔離病室じゃなくて患者本人の自宅っす。アンリルイさんの場合は集落外れのログハウス……ていうかちっこい小屋っす」
 今回、最新医療はおろか満足な治療とは無縁のまま重症化するに任せるしかなかった貧困層に属する患者が多く、また、既に重症化した彼らの肉体への負担を考えればもはや長時間かけて大病院へ移す事も出来ない故の措置だという。
「長く人類を苦しめてきた感染症の一つである黄熱病の病魔との戦闘っすから、事前にこの病魔への『個別耐性』を獲得しておくことをおススメするっす」
 そしてダンテは『個別耐性』についても説明を行った。
 それは特定の病気に罹った患者の看病をしたり話し相手になってあげたり慰問等で元気づける事で、一時的に『その特定の病の病魔から受けるダメージが減少する』特殊な効果なのだと。
「黄熱病っていう病気には、コレッ! ……っていう特効薬みたいなものは一切無くって……発熱、呼吸不全、脱水症状などに対して対症療法していくしかないっす。だから重症患者であるアンリルイさんの苦痛を少しでも和らげる治療や看病をケルベロスの皆さんの手で行ってあげて欲しいっす! それと……」
 そこでいったんダンテの熱血ノリがトーンダウンする。
 『ハカセ』ことアンリルイは、その老齢もあって、自身の寿命はここ迄と既に覚悟を決めてしまっているのだという。
 己の為すべきことはすべて為し、この先の道筋を作るべき次代も育った。
 もう、いいではないか――と。
「そんな頑なで変なトコだけご老人らしいアンリルイさんの決意に、できれば待ったをかけてあげて欲しいっす。ケルベロスの皆さんがその頼もしさや目指す処なんかをドーンと示した上で説得してくださったら、きっと、すぐに思い直してくれるっす!」
 キラキラと眼を輝かせながらそう断言するヘリオライダーの導きでヘリオンへと乗り込めば既に先客が1人。エヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)である。
「……ウィッチドクターのはしくれだ。今回も根絶計画のサポートに就かせて貰った」
「というワケっす! それではケルベロスの皆さん。お祭り前に南米でレッツ根絶、よろしくお願いするっす!!」


参加者
アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)
マリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
シオン・プリム(惑花・e02964)
遊戯宮・水流(水鏡・e07205)
コール・タール(マホウ使い・e10649)
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)
レティ・エレミータ(彩花・e37824)

■リプレイ

●病巣
 広大な熱帯雨林を分け入って程なく、ケルベロス一行は三手に分かれる事となった。
 真っ直ぐに今回の治療対象である『ハカセ』ことアンリルイ・リアンの自宅へ看病の為に向かう者達、まずは最寄りの集落へと立ち寄って所用を済ませる手筈のコール・タール(マホウ使い・e10649)とメイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)、そして最寄りの滝で水垢離を行うエヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)である。

「……ふぅむ……で、そのナントカ計画とやらの手伝いは日当で幾ら貰えるんだ?」
「は?」
 コール達が集落へと足を運んだのは住民達を呼び集めて各種協力を要請する為だったが、その交渉は捗々しいとは言い難かった。
「まさかケルベロス様がたが、善良な貧乏暮らしのワシ達に、今日一日の稼ぎをドブに捨ててタダ働きしろなんて強いるハズ無ぇもんな」
「そうねぇ、出すものさえ出してくれるのならまぁ、病人の見舞いや看病のお供するぐらいお安い御用だけど……」
 厚意から病に苦しむ『ハカセ』の看病を続けていたのはあくまで教え子達のみで、それが少人数での入れ替わり立ち代わりだったのは労働の合間を縫うようにして行われていたからだったのだろう。貧困地域における子供とは扶養家族ではなく重要な働き手なのだから。
「ワクチンやら病魔根絶やらで病気の心配なく森を切り開いていけるのはそりゃ有難いが、今日明日、家族を飢えさせたら何にもならないからな」
 穏和な微笑を湛えていたメイザースの口から小さな溜息が漏れる。彼等とて決して非情なのではなく、それは、持たざる故の取捨選択の結果なのだ。
 ケルベロスカード等で対価を支払う事自体は易い。だが雇用契約で集めた住民をどれだけ引き連れたとて『ハカセ』の心を安らがせはしないだろうとケルベロス2人は早々に集落を後にした。そんな後ろ姿を追いかける騒がしい小さな足音も2つ。
「『ハカセ』んトコで勉強する時間ひねり出すのもいっつも一苦労だからなぁ。あー、でも父ちゃん達だって悪気はないんだぜ」
「――あ、あの……それで……あたしたちにできること、何か、ないですか……」
 痩せっぽっちの少年少女はともに12歳。コールが避難補助にと求めた条件とは合致していないが……『ハカセ』やケルベロスの力になりたいという彼らの気持ちこそきっと確かな助けとなってくれる事だろう。

 一方、老レプリカントの病床を訪れたケルベロス一行。
 それまで看病に励んでいた3人の少女はすっかりと驚き、『ハカセ』の治療が目的なのだという説明を受けた後は涙して喜び合った。
「……うわすっげえ綺麗な鳥!? なぁ『ハカセ』!」
 そうして、そこでようやくアイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)の傍らに在る白鷲と小夜啼鳥の存在に眼を留める余裕が生まれた様子だった。
 日々の労働の合間、打つ手無く日に日に憔悴進む老人相手の看病に、一見では元気いっぱいな彼女達もずっと気を張っていたに違いない。
「美しい、が」
 いささか端正に過ぎる気もすると零しながら灰眼の老レプリカントは上体を起こし改めて挨拶を交わす。
「アンリルイ・リアン。ハカセとも鳥バカとも単なる大バカとも呼ばれて久しい老人だ」
「ケルベロスだよ、ハカセを蝕む病魔を退治しにきた」
 老人の体調を気遣うレティ・エレミータ(彩花・e37824)だったが今日は久々に小康状態が続いているのだそうだ。水垢離inアマゾンはそれなりに効いているらしい、が、そろそろ呼び戻さなければ肝心の病魔討伐にエヤミは間に合わないかもしれない。
「私もウィッチドクターの端くれ! 病魔の方は身命を賭して対処させていただきます!」
 一行で最も齢若いマリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)からのやる気溢るる台詞に、しかし、『ハカセ』はこんな老体の為にお嬢さんの無限の可能性を引き換える必要など何処にも無いとにべも無い。
 そんな老人の言葉にエリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)はやや表情を曇らせながらも穏やかな声音で語り掛ける。
「アンリルイさん……いえ『ハカセ』。貴方は貧困にあえぐ子供たちに『教育』という形で希望を与え、彼らに輝かしい未来をもたらした。自らのことを後回しにしてでも、地元住民の予防接種を優先させ、その命も救った。本当の意味での『偉人』とは、きっと貴方のような人のことを言うのでしょう」
 金髪の青年騎士は『ハカセ』への称讃を惜しまない。心からのそれを全くわざとらしいと感じさせないのはごく自然体に上品な彼のその物腰から来るものだろうか。
「貴方はまだ60代、死ぬには早すぎる」
 エリオットは教え子達から、そして、僕達からもそんな素晴らしい貴方に対してご恩をお返しする番を奪わないで欲しいと『ハカセ』に訴えかける。
「ボクもお兄ちゃんだからサ、よく分かるヨ。小さな子達が一生懸命頑張るのは微笑ましいし力を貸したくなるヨネ☆ 慕ってくれるのとても嬉しくてついつい知ってるコト沢山教えちゃうの♪」
 あっかるい男の娘にして漢前。こう見えて遊戯宮・水流(水鏡・e07205)の芯には、その生い立ちから何だかんだすっかりと長男坊気質が形成されているので黙ってはいられない。
 お兄ちゃん?? という呟きが老レプリカントの口から漏れた気もするが今はまあその辺スルーでまずは説得だ。
「だから、巣立ちがこんな風にいきなりじゃどちらも悲しいよ。一緒に成長を祝って、笑顔で送り出したくなーい? 見届けたくなーい?」
 キミを必要とするコ達はまだまだいるのだしキミはまだまだこれからと可憐なウインクで〆られた水流の台詞に少女達は一瞬きょとんとした。
 が、病人に対する励ましと解釈したらしい彼女達はそのとーりそのとーりと、何も知らぬままニコニコと満面の笑顔で頷くのだった。
 その間にもアイラノレやレティによる手厚い看病が続き、シオン・プリム(惑花・e02964)は黙々とその手伝いに尽力し続けて来た。
 そんな彼女から木桶にできるだけ沢山の新鮮な水を汲んで来て欲しいと頼まれた少女達はよしきた任せてと我先にの勢いで外へ駆け出して行く。
 ――踏み込んだ話をするのなら子供達には聞かせない方が今後の為かもしれない、という配慮からであった。
「あなたにお世話になった方々はきっとたくさんいるのだろう。こうやって……その彼らの感謝を受けるために生きるのも、また良いのではないだろうか」
 看病の手は止めないシオンの脳裡に浮かんだのは、とある鎧装騎兵の面影――。
「本当に、このまま未練を手放していいと思いますか。あなたを慕ってくれるあの子たちが悲しむ顔を見たいのですか……違うでしょう?」
「――ケルベロス相手に隠し事は出来ぬという噂は、本当なのだな」
 アイラノレの問いに直接は答えず『ハカセ』はただ苦い微笑を浮かべた。
 ふぅと重い溜息を吐いた後、レプリカントの蒸気医師は病で命を落とした『母』についてを語り……けれどあなたは違う、力さえ貸してくれれば助かる事が出来るのだと強く説く。
 彼女の肩に留まる小夜啼鳥のシェリが、その刹那、この上なく透き通った一声を奏でた。

 そんなケルベロス達による真摯かつ懸命な説得が続く中、
「あのー、お休みのところ申し訳ありませんが博士……次代が巣立っても、次は次々代、次次々代が控えてます」
 約1名、なんだかずっと全く別種の必死さを漂わせていたマリオンが膝揃えて神妙に居住まいを正した後、キリリと意を決した表情で切り出した。
「お願いしますよぉおお! 見捨てないでぇええ! うちの子もう10歳になるのに未だに『足し算とか何それ美味しいもの?』と無垢な瞳で聞いてきやがるんですよぉおお!」
 ――と思いきや、突如始まった号泣と怒涛の懇願を前に「お、おぅ……」と気圧されかけつつも老紳士は徐々に質問を交えて少女の話に聞き入ってゆく。
「……宿題、という事はその子は初等の義務教育はちゃんと受けられているのだね?」
「そうですけどぉ燃やすわ埋めるわやりたい放題で!」
 今着実に『マリオンってこう見えて実は子持ちのママさんだったのか』という誤解が場に形成されつつあったが必死の当人には知ったこっちゃない。
「そこまでの拒否反応を示せる程のバイタリティは逆に非常に実践学問向きとも言えるかもしれないが、残念ながら周囲が無理強いしても逆効果だろう。それに幼い子供の方が案外に己の足るを知るものだ」
「あ、諦めろと!? 博士に見捨てられたら、あの子一生あのまんまだよぉおおお!」
「い、いや、そうではなく……」

 ――そして。
 コールとメイザースがそれぞれ少年と少女の手を引いて小屋に到着し、またほぼ同時刻、ずぶ濡れの上からケルベロスコートを羽織ったエヤミも合流を果たした頃には小さな小屋の内はすっかり賑やかなものとなる。
「そーいやウチのちっこい弟も、最初のうちは文字とか数字とか本見ただけでションベン漏らすほど嫌がってたけど、アタシらが『ハカセ』囲んでワーワー盛り上がってたらいつの間にかあっちの方から勝手に勉強会に混ざりたがるようになってた!」
「そういえばそんなこともあったな。いわゆるニホン語でいう所の門前の小僧、いやむしろ天の岩戸作戦か」
「おおっ、なるほどっ! サンキューアマゾン師弟!!」
 ……いや、主として騒いでる面子は頭数が増える前と変わってない様な気もするがそれはさておき。
 そんな遣り取りを最初はぽかんと眺めていたレティだったが次第にクスクスと笑みが零れてゆく。
「貴方が人生に満足しているなら何も否定するつもりはないけれどそれが『諦め』から来るものならもう一度考えて……なーんて言おうと思ったんだけど、たぶん大丈夫なんだね」
 だって貴方は――ハカセにして鳥バカにして単なる大バカたる貴方は貴方が思う以上に、もうちっとも『諦め』てない。
 ケルベロス達からの励ましや支えや相談という風を受けたその翼は彼が育んだ子らの翼と同じぐらいに自由を取り戻していて、きっと欲張りだ。
 コールが持ち込んだ各種物資を受け取って懸命な看病を始めた少年少女の様を眺めながら、コールもまたレティと同様の想いを抱いた。
「未練がまだ一ミリでもあるなら、俺だったら、死んでも生きるがね。だってそうだろう。この世にはまだまだやりたい事で満ち溢れてるからな。終わりだ、なんてつまらん……」
 アンタはどうだハカセ、と。
 使命感とエゴの両面へ語り掛けたコールの念押しが最後のトドメ。
「……百までとは言わんが、せめて、この子らと君達ケルベロスが未来切り開くさまをもう少しだけ見届けてゆく為にも――病魔根絶、お願いしよう」

●闘病
 かくして個別耐性に守護されたケルベロス達は黄熱病へと挑む。
 既に子供達はみな屋外の安全な場所にまで逃がされており、後を追って運ばれて来る『ハカセ』と共に集落にまで避難する手筈となっている。

 黒衣を纏うアイラノレの姿は、それ自体が、医師としての誓いであり病魔という悪への死刑宣告だ。
「――多くの死を貪り続けた病魔ども、今日、此処に滅びるがいい」
 先までとは別人の如き冷たき声が、この手の届く範囲内に病を決して生かしてはおかぬとばかりに魔女医の喉から響き渡る。
 見えざる『手』によって摘出されみるみると実体を得た病魔に対し、準備万端で布陣するケルベロス達が包囲を開始する。
(「拾える命を見捨てるものか……絶対に!」)
 『ハカセ』避難の為その体を担ぎ上げたコールが屋外へと駆け出したのとほぼ同時。
「鳥のように舞いー、蚊のようにー黄熱うぇるかーむっ!」
 出入口とは反対側の部屋の隅では、小花纏う白銀の髪を揺らし釘バットをぶん廻しながら全身全霊のウロチョロ媒介ステップからのジャンプでマリオンが病魔の注意を惹いていた。
 惹けちゃったのだ、何故か。
 オラトリオの少女へ向けて噴射された毒々しい迄の黒色嘔吐を、護りの力高めたヴァルキュリアの少女が割って入り、受け止める。
「死はいつかは訪れるもの。だけど理不尽に奪うのはやはり、良くないね」
 レティが広げた腕から無数の紙兵が群れなして飛翔すれば、前衛のケルベロス達に加護が与えられ、べったりと紅藤の髪を汚した汚濁の黒もすっかりと掃い除けられる。
「こちらだ……」
 続けざま、今度はシオンがキャスターのポジションから一気に駆け出し、ゆらゆらと形状定かならぬ病魔へ果敢に掴みかかるとその敵意を一身に引き受けた。
(「今の私があるのは『彼』のお陰。でも、感謝を伝える事はもう、叶わない……それは、悲しい事だって、思うから……」)
 生きていて欲しい。そんな切なる感情に満ちた『魔力』はいつしか厚き鎧と成り、小さな甲冑騎士の身を大いなる守護者のそれへと変えてゆく。
「攻撃は、私が、引き受けよう。 ……無理はするなよ、エヤミ」
 そう促されたシャドウエルフのウィッチドクターが、今度は薬液の雨にと我が身と仲間とを濡らした後、この顔触れと共に戦えるのならばそうする必要は無いと、ぼそり、小さな声で応えた。
 釘バットのフルスイングの只中でも微動だにしないマリオンの細身からは、出血誘発に先んじての雷性の賦活壁が幾度も幾重にも放たれる。
「『今回は』、手が届いたんだ。病魔に奪わせはしないよ」
 何処か懐かしむような悼むような眼差しを硝子の煌めき放つアンプルへと落とした後、弾としてドラゴニックハンマーに籠めたメイザースは、殺神砲ともいうべきその砲撃をもって活性化しつつあった敵病勢の出鼻をド派手に粉砕してみせた。
「さァギャンブルをしよーう」
 底抜けに陽気で愛らしく、水流は敵たる病魔を闘いという名の遊戯盤へと誘う。極上のスリル求める勝負ジャンキーの悪戯な指先に切られた札の名は【氷結の槍騎兵】。
 召喚主の『記憶』をトレースするかのように鋭く深く、敵懐へと斬り込む槍兵は騎士というよりもまるで狂戦士。
 クラッシャーとしての破壊力を最大限に発揮したその斬撃は、血しぶきの代わりに蒼き氷片を撒き散らして病魔との大一番を愉しむかの様だ。
 お返しとばかりに黒血色の反撃が水流の喉元を狙い済まし放たれるが、
「びーちゃん、ナイス!」
 ちゃっかりと個別耐性の恩恵にも預かる水流のミミックがその堅き箱蓋でカキンと受け流した後、まるでじゃれつくかのように、がぶがぶと噛み散らしてしまった。

「――天空に輝く明け星よ。赫々と燃える西方の焔よ。邪心と絶望に穢れし牙を打ち砕き、我らを導く光となれ!!」
 声高く、エリオットが掲げた切っ先は守護の誓いを眩き光芒へと変えて真っ直ぐに悪しき魔を穿てば、
「裏技の中の裏技だ……」
 戦線へと復帰した赤毛のマホウ使いがその持てる理力を迸らせて繰り出すは――宝器【黒塗】(レガリア・コールタール)。
 飢え渇きし黒水を更なる漆黒へと染めたコールから放たれるは、禍々しき赤き一閃。病魔さえも凌駕する貪欲は、純暴力を以ってその汚濁を塗り潰してゆく。

 もはや黒吐の病の『魔』は見る影も無く痩せ細り、永遠にこの地球上から消え失せようとしている。
「頼んだ、相棒達」
 風切り音にも似た投射と共にアイラノレから放たれたファミリアシュートに呼吸を合わせ、虎鶫の翼を翻し……、
「病に『進化』されては困るからねえ。呪術医の名の下に――その『可能性』、破壊させてもらうよ!」
 紅き野萵苣のオラトリオから振り下ろされたその超重の氷撃こそが『治療』完了を告げる合図と化すのであった。

●我が心にも翼舞う
 無事完治を果たした『ハカセ』の姿に喜び合う子供達。
 ケルベロスが齎したその光景を優しく見守りつつもエリオットの憂いは晴れない。
 それでも。
「……黄熱病が根絶されても、この国にはまだ多くの問題が残されている。だけど、あの子たちが成長して社会に巣立ち、更にその子孫たちにも知識と思いが受け継がれることで……いつかはそれらの問題も解決へと向かってゆくと、僕は、信じます」
 一人ひとりの力は小さいけれど、それでも世界はきっと、少しずつ良くなってゆくのだとの青年騎士の確信にマリオンも大きく頷いた。
「誰にも決して奪われない、そして貧困の連鎖を断ち切る唯一の財産が教育です」
 病魔にも他の何物にも不当に奪われてはならない大切なもの。それを護るのがケルベロスの役目なのだと癒し手の少女はその絶壁もとい胸を張る。

「これは、網??」
 その少し後。
 黄熱病は根絶できても蚊が媒介する風土病の脅威はまだまだ数多く熱帯の森に潜んでいると熱弁するメイザースは『ハカセ』に古式ゆかしいジャパニーズ蚊帳を手渡した。
「それと――確かに雛は何時か巣立ちを迎えるものだ。ただ、貴方自身も巣箱ではなく学問の翼で空を往く鳥だろう?」
 若鳥と共に、空へ。
 だからこそこのタイミングで我々が来たのだと思うよと微笑んだオラトリオの言葉に、老レプリカントは眩しげに蒼穹を見上げる。
 その灰瞳の視界の先では鮮やかな極彩色の鳥たちが、彼方の空目指し、飛び立って往くのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月25日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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