病魔根絶計画~赤道を越えた地で

作者:蘇我真

 動物たちの鳴き声が、そこかしこから聞こえてくる。
 ここは南米。ブラジル、アマゾン川流域。
 熱帯雨林特有の、高床式の木の小屋でひとりの男性がうなされていた。
 蓄えられた黒ひげが特徴的な壮年だ。褐色の肌をしている。筋骨隆々でパッと見では病気にかからなそうな印象を受ける体躯だった。
「う、うう……」
 しかし、現実では床に寝かされたまま、うめき声を上げ続ける。高熱と嘔吐を繰り返し、頬が痩せこけてきていた。
「お父さん、頑張ッテ……!!」
 6歳くらいだろうか、娘らしき黒髪の少女が枕元でうずくまってその手を握っている。必死の呼びかけはポルトガル語だ。
 小屋には、他にも多くの患者が寝かされている。しかし、室内の医療施設は全くと言っていいほどない。
 輸血パックや包帯はあっても、薬のようなものは何もなかった。
 もっとも、あっとしても彼らの病を治すことはできなかっただろうが。
「ニホンから、ケルベロスってお医者さんガ、治しに来てくれるッテ……!」
 なぜならこれは病魔が引き起こした事態なのだから。
「黄熱病、というと思いつくのは野口英世だろう」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスの面々に向けて依頼の説明に入る。
「彼が後世、文字通り自らの命をかけてワクチンを作ろうとした黄熱病……それが実は、病魔の仕業であることが明らかになった」
 病魔は通常の人間では倒すことができない。逆に言えば、ケルベロスなら根絶が可能になると言うことでもある。
「黄熱病は日本では確認されていない。これは媒介となる蚊が日本には存在していないからなのだが……では、どこに行くのかというと南米、アマゾン川流域……ブラジルの貧困地域だ」
 そこまで、瞬がヘリオンで皆を運搬していくという。ケルベロスの派遣は既に現地へ連絡済みで、バックアップの体制が整いつつある。
「皆には、特に重病の患者の病魔退治を担当してもらいたい。我々のチームが担当するのはこの人物だ」
 瞬は写真入りのカルテを提示する。
「ジョアン・エルリック。34歳。妻子持ち、アマゾン川流域の熱帯雨林で木材を切り出すことを生業にしている。趣味はサッカーと地域の面々を集めて行うシュラスコパーティー。発症原因は特定されていないが、十中八九は仕事中に蚊に刺されたのだろう」
 彼の妻は現在妊娠中だ。臨月間近であり、一人娘のナターシャは近所のおばさんの家で食事を分けてもらい、毎日ジョアン氏を見舞っているのだという。
「次に病魔としての黄熱病について解説しよう。活性化して自らを癒すと共に、遠距離の攻撃が特徴的だ。後衛にいるからといって油断はできないな」
 黒色をした嘔吐物を飛ばして来たり、出血を誘発するような攻撃をしてくる。どちらも似たような攻撃なので、上手く防御を固めることで優位に立つことができそうだ。
「それと今回は、この病魔への『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運ぶことができる」
 個別耐性は、この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってあげたり、慰問などで元気づける事で、一時的に得られるものだと瞬は説明する。
「黄熱病には特効薬はない。だが貧困地帯に暮らしているジョアン氏はここまで適切な治療を受けられていない。一定水準の治療を施したり、あるいは何かしらジョアン氏を勇気づけられる行動をとるといいだろう」
 個別耐性を得ると『この病魔から受けるダメージが減少する』ので、戦闘を有利に進める事が出来ると続けた。
「今年の水着なんとかはアマゾン川流域で行うらしいな。楽しくイベントを迎えるためにも地元の住民と事前に友好を深められるよう、よろしく頼む」
 瞬は、そう言って頭を下げるのだった。


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
マサヨシ・ストフム(カオスブレイザー・e08872)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
翁草・鈴蘭(機械式メイド・e36873)
ミン・クーワン(化楽天・e38007)
常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)
ジゴク・ムラマサ(心ある復讐者・e44287)
コスモス・ベンジャミン(かけだし魔導士・e45562)

■リプレイ

●気休め
「ドーモ、日本から来たケルベロス、ジゴク・ムラマサです」
 小屋にやってきた忍者装束の男は、肩にトゥッカーノを乗せていた。ジゴク・ムラマサ(心ある復讐者・e44287)である。
「あっ、ニンジャだ!!」
 ジョアンの看病をしていた娘、ナターシャは笑顔で指さしをする。
 海外で良く知られている日本の象徴、ニンジャにハイパーリンガルの効果もある忍者装束という民族衣装。
 更にブラジルを代表する鳥、トゥッカーノも肩に乗るくらい隣人力が発揮されている。
 一見するとただのニンジャヘッズなのだが、何も考えていないように見えて実はこのファーストコンタクトに心血を注いでいたのかもしれない。
「よくぞ今日まで生き抜いた。もう少しだ、気をしっかり持て。娘のために……家族と新たな命のために。死んではならぬ」
 ジゴクはジョアンへの挨拶を終えるとしゃがみこみ、ナターシャに目線を合わせる。そして顔のマスクを下げて素顔を晒しつつ、彼女の頭を撫でてやった。
「父上の世話をよくがんばったな。ナターシャ=サンは立派な姉になれるぞ。大丈夫だ、お主の父上は強い。必ず助かる」
「む、ムイートプラゼール」
 ハイパーリンガルを装備してきていない四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)も、つたないながらも覚えたポルトガル語であいさつする。
「オラッ!」
 ナターシャもポルトガル語で陽気に挨拶をしてくれる。歓迎されている空気が伝わってきた。
「移動中、勉強してきた甲斐がありましたね」
 コスモス・ベンジャミン(かけだし魔導士・e45562)の言葉に沙雪は苦笑する。
「おかげでヘリオンからの景色を眺めるのを忘れていたよ。せっかくの海外だってのにね」
 それから、自分の持ってきた荷物をごそごそと漁りだした。
「これ、使って」
 グルグルと渦を巻いたそれは蚊取り線香だ。ナターシャはすぐに理解する。
「あっ、カトリセンコー!」
「知ってるのかい?」
 ナターシャの言葉をコスモスがハイパーリンガルで通訳して沙雪へと伝える。他のメンバーの日本語も、ハイパーリンガル持ちが適宜通訳して周囲の人間へ伝えていた。
「ブラジルにも蚊取り線香、あるらしいですよ。日系移民が伝えたのかもしれませんね」
 日伯の意外な結びつきに驚きつつも、一行は病魔退治への準備を進めていく。
「おう、よく頑張ったな。俺達が来たからにはもう大丈夫だ」
 マサヨシ・ストフム(カオスブレイザー・e08872)は防具特徴、ドリンンクバーで取り出した栄養ドリンクを枕元へ置き、ジョアンへと呼びかける。
「いいか、希望を持つんだ。アンタはまだ死ねない理由がたくさんあるんだ。奥さんのため、子供達のために戦い続けなきゃいけねぇ」
「ハイ……」
 ジョアンは返事をするのも苦しそうだった。
「口の中、ずっと、血の味がして……これ飲んで、がんばり、マス」
「どうせなら肉の味を思い出してくれよ。良くなって俺達をシュラスコパーティーに招くってのも生きる理由にしてくれ」
 冗談めかして提案するマサヨシに、ジョアンは弱々しくだが確かに笑った。
「よーし、旨い料理を期待してるぜ?」
 話が一段落するのを待って、常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)が枕を入れかえた。
「ちょっと失礼するよ、冷た過ぎるようなら言ってくれ」
 氷枕だ。冷却材をタオルで巻いて枕替わりにしている。
「これでいいか?」
 紗重は空木・樒(病葉落とし・e19729)へと確認する。樒は医者もやっているのだ。幼い頃より患者として入退院を繰り返していた紗重は、しっかり医者の言うことを聞き、その通りにすることが快復への近道だと身を持って知っていた。
「ええ、それでいいですよ。後は先ほどの蚊取り線香をつけて、それに風通しも良くしましょう」
 樒はテキパキと指示をだす。防具特徴のクリーニングで身体と衣服を綺麗にしていた沙雪は、次に真新しいリネンを用意した。
「お背中支えますわね、ん、しょっ……!」
 シーツを変える際、翁草・鈴蘭(機械式メイド・e36873)が上体を起こしてやる。介護……というかメイドだけあって奉仕の所作は慣れたものだ。上体を起こしたついでにマサヨシと共に用意した栄養ドリンクをゆっくりと飲ませてやる。
「この角度なら飲みやすいですわよね。慌てないでいいですわよ、気管に詰まらせたら大変ですから……」
「俺も手伝うよぉ」
 ドリンクを飲ませる間、ミン・クーワン(化楽天・e38007)もジョアンの身体を支えてやる。
 しかし直にジョアンの背中に触れることで、林業で筋肉のついたはずの彼の身体がやせ細り、薄くなっていることを否が応でも実感させられた。
「こんなに痩せて、サッカーもうまくできないよねぇ」
「ハハ……こう見えても、この村一番の、ストライカーだったんですよ……」
 シュラスコについてはマサヨシが話していたので、ミンはサッカーの話題を振った。最近あったサッカー世界大会の話題なども交えて、ジョアンに話しかけている。
「……楽に、なってきたみたいだな」
 その楽し気な様子を見て、紗重は手ごたえを感じていた。
「ええ。これらの処置は、正直に言うと医療行為とはしては気休めにしかなりません」
 樒は医師としての見地から、これらの慰問を分析する。
「ですが、今回の場合は気休めをすることが大切ですから……」
 最後に、樒は診察しながらジョアンへ声をかけた。
「大丈夫ですよ、この病は必ず治します。気を強く持ってください、生まれてくる赤ん坊を抱くためにも、ね?」

●消毒
 慰問が一通り済むと他の患者やナターシャには退室してもらい、いよいよ病魔との戦いへと移る。
 樒と補助のコスモス、二人掛かりでジョアンの体内から病魔を引きずり出す。
「オオオォォォォォン……!」
 それは、まさに呪いが具現化したものであった。
「グォォォ……オオォォォ……!」
 まるで亡霊だ。低く唸るような声は、世界中へと呪詛をまき散らしているかのようで。
「そういう声はよォ、聞き飽きた」
 ドスの効いた声は、ミンのものだ。患者に対応していたときの、のんびりとした緩い口調はそこにはない。
「さっさとカタをつけてやるさ」
 紗重は前列の皆へと黄金の果実を配る。
「ドーモ、黄熱病=サン。ジゴク・ムラマサです」
 ジゴクは丁寧に挨拶したかと思うと、すぐに中指を立てて挑発する。
「ナン病魔ッコラー! 感染シテミラッダラー!!」
 挑発は外れた。
「アアッ無視スンナコラー! ッザケンナコラー!!」
 怒りを付与できなかったことに、むしろジゴクのほうが怒り始める。彼をあざ笑うかのように、病魔は自らのウイルスを活性させていく。
「これは、ちょっと厄介だな……」
 紗重は相手の出方を見て警戒を強める。相手はジャマー、状態異常をばら撒く位置取りをしているように見える。
 活性化したウイルスにより嘔吐や出血を誘発させられた場合、手こずってしまうだろう。
「小鉄丸、属性インスト頼む」
 自らのボクスドラゴンへと指示を出す紗重。その後にミンが続ける。
「あと樒、回復の手ェ空いたら――」
「わかっています。攻撃しろと言うのでしょう?」
 樒の答えを聞いてミンはニヤリと笑う。メディックの攻撃にはブレイクが乗る。活性化したウイルスを抑えることができるだろう。
「わたくしが居る限り、誰も倒させはしませんよ」
 樒の中に宿るのは鋼の意思。誰も倒させないためには2つの方法がある。守りきるか、倒しきるかだ。
「それじゃあ、攻撃が当たるようにしないとね」
 沙雪の周囲に幾多もの何かが出現する。
「阿梨、那梨、莵那梨、阿那盧、那履、狗那履……」
 それは神の名、言霊だ。沙雪が神の名を告げる度に対応した言霊が病魔へと巻き付き、縛り上げていく。
「病魔に足はありませんが……その足、止めさせてもらいます!」
 そこへ、コスモスの狙い済ました跳び蹴りが炸裂する。
 星の力が病魔の構成組織を吹き飛ばし、動きを鈍らせる。
「今です!」
「極低温ならウイルスも活動を停止してくれたらいいですのに!」
 鈴蘭は希望的観測と共に動きが鈍くなった病魔へフロストレーザーを打ちこむ。
 聞いてはいるが、動かなくなるといった効果はないようだ。
「やっぱり、そう上手くはいきませんわね……」
 がっくりとしたところで、お返しとばかりに病魔は自らの身体を拡散させる。
 霧のように広がった病魔は、後列の面々へと自らを散布する。出血を誘発させる即効性の病。黄熱病を構成する1要素だ。
「ガードですわ!」
 鈴蘭を彼女のサーヴァントであるライドキャリバーが庇う。人間の生理機能に働きかける攻撃だが、サーヴァントでも容赦なくダメージを受けているようだ。ライドキャリバーの動きが鈍くなる。
「ハハハ! どうした、ゲロぶっかけて、ちょっと血が出やすくなる程度でこのオレが倒れると思ってんのか!」
「ナメッコラー!! アッコラー!!!」
「この程度……吹き飛ばす!!」
 マサヨシが沙雪を、ジゴクが樒を、紗重がコスモスをそれぞれ庇う。ジゴクの叫びはウイルスを払うシャウトなのか、それとも挑発なのか区別がつかない。
「潰れろ! 燃えつきろ! 砕けて、塵も残さず消えちまえ!」
 飛散を終え、再集結しようとした病魔へマサヨシの怒りの一撃がぶち込まれる。大ぶりのそれは病魔を構成するウイルスを揺らがせ、無防備にひとつ所へと集めていた。
「ほら、消毒だよ消毒。病だったらさぞ嫌だろ? ……なァ!」
 ミンは病魔を塵芥扱いし、携えた禍々しい刀を振るう。その太刀筋は、皮肉なところに清らかな水の流れを想起させるものであった。
「オォ、オ、オオ、オォォ……!!!」
 病魔が声を上げる。それは弱々しく、徐々に途切れていき……最後は、まったく聞こえなくなった。

●祝い
「こんな形で黄熱病が根絶できるなんて昔の人は思いもしなかったでしょうね」
 コスモスが古くから恐れられていた病気を倒せたことへと思いを馳せている中。
「よし! これで黄熱病は全滅だ! 肉だ、肉食おうぜ!」
 マサヨシは血気早ってジョアンを急かしていた。
「ハハ……ごめんなさい、今ハちょっと、食欲ないデス」
 樒がやんわり嗜める。
「駄目ですよ、まずは粥など消化の良いものから与えて身体を慣らしませんと」
 病魔が消えてもすぐに病状が全快するわけではない。
「あーあ、こりゃ帰るまでにはシュラスコパーティーに間に合わねえかな」
 未練がましく唇を尖らせるマサヨシ。不浄払いの意味を込めた弾指を終え、沙雪がフォローに回る。
「まあ、料理なら俺が作っても――」
「たいへん大変ヨー!」
 会話を切るように、ナターシャが小屋へと駆けこんできた。
「ナターシャ、安心してぇ。こっちは無事に終わったよぉ」
 安心させようとしたミンの言葉に、しかしナターシャはブンブンと首を横に振る。
「そっちも大変だけど、お母さん、生まれたッテ!」
 それは新たな家族ができたという報告だった。戦闘とほぼ同時刻、ナターシャの母も産気づいて出産していたらしい。
「なんと……それはおめでとうございます」
 新たな命が生まれたというのに樒の反応は薄かった。まるで『こういうときはこういう風に返しておけば波風が立たない』という定型文を選択しているかのようだ。
「そんなのんびりしている場合じゃないですよ、お母さんのほうも手伝いにいかなくちゃ!」
 新たな命も救おうと躍起になすコスモス。樒の袖を引く。
「わたくし産婦人科は専門外なんですが……わかりました。ジョアンさんを診つつ、湯を沸かしてタオルを用意くらいはしましょうか」
「多めに持ってきて正解だったな。小鉄丸!」
「!!」
 紗重に促され、ボクスドラゴンは予備のタオルを抱えてナターシャへと付き従う。
「お母さんのところに届けてやるといい」
「うん、ありがと!」
 やり取りをジャングルの木陰からそっと見守り、うんうんと頷くジゴク。彼の胸に去来するのはかつて自らも持っていた所帯のことだ。
 家族愛溢れるこの光景は、ジゴクにとっては天国すぎた。
 自らの家庭をデウスエクスによって壊された怒り、復讐を忘れてはいけない。そんな思いが、彼を一歩引いた場所に遠ざけたのかもしれない。
「ケルベロス、ありがと! オブリガーダ!」
 何度も感謝の気持ちを示すナターシャへ、鈴蘭はにっこりと笑いかけ、当然のようにこう答えるのだった。
「助けを求める声あれば、私は誰にだって、どこへだって行きます。それが私の存在理由なのですから」

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月25日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 6
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