ある朝、長兄が高熱ゆえに起きられなくなった。兄の職場へ連絡に走った妹が事情を伝えると、そこの責任者が黄熱だろうと教えてくれた。
軽ければ数日で回復する病。予防しておけばそれで済んだ。が、彼女らの貧しい家にその為の費用など用意出来なかったのだ。その家に限らず、近隣の家々も日々の暮らしで手一杯な地域だった。こうして時折誰かが倒れる事に皆、諦めるのが上手くなる程度には。
肩を落とした彼女が家に戻った時、次兄以下は既に仕事へ向かった後だった。家に残るのは手仕事に勤しむのが精一杯である母と、病に倒れた兄だけ。
「母さん、私、今日は兄さんのそばに居るから、これとこれ、貸してね」
まだ手つかずの繕い物を引き取って少女は床に伏す兄の元へ。苦しげな兄の様子を見、ひとまず汗を拭ってやった。
「……兄さん」
長兄は家で一番の稼ぎ頭だ。彼が働けなくては生活が立ち行かない。また、そればかりでは無く、父が健在だった頃は仕事で留守にしがちだった両親に代わって弟妹の世話をしてくれた、彼女にとっては親のようなひとでもある。
「お願い、死なないで……!」
症状は重いそれ。解ってはいれど、少女は願わずにいられなかった。
「『黄熱病』の根絶を、あなた達にお願いしたいの」
来月の大運動会を前にその準備が整ったと、篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)はケルベロス達へ伝えた。皆にはブラジルの、とある重病者の家を訪ねて貰いたいと彼女は言う。
件の患者は林業に従事していた若い男性だが、今は高熱にうなされ意識不明。ほかに在宅しているのは母親と幼い妹だという。母親は仕事で忙しいので、看病にあたっている妹と話してみて欲しいとのこと。
「彼女は、ええと……七歳だそうよ。普段は家や近所の事を手伝っているみたいで、今はお兄様の看護に。彼をとても慕っているようで……、彼女の不安を和らげてあげられたら良いと思うのだけれど」
患者の方は、発熱や脱水といった症状に見舞われている。彼の苦痛を和らげてやる事でも効果が見込めるだろう。病魔を召喚する前に彼らと接し力づけてやる事で、一時的に病魔への耐性を得る事が出来、病魔の攻撃によるダメージを抑えられるという。
「病魔を根絶する事が出来れば、経済的な面でも彼らを助ける事に繋がるかもしれないわ。彼らの兄弟には、街で働くひとも居るようだし……。
皆がお祭りを楽しめるよう、あなた達の力を貸して貰えないかしら」
参加者 | |
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フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921) |
ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769) |
尾守・暗夜(ガラクタ鼠の言うことにゃ・e23212) |
エトヴィン・コール(澪標・e23900) |
ウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074) |
長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485) |
アレクシス・エクレフ(金細工の足枷・e39940) |
●
「ごめんくださいましー」
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)がこの国の言葉を発した。家前で暫し待つと幼い少女が顔を出す。が、見知らぬ異国人達の姿に彼女は戸惑いを示した。
「『誰ですか』と……うん、もっともな反応だ」
少女の声をマイクで拾った長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)が、手にしたスマホの画面を覗き頷いた。
「僕達は日本から来たケルベロスだよ」
「黄熱病の病魔を倒しに来たんだ。お兄さんが病気だって聞いたからね」
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)の言葉に目を瞬いた少女は、エトヴィン・コール(澪標・e23900)の言に顔を曇らせた。死に瀕す兄へと意識が向いたのだろう。それを助けに来たのだと、ケルベロス達は重ねて伝える。
「ボクも義兄が居るんだ。キミの気持ちは解るよ」
少女と目線を合わせた尾守・暗夜(ガラクタ鼠の言うことにゃ・e23212)の声は、ひとごとでは無いと言わんばかり。
「助けて、くれるの?」
少しの間をおいて理解に至ったか少女が問うた。未だ半信半疑という風、不安に揺れる眼差しに、ケルベロス達はしかと応え頷いた。
そうして彼らは少女へ、極力平易な言葉を用い治癒までの手順を簡単に説明した。まずは兄の様子を診たい事、治療には戦闘が伴うため開けた場所を借りたい事。戦場については集落内の広場が好都合だが大人達に尋ねて欲しいと返答があったので、皆が兄の看護にあたる間にグレッグ・ロックハートらが他家を訪ねる事となった。
八名と一体が家内へ招かれる。住まう人数の割に小さな家で、件の兄の姿はすぐに確認出来た。
床を整え平らな場所を選び桶を置いたアレクシス・エクレフ(金細工の足枷・e39940)は持参したクーラーボックスを開け氷水を準備する。ゴロベエが少女へ確認と許可を取り、病人の服を一旦脱がせた。兄を案じる妹はともかく、妙齢の女性達はさりげなく視線を外す。
「こちらで少々ー、火を使わせて頂きますのー」
部屋の隅でフラッタリーが取り出したのは蚊やり豚。用途と取扱い上の注意を少女へ説いた彼女は、幼い心を解す事を試みるよう、何故豚なのか等と雑談を持ち掛けていた。
寝床の傍では男性陣が処置を進めていた。ゴロベエが患者を柔らかな気で包み、エトヴィンが衣類を清める。
「お兄さん、結構肌荒れしてる」
「本当だ。冷却シートを使ってはかぶれてしまうかもしれないね」
患者を診ていた暗夜に頷いたアレクシスが氷嚢の作成を進める。患者にとって馴染みの薄そうなものは極力避け、充電式の扇風機を準備する。
「大丈夫ですよ。お兄さんは必ず回復なさいます」
見慣れぬ物品への困惑もある様子の妹へ向け、ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)が微笑み囁いた。
「ずっと不安やったやろ。よう頑張っとったな」
ウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074)もまた少女の傍に腰を下ろし労いを。祈りの為に水を浴び冴えた知覚は、少女が隠すよう努めているらしき疲労をも見て取った。
「うちらでお兄さんを治す。絶対死なせへん。病魔退治は初めてや無いしどーんと任して」
慣れている者は彼女の他にも数名居た。心配は要らないと彼女が胸を張り、己のケルベロスカードを少女へと与える。
「これ知っとる? 魔法みたいなもんでな──」
金銭で解決出来る困難は大抵乗り越えられる、と彼女は幼い少女へ説いた。おいそれとは使えぬと狼狽える少女へ、必要な時は頼れと諭すのに暫しの時間を要した。
「──もう、諦めんでもええ事を諦めんくてええように、な」
自分が頼って欲しいのだと、ウーリは切なげに目を細めた。
●
「あの、ちょっと良いですか」
やがて、寝床の傍を離れたリヒトが女性陣のもとにやって来た。妹に用がある旨を告げ、少女の前で膝をつく。
「えっと──」
そうして彼は、名を尋ねそびれていた事を思い出した。
「僕の名前は、リヒトだよ」
「……リイくん?」
少女が首を傾げる。
「君と、お兄さんの名前を訊いても良いかな」
「私の事は、ティナと。……あっちは、ベル兄さん」
幼さの色濃い語調が告げたのは、日常的に用いる愛称のようだった。全員分の名を伝えても覚えきれぬ可能性を考え、ケルベロス達は個人名に関しては、必要に応じて伝えるに留める事とする。
「じゃあ、ティナさん」
リヒトはまず本題、エトヴィンが彼女へもクリーニングを掛けたいと考えている旨を伝え、招くよう手を差し伸べた。そうして重なった手を、彼はそっと握る。年齢の割に小さな手だった。
「この手で、一人で看病、頑張ってたんだよね。……きっとずっと、怖かったよね」
握り返す力は幼さに見合った弱々しいもの。殆ど大人同然の体格をした長兄を満足に看護など出来ず歯痒い思いをする事もあったろうと、想像するのは容易かった。
枕元では暗夜が扇風機を動かし風を送っている。傍ではアレクシスが熱に温んだ氷嚢を替えていた。女性陣が傍へ来るのを見、彼らが場所を譲る。兄の傍に座った少女が、祈るように手を組んだ。
「僕にも、お祈りの言葉を教えてくれないかな」
一段落したところで少女へアレクシスが問うた。眼前の少女がどうにも、かつて己の平癒を懸命に祈り続けた妹と重なった。言葉の意味を未だ深くは知らないと思しき幼い声が、信じ仰ぐものへの祈りを唱えた。慣れぬ言葉で青年が復唱すると、少女は驚いたような顔で彼を見上げる。
「お兄さん、上手」
「ありがとう」
アレクシスは、眠る青年の手へ自身のそれを重ねた。
「祈りは届く。君の想いもお兄さんに届いているよ。僕も、共に祈らせて欲しい」
胸中に、覚えたばかりの祈りを。訳せばそれは、日本でも知られているものと判ったろう。
「大丈夫だよ、すぐ治るからね」
不安げな表情こそ消えつつあったが、自身の服をきつく握り締める少女の背へ、エトヴィンがそっと触れた。
「元気になったお兄さんと何がしたいか、考えておいて」
「え……?」
言えば少女は面食らう。ピンと来ない様子なのは、彼女達の生活が例えば遊びや余暇といったものとは縁遠い為だろう。
「ほら、病気自体が治ってもすぐに肉体労働ってわけには行かないかもしれないでしょ?」
思い遣りと慈しみを湛えて目を細める彼を少女は暫し見上げ、その後目を伏せ小さく頷いた。
患者の様子を診ながら暗夜が、妹に確認を取りつつ患者の口元を補水液で湿らせる。話を聞く限りではアレルギーの類は無いようだが、弱った体には何が毒となるか判らないと慎重に。
(「ボクがちゃんとした医者なら、もっと良い手当も出来たんだろうけど」)
歯痒く思いつつも、出来る範囲で懸命に看護を。ケルベロス達の胸は痛むが、けれど代わりに、必ず救うとの想いはより強く燃え上がる。
暫しすると、患者の容態は幾らか落ち着いたようだった。病に蝕まれている事には変わり無くとも、環境を整えた事で和らぎ得る苦痛もあった様子。これならば、とケルベロス達は安堵した。
「外は準備が出来たって。僕達も動こうか」
屋外から戻って来たエトヴィンの報せに頷き、彼らは召喚の準備に移る。
少女へは改めてこの後の事を説明した。担架を組んで患者だけを広場へ運び出し召喚を行う事、済み次第患者の身柄はケルベロス達の手で家へ運び戻す事、討伐が済めば兄の体は癒える事。
「あなたはこのまま、ご自宅でお待ちください。絶対に、広場へ来てはなりませんよ」
少女の前に膝をつき目を合わせ、ブランシュが優しく諭す。強く頷く少女にはしかし緊張の色があった。ゴロベエが彼女の頭を、大きな掌でぽんぽんと撫でる。
「俺達に任せろ」
リヒトもまた、物々しくも凛々しい武装を披露し、少女へ励ますように微笑み掛けた。
「必ず助けるよ。──待っていてね」
屋外は静かだった。近隣の住民を訪ねて回った面々が事情を説明するついでに危険を説き、広場から極力離れた家へ集えと誘導した為だ。避難所に設定された家屋は街に近い方面にあり、事情を知らぬ者が訪れても対応を期待出来よう。
患者を載せた担架の一端を暗夜は出口・七緒(過渡色・en0049)へ渡した。すぐに再度の受け渡しを予定しているため少年は立ち位置自体は殆ど変えず、
「では、喚ぶよ」
黒衣を翻し仲間達へ警戒を促した。
●
そして病が出でる。盾役として標的へと距離を詰めたゴロベエとウーリが敵を惹きつけるべく虹を帯びた蹴りを放ち、主に続いたテレビウムが画面を激しく瞬かせた。
その陰に紛れる如く、担架を再度担いだ暗夜と逆端を支え続けていたフラッタリーが急ぎ戦場からの離脱を図った。護衛を兼ねてグレッグがそれへ同行する。彼らへの射線を遮る位置でリヒトが術の光を紡ぎ、敵の気を散らす如くエトヴィンの蹴りは標的の動きを阻む。
それでも敵は己を挑発した前衛へと呪詛を撒いた。拡がるそれが彼らの肌を破り血を零させる。不在の癒し手達に代わり七緒が雷壁を紡ぐが到底足りない──身への加護はともかく傷への癒しは幾重にも阻まれ減ず。ゆえに敵は斯様に妨害を得手とすると判り、ならば己らでもとウーリがからりと笑んだ。前衛達のダメージ自体はさほどでも無いとの事で、では今はとアレクシスは敵の護りを削ぐ事を優先し、盾役に護られ負傷を免れたブランシュが放つ刃がそれを活かした鋭さで刺さる。
次いだ敵の攻撃は濃い毒を放つもの。受けて急激に気分が悪くなりウーリが眉を顰めるが、自身で気を練り災いを祓う。盾役達が敵を惹きつけている分自陣の被害は抑えられており、癒し手達が戻るまでは現状のままでも問題無かろうと判断出来た。そしてその為にこそ、加護は前衛へと厚く重ねられる。
「お待たせ致しましたわぁー」
「篝火よ、いと猛き焔よ──」
患者を運んだ二人が戻ったのはその少し後の事。それを確かめ護りは保険も含め不足無く行き届く。暗夜が広げた獄炎が前衛達へ力を与える。抜いた刀に風を纏いエトヴィンが敵を苛んだ。傷を開き、抉り、血こそ零しはしない病なれど、痛みを深め与える。縛されたようわだかまる様は攻撃手達の追撃をより鋭いものとし得た。
リヒトが光剣を振るう。その刃の熱を上げるのは蒼炎の援護。患者やその家族へ今一度気を配り、それゆえに遅れて戻った仲間からのものだった。合わせてブランシュへは賦活の雷が飛ぶ。火力を担う二人の力が増せば、速やかな決着を望めるだろう。
それは同時に盾役達の負担も軽くする。攻め手を護った彼らの肌が爆ぜ、全身は朱に染まっていた。地を踏む靴すら色を変えている事に気付き、ゴロベエが密かに嘆息する。
(「後で綺麗にして貰わんと家に入れないな」)
ただそれでも、それは皆を護れている事の証。立ち得る限りは今この場でこそ本気をと、軽やかに歩を刻む。達人の、などと称するには烏滸がましいと見限りながらも影を纏っての格闘は過たず敵を捉え、炎の加護ゆえもあり彼の拳は獲物の護りを食い破る。
「出血ですと内功の活性がー、良さそうなのでしょうかー?」
舞い散る紙兵すらも術者の有り様を映した如くたおやかに。御しながらフラッタリーは穏和なまま七緒へ声を遣った。
「っても普通の怪我じゃないもんねえ」
青年からは消極的な肯定が。撒き散らされる病症は呪いのようなもの。それは確かに己が領分ではあるけれど、などと紫瞳は敵を凝視する。
「そうだね、皆ならば耐えてはくれるだろうけれど──」
盾役達が引き受ける苦痛を思い、アレクシスの表情が翳る。病に身の奥を苛まれる彼らが少しでも安らいでいられるよう、敵の動きを阻む事を目指し彼は踏み込み、顕現した病の実体を穿つ蹴りを放つ。
だがそれが効果を現すより早く、毒を吸わされたウーリがどす黒い血を吐いた。拭う腕とて傷に朱く濡れている。癒し手達にばかり負担は掛けられぬと自身で治癒を試みる彼女をてつちゃんが懸命に励ました。祓えど幾つも塗り重ねられる呪詛は痛ましく、暗夜は医術で以て一人一人丁寧に治療を施して行く。エトヴィンの刀技で煽られた、盾役達への敵の関心は際限なく膨れ上がっており、ゆえに他の者達の傷はごく軽い。時折前衛の攻撃手が巻き込まれたとて、紙兵が、薬雨が、たちどころに癒す。
盾役達の身を苛むものは、そのまま、助くべき患者の苦痛だ。誤認する余地も無くしかと目にしてしまえば、リヒトの胸はひどく痛んだ。
(「こんなに、苦しそうな……二人共、あんなに青い顔をして」)
眼前の病は、どれほどの悲劇を生んだのだろう。終える機会を得られた事を少年は幸いと思う。
「させません……!」
足掻き己を癒す敵が纏う加護を、ブランシュが握った拳が唸り砕く。縛しきって木偶と化した敵をエトヴィンの刀が荒々しく薙ぎ払う。されど鋭い刃に斬られてなお、再生した分だけ、ソレは消滅を拒み存在に縋りつく。
けれどそれを許すわけにはいかない。必ず助けると約束したのだから。
「障りは私めが祓いましょう。皆々様、どうぞ存分に」
フラッタリーが操る癒しは柔らかに瞬き皆の背を押した。再び立て直す間など与えてはならぬと彼らは急ぐ。
光が眩む。炎が爆ぜる。白い腕は災いを繰り、重い刃が告げる終わりは──呆気ないほど速やかに。
●
癒した広場はそのまま、ささやかな宴の会場となった。ベルナルドの病が癒えた、黄熱の災いは世から祓われた、との吉報が瞬く間に集落中を駆け巡った為だ。
「ベル兄さんはまだ寝てて、声割れてるんだから」
「けど、皆がわざわざ訪ね──」
「喉傷めるから!」
兄妹の家をケルベロス達が再訪すると、祝いと見舞いに訪れる客らをあしらった妹が兄を叱りつけていた。客を無碍には出来ないと頑なな兄と、強気にものを言う妹の様は、見違えるよう。だが、これが常の彼らなのだろう。
「彼女の言う通りだよ。治ったといっても無理は禁物さ」
暗夜が少女へ加勢し青年を寝床へと押し戻した。
「お客様方は広場の方へ誘導させて頂いておりますわぁー。まずは落ち着かれてー、回復なさってからお顔を見せて差し上げては如何でしょうー」
フラッタリーが彼の枕元へ腰を落ち着け団扇を向ける。柔らかな風が兄妹を宥めた。
「広場、どうかしたの?」
外の事を未だ知らぬ少女が首を傾げる。一息吐いてみれば、幼い声は緊張から解放された涙の色が滲んで震えた。水分摂取の勧めに従っていた兄の顔が一瞬痛ましげな色を見せ、空いている手を伸ばし妹の髪を撫でた。
「そうだ、これを持っておくといい」
妹も一枚持っているが、と兄へゴロベエは己のケルベロスカードを差し出した。その気になれば貧困生活から脱け出す事とて不可能ではないだろうと、彼は興味深げに青年の反応を待つ。が、ほどなく兄は、娘同然と世話をしてきた妹と同じ顔で純朴に微笑み感謝を告げたのだった。
「僕らのヒールでは見た目に影響が出るかも──」
「ええ。あなた方に救われた証になれば」
老人達の言葉を受け、アレクシスは広場を囲む門柱類を癒していた。木材と蔓で組まれていた柱が幻想を孕む。
近所の家の炊事場では手伝いに集った者らと共に料理が作られていた。ブランシュは日本の料理を、リヒトは住民らに教えを乞いながらこの地の祝い料理の再現を試みる。材料は彼女らが持ち込んだものが殆どだったが、住民達の手伝いもあって支度は順調に調った。皆で配膳等を済ませ、老人達が先導する長い感謝の祈りを経て宴が始まる。
広場の片隅、皆を眺め得る位置でアウトドアチェアに沈められ白梅の傘を差し掛けられた元患者のもとへエトヴィンが料理を運ぶ。
「これ美味しいよ。食べられそう?」
「はい、ありがとうございます」
微笑む青年へ皿を手渡した彼は、傍に居たその妹へと向き直る。
「家とかは大丈夫だった? このお姉ちゃんアホみたいに力持ちだからね。何か手伝う事があったら──」
「えっちゃん?」
妹の相手をしていたウーリの笑顔が引きつった。が、兄妹の前だからと、彼女の手は長毛の黒尾をぎゅっと絞るに留まった。
「お兄さん、耳がぺしょって」
「ティナ、勝手に触らない」
(「うりちゃん、これお兄さんにバレてないかな!」)
(「大丈夫や、フラッタリーが隠してくれとる」)
兄妹の為に傘を持つ娘が眉一つ動かさずおっとりと微笑んでいた。
「ブランシュ、リヒト、君達もお休みよ。片付けなら僕がするから」
炊事場に顔を出したアレクシスは、忙しく立ち働いていた二人へ交替を促した。
「洗い物くらいなら手、出しても大丈夫かなあ……?」
「手伝いは嬉しいけれど、お兄さんに怒られないかい?」
空いた食器をさげて来た暗夜を青年が顧みる。台所には近付くなと、少年は家族に言い渡されているとのこと。
「そもそもどうして?」
「ちょっと鍋で調薬しただけだよ」
「……それは、無事に済んだのかな」
『だけ』で済ませて良いものかどうか。同じ、医学に通じた年少のきょうだいを持つ者としては、彼の兄の心配はもっともだと青年は首を振った。
大きな災いが一つ潰えたとあって、住民達の顔は明るいものだった。過去を偲び涙ぐむ老人も居れど、ケルベロス達の顔を見れば喜びが勝るようで、笑顔で感謝を口にする。
私のような者をもう出さずに済む、と誰かが言った。しわがれた囁きには安堵があった。年若い者達を見守る目には慈愛が。
──ケルベロス達は、彼らの未来を護り得たのだ。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月25日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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