陽華

作者:皆川皐月

 きゃあきゃあと子供の声響く黄金色の世界。
 鮮やかに咲いた早咲きの向日葵は皆同じ方を向き、今日も咲く。
「おとーさん!おかーさん!おねーちゃんもー!こっちー!」
 舌っ足らずな声で呼ぶ家族に大きく手を振って、ぴっぷっ靴鳴らす男児は軽快に。
 あちらこちらで聞こえる、こっちだよ!行き止まりだ!の声。
 そうここは向日葵迷路。
 揃いの麦藁帽子被る父と姉と、日傘注す母の姿に男児はほくそ笑む。
 だって、自分達がゴール一番乗りかもしれないのだから。
「はーやーくー!」
 大好きな家族を呼ぶ声は何よりも元気。
 そんな頭上を、ふわり淡いきらめきが飛んだ。
 揺れた向日葵。着床した妖しの花粉。それは地獄の幕開けで。
 ずるり。ずる。ずるずるずるずるる、ず。
 暗くなった足下と聞き慣れない音に小首傾げた男児が、顔を上げた時だった。
「あ」
 花の巨影。
 ボッと火吹いた向日葵が幼いその身を炭とする。
 鎌首擡げた花五つ。二度と太陽を仰がない。

●蠢く陽
「お集まりくださり、ありがとうございます」
 ゆっくりと皆を出迎えた漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)の隣には、先に資料へ目を通していた落内・眠堂(指括り・e01178)の姿。
「概要はこちらだ。補足は漣白から」
 眠堂の手で魔法のように分けられる資料に目を輝かせていた潤だが、呼ばれてハッと。
「はいっ、皆さんにお願いしたいのは同時出現した攻性植物の件です」
 ――攻性植物。
 この言葉を聞いて思い起こされると言えば、以前起こった大規模戦闘 爆殖核爆砕戦。
 時折資料に目を落としながら、潤が複数同時出現の原因を説明していく。
 眠堂も潤の言葉に耳を傾けながらペンを走らせた。
「侵攻は大規模ではありません。ですが……」
「放置すれば厄介、ってことか」
 言葉を継いだ眠堂に潤は頷いて。
「それを防ぐ為にも、今回出現し暴走する向日葵の攻性植物の一掃をお願い致します」
 出現攻性植物:向日葵型 5体。
 出現場所:向日葵迷路。
 戦闘時天候:晴天。
「攻撃も通常の攻性植物と似ています。葉の斬撃、根の締め付け、花からの熱光線です」
 白い紙に黒い文字。資料に並ぶ文言は全て簡潔。
 補足のように資料に加える形で説明する潤の言葉も分かりやすく。
「向日葵の攻性植物は人を取り込みません。見つけた人間は片端から殺害します」
 恐ろしい一言だった。
 考える様に瞳を伏せていた眠堂が静かに問う。
「ここ……人はどれぐらい居るんだ」
「……20人以上は。ですが、攻性植物に最も近い位置に4人。男の子とその姉、両親です」
 避難は。まず割って入って救助をお願いします。
 会話から分かるのは親子の救出が可能であるということ。
 胸撫でおろす面々へ向け、潤は更に話を進める。
「5体の向日葵は同時期に咲いた所為か集団行動と連携をします。しかし逃走はしません」
 数が多いこと自体も脅威だが連携もするとなれば厄介以外の何物でもない。
 だがここに集まったのならば行うべきは唯一つ。
「さて……“今日”を守りに行くとしようか」
「はい、どうかご武運を……お気をつけていってらっしゃいませ」
 風巻き上げるヘリオンに、松葉色の袖がひらり。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
落内・眠堂(指括り・e01178)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)
クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)
星野・千鶴(星見鳥・e58496)

■リプレイ

●咲け
 幼き瞳に、燃え盛る世界。
「あ」
 ボッと向日葵が火を灯したその時。
 幼子と向日葵の間に上空から相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が滑り込んだ。
 子供からすれば巨人に違いない体躯を惜しげなく晒し、幼子を包み込む。
「纏めてかかってきやがれ!」
 意図的にグラビティ込めて叫べば空気が震え、向日葵の視線がぐるりと向いて。
 瞬間――、泰地の背が燃えた。
 躊躇いの無い火炎の熱線がその背を奔ること、四度。
「この筋肉が相手してやるぜ!……もう、大丈夫だからな」
 瞬く間のこと。
 焼け爛れた背は燃えるように熱く、刺すような痛みは絶え間なく。
 それでも、腕の中で不安気に揺れた幼子へ泰地はおくびにも出さずニッと笑い返す。
 もう何も恐ろしいことは無いのだ、と。
「大丈夫か、泰地。ったく、人を手にかけちゃ太陽に顔向けできねぇ花になっちまうぞ」
「泰地さん……!」
 駆け寄った星野・千鶴(星見鳥・e58496)が灯す輝きが焼け爛れた背を優しく癒す。
 同時、鎌首擡げた向日葵の中央を天矢・恵(武装花屋・e01330)が尾引く流星で蹴り抜いて。
 跳ね返る勢いで着地するその身、しなやかに。
「頼むぜ、眠堂」
「任された」
 翼の如くはためく袖、鮮やか。
 紙ならぬ鋭さで突き立った符が溶けるや、落内・眠堂(指括り・e01178)が指を弾く。
「そら、――逢瀬をしよう」
 口角を上げて微笑む薄い唇が呼ぶ、“何か”が嗤う。
 炎天下、在らぬ影蠢く巫覡の一手。くるりくるりと廻り狂えと、灼熱の太陽以上に眠堂の術が向日葵達を狂わせる。
 思い頭を下げたまま、薄気味悪い花達は二人の男を睨み続け。
 すれば、視界は狭まるばかり。
「出られない迷路なんて、洒落になんねぇな――地獄鳥よ、我が敵をその地に縛れ」
 鵙の羽搏きを向日葵は知らない。
 エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)の詠声に気付きもせず。
 恵の蹴り飛ばした向日葵目掛け、ジュッと一鳴き。他の鳥真似出来ぬ、低くも無く高くも無い鵙だけの声。青々と燃え盛るその身はまるで矢の如く、花の貌を貫いた。
 ぐらり傾く花一輪。
 鵙の尾が引いたグラビティチェインによって容赦無く根を絡め取られたその太い茎に、風切る氷河の刃が迫る。
「リョーシャ、良い当りだね。ね、エーリャ、プラーミァ」
「グルルァ」
「ん……そうだね、ローシャくん」
 猛攻は終わらず。
 どう、と躊躇いなく振るわれたロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)の頭蓋さえ砕く槍斧が深々と芯を捕らえ。
 主の槍斧とは正反対。ボクスドラゴン プラーミァの焔がその切り口を焼き殺す。
 正反対の主従を横目に瞬いたエリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)の花緑青に、蝶一羽。
 この蝶、花は好めども物の怪は好かず。
 夏の熱風に翻ったローブの内、淡く浮かぶ魔術回路が煌めけば、ほら。
「《我が邪眼》《閃光の蜂》《其等の棘で、影を穿て》」
 この言葉を解すはエリヤのみ。
 指先から綻びる様に白い肌が棘持つ蝶へ。
 一滴も喰らうこと無く、美しき針雨に太陽の花は散る。
 呻く。
 呻く。呻く。呻く。
 同胞散らした人憎しと、花が蠢く。
 ぞろり揃えた四つ首。見据え逸らさず、さぁ―――。
 と、突如一輪――頭花が弾け飛んだ。
「……さて。“不変”のリンドヴァル、参ります」
 着地から今まで精神を極限まで研ぎ澄ました魔女の一撃が炸裂した瞬間だった。

●散れ
 舞い散る花弁。
 弾け飛ぶ花芯。
 痙攣する枝葉も茎も、まるで人の様。
「人々も、夏の風物詩も……守り切るといたしましょう」
 噎せ返る暑さの中、楚々とした態度崩さず帽子の影でクララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)は言う。
 見る限り花の全てが泰地と眠堂から花を逸らさない。
 つまりクララ達の作戦は成功に等しく、背に庇う家族に今は危険が薄いということ。
 しかし、泰地の腕の中の幼子は。
「すまんっ、千鶴!」
「うん」
 千鶴が泰地の腕からそうっと幼子を受け取れば、潤んだ瞳から涙がこぼれた。
「大丈夫。……大丈夫だよ」
「……うん」
 しゃくりあげる少年をそっと抱きしめれば、弱い力が縋り付く。
 大家族の長女である千鶴の手付きは慣れたもの。
 幼子の小さなポケットへ一等賞の祝いを忍ばせてることも忘れずに。
 少し離れた場所にいる家族の下へ、とん、とん、と一定の速度で叩かれながら連れられれば、幼子ゆえに瞼がゆっくりとくっついく。
 聞こえた静かな寝息に千鶴は内心胸をなでおろしたことは、誰も知らない。
「よーちゃん!」
「陽太!」
 姉と母の声に閉じた瞼がゆるりと開いた。
 生きていたこと、怪我が無い事に安堵し涙する家族を見守りたいところだが。
「急いで、出口はあっち。怖いものは私達にお任せ、だよ」
「っ、ありがとうございます!」
 千鶴の示す出口は、真っ直ぐ突き当り。
 降下の際、ロストークが刈り倒した最も薄い向日葵の壁があった場所。
 震えた声で礼を述べ、娘と息子を抱え上げ走り出した父母の背を千鶴は見ない。
 何故なら、この一時守る為に戦い続ける7人支えようと既に走り出していたから。

 畳み掛ける様に前衛凪ぐ向日葵の葉は、まるで鋼。
 恵へ向けられたそれを肩代わりすること三度。ロストークが深く息を吐く。
「全く、君達は随分と収穫に手間取らせる向日葵だね」
 せりあがる血は吐き出し、彼の花から視線逸らさず。
 故郷に居た頃は向日葵の種は気軽な軽食だったというのに、と笑えるのは背を支える人あればこそ。
「盾を。堅牢なる盾を此処に」
 クララの詠唱に添うように、鎖が生き物の如く伸びる。
 身を挺す盾役の為に描き出すは守護方陣。
 僅かながらも傷が癒え、三重の盾加護に眠堂はそっと息をつく。
「助かる」
「ありがとな、クララ!」
 眠堂と共に向日葵の意識引き付ける泰地も構え崩さぬまま。
 爪先へ宿す輝きは七色に、飛ぶ。
「はあぁぁっ!」
 天高く振り下ろす踵落としは斧が如く。
 虹纏う一蹴が花を打ち据えれば、それが次に手折るべき起点となる。
「エリヤ、ローシャ!」
 エリオットが呼んだ、弟と友人の名。
 高速演算で出た最も有効な手段は、この流れを途切れさせないこと。
「出られないのは人じゃない。お前らだぜ」
「そうだね……にいさん」
 エリオットとエリヤの足取りは鏡写しに全て同じ。
 重たげな頭花をゆらした向日葵が感じた、最期。
 青々と燃え盛る一蹴が貌の最も薄い箇所を貫き、逃れ得ぬ黒鎖に締め潰されること。
 残る花は三輪。
 と。向日葵一体の気が逸れた――、瞬間。
「прикорм」
 おいでと誘う電子音声。
 起動。オールグリーン。発射。
 ロストークのプログラミングに忠実な管制機の指示素早く、子機ドローンが空駆ける。
 誘惑せよ。幻を此方へ。
「――さあ、僕はここだよ」
 目まぐるしく惑わされた花一輪。
 無理矢理捩れた茎裂けることさえ厭えずに、疑似餌を追って天使の虜。
「そう……いい子だ」
「ァグルルル、ッア!」
 ぼうっと猛た火花はプラーミァの。
 一層傷を負うであろう主を想い、傷塞ぎ異常撥る加護持つ清き炎を注入する。
 三輪全て傷があり、あまり長くはないことを知っているのは八人のケルベロスと――。
 さざめき合う花達だけ。
「っ、」
 燃える花。咄嗟に腕で身を庇い。
 ちりりと袖が焼け落ち、爛れた左腕は酷い有様で見ている方が痛いほど。
 しかし。
「治るだろ」
 視線を落としたのは一瞬。痛む素振りも顧みる心も無く、眠堂は踏み込む。
 決して痛みが無い訳でも感じない訳でもないのだが、その前に成すべきことがある。
 骨張った指先が挟む符に一筆の螺旋。
 勝ち虫の蜻蛉飛ぶ符紙ごと音も無く風に散れば、眠堂の指先に捩れの加護が有り。
「ひとを焼くのは、浪漫にも欠けるだろ」
 音立てず詰めた距離は零。
 指先で触れた太き茎へ、ふうと息を吐くように風穴を。
 軋み軋み呻いて軋み。
 瞬く間に枯れ落ちて、残る二輪。
 ふーっと息吐いた眠堂の肩に、一羽の見知った御業の気配。
「もう、そうやって無茶をするんだから……!痛いのは全部、貰っておくね」
 声の先には眉寄せた千鶴。
 すまないと笑った男へは溜息一つが丁度良い。
「――星を」
 廻る一枚に鎧纏う一羽の姿。
 千鶴の声に応える様に青が滲めば眠堂の火傷は治まり、肌は殆ど元通り。
 無茶をするな。無理をするな。そう言ったところで誰彼聞く筈も無いことなど重々承知。ならば癒し手もまた、淡々と痕を拭うのみ。
「大丈夫、まだ行けるよ!」
 明るい声は軸一本支えとなる。
 入れ替わるようにクララが前へ。
 不変の魔女の手へ逆再生のように集う生きた鋼。ゆっくりと昇る黒き輝きの、名は。
「これが第二の夜明け、レギオンレイドの黒太陽です」
 告げる。
 クララのオウガメタルが成す黒光は透けず、夏の日光さえ遮った。
 背筋震える絶望の輝きに、向日葵の足は竦むばかり。
「引っこ抜くのも、可哀そうですし……ね?」
「花を整えるなら抜くより切る、だぜ」
 クララの横を恵が抜ける。
 すらり。魔法陣輝く改造スマートフォンより引き抜いた刃は、夏陽の照り返し強く。
 断ち切るべきは根から上、10センチの位置。
「花屋の斬り方ってのはこういうもんだ」
 ニィッと笑った恵の一刀は、空気さえ断つかのように。
 終い。
 ずるりと滑った花は、二度と起き上がることは無く。
 鈍い音を立て地に沈む。
 残る一輪、身動ぎさえせず泰地と眠堂を睨み上げていた。
 目配せは一度で十分。力強く地を蹴った泰地の足が鋭く空を切る。
「 ――ハッ」
 呼吸、一閃。
 漲る筋肉隆起する足が、視認許さぬ速度で花を蹴り飛ばす。
 体重乗せた一撃に向日葵はぐらりと傾いた後、首を垂れた。
 その姿見据えたまま泰地が呼吸を整えたその時。
 ひくりと動いた、根。
「根が来る!」
「えっ……あ゛っ?!」
 窮鼠、猫を噛む。
 油断は無かった。しかしもう終わると思う感情まで無かったかと言えば、嘘。
 命燃やす様に伸ばした根が、飛び退こうとした者さえ無理矢理捕らえて引き倒す。
 絡めて絡めて喰らってやらんと最後の足掻き。
 歯を食いしばる者。癒そうと鎖走らせる者。皆、炎天下の中で呼吸を荒げ汗を流す。
 目まぐるしい中でふと、深く息吸った眠堂が言った。
「待て」
 低い声。
 力ある言葉にひたりと花の足が止まり。
「俺達の今は“今日”を守り、あしたと繋ぐため」
 言葉の合間にも、しゅるりしゅるりと花の身に絡む注連縄に紙垂揺れて。
 這う気配。迫る気配。
 これは捕らえる者の、気配。
「逃がす訳にはいかねぇよ」
 眠堂の手中で燃え尽きた真白い符に描かれた紋様は誰知らず。
 向日葵握り締めた巨腕が、ぶちりと花を手折り去る。

●夏に
 差す日、燦々と。
 目に眩しいほどの黄色い花の中、汗を拭いながらもその手は止めず。
「恵ーっ、こっちってこれで大丈夫かなー?」
「そっちはそれでいいぜ!倒れただけなら、軸に括ってやってくれ!」
 はーい!と返事遠く。
 広大な向日葵迷路の中では致し方の無いこと。
 水管潰れてしまった向日葵は切り花へ。倒れた花は支柱立て再生への一手。
 根が覗いていたのなら土を掛け、切れかけの葉はしっかり切ってやるのが上策。
 花屋を営む恵の“ヒールではなく手で向日葵の修復を”との申し出を拒否した者は無し。
 戦いが終わり傷癒した後、泰地の迅速な連絡や手配で迷路を運営する花園関係者が応援に駆けつけたお陰で作業は非常にスムーズだった。
 もう大丈夫だろうと恵が辺りを見回した時、足元に見慣れた縞々一粒。
「こりゃあ……ったく、次は普通に咲けよ」
 拾った種一粒、慣れた手でそっと埋めてやる。

「すっかり夏ですこと……」
「……にいさんたち、溶けてる?」
「暑いね」
「……たしかに、暑すぎる」
 炎天下。
 夏の日差しはケルベロスにも容赦は無い。
 誰とも分からぬ“暑い”という言葉に返す答えは“そうだな”“暑いね”その程度。
 削れる精神。散りゆく集中力。溜まった疲れに足取り重く。
「醍醐味にしちゃ……清々しすぎる、か?」
 ぼうっと遠くを見る眠堂の隣、ハッと見上げた千鶴が危機感を覚えたのも無理はない。
 良ければ是非!是非!と関係者に握らされたアイスサービス券は細やかな命綱。
「すみません、ソフトクリーム……えっとー」
 一番乗りで駆けこんで涼しさに頬緩めつつ、折角の注文はしっかり。
 頼む時は一括でもと千鶴が振り返った時、全員の手や希望の注文が示されていた。
「えっと4個お願いします!あと、削り氷のを3つとアイスミルクコーヒー……」
 なんやかんやと伝え終わり、ショーケース上に出したサービス券一枚。
 燦然と輝く無料の字はとっても神々しい。
 冷菓が届くまで暫し。汗を拭って体を伸ばせば、籠った熱と共に気が抜ける。
 お待たせしました!と届いた物を手に、お疲れ様と笑いあって。
「偶にはミルク入り珈琲も悪かねぇ、か」
 グラス満たす柔らかな色に、恵は密かに微笑む。
 運んでくれた店員へ持ち帰りの相談をすれば快く渡された専用の注文冊子。
 裏を返せば、北海道の本店から通販も出来るという。
「ん?……お、限定か」
 店舗限定 スペシャルカップアイスアソート、の文字。
 専用シートに丸を付ける手はどこかご機嫌だった。
 手にした山は高く、白くてつやつや。香り立つミルクの香りは心地良い。
 口にした瞬間に溶け舌に馴染む味は、含んだ時の濃厚さと裏腹に後味爽やか。
「アイス、美味しいね」
「ふふ、幸せです」
 大きなソファに隣同士。微笑みあう千鶴とクララは藹々と。
 隣席では北国育ちロストークと向かい合わせにシャルトリュー兄弟。
「はぁー……うめぇ」
 スプーンでざくざくとミルク氷を壊し一口。
 まるで染み入るような声でエリオットがぽつり。
 言葉にこくこくと頷くエリヤもまた、眠た気な目を今は見開いて微笑んで。
「おいしいねえ」
 幸せそうな二人と一緒に机を囲む。
 だからこそ美味しいことを、エリオットと同じくミルク氷突くロストークはよく知っている。
 一方。
 今、眠堂は人も生き物も等しくだめにするクッションに埋もれている。
 見つけてしまったのだ。ラグの上、ぽにぽにとしたミルク色を。
 疲れた体は、抗うことを忘れていた。
 本当に、本当につい先程まで泰地とミルク氷片手に、夏は向日葵の攻性植物が増える傾向にあると真面目な顔で話し合っていたというのに。
 もうオフだ。
 今は完全オフ。
「……みんなの前で、頑張ったしな」

 窓から覗く夏の青。
 涼しい部屋から見る贅沢を、のんびりと享受するのもまた一興。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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