魔竜顕現~未だ眠りし後継者

作者:絲上ゆいこ

●魔竜王の遺産
 崩れ落ちた石垣、割れた壁、木材と化してしまった梁に柱。
 破壊された熊本城。
 もうもうと煙と砂埃がかかるその中に、ひどく禍々しい気配が感じられた。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 晴れゆく砂煙の中に浮かび上がる、怪しく輝く何か。
 ――ドラゴンオーブ。
 禍々しい気配を撒き散らす3m程のその玉は、瓦礫と化した熊本城の上にゆらゆらと浮いていた。
「魔竜王の遺産、ドラゴンオーブが目覚める!」
 そこへ覇空竜アストライオスが三竜と成ってしまった配下の竜を引き連れてドラゴンオーブに近づくと、竜達の姿が撓むように歪んだ。
「魔竜王の後継者が、生まれようとしているのだ」
 ゆらゆらと暫く歪み揺れていた4体の竜達の姿は、時空の歪みの中に消え。
 瓦礫の上に、別の影が現れた。
 その影達は、ドラゴンオーブを護るように数を増やしだし――。

●竜の巣
「よう、怪我したヤツらはちゃあんと治療してるか? 疲れも溜まってるだろうが、お仕事の話だぜ」
 レプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は資料を丸めて、ケルベロスの肩をポンと叩いた。
「熊本城の戦いでは、侵空竜エオスポロスの過半数と廻天竜ゼピュロスの撃破に成功しただろ? マー、熊本城はちっと……かなり壊れちまったが。ケルベロスクン達の頑張りのお陰で、覇空竜アストライオスは『魔竜王の遺産、ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させる事に失敗してくれたぞぅ。流石だ、ケルベロスクン達」
 瞳を閉じて、ぱちぱちと掌を叩くレプス。
「だが、ドラゴンオーブの顕現は防げなかっただろう? そンで、ちぃっと困った事になっちまってなァ……」
 ドラゴンオーブは『時空の歪み』の空間を生み出して、その内部を禍々しい力で満たそうとしている、と予知に出た、と彼は言う。
「その力は時空の狭間へと熊本市内を飲み込み、崩壊させちまうようでなァ。皆が頑張ってくれたお陰で避難が9割以上完了しているとは言え、熊本市にはまだ数万人規模の市民が取り残されている。――皆を避難させるには時間があまりに足りねェんだ」
 その上。
 力が満ちた時、ドラゴンオーブから魔竜王の後継者となるべき強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知された、とレプスは語る。
「と、言うわけでお仕事の話だ。お前達には時空の歪みの中に突入して、ドラゴンオーブを壊すか、奪取するかしてきて欲しいンだ」
 既に時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの4竜が突入している。
 その竜達を抑えてドラゴンオーブを破壊、または奪取を行わなければならないのだが――。
 レプスは困ったように瞳を細めて。
「中に居る4竜の他になァ、熊本城跡……、時空の歪みの周囲にドラゴンオーブの力で出現したと思われる、19体の強大なドラゴンが出現しているんだ」
 つまり、19体のドラゴンを抑えた上で時空の歪みの内部に突入。
 その上で4竜と対決して、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊しなければならない、と言う訳だ。
「……本当に俺だってこんな無茶な提案したくねェんだがな……。こんな作戦、危険な上に成功率も低い。だが、……ソレ以外の作戦も予知に出なかったンだ」
 頭をガリガリと掻き、言葉を次ぐ。
「まずこの作戦を成功させる為には、ドラゴンオーブを守る19体のドラゴンに対して攻撃を仕掛けて、時空の歪みに突入する隙を作る必要がある」
 片目を瞑って、レプスは資料を開く。
「ンで。その後、突入をしたチームの退路を守り抜く必要も有るからなァ。19体のドラゴンと戦うチームの支援は必ず必要となってくるぞ」
 1つ目の大きなアイコンが浮かび上がり、19体のドラゴンに対する『支援班』と言う言葉が浮かび上がる。
 そこから『退路を護る』『撃破を狙う』と、2つのツリーにアイコンが分岐した。
「歪みの中に入らずに、19体の竜の抑え支援をするパターンだな。その場合、もし負けてしまいそうなチームがいる場合に助けに入るパターンと、戦いに積極的に参加する事で竜を撃破するパターンが想定できるぞ」
 『退路を護る』だけならば『壊滅してしまったチーム』が居ない限り退路を護る事は出来るであろう。
 『撃破を狙う』ならば3体以上の竜を撃破できれば、壊滅したチームがあったとしても防御の薄くなった部分から強引に撤退することが可能であろう、と但し書きがつけられている。
「退路を維持しつつできるだけ撃破を行おう、なんてイイトコ取りをするならば突入班の戦力が足りなくなるかもしれないぞ、この辺の調整もよろしく頼むなァ」
 レプスが瞬きをすると、もう一つ大きなアイコンが現れ。
 『突入班』という文字が浮かび上がる。
「ンで。無事に突入できた後は、覇空竜アストライオス・喪亡竜エウロス・赫熱竜ノトス・貪食竜ボレアースに対応した上で、ドラゴンオーブの奪取……或いは破壊を頼みたいんだ」
 更にがツリー状に分岐し、『四竜の対応』『ドラゴンオーブの対応』の2つのツリーにアイコンが分かれた。
 『四竜の対応』は、撃破を狙うならば最低でも4~5チームが必要、撃破を狙わない場合でも2~3チームが必要であろう。
 『ドラゴンオーブの対応』は、奪取する為には『ドラゴンオーブの所持者に相応しい資質』を示す必要があり、破壊をする場合には『純粋なダメージ量』が必要。と但し書きがされていた。
「っつー訳でだ。作戦を成功させる為にはメチャメチャ打ち合わせが必要だし、いざ戦いになったとしてもメチャメチャ大変だって言うのは伝わったと思うが……。その上で、皆には何を目標にするのかを良く相談をしてほしいと思うぞ」
 資料を閉じたレプスは、マスクの上から両頬を叩き。
 ずっと困った表情を浮かべてしまっていた自らに気合を入れた。
「よしッ。ドラゴンオーブをこっちで確保しちまえば、魔竜王の後継者とやらも生まれる事がなくなるってワケだ」
 お前たちなら絶対出来ると信じている。
「成功したらオニーサンが甘味の1つや2つ、奢ってやるぜ」
 だから、絶対帰ってこいよ、と。
 笑って見せるレプスは何時も通りの表情。
 竜達の企みを挫く事も、熊本市民を護る事も、ケルベロス達ならばきっとやり遂げてくれるであろうと。
 その瞳には信頼の色が浮かんでいた。


参加者
ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
七種・徹也(玉鋼・e09487)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)
赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)
ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)

■リプレイ


 魔竜の群れを抑えるケルベロス達をすり抜け。
 突入した次元の歪みの内部。そこは植物すら存在せぬ、荒れ果てた生無き荒野。
 12チーム総勢96名の猟犬達は、太陽光が差す事の無い地を薄ぼんやりと包む、紫光の靄をかき分け駆け行く。
「いやがったな」
「……うん」
 七種・徹也(玉鋼・e09487)が呟き、ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)が緊張に喉を鳴らして頷いた。
 目前に迫る、巨大な竜の背。
 オーブを捜索しながら行く道は、四竜達にとって猟犬達の追撃を許すに十分な時間を与えてしまった様であった。
 赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)が目を細めて呟く。
「……おくがまぶしいですね」
「そうだね、あれは――」
 紗神・炯介(白き獣・e09948)が言葉を次がずとも皆、理解していた。
 光に宿された圧倒的な力。
 あの光の元に竜達の求める力があるのだと。
 同時に四竜を抑える予定の仲間達が動いた。
 それはオーブへと仲間達――自分達を導くべく、足止めをする為の一撃だ。
「急ごう」
 竜爪と猟犬達の牙が交差する。
 その瞬間を狙い、駆け出したハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)に次いで、アリアドネの糸を揺らしながらは皆は地を蹴った。
「……っ」
 強い光に照らされ。巨大な宝珠を前にベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)は息を呑む。
 血がざわめき立つ、身体が疼く。
 俺は、この宝珠を、どこかで見た様な気がする。
「ベルンハルトさん、お願いします」
「おう、やっちまえ!」
 足を止めた彼に、アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)が声をかけ。刀を握りしめて、周囲を警戒する草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)も発破をかけた。
「――竜とは気高きものだ」
 細く息を吐いてから、言葉を紡いだベルンハルトは宝玉に手を伸ばす。
 どこか馴染む触り心地。
 惹かれている。
 それだけは無く、ベルンハルト自身の根底に関わっているような。そんな気がしてならないのだ。
「一挙手一投足、死の間際まで誇り高く。死すら、残る同胞を鼓舞するように積み重ねて行く」
 その生き様は、俺も見習うべきものがある、と彼は金糸を揺らす。
「人は自分を守る為にも力が要る。……だが俺の望む俺は、他の誰かを守れる俺だ」
 竜は己を傲らぬように、俺も自分の力を傲らない。
「俺の強さは、その為にある」
 竜が同胞を想うように、俺も人々を救いたいと想う。
「俺は人々を守る鋼の刃になる。燃える魂で、俺の鋼を鍛える」
 宝玉の力を示す光が揺らぎ、竜の影のようなモノが動いた様に見えた。
「その炎を心に、俺は生き抜く。――生きて、皆を守るんだ」
 俺の為に、時間を作ってくれている皆が居る。
 俺達が戦いを終わらせると信じて、耐えてくれてる皆が居るのだ。
「オーブ、お前にも解る筈だ」
 ベルンハルトは祈る様に言葉を紡ぐ。
 光の揺らぎが眩く、強く。
「死力を尽くして戦う俺達は、龍さえ奮い立つ者ばかりだ」
 魔竜王の遺産たる宝玉の中の竜が揺らぎ、その瞬間。
「これが次なる主の矜持だ、しかと見届けろ……!」
 ――『魔竜王』の求めるモノとは違ったのであろうか。
 影が牙を剥いて宝玉の中を跳ねた。
「……ッ!」
 うねる力は、拒絶を表す様に。
 咄嗟に上げたガードごと、力の氾濫に飲み込まれたベルンハルトの身体が弾かれて弧を描く。
「ぐッ」
「ベルンハルトさん!」
 鈴珠がぎゅっと杖を握りしめると同時に、駆けた炯介がベルンハルトを受け止める。
「後は、……頼ん、だ」
「任せて」
 意識を失うベルンハルト。
 その背後から攻撃準備を終えた、あぽろが素早く踏み込んだ。
 試す事が出来るのならば、宝玉に自らの資質を試したいとも思っていた。
 しかし、より相応しいと託した彼が拒否をされたのだ。
 竜は一体一体が導き手。
 仲間の為に命を躊躇なく捧げ、最後の一体まで勝利を信じ戦う。
「なら俺も、同じ意思を以てここに極光の御旗を立てるまでだ」
 一歩踏み込み、自らに太陽たる神を宿す。
 二歩駆け、金色に輝く髪を揺らし。
「俺は太陽の巫女、太陽神と共に遍く照らす者! 戦いの先頭に立ち、続く者に勇気を、超克の光を示す!」
 掌に籠めた膨大なエネルギーと魔力を練り放つ!
「コイツが俺の、『太陽の意思』だッ! ――『超太陽砲』ッ!!」
 それは戦いの始まりを告げる一撃。
 あぽろは極大の焼却光線を宝玉に直接叩き込み、戦いの火蓋を切り落とした。


「吹き飛ばして差し上げましょう」
「おう!」
 アレクセイは竜を象る砲へと化した竜斧を、半円を描く様に振り叩き込み。
 合わせて、徹也が掲げた斧が叩き潰さん勢いで振り下ろされた。
 厭う様に宝玉の中の竜影が、吠え蠢く。
「!」
 アレクセイの放った竜砲がそのまま弾き返され。強引に体で覆う様に割り込んだ、徹也の背が焼け焦げる。
「ぐッ、お前の攻撃キくなぁ……」
「……はは、すみません」
 困った様に眉尻を落とすアレクセイ。
 とは言え。
 皆の防具は耐性が合わされており、随分とダメージは軽減されている様子であったが、――痛いものは痛い。
「いま、回復します!」
 鈴珠が振るう杖は癒やしの雷を宿し、徹也を包み込む。
「どうやら、はんぶんくらいは反射するようですね」
「そのようだな。しかし他者に反射は無いようだし、庇う事が出来ると言うのは随分助かるな」
 相槌を打ちながらも、ハルの構えが乱れる事は無く。
 的が動かぬのならば、鍛えられたその剣筋が陰る道理は無い。
 殲滅の刃を叩き込むと、同時に構えていたネリシアが踏み込み。
 パイルバンカーを覆うワッフルを模した盾をぶちかましてから、杭を叩き込んだ。
 しかし宝玉に当たった攻撃は捩れ。
 力の波と化して、反射を避けようと宝玉を蹴り飛んだネリシアを衝撃が貫いた。
「大丈夫かい?」
 強かに体を打ち据えられ。地へと叩き込まれそうになった体を、その身で受け止め支えたのは炯介だ。
 支えながらも体制を崩すこと無く、轟音の鉄の名を持つライフルよりを光線を吐き出す。
 ゆっくり時間をかけることができるのならば。強い魔力を秘めているとは言え、反射以外の攻撃を行わぬ宝玉に苦戦する事も無いだろう。
 しかし。背後には自分達を信じ、自らの命を削りながらこの数分を作り出してくれている仲間達がいる。
「……うん、大丈夫。早く、倒さなきゃね」
「そうだね」
 この竜の一連の騒動中、幾度も組んだ二人は慣れた動きで構え直す。
 一刻も早く、宝玉を破壊する為に。


 自らの身体の傷を増やすのは、自らの攻撃だ。
「きっと、もうすこしです!」
 鈴珠は攻撃の合間に、幾度も回復を重ねる。
 耐性があるとは言え、半分も跳ね返ってくる攻撃は癒やし手にとって脅威であった。
 一生続くかと思える程長く感じる、六分間。
「……うん、まだやれるよ」
 青い翼を広げ、ネリシアはワッフルを模した盾より三股銛を装填。
「でも、もう終わらせようか……。大着装『ワッフェルパンツァー』……、略して『ウミヘビワッフル』!」
 ――発射!
 彼女の号令に合わせて、銛がビーム状の海蛇と化して食らいつき。
「おう、もう終わらせようってのには同感だ。いい加減オーブも反射するのに飽きてきた頃だろうしな」
 癒しが重ねられているとは言え傷塗れ。伝う血を掌で拭うと、頬に朱の線が伸びる。
 それでも、髪に太陽を宿したあぽろは笑む。
「太陽の巫女として。暗雲をブチのめして光を射しこませるには、良い頃合いだ」
「では、ご一緒させてもらおうかな」
「おう、足引っ張るなよ。……なんてな、にひひっ、信頼してるぜ」
「光栄です」
 彼も同じく満身創痍。アレクセイがくつくつ、と喉を鳴らして瞳を細めて笑う。
 腕を真っ直ぐに伸ばすと、指先を彩る白銀の鳥翼。
 浮かび上がるは星々の羅針盤。
 薔薇の護りが加護を高める様に、燃えるは太陽の炎。
 12の星座は星光の刃と成し。
 星の輝きは、永遠にして一瞬。
 神宿す天地を焼く炎は宙を割る。
 艶めく唇は、薔薇の姫へ愛を歌う。
「――永久はここに絶たれたり」
「陽の深奥を見せてやるよッ!」
 降り注ぐ星光の刃と太陽の炎が、宝玉を喰らい。
 放たれる反射はきらびやかに。
 瞳を細めた炯介が桃色の霧を癒やしに翳し。
「全力で行くぞたたら吹き、合わせろ」
 同意を示してエンジンを吹かすキャリバー。
 黒く燃える地獄、たたら吹きを踏み台に徹也は跳ぶ。
 徹也が握りしめた斧を巡る呪力がルーンに力を宿し。強引に押し切ると、斧を叩き込む!
 確かな手応え、宝玉が微かに欠ける。
「もう、少しッ!」
「後は任せておけ」
 空間を食らい、埋め尽くす程の黒刃。
 指揮をする様にハルがピンと伸ばした人差し指が、指し示すは宝玉。
「この刃は我が後悔の具現――。集いて喰らえ、殲びの黒剣」
 他方のケルベロス達が獲物を構えるのが見えた。
 踏み込みから身を狂気に捧げんばかりの魔斧の一閃が続き。隙間を縫う様に、台座と宝玉の間を抉る一撃が差し込まれる。
 長い髪が圧に靡き、ハルは瞳を細めた。
「――滅ッ!」
 宝玉を食らい尽すべく、雨の如く殺到する黒刃。
 同時に叩き込まれた黒炎が燃え爆ぜ――。


 宝玉に亀裂が走った。
 大きな力が溢れ、弾ける。解き放たれ、行き場を失った膨大な魔力が炸裂する。
「わ……っ」
 膨大な力の爆発は、地を削り均し。
 爆風に曝された身体が、来た道へと押し返される。
 咄嗟にベルンハルトを庇い抱えた炯介が、笛に手を掛ける。が、その必要は無くなった様だ。
 眼前で剣戟を響かせる、四竜を足止めしているケルベロス達と視線を交わした、その瞬間。
 背に氷柱を差し込まれた様な怖気が、ケルベロス達を襲う。
 それは凄まじい怒気。
「おのれ、許さぬ! 魔竜王の遺産を破壊せしものに、死の罰を与えるのだ!」
 自らの求める力を奪われ、破壊された事を悟った覇空竜の吠声だ。
 続き、三竜がこちらを睨めつけ。
「こっちはまだ抑えられる、行けッ!」
 ケルベロスの一人が叫び、ノトスとボレアスが抑え込まれる中。
 アストライオスとエウロスは怒りに身体を震わせながら、体力の限界まで二竜を抑え撤退を始めた猟犬達――そしてたった今。宝玉を破壊した怨敵へと、翼を大きく広げた。
「さあ、一刻も早く脱出しましょう」
 ニ竜は正に猛追。
 怒り、喚き、地を割り。
 その身を巨大化させながら迫りくる二竜に追い立てられ。チームの垣根を超えて戦闘不能者や負傷者に手を貸しあい、入り口へと向かうケルベロス達。
 しかし、怒り狂う竜の速度は尋常では無い。
 覇空竜が吠えると同時に、膨れあがる魔力。
「間に合わない、か!?」
 出口まで逃げ切る事は出来ないと、ライゼルは直感する。
「迎え撃ちましょう!」
「ちょうど良いわ。あのドラゴンも、纏めて燃やしてあげようじゃない!」
 ラズリアが立ち止まり、キーアが獲物を構えた瞬間。
「紗神様!?」
 ラズリアに向って何かが投げ寄越され、思わず彼女は受け止めた。
「頼んだよ」
 何か――。
 ベルンハルトを託した炯介は、オウガメタルを纏った腕を前に交わし。
 アストライオスより放たれた稲妻を、その身で受け止めると共に地を蹴った。
 どのチームも満身創痍と言えよう、もちろん、自分達も。
 それでも。
 自分達のできる事が有るのならば。
 揺れる武器飾りには、目を向ける事も無く。
 ――この力は大切なもののために。
「力を、貸して」
 炯介自身にすら聞こえぬ小さな呟きと共に。地獄の火花を散らし竜へと飛びかかる。
 合わせてたたら吹きが覇空竜に向かい駆け、タイヤを軋ませ。
「無茶です。我々も……!」
 ラズリアが駆け出そうとした瞬間、静止したのは徹也だ。
「大丈夫だ、すぐ追いつく。俺達の頑丈さは、そいつが良く知っているだろうからな」
 だから、そいつ――ベルンハルトは頼んだぞ、と笑みを深めて見せ。
 徹也は覇空竜の顔を睨めつけると、グラビティを練り上げる。
「暗雲は既に晴らしたんだ。にひひっ、死ぬ気はねーよ、先に帰って待ってろよ」
 いつもの様に笑んだあぽろは踵を返し、覇空竜に向って一気に踏み込んだ。
 ――閉ざせ、地獄の扉!
 清浄な鋼、光迸る刃。あぽろの一閃が竜の腱を横薙ぎ、徹也の生み出した地獄の壁が加護を重ね。
「承知……しました。お任せください。そして、ご武運を……」
 祈る様に呟いたラズリアは、ベルンハルトをしっかりと固定すると出口へと視線を向け――。
 失伝の昔より血反吐を吐き、地を這い蹲り。
 人の歴史は敗北の歴史とも言えよう。
 その度に立ち上がり、希望を奇跡を信じて。己が愛の為、互いを守り合い戦う。
 不屈の生が勝利の証。
「――定命と侮るな、我らは竜にも劣らない!」
 アレクセイが砲と化した栄光の白銀竜を象る大槌を振るい放つ砲は、歌の如く。
 体勢を崩されたアストライオスが地を削り散らしながら腕を大きく振り上げる。
「ひかりなく、なにかのひそむ、ほらあなの」
 写真をばら撒く鈴珠。アストライオスと視線をしっかりと交わしながら、紡ぐはグラビティ籠もる言の葉。
「おそれはあなたをきずつける」
 現像術。
 一瞬瞳を揺らし竜が鈴珠を標的と定め、振り下ろさんとした瞬間。
 ハルの刃と竜の爪が交差した。
 更に向かい来るエウロスを、仲間達が足止めするのが見える。
 そう。背後には撤退をする仲間達がまだ居るのだ。
「ここは通す訳にはいかなくてな」
「皆が、逃げ終わるまでは……通せないよね」
 ハルの言葉にネリシアが同意を示し。
 装甲を構えたまま荒野の壁を蹴り上げ、竜の脳天へと流星の蹴りを叩き込む!
「ならば、死の罰を受けよ!」
 怒りに染まった瞳を狂気に染めた竜はその腕を再び大きく擡げ、後衛に向って振り抜かれる爪。
 咄嗟に徹也がネリシアに庇い被さり、たたら吹きも駆けるが――。
「鈴珠!」
 一歩、足りない。
「……っ!」
 しかし息を飲んで頭を庇った鈴珠に、その爪が振り下ろされる事は無かった。
「……間に合いましたね」
 地獄と化した左腕を掲げて、攻撃を受け流した蜂が安堵の声音を零す。
 援軍のケルベロス達は、続きアストライオスを抑え込み。
「後は任せろ! 早く行け!」
「……ありがとう、気をつけて」
 蒼の声かけに鈴珠とネリシアは頷き、皆と共に駆けてゆく。
 背後より響く剣戟に感謝の気持ちを抱きながら、鈴珠は拳をぎゅっと握りしめる。
 人は弱く強いもの。体は弱く命も限りがある。
 だけど、人は滅んではいない。それは命の使う事を知っているからだ。
 人は死を恐れる、しかし命を輝かせて繋げて行く強さがあるのだ。
「まだ、わたしはいきています」
 鈴珠は呟く。
 オーブの中から、生まれてくるモノは失くしてしまった。
 この命は、皆と明日を繋げるために。
 竜との戦いは、まだ続くのだから。
 そしてケルベロス達は、揺らぎを抜け――。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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