魔竜顕現~荒ぶる生死の境界線

作者:雷紋寺音弥

●甦る竜宝玉
 瓦礫と化した熊本城。かつては難攻不落を誇った名城も、侵空竜エオスポロスの自爆によって、今は見る影もなくなっている。
 そんな中、瓦礫の中央より現れたのは、不気味に輝くドラゴンオーブ。その力を狙い、この地に集まった竜達は、いよいよ最後の作戦に出んと力を集結させていた。
「魔竜王の遺産、ドラゴンオーブが目覚める! 魔竜王の後継者が、生まれようとしているのだ」
 大空の覇者の名を冠した竜、アストライオスが猛々しく吠える。四竜の内の一角を倒されてもなお、その勢いに衰えはなく。
「後継者の誕生を、竜十字島の玉座で迎える事ができなかったのは痛恨である。だが、あのドラゴンオーブこそ、我らドラゴンの希望。絶対に守り抜かねばならぬ」
 仮に、これが奪われるようなことがあれば、それはドラゴン種族の存亡に関わる大惨事だ。だからこそ、必ず守り通さねばならぬのだと。それだけ言って、残る3体の竜と共に、ドラゴンオーブの周りに広がる時空の歪みへと飛び込んで行く。
 やがて、4体の竜が全て消えた後、どこからともなく次々と強大なドラゴンが現れた。その数、合わせて19体。それらの竜達は、まるで示し合わせたかの如く、ドラゴンオーブを守るようにして散開した。

●忌むべき遺産の守護者
「熊本城での戦いは、辛うじて勝利することがでいたようだな。お前達の活躍で、侵空竜エオスポロスは過半数が撃破された。廻天竜ゼピュロスも倒され、覇空竜アストライオスは、出現した『魔竜王の遺産、ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させる儀式に失敗したようだぜ」
 だが、それでも状況は予断を許さない。出現したドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしている。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に、これからの作戦について語り始めた。
「ドラゴンオーブの内部に力が満ちたとき、オーブからは魔竜王の後継者となるべき、強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知されている。これを阻止する為には、時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取、或いは、破壊するしかない」
 既に時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、そして貪食竜ボレアースの4竜が突入しており、すぐに後を追わねばならない。だが、時空の歪みの周囲にはドラゴンオーブの力で出現したと思われる『19体の強大なドラゴン』が、侵入者を阻止すべく待ち受けている。
「この19体のドラゴンを抑え、時空の歪みの内部に突入。アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する。これが、今回の作戦だ……」
 危険かつ成功率の低い無謀な作戦だが、現状で有効な作戦はこれしかない。もっとも、口で言うのは簡単だが、実際は凄まじく困難であることを、クロートも失念しているわけではないようで。
「オーブ周辺の空間に突入する為には、ドラゴンオーブを守る19体のドラゴンに対して攻撃を仕掛け、突入する隙を作る必要がある。突入したチームが帰還する退路を守り抜く必要性からも、19体のドラゴンと戦うチームの支援は必須だぜ」
 更に、先に突入した、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、そして貪食竜ボレアースといった4体の竜への対処も必要となるため、人員を無駄に割くことは許されない。自分達が何をすべきか、良く相談して作戦に臨んで欲しいと、クロートはいつになく強い口調で念を押した。
「まず、最初に必要なのは支援部隊だ。これは、他の部隊が敗北した際に戦いを引き継いで敵の動きを抑え、突入班が帰ってくるまでの退路を守り続けることになる」
 そのために必要な予想戦闘時間は30分。敗北後に戦いを引き継ぐという作戦の性質上、そこまで多くの人員を割かずとも、少数で持ち堪えることはできるだろう。
 反面、とにかく退路を断たれてはならないため、この作戦に回る部隊の存在が最終防衛ラインとなる。参加する者達には決して倒れず、粘り強く退路を確保するための工夫が要求されることになるはずだ。
「次に必要なのは、ドラゴンオーブを奪取するか、もしくは破壊するための部隊だな。オーブを奪取したければ、自分の『ドラゴンオーブの所持者に相応しい資質』を宣言し、ドラゴンオーブを手に取って審判を仰げばいいんだが……」
 仮に、オーブから『資質なし』と判断された場合、一撃で戦闘不能になるような大ダメージを負わされる。また、破壊するにしても膨大なダメージを与える必要がある上に、一定の割合でこちらの攻撃を反射してくるため、そちらも注意しておく必要がある。
「そして……最後に、ドラゴンと直接戦う部隊だが、これは突入班と外部の19体を迎撃する班の二つに分けられるぞ」
 アストライオスを始めとした4竜と戦う場合、戦場はドラゴンオーブの生み出した異空間の内部になる。撃破するのであれば、必要な予想戦力は最低でも4~5班。1班だけでは足止めにさえならず、ドラゴンオーブを狙う部隊に危険が及ぶ。
 その一方で、19体のドラゴンを狙うのであれば、こちらは外での戦いになる。支援ではなく最初から戦闘を仕掛ける作戦なので、複数の班で連携しつつ、1体のドラゴンを狙うことも可能となる。
 最低でも4体のドラゴンを撃破すれば、その後の支援が薄くとも、突入班は強行突破で離脱することも可能だろう。しかし、特定のドラゴンに戦力を集中し過ぎると、手薄になった箇所のドラゴンが増援として出現する可能性もあるので、連携をする際には標的にも注意しなければならない。
「魔竜王の遺産……話には聞いていたが、一度に19体ものドラゴンを生み出すとは、それだけでも恐ろしいものだな」
 だが、これは同時にチャンスでもある。危機的状況ではあるが、ここでドラゴンオーブを破壊できれば、敵の戦力を大幅に削ぐことにも繋がるはず。
「お前達だけじゃない。多くの者が、決死の覚悟で勝ち取ってくれた好機だ。こいつを無駄にすることなく、確実にチャンスを掴み取ってくれ」
 最後に、それだけ言って締め括り、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
モモ・ライジング(神薙画竜・e01721)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)
櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)

■リプレイ

●魔竜顕現
 ドラゴンオーブの作りし空間へ、ケルベロス達が突入して既に10分と少し。
 唐突に天を貫いた信号弾の音に、櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)は思わず顔を上げて音のする方へと目をやった。
「合図か! だが、少し距離があるな」
 ここから全力で駆け出し、2分は掛かってしまうだろうか。それでも、魔竜を押さえるべく奮闘を続けていた仲間達を、ここで見殺しにするという選択はない。
「孤立させたりなんかさせない。助けに行くよ!」
 そう、影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)が叫ぶと同時に、他の者達も一斉に駆け出した。
 目標は、魔竜ブースト・レイノルズ。大気を操り、嵐を巻き起こす、大自然の災害そのものとも呼べる強大な存在。
 そんな敵を相手に、たった8人で食い止めているのだ。本来であれば数十名単位で一斉に攻撃を仕掛けて倒すべき相手。それを、ここまで保たせたのだから、先発隊は十分に健闘したと言ってよい。
 魔竜の繰り出す猛毒の嵐と強烈な吹雪。それに加え、全てを斬り裂く鋭い爪の一撃によって、今や持ち堪えているのは二人のみ。もはや、残された手段は自らを犠牲にして残る1人を逃がすか、はたまた力を暴走させて特攻するか。その、二択しかない状況に追い込まれていたが。
「んうー。手伝いに、きた」
 間一髪、傷つき倒れそうになるオラトリオの身体へ、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が光の盾を届けて守った。
「『神』にこの歌を捧げましょう。愛しき民も、仇なす者も、全て儚き夢の世界へ……」
「よ~し! 私の歌を聴けーっ! ってね♪」
 迫り来る魔竜をロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)が聖歌の力で押し止め、その間にシルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)が戦士の歌を紡いで仲間達を鼓舞して行く。それでも、既に倒れてしまった者達を立ち上がらせることはできず、勇名は怪力に任せて負傷者たちを纏めて抱き上げた。
「こっちは、ぼくが、運ぶ。早く、逃げるよ」
 戦力低下の愚は理解していたが、それでも勇名は敢えて撤退を支援することを選択した。
 戦う力を失った者達は、自力で戦場から離脱することさえ難しい。このまま放置して戦いに巻き込まれれば、命を保証することなどできはしない。
「行くぞ! 我等は盾! ここから先へは、如何なる敵であろうとも進ませるな!」
 巨斧の刃で大地に線を引きながら、ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)は防御用のドローンを展開しつつ叫ぶ。強大な力を持った魔竜相手に、どこまで通用するかは判らない。だが、それでも丸腰で向かって行けば、ミイラ取りがミイラになる結末を迎えるだけだろう。
「わたしも手伝うよ! ここから先ヘは、行かせないんだから!」
「ならば、後ろの護りは任せてもらおうか。さあ、どこからでも来るがいい!」
 縦横無尽に伸びる鎖でリナが結界を張り巡らせれば、悠雅もまた稲妻の障壁を展開し、光の壁として魔竜の攻撃に対する防壁とする。二重、三重に守りを固めることで、今は少しでも時間を稼がねば。
「よし! ならば、足止めはこちらでやらせてもらうぞ」
 まずは一発。ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)が牽制の意味も込め、竜砲弾を叩き込んだ。続けて、その爆風が収まり切らぬ内に、ハンマーを掲げたモモ・ライジング(神薙画竜・e01721)が一気に間合いを詰めて打撃を叩き込まんとするが。
「……っ! も、もしかして、全然効いてないの!?」
 超高速かつ超重量の一撃で脳天をカチ割ったはずなのに、ブースト・レイノルズは揺らぐことさえしなかった。そればかりか、軽く鼻息を立てて着地したモモを見下ろすと、そのまま喉の奥から小刻みに唸るような声を上げていた。
「こいつ……!?」
「笑って……いるのか? 舐められたものだな、私達も」
 ティーシャと悠雅が、それぞれ身構えつつも敵の挙動に目を凝らす。既に先発隊と激しい攻防を繰り広げているはずなのに、目の前の魔竜には疲れの色の欠片さえ見えない。
「来るぞ! 気を付けろ!」
 そう、ジョルディが叫ぶのと、魔竜が風を纏って嵐を呼ぶのが同時だった。
「うっ……! な、なんなの、この風は……」
「ま、まけちゃだめ……。ぜったいに、みんなでぶじにかえるんだから……」
 風に巻かれた周囲の瓦礫が瞬く間に腐食し、それは風を受けたモモやロナの身体も同様だった。
「毒の風!? それに、この威力……油断できないね」
「でも、その分だけ歌い甲斐はあるよ。皆が戻ってくるための場所、守らないとね」
 額の汗を拭うリナに、シルヴィアが笑って言った。
 竜宝玉の力によって顕現せし、強大な魔竜。その力を前にして、果たしてどこまで立っていられるか。
 一瞬でも気を抜いたら、それで殺られる。魔性の力を宿せし竜との、短くも長い死闘の時間が幕を開けた。

●烈風領域
 大気を操り、嵐を巻き起こす魔性の竜。先の者達との戦闘を経てもなお、その力は何ら衰える素振りさえ見せなかった。
「くっ……! まさか、早々にここまで追い込まれるとはな。障壁を維持するだけで、精一杯か……」
 歯噛みする悠雅。大気の性質さえ変容させる魔竜の技は、後方に立つ者達をも容赦なく狙ってくる。当然、狙撃手や癒し手も例外ではなく、ともすればそちらを優先的に潰そうとして来るのは厄介だ。
「まだまだ……。負けてなんか、いられないよ!」
 肉体を蝕む猛毒を振り払い、シルヴィアが立ち上がった。だが、本来であれば他者のフォローに回るべき彼女が自分の戦線維持で精一杯であることが、魔竜の強大さを如実に表していることに他ならなかった。
「やってくれるわね。だったら、ここはナイフで……って、きゃぁっ!?」
 ならば、自ら魔竜の返り血にて体力を奪ってやろうとモモが仕掛けるが、擦れ違い様に斬り付けた矢先、強靭な爪の一撃で吹き飛ばされた。
「さ、最悪……。今のでドローンとか鎖とか、全部壊れちゃったし……」
 やはりというか、こちらの防御策など気休めに過ぎなかったと、モモは埃を払いながら顔を顰めた。
 次にあれを食らったら、自分も無事では済まないはず。しかし、そこで諦めたら全ては終わり。元より、この程度で勝てるような、甘い相手だとは思っていない。
「やはり、小型のドローンでは限界があるか。ならば……」
 今度は正真正銘の大型を見せてやる。リペアユニットを内蔵した巨大な盾を展開し、ジョルディはそれを、モモを守るようにして展開した。
「我が誇りここに権現せり……。重騎士の本分は守りに有り!」
 そちらが100枚の盾を壊すのであれば、こちらは101枚の盾を張って挑むのみ。どこまで通用するかは不明だが、こうなれば根競べだ。
「こちらで援護する。接敵できるか?」
「う、うん……やってみる」
 ライフルを構え、中和光線にて敵を牽制するティーシャの言葉に、喰霊刀を握り締めたリナが頷いた。
 究極生物たるドラゴンとはいえ、一度でも肉体に楔を打ち込まれれば、後はそれを押し広げて動きを止めることも可能だろう。先のロナによる聖歌の攻撃の効果は、未だ敵の身体に残っているはずなのだから。
「まだまだ! わたしも、いくよ……」
 空の霊気を纏って斬り付けたリナに続け、ロナ自身もまた影の刃で敵を斬る。魔竜の鱗は固く、甲殻は銃弾や砲弾でさえ容易に弾き返す強度を誇るが、それでも鱗の隙間など、微かな傷口を狙って刃を突き立てて。
「んうー。お手伝い、終わりー。今から、ぼくも戦う、よー」
 間髪入れず、戻って来た勇名が背負った砲門を展開し、一斉射撃で敵を撃つ。幾度となく撃たれ、斬られているにも関わらず、魔竜ブースト・レイノルズは、未だ疲れる様子さえも見せなかった。

●溢れし魔性の力
 魔竜との戦いを始め、既に7分ほどが経過した頃だろうか。
 手厚い回復と強固な守りによって、辛うじて脱落者を出していない状況。それでも、力量の差は圧倒的であり、さすがに厳しいかと思われた時分。
「……っ! な、何、この嫌な感じ……」
 背筋が凍り付くような感覚を覚えてリナが異空間の方へと目をやれば、そこには脱出して来る突入班の姿があり。
「あれは……アストライオスとエウロスか!」
「追われているのか? だが、この状況では……」
 突入班を追う二つの影。その正体を知り駆け出そうとするも、ティーシャと悠雅は後ろ髪を引かれるような思いで踏み止まった。
 このままでは突入班が追い付かれる。だが、自分達とて目の前の魔竜を相手にするので精一杯。それに、周囲に広がって行く不快な感覚は、あの二頭だけが発しているものでもなく。
「えぇっ!? な、なんか、敵が大きくなっていくんだけど!?」
「嘘、まだ倒されてもいないのに、ここで巨大化しちゃうわけ!?」
 お約束を破って更なるパワーアップを遂げた魔竜を前に、シルヴィアとモモの二人も、さすがに覚悟を決めざるを得なかった。
「怯むな! 突入班の救出には、既に他の者達が向かったはずだ!」
 迫り来る魔竜の爪を大盾で受け止めつつジョルディが叫ぶが、先にも増して強大になった一撃は、彼の力を以てしても受け切れず。巨斧も用いて少しでも衝撃を殺そうとするも、魔竜の爪はそれさえも嘲笑うかの如く、大盾に深い爪痕を残してジョルディの身体を吹き飛ばした。
「……どうした? 魔竜の力はその程度か? 俺を斃したければ全力で来い!」
 それでも、斧の刃を地面に叩き付けて衝撃を殺し、ジョルディは辛うじて踏み止まった。正直、今の一撃で全身の骨が砕かれたかと思ったが、ここで倒れるのは重騎士の名折れ。
「だいじょぶ? まだ、がんばれる?」
「無理はするなよ。ここまで来て死者を出すなど、洒落にならないからな」
 すかさず、ロナが気力を分け与え、悠雅がショック療法による回復を施したところで、ジョルディは苦笑しつつも立ち上がった。
 肉体は悲鳴を上げる寸前だったが、それでもまだ戦えないわけではない。それは、他の者達も同様だ。自分達の役割は、この魔竜を他の場所で戦う者達の場所へ行かせないこと。突入班の退路が確保されるそれまでは、意地でも動かぬと覚悟を決めたはず。
「こうなれば、後は持てる全力を叩き込んで阻止するまでだ」
「……面白そうじゃない。分の悪い賭けは、私も嫌いじゃないわよ」
 ティーシャの放った紅蓮の蹴りに合わせ、モモが一気に接敵してハンマーによる強烈な一撃を叩き込む。もっとも、今のブースト・レイノルズにとっては蚊が刺した程度の痛みなのかもしれないが、ここで敵に背を向けるつもりはない。
「うごくなー、ずどーん」
「放つは雷槍、全てを貫け!」
 敵の足元に多数の小型ミサイルを飛ばして勇名が敵の足を止める中、リナが必殺の雷槍による一撃を叩き込む。それだけでなく、それらの攻撃さえも軽々と受け止める魔竜であったが、ケルベロス達の猛攻はなおも止まず。
「永い永い時の果て、世界に届け、私達の想い。魂よ響け、この世界中に。私達が願うのは星の未来。未来掴む為、さぁ、闇を祓おう……♪」
 続けて聖歌を紡いだシルヴィアが、5本の剣を召喚する。彼女の歌に合わせて舞い踊る剣が五芒星を描き、シルヴィアはその中心に、自らの力を収束させて。
「派手に……いっけぇぇーっ!!!」
 凝縮した力を魔弾へと変えて、魔竜目掛けて解き放つ。凄まじい魔力の奔流が、風と大気を操る魔竜へと襲い掛かった。
 さすがに、これだけ食らわせれば耐え切れまい。そう、誰もが思ったが、果たして巨大化した魔竜の力は、ケルベロス達の想像を超えていた。
「……やはり、一筋縄では行かぬようだな。ならば……最後まで足掻いてみせよう!」
 爆風の中から平然とした顔で姿を現したブースト・レイノルズへ、ジョルディは巨斧を構えて斬り掛かった。
 こちらが倒れるのが先か、仲間が離脱するのが先か。その、どちらであったとしても、最後の最後まで戦ってみせるという覚悟を決めて。

●戦略的撤退
 巨大化した魔竜は強かった。否、単に強いという言葉で片付けてしまうには、その力はあまりに強大だった。
 毒の風は容赦なくケルベロス達の肉体を蝕み、大気の操作によって喉の奥まで凍てつかされる。爪の一撃は強固な鎧さえも紙のように穿ち、防御用のドローンさえも容易く破壊する。
 だが、それ以上に厄介なのは、敵が風を纏うことによって体力を回復させることだった。幾度となく足を止め、麻痺を叩き込んだところで、それらが本格的に効果を発揮する前に、全て振り出しに戻されてしまうのだ。
 先鋒の班が、魔竜に殆どダメージを与えられていない原因が、これだった。元より、倒すのではなく耐えることに重点を置いた布陣。敵も持久戦に持ち込む術を持っている以上、純粋な力量の差が戦闘に影響を与えるのは必至である。
「……グァァァァッ!!」
 魔竜の咆哮が天を貫き、猛毒の風が後ろに立つ者達へと襲い掛かった。それを受け止めんと、ジョルディとロナの二人が盾となったが、さすがに消耗が激し過ぎた。
「やらせ、ないもん……!」
「重騎士の本分は……守りに有り!」
 それらの言葉さえも、瞬く間に忌むべき風の濁流へと飲み込まれて行く。全てを蝕む嵐が過ぎ去った後、そこにあったのは力尽き倒れたロナの身体。
「そ、そんな……。ここまで来て……」
「慌てるな! まだ、息はある!」
 蒼白となったリナに、悠雅がロナの身体を抱き上げながら叫んだ。その横ではシルヴィアがジョルディへ癒しの力を届けようとするも、反応がないことに思わず首を傾げ。
「……も、もしかして、間に合わなかったの!?」
「んー、たぶん、平気。立ったまま、気絶してる、だけだと、思う」
 一瞬、嫌な予感が全身を駆け抜けたが、それはジョルディの身体を持ち上げつつ勇名が否定した。
 最後の最後まで、彼は味方を守る盾で在り続けたのだ。その身を猛毒に蝕まれ、凍てつく大気に鎧を剥がれ、幾度となく大盾を巨爪で傷つけられようとも。
「残念だけど、ここまでね。引き際を心得るのも肝心よ」
「同感だ。幸い、撤退も上手く行ったようだからな」
 モモの言葉に、頷くティーシャ。もう、これ以上はここに留まる理由はない。多少、口惜しい部分もあるが、自分達の役目は存分に果たしたはずである。
 牽制のための嫌がらせとして、持てるだけの攻撃を叩き込むケルベロス達。それらを鬱陶しそうに払い、魔竜が再び風を纏った隙を見て、彼らは一斉に駆け出した。
 この借りは、近い将来に必ず返してやる。その想いだけを胸に秘め、彼らは廃墟と化した熊本城の敷地を後にした。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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