魔竜顕現~竜玉を廻る死線

作者:千咲

●十九の魔竜
 辺りを覆っていた砂煙が落ち着くまでの数分間、静寂が周囲を包む。
 だが、それはすべての無事を現している訳ではない。
 なぜなら、ほんの十分くらい前迄そこにあった筈の城が、跡形もなくなっていたから。
 侵空竜エオスポロスの突撃から衝突、そして熊本城の爆発――ケルベロスたちにとってそれは、勝利であって勝利ではなかった。
 そして。
 砂煙が晴れた後の、瓦礫と化した熊本城。その天守があった辺りに浮かぶのは、直径3mにも及ぶ大きなオーブ。それは、竜の鉤爪に掴まれたような姿で禍々しい光を放つ。
 ドラゴンオーブ。それがこのオーブの呼び名だった……。

 その姿が白日の下に晒されると同時に、オーブから何かエネルギーのようなものが溢れ出し、瓦礫の中に零れ落ちてゆく。その瓦礫の中にあるのは、『自爆したエオスポロスのコギトエルゴスム』。
 ……カタッ。
 カタカタカタ……。
 ガタッ!
 ガタッ……ガラガラガラッ……。
 次第に大きくなる音とともに、瓦礫がさらに崩れてゆく。そしてその中から何かがせり出してきた。
 まさか侵空竜の復活か!?
 そう思ったのも束の間。じきに全容を見せたものを目にすれば、誰もが異なる存在であると分かる。それは古今東西あちこちの文献などにも時折顔を覗かせる、さまざまな竜。その総数は1、2、3……全部で19。
 そしてこれは、その中の1体――紫を基調とした躯。いかにも硬く刺々しい外皮、というか外殻。さらに、背には2対4枚の翼。これだけでも十分にその存在が尋常な存在でないことは明らかだが、それよりも更に特徴的なのが、その目。本来あるべき箇所にはなく、その頭の上というか頭部正面に3対6つの『目』。まるで大きな黒真珠かと見紛うくらいの悪しき力そのものがそこに嵌まっていた。
 竜は、やがて完全に立ちあがると、ドラゴンオーブに近付く者に『散れ!』とでも言っているかの如く、大きな大きな咆哮をぶち上げる。
 魔竜ヘルムート・レイロード。それがこの紫の竜の名前だった。

●竜玉を廻る死線
「先のドラゴン勢力との決戦は、お疲れさま。辛うじての勝利、なんていう声もあるけれど、それでもみすみす敗北するより遥かに良いわ。だって……」
 赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)は、集まってくれたケルベロスたちに、現状確認の意味も込めて、先の戦いを振り返った。
 魔竜王の遺産、ドラゴンオーブ。
 これを狙うドラゴン勢力との決戦において、過半数の侵空竜エオスポロスの撃破に成功し、廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功。
 それなりより覇空竜アストライオスは、出現したドラゴンオーブを竜十字島に転移させる事に失敗した。
 ――しかし。
「今はここまでみたいだけど、情勢は依然、緊迫の只中みたいね。ドラゴンオーブは跡地となってしまった熊本城に『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たし始めたの」
 それが、今現れたドラゴンオーブの周囲を覆う禍々しさの正体だった。
「そして、この力が歪みの中に充ちた時こそ、ドラゴンオーブから『魔竜王の後継者となるべき強大なドラゴン』が生まれるという予知が見えているの」
 恐ろしい事を告げる陽乃鳥。
「それだけは絶対に阻止しなきゃいけないのだけど、その為には皆さんが時空の歪みの中に突入してドラゴンオーブを奪取するか、或いは、オーブ自体を破壊する必要があるの」
 でも、それは言うほど簡単な事じゃないの……とも。
「時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースのという四体の竜が既に突入してしまっているから、すぐに後を追わねばならないのだけど、問題はその周囲に、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『19体の強大なドラゴン』が侵入者を阻止すべく待ち受けていること」
 ゆえに、この19体のドラゴンを抑えた上で時空の歪みの内部に突入、アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する必要がある……ということなの、と。
「危険かつ成功率の低い無謀な作戦かも知れない。でも……現状、これ以上の作戦は存在しないから、お願い。どうかみんなの力で……」
 死地に追いやるが如き気持ちか、最後の一言は声にならず。それでも陽乃鳥は深々とお辞儀をすることで表情を隠していた。
 それから数十秒ほど。
 気持ちを落ち着けるだけの間を置くと、ようやく話を再開。やや俯きがちに続ける。
「みんなにお願いしたいのは、出現した19体のドラゴンの1体『魔竜ヘルムート・レイロード』の迎撃なの。時空の歪みに突入するチームと同時に、その4枚の翼を持った紫色の竜に攻撃を行い、突入を援護。その後、彼らが撤退してくるまで最大30分の間、ドラゴンを抑え続ける事が任務になるの」
 ただでさえ強大な竜を相手に30分……ひどく困難と言えよう。その上さらに衝撃的な台詞が続く。
「19体のドラゴンは、いずれも目の前の敵の排除に成功すると、他のドラゴンの救援に向かい連携して戦い始める為、もし1か所でも崩れると、連鎖的に全戦場が崩壊するのは目に見えている……でも、敵となるドラゴンは、覇空竜アストライオスに勝るとも劣らない戦闘力があり、少人数のケルベロスでの撃破は、正直なところ不可能でしょう」
 ――ただし。
「幸い、生み出されたばかりのせいか、勝敗が決した時点で連携を始めるほどの知性はないの」
 一瞬、その意味を掴みあぐねていると、
「つまり一人でもケルベロスが健在ならば殲滅するまで戦場を離れない為、もし倒せずとも斃れさえしなければ時間を稼ぐことは不可能では無いみたいなの。みんな以外にも、仲間のケルベロスの支援に期待できない訳じゃないけれど、できればこのメンバーで、突入班の帰還までドラゴンを抑え続けられるように作戦を練って置いた方が良いわ」
 勝利ではなく、敗北しないための戦い……。しかし、勝利を目指すことはできないのか。ケルベロスたちのそんな表情は、陽乃鳥にも伝わったよう。
「支援チームの作戦如何によっては、戦力を集中してドラゴンの撃破を狙う……そんな手も有り得ない訳じゃない、なんて言ってもいいのかな。もしそうなった場合は、ぜひ力を合わせてドラゴンを撃破してね」
 と。努めて明るくは言うものの、それはとても僅かな可能性。

「みんなの命が掛かったこの状況で言っちゃいけないのかも知れないけど……それでも言わせてね。今回のことは、ドラゴンオーブを破壊するたった一度きりのチャンスなの。だから……」
 ケルベロスたちは、続く言葉を敢えて聞かない事にした。


参加者
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
ノル・キサラギ(銀花・e01639)
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
クーデリカ・ベルレイム(白炎に彩られし小花・e02310)
小車・ひさぎ(二十歳高校三年生・e05366)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ

●解析
「一緒に戦うのは……城ヶ島制圧戦以来。お互い、竜に縁がありますね」
「ええ。今回は白羽さんたちとご一緒できることになって良かったです」
 拳を軽く打ち合わせる白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)と、アリエータ・イルオート(戦藤・e00199)。
「30分もの耐久戦とは、楽しくやれそうだ。きっちり耐え抜いてやろうぜ。皆、よろしく頼む」
 ある意味で今回のキーパーソンとも言えるラティクス・クレスト(槍牙・e02204)だが、それを感じさせない明るさが、良い意味で仲間たち皆の自信に繋がっていた。
「よしっ!」
 合図と共に他18チームと機を合わせ、魔竜たちへの攻撃部隊が動く。
 決めた相手の元へ各チームが分かれて駆ける中、初撃を決めたのは、小車・ひさぎ(二十歳高校三年生・e05366)。その指から放たれた鋼の指弾は、警告という名の宣戦布告。
 続いてアリエータの元から飛んだ不可視の妖精たちが魔竜の周囲を飛び交う。
「お前たちの視野をラティクスに貸してあげて」
 忠実な妖精たちの視野を得たラティクスは、その導くままに天高く駆け上がり、美しい虹の軌跡を描く蹴りを浴びせた。
 他のケルベロスたちも次々と仕掛けるも、魔竜ヘルムートの強力な尾の一撃が、激しい咆哮と共に前衛の面々を打つ。
 すかさず傷を癒すメディック。グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)が紡いだ光のカーテンが傷ついた者たちを優しく包む。
「……白炎展開、呪詛装填……撃ち抜き、爆ぜよ」
 クーデリカ・ベルレイム(白炎に彩られし小花・e02310)の詠唱と共に、無数の白き炎の魔弾が放たれる。
「焔刃形成――おれはいつも、あなたと共に。往こう、白花焔刃」
 続いてノル・キサラギ(銀花・e01639)の右腕と背に顕れし蒼く燃える焔が、羽ばたく翼となって魔竜に燃え移る。
 しかし炎を物ともせずに魔力で紡がれた流星の雨がケルベロスたちを襲う。
「いまの私の体力と防具耐性、それにメディックの皆さんの回復量から見ると……」
 自身のダメージを冷静に測りつつ、戦力を解析する佐楡葉。その結論は持って二撃。もう一撃を耐えるには運と総力をあげた回復が必要、と。
「厳しい……ですね」
 だが、止められる訳ではない。魔力弾を魔竜の足元に撃ち込むと、そこから咲いた大輪の薔薇とそれを支える茨が敵に絡みついてゆく。
「状態異常も十分溜まったろう。イクス、行けるな!?」
 霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)の身体を覆っていたオウガメタルが、敵を絡め取る不規則な刃となって魔竜を切り刻む。
 それでも、あらゆる束縛を断ち切るドラゴンテイルの前には力不足か。
「大丈夫だ………援護する」
 グレッグの地獄化した左腕から蒼炎が拡がっていき、仲間たちの傷を癒すと同時に防具となって覆ってゆく。
「こっちだ。魔竜ヘルムート! オレを倒してみろよ」
 幾度目かの虹を描く蹴撃を放つラティクス。その様に怒りを覚えた魔竜が、流星を極めて狭い範囲に集中させた。
 ――きわめて重い一撃が、彼に死を予期させた。
 だが、すかさずメディックらが生み出した光の盾が彼の前に三重に構築。
「やらせないよ」
 ノルが傷口を狙って斬りつけ、敵のBSを更に深くする。そして炎を纏ったひさぎの蹴り。
 しかし敵をヒールに追い込むどころか、竜は一層激しく尾を引き絞る。
「危ないっ」
 咄嗟に庇ったクーデリカが小柄な身体ごと弾き飛ばされるも、辛うじて再び両足で地面を掴む。
 その時、アリエータの腕時計が5分経過を知らせた。

●魔竜ヘルムート・レイロード
 幸いなのはクーデリカが防具耐性を備えたディフェンダーであったこと。ゆえに比較的傷が浅く、独力の回復+α程度で攻勢に転じることができた。
 ノルの蒼炎が視界を一瞬覆い、その影から稲妻を帯びたゲシュタルトグレイブの軌跡――ひさぎによる超高速の槍捌きだった。さらに皆の攻撃が続く中、ラティクスが闇色の衝撃波で敵を包む。
「――捌式・渾沌!」
 毒が魔竜の躯を蝕んでゆく。超生命体たるドラゴンですらも多少なりと危機感を覚えたのか、己にヒーリング――苦労して与えた傷がみるみるうちに塞がってゆく。
「……振り出し、か」
 和希が小さく唸った。確かに自分たちだけでは手数が足りないかもとの実感が湧く。
 しかしここで心を折られる訳にはいかない。命懸けで突入した者たちがいるのだから。
 ケルベロスたちは態勢を整えるべく、回復を重視。その上で改めてラティクスが注意を惹くための虹を描き、佐楡葉とひさぎがオリグラで攻撃を加える。
 しかし体力を取り戻した魔竜は、後衛の面々に向かって再び流星の雨を浴びせると、力強い咆哮を轟かせた。
「轟かせるなら負けません」
 佐楡葉の砲撃。同時にクーデリカの白炎が再び敵の躯を呪いで縛った。その間にアリエータとグレッグが仲間の傷を癒す。
 しかしすぐに魔竜の尾が、今度は前衛の面々を薙ぎ倒した。またしても回復に手が費やされる。アリエータの縛霊手から紙兵が散布、グレッグの蒼炎が味方を守護すると共に、クーデリカの描いた魔法陣がケルベロスたちを賦活する。
 その一方で攻撃を緩めなかったのがノルと和希。――白花焔刃、そして超鋼裂鞭剣。
 そうした必死の努力を嘲笑うかの如く、魔竜は再び標的を変え、流星雨を降りしきらせた。
「敵の攻撃に手を打たないと……」
 和希は、佐楡葉に合図を送り、グラビティ中和のエネルギー弾を左右から撃つ。少なくとも一方は功を奏する計算。そして着弾した辺りにラティクスが電光石火の蹴りを見舞った。
 それでも力強さを失うことなく尾で皆を薙ぐ魔竜を見上げる中、再びアラームの音が響く。
 戦いは……まだまだ終わりを告げる気配もない。

●挑発
「まだまだだぜ!」
 元気一杯、意気揚々と地面を疾走するひさぎにタイミングを合わせてグレッグが並走、同時に鋭い蹴りを放つと、軌跡をなぞり脚に纏った炎が躍る。
「そうだな……オレたちはまだ何もしちゃいない」
 次いで闇を帯びた衝撃波を叩き付けるラティクス。魔竜の躯を宵闇が侵食する。
 その一撃に、これまで溜めた怒りを乗せるように収斂させた流星雨を叩きつけようとするも、寸前で侭ならぬ様子を見せた魔竜。
 これを好機と見た一同は、回復を最低限に攻撃に集中。
 一気呵成の攻撃を喰らった敵は、再びヒールで傷を癒しに掛かった。
 ……が、もちろん癒えるまで待つ意味はない。佐楡葉が魔竜の足元から大輪の薔薇を咲かせ、ノルの蒼い焔とクーデリカの白炎が宙を彩った。
 さらに続けて攻撃を重ねようとするも、瞬く間に体力を戻した竜は再び力強い尾を振り回した。
 ケルベロスたちにダメージが蓄積する。自身も苦しい中、それでも仲間を想いアリエータがヒールドローンを飛ばし、グレッグはオラトリオヴェールで皆を包む。
 それを受け、再び攻撃を引き付けるべく、虹の軌跡を描くラティクス。
 だが、まだ敵は怒りに我を忘れるどころか、打って変わって冷静に、ケルベロスたちの頭上に流星を創造……激しい雨として降りしきらせる。
 これ以上は厳しいか……。
 せめてその瞳でも奪えぬものかと、強力な指弾を撃ち込むひさぎ。続いて……、
「イクス、頼む」
 と、姿を変えたオウガメタルの力で敵を切り刻む和希。だが、どれほど攻撃を集中させようと、回復したばかりの魔竜に再びヒーリングを使わせるのは難しい。
 ――つまり、体勢を整える暇はないということ。
 それを察したクーデリカが、覚悟を決める。
 治癒に回る仲間に気付かれぬよう、敵の正面に立った彼女が声高に叫ぶ。
「魔竜ヘルムート・レイロード!」
 魔竜の六つの瞳がはるかに小さな存在を睥睨。
「これだけ攻撃しても、まだ倒せないとは個体最強の名が泣きますよ? それらしい一撃は無いんですか!」
 続けて放つ挑発に、魔竜が著しく低い咆哮で応えた。刹那、一気に駆け、そして跳ぶ。
「絶……」
 グラビティの名を言うより早く、空の霊力が魔竜の傷口深くに達すると――咆哮が突風となって叩き付けられる。
 !!
 バランスを崩したクーデリカを掴まえるかのように魔竜の大きなツメが追い……純白の魔装着ごと斬り裂いた。
「くっ! 私はココまでですが……それでも最後に勝つのは私達です」
 その声は、吸い込まれるように瓦礫の中に消えていく。無機質なアラームが、まるで追悼のベルのようだった。

●急転直下
 クーデリカのそれを無駄にせぬよう立て直す面々。傷を癒すと同時に、新たなディフェンダーのポジションに佐楡葉が移った。
 移動中の彼女を守るべく、ノルが蒼い焔で敵の注意を惹くと、狙い通り力任せに尾を振り回す紫の竜。
「代償は払ってもらうぜ」
 ラティクスが、鋭い蹴りで悪しき力の根本かに見える真っ黒い『目』を潰した。だが、魔竜は怯むことなく再び流星を集中。
 傷が癒え切っていない今、彼がそれを喰らうのは危険――咄嗟の判断で和希がその前に身を投げ出した。
 同時に、己の力を振り絞るシャウト。しかし、それでも更なる一撃に耐えるには相当な幸運が必要に思えた。
(「次は僕の番、という訳か……」)
 とは言え、まだ可能性がない訳じゃない。
 アリエータの不可視の妖精が佐楡葉の視野を広げる。そのサポートを存分に活用し、魔竜の熱を奪う一撃を狙い撃つ。
 硬い鱗を貫き、凍結が広がる。その傷痕を狙うように、ひさぎがグレイブで貫いた。
 しかし、それでも攻撃の手はまだ足りず。再び現実のものとなった危機に、和希は悟ったような表情で魔竜に向かって言葉を投げる。
「……余裕だな。だが八竜も、智龍も、天地殲滅龍も、すべて死ぬ前はそうだった……」
 世迷い言を? とでも言いたそうに、魔竜が彼を見下ろした。
「だが、大きく強いがゆえに、小さく弱いものを甘く見て仕損じる。お前も同じか? 魔竜とやら……!」
 大きな顎に向け、狙いすましたフロストレーザーを放つ。1点に集約した凍気が、小さく開いた口に吸い込まれるように伸びてゆく。
 これまでにない、苦悶とも取れる声が響いた。凍気を嫌い、顔を逸らす魔竜……が、それと同時に右の爪が和希の身体を貫いた。流れ落ちる鮮血と共に急速に力が失われてゆく。
 しかし、それでも彼は小さく笑った。
「ははっ……僕なんかの稚拙な挑発に乗った時点で、お前の負けだっ!」
 魔爪がさらに深く突き込まれると、和希の意識はついに闇に消えていった。

 この間にグレッグの放つ光が仲間を包み込み、アリエータの放ったドローンが仲間を守るべく飛び回る。
 そして仲間全体への列攻撃を避けるべく、ラティクスが天空高く跳び、虹のオーラを纏いし蹴足で美しい軌跡を描いて怒りを誘う。
 次の攻撃は尾で薙ぎ払いに来る筈――これまでのパターンから、多くの皆がそう思っていた。が、そうではなく、再び流星を落としに掛かったのが見えた。
 咄嗟に身を投げ出すノル。無論、代わりに敵の傷口に追い打ちを掛けながら。
「まだ負けられないし、滅ぶ訳にもいかないからね」
 その甲斐あって仲間たちの治癒はほぼ完了。ただしノル自身を除いて……。
 敵が魔竜でさえなければグレッグもすぐさま回復に回っただろう。だが今は攻撃を優先せざるを得ない。次いでラティクスが再び闇色の衝撃波で敵の状態異常を悪化させる。そこでノルが改めて前に出た。
「まったく、惨めな姿だね、ヘルムート。変化を拒み、過去の遺産に縋り、古い力に溺れる――そんなお前達の姿こそ『弱さ』や『愚かさ』と呼ぶんだ。お前たちなど、この星に生きる虫達にすら遥かに劣る!」
 落ち着きのある声音ながらも強い意志を叩き付けられた魔竜は、禍々しさを増したようにも見える爪でノルを切り裂く。
「何度でも言うぞ。ヘルムート! ……真に強いのは、この星に生きる人々だ」
 ……遠くアラームの音が届く中、薄れゆく意識の中にあって尚、己の信ずるものを見失うことはなかった。

●焦り
 手数が足りない……3人が倒れ、ケルベロスたちに焦りが生じ始めた。
 しかし、ここで諦めることは出来ない。手を尽くし、それで届かなかったときには、支援班に引き継ぐことも考えねば。
 そんなことが頭をよぎりながらも、佐楡葉は魔竜の攻撃力を抑えるべく光弾を放った。
 その間にすべきはひさぎとグレッグのポジション移動。
「来い! 送り返してやる!」
 しかし敵も多少は無理を押していたのか、このタイミングで自己回復を図る。
 ホッとしつつも、指弾を放って攻撃の手を止めないようにする。
 直後、魔竜は再び流星雨。しかし既に標的となった後衛に残っているのはアリエータ1人。しかも防具耐性も整えている為に深刻なダメージにはなり得ない。
 とは言え、それでも己の力だけでは完治は難しいけれど。
 その間にラティクスが再び敵の攻撃を誘う。
 手数こそ減ったとは言え、魔竜と何とか渡り合えている――そんなことを思いながら、大輪の薔薇で戦場を彩る佐楡葉。
 一気に時間の流れも速まってきたような錯覚に陥る。しかし、敵の攻撃が止むわけもなく、再び危機が訪れた。
 ビリビリとした緊張感の中、佐楡葉が魔竜の眼前に走り込んだ。
「昔、光雷竜ってのを相手にしましたが、それに比べてあなたは随分温いもんですね。蚊の一匹も屠れないくらい非力なんですか?」
 中指を立てて挑発。
 だが、その身に向かって振り下ろされた魔竜の凶爪は、一瞬で彼女の意識を奪い去った。
(「そろそろ、戻ってきてもらわないと……」)
 挑発は即ち覚悟。ゆえに改めて語ることはなかったけれど、ごく僅かな一瞬に気になったのが、いまだ戻らぬ突入班の事だった。

●絶望か、繋ぐ希望か
 そして、5回目のアラームが鳴り、戦いもいよいよ佳境。残る時間は最大でもあと5分……。
 半数の仲間が倒れた今、魔竜を斃すのは無理としても、全体としての望みはまだ繋がっている。
 それを支えに攻撃を続ける4人。しかしその時、突入班の向かった方から、かつてないほど禍々しい力の流出が感じられた。
「あれは……!?」
 同時に突入班の脱出する様子が窺えた――何かに追われているのか?
 だが、それ以上のことが分かるより先に、流れ出してきた力の影響か、目の前の魔竜が巨大化し始めた。
「……オーブを撃破したせいで、力が暴走し始めたって所か。こいつぁ潮時だな」
 そういうと、皆に撤退の合図を送るラティクス。
 4人は斃れた仲間を担ぎ上げ、慎重に距離をとってゆく。
「……今は、こうして撤退するしかありません。ですが、いずれ必ず……」
 決して逃げ帰るのではない。次に希望を託すために。
 敗北ではなく、各自がやるべき事をやった結果、オーブを破壊できたと思われるから。それこそは全員で掴んだ勝利。
 アリエータは残った仲間たちと共に、相まみえた強敵の姿を決して忘れ得ぬよう、その瞳に灼き付けたのだった。

作者:千咲 重傷:ノル・キサラギ(銀花・e01639) 霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。