魔竜顕現~歪みの空に沈むもの

作者:犬塚ひなこ

●竜珠の出現
 熊本城に衝突した侵空竜が爆発を起こし、周囲に轟音が鳴り響いた。
 色濃い砂煙が舞った後、徐々に煙が晴れていくと――残骸の上に現れた怪しく輝くものが見えた。あれこそがドラゴンオーブなのだろう。
 天守閣があった辺りに浮かぶそれは周囲の景色を奇妙に歪ませ、何者も寄せ付けぬ空間を形成していた。
「魔竜王の遺産、ドラゴンオーブが目覚める!」
 覇空竜アストライオスは声をあげ、禍々しく光るそれを鋭い瞳に映す。
 先程の戦いで生き残った喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースを従えたアストライオスはドラゴンオーブの元へ向かってゆく。
「魔竜王の後継者が、生まれようとしているのだ。後継者の誕生を、竜十字島の玉座で迎える事ができなかったのは痛恨である。だが……」
 配下竜達を連れたアストライオスは何事かを口にすると、現れた時空の歪みの中に突入した。すると四竜の姿がその場から消えてしまった。
 それと同時に其処を守るようにして次々と強大なドラゴンが姿を現していく。
 そして今――ドラゴン種族の存亡を賭けた、オーブを巡る戦いが始まる。

●ドラゴンオーブの行方
 熊本城で行われたドラゴンとの決戦は辛うじて勝利することが出来た。
 自爆を許した個体はいるものの過半数の侵空竜エオスポロスの撃破に成功し、廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功したことで、覇空竜アストライオスは出現した『魔竜王の遺産ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させる事に失敗したのだ。
「ですが……情勢は予断を許さないのです」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は現状を説明し、未だ危機は去っていないと話す。
 出現したドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしている。その力が充ちた時、オーブから魔竜王の後継者となるべき強大なドラゴンが生み出されてしまう未来が予知された。
「魔竜王の後継出現を阻止する為には時空の歪みの中に突入して、ドラゴンオーブを奪取するか、破壊する必要があるのでございます」
 既に時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの四竜が突入しており、すぐに後を追わなければならない。
 しかし、時空の歪みの周囲にはドラゴンオーブの力で出現したと思われる十九体の強大なドラゴンが侵入者を阻止すべく待ち受けている。
「十九体のドラゴン達を抑えて時空の歪みの内部に突入し、アストライオスら強大なドラゴンと対決してオーブを奪取或いは破壊する……という、さらに危険で成功率の低い作戦を行わないとけないのです」
 言い換えれば無謀な作戦となる。だが、現状はこれ以上の作戦は存在しない。
 リルリカは一瞬だけ黙り込み心苦しそうな表情を浮かべて、深々と頭を下げる。どうか、皆さまの力をお貸しください、と。

 そして、少女は改めて作戦を話しはじめる。
 この作戦の目的はドラゴンオーブの奪取、或いは破壊すること。
 しかし、これは簡単には行えない。まず突入する為には、ドラゴンオーブを守るドラゴンに対して攻撃を仕掛けて突入する隙を作る必要がある。
 その後、突入したチームが帰還する退路を守り抜く必要もあるので、十九体のドラゴンと戦うチームの支援は必ず必要だ。
 更に、先に突入した覇空竜アストライオス・喪亡竜エウロス・赫熱竜ノトス・貪食竜ボレアースへの対処も必要だ。
「いま話した全てに対応したうえで、オーブの奪取、或いは破壊を目指してください」
 此処に集ったメンバーはいわゆる遊撃部隊だ。
 十九体の竜と主に戦う班の支援を行うのか。それとも異空間に突入してアストライオス達と戦うのか。またはドラゴンオーブをどうにかしにいくのか。戦いに赴く者たち全員が何をすべきか、よく相談することが作戦を成功に導くだろう。
「魔竜王の遺産……お話には聞いていましたが、とっても恐ろしいです」
 身体を震わせたリルリカはどの選択をしても危険は付き纏うと話す。しかし、確かに危機的状況であるが、これはドラゴンオーブを破壊する唯一の機会でもあるのだと告げた。
「ドラゴンオーブが難攻不落の竜十字島に持ち込まれていたら、対処は不可能でした。だから今は逆に考えればチャンスです!」
 困難な状況でもギリギリで切り抜けてきたのがケルベロスだ。
 成功を信じる根拠は大いにあると伝え、リルリカは仲間達に真剣な眼差しを向けた。


参加者
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)
天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)

■リプレイ

●薄靄の荒野
 太陽の光すら届かぬ荒れ果てた野。
 次元の歪みの内部はそう表すに相応しい場所だった。動物はおろか植物も一切存在せず、命の気配が感じられぬ荒野には紫の怪しい光が薄く靄のようにかかっている。
 なんて寂しい世界だろうか。
 ふと浮かんだ思いは口にせず、ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)は遠くを見据え、竜達の気配を探った。
「往こう」
「キュッキュリーン! あちらにドラゴンの姿が見えますよ!」
 レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)はいつも通りの変わらぬ笑顔を浮かべて前方を指差す。レピーダが示した通り、遥か向こうにアストライオス達が移動する様子が見えた。
 東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)は小さく頷く。
 歪みの荒野に降り立っただけで言い知れぬ不安を感じるというのに、これからあのアストライオスに戦いを挑むのだ。それでも明るいレピーダに元気付けられた気がして、菜々乃は傍に付く翼猫のプリンに「頑張りましょう」と決意の言葉を向ける。
「手遅れになる前に急ぎましょう」
 パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)は未だ遠い竜達の背を見つめ、共に戦いに向かう者達へと声を掛けた。共にアストライオスの足止めに向かうチームの仲間達と足並みを揃え、一行は先を急ぐ。
 荒野を駆け、一歩を踏み締める度に胸がざわつく。
 これから挑むのは勝つ為の戦いではない。
「これは……護る為の闘いなんだ」
 ちいさく呟いたルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)は熊本の空で戦ったアストライオスの姿を思い浮かべながら、燻るような感情を裡に仕舞い込んだ。
「誰も欠けずに帰る迄がネロ達の戦いだ」
 ネロはルトの言葉を聞き逃さず、そっと花唇をひらく。
 この先の戦いがどうなるかは誰にも分からない。それでも、また会おうと告げて別れた仲間と再び戦う機は訪れた。誰も欠けさせてはいけない。よもやこのような次元の歪みに置いてはいかない、という思いが強く巡る。
 少年は微かに目を細めたが、ネロの言葉に敢えて返答はしなかった。
「ルト殿……」
 そんな彼の様子を一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)が見つめる。その隣にはビハインドの一之瀬・百火が何処か心配気な様子でついていた。
 魔竜達を追って荒野を全力で駆ける中、一行は異変に気が付く。
 遥か前方、強大な力を宿す光が見えた。あれがドラゴンオーブなのだと察したパトリシア達は空気が張り詰めるような感覚をおぼえた。
 そして、いよいよ此方からドラゴンに攻撃を仕掛けられる距離まで近付いた。
 三竜には既に其々のチームが駆け、オーブに向かう者達への路を作っている。自分達も、と唇を噛み締めたフィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)はアストライオスの背を捉え、仲間に呼び掛ける。
「もうすぐ追い付きます。戦いへの覚悟を……!」
 その言葉は自分に言い聞かせるかのようであり、其処からはフィオ自身の並々ならぬ決意が感じられた。
 作戦上の目的はあくまでオーブの奪取か破壊までの足止め。
 そのまま敵の背後に付いたもうひとつの対覇空竜チームを追い越し、天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722)達は前方に回り込んだ。
「――アストライオス!」
「お前はここから何処へも行かせない。みんなの邪魔はさせないよ!」
 ルトが真正面から其の名を呼び、詩乃は自分達が覇空竜を止めに来たのだと宣言した。レピーダはカサドボルグを構え、菜々乃も掌を握る。
「暫くレピちゃん達の相手をして貰いますよ!」
「私達は私達の勝利を掴むのです」
 凛とした二人の声は真剣そのもの。赤い機体のライドキャリバーを従えたパトリシア、同じくジゼルカを伴ったフィオも其々に覇空竜へと視線を向けた。
 覇空竜にとって番犬達など小さきものに過ぎない。だが、相手は此方がドラゴンオーブへの路を阻むものだと認識していた。
「よくぞここまで追ってきたものだな……人間共よ」
 口をひらいたアストライオスの声を聞くだけで、白はぞくりとした感覚を抱いた。反して一歩前に立つルトは怯まず、腰に携えたジャンビーアを握り締めながら言い放つ。
「お前だけは絶対に止めてみせる。この空を……オレたちの世界を守るために!」
「ならばやってみるがよい!」
 対するアストライオスは咆哮にも似た声をあげた。
 覇空竜の爪が閃き――そして、戦いは鋭い衝撃音と共に始まりを迎えた。

●稲妻と雷爪
 あまりの衝撃に一瞬、空が奪われたかのように視えた。
 しかし次元の歪みの空は元より昏く、陽の代わりに薄く光る靄が視界を照らしているだけだ。狙われたルトの前に咄嗟に立った白は身体に響く痛みの重さを感じる。
「く……何という力なのじゃ」
「たった一撃で……ジゼルカの損傷がこんなに激しいなんて」
 同じくネロを護りに走ったライドキャリバーの機体が罅割れていると察し、詩乃も敵の強大さを改めて知った。
 されど慄いてなどはいられない。ルトと白、ネロは機を合わせ、魔鎖で戦場に守護陣を描いた。覇空竜を阻むように魔陣が展開されていく中、パトリシアも紙兵の守りで以て仲間に加護を与える。
「誰一人斃されることもなく、わたしも立ち続けるわ」
 それが己の矜持だと言葉にしたパトリシアに続き、菜々乃は轟竜の砲撃を敵に打ち込んだ。そして、敢えて余裕の表情を浮かべて笑む。
「私達と一緒に遊んでいくといいのです。楽しませますよ?」
「我が作戦で多くの同胞達の命を散らせてきたのだ……こちらとて失敗は許されぬ。ここは通らせて貰うぞ」
 するとアストライオスの鋭い眼差しが此方を射抜いた。
 有無を言わせぬ威圧感が身を貫いたように思えたが、レピーダは力いっぱい地面を蹴りあげる。レピーダが流星を思わせる華麗な蹴りで覇空竜を穿った隙を見計らい、フィオは真剣な視線を敵に向ける。
「意地でもこの先にはいかせるもんか! 今度こそ……今度こそっ!」
 敵を逃した記憶は未だ新しい。斬響の力をアストライオスに向けたフィオは心からの思いを言葉に変えた。
 白も懸命に癒しを担い、百火が念動力を用いて戦う。しかし、番犬達の攻撃を軽く受け流した覇空竜は稲妻を轟かせる。
 空間ごと引き裂かれるかのような激しい閃きは容赦なくケルベロスの力を削り取った。共に戦うチームの者達も体力を奪われ、パトリシアやプリンが癒しを施していく。だが、齎される痛みに対して回復が追い付いていない。
 けれど、とネロは宙に飛び立ち、撚り集めた力で竜を貫く。
「ネロの鞘になって貰おう。鞘には斯様な爪も尾も要らないだろう?」
 鋭い一閃が竜の鱗に傷を刻む。
 だが、敵はネロを一瞥しただけでまるで痛みなど感じていないかのようだ。更に反撃として放たれた雷が衝き穿つ光となり詩乃達の身を穿った。それは致命傷に近かったが詩乃は痛みを押し殺す。
「私は……倒れないよ。この星に平和を取り戻すって、もう決めてるから」
 ブレスによってジゼルカは破壊されてしまったが、その分だけ自分が戦い続けるのだと決めた詩乃はよろめきながらも、再び立ち上がる。
 魔術回路を起動させた彼女に合わせ、パトリシアも癒しの魔弾を発射した。
「星の光よ、癒しの力を!」
 煌く清廉な光は確かな癒しとなっているものの、同じく癒しを担い続ける菜々乃はこのままではいけないと感じていた。
「どんどん押されているのです」
「それでも、オレは――斬り開く! 未来を阻む、その全てを!」
 ルトは握った短剣を鍵として異界の扉を開く。
 其処から現れたのは鷲の翼を持つ、どこか懐かしさを感じる幻獣。二人で往こう、と告げてグリフォンに掴まったルトは高く飛翔した。
 二対の翼は天を翔け、空を統べる竜に向かってゆく。
 未だ、彼方に夢見た理想郷に届かずとも、共に翔けられるのならば。ジャンビーアによる幻獣との一糸乱れぬ攻撃が標的を斬り裂いた。
 其処にレピーダが解き放ったのは幻影にして希望たる一閃。
「可能性の光、ご覧にいれましょう!」
 誰かの命を守ることは未来を守ること。可能性の光を守るため、きらきらと輝いて戦うレピーダもまた、『また明日』の理想を追い求めている。
 そして覇空竜と番犬の視線が交差した刹那、眩い稲妻が迸った。

●死の瀬戸際
「大人しく道を譲らぬのならば、此処で散るがよい!」
 アストライオスから放たれたのはほぼ零距離からの雷撃。肩と腕が引き裂かれたかと思う程の激痛が巡り、ルトの翼から幾枚もの羽が舞い落ちた。
「我が同胞に加護を!」
 白が即座に符を投げて相棒の傷を癒したが、回復が圧倒的に足りない。
 稲妻と雷撃、そして無慈悲な爪の一閃。
 そのどれもがたった一撃で番犬達を追い詰め、死すら垣間見えるほどの威力を持っている。この場にいる誰もが今、敗北の気配を感じていた。
 番犬達とて油断している訳でも戦い方を間違えている訳でもない。アストライオスの力が強大過ぎるのだ。
「奥の手を出す覚悟もそろそろ必要か」
「そのときはレピちゃんもお付き合いしますよ」
 ネロが劣勢の状況に唇を噛み締めると、レピーダがふわりと笑う。誰も独りにしない、誰も無駄死になどさせない。仲間達の思いはひとつだった。
 そして、巡る戦いの中でアストライオスが吼えた。
「さあ、無様な死を与えてやろう!」
 腰部の爪が地面に打ち付けられ、アストライオスの体躯が固定される。
「またあの一撃が来るのじゃ!」
「駄目です、守りきれないかもしれません」
 その動作に雷撃のブレスが来ると察した白と菜々乃は身構えたが、その攻撃が抗えぬ痛みを齎すことも解ってしまった。
 刹那、詩乃とフィオが雷に灼かれて地に伏す。
「もう……私の力が足りないせいであんなことになるのは、嫌なのに……!」
「どんなに苦しくて、痛くても……戦い続けたかった……」
 膝を付いたフィオにもその場に倒れた詩乃にも、もはや戦う力は残っていなかった。
 瞬く間に守りは崩され、最大の危機が訪れる。
 パトリシアと菜々乃も暴走の覚悟を決める時が来たのだと察した。
 だが、次の瞬間。
 空間内でとてつもない力が解き放たれた。ドラゴンオーブのあった方角から感じられた波動に誰もが息を飲み、アストライオスまでが動きを止める。
「この圧倒的な力の放出は……。まさか、ドラゴンオーブが破壊されたというのか!」
 驚愕した覇空竜が其方に目を向けた。
 その声には今までにない焦りのような雰囲気が感じ取れる。
「竜十字島のドラゴンが渇望した希望、魔竜王の遺産が……おのれ、許さぬ。魔竜王の遺産を破壊せしものに、死の罰を与えるのだ!」
 そして、アストライオスは怒りに打ち震えた様子で翼をはばたかせた。此処からでは声などは聞こえないが三竜達も覇空竜に続こうとしている。
 敵がオーブがあった方に向かう心算だと気付いたネロは、共に戦っていたチームに目配せをして追撃しようとした。だが、鋭い痛みが翼に走り、ネロは踏み止まる。激しい戦いの中で飛び立てぬ程の深い傷が刻まれていたのだ。
「――!」
 ネロが思わず声なき声をあげた一瞬で、アストライオスはオーブを破壊した者達へ襲い掛かっていった。無論ルトも追おうしていたが、身体が言うことを聞いてくれない。肩と翼から流れ出る血は止め処なく地面を汚し続けていた。
「待て、アストライオス……!!」
 追い縋るように震える腕を伸ばしたルトの声はもう覇空竜には聞こえていないのだろう。それが悔しくもあり、少年は拳を握り締めた。
「これ以上は戦えないわ、退きましょう」
 作戦は遂げたのだから、と冷静な判断を下したパトリシアはこの空間から脱出すべきだと皆を諭す。しかし、そのとき――。

●昏い空の下で
 衝撃音が響いたかと思うと、覇空竜が放った雷撃の余波が仲間に迫った。
「危ない!」
 逸早く攻撃に気付いた白がルトの前に飛び出して衝撃を受け止めた。それによって白が意識を失い、その場に崩れ落ちる。
「良かった、護れた……」
 絶対に皆を生かして帰す。そう誓っていた白は心なしか微笑んでいた。しかし、パトリシアのライドキャリバーもネロを守ったことで無残に破壊されている。
 一瞬で起きた事に歯噛みしながらも、レピーダは皆に告げた。
「オーブが破壊されたなら足止めの役目も終わりです。戻りましょう!」
 レピーダを含め、この場の全員があと一撃でも受けたら倒れてしまう程に消耗している。それ故にパトリシアは詩乃を、レピーダはフィオの身体を支えた。
 其処へ支援に訪れた他チームの者が倒れた白に駆け寄り、抱きかかえる。
「大丈夫かい? 微力ながら手伝わせて貰うよ」
「ええ、お願いするわ」
 白の撤退が優先だと感じたパトリシアは救援者に彼を託し、先に逃げて欲しいと願った。傍には百火が付き添っているので後は心配ないだろう。
「すまない、頼んだよ」
 ネロとて悔しさを覚えなかった訳ではないが、既にチーム全体が撤退を決めて動いている。まだ余力のある班は三竜を相手取って時間を稼ぎ、駆け付けた支援班がオーブ破壊者を逃す為にアストライオスの怒りを受け止めている。
 このまま戦い続けることも出来なくはない。
 だが、死を望みにきたのではないと己を改めて律したネロは、血溜まりで荒い息を吐く少年の名を呼んだ。
「……ルト」
 多くは口にせずとも、共に戻ろう、とネロの瞳は語っている。
「分かってる。……行こう」
 呼吸を整えたルトが撤退を決めたことでパトリシア達は頷き、菜々乃もプリンを連れて次元の歪みの出口を目指して駆け出す。そんな中でレピーダは胸に手を当て、立派な決断をした仲間に笑いかける。
「大丈夫です、星は輝いています! 今、此処で!」
 この場を離れようとも、戦い抜いた者達の心の輝きは失われていない。
 何より、ドラゴンオーブの破壊は成し遂げられたのだ。
 レピーダの明るさが星の煌めきのように思え、詩乃とフィオは朦朧とした意識の中で双眸を細め合った。やがて其々が時空の歪みを脱出していく最中、殿を務めたルトは一度だけ荒野を振り返る。
 もし死の世界があるとしたら、こんな場所なのだろうか。
 過った思いに首を振ったルトを最後にして、仲間達全員が現世に戻った。
 パトリシアとレピーダは頷き合い、菜々乃とネロも死者がいないことを確かめる。
 夕闇の空は昏かったが外の世界には確かな色彩がある。痛みは未だ深いが、再び見ることの叶った空の色は生きている実感を教えてくれた。
「兄さん、オレは……」
 思わず口にしそうになった思いを飲み込んだルトは空を瞳に映し、裡に宿ったままの複雑な感情を押し込める。そして、少年は言葉を紡ぎ直した。
「――まだ、戦い続けないといけないみたいだ」
 あの日に継いだ想いは、今もこの胸の中で生き続けているから。
 守護者として大志を抱く少年は静かに誓う。必ず決着はつけてみせる、と――。

作者:犬塚ひなこ 重傷:ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662) フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930) 天羽生・詩乃(夜明け色のリンクス・e26722) ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924) 一之瀬・白(龍醒掌・e31651) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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