魔竜顕現~炎と引力の王

作者:紫村雪乃


 そこは死の世界かと思われた。
 見渡す限り瓦礫の山。すべてが破壊されていた。
 熊本城。
 その名のとおり、熊本県に築かれた名城であった。瓦礫はその熊本城の名残であった。侵空竜エオスポロスの自爆によって破壊されてしまったのである。
 と――。
 妖しく輝く光が突如現れた。ドラゴンオーブである。
 すると異変が起こった。ドラゴンオーブの妖しい力が注がれ、瓦礫に埋もれていたエオスポロスのコギトエルゴスムが変化し始めたのである。それはみるみる巨大化し、ドラゴンの姿となった。
 紅蓮の炎の鬣。真紅の翼。脚にも炎がまとわりついている。
 エオスポロスではなかった。それ以上の存在。それは覇空竜アストライオスと同等の力を備えていた。
 新たなるドラゴン。それは炎と引力を司っていた。
 ゴゴゴ。
 天が震えた。地が震えた。
 新たなるドラゴンの誕生に世界は恐怖しているのだった。


「熊本城で行われたドラゴンとの決戦は、辛うじて勝利する事が出来た」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
 先日のことだ。過半数の侵空竜エオスポロスの撃破に成功し、廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功した事で、覇空竜アストライオスは出現した『魔竜王の遺産、ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させる事に失敗した。しかし、情勢は予断を許さない。
「ドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしているのです。その力が充ちた時、ドラゴンオーブから魔竜王の後継者となるべき、強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知されています」
 これを阻止する為には時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取、或いは破壊する必要があった。既に時空の歪みの中には覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの四竜が突入している。すぐに後を追わなければならなかった。
「けれど時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『十九体の強大なドラゴン』が侵入者を阻止すべく待ち受けています。この十九体のドラゴンを抑え、時空の歪みの内部に突入、アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する……」
 セリカは言葉をつまらせた。作戦は危険かつ成功率の低い無謀なものであるからだ。が、現状、これ以上の作戦は存在しなかった。
「皆さんにお願いしたいのは、出現した十九体のドラゴンの一体――魔竜フォーマルハウト・グラビティの迎撃です。時空の歪みに突入するチームと同時に攻撃を行い、突入を援護。その後、彼らが撤退してくるまで最大三十分の間、ドラゴンを抑え続ける事が任務となります」
 十九体のドラゴンは目の前の敵の排除に成功すると、他のドラゴンの救援に向かうという連携を行う為、一か所でも崩れると連鎖的に全戦場が崩壊してしまう。注意が必要であった。
「敵となるドラゴンは覇空竜アストライオスに勝るとも劣らない戦闘力があり、少人数のケルベロスでの撃破は不可能です。幸い、生み出されたばかりであるからか、一人でもケルベロスが健在であるのならばその場で戦い続けるという行動を取る為、倒せずとも時間を稼ぐことは不可能では無いようです」
 仲間のケルベロスの支援も期待できる。が、可能ならば突入班の帰還までドラゴンを抑え続けられるように作戦を練る必要があった。
「なお、支援チームの作戦によっては戦力を集中してドラゴンの撃破を狙う作戦が行われる場合もあるので、その場合は支援チームと力を合わせてドラゴン撃破を行ってください」
 セリカは強ばった顔でケルベロスたちを見回した。
「確かに危機的状況ですが、これはドラゴンオーブを破壊するチャンスでもあります。皆さん。よろしくお願いします」


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
ステイン・カツオ(ガバガバ男性レーダーおばさん・e04948)
クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)
天変・地異(は暑いの嫌い・e30226)
雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)

■リプレイ


 天より舞い降りてきたケルベロス達を、魔竜フォーマルハウト・グラビティは見据えた。
 ただそれだけのことで、ケルベロスたちは息もつげない。指一本動かせない。それは魔竜の圧倒的な殺気の成せる業であった。
「これが――」
 少女と見紛うばかりの美少年が青ざめた顔で敵を見た。名を叢雲・蓮(無常迅速・e00144)といい、普段は臆することなどない少年である。今回も突撃できないことにやや不満を覚えていたほどであった。
 その蓮が戦慄している。魔竜フォーマルハウト・グラビティとはそそれほどの大敵であった。
 魔竜は小山のように屹立している。翻る紅蓮の炎の鬣。真紅に輝く翼。脚には炎がまとわりついている。いまだ何もせずとも、存在そのものから叩きつけられる力は、歴戦の勇士たるケルベロスであっても遠く及ばぬ高みにあった。
「最善を尽くしても、辛勝がやっとですか。厳しいですね」
 艶やかな黒の長い髪をゆらした知井宮・信乃(特別保線係・e23899)の口から鉛のような重い声がもれた。
「そして今度はゼロではない可能性に賭けるしかないと……ああ、もう、なんでこんなのばっかり!」
 うんざりしたように信乃は穏やかな美貌をしかめ、ため息をこぼした。が、この戦いを選んだのは彼女自身なのである。
 自分でも馬鹿だと思う。けれど――。
 もし、それなのにどうして戦うのかと他者から問われれば、その時信乃はこう答えるだろう。私達以外に誰もやる人がいないからだ、と。
「まあ、そう嘆いたもんでもねえ」
 目に決死の光をうかべ、しかし浅黒い顔にはニヤリとステイン・カツオ(ガバガバ男性レーダーおばさん・e04948)は笑みをうかべた。
「根本は変わんねえ。いつもよりちょっと耐えるだけだ」
「ミッションスタート。突入部隊の作戦遂行まで、ドラゴンを釘付けにする」
 白磁の頬をもつ美貌の娘が口を開いた。リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)である。冷然としたその美貌は人形を思わせた。
 すると銀の長髪を後ろでまとめて背に流した着流しの娘が悲しげに睫毛を伏せた。
「力が足らぬ。この身が情けないような。なんとも情けないものじゃが、できる限りのことはさせてもらうのじゃよ。本来の武器である刀を振るえぬ力のなさを認め、しかし、やれることを全霊で」
 娘――クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)はリストウォッチのアラームをセットした。五分感覚で知らせるように。
 瞬間、ステインは光を放った。難の予備動作もない攻撃である。さすがに躱し得ぬ魔竜の身に破壊の威力を秘めた光の矢が吸い込まれた。
 が、フォーマルハウト・グラビティは平然として動かぬ。ステインの一撃は傷を刻んだはずだが、それは魔竜にとってはかすり傷程度でしかないようであった。
「崩落師門」
 雷鳴のようなフォーマルハウト・グラビティの声が響いた。
 次の瞬間である。三人のケルベロスが空に舞い上がった。クライスとリティ、そして木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)の三人である。
 それが自ら空に跳んだのではないことは、彼らの慌てた様子からわかった。何っ、と呻いたのは右半身を地獄化した精悍な風貌の少年である。ウタだ。
 およそ三百メートルの高みに達した時だ。いきなり彼らは地に落とされた。受身もなにもあったものではない。凄まじい速さで彼らは地に激突した。
 それは隕石の落下を思わせた。地は陥没し、その中心には身体の骨を粉々に砕かれた三人のケルベロスたちが横たわっている。
「何――」
 漆黒のドラゴニアンである天変・地異(は暑いの嫌い・e30226)は息をひいた。
 一瞬だ。たった一撃で三人のケルベロスが半死の状態に追いやられている。
 いつもは自信に溢れた地異であるが、さすがにこの時ばかりはその色はなかった。
「今までの依頼とは違う。百パーセントじゃねぇ、百二十パーセントで必至こいでやらなきゃな!?」
 地異の手から漆黒の鎖が噴出、大地に守護魔法陣を描いた。するとわずかに身を癒したウタが身を起こした。
「俺たちケルベロスの牙は地球とそこに生きる命を守るためにあるぜ。ドラゴンに好き勝手やらせて堪るかよ。何としても踏ん張るぜ」
 ウタはギターをかき鳴らした。歌うのは命の賛歌である。その歌に細胞そのものを奮わせてクライスとリティが立ち上がった。


「汚名返上の時間だね!」
 魔竜を前に、その肉感的で美しい娘は怖じることなく弓をかまえた。雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)である。その可愛いといってもよい美貌に浮かんでいるのは笑みであった。彼女は強敵の連戦を楽しんでいるのである。
 利香は輝くエネルギーの矢を放った。が、その巨体にどのような俊敏さが秘められているのか、魔竜は矢を躱してのけた。そして、睨むでもなく、ただ、見た。
 刹那、ケルベロスたちの背をぞくりと寒気がはしった。怯むステインではないが、今すぐここから離れたいという衝動が彼女の胸の内にわく。と――。
 魔竜は炎を吐いた。太陽フレアを想起させるほどの圧倒的な火炎流を。咄嗟に横に跳んだ前衛の三人を紅蓮の炎が飲み込む。
「なんて……威力なのだ」
 美貌を焼け爛らせ、蓮は苦悶した。この強気の少年にはあるまじきことである。炎はそれほどの威力であったのだ。
「まったく。とんでもない化物じゃな」
 掴みかかる虚無の手を振り払うように、クライスはドローンの群れを放った。前衛の三人のそばに滞空させる。が、まだ治癒は足りない。
 補うように信乃が鎖を疾らせた。その優しげな顔は暗鬱に曇っている。
「回復だけで精一杯……」
 信乃は声を途切れさせた。精一杯なのではなく、いずれ追いつかなくなる。そのことを彼女は悟っているのだ。
「三十分、もつか、どうか……」
「もたせるのよ」
 依然として冷静にリティはいった。そして青白く輝く超高圧の雷の壁を展開、仲間に追加の治癒を施した。が、それでもまだ足りない。
 すると地異は鎖を放ち、守護魔法陣を描いて更なる治癒を仲間与えた。
「さすがはドラゴン。そうでなきゃあ面白くねえ」
 傲然と地異はいった。が、その目には必死の光がある。戦闘勘に優れた彼は本能的に自らを追い込んでいた。
「へっ」
 ある程度傷の癒えたステインは凄絶に笑った。
「勝てる気がしねえ。が、腕が無くても足で立てりゃあそれでいい。足がなくても業が撃てりゃあそれでいい。まだ戦えるって思わせりゃいいんだ」
 刹那、ステインの姿が消失した。一気に魔竜に肉薄。拳を叩きつけた。
 ステインの拳の速度はおよそ時速千三百キロ。音速を超えている。さしもの魔竜も躱しきれない。いや、本当にそうか。
 ステインの拳は魔竜を打った。真紅の燃える鱗が薔薇のように飛び散る。
 身じろぎすらせず、じろり、とフォーマルハウト・グラビティはステインを見つめた。その目にあるのは、むしろ憐憫の光であったかもしれない。むなしく抗う羽虫に対する獣の王の一片の憐れみである。
「ボクもやるのだ!」
 美少年の苛烈な攻撃本能が触発された。この大敵に対し、ただ守っているだけではジリ貧になるのは目に見えている。
 怒りの熱量を変換、蓮は雷を撃った。が、今度は嘲笑うかのようにフォーマルハウト・グラビティはするりと躱してのけた。
 が、その動きをじっと見つめていた者がいた。利香だ。
 すうと腰をおとし、利香は妖刀『供羅夢』の柄に手をかけた。
「一発でもいい…お願い当たって!」
 祈りを込めて利香は抜刀した。たばしったのは稲妻である。
 紫電が閃き、真紅の鱗が散った。が、魔竜の動きに変わりはない。神の動きすら止める利香の一撃が届かないのだった。


 戦場を炎が、光が、刃が駆け巡った。破壊の嵐が吹き荒れ、不可視の力が地を席巻する。
 戦闘が始まって七分ほどが過ぎ去った頃。ケルベロスたちの胸を絶望の爪が掴み始めていた。回復が追いつかない。
「……やってやるぜ」
 怪光線を放ち、ステインは跳んだ。魔竜の横に。呼び止めようとしてウタはやめた。ステインの思いを察したのだ。
 ウタが光り輝くオウガ粒子を放出したのをちらりと見とめ、ステインはニヤリとした。
「強いけど番犬を倒すには足りねえ。全力で来いよ。炎だろうが引力だろうが、てめぇの業なんざ耐えてやらあ!」
 次の瞬間、魔竜の爪がステインを襲った。その速さはおよさ時速二千四百キロ。避けも躱しもならぬステインは爪に引き裂かれて空を吹き飛んだ。血まみれの肉塊と化して地を転がる。もはや戦闘を続けることが不可能であることは確かめるまでもなかった。
 その間を利用し、ウタと地異と信乃、クライスは治癒を行った。高らかに歌声が響き、唸りをあげて二条の鎖が疾る。美麗な白影が地を舞った。
 攻撃を行ったのはリティと蓮、利香であった。リティの掲げた電磁施術攻杖からほとばしる稲妻が魔竜の身に突き刺さる。のみならず利香の放った光の矢も魔竜の鱗を光の花のごとく散らした。そして、その傷をなお広げんと迫ったのは蓮である。咆哮めいた駆動音を響かせてチェーンソー剣が傷口を正確に切り広げた。魔竜の黒血が散る。
「どうだ、なのだ!」
 蓮は叫びをあげた。初めて魔竜に深手を負わせた凱歌の叫びである。
 刹那、ウタとクライス、リティの身が空に舞い上がった。崩落師門――その言葉が彼らの脳裏をよぎった時、高々度の上空から地に叩きつけられた。地に半ば埋没した三人は半死状態だ。すぐには動けない。
「彼らをお願いするよ」
 利香が跳んだ。一気に百メートルの高さまで舞い上がる。そして魔竜の注意をひくように叫んだ。
「ほら、ドラゴンさん! たった八人の定命者にここまで苦戦してどうしたの? 仲間を助けに行くんじゃないの? なら早くこんな傷ついたサキュバス一匹早く倒して見なさいよ! やれるもんならね!」
 ぞくり。利香の背を氷の手が這った。魔竜の真紅の目がぎろりと彼女を睨みあげている。恐怖を振り切るように利香は急降下した。蹴りを放つ。が――。
 彼女のつま先が届くより先に、音速を超える爪の一撃が利香を引き裂いた。


「利香さん!」
 信乃が叫んだ。地異は唇を噛む。が、哀悼の思いは一瞬だ。それでは利香の献身的行為を無駄にすることになる。二人は同時に鎖を放って守護の魔法陣を描いた。
 一息、二息。よろよろと三人のケルベロスは身を起こした。まだ戦える。
 が、蓮は気づいた。魔竜の赤光を放つ目がじっと後衛の三人を見つめていることに。
 咄嗟に蓮は跳んだ。魔竜の狙いが回復役であることに気づいたからだ。三人を突き飛ばす。
 次の瞬間、三人は見た。ニッと得意そうに笑ってみせた蓮の顔を。
 手をのばしたのはクライスであった。が、その指先をかすめるように蓮は空に引き上げられ、地に落とされた。もしや動くことはかなわない。
「残りは五人かよ」
 地異はちらりと仲間を見やった。確かに立っているのは五人だ。が、まだ治癒の必要があった。
「後は頼んだぜ」
 地異は魔竜にむかって歩みだした。戦慄が背をはしりぬけている。武者震いであるのか、恐怖であるのか、地異には良くわからなかった。
「ハッ。それが全力かよ? 勝った気でいるなよ? こっちはまだ負けちゃいねぇ。来いよッ!」
「その意気やよし」
 魔竜は笑ったようである。刹那、地異が動いた。空の霊力を帯びた超硬度のガントレットを魔竜の焔たつ身にたたきつける。
「やった」
 ぜ、という地異の言葉はかき消された。唸る魔竜の爪によって。叩き潰された地異の身が地を転がっていく。
「くっ」
 ぎりっと唇をかむと、信乃は手をさしのべた。迸ったのは氷結の螺旋である。魔竜の真紅の鱗が白く染まる。
 ウタは白銀の光を放ち、後衛の三人を癒した。クライスも同じだ。霊力を帯びた紙兵を仲間の周囲に大量散布する。
「守ってばかりでは」
 盾で身を守りつつ、リティはバイザーを下ろした。砲撃形態の重力鎖集束破城超鋼槌で魔竜をロックオン。撃つ。
 魔竜の巨体の一部に炎の花が開いた。が、魔竜が動じた様子はない。わずかに目を眇めただけだ。
 そして魔竜は口を開いた。信乃の身を紅蓮の炎が飲み込む。人間松明と化した信乃ががくりと膝を折った。戦闘不能状態に陥っていないのは紙兵のおかげである。
「まだ倒れさせはしないぜ」
 ウタは湧き上がる想いを歌い始めた。躍動する魂はグラビティを活性化。それは炎と変じて信乃を立ち上がらせた。
「熱いのは苦手なのですが」
「ならば少し冷ましているがよい」
 するするとクライスが歩みだした。
「ヒト一人潰せぬとは。全力で来るが良い! 我が全身全霊で受けて立つっ!」
 叫び、クライスは踏み込んだ。衝撃で地がゆれる。全体重をのせた渾身の一撃をクライスは魔竜の顔面にぶち込んだ。
 響く轟音。それは竜の咆哮にも似て。
 からみあう視線はクライスとフォーマルハウト・グラビティのそれだ。空に火花が散った。
 瞬間、魔竜の爪が閃いた。引き裂かれた肉体が空に舞う。クライスの――いや、信乃の。
 と――。
 赤い光が天空で煌めいた。信号弾だ。
 天を貫くがごとく手をのばした美影身。リティであった。


「……回復したぞ」
 魔竜の身の傷が癒えていくのを見つつ、ウタは呻くがごとく呟いた。
 三人のケルベロスごとき屠るのは造作無い。少し休憩しようとでもいうつもりなのかもしれなかった。
 ウタとクライス、リティは互を癒した。次なる攻撃を行うために。次なる攻撃に備えるために。が、彼らは知っている。絶望という名の深淵が足元で大きく口を開いていることに。
 その時だ。彼らが来た。
 八人のケルベロス。支援チームだ。
 リティが冷静に、しかし早口でフォーマルトハウト・グラビティについての情報を伝えた。その上で申し出る。共闘したいと。
 しかし一人のケルベロスが首を横に振った。
「突入班が撤退するまで、私達はここを死守しなければいけないわ。そして、私達も時が来れば、素早く退かなければならない」
 さらに、そのケルベロスは言葉を継いだ。
「まだ私達が壁になれる今の内に。退いてちょうだい。その為に私達は『支援』に徹したのだから」
 そうなのだ。ウタとクライス、リティは悟った。彼らもまた自分たちと同じ決死の覚悟をもった戦士であることを。
 その覚悟を無駄にしてはならぬ。その働きを邪魔してはならぬ。
「わかった」
 クライスはうなずいた。
「死ぬには良い日じゃと思ったが、どうやら違っておったようじゃ。おぬしたちの覚悟、みせてもろうた。もはや憂うことなし」
 戦闘の邪魔にならぬよう、仲間を軽々とクライスは担ぎ上げた。ウタとリティも。
「後は任せた」
 ウタは跳び退った。クライスとリティが後に続く。
 かくして彼らの戦いは終わりを告げた。そして――。
 彼らの思いを継いだケルベロスたちの戦いは今始まろうとしていた。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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