魔竜顕現~狂える獄炎の女王

作者:天枷由良

●顕現
 威容を誇る天守が崩れ去り、瓦礫の山には禍々しい秘宝が揺蕩っている。
 ドラゴンオーブ。竜たちが求めた魔竜王の遺産は、十九匹もの侵空竜エオスポロスの献身によって、封印を解かれてしまった。
 そして早くも、秘宝はこの地に災いをもたらす。
 自爆の後、残骸に埋もれていた侵空竜のコギトエルゴスム。そこに力を注ぐことで、彼らを“エオスポロスではないドラゴン”として蘇らせたのだ。

 数多の竜が再臨を果たして吼え叫ぶなか、それは大地ごと瓦礫を溶かして姿を現した。
 あちこち鱗が剥がれた巨体。炭化したように黒い骨。影と見紛う尾。
 妖しげな光を放つ牙、角、爪。緩やかに空を裂く不気味な翼。
 胸の奥では邪悪が煌々と輝き、その残滓は身体の端々から溢れて世界を蝕む。
 空洞と化した眼窩に揺らぐ炎は、貪るべき魂を求めると共に竜の狂気を示していた。
「――――!!」
 人知を超えた咆哮が轟く。
 開かれた口からは、まるで溶鉱炉の如く融けた炎が落ちていく。
 火の国の象徴たる城の跡に顕現せし、十九の魔竜が一つ。
 己が身をも灼き尽くす、狂える獄炎の女王。
 その名は――。

●詳説
 熊本城で行われたドラゴンとの決戦。
 それは覇空竜アストライオスと共に襲来した“四竜”の一角『廻天竜ゼピュロス』の撃破によって、ケルベロスたちの勝利と呼べる結果に終わった。
「――けれど、喜んでばかりもいられないわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が、険しい表情で口を開く。
「討ち取りきれなかった侵空竜エオスポロスたちの自爆で、熊本城跡に姿を現したドラゴンオーブ。これが“時空の歪み”のようなものを生み出して、その内部を禍々しい力で満たそうとしているようなの」
 この力が満ちた時、ドラゴンオーブからは魔竜王の後継者となるべき強大なドラゴンが産み出されてしまうと予知されている。
 既に覇空竜アストライオスほか、残る“四竜”の喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースがドラゴンオーブを制御すべく“歪み”の内部に侵入しており、ケルベロスたちは今すぐにでも後を追わなければならないのだが……。
「“歪み”の周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思しき『十九体の強大なドラゴン』が待ち受けているわ。彼らを抑えずして、内部への突入は果たせないでしょう」
 また突入したケルベロスたちも、アストライオスらと対峙しつつ、ドラゴンオーブの奪取或いは破壊を目指さなければならない。
 危険かつ成功率の低い、作戦と呼ぶのも躊躇うような作戦ではあるが、しかし現状、それ以外の手法は存在しない。

「皆には『魔竜カラレーヴァ・メルトフレイム』への第一攻撃班となってもらうわ」
 僅かに言葉を区切ってから手帳の頁をめくり、ミィルは再び口を開いた。
「“時空の歪み”に突入するチームを援護すべく、彼らの突入と共に攻撃開始。それから突入チームが撤退してくるまでの間……最大で三十分程度、カラレーヴァ・メルトフレイムを抑え続けることが、最大の目的になるわ」
 カラレーヴァ・メルトフレイムを含めた十九体のドラゴンは、どれも覇空竜アストライオスに勝るとも劣らない戦闘力を持ち、少数のケルベロスで撃破することは不可能だと言い切れる。しかし、ドラゴンオーブの力で生み出されたばかりだからか、目の前に一人でもケルベロスがいる限り、その場で戦いを続けるという性質がある。故に倒せずとも、ドラゴンオーブの元に向かった仲間たちが戻ってくるまでの時間が稼げればいいと言うわけだ。
「ただし、対峙するケルベロスを退けたドラゴンは、他の戦場に向かってしまうわ」
 強大なドラゴンが二体、三体と寄り集まれば、戦場がどのような未来を辿るかなど想像に難くない。ケルベロスたちは一ヶ所の敗退が全ての破滅に繋がるかもしれないことを念頭に置き、可能な限りカラレーヴァ・メルトフレイムを抑え続けられるような作戦を練らなければならないだろう。
 戦場全体の支援を行う遊撃チームも編成されるはずだが、“時空の歪み”に突入する人員との兼ね合いもあり、どの程度の戦力が遊撃に回れるかはわからない。
「遊撃チームの協力を得られれば、一斉攻撃によるカラレーヴァ・メルトフレイム撃破も狙えるでしょうけれど……難しいところね」
 嘆くように言った後、ミィルは手帳を閉じてケルベロスたちを見据えた。
「……全体としてどのような作戦になっても、対カラレーヴァ・メルトフレイムの一番槍である貴方たちには、厳しい戦いが待ち受けているでしょう。為すべきことを為し、尽くせるだけの力を尽くし、ケルベロスとしての務めを果たしてちょうだい」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)
神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)

■リプレイ


 名城の跡から姿を現した魔竜の一つ。
 今にも溶け落ちそうな邪炎の塊を見据えて、一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)が溌剌とした声を上げる。
「ドラゴンクッキング2戦目と行きますか!」
 先だって討ち果たした侵空竜に続き、あの魔竜カラレーヴァ・メルトフレイムも――とはいかないことは重々承知しているが。それでも聳え立つ邪悪に威勢を示しておくのは悪くない。
 そう思わせるだけの熱気が、或いは毒気が、まだ遠くに見える相手からひしひしと伝わっている。
「乾坤一擲の大舞台、せいぜい足掻いてみせようじゃないか……ッ!」
 言葉の端々から滲む昂ぶりで頬まで赤らめつつ、凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)が敵の元へと駆け出した。
「参りましょう、シルフィ様」
 つれて一歩目を踏みながら呼び掛けた神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)に、シルフィリアス・セレナーデ(紫の王・e00583)は応えて後を追う。
 紫姫や悠李に続いて行けば、魔竜の姿はみるみるうちに大きくなっていく。20メートルに迫ろうかというその巨体は、見上げた天に恨みでもあるかのように、大口開いて咆哮を繰り返している。
 牙や胸骨の合間からは溶岩の如き紫炎が絶えず零れ落ち、大地を殺していた。常人なら言うに及ばず、彼の魔竜に抗う力を持ったケルベロスですら、たじろぐような光景であるが――。
「さすがにドラゴンは迫力あるっすねー」
 シルフィリアスは宝石のついた杖を手に、あっけらかんと言った。
 先の茜といい、己の調子を崩すことなく強敵と相対できるのは、ある意味で称賛すべき素質かもしれない。
 だが、それもいつまで持つものか。
「――――!!」
「っ、来るぞ!」
 魔竜の狂気が地に降りたのを感じて、レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)が声を張る。
 刹那、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)、そして奏真・一十(無風徒行・e03433)は、前進を続けながら敵の攻撃に備えた。
 そこにレスター自身を加えて四枚。全体の方針に則り、勝つことより負けないことを第一としたケルベロスたちは、刻下の成長限界により近い者の多くを盾として最前列に固め、持久戦を乗り切る腹づもりのようだった。
 しかし竜の口から溢れる炎が攫っていったのは、四人でなく五人。
 ノリと勢いのまま走りすぎたのか、シルフィリアスが盾役たちと肩を並べていた。彼女は来る衝撃を軽減しようと後方への跳躍を図るが、魔竜の息吹がその程度で凌げるはずもない。
 獄炎が瞬く間に身体を包み、皮と肉と骨を焼いた。それでもケルベロスであるが故に灰とならず済んだ彼らは、急ぎ態勢を整えるべく回復と能力強化に心血を注いだ。
 景臣とゼレフ、レスターが中後衛に銀色を散らし、一十から妙な粉もとい妙薬を振りかけられた悠李が、興奮と平静を心中に同居させつつ、片腕に実らせた黄金の輝きで盾役たちを癒やす。シルフィリアスも自らを起点とする黒鎖の魔法陣に四人を巻き込みながら、一十のボクスドラゴン“サキミ”より属性注入を受けて傷を塞ぐ。
 そうして癒した肌に、なおも十重二十重と纏わりつく呪いのような炎は、足元から湧き上がる輝きで払われていく。
 その源たる守護星座を大地に刻んだ紫姫は強い癒しの力を持つナイフを握ったまま、傍らに漂うビハインド“神苑・星良”へと意識を傾けた。紫姫の“姉様”が、ドラゴン相手にどれほどの命中率を確保しているのか計るためだ。
 サーヴァントはケルベロスが居てこそ成り立つ存在。つまり主の立場にある紫姫なら、何をせずともその値は把握できる。
 そして星良が繰り出せる技の精度を知った紫姫は、より明確となった彼我の力量差を至極当然と飲み込んで、さらなる強化術の行使を仲間たちに求めた。
 伴って、茜も四枚の盾を飛び越えながら同じ言葉を吐く。全身に染みた銀の粒が敵に視る数値を僅かに上げてはいたが、防御偏重の布陣で貴重な攻め手を勤め上げるには、もう少し縋れるものが欲しい。
 とはいえ、仲間たちもそれぞれの役割を背負う身。あまり贅沢な事は言えないのが実情。茜は不得手な能力で繰り出す技に少しでも可能性を与えるべく、星良が辛うじて敵の足止めに成功した瞬間を狙って踏み込むと、巨竜の片脚を鋭く蹴り上げた。
 乾いた音と共に、枯れ木を折るような感触が返ってくる。砕けた黒骨が塵となって大地に積もる。
 ――それだけだ。残したと誇るに小さすぎる傷痕からは炎が噴き、咄嗟に間合いを取った茜を揺らぐ眼窩の紫色で追って、狂える魔竜は牙を露わにする。
 吐き出された破滅は泥のように重く、波のように速い。茜のみならず後衛全てを飲み干さんとする脅威から仲間を守るため、盾役の男たちが再び身を投げ打つ。
(「……やはり、そう長くは持たんな」)
 五体蝕む澱に耐えながら、一十は想定を確信に変えた。
 早くも心折れたわけではない。むしろ偽りの両脚で燻る炎は、魔竜に負けじと熾るばかり。
 しかし一方で、積み重ねてきた戦の経験が、使役する小竜と命分かつ身でどれほどの攻撃を受けられるものかと、客観的に算定していた。
 それは覆し難い現実である。
 ……なればこそ。
(「獄炎の女王よ。この地獄火、躙り消して見せるが良い……!」)
 魔竜の瞳ならざる瞳と相対して、一十は薄笑いを向ける。
 全ては承知の上。
 たとえ己が身を灼き尽くされようとも、晒した屍の上には仲間が立ち続けるはず。
 それが魔竜を一際険しく睨む“彼”であれば、言うことなしだ。
 ……もっとも、倒れずにいられるならば、それに越したこともない。
 抗える限りは抗い、時空の歪みに踏み込んだ仲間たちの退路確保に尽くす。そうした決意を泰然自若とした仕草の中に込めて、一十は自らの周囲に妙薬を撒き続けた。
 そこにゼレフと景臣、レスターの放つ粒子が混じることで、期せずして命中率向上の恩恵を受けたのがシルフィリアスであったが――。
「攻撃と防御を同時にはできないっす!」
 そう得意げに言って杖の先から撃ち出した雷は、魔竜の熱で捻じ曲がり、彼方へと消えていった。
 彼女が何をもって攻防一体を不可と断じるに至ったのかはともかく、事象自体は当然の帰結である。同じ技で強化された茜や星良が、後衛から狙い澄ましてやっと攻撃を当てられている状況で、最前列から振り回す大砲など脅威とは程遠い。
 況して小手先の動きで魔竜を出し抜こうなど浅薄にすぎる。そんな子供騙しを講ずるくらいなら立つべき位置に立ち、仲間七人に何某かの感情でも抱いてやるほうが遥かに有益だったろう。
 そして戦の始まりから七分。もはや耐えられぬと悟って発せられた挑発が虚空に響く中、シルフィリアスは獄炎の端に巻かれて果てた。遮二無二放った光線が最後に魔竜の顎を撫でたが、それがどれほどの意味を成したかは言うまでもない。


「さて、気合入れ直してぶん殴りタイム! です!」
 自らを奮い立たせるように茜が声を上げると、悠李が何とも楽しげに魔竜の周囲を飛び跳ね、或いは駆け上り、自らの両腕を刃と代えて巨体を斬り刻んだ。
 ほぼ当てられる程度になってきたとはいえ、竜からすれば児戯に等しい攻撃だろう。しかし茜が撃ち込んだ竜砲弾や星良に受けた金縛りの名残が、空の霊力などと混ざり合うことで必ず仲間たちを利するはずだと、悠李は唯一の中衛である強みを存分に活かして攻め続けた。
 そこに追随する役目は茜と星良に任せて、残った者は守りを固める。
 七人で耐えねばならない時間は、あとどれほどのものか。
 ――いや。
 それを考えてから僅か二分後。勇士は六人に減った。
 迫る毒の波から、共に盾として身を砕く男を守った一十が、そのまま澱に沈んでしまった。
(「尻尾切りばかりの蜥蜴如きに……」)
 そんな捨て台詞も音にならず、一十は背に庇ったゼレフと僅かに視線を交える。
 芯の芯まで冷え切った男の眼は、ただ魔竜への殺意だけに満ちていた。
(「……口惜しかろうな」)
 それは叶わぬ願いだ。少なくとも、この場では。
 ならばせめて、一時でも長く魔竜の前に立て。そう念じて崩れ落ちた主の意志を汲むように、無愛想な小竜がゼレフへと属性の注入を始めた。
 そろそろ十分を迎えようかという戦いにおいて、一十の従者であるサキミはひたすらにその行為を続け、同じ癒し手を務める紫姫と併せて戦線維持に大きく寄与している。直接的な治癒力も軽んじることはできないが、魔竜の炎と毒に対する抵抗力を与えてくれる小竜の存在は、見かけより遥かに大きい。
 だからこそ、盾役たちは互いに声掛け合いながら、何もかも後ろには通すまいと懸命に身体を張った。肉が焦げる臭いすら感じ取れなくなり、吐いた血の色が分からなくなってもなお、両脚を楔の如く大地に打ち付け、魔竜と対峙し続けた。
 そして戦の火蓋が切られてから、十四分。
 彼らは決断を迫られた。
 盾役が等しく擦り減らした命をまだ癒しきれていないうちに、魔竜の口から新たな炎が湧き上がるのを見た瞬間。戦場に残る全員が、己の身を捧げるべき時が来たのではないかと、そう考えた。
 しかし彼らは自己犠牲を躊躇わぬほど豪胆でありながら、そうなるべき順序すら決められる冷静さも併せ持っていた。
 魔竜が繰り出す最強の一撃を引き付けるのは、ヒールしても持ちこたえられない者から。その取り決めに従い、最前列の更に前へと進み出た景臣は、濁りかけた双眸で魔竜を見据えて――。
「……っはは」
 か細く、しかし確かに笑ってみせた。
 そこに含まれる人ならではの機微など、魔竜には知る由もない。続けて浴びせられた竜種の自尊を煽るような言葉も、大した意味は成さない。
 だが。
「こんな生温い炎では、僕を焼く等到底不可能」
 その台詞だけは、竜でありながら炎である女王にとって、看過できぬものだったらしい。
 殺れるものなら殺ってみろ。あくまで不遜な態度を示す景臣に、魔竜カラレーヴァ・メルトフレイムは容赦なく牙を剥く。
 狂える獄炎の威力を一身に浴びれば、長柄の細鉈も、ひかり鎧う直刃の一振りも、もはや役立つ機会はない。
「――――!!」
 空に向かって、人知を超えた咆哮が轟く。
 そして哮りが鎮まった頃。
 ケルベロスたちの前には、灼き尽くされた男の身体が一つ、転がっていた。


 その惨たらしい姿は、魔竜への殺意に染まっていたゼレフにも寒気を走らせた。
 辛うじて命を繋ぎ止めたらしく、景臣は微かな呻きを漏らしている。
 しかし彼を担ぎ上げ、この場から離れることはできない。
 竜が、まだそこにいるのだ。
 握り直した剣で魔竜の首を刎ねられぬもどかしさにも耐え、ゼレフは再び守りの構えをとる。
 そんな彼を、そしてケルベロス全てを嘲笑うかのように、竜は尽きることない衝動を再び破滅の泥に変えて放った。
 それは破れた盾の合間を抜けて、ついに後衛の三人一匹を捉える。
「くそっ……!」
 レスターは歯噛み、銀炎纏う右拳を握りしめた。
 数の不足ばかりは闘志でも埋め難い。防戦一方の中で訪れるかも分からない敵の回復を待つより、景臣が切り開いた一瞬にでも隊列を組み直すべきだったかと、後悔も過った――その矢先。
「叩けば叩く程、味が出る! です!」
 戦いが十六分に達した時、愚直に爪を突き立てていた茜が、好機を呼び寄せた。
「――――!!」
 魔竜が天に向かって吼える。噴き出した炎は、ケルベロスでなく魔竜自身の巨体を包み込んでいく。
 その行為が何を意味するか考えると同時に、悠李と茜が揃って最前列に躍り出た。愚策とされる隊列変更の隙を埋め、残りの時間を耐え抜くには、それ以外の方策などない。
 やがて五人と二体の従者が足並みを揃えた頃、魔竜は十六分の間に負った傷を粗方焼き尽くして、再びケルベロスの前に姿を現した。
「……くっ、くくっ……あはははっ!」
 いよいよ狂気に呑まれたかと思うような、悠李の笑いが戦場に響き渡る。
 だが彼にとって、それはいつもの昂ぶりと何ら変わらないもの。
「まだ治りきっていないところがあるじゃないか……ッ!」
 目ざとく見つけた小さな傷痕――茜が蹴り崩した片脚の端に向かい、悠李は闘気で覆った腕を突き刺す。
 そのまま中で蠢く炎そのものを掴み取って抜けば、魔竜は首をもたげてまた吼えた。
 傷は癒えていても、持続的な不調までは取り払えていないのだろう。
 それを治す手立てがないのならば。
「耐えて見せるです!」
 茜は両腕広げて腰を落とし、全身で敵の攻撃を受け止めんとばかりに叫ぶ。


 それからは、星良以外の全員が耐え凌ぐことに全てを傾けた。
 しかしケルベロスたちは、二度目のその時を迎えた。
「羽虫一匹潰せねえのか――」
 そう、唸るような声音で発したレスターを抑えて。
「……お仲間は命乞いをしている頃かもな」
 ゼレフが炎たつ剣を地に突き立て、魔竜と向き合う。
 片手の中には刃の欠片。それを握りしめることで意識を繋ぎ止め、ゼレフは瞳に竜を映す。
「揃いも揃ってこの星に絆された間抜け共。ほら、また殺し損ねるぞ」
 粗野な物言いに、獄炎は揺らがない。
 ただ一言。
「来い――もう一度」
 残る力の全てを振り絞って言い放ち、ゼレフが剣を引き抜いた、その瞬間。
 魔竜は唯一人を討つために、炎そのものと化した。
 戦場が瞬く間に灼き払われていく。同じケルベロスですら踏み込めぬ灼熱の中を、しかしゼレフは風に流れるような速度で突き進んでいく。
 喪失を地獄で補う身で、何を為そうと此処に来たのか。
 それを示すために。

 ……やがて握りしめた刃が、竜の喉元に触れた。
 いつの間に、そんなところまで頭を下げていたのか。思い出せないまま、ゼレフは竜の眼窩を見据えて言う。
「君を、殺しにきた」
 ――殺したかった。
 だが、此処では叶わぬ望みだ。
 死力を尽くした男が、誰であるかなど気にする素振りすら見せないまま、魔竜はより苛烈な炎を浴びせかけた。
 それはゼレフの刃から生じていた、竜顎模る琥珀の炎を軽く消し飛ばして、その使い手すらも一息に灼き尽くした。

 そこから三分後。
 開戦から二十六分が過ぎた戦場に、時空の歪みからケルベロスたちが帰ってきた。
 役目は果たしたか。
 そう安堵する間もなく、歪みから解き放たれた膨大な力に、紫姫が目を見張る。
 そして彼女の前で、矛を交えていた魔竜が――巨大化を始めた。
「……あは、スリルが段違いだね」
「そんなこと言っている場合では……!」
 窘めようと見やった悠李ですら、昂ぶりを上回る何かを滲ませていた。
 半壊した部隊で、これ以上は戦えない。
 逃げるしかない。
「立て! ゼレフ!」
 今にも踏み潰されそうな仲間を間一髪で担ぎ、レスターが吼える。
 他の仲間たちもそれぞれ倒れた者を支えて、急ぎ戦場を離れた。

作者:天枷由良 重傷:藤守・景臣(ウィスタリア・e00069) ゼレフ・スティガル(雲・e00179) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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