魔竜顕現~終末を冠する魔竜

作者:澤見夜行

●ディザスター・エンド
 夕暮れの空に立ち上る土煙。
 轟音を立てながら、次々に瓦礫が落下していく。
 加藤清正が築城した歴史的建築物は、この日、姿を消した。
 そう、侵空竜エオスポロスの自爆によって、熊本城は瓦礫の山と化したのだ。
 その上空、怪しい光を放ちながら球体をはめ込んだ『オーブ』のような物体が姿を現した。
 魔竜王の遺産――『ドラゴンオーブ』
 空間を振動させ、他者を寄せ付けない力を発揮するドラゴンオーブ。
 その下には、瓦礫に埋もれた侵空竜エオスポロスのコギトエルゴスムがあった。
 怪しく輝くドラゴンオーブ。
 その力が、徐々に捨て置かれたコギトエルゴスムへと注がれていく。
 ――どくん、と鼓動が鳴った。
 ドラゴンオーブの禍々しき力を受けたコギトエルゴスムの一つが、徐々に姿を変えていく。
 その姿は巨大で強大だったエオスポロスではない。
 そう、エオスポロスなど比にならないほどの邪悪。破壊と混沌すら超越した全ての終わり、終末をもたらすほどの力。
 獰猛さを隠そうとしないその鋭利な口牙が開かれる。禍々しき紫の光を宿す全身は、翼を持たないながらドラゴンという種族の本質を想像させるに十分な程、圧倒的な力強さを感じさせる。
 低く、しかし凶悪な唸りを含んだ咆哮が響き渡る。
 ――あらゆる大災害をもたらすと伝承されるドラゴン。
 その後には『死』しか残らず、その到来は人類にとっての終末を意味する――。
 魔竜ディザスター・エンド。
 凶悪無比な悪魔のようなドラゴンが、ドラゴンオーブを守るように立ちはだかった。


 集まった番犬達を前に、クーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が重い口を開いた。
「熊本城で行われたドラゴンとの決戦は、皆さんのおかげで辛うじて勝利する事が出来たのです」
 結果がどうであれ、過半数の侵空竜エオスポロスの撃破に成功し、廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功したのだ。それを受け、覇空竜アストライオスは出現した『魔竜王の遺産、ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させる事に失敗した。
「――しかし情勢は予断を許さないのです。
 ドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしているのです。
 その力が充ちた時、ドラゴンオーブから魔竜王の後継者となるべき、強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知されているのです」
 クーリャは言う。
 これを阻止する為には、時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取、或いは、破壊する必要があるのだと。
 既に時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貧食竜ボレアースの四竜が突入しており、すぐに後を追わねばならない状況だ。
「けれど、時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『十九体の強大なドラゴン』が侵入者を阻止すべく待ち受けているのです。
 この十九体のドラゴンを抑え、時空の歪みの内部に突入、アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する……。
 危険かつ成功率の低い無謀な作戦となりますが、現状、これ以上の作戦は存在しないのです。
 どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 ぺこりと、クーリャは頭を下げ番犬達へと依頼詳細を話し始めた。
「皆さんにお願いしたいのは、出現した十九体のドラゴンの内の一体『魔竜ディザスター・エンド』の迎撃なのです。
 終末を冠するこのドラゴンは三種のブレスに加え、致命をもたらす噛みつき、魂を歪ませ自身の力とする回復技を持つ強大な敵なのです」
 敵ドラゴンへの攻撃は、時空の歪みに突入するチームと同時に行われ、突入を援護する事になる。
 その後、彼らが撤退してくるまでの最大三十分の間、ドラゴンを抑え続けることが任務だ。
「十九体のドラゴンは目の前の敵の排除に成功すると、他のドラゴンの救援に向かうという連携を行ってくるのです。その為、一カ所でも崩れると、連鎖的に全戦場が崩壊してしまうのです」
 敵となるドラゴンは、覇空竜アストライオスに勝るとも劣らない戦闘力があり、少人数の番犬達での撃破は不可能だ。
「幸い、生み出されたばかりであるからか、一人でもケルベロスが健在であるのならば、その場で戦い続けるという行動を取るようなのです。倒せずとも時間を稼ぐことは不可能では無いようなのです」
 仲間の番犬達の支援も期待できるが、可能ならば、突入班の帰還までドラゴンを抑え続けられるように作戦を練るのが良いだろう。
「なお、支援チームの作戦によっては、戦力を集中してドラゴンの撃破を狙う作戦が行われる場合もあるのです。
 その場合は、支援チームと力を合わせてドラゴンの撃破を行ってくださいなのです!」
 資料を置いたクーリャが番犬達に向き直る。
「魔竜王の遺産……、話には聞いていたのですがとても恐ろしいものだったのです」
 ドラゴンオーブが難攻不落の竜十字島に持ち込まれていれば、対処は不可能だったに違いないだろう。
「ですが、確かに危機的状況ではあるのですが、これはドラゴンオーブを奪取、或いは破壊するチャンスでもあるのです!
 多くの仲間が決死の思いで勝ち取ってくれたこのチャンスを、必ず掴み取るのです!」
 グッと小さい拳を握ったクーリャは、そうして番犬達を送り出すのだった――。


参加者
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
イルリカ・アイアリス(すばらしいうつくしきせかい・e08690)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
クー・ルルカ(ポニーテール同盟・e15523)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)

■リプレイ

●仲間の為に
 ――激戦が始まる。
 作戦に臨む総勢三百二十八名の番犬達が熊本城廃墟前へと集結していた。
 戦域に展開する番犬達。
 その中に、魔竜ディザスター・エンドへと挑むチームがあった。
 獰猛な口を開きながら中空を泳ぐ魔竜。終末を冠するこの竜に相対した八名は、圧倒的な威圧感を前に冷や汗を拭う。
「また凄いのが出てきましたねえ。
 さしずめここは地獄の一丁目でしょうか? ふふふ」
 天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)が笑みを浮かべながら言葉を零す。その表現は事実、この場を表現するに相応しいように思えた。
「……各部正常。戦域情報取得……完了。――同じ過ちは繰り返しません」
 折り目正しく、真剣に敵を見据える。
 レプリカントである館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)は、前回の侵空竜との戦いで自爆を阻止できなかったことを悔やんでいた。
 常、以上に心身を研ぎ澄ませ、強く意気込んだ。
「終末をもたらすだなんて大層な名前です――」
 みんなを、大好きな人を終わらせるわけにはいかない。
 ――その名を、その鼻っ面をねじ伏せてやる。
 強敵と対峙し興奮しているイルリカ・アイアリス(すばらしいうつくしきせかい・e08690)は、しかし守るべき者をしっかりと見据え覚悟を決めていた。
「耐久戦、負けられないのは前回と同じ。
 みんなが無事に帰れるように……私達は今ここでできることを」
 時空の歪みへと突入する者達が必ず成し遂げてくれると信じ、耐える戦いへと向かうことを決意する深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)。
 ルティエの言葉を聞いた平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)がその女児のような顔を綻ばせて殺気孕んだ言葉を放つ。
「時間を稼ぐのは構わんが……別に倒してしまっても構わんのだろう?」
 その言葉は冗談などではなく――和の本気の想いが籠もっていた。
 その横で、クー・ルルカ(ポニーテール同盟・e15523)が羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)に寄りすがり、身体を震わせていた。
「あの竜、とっても怖いよ……」
「大丈夫ですよ。私達みんなが付いています。普段通りの力を発揮できれば、問題ありません」
「う、うん、そうだよね。ボクがんばるよ」
 魔竜にどこまで通用するかわからない――けれど、精一杯戦う。愛する二人の顔を思い出しクーは覚悟を決めた。
 紺に励まされたクーは戦化粧を自身に施す。それは出身森の掟。精神を統一することで震えは止まった。
「大丈夫ですか?」
 仲間を気遣う紺に、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)が話しかける。それはちょっとした心配だったが、杞憂に終わったようだ。
 紺は力強い瞳で魔竜を見据え、いつものように表情を変えずに返事する。
「ええ。――慣れない持久戦ですが、私にできることを最大限に行うのみです。
 他の戦場にいる大切な方のためにも、一歩も引くつもりはありません」
「そうですね。ええ、頑張りましょう」
 突入班には奏過の友人がいる。奏過だけではない。きっと、番犬達に繋がりのある者達もいるはずだ。
 そんな彼らを……そして今、目の前にいる仲間を守るため。
 魔竜の注意を引き、全力の死守を……!
 ――番犬達の覚悟は決まった。
 凶悪に、凶暴に、近寄る者を食らいつくさんとする魔竜を前に武器を構える。
 そして、ついに作戦開始の合図が鳴り響いた。
「では、行きましょうか」
 奏過が自身の時計のアラームをセットする。三分ごとに鳴り響くアラーム。このアラームが十回なったとき、戦場に立っていれば番犬達の勝利だ。
 総勢三百二十八名の番犬達が一斉に行動を開始する。
 魔竜ディザスター・エンドへと向かった八名は、近づくにつれて、その圧倒的な存在感を緊緊と感じることになる。
 自爆した侵空竜の比ではない、覇空竜や四竜などと同等の二十メートル級の大物。
「グゥルォォオオオオ――!!」
 その巨大な禍竜が地上走る番犬達に気づくと低く、獰猛な咆哮を上げる。空気が振動し身体が揺れる。同時にいくつもの戦場で魔竜達の咆哮が響き渡った。
 真実、戦いが始まったのだと感じると同時、魔竜の口が大きく開いた。
「ブレス、来るよ――!」
「ならこれで――氷漬けになっちゃえぇ!!」
 察知した番犬達が散開し回避行動を取る。同時にクーが不意打ちを狙うように魔力を伴う叫びを放つ。
 巨大な口から放たれる吹雪を思わせるブレスと、クーの放った地獄の最下層【コキュートス】を思わせるグラビティがぶつかり合う。
 それが、仲間達の帰路を守るための戦いの始まりとなった。

●訪れる終末
 凶悪無頼な咆哮と共に、多属性のブレスが幾重にも撒き散らされる。
 前衛でディフェンスラインを作る詩月、ケイ、クーが仲間を庇いながら受け止めるが、全てを受け止めることは叶わない。
「予想以上の威力ですが――引くわけにはいきません!」
 ブレスの間隙をぬって紺が疾駆する。放たれる竜砲弾はグラビティの雨となり魔竜を釘付ける。勢いままに肉薄すれば、流星纏う一蹴にて重力の楔を叩き込む。
「今瞳に映るは鏡像……信じて身を委ねて欲しい……」
 ディフェンダーの被害が甚大と見るや、奏過がオリジナルグラビティによる回復を行う。同時に電撃による賦活を行えば耐性を与える。
「私の振るう刃は『護る』ための牙だ。
 簡単にやられる訳にはいかない」
 右腕の地獄の炎を全身に纏わせ、破壊力を増大したルティエが緩やかな弧を描く斬撃で魔竜の腕と思われるヒレの一つを切り裂いた。
「注意が逸れた。支援するよ」
 浮遊した光の盾でクーを守護する詩月。よどみない動きで続けてオウガ粒子を放ち後衛の集中力を研ぎ澄ませていく。
 防御を固めていく番犬達だが、そのことに意を介さない魔竜は立て続けにブレスを放つ。
 前衛へ、後衛へ、中衛へ。とにかく気に入らない者をなぎ払うように多様なブレスを放出し、番犬達の肌を焼いていった。
「屈するわけにはいきません。
 ――この程度でッ!」
 ケイを中心に深紅の薔薇の花びらが舞う。魔竜の中枢を乱す薔薇の香気。同時に花吹雪が次々に魔竜を切り刻む。
「またブレスが来るよ!」
 ミュージックファイターとして良く通る声で仲間に声掛けするクー。この声掛けは非常に良く機能し、ディフェンダー陣の連携を密にしていた。
 クーは小さい身体を賢明に動かし、仲間達を守る盾として攻守共に戦場を走る。
「次から次へと、好き放題に撒き散らして――!」
 やや口調を荒く愚痴をこぼすイルリカ。それもそのはずで、隊列などお構いなしにブレスで飲み込もうとする魔竜の攻撃に番犬達は後手に回り始めていた。
 イルリカは地面に守護星座を描き出し、仲間を守護する光を放つ。耐性が付与されたことで一時的に体勢を整えることが可能になる。
 しかし、それも一時のことである。
 魔竜のブレスは時にこちらの守護の力を打ち破る力を持ち合わせていた。番犬達のポジションで言うのならばメディックを思わせる力だ。
 和はそれを察知すれば、魔竜の回復に合わせて攻撃を重ねる。
「お前強いドラゴンなんだろ? なあ!
 首と肉置いて、ボクのロマンになれオラー!」
 可愛らしい女児の外見から物騒な言葉を零しながら、竜砲弾の雨で釘付けにし、動きを止めたところで遠隔爆破し顎を閉じさせる。だめ押しの竜砲弾は、たしかな手応えで魔竜の肉を抉り落とす。
 ――奏過の時計がアラームを鳴らす。
 轟音鳴り響く戦場で辛うじて耳にしたその音は、まだ二回目。
 まだ六分。しかし番犬達の消耗――特に前衛の――は見逃すことは出来ないほど甚大だった。
 戦線は維持できている。全員地に足をつけている。
 しかし、すでに回復不能ダメージの蓄積は見て見ぬふりが出来ぬほどに、高いものへとなっていた。
 時空の歪みへと突入した仲間達の退路を作るための約三十分。その時間を作り上げるための戦い。
 ――提示された情報から番犬達が非常に多くの言葉を交わし練り上げた作戦は悪いものではなかった。
 選び取った作戦は――いわば防戦の形だ。時間を稼ぐという一点に置いて見れば、まず間違いの無い選択だと言えた。他のデウスエクス相手ならばその効果は確かなものとなっていただろう。
 だが、事、この魔竜相手では話が変わってくる。
 ただのドラゴンではない。そう、魔竜王の遺産の力を受け現れ出た魔竜なのだ。
 その力は他のデウスエクスとは比較にならないほど強大だ。この事件の首謀者である覇空竜とその配下の四竜に勝るとも劣らないと言えるだろう。
 番犬達の戦いは攻撃に重きを置かなかった。故に、魔竜は回復の手段をほとんど取らなかったが、稀に回復を行う際には、ダメージのほとんどを回復し異常を消し去っていく。
 終末を齎すという魔竜は、破壊し尽くす為に生存し続ける高い持久力を持っているようだった。
 比類無き力を前に、心は焦燥し、疲弊していった。
 作戦に間違いはなかったと思う。けれどあと一押し、攻守のバランスを整え、魔竜に頻繁に回復を行わせる力を発揮できれば――そう、言うなれば殺意のようなものがあれば――事態は変わっていたかもしれない。
 だが今はそれを悔やむ時ではない。ここで戦線が瓦解すれば、他の戦場にも影響する。
 番犬達は、自身に迫るリミットを前に、しかし持てる全ての力を振り絞り、この終末をもたらすと呼ばれる魔竜へと立ち向かっていく。
 三度目のアラームが過ぎ、時が十分を刻んだ頃、戦場が大きく動き出す。
 戦闘経験の一番少ないイルリカが、自身の傷を確かめながら覚悟を決めた。仲間達へ合図を残し、一人、仲間達から離れていく。
「こっちだ三下! その名前と誇りに偽りがないというなら、わたしを使って示して見るがいい!」
 もしこれが、後衛からの挑発行動であったのであれば、魔竜は歯牙にもかけず仲間達をブレスの餌食にしただろう。しかし、自身の牙が届く範囲での挑発は、魔竜を動かすに至った。恐るべき早さでイルリカに迫りその牙でイルリカの身体を噛み砕く。
「く、あぁ――ッ!」
 常人ならば幾度死を体験することになっただろうか。番犬であるイルリカは命こそ落とさなかったが、身動きが取れないほどのダメージを負うこととなる。
 凄惨な状況を前に、しかし番犬達はイルリカの犠牲を無駄にはせず動く。
「今のうち、立て直して!」
 イルリカが生み出した時間を無駄にするわけにはいかない。傷を癒やし、守護の力を張り巡らせて体勢を立て直した。
 だが、それで魔竜の勢いが衰えるわけではない。
「く、うぅ――!」
 十二分のアラームが鳴る。同時に前線を支え続けたクーが獄炎のブレスに焼かれ意識を失った。少ない体力の中、良く持ちこたえたと言うべきだろう。倒れたクーに代わり、ルティエが前衛へと即座に移動する。
 ポジションの移動は本来得策とは言えない手段だ。しかし、前衛を構築する上では必要と言えるだろう。
「まだ、倒れるわけにはいかないよ」
「まだです! まだ――!!」
 詩月とケイが仲間を支援しながら、手数を増やす。
 詩月は武器のモードを切り替えながら交互に放つ。
 ケイは音速を超える拳で敵の守護を破壊しながら、番犬鎖を持って仲間達を守護する。二人は持てる力を振り絞り魔竜に対抗していた。
 しかし、限界はすぐに訪れる。
 十三分。詩月とケイが毒を含むブレスの直撃によってついに膝を付く。回復はもう見込めなかった。急ぎ和が前衛へとスイッチする。
 刻々と事態は進展していく。
「この程度で……やられるわけに……は……」
 奏過の時計が五回目の鳴動をする。
 中衛から前衛に移り、仲間を庇い続けたルティエがボロボロの身体を支えることもできず倒れた。サーヴァントの紅蓮も主と共に戦い続けたがついに動きを止めた。
 その状況に、和の脳裏に『暴走』の二文字が過ぎる――だがいいのか? 暴走経験のある和は、自身を救い出した仲間達の顔を思い出す。覚悟はある。だがおいそれと手を出して良い手段ではないはずだ――それに、まだ『絶対絶命』ではない、やれることがある。
 和は素早く取り出した信号弾を打ち上げる。時刻は十六分を刻んだ。同時に別の戦場でもいくつかの信号弾が上がった。こちらと同様に救援を求めるものだ。
「――他も、分が悪そうだね」
 それを確かめた和は、見知った面々の顔を思い浮かべて――それでもこの魔竜を叩き潰すのだ――そう覚悟を決めた。だが、突如、咆哮を上げた魔竜が突撃しながら和にブレスを放った。
 暴走の為に増大するグラビティを感じ取り先手を打ったのか。衝撃が和を直撃し、藁にも縋る思いで掴もうとした意識は一瞬にして暗闇へと落ちた。
 魔竜が勝ち誇るように咆哮を上げる。
 残された奏過と紺ももはや体力に余裕はない。打つ手のない中、しかし最後まで戦い抜くと覚悟した。
「ッ――! せめて羽鳥さんだけでも――ッ!」
 魔竜が業火纏うブレスを放つ。狙われた奏過は最後に紺へと回復を行い膝を付く。もう戦う力は残されていなかった。
「くっ、負けるわけには……!」
 残された紺も最後の力で怨嗟帯びた反撃をするも、魔竜は手加減することなく氷獄のブレスで紺を飲み込んだ。
 地に伏せた紺が震える身体を起こしながら首飾りに手を触れる。
「――ここまで、ですね。動ける方は意識のない方を連れて撤退を」
「羽鳥さんあなたは……」
 即時、戦域から離脱を試みる番犬達。殿に残る紺が今一度首飾りに触れた。
 ――この首飾りがきっと希望への道を示してくれる。
 そう信じて――紺は最後の手段、暴走へと自らを駆り立てようとした。
 戦闘開始から十八分が経過し終末を迎えようとしたその時、大気を震わすような力強い声が響き――彼らが、来た。

●まだ牙は折れない
「よく頑張った、後は任せろ!」
 支援班として信号弾の合図を受けやってきた、筋骨隆々の大男ムギ・マキシマムを先頭にする支援班の番犬達だ。
 ――本当に頼もしい仲間が来た。振り向いた紺は暴走へと向かう己を抑え込むと、敵の情報を冷静に伝え、後を託す。
 力が残されていれば共に戦うこともできたかもしれない。
 だが、意識を失う仲間達を戦場に放って置くわけにもいかなかった。
 支援班の番犬達が一斉に魔竜に立ち向かっていく。
 ――悔しさが溢れる。
 だが、番犬達は力の限り戦ったのだ。力及ばなかったとしても、無事に仲間に引き継ぐことができた。そのこと噛みしめながら番犬達は仲間の勝利を信じ戦域から離脱する。
 ――戦闘開始から二十六分後。
 重傷を負った仲間達を介抱していた番犬達は、離れた戦場の上空に青い信号弾が上がったのを確認する。
 ――作戦の成功。
 その結果に番犬達は安堵した。
 総勢三百二十八名の番犬達による一大作戦は、一人一人の尽力により辛くも勝利を掴み取ることができたのだった。

作者:澤見夜行 重傷:平・和(享年二十六歳・e00547) イルリカ・アイアリス(虹をかけるよ・e08690) 深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812) クー・ルルカ(中学生になったよ妖精・e15523) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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