魔竜顕現~竜珠を継ぐ者

作者:朱乃天

 侵空竜エオスポロスによる自爆突撃が、熊本城の封印を遂に解き放つ。
 破壊された熊本城は見る影もなく、瓦礫と化した残骸から姿を顕す『ドラゴンオーブ』。
 怪しく輝く宝珠の出現は、空のドラゴン達も目撃し、覇空竜アストライオスと残った三竜は、歓喜の雄叫びを空一帯に響かせる。
 魔竜王の遺産であるドラゴンオーブが目覚めたことは、即ち魔竜王の後継者が生まれようとしていることに他ならない。
 その後継者の誕生を、竜十字島の玉座で迎えられなかったのは痛恨の極みであると、苦々しい思いでオーブを見つめる覇空竜。
「だが、あのドラゴンオーブこそ、我らドラゴンの希望。絶対に守り抜かねばならぬ」
 ドラゴンオーブをケルベロス達に奪われない為に。ドラゴン種族の存亡は、全てはこの戦いに掛かっている。
 次の瞬間、覇空竜達は時空の歪みの中に消えて行く。そして入れ替わるようにして、次々と強大な力を持つドラゴン達が、ドラゴンオーブを守るように姿を現すのであった――。

 熊本城で行われたドラゴンとの決戦は、辛うじて勝利を収めることができた。
 過半数の侵空竜エオスポロスのみならず、廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功したことで、出現した魔竜王の遺産、『ドラゴンオーブ』の竜十字島への転移は失敗に終わってしまう。
 ――しかし情勢は、一刻の予断も許せない。
「ドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしているようなんだ」
 この状況をケルベロス達に説明する玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)。
 その力が満ちた時、ドラゴンオーブから魔竜王の後継者となるべき、強大なドラゴンが生み出されてしまうと、シュリは言う。
 そうした事態を阻止する為には、時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取、或いは、破壊する必要がある。
 時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの四竜が既に突入しており、ケルベロス達はすぐに後を追わねばならない。
 しかし時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『19体の強大なドラゴン』が侵入者を阻止すべく待ち受けている。
 そこで提案されたのが、この19体のドラゴンを抑えて、時空の歪みの内部に突入。アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊するといった作戦だ。
「……この作戦は、危険かつ成功率の低い、無謀な作戦だと思う。だけど現状は、この方法でしかドラゴン達を阻止できないんだ」
 立て続けに彼等を危険な戦いに送り出すことは、シュリにとっても心苦しい決断である。だがそれでもこの窮地を救えることができるのは、ケルベロスしかいないのだ。

 シュリはケルベロス達に協力を乞いながら、今回の作戦に関する詳細な説明をする。
 この作戦の目的は、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊することだ。
 まずは内部に突入する為に、ドラゴンオーブを守る19体のドラゴンに対応するチームが攻撃を仕掛けて、突入への隙を作る。
 また突入したチームが帰還する退路を守り抜く為、19体のドラゴンと戦うチームはその間、最大で30分程度戦い続けることになる。よってそれらを援護すべく、19体のドラゴンと戦うチームへの『支援』チームも必要になってくる。
 この19体のドラゴン達については、全てに1チームずつが援護に加われば、よほどのことでもない限りは防衛が成功すると考えて良い。だがこの戦法は、相応のチーム数を回さなければならない為、全体的な配分調整なども重要になってくる。
 先に突入したチームは、ドラゴンオーブに向かう以外にも、覇空竜並びに三竜への対処も行なわなければならない。
 この4体のドラゴン達の撃破を狙うなら、最低でも4~5チーム以上の連携が必要ではあるのだが。ドラゴンオーブを攻略するチームの邪魔をさせないよう、2~3チームで凌いで時間稼ぎをするという方法もある。
 そしてドラゴンオーブに向かったチームは、奪取を目指す場合、『ドラゴンオーブの所持者に相応しい資質』を示さなければならない。
 その為には自身の持つ資質を宣言し、ドラゴンオーブを手に取り審判を仰ぐことになる。
 もし破壊の方を選ぶなら、『純粋なダメージ量』を与えることで破壊することができる。
 しかしドラゴンオーブは、一定の割合で攻撃を反射する能力を持っている。この反射による戦闘不能を避けるには、手加減攻撃ならば軽減可能だが、その分、破壊までに必要な時間や戦力も、大きく費やさなければならないだろう。
 以上の全てに対応した上で、ドラゴンオーブの奪取、或いは破壊を最終的に目指すのが、今回の作戦の概要である。
「ドラゴンオーブをどうするかはともかくとして、何れにしても、ドラゴン達の手に渡すわけにはいかないからね。厳しい戦いが続くけど、ここが正念場だから頑張ってほしいんだ」
 魔竜王の遺産を巡るドラゴン達との連戦も、決着を付ける時が訪れる。
 この戦いを終えた時、果たしてどんな結末がそこに待っているのだろう。
 その全ての運命は――彼等ケルベロスの手に委ねられるのだった。


参加者
シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)
一式・要(狂咬突破・e01362)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
リサ・ギャラッハ(銀月・e18759)
エスト・ポーン(元歩兵・e19429)

■リプレイ

●荒れ果てた世界
 ドラゴン達の自爆突撃によって熊本城が破壊され、封印から解き放たれた魔竜王の遺産。
 両陣営のドラゴンオーブを巡る争奪戦も、いよいよ最終局面に差し掛かろうとする。
 オーブが発生させた次元の歪みの中に消えた四竜の後を、ケルベロス達が追い掛ける。
 前に立ちはだかる19体のドラゴンは、仲間達が抑えてくれている。彼等が切り拓いた道を走り抜け、突入班の面々が、次元の歪みの中へと駆け込んでいく。
 そこは太陽の光が射さない、荒廃した大地のような光景が広がっている世界。紫色の怪しい光が、薄い靄のように立ち込める。その奥に、強大な力を宿す光が歪みの内部を照らしているのが確認できる。それこそが、おそらくオーブが放つ光なのだろう。
 ドラゴン達より先にオーブの在り処に辿り着く為に、まずは四竜を足止めしておかなければならない。そこでオーブを目指すチームを援護すべく、次元の歪みに突入してから8分後――2つのチームが四竜の内の1体の対応へと動く。
 彼等が狙いを定めた相手は、竜の中でも異質な姿をしたドラゴン――貪食竜ボレアース。
 荒野の如き歪みの内部を覆う、紫色の光の靄が、醜悪な貪食竜の姿を一層不気味に浮かび上がらせる。
 純粋な戦闘力なら四竜の中でも最上位とされるこのドラゴンに、戦い挑むは総勢16名の勇敢なるケルベロス。
「あたし達はこのまま正面から攻め込むわ。それでは、お互いに健闘を――」
 一式・要(狂咬突破・e01362)が突撃へのタイミングを計りつつ、もう一方のチームに目配せしながら合図する。
「――黒曜牙竜のノーフィアより貪食竜のボレアースへ。剣と月の祝福を」
 要の言葉を受けるようにしてノーフィアが、貪食竜に対して宣戦布告の名乗りを上げる。
 貪食竜の赤く輝く八ツ目に、ケルベロス達の姿が映り込む。すると獲物を見つけた悦びからか、その目は輝きを増して、零れる唾液を啜るようにじゅるりと舌舐めずりをする。
 番犬達の耳を掠める、空気が凍てつくような冷たい風の音。洞穴のように不気味に開かれた、ボレアースの巨大な口から、生命を凍結させる冷気の嵐が前衛陣に吹き荒れる。
「やらせはしないよ! さあ、みんな! 今度はこっちが仕掛けるよ!」
 貪食竜の氷のブレスがケルベロス達の生命力を奪う。そこへ鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)が、身に纏った光のドレスを耀かせ、眩い癒しの光が仲間の闘争心を呼び起こす。
「ああ、皆で必ず生き残り、勝利をものにしよう。それにはまず、このデカブツをどうにかしないとな!」
「ドラゴンオーブに向かった仲間の為にも、私達が倒れるわけにはいきませんからね」
 レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)とリサ・ギャラッハ(銀月・e18759)も、それぞれ土竜の形や白銀色に輝くオウガメタルを介して光の粒子を放出し、後衛陣の戦闘感覚を研ぎ澄ます。
「またお逢いしましたね、ボレアース……。今一度、わたし達がお相手します……!」
 先の特攻阻止作戦で、貪食竜に挑んだオラトリオの少女。シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)が再びボレアースと相対し、再戦に心昂らせながら巨槌を担いで魔力を込める。
「今度は私も一緒に戦えますから……お互い存分に、力を振るいましょう」
 その戦いでは、シルフィディアを送る役目であったウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)が、今度は共に肩を並べて貪食竜と一戦交えることになる。
 ウィッカがマントを靡かせながら疾走し、ボレアースに向かって高く跳躍。重力を載せた蹴りを炸裂させる。その直後、シルフィディアが槌を大砲形態へと変化させ、圧縮させた魔力の弾をドラゴン目掛けて射出する。
 砲撃がボレアースに命中し、爆音と共に黒い煙が立ち上る。しかし攻撃を受けた貪食竜は、平然とした様子で口角を吊り上げ、番犬達を嘲笑うように聳え立つ。
「……成程、こいつは厄介そうだ」
 鷹野・慶(蝙蝠・e08354)は冷たく鋭い視線で貪食竜を見据えつつ、詠唱せしは竜語魔法の呪文の一節。
 慶の翳した掌から創り出される幻影は、巨大な猛禽類を思わせる爪の姿を形成し、貪食竜に掴みかかって敵の巨体を抑え込む。
「これが四竜……初めて戦うのには、十分過ぎる程の相手だな」
 エスト・ポーン(元歩兵・e19429)にとっては、今回がケルベロスとしての初めての戦場であり、しかも対峙するのは最強種族のドラゴンである。それでもエストは怯むことなく冷静に、己の力の全てを出し切ることを考えながら、この戦いに立ち向かう。
「――XIX・XⅢ・X、障壁展開!」
 エストが腰のホルダーから取り出したのは、複数枚の白紙のカード。それを空中に向けて投げ飛ばし、三角形を描くように並べて魔法陣を作り出す。するとカードが光って、仲間を護る光の障壁が、貪食竜と番犬達の間を遮るように顕れる。
 ――強大な力を持つドラゴンに、僅か2チームのみで対抗することの意味。
 敵を撃破するのではない、ドラゴンオーブが破壊されるまで耐え抜くことを目標とした持久戦。その為に、彼等は守りに重きを置いた作戦で、この戦いを乗り切ろうとする算段だ。

●全てを喰らい尽くすモノ
「随分骨が折れそうだけど……弱音を吐いちゃいられないわよね。だって地上戦こそ、あたしらの最も本領発揮できる戦いなんだから」
 難敵との戦闘は、如何に相手の戦闘力を削ぐかに懸かる。
 要は地面に転がる礫を拾い上げ、水の闘気を集めてコーティング。目を眇め、オーラを纏った礫の弾丸を、指で弾き飛ばして撃ち込んでいく。
 レッドレークの真紅のゴーグルが、標的である貪食竜の姿をより鮮明に映し出す。
「これは一つの定命の呪い……貴様も『錆』の餌食にしてやる!」
 自らの鉄の身体の内にあり、自らも忌み嫌う腐食の魔力を、レッドレークは指に嵌めた赤銅色の輪に注ぎ込む。
 魔力を凝縮させたリングから、精神すらも蝕む赤い光が溢れてボレアースの体内へと侵食し、相手の力を錆び付かせるように鈍らせる。
「そんなに餌に飢えているなら、私を食らってごらんなさい。これもきっと、私の罪――」
 リサが薄く微笑みながらボレアースの前に立ち、満月を模した装置を掌の中で祈るように包み込み、魔力を込めると発する波動の衝撃が、大気を揺らして貪食竜の肩を吹き飛ばす。
 爆ぜて飛び散る血と肉片。己の身体を傷つけられて苛立ったのか、ボレアースの八つの赤い目が、更に赤みを帯びていく。そして怒りの矛先は、リサの狙い通りに彼女の方へと向けられる。
 ボレアースの巨大な口から長い舌が伸び、目にも止まらぬ速さでリサを捕らえると、一瞬のうちに彼女を喰らって咀嚼する。牙無き口は鋼のように重く圧し掛かり、少女の細身の身体を圧し潰す。
「気を確り持って! このくらい、蓮華の力ですぐに治してあげるから!」
 呻き声を上げ、力無く蹲っているリサを蓮華が抱き留め、即座に癒しの術を行使する。
 サキュバスとしての快楽の気を、治癒の力に変換し、指輪に集めた魔力をリサの身体に押し当てる。蓮華の治療で活力を取り戻した少女は再び起き上がり、凛然と青い瞳でボレアースを睨視する。
 続けてエストも、護符を用いて御業を召喚。鎧に変形させた御業を纏わせて、破邪の力を付与させる。
 普段は臆病で、気弱な態度を見せるシルフィディア。戦うことへの怖さも未だ拭い切れないが、デウスエクスに対する怒りや憎しみを、力に変えて地獄の炎でその身を包む。
「寒気を催すような悍ましさ……いい加減、目障りなんですよ……!」
 全身に迸るシルフィディアの激しい怒気は、雷となって鳴り響き。撃ち放たれた雷霆が、貪食竜の禍々しい体躯を一直線に貫いた。
「私達がこの戦場にいる限り、決してオーブの許へは行かせません」
 魔術師にして暗殺術にも長けるウィッカが、軽やかに流れるように棍を振り回し、翻弄するかのような動きで相手の意識を攪乱させる。
「隙だらけだな。脇が空いてるぜ」
 慶が魔法の指輪に念を込めると、光の剣が彼の手元に現れる。ウィッカが注意を引き付けている、そこに生じた隙を突き、慶は自身の瞳と同じ輝きの、黄金色の刃を斬り付ける。

 ――ドラゴン達との度重なる激闘も、彼等はその都度、不屈の闘志で立ち塞がって、敵の野望を阻止し続けてきた。
 この戦いで敗北し、ドラゴンオーブが敵の手に渡ってしまえば、熊本の地は焦土と化してしまい、多くの尊い命が犠牲になってしまう。
 嘗てない程大きな危機が、すぐ目の前まで迫り来る。だが世界の平和を守ることこそが、彼等ケルベロス達に架せられた使命だと。
 仲間を信頼し、互いに協力し合ってここまで苦難を乗り越えてきた。だから今回も、強い絆で結ばれた、その信念は揺るぐことなく。貪食竜の高火力の攻撃も、得意の連携力を活かして耐え凌ぐ。
「豊かなこの地と人々を守る。諦めんぞ、最後の一手まで……!」
 レッドレークが気炎を上げながら、光の盾を生成させて仲間の護りを強化する。
 今この戦場で、ボレアースと戦っているのは彼等8人だけではない。もう一つのチームも同様に、貪食竜と死闘を繰り広げている状況だ。
「先のボレアース戦の『盾』仲間の辛酸を背負い、ここにいるのです!」
 同じ盾仲間としてのココロを受け継いで、自身の象徴である紫水晶の盾を掲げるフローネが、声を張り上げ共に戦う仲間達を鼓舞させる。
「そうです。大切な人のために、命をかけられる。……どんなに辛くても笑顔は何時も傍にゼロを1に変える魔法♪」
 檄を飛ばす彼女の言葉を、ミライが歌声に変えて応援歌とし、勇壮なる調べが仲間の闘志を奮い立たせる。その旋律に合わせるかのように、蓮華が身を翻して華麗に舞う。
「みんな! 注目注目♪」
 謎の光に包まれながら、くるりと回ってポーズを決めると、蓮華は九尾の狐娘のような姿の衣装に変化する。そして彼女が発する不思議なオーラが癒しの力を増幅させて、番犬達の心に更なる気力が漲ってくる。
 ドラゴンオーブに向かった仲間達が無事に戻ってくるまでは、何としてでもこの場を死守する――16人のケルベロスは想いを一つに重ね合わせて、ドラゴン相手に一歩も退かずに攻め立てるのだった。

●死闘の行方
 ドラゴンの中でも強力な個体とされる、四竜の一体との戦闘は、2チーム掛かりであっても防戦気味となり、かなりの力を消耗させられる。
 凄まじい氷のブレスの威力に生命力を削られて、盾役として奮闘していたサーヴァントのユキとフィオナが遂に力尽きてしまう。
 守り手が薄くなってしまえば、残った者への負担は免れない。このまま耐え続けられるのも、時間の問題か。ケルベロス達の脳裏に不安が過ぎる――だが戦闘開始から、6分が経過した時だ。
 ドラゴンオーブのある方角から爆発音が轟いたと思ったら、地鳴りのような衝撃が波打つように伝わってくる。
「これはもしかして……オーブの破壊に成功したのか?」
 癒しの雨を降らせて回復役に専念し、戦線維持に努めるエストが、戦場における空気の変化を肌で感じ取る。
「その通りみたいですね。彼等が撤退できるまで、私達は追撃を防ぎましょう」
 戦い半ばで倒れたフィオナの分まで、守り通してみせると覚悟を決めるリサ。
 流れ滴る己の血をも糧として、呪力で傷を塞いで最後まで戦い抜こうと身構える。
「待たせてる奴……大事な奴がいるからな。だから絶対、生きて帰ってみせる」
 自分の帰りを待っている者がいる。それにユキの為にも、その犠牲を無駄にはさせない。慶は気を引き締め直して槌を手に取り、ボレアースを狙って竜砲弾を発射する。
 これ以上、誰一人欠けることのないように。強い決意を胸に抱いて、慶が貪食竜を足止めすれば。彼を庇うように要が割り込み、我が身を盾にしてでも被害を食い止めようとする。
「貴重品……らしいんだけどね。出し惜しみは無しだ」
 要が懐から取り出したのは、旧き魔道の書物の一頁。刻み込まれた術式が、解き放たれたその瞬間、膨大な量の魔力が要の中に流れ込む。
 身体を廻る魔力のうねりを感じつつ、要が拳を突き出すように打ち込むと――呪詛と怨嗟に満ちた漆黒の風が渦を巻き、黒旋風の刃がボレアースの巨体を斬り裂いていく。
「みんなが引き上げるまで、蓮華はみんなを癒し続けるよ。ぽかちゃん先生もお願いね」
 相棒の翼猫に呼び掛けながら、蓮華は回復役として戦場を離れる最後まで、癒しの力を使って仲間に治療を施していく。
「そろそろ潮時か。今は届かなくとも……何れ必ず我々が討ち倒す!」
 レッドレークは最後にせめて一矢だけでもと、渾身の力で根切りの梃を叩き付け、次に花を咲かせる為の種を蒔く。
「どうやら勝負はお預けですね……。次こそはこの手で倒します、ですからその時まで――融け堕ちて苦しめ……!」
 シルフィディアの地獄の両腕が、炎を灯した爪の形に変化する。煉獄の爪はあらゆるモノを熔かして汚染させ、灼けつく痛みは永遠に。
 苦しみを与え続けるその一撃は、ボレアースの肉体に、確かな爪痕を残したのであった。

 ――16名のケルベロス達の怒濤の猛攻撃により、貪食竜もかなりの傷を刻まれている。
 足止めのみに留めた作戦は、撃破までには至らなかったが、挙げた成果はほぼ完璧だといって良いだろう。
 ドラゴンオーブを壊した4班は、どうやら撤退完了したらしい。後はこちらの方も、ボレアースを振り切りさえすれば――。
「ブオオオオオォォッッ!!」
 撤退の機会を窺う彼等を、しかしそう簡単には逃さない。血肉に餓えた暴食竜が、巨大な顎門を開いて番犬達を残さず喰らおうとする。
「“重刃争術”……贖刀【腐砕】」
 ボレアースが仕掛けるよりも先んじて、漆が一歩踏み出し斬りかかる。空間内に漂う霊気を、刃に纏わせながら振り抜けば。刃の呪詛は竜の巨躯をも蝕んで、その身を以て贖わせるかの如く力を奪う。
 白衣の青年が、指で眼鏡を押し上げる。彼の隣には、赤髪のツインテールの少女がそこにいて。後は任せましたと視線を送り、ウィッカに全てを託すのだった。
「――汝、動くこと能わず、不動陣」
 ウィッカの口から呪文が唱えられ、ボレアースの足元に描かれたのは、蒼く輝く五芒星。紡がれ続ける呪文に呼応するように、魔法陣から光が放たれて、貪食竜の四肢を刺し穿つ。
 少女の魔法の力がボレアースを縫い留める。敵の動きを封じている隙に、番犬達は急いでこの戦場からの撤退を開始する。

 ――ドラゴンとの8分間の死闘を乗り切って、彼等は次元の歪みの中から脱出し、見事に全員無事の帰還を果たしたのであった。
 再び地上に舞い戻った一同は、空を仰ぎ見ながら安堵の息を吐く。
 皆が成すべき事をやり遂げた、この戦いは――ケルベロス全員で勝利を掴み取ったのだ。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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