運命の赤い糸

作者:黄昏やちよ


 放課後の美術室。太陽が西に傾き、沈み始めた時間帯。
 女生徒と男性教師が一つのキャンバスを見つめて話をしていた。
 人の好さそうな笑みを浮かべる男性教師をうっとりとした瞳で見つめる女生徒。
「あ、あの!先生!私、この作品は先生のために描いたんです!」
「え?」
「私、先生のことが好きなんです!付き合ってください!」
 ほんの数分間の沈黙。その沈黙が永遠にも感じられた時、男性教師は困ったように眉を下げながら申し訳なさそうにしている。
「ボクは君の気持ちには応えられないよ、妻がいるからね。君ならもっといい人がいるのだから、少し頭を冷やしなさい」
「そ、そんなことはないです!私の初恋は実るはずなんです!私と先生は運命の人なのに!赤い糸で結ばれているはずなのに!」
 女生徒が全てを言い終わる前に、男性教師はそそくさと美術室を出て行ってしまった。
 がっくりと膝を落とす女生徒。だが、彼女の瞳からは諦めるどころか強い執念すら感じる。
「あなたからは、初恋の強い思いを感じるわ。私の力で、あなたの初恋実らせてあげよっか」
 びくりと肩を震わせる女生徒。いつの間にそこにいたのか、同じくらいの年齢に見える女子高生が立っていた。
 女生徒が戸惑う中、つかつかと歩みを進めたその女子高生は女生徒の唇を奪ってしまった。ちゅ、という軽いリップノイズ。
 うっとりと恍惚している女生徒に、女子高生は鍵を指した。
 暫くすると、倒れた女生徒の傍らに彼女によく似た少女が出現した。よく似てはいるが、どこか憂いを感じる美しさがある。
「さぁ、あなたの初恋の邪魔者、消しちゃいなさい」
 そういうと、女子高生は妖しい笑いを浮かべて姿を消してしまうのだった。


 集まったケルベロスたちを確認すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は事件について説明を始める。
「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたようです。ドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているようです」
 今回狙われたのは、エノモトという女子学生で、初恋を拗らせた強い夢を持っていたようだ。
「被害者から生み出されたドリームイーターは、強力な力を持ちます。しかし、この夢の源泉である『初恋』を弱めるような説得ができれば、弱体化させる事が可能となります」
 彼女の男性教師への恋心を弱めても良いし、初恋という言葉への幻想をぶち壊すのでも構わない。うまく弱体化させる事ができれば、戦闘を有利に進められるであろう。
「ケルベロスが現れると、ドリームイーターはケルベロスを優先して狙ってくるので、襲撃されている一般人の救出は難しくありません」
 ドリームイーターが現れるのは放課後の美術室。エノモトが一人きりになったところを襲う。ドリームイーターは一体のみで、配下などはいない。
 部活も終わり、校舎に残っている生徒はほとんどいないだろう。
「ドリームイーターを弱体化させる事ができれば、エノモトさんの偏った初恋への思いも弱まると思いますので、うまく説得していただきたいのです。どうぞよろしくお願いします」


参加者
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)
三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
猫夜敷・愛楽礼(白いブラックドッグ・e31454)
伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)
終・はがね(は生きている・e63576)

■リプレイ

●沈みゆく夕日
 部活動が終わり、生徒たちが仲の良いグループで帰宅してゆく。
 太陽は西に傾き始め、地平線へと沈んでゆこうとしている。
 ―――東京都内、某高校にて事件は発生する。予知された現場に辿り着いたケルベロスたち。予知された時刻より、やや早めの到着となった。
「えっ、ケルベロスが来たってホント?」
「あたしサインもらいたいかも!」
「てか写真撮ってもらいたいんだけどー」
 ケルベロスたちを遠巻きにして見ながら、高校生たちはきゃっきゃと無邪気にはしゃいでいる。
「学生は校庭に避難。サインは後っ」
 ノーザンライト・ゴーストセイン(ヤンデレ魔女・e05320)が、次から次へとケルベロスたちの周りに群がりはしゃぐ高校生たちにぴしゃりと言いやる。
「誰か、校内放送を使って校内に残っている人たちに避難するように伝えてもらえない?」
 集まったケルベロスの中で最年少の三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)が、にっこりと笑って自分より年上の高校生たちに向かって言う。
 キャーカワイイなどの黄色い悲鳴があがったかと思うと、その中で放送委員だという生徒が挙手をした。幸い、事件の発生する美術室と放送室とは離れた場所にあるということでその生徒に放送を頼むことになった。
「恋した相手が教師、か……チッ、気持ちの良いもんじゃねーな」
 自身の過去と若干重なる点がある伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)が遠くを見つめながらぼそりと呟く。
 いなせは過去、初恋相手ではなかったが高校の担任と卒業後に結婚し、その後離婚してしまったという経験がある。その経験もあって、今回の事件に対して苦々しい思いを抱いている。
「初恋か……わたしはもう、そういうキラキラした気持ちは忘れちゃったけど、エノモトちゃんは違うんだね」
 気だるげに見える少女、終・はがね(は生きている・e63576)が自身の胸に手を当てながら言う。使える物は何でも使うという効率主義者のはがねは、キラキラと輝く気持ちをいつしか眩しく感じるようになってしまった。
「初恋は実らないものと、みどもは思っているわ」
「初恋は叶わないなんて言うけど、叶えたいっていう気持ちはよくわかるよ」
 幼い少女のようにも見えるジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)が言うと、メンバーの中でもずば抜けて身長の高い青年である犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)も初恋についての考えを述べてみせる。
「そうですね……エノモトさんの初恋は、実らないものとなってしまいますが……」
 しっかりとした印象の猫夜敷・愛楽礼(白いブラックドッグ・e31454)が耳と尻尾をしょんぼりと垂らしながら言う。
(「ボクの初恋も実らなかった……だけど、今……とても幸せだから」)
 心の中でそう呟くと瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)はぎゅっと自身の拳を握りしめる。運命の相手には出会える―――その気持ちを今回の被害者であるエノモトに伝えるために。
 それぞれの想いを胸に、ケルベロスたちは美術室へと向かった。

●沈みゆく乙女
 美術室の扉を開けると、窓から差し込む夕日に照らされている人影がひとつ。表情にかげりがあるように見えるのも、差し込む夕日のせいなのだろうか。
 美術室にケルベロスたち全員が入ると、ゆっくりとその人物はこちらを見やり、口を開く。
「あなたたち、誰?」
「……わたしたちは、ケルベロス」
 ノーザンライトが問いかけに答えると、ぴくりと反応する。あからさまにこちらに敵意を抱いていることが感じられる。よく見ると、足元にはよく似た少女が転がっている。
 おそらくこの倒れている人物が被害者のエノモトであろうと、ケルベロスたちは一瞬で察した。そして同時に、今会話している相手が―――ドリームイーターであるということも。
 つかつかとケルベロスたちに向かって歩いてくるドリームイータ―。
 いなせが片手で他の仲間を庇うようにし、ドリームイータ―の前に出る。
「お前、教師のこと好きなんだってな?」
「ええ、ええ。先生は私の運命の人ですから!」
 至極当然のことを言っているかのような反応で、ドリームイータ―が返す。ドリームイーターの関心が完全にいなせに向いたことを確認するとノーザンライトが気絶しているエノモトを廊下に放り出す。
「よしんば付き合う事ンなったとしてもよ、その時点でお前も相手もクズだぞ?」
 今までうっとりとしていたドリームイータ―であったが、いなせの言葉に不愉快とでもいうような表情に変わる。
「どういうこと?」
「嫁のいる身で教え子に手ェ出すような奴はクズだろ。……んで、それを承知で誘うようなお前もクズ以外のなんだっつーんだ」
 立て続けにいなせが厳しい言葉を投げかけてゆく。その言葉ひとつひとつには、いなせの人生の重みがある。そして、再び口を開いた。
「何、破滅願望でもあんの?」
「黙って聞いていれば……! 一体何なのよ!」
 その言葉を皮切りに、ドリームイータ―は激昂する。全ての怒りを、興奮を爆発させる。怒りの矛先は勿論、言葉を投げかけてきたいなせだ。
「ぐっ……!」
 当然、怒りの矛先がいなせ自身に向くということは想定していただろう。それを上回る斬撃に思わず声が漏れ、一瞬自身の過去の出来事がフラッシュバックする。
 いなせのウイングキャット『ビタ』が羽ばたきで邪気を祓い、いなせを回復させる。
 様子を見ていた愛楽礼が、ドリームイータ―の関心を自身に向けるべく声をあげる。
「初恋が実るというのは、ただ先生と付き合うことができれば、それで実った事になるんでしょうか?」
 愛楽礼の問いかけに、ドリームイータ―は答えない。ただ全身を怒りで震わせ、こちらを睨むばかりである。
「恋……片思いというものは、愛……相思相愛になって、その先で二人で幸せになって、初めて実ったって言えるんだと思います」
 そう言うと、自身の想いを矢に込める。ドリームイータ―の心を貫く矢を構え……放った。ドシュという音がしてドリームイータ―に矢が命中する。くぐもった声がドリームイータ―から漏れる。
 愛楽礼のライドキャリバーの『火珠』が、炎を纏うとドリームイータ―に向かって走っていく。ドンと鈍い音がしたが、ドリームイータ―はびくともしていない。
「私だって……先生と、幸せに……」
 呟くドリームイータ―に向かって、再び愛楽礼が声をかける。
「あなたの思いを押し通しても、先生には好きな人がいます。相思相愛にはなれません。あなたが先生の幸せを奪っても、相思相愛にも、二人で幸せになる事もできません」
 それを聞くと、ドリームイータ―は深く傷ついたような表情を浮かべる。そして、ひどく悲しげな表情に変わり、彼女の怒りが哀しみに変わっていくのを感じる。
「先生……」
 哀しみを押し殺すような声で、想い人を呼ぶドリームイータ―。
 それを見ると、いさなが元気づけるようににっこりと笑ってみせる。
「初恋に失敗しちゃっても次の恋をすればいいじゃん! 一回目だけの特別より何回も特別な恋をした方がいい事あるよ! 恋が実るまで何度だって恋していいんだ!」
 悲しむドリームイータ―を元気づけようと、応援するように声をかける。涙をたくさん溜め込んだ瞳が、いさなをとらえる。
「初恋、失敗……何度でも恋……?」
 いさなの言葉を何度も復唱するドリームイータ―に、いさなは電光石火の蹴りを叩きこむ。再びくぐもった声がドリームイータ―から漏れる。
「先生だって初恋なり経て、結婚した……先生のこれまでの恋を否定して、あなたと恋に堕ちろなんて、相手のこと考えてないぞな」
「先生のことを……私が……?」
 ノーザンライトの厳しい説得の言葉にドリームイータ―が反応する。心外だとでもいうように、じろりと視線をノーザンライトを見やる。
「新しい恋を探すしかない。初恋は否定することなく、大事な思い出として」
 続くノーザンライトの声色には包み込むような優しさを感じる。否定をするだけでなく、優しくケアするように……。
「我が意のままに生まれ出でよ、ゴーレム」
 ノーザンライトがその場にあるもので即席で全長3mほどの巨大ゴーレムを作り上げる。作りだされたゴーレムが、ドリームイータ―に殴りかかる。
(「……本当は、『赤い糸』を使いたいところだったけど」)
 ドリームイータ―は眉間に皺を寄せているが、それが苦痛に耐えるためなのかケルベロスたちの言葉に不快感をあらわしているのかは、わからない。

●運命の人
「こんなに早く運命の相手に出会えるなんて素敵なお話……だね♪」
 そんな空気を察してか、隣人力を発揮させたうずまきが社交的に感情豊かに振る舞ってみせる。うずまきの言葉に油断したのか、ドリームイータ―は嬉しそうな表情になる。
「そうなの! まさに運命だったわ……私の絵を初めて認めてくれた素敵な先生……私だけの……先生」
「それって運命……なのかな?」
 うっとりとした表情になり、一人語り出すドリームイータ―にうずまきが冷たく言い放つ。突然突き放されてしまったドリームイータ―は、理解できないといった表情になっている。
 自身の初恋が『運命』であると信じて疑うことがなかったのだろう。改めて複数の第三者……ケルベロスたちからその恋心の在り方について問われ、自身の心がわからなくなってしまっているようにも見える。
「先生っていう一面以外に…好きな所を教えて」
「え?」
 うずまきの問いかけに、言葉が詰まるドリームイータ―。きょろきょろと忙しなく動く瞳。
「エノモトさんが知らない先生を奥さんは一杯知ってるってコト、考えた事ある? それって奥さんと先生が沢山の日々を一杯積み重ねて来たって事だよね?」
「……」
 ドリームイータ―は黙りこくってしまっている。うずまきが、好機とばかりに流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りをドリームイータ―に炸裂させる。
「うぐっ!」
 苦しそうな呻き声が美術室に響く。うずまきのウイングキャット『ねこさん』は、ふよふよと浮きながら清浄の翼で火珠、いなせ、いさな、ノーザンライト、うずまき、ジークリンデを回復する。減衰しているものの、傷ついた者の傷を癒していく。
「初恋は実らないもの。それに相手も誠意をもって断ってるじゃない? ここでごねたら貴方、恋が実らないどころか好きだった人から嫌な女扱いよ?」
 ジークリンデがすっぱりと言い放つ。少女のようにも見える外見とは裏腹に、大人の考えをドリームイータ―に投げかける。
「せ、先生に嫌われちゃう……?」
 ジークリンデの言葉にぶるぶると震えだすドリームイータ―。嫌だ嫌だとブツブツと何度も繰り返している。
「私は私のコトバで語る。憎い(好きよ)殺す(愛す)わ。獣と姫は貴方の命をご所望よ。甘く苦い愛憎の溶熱で、貴方を美味しく頂くわ!」
 ジークリンデの攻撃をまともに受けたドリームイータ―は非常に苦しそうな声を漏らす。ケルベロスたちの説得が効いているのだろうか、弱体化しているようにも感じられる。
「うぅ……私は何を信じればいいの……?」
 嘆くように呟くドリームイータ―。危険だと理解しつつも、猫晴がドリームイータ―に近づいていく。驚くケルベロスたちを尻目に、猫晴はドリームイータ―を口説く様に頬を撫でてみせる。
「好きな人と一緒になりたいって気持ちは強いし、初恋なら尚更だ。でもさ、相手の事を考えない事ってのは愛って言えるのかな?」
 猫晴の言動に戸惑うような仕草を見せるドリームイータ―。お構いなしに猫晴は続ける。
「もし先生と付き合うことになったら先生は、『生徒に手を出した』『妻が居るのに不貞を働いてしまった』って自責の念に駆られる可能性だってあるし、バレりゃ色々とやばい。それは先生にとって良い事か悪い事か、どっちかな?」
「そ、れは……」
「人の事を好きになるその気持ちを悪だって言ってるわけじゃない。ただ……相手の事も考えてこそ、本当に「好き」って言えるんじゃないかな?」
 ドリームイータ―が何かに気付いたような顔をする。地面にケルベロスチェインを展開し、前衛の仲間たちを守護する魔法陣を描く猫晴。
「…実はさ、エノモトちゃん。初恋はね…じゃじゃん!なんとクーリングオフが効くんだよ。おトクー」
「クーリングオフ?」
 はがねの言葉にドリームイータ―は首を傾げた。
「大丈夫、今ならまだクーリングオフできる。クーリングオフしちゃって、早く次の『初恋』見つけてそっちを叶えたらいいんだよ」
「次の……初恋……」
 はがねの言葉を何度も繰り返している。心に刻むように。その隙に、はがねは前衛の仲間をネクロオーブで占う。はがねは占いの結果を『吉』と告げ、仲間を強化する。
 その結果はケルベロスたちの戦いの結末だけでなく、エノモトの未来もあらわしているのではないだろうか。

●終わりと始まり
 説得と攻撃とを繰り返していき、ドリームイータ―はよろよろと力なく立っている。
「ドリームイーターを倒す!」
 いさなが、音速を超える拳でよろめくドリームイータ―を吹き飛ばす。その一撃で、ドリームイータ―は膝をついた。ゆっくりとケルベロスたちに視線を向け……跡形もなく消えていった。
 戦いが終わり、暫くするとエノモトが目を覚ます。それを見たケルベロスたちはほっと胸をなでおろす。
「うぅ……」
「良かった、気づいたのね」
 ジークリンデが声をかけると、エノモトはきょろきょろと何かを探すように周りを見る。
「エノモトちゃん、どうしたの?」
 はがねが低めのテンションで問いかけると、エノモトはぽっと頬を赤らめる。
「あ、あの……背の高い男性の方は……今どちらに……?」
 まさか、とケルベロスたちは顔を見合わせる。当の本人は、誰も気づかぬうちに姿を消し去ってしまっていた。
「もしかして、猫晴さんのことでしょうか?」
 その場にいたケルベロスたちを代表して愛楽礼が言うと、エノモトはぱあっと表情が明るくなる。
「あの素敵な方は、猫晴さんというのですね……!」
 女心と秋の空。早速、新しい恋をすることが出来たエノモトではあったがその切り替えの早さにやや呆れてしまうケルベロスたちであった。

作者:黄昏やちよ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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