魔竜顕現~アビスファッシネイション

作者:吉北遥人

 轟音と激震が去った。
 熊本が誇る名城は十九体もの侵空竜エオスポロスの一斉自爆によって、跡形もなく崩れ落ちた。今はただ、巻き起こる砂煙の底に、降り積もった瓦礫がその名残りを見せるのみである。
 そして異彩を放つ存在はその上空にあった。
 晴れゆく砂煙の中、かつて熊本城の天守閣があった高度に、水晶がごとく透き通る爪を模した台座が浮遊している。その台座が戴くのは青みがかった巨大な宝玉だ。宝玉からはひどく冷たく、それでいてこのうえなく膨大な熱を宿したような輝きがあふれている。
 これこそがドラゴンオーブ――魔竜王の遺産。
 ドラゴンオーブからこぼれた輝きは十九の光条に分かれ、真下の瓦礫へと降り注いだ。正確には、瓦礫に埋もれた『自爆したエオスポロスたちのコギトエルゴスム』へと。
 強烈な光を浴びたコギトエルゴスムが復活するかのようにドラゴンのシルエットを形作っていく――だがそれは侵空竜エオスポロスのものではなかった。
 禍々しい色合いの竜翼を拡げた全長二十メートルほどの巨体には、地球人型の男女の裸身がいくつも浮き上がっている。爪牙の凶暴さに反し、尻尾からどろりと滴る液の香りは甘く、理性を消し飛ばしそうなほど芳しい。
 自らを顕現させたオーブに忠を誓うかのごとく、魔竜ニフカルマ・グリードは高く咆哮を轟かせた。

●VS魔竜ニフカルマ・グリード
 ドラゴンとの空中での死闘にケルベロスはかろうじて勝利した。
 過半数のエオスポロス、そして廻天竜ゼピュロスの撃破。これらにより、覇空竜アストライオスは出現したドラゴンオーブを竜十字島に転移させることに失敗したのだ。
「けれど状況はまだ切迫している。熊本城跡に出現したドラゴンオーブ、その周囲の空間がおかしくなっていたのは覚えているかな」
 ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)が確認するように訊ねる。
 ドラゴンオーブの周囲はまるで歪んだようになって、近づこうとしたケルベロスはことごとく弾かれてしまっていた。
「ドラゴンオーブはこの『時空の歪み』みたいな空間を生み出して、内部を何か禍々しい力で満たそうとしてるんだよ。その力が具体的に何なのかはまだわからないけど――力が満ちたとき、ドラゴンオーブから強大なドラゴンが生み出されることが予知されてる。それも魔竜王の後継者となるほどのが、ね」
 これを阻止するには時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取ないし破壊する必要がある。すでにアストライオス、エウロス、ノトス、ボレアースの四竜は歪みの中に突入を果たしている。一刻の猶予もない。
 しかし厄介なことに、時空の歪み周囲では、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『十九体の強大なドラゴン』が侵入者を阻止すべく待ち受けているのだ。
「ちょっと複雑な状況だね。まとめると、全体の作戦内容はこうなるかな」

 十九体のドラゴンを抑える。
 その間に『時空の歪み』に突入する。
『時空の歪み』の中でアストライオスら四体の竜と対決する。
 ドラゴンオーブを奪取、もしくは破壊する。
『時空の歪み』から脱出。全員で帰還する。

「……苦い顔をしているね。そうだよね。ドラゴンを一体倒すのだってたくさんのケルベロスの力が必要なのに、強力な個体がこんなにも……。危険で無謀なのは承知してるけど、残念ながら現状、これ以上の作戦は存在しないんだ」
 この綱渡りを成功させるため、どうか力を貸してほしい、とティトリートは頭を下げる。
 そしてスクリーンに、あるドラゴンの姿が映し出された。
「今回の戦いも大規模なものだ。多くのケルベロスが協力して、ドラゴンオーブへの道を切り開いていくことになる。そこでキミたちにお願いしたいのは出現した十九体のドラゴンの一体――『魔竜ニフカルマ・グリード』の迎撃さ」
 突入チームが向かうと同時に魔竜を攻撃して、突入を援護。その後、突入チームが撤退してくるまでドラゴンを抑え続けることが任務となる。
 時間にして最大三十分ほどの戦いだ。
「ニフカルマ・グリードの戦闘力は覇空竜アストライオスに勝るとも劣らない。はっきり言うよ。少人数での撃破は不可能だ」
 当然、抑え続けることも困難なのだが、そこは敵の行動パターンにつけ入る隙がある。
 というのも、敵ドラゴンは一人でもケルベロスが健在であるのならばその場で戦い続けるのだ。これを利用すれば、ドラゴンを倒せずとも時間を稼ぐことはできる。
 逆に、抑えきれず敗北した場合は最悪だ。
 眼前の敵を排除したドラゴンは、別の戦場へと救援に向かってしまう。そのため一か所でも崩れてしまえば連鎖的に全戦場が崩壊することとなる。
「支援チームのケルベロスたちの助力も期待できるけど、どれだけの戦力が支援に回れるか定かじゃない。可能ならキミたちだけでニフカルマ・グリードを抑えるようにしてほしい。そのための作戦を築くこと、それがベストだよ」
 なお支援チームの作戦によっては、戦力を集中してドラゴンの撃破を狙う場合もある。そのときは力を合わせて、ドラゴン撃破を目指すのがいいだろう。
「とても激しく、厳しい戦いになる。でも、先の戦いでドラゴンオーブを竜十字島に運ばれていたら、この苦難すらなかった。これはみんなが勝ち取ったチャンスなんだ」
 このチャンスを結実させて……そしてどうか無事に帰って来て――。


参加者
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
藤・小梢丸(カレーの人・e02656)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
佐藤・非正規雇用(待つのは得意・e07700)
ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)
柚野・霞(瑠璃燕・e21406)
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)
黒岩・白(すーぱーぽりす・e28474)

■リプレイ

●退路防衛戦~Keep the breakthrough~
 熊本城跡地を覆う黄昏を無数の輝きが切り裂いた。
 ケルベロスたちの一斉砲火が、『時空の歪み』周囲に陣取る十九の魔竜へ殺到したのだ。百を数えるグラビティの爆炎が乱れ咲く。耳を聾する爆音の中、ドラゴンたちの殺気立った咆哮が幾重にも混ざる。
 それは魔竜ニフカルマ・グリードも例外ではなかった。
『――――ッ!!』
 蝕むグラインドファイアの炎――竜の巨体に比べれば悲しいほどささやかな炎だが、気を引くには充分だったようだ。『時空の歪み』突入班にはまるで目もくれず、ニフカルマ・グリードは炎が飛来した方角、瓦礫の上を疾走する八人のケルベロスたちを値踏みするように睥睨する。
「こっちすごく見てる」
 恐ろしく熱のこもった眼光に、先制の炎を蹴り放った藤・小梢丸(カレーの人・e02656)がごくりとライスを飲み込んだ。スプーンを口に運ぶ手が思わず止まる。
「でも卜部っちのアレがアレなのでできる限りのことはさせてもらおう」
「そいつは嬉しいな」
 この状況でカレーを食べてることには特に追及しないで、卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)が口の端を笑みに歪めた。その足下でエアシューズの車輪がひと際強く瓦礫を削る――直後、車輪に灯った火炎を、泰孝は体ごと旋回して蹴り放った。
「炎の精霊よ――」
 それとほぼ同じ時、リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)の掲げる掌上には黄金色の炎が集っている。次の瞬間、精霊の与えたもうた『ボンバーダ・マキシマ・エクスパルソ』は螺旋を描いて空を翔けた。泰孝のグラインドファイアと絶妙の時間差をもって魔竜へと襲いかかる。
『――――』
 迫る二つの炎弾を、魔竜は避けなかった。むしろ炎を浴びることもいとわず、蝙蝠のような翼を振るって前進を始める。巻き起こる風が熱と肉の焦げる異臭、そして形容しがたい香気を運んで来た。
「変身!」
 一瞬体を包んだ眩い光を残光に、ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)が駆けた。瓦礫を破砕しながら距離を詰めてくる、魔竜の蛇のような下半身に砲撃を叩き込む。
 轟音と噴き上がる爆煙に、しかしソルの口からこぼれたのは舌打ちだ。『蒸気式魔力鉄槌・業魔粉砕』による轟竜砲は確かに竜に着弾しているが、魔竜が痛痒を覚えた様子はない。ただ爛と光る瞳がソルを一瞥した。
 直後、その場から高く跳躍していなければ、ソルは薙ぐように振るわれた尾によって瓦礫に呑まれていただろう。土煙の上を跳ぶケルベロスを魔竜が目で追う。しかしそのときには反対側から黒岩・白(すーぱーぽりす・e28474)が槍の間合いへと踏み込んでいた。勢いよく突き込んだ稲妻突きのスパークが竜の体表で千々に弾ける。
「雷撃の味はどうっスか……!?」
 だが槍の穂先は竜の皮膚を浅く貫いたのみだった。硬さに顔をしかめる白の眼前で、竜の体表がむしろ盛り上がっていく。それが美丈夫の逞しい裸像を形作っていくのに、白が先ほどとは別の意味で顔をしかめるが、次に起こった現象に表情をきつく引き締めた。
 ニフカルマ・グリードの全身から大量に霧のような香気が立ち上っている。体中、特に地球人型の裸身から放散されるフェロモンは視認できるほど濃密で、甘く、芳しい。常人ならば瞬時に快楽の深淵で息絶えるであろう色濃い霧が、竜の顎門の高度まで達し――。
 魔竜が吼えた。
「っ!」
 鮮やかに澄んだ息が戦場に一気に拡がり、白や小梢丸ら前衛を呑み込んだ。視界が桃色に染まり、心臓を引きずり出されるような感覚に小梢丸が膝をつく。熱さや寒さ、外傷などはまったくない。ただ体内で渦が荒れ狂い、すべてを掻き乱してくる感覚がある。少し離れた場所ではオルトロスの店長が苦しげに唸り、ボクスドラゴンの響が目を回している。
 なるほど、これがこの魔竜のブレス……炎や雷のような派手さはないが、何度も味わいたいものではない。だけど、それでも――。
「最大三十分、持ちこたえる……とにかく耐えて凌ぐ……生きて帰るんだ」
 この戦いで生き残ったら、などとフラグを立てる気はない。小刻みに痙攣しながらも小梢丸はカレーを嚥下する。こんな苦境、食べなきゃやってられない!
 そのとき爆音が耳を衝いた。魔竜の巨体、その内側から突如、炎が噴き出たのだ。『パエトーンの戦車』――玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)がもたらす『慢心の炎』だ。
 竜がのけぞった隙に、柚野・霞(瑠璃燕・e21406)による鎖の魔法陣が桃色のブレスを弾き散らした。さらに佐藤・非正規雇用(待つのは得意・e07700)の振り撒く紙兵が、傷ついた前衛たちを守護する。
「情報通り、かなりの難敵のようだな」
 痺れから解放された店長がサクランボのような球を揺らしながら前線に戻る。それを見送る非正規雇用の声は少し固かった。
 敵の列攻撃を連続で受け続ければ、サーヴァントの体力では五分ともつまい。もちろんそこはヒールで軽減していくわけだが、それを加味してもどれだけもつか……。
「どれだけ、じゃないな。とにかく耐えればいい。待つのなら得意だ――よくデートすっぽかされてるからな」
 しかし次に発した声はいつもの、自信に満ちたものだ。自分を、そして仲間を奮い立たせるように非正規雇用が言い放つ。
「撃破できないのは歯痒いが、仲間のために三十分だろうが三百分だろうが耐えてみせるぜ」
「熊本の命運はわたしたち次第――」
 方陣を描くように渦巻くケルベロスチェインの直上、霞の姿はふわり宙にあった。遠く背後の街並みを守るように拡がるのは瑠璃色の翼。調停者の末裔たる証。
「さあ、もう一踏ん張り行きますよ」
 翼をはためかせ、霞はさらに高く舞い上がった。

●色と炎の宴~breath and blaze~
 内臓を引き裂かれるような痛みをこらえながら、吹きつける桃色のブレスを陣内が突っ切った。エンチャントブレイクで散っていく紙兵たちに心の中で敬礼する。
「色欲の渦に溺れるのも、悪くないかもしれないがね」
 真上から叩きつけられた爪を跳躍してかわすと、その前肢を足場にしてさらに高く跳び上がる。こちらを爛と見据える魔竜に陣内はウインクを返してみせた。
「命懸けなのはごめんだな。それに、千年先まで予約がいっぱいなんだ」
 この先、更に奥へと向かった友人たちのためにも、とことんまで悪足掻きさせてもらおうじゃないか――不敵に笑む陣内の手で、刃が一閃した。斬撃がドラゴンの腹部を、正確には腹部を蝕む魔炎をなぞるように走る。火勢が息を吹き込まれたように増大した。
 ――ニフカルマ・グリードと戦うにあたり、ケルベロスたちは炎を重ねる作戦を選んだ。
 炎はこちらの攻撃の手数以上にダメージを与え、時間が経つほどに増殖する。強敵との戦いにはうってつけだ。事実、十分以上が経過した今、魔竜はその全身に火が回っていて、灼熱地獄から這い出てきた火竜めいておぞましい。
 それなのに魔竜の眼光に衰える気配はない。どこか艶のある、熱い視線をケルベロスたちに投げ続けている。
「ったく、タフだねぇ……この一本場で、まだヒールしてないのを後悔しな!」
 泰孝が投擲するのは『狂奔連荘』――禁癒効果を秘めた、麻雀の点棒だ。空を走るそれを魔竜が叩き落とそうとするが、白のオルトロス、マーブルが咥えた剣で斬りかかってそれを食い止める。
「良い連携だ! 響、私たちも続くぞ!」
 点棒の直撃が効いたのかぐらつく魔竜へと、リーズレットがファミリアのハムスターを射出した。同時に響も遠間から蒼いブレスを吹きかけ、ともに魔竜の状態異常を促進していく。
「畳みかける! 機構連結、血流解放――」
 竜の側方へと回り込んだソルの左手で、ガジェットが作動した。
「ブッ千切れな!」
 次の瞬間、左手から撃ち出されたのはいくつもの血の刃だ。『血鮮技・斬閃(ブラッディ・スラッシャー)』――自らの命を削って放たれた刃は魔竜に殺到し、全身の炎をさらに燃え盛らせる。
『――――ッ!』
 だが魔竜はただそれを受けるだけではなかった。切り刻まれながらもブレスを放ったのだ。桃色の霧がソルを呑み込み、中空からオラトリオヴェールによる回復を届けていた霞をも痙攣させる。非正規雇用が胸を押さえてうずくまった。
「っ、まずいっス!」
 メディック二人の行動不能に、チェーンソー剣で斬りかかっていた白がたまらず声をあげた。
 魔竜はここまで、前中後すべての列にまんべんなくブレスを仕掛けてきていた。そのため――入念に状況を想定していたのもあるが――回復も間に合いやすく、戦闘不能者も出さずに済んでいた。とはいえ全員に殺傷ダメージが蓄積している状況、メディックの回復がないとなると、次の列攻撃は凌げない。せめて敵の回復を誘発するべくケルベロスたちが攻勢を強めるが、虚しくも魔竜はブレスを放つ行動に移り――。
「それにしても不細工なドラゴンだな~。え、メスなの? 嘘だろ~?」
 ニフカルマ・グリードが動きを止めた。その眼光が、うずくまったままの武者鎧ドラゴニアン、非正規雇用に向いた。
「そんな格好じゃ人間にもドラゴンにもモテないね! いや、ウチの妹の方がマシだわ」
 本当は妹などいないがそこはどうでもいい。挑発に乗れば魔竜は単体攻撃に切り替える。挑発した本人はリタイアとなるが、それでみんなの時間を引き延ばせるなら安いものだ。
「待つのは得意……だったんだけどな」
 果たして、挑発は上手くいった。魔竜の口腔からは先ほどまでのブレスとは異なる輝きがこぼれている。それは愚かにも魔竜を嘲った者へと放たれ――。
 その寸前、サクランボのような赤い球が竜の鼻面に当たった。
『…………』
 魔竜の眼下、睨み返しているのはふわもこなオルトロス、店長だ。臆せずに激しく吠えたてる姿は主人を守るサーヴァントの鑑だったが――次の瞬間、その姿は魔竜のブレスに呑み込まれた。
 ニフカルマ・グリードの切り札。自我を消し飛ばすという超ブレスに店長の瞳から生気が失われ……轟音とともに瓦礫が吹き飛んだとき、もう店長の影はどこにもなかった。
 そのとき電子音が響いた。タイマーだ。リーズレットが叫ぶ。
「ラスト十分! 気合だー!」
 ここまでで脱落者はサーヴァントが一体。
 皆の体力はもうわずか。

●膨張する力~overpower~
 ニフカルマ・グリードの周囲にまた霧が立ち上る。だが今度の行動はブレスではなかった。
「回復ですか、それなら……」
 霧に覆われた魔竜の傷が、炎が、拭われるように消え去っていく。アンチヒールで効果を抑えているとはいえ、ここまで与えてきたダメージが何事もなかったように塞がっていく光景は絶望に近いものがあったが、時間を稼ぎたいこちらにとっては好都合だ。黄昏に瑠璃色の軌跡を残しながら、霞が鎖の陣を前衛に展開する。
「あと少し、ここはなんとしても抑えて見せるっスよ! こっちには虎もいるっスから竜に負けるわけがない! ね、粉雪?」
 盾の加護を身に帯びながら、白が突撃した。彼女の声に呼応するように武器が淡い光を返したときには、白を起点に八本の機械腕が具現化している。『キングスアーム』の連続攻撃が、まだ竜を苛む炎を増殖せんと激しく空を裂いた。機械腕の乱舞に混ざって、小梢丸もエクスカリバールを叩き込んでは炎を増やしにかかる。
 だが活性化する炎に、魔竜は構わなかった。もう何度目かもわからぬアビスファッシネイション――これまで武器封じでこつこつ貢献していた陣内の猫が桃色のブレスに消滅する。激痛にリーズレットも膝をつくが、瓦礫を殴りつけて、持って行かれそうな意識を繋ぎ止める。圧倒的な体力差に敵の強大さが嫌でも沁みてくるが、膝を折る理由にはならない。豊かな金髪を振って、顔をあげる。
「撃破し、勝利することはできないが負けぬよう全力で耐え抜いてみせよう! 皆、頑張ろうな!」
 リーズレットが鼓舞する間も、魔竜は次のブレスの準備を整えていた。霞と非正規雇用が即座にパラライズを除去していくものの、回復が追いつかない。
「――不細工なドラゴンだな~」
 聞き覚えのある挑発文句が中衛から発された。えっ、と非正規雇用が見た先で口の端を歪めているのは特徴的な左腕のレプリカント――泰孝だ。
「そんな格好じゃ人間にもドラゴンにもモテないね! いや、ウチの妹の方がマシだわ!……いい挑発だったから借りたぜ。やっぱ女にブスは禁句だな――」
 非正規雇用に向けた言葉の後半は、ブレスの轟音に掻き消された――光が消えたとき泰孝に外傷はなかったが、魂だけを連れ去られたかのように虚ろな目のまま瓦礫に倒れる。
「ここらが頃合いか……」
 陣内が苦く呟いた。
 事ここに至れば、皆でそれぞれ挑発して一人ずつ脱落していくことで、三十分はゆうに持ちこたえられる。もっとも、次に列攻撃を浴びれば凌駕運頼みになるため、それしか手がないとも言うのだが。とはいえこれは布陣や回復量、攻撃手段に至るまで練り込んだゆえの成果である。
「あとは挑発がきっちり刺されば……ん?」
 用意していた挑発文句を陣内が頭の中で反芻していたとき、『時空の歪み』方面で異変が起こった。
 内部からケルベロスたちが疾走してきたのだ。
「突入班! 帰ってきたんだな!」
 竜との激突から二十六分――魔竜の爪と斬り結んでいたソルが安堵の声をもらした。しかしそのすぐ後に『歪み』から出てきた存在に息を呑む。
 覇空竜アストライオス――嚇怒の咆哮をあげるドラゴンに、白が口笛を吹いた。
「アストライオスがブチギレっス。てことはオーブを破壊できたんスかね」
「にしても、なんか変だな?」
 非正規雇用が目をこすった。遠近感がおかしい。いくら離れてるからって、人間はあんなに小さく見えるものだったろうか?
 そしてその疑問の答えはすぐ近くから与えられた。
『歪み』方面から膨大な力が解き放たれているのをケルベロスたちが感じ取るのと同時に、ニフカルマ・グリードの体が膨れ始めたのだ。体躯は伸び、肉は肥大し、その身を蝕んでいた炎は反比例して小さくなり……完全になくなってしまう。
「巨大化……!」
 霞の喉がごくりと鳴った。
 何が起こったのか、原因は憶測しかできない。いずれにせよ満身創痍の自分たちに、戦闘能力が跳ね上がったドラゴンを相手する余力はない!
「とにかく作戦は成功したんだ! 撤退するぞ!」
「ほら卜部っち、帰ったら激辛カレーごちそうするから!」
 リーズレットの呼びかけに異を唱える者はいない。小梢丸が泰孝を抱えて、全員で戦場の外へと駆け出す。
 ニフカルマ・グリードはそれを追わない。ただそこに鎮座し、さらに巨大となったシルエットを熊本城跡に落としていた――。
 まもなく陽は沈み、魔竜たちの夜がくる。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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