魔竜顕現~竜討つものに輝きを

作者:土師三良

●復活のビジョン
 かつて熊本城があった場所に砂煙が濛々と立ちのぼっていた。
 そう、『かつて』だ。
 砂煙が晴れた時、そこにはもう熊本城はなかった。
 代わりに現れたのは、地を埋め尽くす無数の瓦礫。
 そして、天守閣のあった位置に浮かぶ直径三メートルほどのオーブ。
 そのオーブが放つ輝きを受けて、瓦礫の中に一点の光が灯った。
 自爆した侵空竜エオスポロスのコギトエルゴスムだ。
 光は急速に大きくなったかと思うと、前触れもなく収縮して、実体に変わった。
 ドラゴンの実体に。
 エオスポロスのコギトエルゴスムから生まれたにもかかわらず、その姿は生前(と言っていいものかどうか)のそれはとは違った。鉱物じみた外皮に覆われ、体長は二十メートル近くある。
「Rrrrroar!」
 鋭い突起が並ぶ首をもたげて咆哮するドラゴン。
 その足下の地面が陥没し、擂鉢状になった。見えない巨大な球体がぶつかったかのように。
 しかし、ドラゴンは擂鉢の底に落ちていない。先程まで地面があった場所に(翼を広げることもなく)浮かびながら、轟然たる叫びをあげ続けている。
 今はまだ誰もいない空に向かって。
 いずれ敵が現れるであろう空に向かって。

●音々子かく語りき
「十九体もの侵空竜エオスポロスが自爆したことによって、ドラゴンオーブの封印は解かれました。でも、ドラゴンどもに持ち去られてはいません。覇空竜アストライオスと四竜がおこなっていた転移の儀式を阻止することができましたから」
 ヘリオライダーの根占・音々子がヘリポートでケルベロスたちに語っていた。
 熊本城の周辺で繰り広げられたドラゴン勢との戦いについて。
 そして、ドラゴンオーブを巡る新たな戦いについて。
「現在、ドラゴンオーブは『時空の歪み』とでも呼ぶべき異質な空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしています。『禍々しい』というのは大袈裟な表現じゃないんですよー。その力がフルチャージされちゃうと、魔竜王の後継者となるべき強大な存在がドラゴンオーブから誕生する――そんな恐ろしい未来が予知されたほどなんですから」
 それを阻止するためには、時空の歪みの中に突入してドラゴンオーブを奪取あるいは破壊しなくてはいけない。
 しかし、覇空竜アストライオスと四竜の生き乗り(喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアース)が既に時空の歪みに突入している。そして、時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる十九体の強大なドラゴンが待機しているという。
「複数の迎撃チームが十九体のドラゴン軍団を抑えて、その間にこれまた複数の追撃チームが時空の歪みの内部に突入、アストライオスどもを追いかけて対決し、ドラゴンオーブをブッこわす、もしくは奪っちゃう……といった感じの作戦を展開することになります。成功率が高いとは言えませんし、かなり危険でもありますが、現段階ではこれ以上の作戦はないんですよ」
 申し訳なさそうな顔を皆に見せつつ、音々子は話を続けた。
「皆さんは迎撃チームとして、十九体のドラゴンのうちの一体の相手をしてください。追撃チームが時空の歪みに突入すると同時に戦闘を開始して、彼らが撤退してくるまで……そう、最長でも三十分はドラゴンを抑えておく必要があります」
 十九体のドラゴンは目の前の敵を排除すると、他のドラゴンの援護に向かう。迎撃チームが一斑でも敗れると、連鎖的に被害が広がってしまうだろう。最悪の場合、戦線が崩壊してすべてのチームが敗れ去るかもしれない。
「迎撃チームでも追撃チームでもない支援チームの協力があれば、戦闘を有利に進めることもできると思いますが……それでも厳しい戦いになるでしょう。十九体のドラゴンたちは皆、アストライオスや四竜に勝るとも劣らない戦闘力を持っていますから。でも、戦闘力が高いとはいえ、生まれたばかりのヒヨッコなので、『敵が一人でも残っていれば、その場で戦い続ける』という単純な行動を取るんですよ。こっちとしては好都合ですね」
 そう、迎撃チームの目的はドラゴンを倒すことではなく、追撃チームが撤退してくるまでの時間を稼ぐこと。たとえチームのメンバーのうちの七人までもが力尽きたとしても、勝機が消えるわけではない。最後の一人が倒れた時点で三十分が経過していれば、ケルベロス側の勝利なのだから。
「さて、皆さんに担当していただく標的はゴツゴツした重量級のドラゴンです。名前は『アンティクトン・ネガ』としておきますねー。こいつは重力を操るかのような攻撃が得意でして、近くにいる敵をベチャッと圧し潰したり、視界内の敵をペシッと弾き飛ばしたりするんですよ。しかも、その攻撃を受けると、体に変調をきたすことがあるんです。だけど、本当に怖いのは対単攻撃ですね。それを食らったら一撃で沈んでしまうかもしれません」
 とはいえ、アンティクトン・ネガは基本的には対列攻撃ばかりを使ってくるのだという。挑発することで対単攻撃を誘うこともできるかもしれないが、音々子が言ったように一撃で戦闘不能になる可能性が高い。一人の犠牲で他の仲間への攻撃を防げる……と、考えることもできるが。
「先程も言ったように厳しい戦いになると思います。でも――」
 アンティクトン・ネガの説明を終えた音々子は皆の顔を見回し、怒鳴り声とも泣き声ともつかぬ声で訴えた。
「――第二の魔竜王がドラゴンオーブから生み出されちゃったら、『厳しい』どころでは済まないんですよ! なんとしてでも勝ってください! もちろん、ただ勝つだけではダメですよ! ちゃんと生きて帰ってきてくださいね!」


参加者
カルラ・アノニム(鼓動亡き銃狐・e01348)
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
篠村・鈴音(焔剣・e28705)
ユリス・ミルククォーツ(蛍狩りの魄・e37164)

■リプレイ

●FIGHT IT OUT
「Roar!」
 鉱物めいた銀色の外皮に覆われた巨大なドラゴンが咆哮した。ドラゴンオーブの力によってコギトエルゴスムの状態から新生した十九頭の魔竜のうちの一頭――アンティクトン・ネガである。
 その前に立つのは八人のケルベロスと一体のボクスドラゴン。
「鎧装天使エーデルワイス、いっきまーす!」
 オラトリオのジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)がケルベロスコートを脱ぎ捨てた。スクリーン機能の付いたフィルムスーツが起動し、彼女のパーソナルカラーを表面に映し出す。
「Roar!」
 名乗りに対抗するかのように魔竜が再び吠えた。
 その途端、ケルベロスの前衛陣は不可視の力に真上から押し潰された。いや、前衛陣だけではない。周囲に転がっていた熊本城の残骸もろとも地面が円形にへこんでいる。魔竜を中心に置く形で。
 しかし、足場が崩れたにもかかわらず、魔竜の姿勢に変化はない。体が浮いているのだ。
「な、なんなんでしょうね、この攻撃は?」
 圧力が消え去ると、前衛の一人――篠村・鈴音(焔剣・e28705)が頭を軽く振りながら、愛刀の『緋焔』を抜いた。
 同じく前衛である狐の人型ウェアライダーの御子神・宵一(御先稲荷・e02829)も抜刀した。家伝の太刀『若宮』。白い狐の姿をした雪の精がどこからともなく現れ、その刀身に霊力を宿らせていく。
「音々子さんは『重力を操るかのような攻撃』という言い方をしていましたから、本当に重力を操っているわけではないのでしょうが……原理はさておき、強力な攻撃であることは確かですね」
 闘志に燃える目で魔竜を睨みながらも、宵一と鈴音は視界の隅に捉えていた。
 次元の歪みに突入していく十二のチームを。
 魔竜も突入チームの動きに気付いているだろう。しかし、目の前のケルベロスたちを倒さない限り、追いかけることはできないはずだ。
 もちろん、ケルベロスたちは簡単に倒されるつもりなどなかったが。
「長い戦いに――」
 竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)がバスターライフルを構えた。
「――なりそうだな」
 ライフルの銃口からゼログラビトンのエネルギー光弾が発射された。
 ほぼ同時に鈴音が跳躍してスターゲイザーを放ち、宵一が『若宮』で斬りかかり、ドワーフのユリス・ミルククォーツ(蛍狩りの魄・e37164)も魔竜の懐に飛び込んだ。
 しかし、光弾も、蹴りも、雪の精によって霜が生じた『若宮』の刃も、そして、スナイパーのポジション効果を得たユリスの地裂撃さえも、敵には届かなかった。またもや不可視の力が働き、軌道が逸らされたのだ。
「なるほど」
 厚い目蓋の端を晟が微かに吊り上げた。
「重力操作じみた能力は防御にも活かせるらしい。こちらの攻撃を当てるのは簡単ではなさそうだ」
「簡単でなくとも――」
 仲間たちの命中率を上昇させるべく、サキュバスの南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が光り輝く粒子群をオウガメタルから放出した。
「――不可能ではないはずです」
 それらを浴びる前衛陣の間を砲弾が通過した。
 ドワーフのユリスと同様にスナイパーのポジション効果を得ているジューンが轟竜砲を発射したのだ。
 砲弾は(おそらく、例の不可視の力の干渉によって)少しばかりふらつきながらも、魔竜の右の前足に命中した。
「よし!」
 ジューンは拳を突きあげると、誰に訊かれたわけでもないのに戦闘後の予定を叫んだ。
「ボク、この戦いが終わったら。新しい水着を買いに行くんだー!」
「フラグを立てちゃダメですよぉ」
 と、冗談まじりに咎めたのはレプリカントのルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)。
「大丈夫! これは叩き折るために立てたフラグだから!」
 そう答えるジェーンに苦笑を返しながら、ルーチェはヒールドローンで前衛陣の防御を固めた。ジャマーに陣取っているので、効果は三倍だ。
 狐のウェアライダーであるカルラ・アノニム(鼓動亡き銃狐・e01348)も前衛陣の防御力を上昇させていた。こちらのグラビティはサークリットチェイン。ポジションはメディック。
(「じゃあ、ぼくも折るためにフラグを立てようっと……」)
 カルラを一瞥して、ユリスが心中で呟いた。
「ドラゴンが強大な敵であることはよーく知っています。でも、ぼくは決して倒れたりしませんよ。カルラさんと約束しましたから。二十歳になったら、一緒にカクテルをつくって乾杯するって!」
 実体なきフラグを実体なき地面に突き立てながら、ユリスは『Alice in a mirror(アリス・イン・ア・ミラー)』で魔竜を攻撃した。鏡写しとなった世界の幻を相手に視界に上書きして命中率を低下させる魔法。
「Roar!?」
 魔法に惑わされた魔竜が苛立ちの叫びを発した。それは痛みが生み出した叫びでもあったかもしれない。晟がエクスカリバールの『洫』を振り抜き、撲殺釘打法を見舞ったのだから。
「二十歳になったら、か……気の長い話だな。今、いくつなんだ?」
 吠え猛る魔竜の前から飛び退りながら、晟はユリスに訊いた。
「九歳です」
「約束が果たされる頃には、わしは所謂『アラフォー』というやつになっておるのう」
 憮然とした面持ちで独りごちるカルラ。
 突然、彼女の視界に華奢な背中が飛び込んできた。
 鈴音が前に立ったのだ。敵のグラビティから庇うために。
 カルラに代わって鈴音が受けた攻撃はブレス。しかし、魔竜のそれは炎でも毒でも氷でもなく、無数の石礫だった。標的となったのは後衛陣だが、カルラだけでなく、夢姫も無傷だった。宵一が盾になったのである。
「石ころのブレスとは――」
「――珍しいですね」
 石礫に与えられたダメージに苦しむ様子も見せずに(痛みを感じていないわけではない。耐えているのだ)鈴音と宵一はともに絶空斬で攻撃した。そこにボクスドラゴンのラグナルも加わり、二人に倣ってジグザグ効果を敵に与えた。ボクスブレスで。
 その間に夢姫は再びメタリックバーストを用いていた。今度の対象は中衛のルーチェ。間を置くことなく、ルーチェは後衛にヒールドローンを展開し、後衛のカルラはサークリットチェインで前衛陣を癒していく。
 そして、流れるようなヒールのパスの後、ジューンが――、
「トラップカード発動! ……って感じ」
 ――透明化した『トラップドローン』を爆発させ、魔竜の機動力を削いだ。

●FIGHT BACK TO GRAVITY
 夢姫のスマートフォンが電子音を響かせた。五分毎にセットされたアラーム。これが鳴るのは二度目だ。
「……十分経過」
 夢姫は仲間たちに告げた。今のところ、力尽きたのはラグナルのみ。しかし、ケルベロス側が圧しているわけではない。むしろ、圧されている。
「Roar!」
 アンティクトン・ネガが首をのけぞらせ、ヒール・グラビティを発動させた。周囲の地面から砂や石が浮き上がり、銀色の巨体に次々と貼り付いて外皮を強化し、あるいは傷口を埋めていく。
 メディックのポジション効果によってキュアも伴っていたが、ケルベロスが与えた状態異常は一掃されてはいない。回避力(回避しているのではなく、重力操作で攻撃を逸らしているのだが)は低下しているし、巨体のあちこちでは炎がくすぶっている。とはいえ――、
「――まだまだ倒れそうにないですね」
 鈴音が『緋焔』でグラビティブレイクを叩きつけ、ヒールがもたらしたエンチャントを消し去った。もっとも、敵はメディックのポジション効果を得ているので、ケルベロスたちのエンチャントの大半も付与するそばから敵にブレイクされているのだが。
 それから数分が経った頃――、
「すまんが、私はそろそろ限界らしい」
 ――と、晟が仲間たちに告げた。
「一手分だけ時間を稼ぐ。後は頼む」
 今にも倒れそうな体をなんとか動かし、ゆっくりと間合いを詰める。死角と思われる方向から。それでいて、気配は消さずに。討たれることは承知の上だ。いや、討たれるために接近しているのだ。
「Roar!」
 魔竜は晟の密かな接近に気付き(わざと気付かせたのだが)、それを小賢しい動きと見做したのか、昏い瞳で睨みつけてきた。
 ほんの一瞬、皆の目には晟の姿が二重にぶれたように見えた。
 そして、その一瞬が過ぎ去ると――、
「……むっ!?」
 ――晟は眩暈に襲われて、背中から倒れ込んだ。外傷はない。だが、体内に受けたダメージは大きい。ラグナルとともに生きているために晟の耐久力は通常よりも低いが、ラグナルがこの世に存在しなかったとしても(その状態なら、晟の耐久力はチーム内で最高だった)今の一撃で倒れていただろう。
「眼光がグラビティだなんて……」
 魔竜の強大な力に慄きながらも、ルーチェがジャマーのポジション効果を捨て、前衛に移動した。晟が抜けた穴を埋めるために。
 だが、戦況は好転しなかった。ルーチェが移動を終えた直後、重力操作による押し潰し攻撃が前衛陣を襲った。
「ぐっ……」
「す、すいません……限界です……」
 宵一が片膝を地に落とし、鈴音が倒れ伏した。晟ほど重い傷は負っていないが、もう戦うことはできないだろう。
 三度目のアラームが戦場に流れた。十五分経過。
「これ以上、好きにはさせませーん!」
 アラームを打ち消すかのように叫びながら、たった一人の前衛――ルーチェが走り出す。握りしめた拳に込められているのは悔しさだ。魔竜の前身たる侵空竜エオスポロスの自爆を阻止できなかった悔しさ。
「サンライトインパルス!」
 パラライズの魔法をルーチェは叩き込んだ。この場合の『叩き込んだ』というのは文字通りの意味である。敵を殴打することで発動する魔法なのだから。
 しかし、魔竜は動じることなく――、
「Roaaar!」
 ――嘲笑めいた大音声を返してきた。
 石礫のブレスを添えて。
「そ、そんな……」
 体中を石礫に切り裂かれ、ルーチェは倒れた。拳を握りしめたまま。そこに込めた悔しさを昇華することもできないまま。涙が溢れ出てきたが、それを拭う力も残っていない。
 こうして、前衛陣は全滅……と、思いきや、後衛陣と魔竜の間には新たな防壁が築かれていた。ルーチェが戦っている間にジューンとユリスが移動したのだ。
「ドラゴンが強大な敵であることはよく知っています」
 フラグを立てた時と同じ台詞を口にするユリス。
 そう、彼はドラゴンの恐ろしさをよく知っていた。故郷をドラゴンに滅ぼされたのだから。
「でも、ぼくは倒れませんよ。必ず二十歳まで生きて、カルラさんの尻尾をもふもふしてみせまーす!」
 先程の晟と同様、敵の死角から回り込むように見せかけて、自分の動きをしっかりと察知させる。目的も晟と同じ。自分に攻撃を集中させて、一手分の時間を稼ぐこと。
「Roarrrrr!」
 ユリスの意図に気付かなかったのか、気付いた上で怒りを覚えたのか、魔竜はあの眼光のグラビティで一睨みした。
 耐久力の低い(それを自覚していたからこそ犠牲になったのだが)ユリスは悲鳴を発する暇もなく卒倒した。
「ユリス!」
 カルラが珍しく感情的な声を発した。しかし、スチームバリアを施した相手はジューン。ユリスにヒールを施しても手遅れだということが理解できる程度の冷静さは残っているのだ。
 もっとも、ジューンも力尽きようとしていたが。
(「ここまでか……」)
 地に刺した『若宮』に寄りかかって片膝をついていた宵一が、空いているほうの手で信号弾を発射した。赤い煙が空に伸びていく。支援チームへの救助要請。
「み、水着を……買う……んだ……」
 ブレスを受けたジューンが尻餅をつくように座り込み、頭をがくりと下げた。
 残るは二人。カルラと夢姫。
「まだだ……ここで終わるわけにはいかん」
 カルラが体を半回転させて、グラインドファイアを仕掛けた。間髪を容れず、夢姫が螺旋氷縛波を放つ。
 しかし、魔竜は不可視の力を用いて両者の攻撃を見当違いの方向に誘導した。
 そして、すぐに防御から攻撃に転じた。
 近接攻撃を庇ってくれる前中衛陣はもういない。
 不可視の力を初めて頭頂から食らい、カルラと夢姫は体勢を崩した。その拍子に夢姫の衣装からスマートフォンが落ちた。
「十九分……」
 スマートフォンの液晶画面を見て、絶望の呟きを漏らす夢姫。この状態で十一分も持ち堪えられるわけがない。
 だが、二十分目に突入した時――、
「風よ、嵐を告げよ」
 ――有翼の人影が戦場に飛び込んできたかと思うと、手元に浮かぶ魔法陣からブリザートを召喚し、魔竜に浴びせた。
 ドラゴニアンの青年である。巨竜とは比ぶべくもない小さな存在。だが、夢姫の目にはその後ろ姿は大きく見えた。
 とても大きく見えた。
 しかも、小さないがらも大きな助っ人は一人だけではなかった。他に七人の戦士と三体のサーヴァントが魔竜の前に立ち塞がっている。
 ルーチェが涙を拭った。
 ジューンが顔を上げた。
 鈴音がゆっくりと立ち上がった。
 そして、晟がニヤリと笑った。倒れ伏して天を仰いでいる状態なので、八人と三体の姿は視界に入っていない。だが、なにが起こったのかは判っていた。
 そう、発煙筒を見た支援チームが駆けつけたのだ。
「大丈夫ですか?」
 ドラゴニアンの青年が振り返った。
「……」
 言葉を返す代わりに手をあげて答える宵一。場合によっては支援チームと一緒に戦うつもりでいたのだが、とても連戦できるような状態ではない。ならば、やるべきことは一つ。
(「速やかに撤退しないと……駆けつけてくださった皆さんの足手まといにならないように……」)
 宵一は力を振り絞って腰を上げると、鈴音とともに晟の巨体を引きずりながら、後退を始めた。他の者たちも後に続く。
「ここは俺達が引き継ぐ」
 呪力を込めた粉末を振り撒きながら、眼鏡をかけた男が宵一たちに言った。
 その粉末に癒されていた男も声をかけてきた。口の端を好戦的に吊り上げて。
「ケツは持ってやるぜ」
「頼む」
 と、カルラが小さく頷き、冗談めいた言葉を真顔で付け加えた。
「しかし、心してかかれ。かなり重いケツじゃぞ」
「や、奴の目に……目に気をつけてください!」
 夢姫が支援チームに警告した。魔竜の『目』によって力尽きたにユリス肩を貸しながら。

「Rrrroar!」
 アンティクトン・ネガの咆哮が響く戦場から離脱する満身創痍の戦士たち。その歩みは緩慢だった。
 だが、敗残者の足取りではない。
「近い将来、奴はきっと後悔しますよね?」
 ユリスが誰にともなく問いかけた。
「ああ」
 と、頷いたのは、宵一と鈴音に引きずられている晟だ。
「後悔するとも。いや、後悔させてやろう。今日、私たちにとどめを刺せなかったことを……」

作者:土師三良 重傷:神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) ユリス・ミルククォーツ(蛍陽・e37164) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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