無人の城跡に、風が吹き抜けていた。
ボロボロに朽ち果てた梁、崩れて小山になった石垣、立ち上る黒煙。
侵空竜エオスポロスの自爆は、かつて築城の名手と謳われた加藤清正が改修した熊本城を、完膚なきまでに破壊しつくしていた。
その瓦礫の中、生じたものがある。
それは時空の歪み。
「魔竜王の後継者が、生まれようとしているのだ」
4体の巨大なドラゴンのうち、1体がそう口を開く。
ドラゴンたちは互いに目配せした後、頷き合う。そして、時空の歪みの中へと飛び込んだ。
無人となったその場は、すぐに騒々しくなっていく。時空の歪みの周囲に大量のドラゴンたちが出現し始めたのだ。
1体、2体、3体……19体のドラゴン。
突入した4体の個体も加えた都合23体のドラゴンを相手に、ドラゴンオーブを奪取もしくは破壊する。
激戦になるのは、間違いなかった。
「熊本城で行われたドラゴンとの決戦に参加した者は、ご苦労だった。おかげで辛うじて、勝利を手にすることができた」
星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)はまず、説明の前にケルベロスたちを労った。
「過半数の侵空竜エオスポロスの撃破に成功し、廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功した事で、覇空竜アストライオスは出現した『魔竜王の遺産、ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させる事に失敗した」
戦果は上々だが、瞬の顔が晴れることはない。
「しかし、情勢は予断を許さない。ドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしている」
その力が充ちた時、ドラゴンオーブから魔竜王の後継者となるべき、強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知されているからだ。
「後継者の誕生を阻止する為には、時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取、或いは、破壊する必要がある」
既に時空の歪みの中には、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの4竜が突入している。すぐに後を追う必要があると瞬は言う。
「しかし、時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『19体の強大なドラゴン』が侵入者を阻止すべく待ち受けている。この19体のドラゴンを抑え、時空の歪みの内部に突入、アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する……」
瞬は、ひとつ大きく息を吐いた。
「難しい作戦だ。だが、現状、これ以上の作戦は存在しない。皆の力を、今一度頼ることになる」
この作戦の目的は、ドラゴンオーブの奪取或いは破壊する事だ。
そのために必要なポイントを、瞬はホワイトボードへ箇条書きにしていく。
「まず、時空の歪みへ突入する為には、ドラゴンオーブを守る19体のドラゴンに対して攻撃を仕掛けて、突入する隙を作る必要がある。これはそれぞれ専用の班を用意してあたることになっている。彼らをサポートするチームが必要だろう」
ひとつ、支援班(撃破)。
「その後、突入したチームが帰還する退路を守り抜く必要もあるので、19体のドラゴンと戦うチームの支援も必要だ」
ひとつ、支援班(支援)。
「一方、先に突入した、覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースへの対処をするチームも必要だな」
ひとつ、突入班(アストライオス、ノトス、エウロス、ボレアース)。
「そして、最後にドラゴンオーブを奪取、もしくは破壊するチーム」
ひとつ、突入班(ドラゴンオーブ)。
「選べる道は4つだが、どの道の行き先も最終的な目的地は勝利だ。他のチームとも連携し、自分たちがどのように動くかを決めてほしい」
よろしく頼む。そう最後に呟いて瞬はケルベロスたちへ頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086) |
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414) |
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182) |
吉柳・泰明(青嵐・e01433) |
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612) |
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795) |
ニケ・セン(六花ノ空・e02547) |
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343) |
●耐久戦
赤色の信号弾が上がったのは、作戦が開始してから16分ごろのことだった。
1発ではない。2発、遅れてまた3発。同時多発的に、19竜と対峙していた面々が限界を迎えていた。
「一気に来たって何よ、それくらい想定内だわ!」
撤退を伝える報。その不吉なしるしを吹き飛ばすように、藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)は威勢よく声を張り上げた。
不測が起こらないように、様々な事態を想定し、打ち合わせを続けてきた。信号弾を上げる間もなく壊滅するかもしれないとまで思っていた。
それに比べれば、まだ皆は信号弾を撃つ余裕もある。希望のある絶望だ。
「さあ、助けに行くわよ!」
自分たちの担当区域へと、うるるを先頭に駆け出していく。いてもたってもいられない、一秒でも早く先行隊の支援へ。気ばかりが焦り、足が空回りする。
「そう、焦んなって」
その肩に、ぽんと山のような手が置かれる。ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)だ。身長150センチほどのうるるからすると、ムギはまさに山のように見上げる巨体だった。
「お前は後衛、メディックだろ。前衛はこっちに任せろ」
歩幅が大きい。あっという間にムギが矢面に立つ。信号弾が上がった先では、既に先行隊が撤退を始めていた。
「よく頑張った、後は任せろ!」
大気を震わすようなムギの大音声。殿を務めていたシャドウエルフの少女にも届いたはずだ。
振り向いた彼女は首飾りを手にしていた。ムギの言葉に従い、敵の情報を共有して撤退していく。
「戦う相手は魔竜ディザスター・エンド……」
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)は彼女が最後まで立っていた戦場へと紫水晶に似た双眸を向ける。
そこに鎮座するは紫光を纏いし闇の竜。禍々しい、圧倒的な威容。終末を告げるモノ。
「ディザスター・エンドか……離れてても三種の属性攻撃のトライ・ディザスター、近づいたらあの獰猛な牙でデッド・エンドだ」
後頭部をボリボリと掻きながら面倒くさそうに――その実、瞳は真剣で――水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が相手の説明をする。
無気力そうに見えて、彼は戦う可能性のある竜全ての攻撃方法や癖を限界まで記憶していた。
「敵の位置取りは癒し手、なれば……」
吉柳・泰明(青嵐・e01433)の言葉を鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)が引き継いだ。
「回復されると面倒だって話だろ?」
雅貴の言葉にこくりと首肯する泰明。
「向こうの回復、ソウル・ディストーションが一番の脅威になりそうだ」
鬼人がそう補足する。魂を歪ませ体内のグラビティを賦活し傷を癒やすと同時に耐性を得るソウル・ディストーション。相手のポジションがメディックならば、これに状態異常を回復するキュアも乗ってしまう。
「こっちの足止めもどれだけ持つか……まあ、やるしかねーんだけど」
其の竜は全てを破壊し終末を齎す。破壊しつくすために、持久力のある回復に特化したのかもしれない。
雅貴は懐に忍ばせていた懐中時計を取り出す。事前に時刻合わせしておいたその長針は、作戦から18分経過を示していた。
「こっから最長12分、カップ麺4つ作るくれーはヤツの猛攻を凌ぎきんなきゃいけねー。できるか?」
「……愚問だ」
雅貴の軽口に、泰明は薄く笑っていた。
「――この道は譲らぬ」
泰明は多くを語らない。多弁な雅貴と寡黙な泰明。一見凸凹に思えるふたりだが、心の裡に流れる思いは同じだ。互いに欠けた部分を補い合うように、二人が一身となって立ち向かう。
耐え続ける戦が、始まった。
●己に出来ること
「本当はドラゴン共を全部まとめて駆逐してやりたい……」
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)の生み出したグラビティの鎖が、盾のように前衛の面々へと展開されていく。
「でもよ、今回は生かしといてやる。貴様らを殺したいのと同じくらい、生かしたい奴がいるんだ!!」
ドラゴンへの憎悪は故郷を滅ぼされた故。
退路を死守するのは突入した妹を守る故。
大切な人を、故郷を守る。セイヤの中で、その信念はブレずに貫かれている。
「じゃ、オレは後衛をっと」
それを見て雅貴はサークリットチェインの対象を前衛から後衛に変える。連携も取れている。
同じく泰明もオウガメタルの力で後衛を守っていく。長期戦ならば回復役の維持も重要だ。
「藤波、受け取れ!」
ムギの喰霊刀から分け与えられたエネルギーが、藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)へと与えられる。
「……っし」
身体が活性化していくのがわかる。敵の動きが遅く見え、雨祈の手足が早く動く。
「行くぜ、セン」
「了解だよ。やることはやるさ」
スナイパーの二人、雨祈とニケが同時に跳躍する。
星の力を込めた飛び蹴りが、ディザスター・エンドの両前足に直撃し、敵の機動力を奪う。
「グゥオオオオオォォゥ―――!!!」
重低音の効いた咆哮が、徐々に高音へ……いや、『高温』へ。その口から終末を運ぶ原初の炎が放たれる。すかさず後ろに跳躍し、トライ・ディザスターを回避していく。
残された前衛は炎の吐息をガードすることになる。単体攻撃よりも威力が落ちる列攻撃。これくらいなら耐えられる、はずだった。
「此処が地獄の一丁目、いきなり炎熱地獄ってか?」
マインドシールドを張りながら、必死にブレスに耐える鬼人。流れた冷や汗もすぐに蒸発して塩分と化した。
威力が落ちても、痛い物は痛い。前のパーティーが早めに壊滅した理由のひとつは、このドラゴンの素の攻撃力が高いからだろう。一撃で即戦闘不能の可能性も有ると考えていたが、その嫌な予感が的中した格好になる。
「大丈夫よ……背中は、私が支えてるもの!」
背中からオウガメタルの癒しを感じる。うるるのメタリックバーストだ。オラトリオヴェールと迷ったが、メディックなら全てのヒールにキュアが乗る。まだ序盤、受けた炎も弱いし、ならプラスして狙いが正確になるメタリックバーストの方が効率的だと判断した。
「おお怖え。見張られてちゃ手抜きもできねえな」
鬼人は嘯きながら、手元のオウガメタルをサイコロ状に変化させる。
「そっちが炎ならよ……」
ブレイズキャリバーの炎が溜まる為に、サイコロの目がカウントアップされていく。1・2・3……6。
「こっちも炎だ!!」
解放される極小の太陽。プロミネンスがディザスター・エンドを焼く。呼吸するだけで対組織が凍って肺が出血し、即死するような氷結地獄。
「グルゥォォオオオオ――!!」
面白い、とばかりにディザスター・エンドが咆哮した。周囲の温度が急激に低下していく。
「氷だ!」
声かけと同時に泰明が動く。うるるをかばうべく仁王立ち、後衛へと放たれた凍てつく空気を代わりに受ける。
「ぐ、うっ……!」
「この程度で……っ、筋肉は凍らせられねえぜ?」
ムギは雨祈を。
「もってあと数撃かな……耐えてくれよ」
ニケのサーヴァントである和柄桐箱は、マスターであるニケを。
それぞれが守り、なんとか後衛への第1波を凌ぎきった。
各自が、30分間耐えるために己に出来ることを考え、動いた。
「……くっ、わかっていても、やっぱり気分がいいもんじゃないな。サーヴァントがやられるのは!」
幾度目かの後衛へのトライ・ディザスターを代わりに受けて消滅するミミックを見て、ニケはボヤく。
「ゼロ・グラビトン!」
悲しみを抑えるように、自らの役目に集中する。役目は足止めと武器封じの付与。向こうが回復する時に剥がされてしまうが、その回復で1分時が稼げる。
ディザスター・エンドがソウル・ディストーションで自らの傷を癒したのを見計らって、うるるとムギが回復を行う。鬼人は自らを叫ぶことでその手間を減らしまでした。
皆の献身的な持久戦。削られながらも、必死に耐えしのぐ。状況が変わったのは、作戦開始から26分が経過したときだった。
●誓い
「グ、オオォォォンッ!!」
突如、どこからかあふれ出た膨大な力が空気を伝う波となって周囲へと伝搬していく。
「なんだ、これは……!?」
後列のニケが状況を俯瞰しようとする。
波動のような力だが、ケルベロスたちにはなんの影響もない。だが、ディザスター・エンドは違った。
心の臓にまで震わせるような雄々しい咆哮と共に身をくねらせている。苦しんでいるのか、いや――。
「アイツ、デカくなってやがるぞ!!」
セイヤが叫ぶ。自らに流れ込んでくるエネルギーが膨大で、その行き場を失っているのだ。
ただでさえ巨大な体躯が、膨れ上がっていく。
「こんなの、知らねえ……聞いてねえぞ、こんなの、こんなの……!」
明らかに強化されていくディザスター・エンドを見上げ、鬼人は思わずロザリオを握りしめていた。
「このままでは、まずい!!」
直感的にそう判断したセイヤは、巨大化を止めるべく己に溜めこんだオーラを瞬間的に解放する。
神速による唐竹・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風・刺突の9動作の斬撃を同時に放つ。
「……駄目だ!」
持てる力の最大の攻撃を叩き込んだ。なのに、目の前の竜は倒れる気配も見せず、ジグザグに刻み付けたはずの傷跡までもが膨れ上がった体組織が修復していく。
「グゥルゥオオオォォォォォンッ!!」
最終的に、ディザスター・エンドはそれまでよりも2倍の大きさにまで巨大化した。ただでさえ20メートル級の全長が2倍になったのならば、その体積は8倍にも膨れ上がった計算になる。
その超巨大竜と化したディザスター・エンドの咢が開いた。
喰われる。
セイヤは跳びすざろうとする。
竜の首が伸びる。長い。避けきれない。
「させるか!!」
横から、何か衝撃がきた。ムギだ。ムギの体当たりでセイヤのバックステップの軌道が横に逸れる。
刹那、竜の咢が閉じた。ムギの巨体が、見えなくなった。
「マキシマムッ!!」
雨祈が叫ぶ。ディザスター・エンドが頭を天へと真っすぐに伸ばす。
「丸呑みって……そんな、ウソでしょ!?」
うるるの声が震えている。
「ムギが、食べられちゃった!」
「―――まだ、消化されちゃいねえよ……ッ!」
ディザスター・エンドの咢が、ギチギチと内側から押し開けられる。
全身血だらけになりながらもムギは筋肉で無理やりその咢をこじ開けていた。その筋肉の層で今もなお食い込む牙を内臓から遠ざけている。
「鍛えて置いてよかった、ぜ……やっぱり筋肉あってこそ、だ、な……」
「よ、良かった……!」
「ボサッとしてんな、回復だ!」
いち早く反応した鬼人がマインドシールドをムギにかける。
「っ、わ、わかってるわ!」
うるるも慌てて祝福の矢を番えて、上空、ディザスター・エンドの咢に挟まれたままのムギへと打ちこんだ。
「影法師ッ!」
雨祈は左手の親指を噛み切り、零れ落ちた血を己の影に落とす。波打つ影がディザスター・エンドの身体を駆け上り、咢を開けたまま固定させる。
「泰明!」
「応!」
雅貴と泰明が同時に動く。泰明の一閃により生じた黒狼の影。黒狼の影がディザスター・エンドの牙へと噛み付いた瞬間、雅貴がその影から鋭刃を生じさせる。二人の全力を込めた協力攻撃で、なんとかムギに食い込んでいた牙を折る。
「汝、朱き者。その力を示せ」
更にニケが雨祈の影法師と泰明の黒狼の影から、朱い鎖の影を生じさせる。朱い鎖はムギを癒し、彼を竜の咢から脱出できるだけの力を与えた。
「ヌぅ、オオオオォォッ!!」
やっとのことでディザスター・エンドの口から放り出されるムギ。持てる力を使い果たし、上空40メートルから落下する。
その途中、ムギは見た。
青い信号弾。次元の歪みから脱出するケルベロス突入班と、彼らを追撃する2体の竜、アストライオスとエウロスの姿を。
2体の竜もディザスター・エンドと同様に巨大化している。激怒しているのが遠目からでもわかる。なぜあれほど怒っているのか、その理由は明白だった。
「やったん、だな……」
ドラゴンオーブの奪取か、あるいは破壊か。どちらかの方法で彼らは作戦を成功させたのだ。
「最後に勝つのは……俺達、だ――」
薄く笑って、ムギは落下中に意識を失った。
地に叩きつけられる、寸前でセイヤが滑りこんでムギの身体を受け止めた。庇われた借りはその場で返す。
「……撤退だ!」
ムギの身体を抱え、立ち上がったセイヤが叫ぶ。逃げてくる突入班と共に撤退するべきだと判断した。
「ああ、こいつは今の強さじゃ無理だ!」
拳を握り、震わせる鬼人。認めたくないが、認めなくてはいけない。自分の弱さを。
巨大化した竜は強い。8人では歯が立たないということはたった1分ほどの攻防で嫌というほど理解させられた。
ならば、それ以上の数で当たればいい。恐らく次はより多くのケルベロスたちを動員する大規模作戦になるだろう。
「致し方なし……」
「怪我人見つけたら拾っていこーぜ」
泰明も雅貴も納刀し、撤退の準備に取り掛かっていく。
「今はまだ敵わない……でも、それは『まだ』ってだけだ」
セイヤは眼前の巨大な竜を見上げ、睨む。
「俺は諦めない……決して……!」
最後にそう誓い、戦場を後にするのだった。
作者:蘇我真 |
重傷:ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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