魔竜顕現~竜が攘いて狗が搏つ

作者:黒塚婁

●遺産の力
 数多の爆発の後、熊本城が崩れ落ち――瓦礫の中から、輝く何かが姿を表す。
「魔竜王の遺産、ドラゴンオーブが目覚める!」
 斯様に叫んだのは覇空竜アストライオスであろうか――ケルベロス達を退けた四竜は、脇目も振らずドラゴンオーブの元へ飛来する。
 その周囲は禍々しき力によって歪みつつあった。
 だが、彼らは恐れずその内部へと飛び込む。慌ただしき四竜の姿が消え――訪れた一瞬の静寂。それを破るも、またドラゴンであった。
 歪んだ空間より次々と強大なドラゴンが姿を現し、次なる戦いへ向け、哮るのであった。

●突入作戦
「辛勝、とでも言おうか。しかし勝ちは勝ち……ひとまず労っておこう」
 よくやった、と雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達に告げる。
 熊本城で行われたドラゴンとの決戦は――過半数の侵空竜エオスポロスの撃破に成功、更には廻天竜ゼピュロスの撃破にも成功した事で――『魔竜王の遺産、ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させるという覇空竜アストライオスの目論みを阻止できた。
 しかし、晴れて凱旋、とはいかぬようだ。
 ドラゴンオーブは『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしている。そして、その力が充ちた時――ドラゴンオーブから魔竜王の後継者となるべき、強大なドラゴンが生み出されてしまう事が予知された。
 さて、言うまでもないが――云い、辰砂はケルベロス達を一瞥する。
「これを阻止せねばならん……そのためには、時空の歪みの中へ突入し、ドラゴンオーブを奪取、或いは破壊する必要がある」
 時空の歪みの中には、既に覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの四竜が突入しており、すぐに後を追わねばならぬ。
 だが、時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『十九体の強大なドラゴン』が侵入者を阻止すべく待ち受けている。
 つまり、この十九体のドラゴンを抑え、時空の歪みの内部に突入。アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取或いは破壊する――流れを口にしながら、辰砂は薄く笑んだ。
「無糖滑稽だな。だが、これ以外、これ以上の策は無い。そして、また――この無謀を貴様らに託すより他に無い」
 笑みを消し、彼は改めて作戦の概要を説明する。
 作戦の目的は、ドラゴンオーブの奪取および破壊。これを為すために、まずは十九体のドラゴンへ攻撃を仕掛け、『時空の歪み』へ突撃する隙を作る。
 これは突入時のみならず、突入したチームが帰還する退路を守り抜く必要もあるため――ドラゴン戦闘班に対する支援は必須となる。
 突入後は、先に突入した覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースへの対処も必要となる。その上でようやく、ドラゴンオーブに辿り着ける。
「いずれも重要な役割だ。自分達に何が出来、何をすべきか――よく考えて決めるといいだろう」
 必要な情報の確認は怠るな――注意を促しつつ、辰砂は改めてケルベロス達を一瞥する。
「なかなかな状況であるが……これは貴様らが戦い、掴み取った好機――この機を逃さず、決着をつけろ」


参加者
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ

●追
 突入した歪みの内部には、変質した世界が広がっていた。動物も植物も一切存在しない――生気を感じぬ荒野。そこに、紫の怪しい光が薄く靄のように漂っている。
 そのものに害はないようだが――この世界の感想を交わしている暇はない。ケルベロス達は迅速に、四竜を追う。
 追跡は数分の後、巨大な竜影を捉えた。
 だが、彼らが認めたのはドラゴンばかりではない――強大な力を宿す光。まだ距離はあるが、この荒野でこれほど強力な存在を知覚して――あれが何であるか、論ずる必要はあるまい。
「こりゃ、本当に背水の陣だな」
 帽子の鍔をひき、天津・総一郎(クリップラー・e03243)が呟く。目許は見えぬが、口元は笑みを刻んでいる。
 それが愉快を意味するものでないことは、言葉にせずとも知れること。
「なあに、望むところさ」
 ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)は、からりと笑う。その隣で一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)はふっと玲瓏の笑みを浮かべ、
「……さあ、覚悟は宜しいですか?」
 仲間に向かって問いかける。
「誰に問うているのかしら?」
 イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)がそっと瞑目し――ああ、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)は静かに首肯する。突入すると決めた時点で、覚悟などとうに決まっていると。
「なんかヤバいのが出てくる前に、じゃんじゃんバリバリ呪っちゃうぞ☆」
 遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)がいつもの調子を崩さず、お気楽極楽な声音で返せば、
「敵の邪魔はたのしいですからね」
 ここはその最たる場所でしょう、ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)が兜を揺らして笑った。
 ノトスとの距離が縮まるにつけ、どんどんと周囲の熱が上がっている――燃えるような赤い体躯、強靱な翼を広げた姿はそのものが災害の如く。殆どない周囲の水分を奪いながら飛行している――赫熱竜ノトス。
 僅かな地鳴りと共に、それは急に動きを止める――否、もう一方の班が追いつき、仕掛けたのだろう。
 だがしかし傍から見るとよくわかる。二十メートル超のドラゴンと、対峙するケルベロス達のなんと小さなこと。
 くひひ、九十九屋・幻(紅雷の戦鬼・e50360)は思わず笑みを零す。
 オウガである彼女にとって、この戦いがもたらす昂揚は甘美でしかない。だから、堂と名乗りをあげて、加速した。
「雷光団第一級戦鬼、九十九屋 幻だ。手合わせ願うよ!」

●凌
 ノトスの頸元が強く輝く――頤の動きを見て、イリスが警戒の声をあげる。
 それが吐き出したのは炎ではなく、熱。
 周辺の水分を奪い、涸らすもの。
 薄墨色の闘気を纏う総一郎の腕、その皮膚の表面がふつふつと泡立つ――比喩では無く、重度の火傷を呼び起こす、熱波であった。
 最悪ね、裾や袖に装飾された美しいレースが縮れ燃えたイリスが小さく悪態をつくのを、戦場の有利なポイントを探りつつ移動していたハンナは耳にする。
「魔法はあまり、好まないのですが」
 早速、瑛華が魔力で生成した鎖を放ち、彼らと結ぶ。
 注入された高濃度の回復グラビティが火傷を癒やす――が、服まで気にする余裕はなさそうだ、と総一郎は苦く笑い、
「誰かが倒れないように手立てをほどこすのも……【盾】の役目だよな!」
 グラビティ・チェインを凝縮して生成した光の輪を分裂させ、味方の盾として分ける。
 篠葉がケルベロスチェインで描いた光る魔法陣の上を、幻が駆ける。ラーヴァから預かった覚醒を促す煌めきを纏いながら、彼女は強く地を蹴った。
「少し大人しくしていてもらおう」
 紅い稲妻纏う剣閃は、目にも留まらぬ二連。袈裟と逆袈裟の交差を、ノトスの頸元へ深く沈める。
 ――ただ近づくだけで肌が焦げそうなほど、それの身体から発する熱気は強烈だった。ケルベロスでなければ、おそらく触れただけで燃え尽きるだろう。
 尋常な身体能力で相手を蹴り上げ距離を取った幻の様子を冷静に見守りつつ、紫々彦が唱う。
「この香気がすべてを呑み込む」
 水仙の花が咲き、甘く澄んだ香気が戦場に満ちる――熱気で噎せるような戦場が、少しは和らいだか。
 イリスが地獄の炎を強く燃やし、睨め付けながら黒棘を奔らせた。
「トカゲ風情が私の薔薇を簡単に燃やせると思わない事ね」
 何処までも伸びた黒棘の拘束は、確かにノトスの屈強な翼に絡んだ。
 だが――ぶん、と振るったそれの尾に、纏めて薙ぎ払われる。直接ぶつかったのか、風圧に吹き飛ばされたのか、判らぬ儘――ただ彼らは目の前の敵の強大さを実感するのだった。

 高熱によって周囲の水分が奪われ、荒野は更に枯れ果てたような状態で――ケルベロス達は荒い息を吐く。
 傷は癒えるが、空気が乾いて息苦しい。汗と血が混ざり合い全身を伝っていたのが、乾ききって張り付き、不快感がひどい。
 更に砂埃を纏って――さぞかし小汚いことになっているだろうと、再び盾を巡らせながら、総一郎は肩を竦める。
「心配するな、イケメン度は増してるぜ」
 銃を構えたハンナが軽口ひとつ、こっちはスーツが台無しだ――全くね、イリスもオーラで覆いながら身を守りつつ、不機嫌そうな表情で同意する。
「お二人さんもな」
 口元に笑みを浮かべ彼は応える。戦意こそ尽きぬほど滾っているが、攻撃を積極的に受け止めに行く彼らは消耗が激しい。
 ノトスの攻撃は彼らの守りをいとも容易く突き破り、その都度、瑛華と篠葉が治療に当たる――元より守りに注力した戦い方を心がけていることもあり、戦況の維持は難しくなかったものの――対し、攻撃の機会があまりに少なく、疲労感が募る。
 勿論、この状況を見越した装備はあったのだが、巧く機会を見出せずにいた。
「ほら、こっちだよ!」
 そんな状況下で、実に楽しそうに戦場を翔るのは、幻。
 それの尾を足場に跳躍し、流星の輝きを纏って降下する。重力を載せた蹴撃で、熱の塊とも呼ぶべき鱗を弾き飛ばす。
 強大な敵にも正面からぶつかっていく姿は、実にオウガらしい――紫々彦は目を細めた。
「……頼もしいものだ」
 精神を極限まで集中させ、ノトスの喉元を爆破する。
「此方に夢中になって戴きませんとねえ。お任せください、たっぷりサービス致しますよ」
 爆風が消えぬ前に、ラーヴァが空の霊気を纏う光線矢を放つ。畳みかけるようなケルベロス達の攻撃を、竜は身じろぎひとつで振り払う。まるで些細な汚れを払うかのように。
 だが、刻んだ呪いはそうはいかぬ。ここまでのやりとりで、ノトスが傷を癒やす力を行使しないであろうと確信しているが。
 長期戦ですからねぇ、零れる炎を揺らして、ラーヴァは言う。
 その視線は巧く捉えきれぬが、皆の盾となり支える三人の状態を見ているようだった。
「ドラゴンオーブ破壊までとはいえ――彼らを支えきれなければ……私達も無事では済まないだろうな」
 万全からは徐々に遠くなる一方、何処まで搦め手を深められるか。紫々彦はそっと零し、鳶色の柄を握り直した。

●耐
 ――されど、攻撃の機会は不意に訪れる。
 ノトスが転回し、尾を振るう――共にノトスを食い止めるもう一班に向けた攻撃――その破壊力を考えるより先、幻が声をあげた。
「チャンスだ! 攻め込むよ!」
 皆を引っ張るように、炎を巻き上げながら幻は加速する。
 脚に纏った炎が、横一線の軌跡を描く。ノトスの顎を強か捉える――同時、炎が、その頭部を包む。
「呪いの底力、見せてあげるわ!」
 攻め込む皆を鼓舞するように、篠葉はオウガ粒子を戦場に広げる。
 銀色の輝きを浴びながら、竜の足元に詰め寄ったは総一郎。全身の力を載せた電光石火の蹴り、衝突で生じる痛みが全身を伝うが、奥歯を噛みしめて耐える。
 彼が退きやすいように入れ替わり、紫々彦が反射的に上がった翼の付け根を蹴り上げる。皮膚を炙る熱気にも、最早慣れた。
 目を伏せ、イリスがそっと囁く。
「闇より深い永遠(とわ)の眠りを貴方に……。」
 差し向けた繊手の先、茨がノトスを包み込む。巨大すぎるその身体全ては覆えず、だが足元から胸まで複雑に絡みつく。無数の棘より、毒を流し込む。
 限界まで腕を伸ばした攻性植物は、竜が暴れれば千切れてしまう。だが、一刺し与えられれば充分だった。
「いってらっしゃい」
 瑛華は、光の盾と共にハンナを送り出す――金の髪を踊らせ、彼女はノトスの身体を蹴り上げ、跳躍した。
「ちょいと揺れるぜ」
 振るうは、美しい弧を描く蹴撃。身体を捻りながらのしなやかな後ろ回し蹴りはそれの後頭部を捉え、強か打つが――降下する一瞬の隙、自身より巨大な頭部で突き飛ばされる。
 そこへ――滝が落ちた。
「我が名は熱源。余所見をしてはなりませんよ」
 ラーヴァの身の丈を超える脚付き弓から放たれた一矢は、今まで与えてきた呪いを喰らい、連鎖的に広がる瀑布。
 高熱を喰らう竜が相手であろうとも、逃れ得ぬ炎の滝が押し寄せる。
「まだまだ、サービスはこんなものでは終わりませんよ」
 強く炎を吹き上げて、彼は告げた。

 再度ブレスを凌ぎ、立て直し――。
 何分経っただろうか、手元に輝くシャンパンゴールドの時計へ、瑛華が視線を落とそうとした時だ。
 ノトスが体勢を低く沈めた。その動作に、ケルベロス達は異様な気迫を感じた。
 思い出すのは、先程見た一撃――これを止めるのはあたしの役目だ、総一郎とイリスに宣言し、ハンナが迎え撃つ。
 戦場は渇ききり、肌を灼く熱気は変わらないが、不思議と呼気は静まっている。高まった集中でもって見つめる先、周囲の熱を奪いながら、それはさながら隕石の如く、頭から全身で突撃してきた。
 隕石だって砕いてやるさ――矜持を乗せた拳で、彼女はノトスを迎え撃つ。距離を結ぶは一瞬だったであろうに、妙に長く感じた。
「ハンナ!」
 瑛華の悲鳴じみた声が聞こえる。互いの覚悟を一番知っているはずの相棒が、思わず発したその声より――身体の半分がなくなったような感覚が、ほぼ正しいのだと悟る。
 惚けた視界の中に、鮮やかな剣閃がふたつ。幻の刀と、紫々彦のナイフが鋭く滑る。
 ラーヴァの矢が続いた隙に、総一郎に引っ張り上げられた。
「有象無象の御霊よ、此処に在れ」
 篠葉は厳かに唱え、神籬を振る――この地に如何なる御霊が居るかは解らぬが、目に見えぬそれがハンナに宿り――傷を塞ぐ。
 焦げて黒くなった肌も、零れゆく血も、強烈な痛みとなって戻ってくる。これが呪いならば、確かにその通りだ。
 畳みかけるように、二つの光の盾、更にイリスが気力を向ける。大丈夫かと案じる声と裏腹に、起きろ、戦えという圧力にも似ていると、思わず笑みが零れる。
 そんな彼女を案じて近づいてきた瑛華に、先制で問いかける。
「……くっそ、効いた――そういや、さっき泣きそうな声が聞こえた気がしたが、あれは空耳だよな?」
 血まみれな相棒の軽口に――はて、素知らぬ様子で彼女は首を傾げる。
「あら、冗談を言っている暇があるなら仕事をしないと」
 応酬しながら、安堵の微笑みを浮かべた――その時だった。
 爆音と、凄まじい力の奔流。突如として吹き荒ぶ風にケルベロス達は――ノトスさえも、思わず動きを止める。
 そして――暫し、忘我の淵にあったノトスが、震えた。
「なんということを……下賤な犬の分際でッ……!」
 カッと、喉元が強く発光したかと思うと、周囲の水分を更に奪い、憤怒の熱となって吐き出される。
 殆ど無意識に――自身を奮い立たせるような咆哮を迸らせ――総一郎が地を蹴る。
 熱で、肌が粟立つ。弾けて、血塗れる。それでも、
「俺は『盾』の役目を果たす」
 彼は強く敵を見据え、立ち塞がる。その隣に、凛と咲く薔薇が並ぶ。
「ここで逃げたら私のプライドが許さないわ。最後の一人になっても戦うわよ」
 イリスは堂と宣言した。

●守
 苛烈な攻防の最中、忌々しい犬共め――ノトスが吐いた呪詛は音にならずともケルベロス達に伝播した。
 やばいのが来そう、嫌な予感を感じた篠葉は耳や尻尾の毛を逆立たせ、告げる。
 竜の全身が赫赫する。それを縛る鎖が音を立てる。光を纏った巨竜が全身を震わせた――認識の直後、四方へ熱波が奔る。
 純粋な、すべてを灼滅せんとする熱。
 肉を焼くのではなく、蒸発させるような高温を、三人は――耐えた。
 紫の靄が消え、しゅうしゅうと大地が音を立てている。
 全身が熱く、ひどく痛む。だが、身体を休めている暇はない――ない、というのに。
「くそ、動かねぇ……!」
 片膝をついた姿勢で、総一郎が大地を殴る。触れる部分はどこもかしこも熱く、空気さえ彼らを苛む。
 ――ハンナ、イリスも同じ状態だ。気力を振り絞り、立っている。
「他班の皆様が撤退するまでは……!」
 鼓舞するように声をかけ、瑛華が魔力で生成した鎖を皆へ繋ぎ、その傷を癒やす。
「皆で帰還するのよ、絶対に」
 そして三人を庇うように、篠葉はケルベロスチェインで魔法陣を描く。
 いーや、大丈夫、幻が明るい声音で不敵な笑みを浮かべた。
「まだ動けるなら、撤退までの体力を温存しててよ!」
 くひひ、笑って、深く踏み込み、紅い稲妻を叩きつける。
「時間が惜しい。このまま仕掛けよう」
 至って平静に――装っていたが、紫々彦の瞳は好戦的な光を宿し、幻が斬り込んだのに合わせ、鼻先を爆破する。
「同意、とことん完璧に邪魔してやりましょう」
 矢をつがえ、弦を引き。ラーヴァは心底楽しそうに言った。

 そして決着まで、そう長い時間はかからなかった。
「なんとしても、この場を維持するんだ!」
 戦場を離脱していく仲間達の姿を横目で確認し、紫々彦が声を張る。
 ノトスは完全に彼らを追撃しようと翼を広げている――アストライオスからの指示だ、それを優先しようとするのは、当然だろう。
「おっと、まだ通さないよ!」
 くひひ、幻が笑みを浮かべ、無数の霊体を憑依させた紅光を振るう。
 翼を狙い、無造作に抜き打つ鮮やかな一撃は、一時相手を怯ませるに充分だった。
「ならば貴様らから死ね!」
 吼えるノトスの様子は幾ばくか平静さが失われているようだった。
 乱暴に薙ぎ払う爪と尾の狂瀾を掻い潜り、紫々彦が強烈な蹴りを放つ。
 掠めた部分が熱く爛れても、彼は動じず。正確に相手の腹を打って、反動を利用し、後退する。
 代わりに踏み込んだのは、これ以上無いほどの炎を滾らせたラーヴァ。振り上げた縛霊撃から、大きく広がった網状の霊力はノトスに触れて煙をたてているが、縛り付ける役目を果たす。
「今です……撤退しましょう!」
 声を上げたのは瑛華――最後に篠葉が虚無球体を置き土産とばかり投げつけて、ノトスを置き去りに駆け出す。
 支え合いながら全力で、無為の荒野を駆け抜ける。

 狂乱が、遠ざかって行く。
 そして戻った世界で、彼らは新たな狂瀾を見る――。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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