●鋼色の魔竜
黒き竜どもの血肉が、熊本城に激突し、爆砕する。
白と黒の古き要塞は、この日、侵空竜エオスポロスの自爆特攻に沈んだ。
崩壊し、瓦礫と化した城の跡地に、恐るべき力を秘めた魔竜王の遺産が、ついに出現した。
怪しく輝くそれは、内部にドラゴンのシルエットを浮かび上がらせる美しい宝珠――ドラゴンオーブだった。
オーブは瓦礫に埋もれた幾粒かの宝石に共鳴し、怪しい力を注いでいく。
それは自爆したエオスポロスのコギトエルゴスム……であるはずだった。
しかし、オーブの力を注がれたコギトエルゴスムからは、禍々しい炎のオーラが立ちのぼったかと思えば、瞬く間に渦巻く業火となって肥大化した。
炎の中から急激に実体化していくシルエットは、未知のドラゴン。刺々しい鱗に覆われ、隆々たる筋骨を誇る体躯に、強靭にして凶悪な爪を持ち、透ける紫の皮膜持つ翼を広げる、鋼色のドラゴン。
魔竜シュネー・ヴァイス。
巨体で瓦礫を割り、残骸を踏みにじり、魔竜は咆哮する。
ドラゴンオーブを守らんとする強い意志を、真紅の瞳に滾らせながら。
●ドラゴンオーブを巡る戦い
熊本城でのドラゴンとの決戦にて、ケルベロス達は辛うじて勝利を収めた。
「過半数の侵空竜エオスポロスの撃破、廻天竜ゼピュロスの撃破。
これらの成功により、覇空竜アストライオスによる、魔竜王の遺産『ドラゴンオーブ』を竜十字島に転移させる企みは、失敗に終わりました」
しかし情勢は予断を許しません、と戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は語る。
熊本城に出現したドラゴンオーブは、『時空の歪み』のような空間を生み出し、その内部を禍々しい力で満たそうとしているのだ。
「その力が充ちた時、魔竜王の後継者となるべき強大なドラゴンが、ドラゴンオーブから生み出されてしまうことが予知されております」
これを阻止するには、時空の歪みの中に突入し、ドラゴンオーブを奪取、あるいは破壊する必要があるという。
すでに時空の歪みの中には覇空竜アストライオス、喪亡竜エウロス、赫熱竜ノトス、貪食竜ボレアースの四体の竜が突入しており、ケルベロス達もすぐに後を追わねばならない。
「しかしながら、時空の歪みの周囲には、ドラゴンオーブの力で出現したと思われる『19体の強大なドラゴン』が、歪みへの侵入を阻止すべく待ち受けているのです」
すなわち、この19体のドラゴンを抑え、時空の歪みの内部に突入、アストライオスら強大なドラゴンと対決し、ドラゴンオーブを奪取あるいは破壊する……という手順を踏まなければならないのである。
「危険は当然のこと、成功率の低い無謀な作戦となりましょう。しかし現状、これ以上の作戦は存在いたしません」
鬼灯は複雑に眼差しを伏せ、深々と頭を下げた。
「皆様のお力を、どうか、お貸しください」
この場に集まったケルベロス達に託されるのは、新たに出現した19体のドラゴンの1体『魔竜シュネー・ヴァイス』の迎撃だ。
時空の歪みに突入するチームと同時に攻撃を行い、突入を援護。
その後、突入チームが撤退してくるまでの最大30分間、ドラゴンを抑え続けることが任務となる。
「19体のドラゴンは、目の前の敵の排除に成功いたしますと、他のドラゴンの救援に向かってしまいます」
つまり、一か所でも戦線が崩れると、連鎖的に全戦場が崩壊してしまう。抑え役の担う責任は重大だ。
その上、敵となる魔竜シュネー・ヴァイスは、覇空竜アストライオスに勝るとも劣らない戦闘力があり、少人数のケルベロスでの撃破は不可能だという。
「幸いにして、生み出されたばかりであるからでしょうか、ケルベロスが一人でも健在であるのならばその場で戦い続けるという行動を取りますゆえ、倒せずとも時間を稼ぐことは不可能ではございません」
仲間のケルベロスの支援も期待できる。可能な限り突破班の帰還までドラゴンを抑え続けられるように、作戦を練っていくべきだろう。
なお、支援チームの作戦によっては、戦力を集中してドラゴンの撃破を狙う作戦が決行される場合もある。その場合は、支援チームと力を合わせてドラゴン撃破を目指していくことになる。
「強力なドラゴンを誕生させ、時空の歪みまでをも創り出すドラゴンオーブ……魔竜王の遺産、聞きしに勝る、恐るべき力でございます……」
危機的状況ではあるが、ドラゴンオーブを破壊するチャンスでもある、と鬼灯は決然とした眼差しを上げた。
「難攻不落の竜十字島に持ち込まれていれば、対処は不可能であったことでしょう。熊本城にて戦った皆様が、決死の思いで勝ち取ってくださったこの好機、必ずや掴み取りましょう……!」
参加者 | |
---|---|
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020) |
イェロ・カナン(赫・e00116) |
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404) |
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079) |
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953) |
ヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676) |
プルミエ・ミセルコルディア(フォーマットバグ・e18010) |
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121) |
●鋼色の魔竜
禍々しくも尋常ならざるエネルギーを発散する、巨大な次元の歪み。
一歩たりと踏み入らせまいと、猛々しい超越者の生命力を漲らせる19体の魔竜。
熊本城廃墟を目前とした戦士たちは、諦観にも近い、畏怖めいた心地を覚えずにはいられなかった。
ここが死地か、と。
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)は、誰にも聞きとられぬ囁きで、静かに神に祈る。
「……最期まで善き人であれますよう」
脳裏に想う、帰りを待つ妻の姿へ。「必ず帰る」などとは誓えずに、ただ常に一緒にいると、左手の指輪に口づける。
いざ行かん死線の先へ。
「死にさえしなけりゃこっちの勝ち……と言いたいところだが」
今回ばかりは覚悟を決めねばなるまいか、とヒスイ・ペスカトール(銃使い時々シャーマン・e17676)はひとりごちる。脳裏に思い出されるのは、市街地戦で殺されていった無辜の人々の姿。
これ以上この地を蹂躙させはしない。強い決意が、語らぬ男のゴーグルの下の眼差しを輝かせる。
戦端が開かれるその瞬間を待ち詫びながら、月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)はナノナノの『白いの』をひと撫でしてやった。
「頼むな」
主従は共に、魔竜たちが守りを固める熊本城をまっすぐに見据えた。
プルミエ・ミセルコルディア(フォーマットバグ・e18010)の平時と変わらぬ無表情の下では、静かに気合いが高まっていた。
(「招いたのは連鎖の一端。なら止めるのは最早義務でしょう?」)
熊本城への自爆を許してしまった雪辱を、晴らすまたとない機会が、目前にあった。
――やがて、時は至る。
「楽しくなりそうだ……」
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)はめくるめく戦いの予感にニヤニヤと口元を笑わせながら、声を張り上げる。
「さあ、行こうか!」
19チーム152名のケルベロスの波が、一斉に魔竜たちへと押し寄せた。
即座に開かれてゆく戦端。竜たちの咆哮が重なり合い、聴覚をかき乱す。
グラビティ入り乱れる戦場を、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)はまっすぐに駆け抜けた。一路、鋼色のドラゴンの眼前へと。
魔竜シュネー・ヴァイス。
刺々しい鱗、灼熱のオーラ、凶悪な爪。対峙するだけで、胸が潰れるほどの威圧感。
それは強大な、生命力の塊だった。
なんだこの竜は、と胸中に零すカッツェ。無意識下に湧き上がる懐かしさには気づかない。
「何故かは知らないが……お前の目、気に入らないな」
魔竜の真紅の瞳が、剣呑に細められた。
次の瞬間、シュネー・ヴァイスは首を反らして咆哮した。
空を向いた口腔が内側から輝く。周囲を取り巻く炎のオーラが、吸い寄せられるようにかき集められていく。
極限まで高められ練り上げられた赤黒い炎が、ケルベロス達を蹂躙した。闇の冷たさを秘めた灼熱が、魂ごと引き裂くような痛みを刻み込む。
「……降り、注げ……っ」
渦巻く灼熱に耐えながら、宝は練り上げたグラビティを春の日差しの如く降り注がせた。春陽は前衛に行き渡り、癒しを与える力を高めていく。
「癒せ、何もかも!」
業火に炙られる前衛の背に、スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)の凛とした声音が響いた。千本鳥居・盾の陣。稲荷の眷属、狐の妖力が、戦場に巨大な千本鳥居の結界を築き上げ、傷ついた仲間に癒しと護りのご利益を振りまいていく。
紙兵、魔法陣、オウガ粒子。瞬く間に治癒の輝きに満ちる陣営。
イェロ・カナン(赫・e00116)は戦場に耳を澄ませる。かしこからあがる竜の咆哮。そして、魔竜との激戦の間隙を縫って、他班のケルベロス達が次元の歪みへと一斉に雪崩れ込んでいく大きな流動。
しかし生み出されたばかりの魔竜たちは目の前の敵を無視できずに、突入班を追うことはしない。戦場のあちこちでグラビティの激突が華々しく散る。
「召喚機構同期開始。No.024。【ハイル・ロシミエル】召喚します。『ソニックショット』実行命令」
プルミエはシャーマンズカードを輝かせる。【飛来せし神風】。召喚されたる早撃ちの名手は、シュネー・ヴァイスの脚部を撃ち抜き動きを鈍らせると、にやりと笑った。
「……ほら、余所見しないの」
歪みへと意識をやっていた白縹を小さくたしなめるイェロ。見据えるべき敵は、目の前のドラゴンだ。
「ぐっと堪えて、最後まで立とう」
硝子の小竜は透徹な眼差しを翻し、静かにシュネー・ヴァイスを見つめた。
●強大な生命
予定されていた全12チームが、次元の歪みの向こうに消えた。
魔竜と対峙するケルベロスにとっては、退路を護るための長い戦いの開幕である。
シュネー・ヴァイスは再度咆哮を上げた。最大に広げられた翼の、暗い紫色に透ける皮膜が震え、大きなひと羽ばたきが一陣の突風にも似た波動を巻き起こした。
蹂躙される後衛。庇いに入った盾役も巻き込んで、石化の侵食が陣営に広がっていく。
カッツェは竜との戦いに胸躍らせながら、消耗激しい前衛に向けて腕を差し向けた。
「蓄えし力の一部を分け与えよ」
死竜の祝福。竜頭篭手の口から青紫色のブレスが吐き出された。あたかも攻撃しているかのようでいて、それは治癒の力を共鳴させ、白縹の戦傷が瞬く間に消えていく。
「簡単に膝はつきません!」
重く体を蝕んでいく感覚を無視し、不屈の意志で大盾の形状に変じた檳榔子黒を掲げるスズナ。癒しの風が巻き起こり、後衛を侵食する不浄を根こそぎ取り去っていく。
「命を賭けるにも吝かではないが、優勢も劣勢も楽しい好戦というもの。お互い楽しもうじゃないか」
ヒルダガルデは愉快げに口角を持ち上げ魔竜に語り掛けながらも、仕事は堅実にやり遂げる。妖精弓から放たれたエネルギーの矢は、鋼色の鱗も突き抜け魔竜の心に突き刺さった。
「――そのままじっとしてなァ!」
怒号とともに、ヒスイは五芒星の指輪の光から生成した弾丸で強襲した。不動金縛弾。魔を焼き尽くす神の御業の力が撃ち込まれ、魔竜の動きを膨大な痺れの内に縛りつける。
「私の役目はひたすらこれです」
無機質に呟きつつ、双羽を駆って後衛から颯爽とドラゴンの巨体に飛び掛かるプルミエ。流星の煌めきと重力を乗せた正確無比の飛び蹴りが、敵の機動力をいっそう削いでいく。
治癒に充溢する戦いぶりが防戦一方に見えたか、魔竜は侮蔑じみた眼差しでケルベロス達を見下すと、何気ないほどに前触れなく巨体を返した。
瞬間、硬く刺々しい鱗に覆われた尾が凄まじい速度で戦場を薙ぎ払った。
体を真っ二つに引き裂くような斬撃が、避ける間もなく中衛を襲う。そこにもすかさず割り込む盾役たち。魔竜が小さく唸る。
「耳をすませて」
嘗てのぬくもり、いつかの残照。背を押すようなイェロの聲が、大打撃を被ったミミックのサイを癒し、共鳴を響かせた。ムスタファもまた夜の願いでカマルの傷を癒し、浄化する。
探るような三巡の末、魔竜の戦意は明確な指向性を得て、絶対的な殺意へと急速に昇華された。
翼の波動が打ち据えるのは、前衛。衝撃は半減され、すぐさま回復で立て直される。が、魔竜は構わず薙ぎ払いの攻撃を重ねた。
いちいち邪魔を働く盾役たちの排除を最優先したのだろう。実際、いかに防護を高めた盾役とて、ドラゴンの力で一点集中攻め立てられればたちまち追い詰められていく。
「なかなかやってくれるじゃないか。だが、こちらも踏ん張りどころでな……!」
突入班として奮戦しているであろう相棒の帰還を待つため。同じ戦場に立つ旅団の仲間を援けるため。宝は歯を食いしばり、緊急手術を己に施し大勢を立て直す。
ケルベロス達がなすべきは、魔竜を打ち倒すことではない。仲間たちの退路を確保し続けることだ。
そのために立ち向かうのだ。強大な敵に。己自身の恐怖心に。
●我が身呈して
最初の限界はほどなくやってきた。
幾度目か、豪速の薙ぎ払いに吹き飛ばされる白縹とカマル。もはや羽ばたきもおぼつかない。治癒を施したとて、次の攻撃には耐えられまい。
イェロは眉をひそめながらも決断を下す。
「……悪いが、割り切るぜ」
他の仲間を優先して治癒を施す主を、白縹は振り返ることもなく、相も変らぬ冷静な眼差しで敵を見据えている。
前衛は満身創痍に追い込まれていた。炎に炙られ、波動に揺さぶられた体は重く、凶悪な尾に引き裂かれた痛みは消えない。
あとは、戦力のリソースをどこにどう割くか。効率を求めて、ケルベロス達は極限の中で決断していく。
「……カマル」
ムスタファの素早い判断に応えて隼の如きシルエットが飛ぶ。人肌に集る蚊の如くまとわりつく動きが魔竜の癇を刺激し、強烈な爪の一撃を誘発した。
カマルの戦線離脱と引き換えに、ほかの仲間が害されることのない貴重な一分が実現された。一斉に輝くグラビティ。前衛の穴は中衛のサイがすぐに埋める。
魔竜はケルベロスの動きに構わず業火で前衛を蹂躙した。
すかさず回復に動いた仲間の動きを、炎に巻かれながら手で制する者があった。限界を示すその仕草に、ヒルダガルデはあえて冗談めかして笑う。
「手が空いたら迎えに行くよ、暫し待っていておくれ」
皮肉げに口許を緩めた表情を返すと、ムスタファは改めて敵へと向き直った。
「使命の為に命を投げ打った先の竜達、そして主の為に壁となる貴様に敬意を。大義の為の礎となるその姿勢は俺達と『同じ』だな。共感する」
本心からの言葉だった。格下の存在に対等に扱われた魔竜が、両眼に剣呑な色を走らせる。
「互いに主の為ならばその主の名にかけて勝負を。まさか一騎打ちを拒むまいな?」
言い棄てるや否や、ムスタファは全速で敵の懐へと踏み込んだ。熊手状に展開した手が魔竜の鱗の隙間にしがみ付くように食い込み、網状の霊力がその巨体を緊縛する。
「誇り高き竜よ。この一撃が貴様らの目的を挫く。覚えて夜ごと震えあがれ!」
魔竜は短く咆哮すると大きく身を反らし、その凶悪な爪を振り下ろした。ムスタファの体は放り出され、地面に沈んだ。
……仲間の犠牲を経ても、戦線は弛まない。ケルベロスたちは歯を食いしばり耐え忍ぶ。しかし限界は次々とやってくる。
「カッツェのフォローは任せる」
宝はヒスイを振り返り呟くと、雷を迸らせながら、自信に満ち溢れた表情で声を張り上げた。
「それにつけても、オーブを守るという割には、何故こんな場所に居るんだ? アストライオスの側近はあの空間の中でオーブを守っていると聞いたが……ああ、済まない。この場でケルベロスの足止めを任される程度の実力だったな」
矜持を傷つけんとする言葉に、低く唸る魔竜。
「オーブ破壊に向かったケルベロスがいるのに。ここで足止めされている気分はどうだ?」
トドメの一言が、敵の爪を振るわせることに成功した。昏倒した宝の肉体もまた陣営の後方まで吹き飛ばされる。
「任せろ、と言いたいのは山々なんだが……」
自分の役目に徹して敵への弱体化を重ねながら、ヒスイはフォローしようも暇もねぇ、とぼやいた。
事実、カッツェは自身の状況に素早く見切りをつけて、尻尾をゆらゆらアピールしながら堂々と竜の目前に歩み出ていく。
「……どっかで会った? その目がすっごいムカつくんだけど」
魔竜は動かない。しかし真紅の瞳は他の誰を見るのとも違う凄絶な気迫をもって、食い入るようにカッツェを凝視している。
「それにしても地球産の竜であるカッツェもすぐ倒せないなんて竜の名折れだね。何時まででも立っててやるし、嫌がらせもまだまだ続けてあげる」
仲間を助けるという意味では、互いに似た状況下。さらに似通った種族同士。奇妙な因縁の糸が繋がっていくのを感じる。
「そんな悠長にしてていいの? そんなだから同族も救えないんだよ!」
最強の種族を自負しておきながら、その程度か?
竜の眼が赤々と燃えた。
研ぎ澄まされた斬撃は、カッツェを真正面から引き裂いた。右爪と、追撃の左爪。二連撃。
「お前の死神はカッツェだから忘れるなよ」
倒れ込む最後の瞬間まで、カッツェは竜の瞳から目を離さなかった。
●混迷深まる
呪いめいたその言葉が効したわけでもあるまいが、直後から魔竜の動きは明らかに鈍り始めた。
翼が広がりきらず波動が不発に終わったのを見やり、ヒルダガルデはニヤニヤ笑う。
「やっと効いてきたようだね。どら、もっと増やしてやろう。囁け、銀の鱗」
呪いあれ、呪いあれ、呪いあれ。殃禍のアンドヴァリの齎す陰湿な呪詛。戦いの端緒より積み重ねた穢れが、凄まじい勢いで増殖していく。
ドラゴンは口惜しげに牙を剥き、心臓を燃やすように輝かせた。活性化した肉体がたちまちに傷を癒していく。が、大量にこびりついた不浄の全ては祓いきれない。
そうする間にもケルベロス達は陣営を整える。
「全てはこの時の為に!」
盾役として前に出たスズナは、しかし変わらず盾の陣を築き続け、総入れ替えとなった前衛を守護していく。
(「倒れていった仲間たちに報いなきゃな」)
後衛に残るイェロも献身的に治癒を送り続け、前衛をひたすら支え続けた。
ケルベロス達は時間の感覚も忘れて戦い続けた。魔竜は攻勢を鈍らせながらも、薙ぎ払いでサイを、波動で白いのを落としていく。
徐々に欠けていく前衛。しかしこれ以上の補充は難しい。
「んな雑把な攻撃じゃ痛くも痒くもねェぞ!」
威勢よくがなりたてるヒスイ。ペインキラーの効果で痛みは感じないが、そろそろ限界だ。次に攻撃が来れば、さらなる挑発を加えて我が身を犠牲にするつもりだった。
「身を挺した行動を、無駄にはしないです」
プルミエは逆さ鱗の位置を確かめつつ、複雑に変形させた幻魔の刃で、鋼色の鱗とその下の肉を斬り刻んだ。増大する不浄に、魔竜が初めて悲鳴じみた声に喉を鳴らした。
その屈辱を雪がんとばかりに、魔竜がひときわ高く咆哮する。渦巻き、降り注ぐ炎。
体と心が軋み歪み、それでもスズナは最後まで前を向く。
「危機に立ち向かわなくて、何がケルベロスですか!」
治癒の輝きが禍々しい炎を押しのけた、その時。
次元の歪みから、大量のケルベロス達が吐き出されるように次々と帰還した。
しかしそれを喜ぶ暇はない。次元の歪みは同時に、膨大な力を放出した。
シュネー・ヴァイスが咆哮する。その肉体はみるみるうちに巨大化していく。目の前の竜だけでなく、19体の魔竜すべてが。
「無理だ……逃げるしかない!」
誰かが叫んだ。もつれる足で誰かが逃げ出す。昏倒する仲間たちと、激昂するアストライオスの咆哮と、覆いかぶさってくる絶望を背に負って、ケルベロス達は必死に熊本から撤退していった。
……かくしてドラゴンオーブの破壊は成り、ドラゴンとの抗争はさらなる深度を増していくのだった……。
作者:そらばる |
重傷:カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年7月20日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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